たとえば。僕らの生きている世界が、一つの物語であったとしたら。
きっと、どこかで感動のエンディングを迎えて、その後のことはそれきり、投げっぱなし。そんなことも通用しただろう。
しかし、現実とはそうではない。いくら物語りに出来そうな事象を経験し、それを乗り越えようと、そこでおしまい。というわけにはいかない。
明日も、あさっても、僕らが死んでしまうその日まで、生きるという途方のない荒仕事は続いてゆくのだ。
そして。僕という人間は、悲しいことに、その生きてゆくということを、うまく適当にやり過ごすことのない運命の下にあるのだ。
山が終われば、次の山がある。
敵を倒せば、次の敵が現れる。
「……遅いですね、ジョルノ」
「おいおい、ボスを呼び捨てかよ」
イタリア、ネアポリスの町外れ。
見慣れた内装のレストランの窓際の席に、僕とミスタが着いてから、もう一時間ほど時間がたつ。
ボスこと、ジョルノ・ジョバァーナとの約束の時間はとっくに過ぎている。
「ボスっつったら忙しいもんなんだよ」
「その割りに、幹部のあなたとはいつでも連絡が取れるものですね」
「それだけ、このイタリアが平和ってことじゃねえか?」
平和を守るギャング。というのも、なんとも不思議な話だ。
「しかし、そのボス自ら僕らに話だなんて、一体何をしようというのでしょう」
思えばジョルノは、以前のボスと比べて、随分と簡単にそこらをぶらついているが、アレは大丈夫なのだろうか。
などと考えた時。入り口のベルを鳴らしながら、ジョルノが店内へとやってくる。
「すみません、ミスタ、フーゴ。待たせてしまったようで」
「ああ、待ったってーのォ。今よォ、丁度、ハラ決めて四皿目の『パンナコッタ』を注文しちまおうか、人生をかけた選択をしようとしてたところだぜ!
『ジョルノ』、お前よォ。フーゴの親戚を何人犠牲にする気だよォ?」
小皿を三枚を重ねながら、ミスタがふてくされた声を上げる。
仕方ないでしょう。ボスは忙しいんです、さっきあなたが言っていたじゃないですか。
「いえ、そこのピッツェリアで昼食を摂ってたんです」
「……何です?」
「いえ、なじみのおじさんと久々に話をしながら『マルゲリータ』を食べていたら、すっかり遅くなってしまいまして、30分前には着いていたんですが。
やっぱりネアポリスに帰って来ると、最初に『マルゲリータ』を食べないと何をする気にもならなくって」
「……」
ピッツェリア? ……そうだったんですか。もう30分も前からすぐ其処まで来ていたと。
僕らとの待ち合わせの時間を過ぎているのを分かっていながら、僕らと会うよりもピッツァを食べることを優先したと?
「……ふっ、ふざけてんのかこの菓子パン野郎ォが! テメェー、『ボス』になったからって調子に乗ってんじゃねぇのかァー!!?」
「おいっ落ち着けフーゴ!」
「すみません、謝ります。昔お世話になったおじさんだったのでつい。それより」
激昂する僕の眼前を遮るように、ジョルノが数枚の紙を重ねたファイルを差し出す。
「二人にやってもらいたい『任務』があるんです。任務内容は……まあ、読んでください」
差し出された書類には、十年ほど前。まだ、この『パッショーネ』が
ディアボロの組織であった頃の記録だった。
「何何……麻薬売買先を、日本に拡大?」
小さな活字で刻まれたその文面を、ミスタが読み上げる。
「ええ。僅かな期間ですが、パッショーネが日本で麻薬を売っていた時期がありました」
「それが、どうかしたのかよ?」
「これは現在は既に行われていません。……当時日本に派遣されていたグループは、パッショーネから独立したのです」
「独立ですか?」
「ええ。『ゲコクジョー』って言うんですけどね、こういうの、日本だと。
そいつらは、パッショーネの傘下から外れて、独自に麻薬売買を行っているようです。
それはおそらく、今も続いていると思われます」
「あの『ディアボロ』がそんなのを許したってのかよォ」
「少なくとも『その当時のディアボロ』には、それを抑止することが出来なかったようです。いずれ始末するつもりだったのでしょうが」
「その前に、あなたに倒されてしまったんですね」
「目的はいささか違いますが、僕としてもこの組織を放っておくことは出来ません」
「で、俺らにって事か?」
「敵には十中八九『スタンド使い』が居るでしょう。本当ならチームを派遣したいんですが、向こうで目立ったことをしたくはありませんからね」
「だったらよォ、フーゴは不適なんじゃねぇか? フーゴの『パープル・ヘイズ』じゃァ、どう頑張ったって穏便には済ませられねえぜ?」
ミスタが言う。確かに、僕のスタンドは『穏便』などという言葉とはほどが遠いものだ。
にもかかわらず、僕がその任務に抜擢される理由は、大体想像がつく。
「こういうことですよね、ジョルノ」
「あ? ……フーゴ、何だって?」
「話が早くて助かります、フーゴ」
「おい、テメェーら、何喋って……あァっ! そうか、『日本語』だな!? 俺は『日本語』が『分からねー』! だが、フーゴにはそれが『分かる』!」
そういうことだろう。僕は改めて、ファイルに目を落とす。
「組織の所在地は東京。表向きは芸能プロダクション……しかし、麻薬売買と人身売買を行っている。
そして、少なくとも組織内に一人は、スタンド使いがいる。そのスタンド使いは、かつてのディアボロが一度は退いたほどの力を持っている……
ジョルノ。わかりました、すぐにでも日本に向かいます」
「ええ、お願いします、フーゴ。それと、出来れば二人とも、もう少し野暮な服装で向かってくださいね。
今の二人は少し『目立つ』と思うので……」
「おいッテメェーら! いつまでも『日本語』でボソボソ喋ってんじゃねェ! イタリアーノなら『イタリア語』を『話せ』っ!?」
「うるさいです、ワキガ」
「フーゴぉ、テメェー今俺を『馬鹿』にしたな!? 『雰囲気』で『分かる』んだぜェ!」
……やれやれ。久々に、大きな『任務』を任されたものだ。
最終更新:2009年08月12日 02:04