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スレ10>>134-137 ちょこっと!お願い

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silvervine222

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ちょこっと!お願い


学校帰りのコンビニから出るたびに胸を痛める。時の流れが速くならないかと願う日々。
顔を背けるということは、認めたということと同じ。
「どうする?バレンタイン!」
ウサギの子は長い耳を伏したかった。一瞬でもいいから、友人の言葉を遮りたかったから。
聞こえないふり、聞こえないふり。でも、うそをつくのはよくないな。
うそはいつか暴かれる。暴かれなければうそじゃない。
さっき買ったばかりのチョコレート。誰かにあげるつもりじゃないけれど2月14日はまだまだ遠く、
黒タイを履いてきたのに少し寒いのをぐっと我慢するのが女の子。リオはじっとコンビニの入り口を眺めていた。
コンビニ入り口のポスターの中では、二人の少女が華やかな飾りでバレンタインのお祭り騒ぎではしゃいでいた。

「もしかして、リオって『ポチ×ミミ』ヲタだったり?」
「ち、違うって!モエ!ちょっとさ、期末試験のことを考えてただけなの」
「リオのことならなんでも知ってるし!真面目のまー子もアイドルヲタ系?」
「ちがいますっ」
ニッと目を細めるモエの尻尾は振り切って、視線をコンビニ入り口を飾る横断幕のポスターに向ける。最近はやりのアイドルコンビが、
如月の甘味を誘っている。甘く、熱しすぎると扱いに厄介、かと言って冷めすぎるとひびが入る。チョコレートは恋の味とはよく言ったもの。
店内は学校帰りの寄り道をしている同い年ぐらいの女子高生がしきりに出入りしていた。

正直リオは、『ポチ×ミミ』のことをほとんど知らない。ただ、最近ポスターとかでよく見る、とかテレビに映ると弟が釘付けになるって程度の存在だった。
しかし、最近モエがあんまり騒ぐので無性に気になるのも仕方がない。花の香りがしてきそうな制服姿の『ポチ×ミミ』は、やけに甘ったるい。
「あの二人、ウチらに似てなくね?イヌとウサギのコンビだし」
モエは『ポチ』と呼ばれるイヌの女の子と同じポーズと取ってみせる無邪気さを見せるも、リオはリオで友人を恥ずかしそうに見るだけだった。

じゃあ、わたしは『ポチ』の相方の『ミミ』なの?ウサギってだけで?そんなに、わたし……かわいくも、愛嬌もありません。
だって、あの子らアイドルだもん。プロだもん。二次元よりも二次元な、おとぎの国の女の子。
彼女らが世界でいちばんバレンタインデーを楽しんでいるのではないかと思うと、なんだかリオの吐く息が白いことに悔しくなってきた。
童話のカメのようにウサギを置いてきぼりにしてか、コンビニを横目にモエは右腕を上げて飛び跳ねていた。

「バレンタイン、がんばるぞー!渡す相手もいないけどっ」
モエがうらやましい。ポチもうらやましい。ミミもうらやましい。
いつまでもうらやましいって、思ってちゃだめ。お祭りだから、思う存分楽しまなきゃ。
ほんのちょっとリオはポスターの中の女の子に自分を重ねてみた。妄想なんてバレなきゃOK。
「ってか、きょうの店員さん。研修生?袋入れるの初々しい系ってヤツ?」
「なに、それ萌える」
「『ポチ×ミミ』みたいに?」
もしかして、自分の方が『ミミ』よりかわいいかも。いっそ、モエといっしょにポーズでもとってみようかな。

リオが桃色の吹き出しを浮かべていると、彼女らの背後から大人びた声がリオの妄想をかき消した。
そろって振り向くと、彼女らと同じ制服に身を包んでいる一人のキツネの娘が、コンビニの袋片手に大きな尻尾を揺らしていた。
「リオちゃんにモエちゃん、帰りも寒いね」
銀色の髪が滝のように流れ、制服の上からでも分かる豊かな胸。歩くたびに揺れる髪の毛が無性に女子を揺さぶる。
「小野さん、あったかそうね」と目線を定めることを恐れながら、リオは頬を赤らめると「あら、悠里でのいいよ」と返される。
これがオトナの余裕ってヤツか。ガサガサとビニルの袋が悠里の短いスカートの裾をなぞっていた。

しかし、気になる。どうしても気になる。やけに派手な包装が飛び出しているから、気にならないはずがない。
どうやら研修生が袋に詰めたので、ひとサイズ小さなビニル袋に入れてしまっているようだ。
さて、この時期に女の子が気にしないはずはないものは、無論ここで語るほどのものではない。
もの?ひと?どっちも!
マイペースな悠里は両手で鞄といっしょにビニル袋を持ち直す。そして、思い出したかのように口を開いた。

「そういえば、学校の裏山に神社があるでしょ。おキツネさまを祭った」
「あるある!!」
「そこにね、この時期あまーいものをお供えして、ぱんぱんって拍手打ってお願いするの。そして、それを持ってわたしたちの勝負に挑むと……」
モエは悠里の言葉につばを飲む。一方、リオはそんなモエを遠い目で見つめていた。
尻尾を振るモエを手なずける、甘い誘いがそんなに欲しいのかと。リオはトントンと靴のつま先で地面を突いている。

「……そういえば、二人とも『ポチ×ミミ』に似てるよね。そっくり」
「ゆ、ゆーり!途中ではぐらかさないでよ!!続きは?」
「だって、コンビニのポスター見てたら思い出すんだもの。二人ともそっくりだし」
悠里は笑っても大人のように見え、モエは叫んで子供のように見える。
「ふふふ、わたしたちの戦いはこれからよ。いっしょにがんばろうね」
悠里のスタイルのよい後姿は女子の目から見ても惹かれるものがあった。おまけにたわわな尻尾がゆっさゆさ。
ほんのちょっとヒールアップしたローファーが悠里の脚には似合う。オトナの足音と尻尾のリズムが艶かしい。
女子でさえ心奪われるんだから、無垢で手垢のつかない男子でさえ。色香を残して悠里は去ってゆく。

いつの間にかモエはこぶしを作って胸に当てていた。
「リオ、いい?わたし、負けない!」
「誰に?」
「バレンタインはぜったい負けない!」
「渡す相手もいないじゃない」
しばらく黙ったモエはリオが隙を見せた瞬間、リオの口に買ったばかりの小さな小さなチョコを突きつけた。
銀紙を剥いだチョコがリオの白い毛並みを染めて、甘い香りをリオに自らの体を溶かしてささげる。

もしかして、キスの味。
ひょっとして、好きの味。
でも。わたし真面目のまー子の因幡リオは、そんなことしたことないから分かりません!

「リオに」
上目遣いの女の子。上目遣いのモエ。
くちについた溶けたチョコ。毛並みに付いた溶けたチョコ。
ぺるっと舌でチョコを舐め、モエもぺろっと舌を見せる。
鏡に映したようなモエの姿に、リオの鏡にひび入る。
柔らかな毛並みに付いたから、ひと舐めでそれが消えないし。
もしかして、モエの気持ちが突き刺さったから?だから、何度も舌で味わった。

もしかして、キスの味。
ひょっとして、好きの味。
でも。わたし真面目のまー子の因幡リオは、そんなことしたことないから分かりません!

初めてが、これだったらいいな。
でも、悲しいかな。初めてと言わない。
わたしのことをいちばん知っている人からもらいたいのに。
わたしのことをいちばん知っている人にあげたいのに。

「あげるんだもん……ぜったい」
「恥ずかしいよ」
「ぜ、ぜったい渡すからね!だから、今から神社にお参りに行くのっ!悠里なんかに負けないよっ」
「ええ?意味わかんない!」
女の子ははっきりしている。だって、あの子よりほんのちょっとでもエヘンってしたいんだもん。
たとえ、あげたチョコの相手が誰であっても。たとえ、それを笑うヤツがいても。恥らう想いを誰かに届けたら勝ちだもの。

バレンタインデーが寒い月の日にあってよかった。お互いのことを気にしている子といっしょにいるだけで、
ほんのちょっと暖かい気持ちになれるんだから。なんとも粋なお祭り騒ぎじゃないか。意味わかんなくても感じちゃえ。
リア充が爆発する代わりに、わたしとモエの気持ちがはちきれますように。リオは小さな胸で願っていた。

そのころ、一足先に学校の裏山にある神社に着いた悠里が、きれいな包装の甘いお菓子を供えてぽんぽんと拍手を鳴らしていた。
「期末試験でいい点取れますように」


おしまい。

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