第045話 罪と罰 ◆SzP3LHozsw


殿を捜し歩いていた俺が行き着いたのは、周囲に異様さを誇る建物だった。
そこは道路沿いにひっそりと佇んでいるといったような、暗い印象を受ける施設だ。
天に聳えるように高く突き立った煙突が、上空から俺を見下ろしている。
一体ここは何なんだろう?
普段ならきっとこんな薄気味悪いとこに近づきたいとも思わないんだろうけど、今の俺は殿を捜している。
もしかしたらこの中に殿がいるかもしれないと思うと、気味が悪いからという単純な理由だけで避けて通ることもできず、
俺は殿以外の誰かが潜んでいないことを願いつつ覚悟を決めて入り口に立つと、扉を押す手に力を籠めた。


「うわぁ、気持ち悪ぃ……」

中に入って最初に思ったのはやはりそれだった。
なんだか空気は湿っぽいし、妙にまとわりついてくるような気がする。おまけに真っ暗で、足元すら覚束ない。
殿を捜すためじゃなかったらこんなところに来ることもなかっただろうと、俺は改めて思うのだった。

『殿』ってのは俺の2コ上の先輩のことだ。
名前は前田太尊
帝拳高校の3年で、東京じゃ『四天王』って呼ばれてる、ものすげぇ強いお人だ。
同じく先輩の勝嗣さん曰く、殿とは「関西出身のバカでバカでバカでど~しよ~~~もなく理不尽な寺の息子」らしい。
まあそれはそれで当たってなくもないんだろうけど、俺は殿がただのバカだとは思ってない。
もちろん頭はもの凄~~~く悪いんだけど(本人が聞いてたら大変だな)、強くて優しくて頼りになって、殿はまさしく俺の英雄なのだ。
だからこそ俺は真っ先に殿に逢わなきゃならないと思った。こんなときに頼りになるのって、やっぱ殿しかいないからな。
殿はまた嫌がるかもしれないけど、俺はあの人に付いてくって決めてるんだから、何て言われようとそこは譲れねえ。
殿に逢って、殿と助け合い、そんでこんなところからとっととおさらばしてやるんだ。

俺はそんなことを考えながら暗い通路を歩いて行く。
カツ、カツ、と、俺の靴音だけが通路の先まで響いていて、ちょっとだけビビッた。

「殿ォ……居ますかぁ……」

俺は堪らず内心の恐怖を打ち消すように、わざと場違いなほど明るい声音をあげて奥に続く闇に向かって声を掛けた。
でも喉から出た声はビックリするぐらい震えていて、情けないやら可笑しいやら、我ながら悲しくなってしまう。
…………。
…………。
……少し待ってみるが、もちろん返事なんて戻って来やしない。
思ったよりも大きく反響したから誰かが聞いていたらヤバイと思ったが、どうやらそんなこともなさそうだった。
安心して先を急ぐ。
だがそこから何十歩と歩かないうちに、今度は広い部屋へと出た。
どれくらい広いかって言うと、暗くて正確にはわからないが、たぶん学校の教室ぐらいはあるのかもしれない。
もしかしたらもっと広いのかもしれないけど、やっぱりそれ以上正確なことはわからなかった。
人のいる気配は全然なかったが、それでも念には念を入れ、俺は手探りでその部屋をぐるりと回って行くことに決めると、
ゆっくり、足元に気を配りながら慎重に進んだ。
途中、電灯のスイッチらしきものに触れ、試しにONO,FFを繰り返してみたが、案の定灯りは点かず、辺りは真っ暗なままだった。
壊れてるとかじゃなく、もしかしたら電気自体が通ってないのかもしれない。外の街灯が一つも点いてなかったことを俺は思い出した。
けど徐々に眼が慣れてくると、暗いのはそれほど苦にならなかった。


半分ほど来ただろうか。
そんな俺の手に、何か硬くひやりとしたものが触れた。驚いて慌てて手を引っ込める。
……別に異常はない。
恐る恐るもう一度手を伸ばし、同じ箇所を触れてみる。
――――これは……扉だろうか?
ぶ厚い鉄の扉がそこにはあった。
ああ、なるほど、そういうことか。俺はふとあることに気付く。
この扉はただの扉ではないということだ。それどころか、この建物自体がただの建物じゃなかったってわけだ。
たぶん、ここは、地図でいうH-07の焼場なんだろう。いわゆる火葬場ってやつだな。
外で煙突を見たときからなんとなくおかしいなとは思ってたんだけど、火葬場ってことなら納得だ。
つまりこの扉は火葬炉の鉄扉ってとこだと思う。どうりでドアノブなんてものがないわけだ。
俺はつい、この中で、何十、何百の死体が焼かれてきたんだろうとつまらない想像をしてしまい、なんだか気分が悪くなるようだった。
不気味なところだっていう先入観がそんな想像をさせてしまうんだろうけど、実際、俺の肌は粟立っていた。
この島から無事に脱出できない限り、俺もこの中に放り込まれて白い骨になる運命なのかもしれない……。
そう考えるだけでゾッとした。
まだこの部屋の探索を半分ほど残していたが、とても続ける気にはなれず、俺は暗い気持ちになって早々とそこを出た。



告別室、収骨室、霊安室などと順に回ってみたが、特に人の居た形跡は見当たらず、意気消沈しながら親族待合室ってとこまで来ていた。
ここは建物の2階部分に当たる。
階段上がってすぐ脇に給湯室のようなものがあり、待合室はその並びに三部屋設けられていた。その内二部屋は畳を敷いた和室になっている。
誰に遠慮することもないのだけれど、なんとなく畳に土足で上がり込むのが悪いような気がして、
俺は少し迷った挙句、和室ではないもう一つの部屋に入ることにした。
こっちの部屋は他の和室と比べて倍ほども広く、ちゃんと大人数を収容できるようになっているみたいだ。
畳ではなく通路と同じリノリウムが床に貼ってあるため、それで若干寒さは感じたけれど、土足でいることに気を遣わなくていい分気楽でいい。
俺は隅の方に積まれていた簡易テーブルとパイプ椅子を引き摺り出し、腰を落ち着けた。
たかだか3,40分程度の探索だったが、緊張しっぱなしで多少気疲れしていた。
殿が居なかったということがその疲れに拍車を掛けているのだろうが、元々そんな簡単に見つかるとは考えていない。
俺はすぐに気を取り直すと、少しの間ゆっくり休める場所を確保したのだと、良い方向へ考えることにした。
デイパックから水と食料のパンを1食分取り出し、詰め込むようにして瞬く間に腹の中に収めてしまう。
はっきり言って味も素っ気もない不味いパンだった。カレーパンと7UPがこれほど懐かしいと思ったことはない。
それでも食えるだけマシだった。
不味かろうと何だろうと、この先どんなことが待ち受けているか知れないのだから、体力だけは落とすわけにいかなかった。
食えるときに食って、休めるときに休む。そう心掛けていなきゃ身体の方が保たないだろう。
俺はもう一口水を含んでからボトルをバッグに仕舞い込むと、さあこれからどうしたもんだと足をテーブルに投げ出した。
考えるべきことは山ほどある。
殿のこと。千秋さんのこと。小平次さんに中島さんのこと――。
名簿に載っていた名前が顔と一緒に浮かんでは消えてゆく。この人たちと殺し合うなんて絶対にできるわけねーじゃん……。



「そういや、川島のヤロウも居るんだよな」

嫌な奴のことを思い出してしまった。
川島清志郎――。
大阪で極東とモメたときには、勝嗣さんや用高さんが一方的にやられたのにも拘らず、俺は怖くて何もできなかったんだっけか。
それどころか、煙草を咥えて『火ィある?』と言ってきた川島に、ライターを差し出しちまった……。
屈辱だった。これ以上ないほど悔しかった。一発ブン殴ってやろうと思った。
でも、俺は動けなかった。動かなかったんじゃない、動けなかったんだ。それほど川島清志郎という男が恐ろしかった。
その川島が、名簿によれば俺達と同じこの島に居るという。
俺は借りを返す絶好のチャンスに打ち震えた。
俺なんかじゃ川島に勝てるとは到底思えないけど、それでもやっぱりやられっぱなしだなんて絶対納得いかねえ。
もうあのときのように、何もできなかった自分に後悔したくなかった。
殿は用高さんのために敢えて手を出さなかったみたいっスけど、俺自身の問題ってことなら構わないっスよね? 殿。

それから――――マサさんのこと……。
あのマサさんがなんでこんなことをしたんだろう? それがどうしても納得できなかった。
俺の知っているマサさんは、理解の深い、話のわかるオッサンだった。とてもこんなことを俺達にさせるような人じゃなかったはずだ。
なのにどうしてこんなことをさせるんだろう?

「借金でもあったのかな……。返済できなくなって、それで已むに已まれず、こんなアブネーことの片棒担がされてるとか」

あんまり考えられる話ではなかった。
だが、そうでも思わなきゃやってられなかった。マサさんは誰かにあんなことを脅かされてやっていると、そう信じたかった。

「浅野先生と結婚したばかりで、きっと色々と物入りだったんだろうな」

無理矢理そう結論付けてみる。
浅野先生の手前、あれもこれもと必要以上に家具やらなんやらを新調し、挙句借金苦に陥ってしまったマサさん――。
案外想像できないこともないかもしれない……。
じゃなかったら見栄を張って高い結婚指輪を買ってしまい、そのローンに苦しんでいたとかでもいい。こっちの方が少しは現実味があるだろうか?
とにかく俺はそうやって妄想の羽を広げることで必死にマサさんを庇い、無理にでもあの人殺し達と関連付けないように努力した。
そうすることで俺はマサさんは悪い人じゃないんだと、自分を納得させたかったのかもしれない。
……でも、結局そんな努力も無駄だった。
いくらそんなことを考えたところで所詮は想像に過ぎず、それを打ち消すように、実際に眼にしたマサさんのあの姿が頭に浮かんできてしまう。
マサさんを信じてやりたいと思う一方で、どうしてもそれを否定してしまう俺がいるのもまた事実だった。

「……やっぱり殿に逢わなくちゃ駄目だ。俺一人で考えてたって、何にもわかんねえよ……」

殿だってたぶん俺と同じように何もわからないだろう。けど、一人で考え込むよりかは二人で考えた方が良いに決まってる。
二人でわかんなきゃ、千秋さんや小平次さんも交えて三人、四人で考えればいい。
そうすりゃ何かしらわかるかもしれなかった。

「こうしちゃいられねェ!」

休憩など切り上げて、早く捜しに出ようと思った。殿や千秋さんたちのことが、ひどく懐かしく思えた。
だがその直後だ――――。


俺は誰かの視線を感じたような気がして、突如後ろを振り返った。
すると部屋の入り口前で一人の男が立ち尽くし、少し驚いたような表情で俺のことを見つめていた。
俺は『そいつ』と眼が合った。


「だ、誰だテメーは……と、おわ!?」

足をテーブルに投げ出すという酷く不安定な体勢のまま振り返った俺は、バランスを崩して椅子から滑り落ちてしまった。
背中を床にしたたかに強打する。

「ッてえ……」

打ちつけた背中を擦りつつも、俺は入り口に立ち尽くすそいつから眼を逸らさないように睨みつけ、素早く身を起こした。
いつからこいつはここに居たんだ? どうして俺を見ていたんだ? 何でここへ来たんだ? どうする? 逃げるのか、それとも――。
頭の中にたくさんの疑問符が回りだす。どうしていいのかまったくわからず、俺は身動きが取れなかった。
筋肉は硬く緊張し、全身に冷や汗が吹き上がった。心臓が痛いくらい暴走している。

――俺はここで殺される!?

その恐怖だけが俺の意思に反してどんどん膨れ上がり、完全に思考を塞ぎ止めてしまっていた。

「大丈夫か……?」

しかし、意外にもそいつは心配そうな顔をして、俺を労わるようなことを言いやがった。
いきなり襲われるんじゃないかと身構えていた俺は、なんだか肩透かしを食らったようで拍子抜けする。
殺されなくて済むのかもしれないと、一瞬気が緩くなった。
でもだからといって油断はならない。俺は頭を振って気を引き締めると、眼の前の男の次の行動を待った。

「悪い、脅かすつもりはなかったんだが、つい声を掛けそびれちゃってよ」

こんなときに黙って後ろに突っ立って居て、脅かす気はないなんてよく言えたもんだ。
俺はまだ暴れている心臓を宥めるために胸に手を置きたかったけど、カッコ悪いのでそれはやめた。
その代わりできる限り平静を装いながら、上から下まで眼の前の男を睨めるように観察して、警戒を怠らなかった。

「怪我は……ないよな?」
「…………」

返事はしない。俺は黙ってそいつの眼を見続ける。油断して殺されるなんてマヌケな真似だけはしたくない。
するとさすがに気分を悪くしたのか、男は弁解するように口を開いた。

「相手がどんな奴か知れないのに、迂闊に話し掛けられないだろ?」
「……まあ、そうだな」

確かに一理ある。
実際、たった今の俺にしたって、こいつを見た途端どうしていいかわからず、ただただ無様に混乱するしかなかった。
それが話し掛けるとなったら、余程気を遣わなければならないだろう。だからその意味でこいつの言っていることは正しいと思う。
しかし、しかしだ。それとこれとは話が別である。
そもそも俺に話し掛けてどうするというのか?
自分で言ったように、どんな奴かもわからない、得体の知れない俺に話し掛けた意味は何だというんだ?
俺はこいつの意図が全然読めなかった。猜疑の念は一層深くなる。



「で、俺になんか用でもあるのか? 悪ぃけど、俺は忙しいんだ。話し相手が欲しいんなら他を捜せよ」

できるだけ突っ慳貪に切って捨ててやる。もちろん言葉の裏には威嚇の意味をしっかりと籠めて。
これで何事もなく立ち去ってくれたら万々歳だった。
だがこいつは立ち去る様子もなく、暫く考える風をしていると、あろうことか室内に足を踏み入れ、俺と対話をしようとする素振りさえ見せた。
たぶん俺を『安全な奴』とでも判断したんだろう。
鬱陶しいことこの上ないが、何を考えているのかわからないうちは下手に追い払うこともできず、結局はさせるがままにさせるしかなかった。

「いや、用ってほどでもないんだけどな、ちょっと友達を捜してて、たまたまこの建物に立ち寄ってみたってわけよ。
 そしたら急に人が居たもんで、ちょっと驚いちまったのサ。別に何もする気はない。そう構えるなって」
「……それを信用しろってのか? 無理があるだろ。……もしかしたら俺を殺そうとしてたのかもしれねえ」

睨みつけながら言った。
幸い、パイプ椅子が足元に倒れている。返事次第じゃ殴り掛かることも厭わなかった。

「人聞きの悪いこと言うな。そんなこと誰がするかっての。俺は殺し合う気なんてこれっぽっちもねえよ。
 もしお前を殺そうと思ってたんなら、気付かれる前にやってる。そうだろ?」
「どうだかな、怪しいもんだ。大方やろうと思ったところを俺に気付かれたんじゃねーのか? 言い逃れするんならもっと上手くやれ」
「だからそんなんじゃねえって!」

男はちょっとムッとしたようだった。

「まあいいや、とにかく他へ行ってくれ。ここにはお前の友達なんていねーんだから」

俺は早く消えて欲しいと心から思った。
見た目は大したことなさそうだし、害もなさそうだったが、だからといって気は許せない。
無用ないざこざを生まないためには、なるべく知らない人との接触は避けるべきなのだ。

「……なあ、ちょっと聞くけどサ、お前、殺し合いなんてする気あるのか?」

しかし何を思ったか、こいつは俺の不安も余所に、出し抜けに切り出した。

「あるわけねーだろ、そんなモン」

さも面倒臭いといった風に答えてやる。
一体何を考えてるっていうんだか……俺にはさっぱりわからない。

「さっきも言ったけど、それはおれも同じだ」
「だから何だってんだよ。それが俺とどう関係あるんだ? やり合う気がないんなら、とっとと消えろ」
「いやな、だったらやる気のない奴はやる気のない奴同士、組むのがベストだとは思わないか?」
「……何言ってんだ?」

俺は自分の耳を疑った。「組むのがベスト」だと? とんでもない!
そりゃ気持ちはわからないでもないけど、そんなの無理に決まってる。
なんで見ず知らずの奴と組まなきゃなんないんだ。そんで寝首でも掻かれてぶっ殺されたら笑い話にもなんねーだろうが。



「だからよ、俺と一緒に行かないかってことだよ」
「ハァ? お前バカじゃねーの? 知りもしない奴と一緒に動けってのかよ? 勘弁しろよ」

これ以上話はないと言外に仄めかしながら、俺はさっきよりもずっと冷たい口調になって言い切った。
何の目的があってのことかは知らないが、いつまでもこんな奴に付き合ってる暇はない。
俺は荷物を抱え上げると、関わり合いを避けるように部屋を出ようとした。

「待て待て、話しは最後まで聞けって。俺はここに来る前、この近くで花火みたいな音がするのを聞いたんだ。あれはたぶん銃声だぜ。
 ってことはもう、誰かが殺し合ってるんだよ。考えてみろよ、今一人で外に出れば、そいつらに撃ち殺されるかもしれねえぞ」
「…………」

ちょっと信じられなかった。銃声ってのを俺は聞いてなかったからだ。
たぶん、俺は心のどこかで、実は殺し合いってのが嘘なんじゃないかって思ってたんだろうな。
だからあんな死体を見せられても、あんなマサさんの姿を見ても、いまいちそれが信じられずにいた。
今までのことは全てドッキリかなんかで、本当は殺し合いなんて行われてるわけがなく、そのうち何事もなく終わるんじゃないかと願ってたんだ。
でも果たしてそれでいいんだろうか? 俺の心に暗雲が垂れこめはじめる。
例えばこいつの言うように、もう殺し合ってる奴らが居るんだとしたら、そんな生半可な考えでいる俺は確実に殺されちまうだろう。
そりゃそうだ、『殺されるわけがないと高を括ってる奴』と『殺さなきゃならないと思い込んでる奴』。
どっちが生き残るかなんて、言わなくったって明らかだ。
……けどだとしたら、さすがに考えを改める必要があるんじゃないだろうか?
殺すか殺されるかだってことを改めてしっかり頭に叩き込んでおく必要が、本当にあるんじゃないだろうか?
俺は背筋に冷たいものを感じながら、懸命にそのことを考えた。

「やる気、ないんだろ?」

また同じことを訊かれた。俺はそれに黙って頷く。

「なら一緒に居ようぜ。男二人ってのは少し寂しい気もするけどよ」



こいつは名前を寺谷靖雅と名乗った。鼻のデカイ、眼鏡を掛けた一見冴えない男だった。
歳は俺より二つ上。つまり殿とタメってことになる。
瀬戸一貴って人を捜してる最中らしく、ここに来たのもその捜索のためらしい。
他にも葦月伊織って人と、磯崎泉って人も捜し出したいと言っていた。殿達を捜している俺と、置かれている状況は大して違わないようだ。
どこまでが本当かは知らないが、話してみる限り、少なくとも悪い奴じゃなかった。
俺の方の事情も簡単に話し、何処かで心当たりある人を見なかったかと訊ねてみたが、寺谷の答えは残念ながら俺を喜ばせるものではなかった。
殿、一体何処に居られるんスか? 絶対無事でいてくださいね。
俺はそう願わずにはいられなかった。




「――それで、これからどうする? ここで暫く大人しくしてるってのもありっちゃありだが……」
「そんなわけいくか。俺には捜さなきゃなんない人がいる。お前だってそうなんだろ」
「ああ。イチタカや葦月、それに泉ちゃんを放ってはおくことはできん」
「だったら決まりだ。捜しに行くしかない」
「でも、外にはさっきの銃声の奴が居るってことを忘れるなよ。不用意に歩き回れば、いきなりズガンだ」

そう言って、寺谷は手で鉄砲の形を作り、俺の胸目掛けて「ズガーン」と弾いて見せた。

「そんなことは言われなくたってわかってんだよ。けど、だからってどうしようもねーだろ。
 ここで待ってたって殿達が来るとも限らねーんだし、多少危なくったって外に出て捜し回るしか手はねーよ」
「まあ、そうだな」

歯切れの悪い返事。
危険とは知りつつも、それ以外方策がないことをこいつも痛感しているようだった。

「おい、武器は持ってんのかよ?」

俺はおもむろに訊ねてみた。

「武器?」
「ああ、襲われたときの用心ってやつだ。こっちにも武器があれば、条件は他の奴と変わらない」
「でもお前、さっきはやる気はないって……」
「言ったよ。俺からやり合うつもりは一切ない。それは誓ってもいい。でも仕掛けられたら話は別だ。
 さっきお前から銃声のことを聞いて、俺は感じたよ、生半可な気持ちでいたらこっちが殺されちまうってな。
 だからもし必要ならば、そんときは戦うしかねえ。自分の身を守るために」

いきなりそんなことを訊かれて面喰らっていた寺谷も、俺の説明を聞くと表情を改めた。
もしかしたらこいつも恐怖を抱いてる一方で事態を楽観視していた一人なのかもしれない。
それで俺の言葉を聞いて、はじめて本当に『殺し合い』ってのを意識したようだった。真剣な眼差しをして考え込んでいる。

「お前の言う通りだな……。確かにそうだ、身を守るために戦わなきゃなんねーこともあるかもしれない。
 けど、生憎と俺は武器となりそうなもんは持ってないんだわ。何か支給すると言っておきながら、俺のデイパックには何も入ってなかったよ」

寺谷はあっけらかんとした口調で言う。

「そうか……。実はこっちも似たようなもんだ。一応入っちゃいたんだが、とても使い物になりそうもなかった」

俺はバッグを開け、薄っぺらいオレンジ色のプラスチックの板を取り出す。支給されたものはこれだと寺谷に見せてやった。
『Y字ブーメラン』
あのおもちゃ屋や駄菓子屋で売られている、投げると円を描いて戻ってくるあれだ。
おもちゃであるそれは当然殺傷能力なぞ持つわけもなく、こんなものじゃ眼くらましに使うことだってできやしなかった。
一体どういうつもりでこんな物を支給したのか、まったく理解に苦しむ。そのせいで俺は一つハンデを背負うことになるってのに……。




「外に出るんなら、どっかで角材かなんか拾ってかないと駄目だな」

俺がそう一人ごちると、言い終わるのを待ってたかのように寺谷が口を開いた。

「なあヒロト、捜しに行くアテなんかはあるのか?」
「……ない。テキトーに歩き回る」
「それじゃ効率悪いだろ。だったらまず、この氷川村ってのを目指してみないか」

寺谷は窓から射し込む月明かりを頼りに、自分の地図を広げ、氷川村を示した。

「今居るのがたぶんこれだと思う。となると、このすぐ隣のエリアが氷川村になるわけだ」
「氷川村か――」

焼場を出て、目の前の道路を跨げばすぐそこに民家が見えてくる。そこはもう氷川村村内になるのだろう。
そのことはここに入り込む前に確認してあった。
確かに無闇やたらに動き回るよりも、村のような建物の密集しているところを捜すのは悪い案ではないように思える。

「歩いて数分ってところだぞ。どうよ?」
「……じゃあ、そうするか」

俺は寺谷の申し出を受けることにした。それは二重の意味で申し出を受け入れたことになる。
こいつの提案に従うということは、こいつと行動することを承諾したことになるからだ。
まだ寺谷を完全に信用していなかったが、それでも正直なところ一人で居るのが怖くもあり、仕方なしにというのがその理由だった。

「それじゃ行くか」

寺谷が地図をポケットに仕舞うのを待ち、俺はそう促して部屋を出た。
だが、そこで寺谷が何かに躓いて派手に転んでしまった。
どうやら俺がさっき倒してしまったパイプ椅子に足を取られたようだった。暗くて足元がはっきりしないせいだろう。
まあそこまではよかった。けど倒れた拍子に寺谷の懐から転げ出たものが不味かった。
俺がそれを拾おうとすると、それより先に寺谷がブレザーの下に素早く隠してしまう。

「……何だ、今のは」
「……別に、大したもんじゃない」
「嘘つけよ」
「嘘じゃない」
「銃のように見えた」
「……まさか」

明らかに寺谷は動揺していた。
不味いものを見られたとでもいうように、俺から顔をそむけている。
俺は一瞬たじろぎ、寺谷を信用すべきかどうか迷ったが、そんなこともしてられず、弾かれたように寺谷に覆い被さった。



「見せろ」
「嫌だ」
「見せろつってんだろ!」

俺は頭にきて寺谷を羽交い絞めにし、力ずくでブレザーに隠された物を引きずり出そうとした。

「や、ヤメロ!」

寺谷が激しい抵抗を見せる。
しかし俺は容赦することなく、ブレザーの下からそれを取り上げると、寺谷を大きく突き飛ばした。
寺谷は俺が並べていた簡易テーブルに頭から突っ込んだ。俺はそんなことを気にも掛けず、寺谷から奪った物を暗闇に透かして改めた。

「……これは……」

それはやっぱり銃だった。
変わった形をしていたが、紛れもない銃だった。
こんなものを隠し持っていたなんて……。
一体どういうつもりだったんだろうか? まさかこれで俺を……。
迂闊だった。気を許すべきではなかったのだ。

「どういうことだよ。詳しく説明してもらおうか」
「…………」

寺谷は硬く口を閉ざしている。だがそんなことで許されるわけがなかった。
こいつは俺に「組もう」と言ったんだ。しかも武器は持っていないとも。
なのに言いだしっぺのこいつがあろうことか武器を隠してたなんて、絶対に許されるわけがない。
武器を持っていることを告げ、その上で協力を申し出るならまだしも、俺を騙してたってのが信じられない。
俺はじっと押し黙ったままの寺谷に、静かに銃口を向けた。

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最終更新:2008年02月08日 22:53