僕は占いを信じないタチだ。
なんせ僕の周りには占い以上の、不思議で奇妙で謎の存在が溢れかえっていたからだ。
スタンド―――高校入学したてのピッカピカの一年生のころ、僕はそいつと出会った。
あんな不思議で奇妙な存在がある以上、占いを信じてもいいかもしれないんだけど、僕はやっぱりそんなに信用できないと思ってる。
もちろん自分の星座が朝のテレビで一位だったら嬉しいし、何かいいことあるかもしれないと思うけどね。
実際今日の朝から僕は絶好調だった。
自販機でコーラを買ったら二つ出てきた、校内の売店で100円玉を拾った、帰ったら母さんがケーキを焼いていた。
今日の僕は絶好調、まさに向かうところ敵なし! これも今日の占いのおかげかな!―――そう思ってた。今の、今までは。
僕の名前は―――もしかしたら覚えてもらう必要はないかもしれないけど―――広瀬康一。
スタンド、なんて奇妙なものに出会ったこと以外は普通の高校生だ。
友達がいて、家族に囲まれて、自分で言うのもなんだけど、幸せに生きてる高校生。
え? なんで覚えてもらう必要がないかも、だって?
正確に言ったら『覚えてもらっても意味がないかもしれない』。
なぜなら……
「エコーズッ!」
「キング・クリムゾンッ!」
僕が今、殺し合いに巻き込まれているからだ。そして―――
「なッ!?」
「……死んでもらう」
今、この瞬間にでも、死ぬかもしれないからだ。
★
少年の小さな体が弧を描き、宙を舞う。
1回、2回……3回ほどバウンドすると勢いのままに、サッカーボールのようにごろごろと転がっていく。
橋の欄干に激突し、ようやくおさまったエネルギー運動。
ひどい有様だった。少年の体はボロボロだった。
擦り傷、切り傷、打撲に内出血。
左腕は大きくダメージを負っている。力なく垂れ下がり、右腕で肩を庇うしぐさをする。
転がった際についた傷から血が滲み出る。精悍な顔の頬から、じんわりと真っ赤な液体が滲み出た。
彼も血に気付いたようだ。乱暴に学生服の袖でこすり、そして鋭い視線で目の前の敵をにらみつける。
白い、芋虫のような己の分身が脇に並び立つ。それを見て康一は今一度、闘志を燃やす。
少年が転がった距離はおよそ橋一本分。そのちょうど一本分の距離を挟んで向かい合う二つの影。
立ち上がった少年と、陽炎のように揺れる男。対照的な二人に言葉はない。
沈黙の中、睨み合う。傍で光っていた街灯が一度だけ、バチッと火花を散らした。
男が猛然と少年へと向かっていく。
真っ暗な目には何を映しているのだろう。それすら確認できない速さで男は迫まっていく。
少年が迎え撃つ。ギリギリのタイミングを計るように瞬きすら許さない、まるで居合い切りの達人がするかのような集中。
瞬間、二人の体より影が飛び出す―――西部劇のガンマンさながらの、抜き打ち。
バチィイイイ―――ンンッ!!
強烈な破裂音、見えない壁に押し出されたように二人が後ずさる。
空気が破れたような跡がフワッと空気中に舞い、霞み消える。それが繰り返される、何度も、何度も。
スタンド同士の激突―――拳と拳がぶつかり合う戦い。
拮抗しているように見えて、実力は歴然としていた。
互いの表情が物語る戦況――少年不利、男優勢。
少年は唇を噛みしめ、手に走る痛みに顔をゆがませる。手の甲に浮かぶあざ、擦り傷。
スタンドのダメージのフィードバックの結果だ。直接的なパワー、スピードではとてもではないが敵わない。
対して男は冷静に、機械的に戦闘を続けるのみ。隙を見せることなく、上回った力と速さでジワジワと相手の体力、精神力を削り取っていく。
康一は思い出す。そもそも始まりから流れは傾いていたのだ。
ゲーム開始直後、康一が街の中を散策。その過程でたまたま男と出会った。角を曲がった瞬間、それはもうばったりと。
しかしそれを男の立場で言うならば『出会ってしまった』――『見られてしまった』……己の顔を、姿を。
直後、不意打ちから始まった両者の衝突。乗り気でなかった康一は思いもよらない先制攻撃を喰らい、わけもわからないまま今に至る。
理由も知らず、相手を知らず、現状を把握しきれずに戦いに巻き込まれていく……。
「ッ!」
痛みと混乱。一瞬の、しかしその糸のように細い集中力の切れ目はこの実力差では致命的。
康一のスタンド、エコーズがなんとかしのぎ切っていた拳の嵐。
隙を見逃さず叩きこまれた一撃、は的確に白いスタンドの顎を捕えた。
脳を揺さぶられ、平衡感覚を狂わされる。
体勢が崩されたエコーズ。好機を伺い、隠し持っていた能力が思わず零れ落ちる。
空を切った一撃は地面にたたきつけられ、途端に地面を一斉に「ニゲロォ!!」と叫ばせた。
男の目は実験動物を見るかのように冷酷。
音を実体化させる能力か、そう微かに唇が動いた。
そもそも男が全力で仕留めにかかっていたら康一はものの十秒も満たずに始末されていただろう。
しかし、臆病さゆえに ―― 男は見られることを恐れた。
己の能力、全力を人目もはばからずさらす。顔を見られる、声を聞かれる。彼は何も情報を残したくなかったのだ。
一撃仕留められなかったのは彼の最大の失態にして、康一最大の幸運。
無言のまま、倒れ伏す康一に近づいて行く。
キング・クリムゾンの真髄を使うまでもない……手刀を心臓にたたき込み、少年を川に突き落とし、この場を去る。
それだけでよかった。そうなることを
ディアボロは望んでいた。
街灯が影を作り出す。ディアボロの影が康一を覆う。
傍らに己の分身が並び立つと高々と手を挙げ、胸に一撃を叩きこまんとした。
――――!!
その瞬間、眩いばかりの灯りが遮られ、自分にかぶさる一つの影。
反射的に振り返ったディアボロの目に飛び込んだのは街灯の上に立つ一人の屈強な男。
「それ以上の非道、この私が許さんぞ、外道め!」
ディアボロは広瀬康一と言う少年を知らなかった。
倒れ伏した今ですら浮かんだ笑み。それを自棄と、強がりと勘違いしていた。
『ニゲロォ』の言葉は彼が思わず口走ったものではない。何も康一は『逃げたい』と思っていたわけではないのだ。
戦闘の途中ですら、誰も巻き込まないように。この危険な殺人鬼の注意を自分にだけ向かせるように。
だがそんな康一の気高き魂にッ!
その勇気に魅かれた男が今、ここにッ!
ヒーローのように颯爽と駆けつけた!
★
街灯からジャンプ一番、不意をつかれた男にダイアーは勢いそのまま、飛びかかる。
まさかそのまま襲いかかってくるとは思っていなかったのだろう、キング・クリムゾンの反応が遅れた。
重力と体重を乗せた重い、重いダイアーの一撃。
肉と骨がぶつかり合う。腕と身体のつばぜり合い。
スタンドに直接触れる輩、その事を不思議とは思わなかった。デ
ィアボロは知っている。暗殺チームの氷のスタンド使い。地面を泥へと変える腹心の切り札。
目の前の男も身に纏うタイプのスタンド使いなのであろう、そう推測した。
「フン、奇妙な術を使うようだが、このダイアー相手にいつまでもつことができるかな……?」
「…………」
故に距離を取る。身に纏うタイプのスタンドであるならば、触れられなければ問題なし。
人間を超えた身のこなし、スタンドとも張り合える男の戦闘能力は決して見くびっていいものではない。
何度かの拳の応酬の後、隙を見つけ大きく後ろに飛び跳ねる。
倒れたとはいえ少年はいまだ健在、さっきの『ニゲロォ』の声に魅かれ更なる参加者がおびき寄せられる可能性もある。
出し惜しみはしていられない ―― 射程距離に入り次第、時をふっ飛ばし、二人を……始末するッ!!
後ろに下がったディアボロに依然注意を向けつつも、同じくダイアーもじりじりと後ろに下がっていく。少年の様子を見るためだ。
時間をかけつつも、無事少年の元へとたどり着くダイアー。
外見上、詳しくはわからないものの身に付けた服の汚れ、派手に飛び散った血痕とは裏腹に少年は極めて軽傷。
命に別条はなく、どれもしばらく安静しておけば大丈夫な様子であった。
「どうやら大丈夫なようだな……。少年、安心するんだ。この私に任せておけ……!!」
「あなたは……?」
「ふぅむ、傷は浅いな……。少し痛むかも知れんが私の波紋が君の傷をいやすだろう。
今しばらくの辛抱だ。奴を倒した後、しっかりとした治療を施そう……」
瞬間、電流を流されたかのような痺れ……そして暖かな感触が康一を包み込む。
男が言ったとおりに傷はいまだ痛むものの、幾分かは楽になり、康一は身体を起こすと楽な姿勢を取った。
目の前には大きな大きな男の背中。悪意、暴力、殺戮。躊躇うことを知らない悪魔を前にしてもダイアーは躊躇することなくゆっくりと真正面から向かっていく。
不敵な笑み、自信に溢れた歩み。その姿は康一に安心感を与える。
威風堂々、自信満々。橋の中央で悪魔はじっと機会を伺っている。眼光は深くに濁り、一切の情けなし。
しかしそれはダイアーも同様。無抵抗の少年をいたぶる相手に容赦せん!
――激突必至。戦いの火蓋が切って落とされる!
ゆっくりと進められていた足が止まり、そして一気に爆発的な加速! 間合いを測っていたダイアーが先に仕掛けた。
それを合図としたかのように、ディアボロが腰に差していた拳銃を素早く抜く。
一発、二発、三発! 甲高い発砲音が三回夜空に鳴り響き、ダイアーの体を貫かんと空気を切り裂いて行くッ!
「ッ?!」
「フフフ……そんなチンケな武器で捕えられるほど俺は甘くないぞ?」
確かに捕えたはずのは銃弾はダイアーが生みだした影を打ち抜くのみ。
これぞ、波紋&ダイアーの肉体が生みだした奇妙な術ッ! これには流石のディアボロも意表を突かれたッ!
僅かに生まれたその隙! 中途半端な距離まで詰められたことが逆にディアボロの判断を鈍らせた!
ダイアーの眼光が怪しく光る。カゼルのような華麗な跳躍を魅せるダイアー! 気付いた時には、時既に遅し。ディアボロはもはや彼の術中!
接触を避けるべき相手に至近距離まで詰められた。それがディアボロの選択肢を自然と一つに絞らせた。
スタンドによる直接ガード ―― しかしそれすらも計算の内、それこそがダイアーの狙い!
「かかったな、アホが!」
「何ッ!?」
蹴りはまき餌。キング・クリムゾンの腕により防がれた一撃は次の一撃への布石。ビシッ、と開かれるダイアーの両の脚。
この妙技! このバランス感覚! この圧倒的破壊力!
これぞまさにダイアーの十八番―――
「食らえ、稲妻十字空裂刃(サンダークロススプリットアタック)!」
「や、やったァアア――――!!」
ドォ―――――
―――――ン…………
キング・クリムゾン……吹き飛ばされた時の中を動けるのは、この俺のみ。
しかし……クソッ! こんなふざけた男に我が能力の神髄を……、時を飛ばすはめになるとはッ!
王たる俺の……屈辱だ…………。
「!?」
「……死んでもらう」
「ダ、ダイアーさぁあああああああん―――!!」
理解不能の文字が浮かぶ。何が何だか分からない。
康一の目の前で誇り高き戦士の体に大きな穴が一つ空き、血が飛び、繊維が分断され、肉と骨が抉り飛ばされた。
逞しく鍛え抜かれた肉体はまるで木の葉のように軽々しく持ち上げられ、一瞥の後……傍らに放り投げ捨てられる。
そして ――― ダイアーはピクリとも動かなくなった。
「う、うわあああああああああああああああああ―――――!!」
ヒーロー、ここに倒れ伏すのみ。
★
……ゲロ、――ロ、……………―――………、……
体が重い。呼吸が乱れる。俺は……一体何が起きたんだ。
視界がはっきりしない。身体を襲うダルさもこれまでにないものだ。
このまま意識を手放してしまいたい……このまま、ずっと、このまま……眠って、しまい……………………。
…………二ゲ――ー、………ニゲロ……、―――ゲロ……
「だがッ!」
目覚まし代わりの痛みが拳に走った。まるで剣山に拳を突き立てたかのような強烈で、熱烈なやつが。
ぼやけた視界で見てみると真っ赤に染まった拳の先から新たに赤い液体が噴き出ていた。
骨が砕け、皮膚は破れ見るも無様な様子の俺の拳。
「フッフッ……、フフフ…………!」
構うものかッ 今さら傷の一つや二つッ
戦士の傷は誇りの証! このダイアーにとって傷が一つ増えるということは誇りが新たに一つ増えること!
そしてそれは即ちッ これ以上光栄なことはないってことだッ!
ニゲロ……、ニゲロ……ニゲロ……―――
ニゲロ……!
「逃げてたまるかッ!」
情けなさと恥の感情でいっぱいになる。はっきりとした視界の先で戦うのは少年と一匹の悪魔。
そうだ、彼は戦っている。圧倒的な戦況ですら心折れず、諦めず、誇りを捨てず。
勇敢に立ち向かい、粘り強く勝機を伺っている。
その上でッ! そんな困難な状況であろうと! 崖ッぷちに立たされていようとッ!
彼はこの俺を気遣い、メッセージを残したッ! 傷を負った俺を逃がそうとしたッ! 俺の代わりに戦ってくれたッ!
「フフ、フフフッ…………!」
目の前で繰り広げられている人形使いたちの戦い。彼らの能力が一体何なのか、それはもはやどうでもいい。
ただ一つ、わかっているのは……
自らの危機ですらッ! 赤の他人の俺を気遣いッ!
身体を張り、時間を稼ぐために必死で戦う少年をッ! 勇気溢れる少年をッ!
波紋戦士であるこの俺がッ! 目の前で危機に陥ってる彼をッ!
「見殺すことなんぞ、できんのだァアア―――――ッ!!」
体中から集めに集めた波紋を練りあげ、最後の力を振り絞る。
よろけながらの惨めな体当たりを悪魔にくらわせるために、俺は走った。少年が横に飛びのき、道を作る。
今の俺の全速の、全力を賭けた一撃は男に向けてただ愚直に、ただ真ッすぐにぶつかるのみ。
「ぬうおおおおおおおおおおおお!!」
「ぐぅ……ッ!」
「だ、ダイアーさん!」
だが男は倒れない。橋の欄干に身体を押しつけながらも、足での踏ん張り、ツッパリ。決して落ちようとしない。
それどころか、その体勢から操り人形の拳の嵐が俺の背中を、肩を。所構わず襲いかかってくる。
―――ここまでか。
次第に俺の拘束は緩み始める。目の前では火花が散る。
波紋戦士は……ここまでか?
ほんの少しでいいんだ。この拳の嵐が一瞬でも止まってくれれば!
たった一秒でもいい。コイツに隙が生まれれば!
PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi――――…… 「何ッ!?」
悪魔の動きが止まる。突然の警告音、それは奴の首輪から発せられたもの。
首輪の爆発。極悪非道のデモンストレーションを見せられた直後であるならば、どんな百戦錬磨の猛者であろうと自然に動きは止まるだろう。
「エコーズッ!」
そう、例えそれが『ニセモノ』であろうと!
俺は男の体を抱きかかえる。奴が気付いた時にはもう遅い、最後の波紋の呼吸を暴れる男にたたき込む。
そして俺はそのまま川に向かって飛ぶ。男を決して離さぬように。この男を決して自由にしてはならんと決意して。
―――川に落ちる直前、一瞬だけ宙で交わる視線
名前も出生も何もかもを知らないただの少年。だが彼の目には確かな意志の輝きがあった!
目の前の悪を決して許しはしないという意志がッ! そしてそれを行動に移すという勇気がッ!
「少年、君はたいした英雄(ヒーロー)だったぞォ!!」
次の瞬間……ドボンッ! 刺すような川の冷たい流れに身を任せる。
流れる二つの体。上下左右、空中水中、何もわからない。
沈み、浮かび、また沈む。
だが決してこいつだけは! こいつだけは離しはしない!
――くっつく波紋!
彼の大きな勇気の前では、霞んでしまいそうになるぐらいちっぽけな俺のプライド。
だが確かに練り上げあられた最後の波紋はしっかりと役割を果たし、俺たちは流され……流され……流され……―――――。
俺が最後に耳にしたのは俺の首輪が発する『本物』の警告音。
そして……
「ダイアーさぁぁぁぁああああああああん―――――ッ!!」
少年の声。
「フフ……波紋戦士として悔いなしッ」
★
重い体を引きずり、何とか橋の縁まで辿りつく。
身体を乗り出した時、危うく落ちかけるが、なんとか踏ん張ると康一は川の向こうにもう一度眼を凝らす。
いつまでも、いつまでも待つ。しかし何も見えなかった。川は穏やかなまま流れるのみ。
あと一歩、ほんの数秒で死が訪れる。そんな時に颯爽と現れた一人の男。
波紋戦士ダイアー。康一にとって彼は紛れもない『ヒーロー』だった。
【ダイアー 死亡】
【ディアボロ 死亡】
【残り 148人】
【F-5 橋 / 一日目 深夜】
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → ???
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(中)、全身に切り傷と擦り傷 ≪ダイアーの波紋で回復中≫
[装備]:なし
[道具]:
基本支給品、ランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえずは殺し合いには乗らない
1.ダイアーさん……
2.???
[備考]
※近くにダイアーのデイパックが放置されています。ディアボロのデイパック、及びランダム支給品のひとつである拳銃は河に流されていきました。
中に何が入っているか、どこに流されていくかは次の書き手さんにお任せします。
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最終更新:2012年12月09日 01:55