Driving Myself(後編) ◆j1I31zelYA
気に入らない。
どうやら、こいつもあの中川典子と同じらしい。
守る価値のある男がいると、夢をみている女の一人らしい。
決めた。こいつも殺してしまおう。後顧の憂いを断つにも、その方がいい。
素早く先手を取る為に、敢えてハルバードをディパックにしまいこんだ。
ただし握り柄をジッパーからはみ出させた状態で肘に提げ持ち、いつでも抜けるようにする。
タン、タン、と足でステップを踏みならし、突入の機会をはかる。
少女は日本刀を構え、対峙する。切っ先がふるふると震える
真剣を持った相手と戦うのは初めてのこと。しかし問題ない。踏んでいる場数が違う。
さて、そろそろ仕掛けるかと思った矢先のことだった。
半身を起こした少年が、ダミ声で己をかばう少女に叫んだ。
「アンタ、俺と左右に散れ! 白井は隠し持った目潰しを投げつけて、俺らを一網打尽にするつもりだぜ!」
どうしてと思うより先に、ぎくりと焦る。
確かに、スカートのポケットにこっそりトウガラシ爆弾を隠し入れていた。
けれど、その隠し武器を見抜かれ、こちらの狙いまで当てられるとは。
「な、なんであたしが目潰しを持ってたって分かるのよ…!」
少女は戸惑いながらも、指示を飲みこんで数メートル距離をあける。
少年は立ち上がれるほどに回復したらしく(そこらの不良よりかは根性がある)、
「フッ、フッ、フッ、フッ」と、特撮の戦士のような笑い声をあげて復活する。
その右手には、画面の開かれた携帯電話。
ビシィッ、と指差して勝利宣言のようなポーズを取り、裏をかいたことで調子に乗った男は言った。
「俺の高坂KING日記は、俺様と味方の活躍を予知する秘密兵器だ。
つまり、戦力差があろうとお前を倒す方法が分かんだよっ!」
しーん。
そんな擬音が聞こえてきそうな沈黙が、場の時間をとめた。
「あの」と口を挟んだのは、助けに入った少女。
「そんな大事な武器のことを、簡単に明かしていいの?」
ドヤ顔に、ぴしりとヒビが入った。
「し、しぃまったあああああ! また、ばらしちまったぁぁぁぁぁ!!」
――それはひょっとして、ギャグでやってるのか?
語彙と言葉づかいは違えども、女子二人はおよそこんな意味のことを同時に思う。
「バッカじゃないの」
ギャグにつきあっている暇はない。
踏み切る。加速。
狙いは、男の手にある日記。
ローファーのつま先を鞭のようにしならせて、回し蹴りを放つ。
「うおあっ!!」
高坂が慌てて右手を引っ込める。
キュン、とローファーの先が携帯の金属面をかすった。
しかし、そこで間髪を与えない。
振り抜いた足を素早く返し、連撃につなげる。
日本刀の少女が反応するが、愛の蹴り足が伸びきる速度がはるかに早い。
高坂が携帯を守るように、手を後ろに回して後退し――
――携帯ではなく、顔面を蹴りあげた。
「ぐぁっ……!」
携帯を狙われると意識すれば、そこ以外の防御は隙だらけになるわけだ。
地に落ちる携帯電話。鼻と口内から大量の血を噴き出し、くず折れる少年。
対処完了。この時点で意識は、距離を詰めてきた少女に向けている。
刀を振りかぶる気配を察知。背後をちらりと振り向く。
振りかぶりの動作に躊躇いがあるのは、人を斬ることに対する躊躇か、
あるいは致命傷にならない斬り方を心がけているのか、どっちにせよ甘い証拠だ。
倒れこむ高坂の襟もとをつかむ。そのまま、くるりと身をひねった。
少年の体が押し出され、盾になる。
振り上げられた刀身の動きが、ぴたっと止まった。
格好の、的になった。
足を横に開いた、大外からの蹴撃。
回し蹴りが唸り声を上げ、少女の脇腹に叩きこまれる。
「……っぁ」
息がつまったような悲鳴をあげて、細い身体が地面に叩きつけられた。
日本刀が、カランカランと音を立てて転がる。
「なんだ、もう終わり?」
一人だろうと二人でかかろうと、結果はさして違わない。
何人の男に囲まれようが、一方的にぶちのめせるように。その為に強さを手に入れたのだから。
あっけないなぁと失笑するついでに、蹴りの後の宙に浮いた足で、高坂王子を踏みしだく。
何度も。
何度も。
「うっ……ぐっ……ぐぇっ……」
ガマガエルみたいなうめき声が足元からあがる。
全身をナイフで刺されたような痛みだろう。
「痛い? でもね、世の中のギセイにされてる女の子は、もっと痛いんだよ?」
靴の裏が鼻血で汚れるぐらい蹴り倒してから、少女の方に向かう。
もう少しぶちのめしたかったけれど、少女がゆっくりと半身を起こしていたからだ
意外にタフなのかと見直しかけたが、表情にはありありと苦痛が浮かんでいる。
体が強いんじゃない。きっと、痛みを耐えることに強いのだ。
武道の経験はなさそうなのに、痛みに慣れている……いじめでも受けていたのか?
どちらにしても、また刀を持たれると面倒になる。先にとどめを刺すなら、こちらの方からだ。
ディパックからハルバードを抜いた。
日本刀まで這っていこうとする少女の、道をふさいで立ちふさがる。
「まだ戦うつもりだったの? 弱いのに」
痛そうだというのに、その少女には全く怯えがなかった。
体はともかく、心はちっとも傷ついていないかのような、曇りのない顔。
そのことが、愛をイライラさせる。
愛としっかり視線を合わせて見上げ、言葉を発する。
「最初から、あなたを倒せると思って飛び出したわけじゃない」
鼻で笑ってやった。
「なら、ジコギセイってやつ? 男なんかの為に?」
「自殺行為をしたつもりもない」
即答だった。
その返答が不可解で、愛は眉をひそめる。
なんでこいつは、こんな『やるべきことはやった』みたいな顔をしているんだろう。
まるで、『誰か』が助けに来ると、分かっているみたいじゃ――
――視界の端っこ、意識の外にあった背景に、小さな黄色いボールが見えた。
緑の中で目立つその『黄色』が、ふわりと投げ上げられて、宙に浮き、
閃光のような打球が空を裂いて、愛の手からハルバードを吹き飛ばした。
銃弾で撃たれたような、そんな衝撃が手首を走り抜け、続けてハルバードの斧の部分にも同じ衝撃が直撃する。
小さなボールをぶつけたとは思えない威力で、大きなハルバードが何歩分も離れた地面に落ちた。
そして、その影は戦いの場に混じる。
愛は驚きで茫然として、路傍から飛び出してきた乱入者を見た。
青と白のジャージをまとった鋭い眼光の少年が、場の空気を支配して路上に立つ。
「もう、殺させないよ」
簡潔な、反逆の宣言。
少年に続いて、ペンギンが一羽、低木の合い間から飛び出してきた。
ぺたぺたと小走りで、座り込んだ少女へと駈けよる。
「間に合ったの?」
少女の問いかけに答えたのは、「くぁぎゃ!」と敬礼するペンギン。
それを見て、ほんの小さな笑みを浮かべる少女。
間に合った。
その言葉から察せられるのは――つまり、その動物に助けを呼びに行かせていたということで。
少女は、続けて少年に問いかけた。
「落ちついた?」
「はい、わりと」
「もう、大丈夫?」
「ううん、簡単に吹っ切れるわけないじゃないっスか」
迷いなんて地平線の彼方に振っきったと言わんばかりの、しっかりと据わった目つきで、断言する。
「でも、やらなくちゃいけないことと、やりたいことができたからね」
その左手に握りしめた太い枝を、剣のように振りかざしてみせた。
愛に対峙し、ごく自然体で自信ありげに、言うなればそれは『生意気』そうに、
「そのために、まずはアンタをとめる」
予告。
――結果を言えば、彼女が一人きりで割って入ったのは、『時間稼ぎ』だったのだ。
【3】
座りこんでいる間に、空の色は急速に濃さをましていった。
既に、陽はのぼっていたらしい。
無限の空の青さが陽の光にはじけて、森林の底まで降りてくる。
その光が、きっかけの一つだったことは間違いない。
少なくとも、まぶしさに、抱え込んでいた頭を起こすことはできた。
部長は、どうやって殺されたんだろう。
もういないという実感はわかないのに、そんなことが気になった。
いや、実感できないからこそ、逆に想像が働くのかもしれない。
『死』というものに対処するには、自分の中の経験値はあまりに乏しく、
だからリョーマにできた唯一のことは、想像をめぐらせることだった。
最初は『死んだ』という事実に衝撃を受けていたけれど、それはつまり『殺した人』がいることを意味する。
自殺するような人ではなかったのだから。
それは平気で人を殺せる殺人鬼だったのか、それとも死にたくない一心で殺し合いに乗った人だったのか。
あるいは、式波アスカのように、人を殺してでも帰らなければと思いこんでいたのか。
アスカとの接触やレイとの会話を通して分かったのは、人間は色んな理由で危害を加えるということだった。
死にたくないから。
生かして帰したい人がいるから。
生きて帰らないと、人類が滅ぶ(と思っている)から。
リョーマには想像もつかない、自己正当化を用意して殺す人間だっているのかもしれない。
……だからって、それで部長が殺されていいわけない。
生まれたのは、怒りだった。
アスカの行動について問われた時も腹が立ったけれど、比べられないほどの怒りが湧いて来た。
そんなやつらに、負けたくない。
どんな言い分を用意されたって、それで命を諦めていいわけがない。
そう思ったら、それまでの脱力が嘘みたいに、すっくと立ち上がることができた。
膝を屈している暇なんてなかった。
それでは、勝手な都合で仲間の命を否定する敵に、心が折れて逃げたことになる。
青学の柱は、どんな時でも絶対に逃げたりしない。
いつもいつも、敵いそうにない強大な敵が現れた時、自分を支えてくれたのは、『負けたくない』という諦めの悪さだった。
自分の弱さを救いだせるのはきっと、涙ではなく、現実を打ち破る決意だ。
身体を駈けめぐる熱を感じながら、自問する。
これは、復讐心なのか。自分は仇討ちがしたいだけなのか。
違う。そうじゃない。
それで相手に殺意を持つなら、殺人者と同じになってしまう。
いや、本当は、許せないという気持ちがぐるぐるしているのだけど、敢えて違うと言い切ってみせる。
――やられたらやり返せ。
そう言ったライバルがいた。
それは、敵に復讐する為の言葉じゃない。
負けたまま、奪われたままの自分が許せないという、前を向く為の言葉だ。
敵が憎いから戦うのではない。負けっぱなし、奪われっぱなしの自分から脱却する為に戦う。
前に進むために。
つまりは、そういうことなのだ。
やらなければいけないのは、殺し合いに乗った人間に負けないこと。
そして、やりたいことは――。
【7】
数メートルの距離を置いて、愛と少年は対峙を続ける。
全身打撲で動けない高坂王子と足手まといを感じて後退した少女は戦力外であり、この場の趨勢を決めるのは一対一の決着のみ。
少年を制圧すれば、愛は死の蛭(デス・ペンタゴン)を使うなり三人を仕留めるなり自由にできる。
逆にここで制圧されてしまえば……まず間違いなく、いい目には遭わない。
乱入者である少年少女はまだ甘い考えみたいだが、高坂王子には散々な暴行を加えてしまった――絶対に復讐される。
暴力で男を支配してきた愛には、『仕留めそこなったら報復される』という考えしか浮かばない。
「一応聞くけど、アンタは殺し合いに乗ったんだよね?」
「だったら何? あたしを殺す? 殺す理由ができてちょうどいい?」
「別に。ただ、理由が知りたいだけ。“敵”のことは知っておきたいから」
「知ってどーするのよ。『そんなの間違ってる』ってお説教でもしたいの?」
会話を交わしながらも、実際に矛を交えているのは視線による探り合いだった。
少年は、次なる打球を撃ちこむ隙をうかがうために。
愛は、少年より先んじて動き、彼を倒すか、他の2人を人質に取る隙をうかがうために。
動きや姿勢を見るかぎり、何かしらの武道を身につけているようには見えない。
警戒すべきは、ハルバードを吹き飛ばしたあの打球攻撃のみだろう。
どうやら『狙い』には自信があるみたいだけれど、この近距離なら愛がずっと有利だ。
いくら素早く打てたとしても、その打球を用意する時間にはタイムラグがある。
ポケットから球を取り出す隙。地面から石を拾い上げる隙。
たったそれだけの隙があれば、肉薄して制圧できる。
だから、これは少年を焦らして先手を打たせ、隙をつくる為の会話。
「あたしはね、死んだ方がいいような連中を駆除してるだけ。むしろ感謝してくれてもいいんじゃないの?
そんなヤツらをほっとけば、次に殺されるのはあんたかもしれないんだよ?」
「何それ。死んでもいいって、誰が決めたの?」
「あたしが決めたのよ」
冷静さを奪う為にも、敢えて挑発的な言動を取る。
けれど、まぎれもない愛の本心でもあった。
誰が殺されるべきで、誰が許せないかは、自分で決める。
『お前が決めることじゃない』なんて台詞は、まだ傷つけられたことがないから言えるんだ。
怒りで眼光を強くする少年の姿に、優越感を覚える。
こいつだって、何も分かってないに違いない。
高校生を含む発情期のオスザルばかりをぶちのめしてきた愛からすれば、まだ子どもとさえ言っていい年齢だ。
傷付けられる前に傷つけることの正当性なんて、分かるはずが――
「よーするに、アンタは怖いんだ」
その言葉は、愛を見下しているように聞こえた。
「殺されるのが怖いから先に殺そうとする。それって、そーゆーことでしょ」
険の強い目で、何もかも見透かしたような口調で。
「怖がり」
決定的な一言は、そうして口にされた。
彼が挑発の反撃としてその言葉を選んだのだとしたら、最も効果的な一言だったろう。
かっと火をつけられたように、頭に血がのぼった。
「分かったような、ことを……言うんじゃ――!!」
瞬きほどの短い時間、怒りで我を忘れた。
その一瞬で、戦況が動く。
その刹那、光のようなオーラが少年から発されたように見えた。
タン、と地を蹴る音がして、
次の瞬間、少年が眼の前にいた。
「え……!?」
――なんで。いくら何でも、一歩で接近できる距離ではないのに。
とっさに、腕で頭部を庇う。
動きに対応できたわけではなく、直感でそう動いただけだった。
「これは――綾波さんのぶん!」
目でとらえきれないほどの、スイング。
痺れたような痛みが、右前腕を走り抜ける。
バキリと、棒の方が耐えきれずにふたつに折れた。
「……っつ!」
まずかった。
もし腕じゃなく頭に当たれば昏倒していた。もし武器がもっと丈夫だったら、腕の骨が折れていた。
崩れた体勢を即座に立て直してカウンターキックを繰り出したものの、少年はまたあの『妙な動き』で一歩のうちに後退する。
やばい、やばい、やばい。
二撃目は防げそうにない。あのめちゃ早いスイングは、狙って受けられるものじゃない。
せめて身を低くすることで回避できないかと、愛は視線を落とし――
――体勢の崩れた拍子に、ポケットからトウガラシ爆弾が転がり落ちていた。
とっさの判断が、愛を救った。
しゃがんでスイングを当たりにくくし、爆弾を拾う。
少年には隙がない。狙うのは避けられないだろうヤツ。
手首のスナップだけを使って、半身を起こした高坂に投げつける。
パン、と爆弾が割れた。
「うぎゃごはあぁっ!! め、目がぁ~っ!!」
七転八倒する高坂。
「えっ……」
少年の動きが止まる。
今のうちだと、背を向けて駈けだした。途中でハルバードも拾い、一目散に逃げる。
少年は顔をおさえて転げまわる高坂に気を取られている。高坂たちは眼つぶしのことを知っていても、それがただのトウガラシだとは知らない。
人体に害があるかどうかまでは、しばらく分からないだろう。逃げ切る時間稼ぎにはなる。
少年が得体の知れない何かを持っていると分かった以上、戦闘を長引かせる気にはなれなかった。
【8】
沖縄武術に『縮地法』という技術がある。
相手の不意をうって距離を詰めるのに効力を発揮する移動法であり、初見の人間は戸惑うことが多い。
その特徴は、『初動が読めないこと』と『一歩で急接近されたように感じること』にある。
もちろん、リョーマ自身は沖縄武術の使い手ではない。
しかし、全国大会で青春学園と戦ったチームの中に、沖縄武術の動きをテニスに取り入れた比嘉中学という学校があった。
一度じっくり見た技ならば、自分のものにすることができる。
『無我の境地』を発動して縮地をコピー。
いちいちボールを拾っては不利とみての奇襲だったが、れっきとした格闘術の一種であり、完璧な精度の模倣である。
種明かしをすると、そういうことだった。
とはいえ、失敗した部分もいくつかある。
綾波レイのそばから離れるという大失態はもちろんとして、最後に爆弾で反撃されたのも痛かった。
もしあれがトウガラシ爆弾ではない普通の爆弾だったら、死人が出ていた。
今後の課題にする。味方の安全を優先する時。撤退する時。逆に逃がしてはいけない時。ちゃんと判断できるようにならないと。
何があっても逃げないとは決めたけど、かといって死んでは意味がない。
死んだら取り返しがつかないと、実感したばかりだったのだから。
そんなことをつらつらと反省しながら、折れてしまった枝の代替を探し、テニスボールを回収した。
綾波レイは、助けた男のトウガラシまみれの顔を、ミネラルウォーターで洗い流している(男がげほげほと咽こんでいる)。
それは、味方についても同じことが言えるわけで……。
「綾波さん、無茶しすぎ。離れてた俺が言うのもなんだけど、一歩遅れてたら死んでたっスよ」
「でも、飛び出さないと殺されそうだったから」
「そりゃそうっスけど……放送前に何て言ってました?」
「うん。私が死んでも、代わりはいない」
「分かってるじゃないスか」
とはいえ、他人を助ける為に身体を張るという行動をレイが取ったことには、内心かなり驚いている。
やるじゃん、と感想を持ったりしている。
それに、時間さえ稼げば助けてくれると、そんなことを期待される程度には信頼されていたらしいのも悪くない。
それまで『おかしな連れ』と認識していた少女が、初めて『仲間』になったと感じた。
もっとも、叱った手前もあるし、そういうことはいちいち言葉にしない。
まぁ、お礼ぐらいは、言っておくべきだと思うけど。
「それはそうと……時間稼ぎ、サンキュっス」
拳を前に突きだしてみせると、意味が分からないのかきょとんとしていた。
でも、何となく理解したらしく、そろそろと、握った拳を当ててきた。
さて、これで仲直りみたいなの(?)、は終わり。
あとは、もう一人。
「携帯、落としてましたよ」
「ああ。色々と、ありがとよ…………えっと」
「青春学園一年、越前リョーマ。こっちが綾波レイさんで、こっちがペンペン」
「ぎゃー」
レイがしゃがみこんだまま、見たところを口にする。
「骨は折れてないみたい」
「みたいっスね。鼻血が出てるから鼻孔骨折の可能性もあるけど……。
手当てはビルの中でやりましょーか。ここじゃタオルもないし。あんた、立てる?」
「立てねぇよ……」
ぼそりと答えが返る。さっきまで小うるさく叫んでいた割には、大人しい。
実のところ、これ以上の殺しは見過ごせないと割って入っただけで、安全な人物かどうかは確認できていない。
しかしレイによると、少なくとも害になる人間じゃないとのことだった。
立てないなら肩でも貸して運ぶしかないか、と提案しようとした時、次なる質問が投げられた。
「なぁ……ここは一体何なんだよ」
「何って……」
質問の意味を考える間もなく、矢継ぎばやに鬱憤が放たれる。
「わけ分かんねーよっ。いきなり殺し合えとか言われるし、戦闘狂みたいな女におっかけ回されるし。
仲間に逃がしてもらったら、あの女に見捨てて逃げたとか言われて半殺しにされるしよ。
そりゃあ何もできなかった俺だって悪いけど、だからって死ねとか無茶苦茶だろ。
それにっ……なんで日野が殺されなきゃならねーんだよ!
アイツはなぁ、雪輝の馬鹿に入れ込むようなお人好しだったけど、すげーいい奴だったんだぞ!」
溜まっていた者を早口で吐き出すと、「畜生……」という呟きを最後にして、下を向く。
ミネラルウォーターとは異なる種類の水滴が、顔をつたっていた。
「立てない」というのは、怪我のせいではなく精神的な意味だったようだ。
……たぶん、さっきまでのリョーマがそうだったみたいに。
「仲間が、死んだんだ」
男はうつむいたまま答えない。
これはイエスの意味だろう。
別に、落ち込むこと自体は責められまい。自分も人のことは言えなかったのだから。
けれど、そこで優しい慰めの言葉が言えるほど、リョーマだって器用じゃないのだ。
「ふーん。泣くほど大事な仲間が死んだのに、何もしないんだ」
ついでに言えば、二人と一羽がかりで頑張って助けたのに、へたり込んで早死にされても癪に障る。
「その仲間だって、アンタに『後は頼む』って思ってたかもしれないのに。
その仲間を殺したヤツが、最後の一人を目指してるかもしれないのに、殺されるのを待ってるんだ。
……まっ、落ち込むのは勝手だけど、落ち込むなら道の真ん中じゃなくて建物の中でやってください。
無防備に座り込んだまま死なれたら、助けた俺らが馬鹿みたいじゃないっスか」
わざと挑発的な言い方を心がけると、しおれていた男の顔が怒気に染まった。
がばりと立ち上がり、胸倉をつかまれる。
「んだとコラァ!! 恩人だと思って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって――」
「ほら、元気じゃないっスか。立ててるし」
笑みを浮かべて指摘すると、男はぽかんと固まる。
その隙に、胸倉の指を外した。荒療治だけれど、こんなところでいいだろう。
「それなら、越前君はどうするの?」とレイが尋ねた。
よく聞いてくれた。
「俺たちに殺し合いをさせる奴――神サマだっけ?
その神サマに、勝ってやる。
倒し方なんて分からないけど、そいつの計画通りにだけはさせない」
それが、越前リョーマのやりたいこと。やりとおすと、決めたこと。
無謀な宣戦布告であることも、己の力不足も思い知らされたばかり。
それでも、敢えて選ぶ。
どうすれば『勝った』ことになるのかまだ分からない以上、まずは殺し合いを壊すべく動くことになるのだが。
何とかして脱出できればいいやなんて、当初の消極的な考えは捨ててしまおう。
どうしたって勝てないぞと言われてきた強敵にリョーマがしてきたことは、
いつだって、分をわきまえない挑戦状をたたきつけることだった。
なんて大それたことを言うんだろう、という感じで驚いている男とレイの前で、びしっとビルの方を指差した。
「そーいうわけだから、まずはあのビルに手がかりを探しに行く予定だったんスけど……どうっスか?」
大量の失点を許したからといって、焦ってプレイスタイルを変えたばかりに自滅するのはよくある話だ。
殺し合いの進行は早くとも、できることから一つずつ成しとげていくしかない。
まずは、当初の予定通りに、ビルを調べる。
「ヘッ、誰が動けないって言ったよ。さっきはちょいとばかりナーバスになってただけだ」
男も釈然としないなりに、ここで言い返せないようじゃ『負け』だと理解したらしい。
ここで『さっき立てないって言ってたじゃん』とまぜっかえすほど、リョーマも野暮ではない。
生意気だと、得なのだ。
相手がムキになって向かってきてくれるから。
「見てろよ、すぐ『あなたを助けられて良かったです高坂王子様』って言わせてやるからな。
なんたって俺は、この建物が何なのかも知ってるし、『神様』って奴にも心当たりがあるんだからな!」
「マジっスか……?」
「ああ、大マジだぜ。知りたいなら教えてやるよ。ただしビル探索隊のリーダーは俺だからな」
イラッ。
「行きましょーか、綾波さん」
「いいの?」
放置してスタスタと歩きだす。
『神様』を知っているというのは気になるけど、無視したって問題ない。
相手はどうやら、堀尾みたいな性格をしたタイプだ。だったら――
「おいコラ話聞けよ! 俺様の武勇伝を聞いたらお前ら絶対に考えを改めるんだからな!」
この手のタイプは、口をふさいでも勝手に喋りはじめるのだ。
【H-5/ビル前/一日目・朝】
【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:決意
[装備]:青学ジャージ(半袖)、太い木の枝@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実、ペンペン@エヴァンゲリオン新劇場版
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、リアルテニスボール(残り8個)@現実 、自販機で確保した飲料数種類@現地調達
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:ビルに行って、脱出の為の手がかりを探す。
2:碇シンジを見つけるまでは綾波レイと行動。ペンペンを碇シンジに返す。
3:2と並行して跡部さん、真田さん、切原、遠山を探す。
4:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
5:ちゃんとしたラケットが欲しい。
6:碇シンジとその父親に、少し興味
【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:疲労(小)
[装備]:青学レギュラージャージ(裸ジャージ)、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記
[道具]:基本支給品一式、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記、不明支給品0~1、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)
基本行動方針:碇君を探して、何をしてほしいのか尋ねる。
1:ビルに行って、脱出の為の手がかりを探す。
2:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
3:碇君を探す。その為に越前くんについて行く。
4:他の参加者と、信頼関係を築けるようにがんばる。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。
【高坂王子@未来日記】
[状態]:疲労(中)、全身打撲
[装備]:携帯電話(Neo高坂KING日記)、金属バット
[道具]:基本支給品
基本行動方針:秋瀬たちと合流し、脱出する
1:輝いて挽回したい。
2:ビルを探索して手柄をたてる
[備考]
参戦時期はツインタワービル攻略直前です。
Neo高坂KING日記の予知には、制限がかかっている可能性があります。
『ブレザーの制服にツインテールの白井黒子という少女』を、危険人物だと認識しました
【9】
『怖がり』。
あの餓鬼は、言ってはならないことを言った。
林道を脱兎のごとく駆け抜け、距離を引き離したことを確認して。
愛の心を占めたのは、激怒の続きだった。
私が、怖がりだと?
男を倒す為に強くなった、恐怖を克服した私が、怖がっているだって?
何も知らない餓鬼のくせに。
何も分からない癖に、分かったようなことを言いやがって。
殺してやる。
絶対に、殺してやる。
どのようにして追い詰めるかまでも、既に愛の頭にはシナリオとして存在していた。
ヒントになったのは、名前だ。
あの少年は、少女のことを『綾波さん』と呼んでいた。
その名前には、見覚えがあったのだ。
放送の直後に、送られてきたメールで。
【送信者】From:天使メール
【件名】好戦的人物のお知らせ
【本文】
越前リョーマ、綾波レイの二名はこの殺し合いに乗っています。
非戦的な振りをして近づき、隙を見せた途端に攻撃してくる模様。
遭遇された場合、二人の話には(ry
誰が天使メールを騙っているのかは気になるけれど、今回に限っては利用できる。
天使メールのシステムはよく知っている。他の参加者の携帯言電話にも、同じ内容のメールが届いているはずだ。
受信者たちはいきなりのメールに戸惑いながらも、その内容が本当なのかと疑い始めていることだろう。
そこに、『越前リョーマと綾波レイの二人を含む、三人組に襲われた』という情報を流す。
実際に『その二人に襲われました』と言う人間がいれば、メールの信憑性はぐんと上がる。
ましてや、愛には学籍簿があるから、所属する学校などの個人情報も把握できるのだ。
それらしい話をでっちあげるのは、さして難しくない。
そして常盤愛は、自らが被害者であるかのように演技をして同情を買うのが、大得意だったのだ。
今に見ていろ。
女を舐めきっている男なんて、みんなみんな死んでしまえばいいんだ。
【H-4/林道/一日目・朝】
【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]:基本支給品一式、死の蛭(常盤愛の血を記憶済み)@ うえきの法則、
学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達
基本行動方針:生き残る。手段は選ばない
1:天使メールを利用して、越前リョーマ、綾波レイ、高坂王子の悪評を広める。
2:出会う男性は利用する。自分の基準で許せないと思ったら殺す。ただし、殺す時はなるべくばれないように、こっそりと殺す。
3:男に従属するような女性も同様に。
4:適当に強い男がいたら、死の蛭(デスペンタゴン)を寄生させて隷属させる。
5:中川典子に対する、強い憎悪と無意識の嫉妬。
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
※渋谷翔が浦飯幽助に殺されたと推測しています。
【4】
もし今、部長と話すことができたら、どんな風に言われるだろう、と。
覚悟を決め直したら、そんなことを想像した。
陽は完全にのぼりきったらしく、降り注ぐ陽光は、淡い光の粒子からまぶしい光線へと形を変えていた。
あの夏の、大会が始まる朝のさわやかな空気も、こんな感じだったなと思う。
まず、第一声で『すまない』と謝って来ることは間違いない。
氷帝戦で肩を壊した時みたいに。
誰も部長を責められる空気じゃないのに、いちいち謝ってくるのだ、あの人は。
それから、『後を頼む』みたいなことも言われそうだ。
どこで何をしていたのかは知らないが、殺し合いに乗っていなかったのは確かだろうから。
脱出の方法を見つけてくれとか、主催者を倒してくれとか、他の皆を助けてくれとか、『頼む』のパターンはいくつかありえるけれども。
まぁ、引き受けてやろうじゃないか。それぐらいは、『柱』の心意気というものだ。
『俺を倒してみろ』とか『柱になれ』とか、思い返せばあの人には頼まれてばかりだった。
――お前は青学の柱になれ。
いつだって、ついさっきのことみたいに思い出せる。
あの時の胸の高鳴りも、陽射しのまぶしさも。
何十回、何百回と、頭の中でリフレインさせてきたのだから。
あの言葉が、越前リョーマの人生を変えた。
始まりもどこだったか判然としないテニス人生だったけれど、あの言葉がひとつの扉を開けてくれたのは、まぎれもなく事実。
強くなりたい。
父から歩き方を教わるようにテニスを教わっていたリョーマに、初めて生まれた願望だった。
テニスを始めた時から、そこには父親が、リョーマの世界で一番強い壁として存在していて、
だからそれまでのリョーマは、父親さえ倒せばそれで終わりで、その後には何も残らなかったのだろう。
アメリカで幾つかの大会を制覇して世界を知ったつもりになっていながら、
結局のところ父親しか視界の中になかったリョーマは、まさしく井の中の蛙だった。
だから綾波レイに対してお節介を口にしてしまったのかもしれないが、それはともかく。
強くなるということを、初めて意識した。
父親を倒すなんていうのは、本当なら強くなる為の手段でしかなかったはずなのだ。
強くなれば、より強い相手に会える。
強くなれば、それまでは見えていなかった景色が見える。
強くなれば、乗り越えられない高い壁だって、越えられる
強くなれば、それまでは届かなかったものに、手を伸ばすことができる。
そう気づいた時、それが嬉しくて、楽しくて、絶対に手に入れたいものになっていた。
初めて、父親以外の人間の背中を追った。
その背中から学んだことはたくさんある。強い意志だとか、己に対する厳しさだとか、何かを背負って戦うということだとか。
そのくせ、隣にいると会話は少なくなるのだ。言葉を介して伝えることなんて、何もないかのように。
ぬるい慣れ合いではなく、いつか倒してみせると、ずっと意識していて。
でも、そんな関係が心地よかった。
それに、初めてのことだった。
誰かに想いを預けられ、誰かの仲間として戦うことを知ったのは。
父親にはひねくれた形で成長を期待されてきたし、適当な大会で優勝すれば同年代から大人にまで誉められた。
しかし、誰かから一人の男として見込まれて、大切なものを託されたと感じたのは、あの時が初めてだ。
最初は『青学の柱』と言う言葉に重みを感じただけで、その意味なんて分かっていなかったけど。
たった数カ月だったけど、青学テニス部で日々を過ごす中で、その意味は心にしっかりと浸透していった。
ある時は、日常の居場所として。
ある時は、戦友として。
まぁ、要するに…………リョーマはきっと、部長のいる青学テニス部が、とても好きだったのだ。
口に出しては言わなかったけれど、
たくさん、たくさん、感謝していた。
だから、もう大丈夫だと、己を鼓舞する。
学んだことは、すべてこの身に刻みこんでいるから。
いや、本当はまだまだなんだけど、もっともっと強くなるから。
腕が砕けようとも、足が折れようとも、もう絶対に止まらないから。
だから――安心して任せてください。
……なんてしおらしいことを言うと思ったかバーカ。
生きて帰って好きなだけテニスして、
部長が出たかった大会にもいっぱい出てやるから、せいぜい悔しがればいいんだ。
「あ……」
心の中で、悪態をついた時だった。
ようやく『それ』はやってきた。
まぶたがじわじわと熱を持つ感触と、ぼやけて歪んだ視界。
なんで今さら来るんだよと呆れながらも、ちゃんと『それ』が来たことに安堵もしていた。
ああ、もうこうなれば、今のうちだ。
言ってしまおう。
相手に聞こえるかなんて分からないけど、遺志を継ぐなら言葉にはしておくべきだろう。
「部長」
まぶしく射しこんでくる陽光を見上げ、姿勢を正す。呼びかける。
もういないことを、はっきり認めて別れるために、
今だけは、ありったけの想いを、言葉に変えて。
「いままで、ありがとうございましたあぁっ!」
深々と頭を下げれば、滴り落ちた涙がいくつも、地面に染みをつくる。
こうして。
越前リョーマは、手塚国光の死を悲しむことができたのだった。
【天野雪輝のダーツ@未来日記】
綾波レイに支給。
天野雪輝の得意武器であるダーツ。10本セットで支給。
作中では所有者の日記を破壊する際などに使われた。
思い切り刺されば携帯を破壊することもできるほど硬い。
最終更新:2021年09月09日 18:59