「この幽霊小道に入ったら、出るまで決して振り向いてはいけない」

誰が決めたかなど分からない。
昔からそうだったのだろうし、これからだって変わらないのだろう。
『この世』と『あの世』を繋ぐ大原則は。

「驚かせてごめんなさい。私は杉本鈴美。幽霊です」

杜王町の守人と言うには、頼りない少女。
無限回廊に迷い込んだ男に対して、慇懃な態度で接する。

杉本鈴美は、仕事が増えた。
これからの彼女の使命は、かつての犯罪者を相手取るより困難な道だ。
行方知れず、足取りさえ追えないし、伝えたところで見えざる恐怖に怯えるのがオチかもしれない。

「この小道に案内したのには、訳があるの」

それでも、病のように静かに、そして深く人々を傷つけた怪奇に挑んだ時も、条件はほとんど同じだったのだから。
具体的な方法は見当たらないが、どんな人だって、立ち向かうことは出来るはずだ。
『平和』と『誇り』は、きっと太陽が星を照らすように染みわたっていくもの。
彼女が、そして『彼』が杜王町の住人であるならば。

「夢物語と笑うかもしれませんが、どうか、語り継いでください。私がこの目で見てきた悲劇と……希望を」

彼女が後ろを振り向き、天に召されるのは、もう少し後の話。


  ★


「返事を聞かせてくれ、徐倫」

答えなら、前々から決まりきってる。
ただ、何というか、個人個人で決められることは限られていると思うの。
私一人で生きているわけじゃあないと分かったから、なおさら。

「あたしのお父さんのこと、知ってる?」
「仕事、相当に忙しいらしいな」
「隠れて付き合ってるみたいになるし……父さん自身、気難しいところがあるからどう思うか」

帰ってこれないわけじゃあないけど、世間話だってロクにできない忙しさ。
それでも、以前は海外出張ばかりだったことを考えれば、今はまだマシな方。
常日頃から仕事ばかりで、家族にかまってあげられないのを父さん自身気にしているのは知っている。
気にしているからこそ、あたしたち家族を大切に思っているのは確かな事。
そこに秘密にしていた彼氏の話を持ちかけるのは、正直、気が引ける。

「俺は真剣だ。結婚だって考えてる。君のお父さんがどう思うかは分からないが……恥じるような真似は絶対にしない」

あたしの手を取り、思いの丈をぶつけてきた。
一世一代の覚悟が見せる、眩しいくらいの生真面目さが、屈強な手のひらからも感じられた。

「ありがとう。ファザコンって言われると思ったわ」
「誰だって親は大切さ」

何だか恥ずかしい。
告白されたこともだけど、何より見識の狭い自分自身が恥ずかしかった。

……ああ、あたしは何を気負っていたんだろう。
誰だって、他人なしでは生きられない。彼もいっしょだ。
『他人』が指す範囲は広がっていくかもしれないけど、別に広がった分狭くなるわけじゃあない。
いつも通りね。家族を大事にしてこその、あたしだもの。

「いいわ……申し込んで、結婚。近い将来でなくても良い。いつか、絶対に」
「ああ、約束するよ」

口づけ。
何より強い、契約の証。

「改めて、これからもよろしくね。アナキス」


  ★


潮風が髪をなびかせる。
鼻孔を満たす香りは、どこか懐かしい。

「うずくまっておじちゃん、オナカ痛いの?」

暫し思い出に浸っていたせいか、子供に余計な心配をかけられる。
別に腹を痛めたわけでも、足を怪我したわけでもない。
……足は以前に負傷したものの、もう大分経った。
それ抜きでも、穴だらけの黒いコートを着ているのだ、それはもう奇怪に移ることだろう。
石碑に刻まれた“COSTA SMERALDA”の文字を右手の指先でなぞりつつ、行動の真意を説く。

「いや……花を添えてただけさ」

花屋でコーディネートしたような、立派な花束ではないが。
そこらの道端に咲いていた、ともすれば踏んでも意に介さないような、一輪の花でしかない。
風が吹けば飛ばされてしまうだろうし、誰かが捨ててしまうかもしれないし、何もしなくともいつかは枯れる。
この花は、俺以外の記憶に残ることなく、消えることだろう。
きっと――自己満足だ。

「でも、そこお墓じゃないよ?」
「大切な人が……好きな場所だったんだ。今はもういない、どこにいるかも分からない」
「ふーん」

笑いもしなければ、讃えたりもしない。
無関心――死に触れていないであろう子どもなら、それが当然だろう。
それでいい。死に近づくのは、人間を越えようと過ぎた望みを抱える奴だけで十分だ。
死を間近にするには早すぎる。

「おいッ、早く戻ってこいよー!」
「今行くよー」

生きている人間が得ていくべきは、時を通じて積み重ねられていく、記憶。
それを伝えていくことだ。受け継がれたものなしで、時代は巡らない。
遺伝情報を記録する二重螺旋だって、次の代が生まれなければその連続は途切れる。

「行くぞオラッ」
「ちゃんと蹴れよちゃんとーッ」

記憶――俺は、刻めただろうか?


  ★


何故元の世界に帰れたのか――と最初のうちは考えた。
実際は、そんなことはなかったのだが。

ジョルノがディオに止めを刺した後、辿り着いた世界。どうやら2012年のローマのようだった。
現状把握をしたのち、せめてもの詫びと、まずはカラブリアでドナテラ・ウナの墓を探しまわることに。
トリッシュを保護する一環で住所は把握していたから、周辺の墓地もほどなくして見つかったのだが。

ドナテラ・ウナという女性の墓は、一切見られなかった。

悔しい気持ちはあったが、しかし、発見もあった。
墓地に、ドナテラ・ウナと同姓、しかも享年もほぼ一致する『ジャンナ・ウナ』という女性の墓が存在したのだ。
親族かと思ったが、彼女の家系にそのような人物がいたとは記憶していない。
これはどういうことか? 俺の考察をまとめてみようと思う。

『メイド・イン・ヘブン』による宇宙の一巡は、運命を固定し、あらゆる可能性を一点に絞ってしまう。
これは言い換えるならば、可能性の未来――並行世界の否定だ。
しかし、『メイド・イン・ヘブン』の本体、ディオ・ブランドーの死亡によって、完全な宇宙の一巡は果たせなくなる。
その結果、『完全な一巡を果たすまでの過程』には無限の可能性が生まれた。
ディオ・ブランドーの死により、ドミノ式に数多の可能性が生まれたことだろう。

つまり簡単にまとめるならば――
『ディオ・ブランドーの一巡を果たさないままの死亡によって並行世界が爆発的に生まれ、俺たちはそのうちの一つに飛ばされた』

以上が俺の推測だ。
空条徐倫も、その世界のうちの一つに飛ばされたと見ていい。
或いは同じ世界に飛ばされた可能性もある。
どちらにせよ、俺たちが元いた世界とほとんど同様の歴史を辿った世界だろう。

『ほとんど』と形容したのは訳がある。
ディオ・ブランドーの死亡によって、並行世界の歴史はある一点が大きく改変されたのだ。
『固定された運命を覆せるのは、『メイド・イン・ヘブン』の本体のみ』とのこと。
そして、本体ディオ・ブランドーの死亡――それらを踏まえると、こういうことではないだろうか?

『『ディオ・ブランドーが存在する』という運命を、自分の死によって変えてしまった』

おそらく、1989年まで死なないはずのディオ・ブランドーの運命は、己が死によって覆されたのだ。
だからこそ、この世界に吸血鬼になったディオが――ひいてはDIOが生まれることはない。
いや、あらゆる並行世界においても同様だろう。並行世界で、ほとんど同じ運命が展開されるのならば。
DIOが生み出した百余年の因縁も、同時に消え果たことになる。
そして、どこかにいる荒木飛呂彦は、争いを生み出せそうにない俺たちを殺し合いのためにと寄せ集めようとしないのだろう。
ジョースター家とDIOの闘争が、歴史上からほとんどなくなったのだから。
でなければ、俺と空条徐倫が辿り着く場所は再び殺し合いの最中だったはず。

『ディオ・ブランドーが存在しない歴史』『殺し合いが行われなかった歴史』が、ここに再編されたのだ。

では何故、ディオが消えたと、ここまで言い切れるのか。
ディオの消失を知ったのは、同時にある決定的な事実を孕んでいたからだ。

全ては、ジョルノが通っていた学生寮で『金髪で、首筋に星型の痣がある学生がいなかったか』と質問したことに始まった。
並行世界の仮説を証明する意味合いで、この世界がどういうものか、俺のいた世界・時代なのかを知るためにしたこと。
清掃員、学生、ありとあらゆる者に問いただしてもそれらしい反応はなく。
寮の使用履歴を調べてみても、似ても似つかぬ別人が住んでいるのみだった。

ギャングのボスとなったから、過去の経歴を完全に消した――と考えるのは難しい。
俺のように村からほとんど出なかったならまだしも、奴は組織を乗っ取る一週間前まで普通の学生として過ごしていた。
もっと言うなら、空港で白タクシーの運転も行っていたとのこと、表も裏も俺とは比べられないほど顔が広い。
過去の経歴を白紙にしようとすれば、かえって不自然。
ボスになっても表の顔を持っていると考えるのが自然な見解だ。



ディオ・ブランドーの存在抹消による運命の改竄、それに気づけた理由――
『ディオ・ブランドーの消失と同時に、ジョルノ・ジョバァーナに類する人間は、あらゆる世界において存在しなくなった』からに他ならない。



実は、ジョルノの『能力の限界によって死ぬ』という考察は外れていた。
ジョルノの親、ディオ・ブランドーはあらゆる世界から姿を消したのはさっきの通り。
そして生じたタイムパラドックス――ディオがいなくなれば、子であるジョルノも生まれなかったことになる。
ディオの肉体がジョナサンのものであっても、DIOと日本人女性のハーフ、イタリア育ちという環境がジョルノをジョルノ足らしめているのだろうから。
最終決戦時のジョルノ・ジョバァーナの消滅は、『ゴールド・エクスペリエンス』の限界のせいではなかったのだ。
勘違いも無理ない。奴に『メイド・イン・ヘブン』の全容など、知れぬことだったろうから。

復活の代償と言えば、悪意を絶やす犠牲と言えば、それらしいのかもしれない。

「だが、それでも俺は……みすみすジョルノを見殺しにするような真似をしてしまった……!」

骨も残らず消えたのだ、親に詫びを入れることさえできない。
この罪は、俺が墓まで秘匿しなければならないだろう。
奴は命を犠牲にして、自身が自身である証を立てた。満足したのは確か、だと思いたい。

ならば、残されたものはどうしたらよいのだろう。

奴とて、家族はいただろう。円満ではなかったと聞くが、その出会いには意味があったはずだ。
奴には、チームという縁を超えた仲間がいる。太陽のように照らし、共に輝いた者たちが。
奴が、これから紡いでいく未来もきっとあったはず。ギャングのボスとしてだけでなく、いち少年としての将来も。

俺は、彼らに何一つ与えてやれない。
零れ落ちてしまったからには、拾い上げることもできない。

「残されたもの、か。『これ』もそうなんだろうな」

ふと手に取るは、偶然引き継ぐことになった日記。
ディオが荒木を気絶させ、その直後スタンドによる拘束が解かれた。
束縛が緩んだところでポロリと転がり落ちたそれを、俺が拾い上げたというわけだ。

いろいろ思うところはあるが、結局開いていない。
正直、燃やそうと思っている。これは存在してはいけないものだ。
歴史を繋いでいくのは俺たち。ただの記録に、歴史を左右される筋合いはない。
そう宣言したのだから。

「根本的な解決には、なっていないかもしれんがな……」

荒木が燃やすという提案を聞こうものなら、「自己満足でしかないよね?」と、憎らしい正論を聞かせてくれることだろう。
だが、俺が持っていたところで、どうなるというものでもあるまい。
所有者が俺である以上、どう処分しようが俺の勝手。
捨てたり破いたりするよりも確実に、葬っておきたい。
しかし、人目に付く場所で燃やして放火魔と思われたら厄介だ。
何せ戸籍も住所もないのだから、通報されでもしたら二重に困る。

どうせなら目立たない場所へ、と、裏道に入ると――

「こっこっ このダボがぁああーッ!! オッ…オレッちのコッコッコッコートを!!
 こっそり近づいて盗ろォ~~~ったってそうはさせねぇえぞッ―――ッ うへへへ」

――薄汚い浮浪者と目が合った。

「ナメんなよォ―――ッ! コラーッ
 あっあっあっ ウヒヒ 相手になるぜッ! かかってきやがれッ! え?」

どこかで聞いたような台詞。
もう、台詞と言って良いのかどうかも怪しい。
意味を繕っただけの、発声。そんな表現がお似合いだ。

「うケケケ このコートを盗れるもんなら盗ってみやがれ―――――ッ このドチンポ野郎があーッ!」

ヤク中のゴロツキに絡まれてしまうとは。
涎をダラダラ垂らし、焦点もロクに俺に合っていない。
右手の刃物を振り回し、よたよた、ふらふらと近寄ってくる。

ぼうっとしているわけにもいくまい。

「『キング……』」

そこまで言って、気が付いた。
俺は、自ら望んでスタンドを手放したことに。
何を言っているんだと聞き返すこともなく、気にも留めず、ゴロツキは距離を縮める。

刃物、対、素手。そりゃあ不利だ。
おまけに『死の記憶』がデジャヴする。

「来いッ!!! かかってきやがれ―――ッ」

これが、俺が望んだ結果? 俺が望んだ未来?
麻薬を売りさばいたツケが、巡り巡って、ようやく振りかかろうとしているのか?
鎮魂歌は、ここでその奏でを終えるのか?

――それがどうした。

ふざけるな。
誰が認めてやるものか。
俺は生き残るために戦ってきたんだ。
ここで死んでやる道理はないな。

血塗れのコートを脱いで、瞥見する。
俺を『ブッ殺した』のはリゾットだ。そして、鎮魂歌を終わらせたのも、奴の一撃。
どれだけ重ねてきた罪でも、俺は背負ってやる。
だから、無為に死ぬことだけはしない。俺は――抗う!


――ドゥン


「あ……ぐぇ?」
「麻薬はよくねぇよなあ。人間やめるようなもんだ。あんたもそう思うだろ?」

浮浪者の片頬にぽっかり穴が空き、顎がだらりと外れる。
あの傷は考えるまでもない、銃撃だ。当然ギャングで無くなった俺がそんなものを持っているはずもなく。
フヒフヒ言いながら、傷口を抑えて走り去る浮浪者を、俺はぽかんとして見届けていた。
遅れて、問いを向けられたことを思い出し、振り返る。助けられた礼もある。


息が詰まった。


「ちょっとボス! こんなところで拳銃ぶっ放さないでよ!」
「いいじゃあねえかよ、こちとらギャングだぜ。てゆーかこんな裏道入って、何するつもりだったんだよオッサン」

たまたま近くを通りかかったのが射撃の名手だったから、俺は助かったとしよう。
ならば何度、そんな神に愛されたかのような偶然が続くだろうか。
いや、こればかりは偶然だとかで割り切れるもんじゃあない。

もはやこれは『引力』だ。『出会い』という名の。

俺は彼らを知っている!
いや! 彼らの眼差しと、今もって行動してみせた『勇気』を知っている!

「立ちションでもするつもりだったのか?」
「だったらやめときなさい。こういうとこはヤク中の格好のたまり場だし、ヘナチンちょん切られるかもしれないからオススメしないわ」

そうだ、俺は知っている。
陽気で、直情的な拳銃使いのこの男を!
勝気で、言葉遣いに芯の強さを感じさせるこの女を――!

「あたしの顔になんかついてる?」

二人をじっと見つめてしまうほどに、俺は我を忘れていた。
ああ、彼も彼女もきっと、そうなんだろう。
ドナテラ、君は怒るかもしれないが、こればかりは率直な感想だ。
似ている。彼女は確かに俺の娘に似ているんだ。
俺と、君の娘に。

「いいや……」

恥ずかしいことに、声も、五体も、震えていた。
だが、俺は笑った。この世界に辿り着いて、初めて笑った。

「いきなり銃声したからビビっちまったかも、ってのは杞憂だったな。腰抜かしてねえし、チビってもいねえ。
 とりあえずは合格だ。オッサン、裏の世界に関わったからには、俺たち『パッショーネ』に協力してもらうぜ」
「あんたがやったんでしょ」
「俺の立場をばらしたのはテメーだ。いい加減俺のこと名前で呼べって」
「自覚がないからよ!」
「……ともかく、どうせ行くあてないんだろ、オッサン? 名前は?」

痛いところ突かれたからって無視しないでよ、という少女の抗議を無視して、男が質問してくる。
だが俺は、仮にもギャングのボスの前で無礼な事なのだろうが、思い出に浸っていた。

――生き残るのはこの世の『真実』だけだ……。真実から出た『誠の行動』は……決して滅びはしない……。
――ブチャラティは死んだ……アバッキオも…ナランチャも…。しかし彼らの行動や意志は滅んでいない……。

かつて、ジョルノが俺に言い放った言葉だ。
ジョルノは『真実から出た誠の行動』を、自身の正義をこうやって形に残すことが出来た。
ならば俺も、これから誠の行動を為さなければならない。
今まで重ねた罪の贖罪として。ジョルノを死なせてしまった贖罪として。
いや、ジョルノは生きている。この言葉と共に、勝ち取った平和と共に。
俺たちは、彼の努力を無駄にしてはいけない。

ディアボロ……。俺の名前は、ディアボロだ」

日記は燃やすことにした。
その前に、一言だけ記すことにする。










――彼らが託した『黄金の精神』は此処にあり、と。










【ディアボロ 生還】
【空条徐倫 生還】
【杉本鈴美 (幽霊なのに『生きて』『還る』とはおかしいが)生還】

【ジョジョの奇妙なバトルロワイアル2nd ―― 完】


  ★


「ここはどこなの……? アンタは……いったい何者なのよ!?」
「はあ……。何度も言うようだけど、何で君を呼んだか、なんてどうでもいいだろ? 実際、僕自身わかっていないんだよ」

盗聴器越しに聞こえてくる、会場内のざわめきがやかましい。
さらに、矢継ぎ早に質疑を投げかけてくる杉本鈴美……とは似ても似つかない女も煩わしい。
言葉と言葉、雑音と騒音のダブルパンチだ。

辿り着いた世界は、このクソアマの態度から察せた。
……いや、正直なところ、僕だって『察する』なんてレベルじゃあなく分かるんだ。
けど、実際のところ認めたくない。
参加者全員の首輪を爆破しに行くことも、きっとシステムの違いか何かで無理なのだろうし。
直々に皆殺しにしようとしても、スタンドがないのならどこかで力尽きてしまうのだろうし。
スタンドの再誕を目論んでも、テレンスの保存した魂は存在しないし、『ザ・ワールド』のDISCもない。
並行世界からの介入という僅かな可能性にすがろうにも、これでは利用価値がないと切り捨てられるのが関の山だ。

『メイド・イン・ヘブン』を失った今、固定された運命を改変する手段は存在しない。

過程を大事にしないわけじゃあない。
後先考えないでちょっかい出したり、余計なお世話焼いてみたりするのはしょっちゅうさ。
報われるか否かにかかわらず、人が必死になってあがいたりする様を見るのは最高だね。

でも結局僕は、勝つのが好きなのさ。
勝たなきゃ、何の意味もないじゃあないか。
『箱庭の中で運命になる』ことなんざ、バトル・ロワイアルの完遂に比べればちっぽけな目標だもの。
確かに僕は、身に降りかかる運命が手に取るように分かるよ。
けどね、不思議な事にプッチ神父の言ったような『幸福』はどこにも存在しないんだ。
いくら『覚悟』したところで、結果が見えるという『絶望』は吹き飛ばせない。
これから訪れる運命を理解しているのが、僕以外に誰もいないというのがなおさら不愉快だ。

今後、杉本鈴美は勝利を伝える『語り部』として誰より機能することだろうね。
何たる皮肉だ。

何もかも分かってる。
負けだ。始まる前から、完全敗北だ。

「……せいぜい見せてもらうとするよ。皆の『運命』を。『人間賛歌』を」

期待に満ちた言葉を紡いでみせても。
その後は乾いた笑いしか出てこない。


  ★


薄暗いホールの中、舞台の一点にスポットライトを集める。

笑みを絶やさない主賓は、ただの道化と化した。
動揺にざわめく観客は、知らず立ち向かう力を手にした。

あらゆる困難も。
あらゆる辛苦も。
あらゆる不幸も。

何者かが乗り越えるだろう。乗り越えることが出来るだろう。
『黄金の精神』を以ってして。







「これから君達に、殺し合いをしてもらうよ」







【主催者・荒木飛呂彦 ――『完遂不可能なバトル・ロワイアル』に、再び挑む】

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最終更新:2011年11月26日 21:21