第045話 罪と罰 ◆SzP3LHozsw
「言えよ、やっぱり俺を撃ち殺そうと思ってたんだろ? さっきはそのチャンスを窺ってたんだろ?
え、どうなんだよテメー……! なんとか言ってみろコラァ!」
「ちげえよ……そうじゃないんだ……」
この期に及んで何が違うってんだ? 調子のいいことばっかり言ってんじゃねえ。
俺はだんだんむかっ腹が立ってきた。
「ふざけんな! 何が違うってんだ! テメーはちゃっかりこんなモン隠してたじゃねーか!」
銃口をぐっと突き出す。
引鉄を引いてしまいたくなる衝動に駆られながら、それでも俺はまだ理性がはっきりしていて、
そんなことをしてしまっては取り返しが付かなくなると、冷静に考えることができた。でも、それがいつまで保つのかは怪しいものだった。
寺谷が少しでもおかしな挙動を見せれば、俺の人差し指はたちまち引鉄を弾くことになるはずだ。
「言えよ、俺を殺そうとしてたって……。早く言えよ!」
それを聞いてどうするというのか。
これは正当防衛なんだと、寺谷を撃ち殺す口実が欲しかったんだろうか。……自分でもよくわからない。
「だから違うんだって……」
「テメー!」
見苦しくも言い訳を続ける寺谷の鳩尾目掛け、俺は銃を構えたまま思い切り蹴り上げる。
寺谷はまたもテーブルの上に突っ伏し、苦しそうに顔を歪めた。
「こっちは殺されそうだったんだぞ! つまんねー言い訳なんかしてんじゃねえ!」
「話を……聞いてくれって……」
「いや聞く必要はない。お前は俺を殺そうとした。それだけで充分だ」
熱くなり過ぎていた。でも仕方がなかった。
殺されていたかもしれないと思うと、それだけで寺谷が憎くなった。
――それならいっそ殺しちまおうか?
そんな考えが頭に浮かぶ。
俺はどうするとも決心のつかぬまま、銃口を寺谷の後頭部に押し当てた。
あと数センチ指を動かすだけで人一人の命を奪いさらえる――。喉がひりつくように渇くのを感じた。
寺谷が動いたのはそのときだった。
俺の迷いの間隙を衝き、全身をバネにして飛び掛ってきたのだ。
俺は迷っていた分、数瞬反応が遅れ、寺谷の決死のタックルをもろに受けてしまった。
「ぐぅ……」
その勢いのまま後ろに押され、背中が窓ガラスを突き破っていた。
バリバリと音を立てて崩れていく破片の上を二人で転がりながら、俺達はお互いに優位な位置を取ろうと揉み合った。
「だから話を聞けって言ってんだろ!」
「誰が人殺しの話なんて聞くか!」
俺達以外に誰も居ない、無人の焼場に二人の怒声が響き渡る。
殴り、押し、引っ掻き、引っ張り、そして噛み付くといったなりふり構わない格闘の末、寺谷が上を取った。
俺は必死にもがき、馬乗りになった寺谷の下から這い出ようとしたが、どうあがこうと上手くいかない。
握っていた銃は既に掌から零れ落ち、何処へ消えたのかわからなくなっていた。
打つ手なし――。
恨みがましい憎しみの篭った眼で寺谷を見上げるのが、俺にできる精一杯だった。
殿だったらこんなとき、どうやって打開するんだろうか? 考えても急には思い浮かばない。
「話を……聞けって……」
「――――ッ!」
激しい格闘で息が切れた寺谷が、途切れ途切れ言った。
俺は「聴きたくない!」って叫ぼうとしたけど、俺の方も息が切れていて、何を言ったのかよくわからない発音になっていた。
「銃を隠していたことは……謝る。でも悪気が……あったんじゃないんだ……。お前をまだ……信用できなかったから……」
「……俺を信用できなかったからだと……?」
頭にきた。自分の方から誘っておいて、そんな言い草はあんまりだと思った。
俺は渾身の力を籠めて暴れ、もがき、寺谷に思い知らせてやろうと頑張ってみたが、結局押さえつけられてしまい、無駄だった。
「スマン、謝る。確かに誘った俺がお前を信用してなかったのは申し訳ないと思う。だがこれも身を守るためだ……。わかってくれ……」
寺谷は辛そうに、心底すまないといった風に頭を下げた。
正直ムカついていた。頭を下げてもらったくらいじゃ気がおさまらない。
……でも気持ちはわからないでもなかった。
こういう状況に置かれ、誰かに縋りたいと思う気持ち。でも反面、その誰かを信用できない暗い気持ち。
俺自身が全く同じだった。
俺もそういう複雑に絡み合った心境で寺谷に接していた。だから何も言い返せなくなってしまった。
俺は暴れていた身体の力を故意に抜いた。
決して許したわけではない。寺谷のしたことを許せるか許せないかで言えば、絶対に許せない行為だった。
もし途中、俺が寺谷に少しでも敵意を見せたならば、こいつは俺を撃ち殺していたかもしれない……。そう思うと我慢ならなかった。
けど――――……。
それでも俺は寺谷を責めることができなかった。
たぶん、きっと、俺が寺谷でも同じようなことをしていたと思うから。
「……早く降りろよ」
「わかってくれたのか……?」
「納得はしてねーよ! お前は許せねえ! でも……理解はしてやる……」
「そっか……」
そう呟いて、寺谷は静かに俺の上から降りた。
もうお互いやり合うつもりはなかった。
はぁ、と大きな溜息を吐き、俺も身を起こした。先に立っていた寺谷がそれを手伝ってくれる。
「酷いな」
寺谷の眼が部屋を一巡して戻ってくる。言うとおり、部屋の中は酷い有様だった。
割れて飛散した窓ガラス、足の曲がったパイプ椅子、寺谷が突っ込んだ拍子に半ばで折れた簡易テーブル……。
まるで嵐の去ったあとみたいだった。
そんな光景を二人で見ていると、なんだか凄く滑稽なことをしていたように思えてくる。
「……あーあ、なんか馬鹿くせぇ」
「だな」
俺は割れたガラス片を踏みしめながら自分の荷物を探した。
もうここに留まる理由はない。
「おいヒロト」
「言ったろ、俺はお前を許したわけじゃない。だから一緒には行かない」
「そっか……だよな……」
寺谷は残念そうだった。
「ま、俺のせいだし、仕方ないか」
そう言って、寺谷も嵐の去った部屋の中に、自分の荷物を探し求めた。
「一つ訊いていいか?」
俺はそんな寺谷の背中に訊ねる。
「ああ、いいよ」
「……あの銃、どうする気だった?」
「…………」
「もし俺がちょっとでもおかしなことをしてたら、お前、撃ってたか?」
「…………」
寺谷は黙っていた。というより、考えているのかもしれない。
程なくして、小さな聞き取りにくい声で「……必要なら」という乾いた返事が返ってきた。
俺はその返事に何も応えなかった。応えられなかった。
ちょうどそこで俺の荷物が見つかったのを幸いに、話はそこで打ち切られた形になる。
格闘していた弾みでか、荷物は部屋の端にまで飛ばされていた。俺はそれを拾い上げ、肩に負った。
そのとき何気なく寺谷の方に眼を転じると、その足元近くに例の銃が落ちているのが見えた。
寺谷も気付いたようで、腰を屈め、手を伸ばすところだった。
「やめろ、触るな!」
俺は声に出して叫んでいた。
「……心配すんな、撃ったりしねえよ」
そうかもしれない。
元々寺谷はその銃を使うつもりはなかったのだ。いざというときの用心ために、嘘をついてまで身に隠していただけだったのだろう。
だからその嘘が偶然にもバレ、俺と行動しないとなった今、寺谷が俺にその銃を使う危険性はほとんどなくなったと言っていい。
俺が奴に危害を加えない限り、奴も俺に手は出さない。それは確実だった。
しかしそれは冷静に、理性的に考えた場合の話だ。
感情論でいえば、寺谷が俺の前で銃を再び手にすることなど、絶対に見過ごせるわけがない。
少なくとも俺がここを出るまでは、あれを寺谷の手に渡してはならなかった。
俺は声を大にして怒鳴った。
「それでも駄目だ、触るな。俺がこの建物から出るまで、絶対にそいつに触れるんじゃねえ!」
また嫌な空気が張り詰める。
4,5メートルほどの距離を置いて、俺たちは再度睨み合った。お互い、相手の一挙手一投足に穴の開くほど注視し合う。
一瞬、寺谷が動いた。――いや、動いたように見えた。
それは銃を取ることを諦めた風にも見えたし、逆に銃を取ろうと動いたようにも見えた。
しかし俺はそんなことを確かめる間もなく、肩に掛けていたバッグを寺谷に投げつけると、大きく横に跳んで床を転がっていた。
そして一転して床に散らばったガラス片を拾い上げると、寺谷に向かって真っ直ぐ走った。
その頃には寺谷も体勢を立て直していて、俺の行動を見るやいなや、落ちている銃を拾い上げた。
考えている暇など微塵もない、刹那の勝負だった。
俺が早いか、寺谷が早いか――――。
勝負を決めたのは得物の差だった。やっぱりどうしても飛び道具には適わない。
俺の手にしたガラスの刃が寺谷の身体を襲うまさに直前、まるで呪文でも唱えたかのような白く眩しい火の玉が寺谷の手元に起こり、
次いで俺は強烈な力によって弾かれていた。
銃で撃たれたと認識するまでに数秒を要した。
左肩に燃えるような痛みを覚え、俺はだらしない奇声を上げていた。
「あああああああぁぁぁぁぁ…………!!!!」
血を吹く肩を抑える。
さっきの格闘で身体の節々を打っていたが、今度の痛みはそんなものの比ではなかった。
しかし俺は倒れはしなかった。痛みで萎えそうになる足腰を叱咤して踏ん張ると、
実銃で人を撃った衝撃に半ば呆然となっている寺谷に向け、まだ握っていたガラスの刃を薙ぎ払った。
しっかりと肉を切り裂く感触が手に伝わり、そのあとバケツでお湯を掛けられたような返り血が降ってきた。
俺のガラス片は、見事な切り口を見せ、寺谷の喉を掻き切っていた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――…………………………………………ッッッッッ!!!!」
声にならない叫びを上げながら、寺谷はどうと音を立てて仰向けに崩れ落ちた。
俺は肩の痛みに歯を食いしばって耐え、すかさず寺谷の上に乗ると、ガラス片を振りかざした。
ガラスを一回一回振り下ろすたび、血しぶきが舞った。
跳ね上がった飛沫や肉片が、俺の顔や学ランを赤く汚していく。
いつしか俺は夢中になって寺谷の身体を傷つけていた。頭の中は真っ白だった。
ただ、ここでこいつを痛めつけておかなければ逆にやられてしまうという危険信号が、繰り返し繰り返し俺の中で慌しく明滅しており、
俺は振り下ろし続ける手を休めることができなかった。
どれくらいそうしていただろうか。
さすがに息が上がりはじめ、俺はようやく寺谷の上から降りた。
耳が痛いほどの静寂の中に、俺の荒い息遣いだけが聞こえている。
「はぁ、はぁ……。クソッタレが……これでわかったろ。俺を殺そうとするなんて……10年早ぇーんだよ……」
大の字になって伸びている寺谷に向かって、俺は勝ち誇ったように吐き捨てた。
これでも中学時代は名を売ってたくらいだから、こんな鼻デカ眼鏡の一人や二人、その気になればどうってことねーんだ。
「少しは思い知ったか、バカタレが」
座り込んだまま、まだ伸びてる寺谷に蹴りをくれてやる。
撃たれた肩がじりじりと痛んだ。
その頃になって、俺も冷静さを取り戻しつつあった。
手にしたままのヌルヌルしたガラス片に気付き、汚物でも放るようにそれを投げ捨てた。
「何だよ……これ……」
頭がクリアになっていくのがわかる。落ち着き、冷静さを取り戻していってる。
だがそれにつれ、だんだんと俺は自分の仕出かしたことの重大さを理解していく。
俺はさっきまでとは違った意味で心臓が大きく拍動するのを感じながら、仰臥する寺谷の顔を恐る恐る覗き込んだ。
「う、うわぁぁぁあああああ!!!」
覗き込んで見た寺谷の顔は、さっきまでと様相を一変させていた。
血走り、カッと見開かれた眼。苦しそうに歪められた口許。鼻口から噴出したどす黒い血。
そしてなにより、真一文字に切り開かれ、骨まで覗き見ることのできる首の傷。無数の刺し傷――。
一体何が起きたんだろう? 咄嗟には何がなんだか判断がつかなかった。
思考が停止してしまって、俺は変わり果てた寺谷の顔をじっと眺めることしかできなかった。
次第に脳がぶんぶんと唸りをあげて回転し始める。すると今までの経緯が脳内で映画を見ているように再生され、全てを悟った。
掌が痛い。
眼の高さにまで掲げてみる。広げると無数の切り傷が掌にも指にも、かなりの深さでついていた。
こんなになるまでガラスを握り、人を突き続けるなんて……。俺は俺が恐ろしくなった。
自分で言ってれば世話はないが、俺は普段からやり過ぎる性質ではあった。しかしこれは、やり過ぎとかいう度を遥かに越えていた。
俺はパニックになって駆け出していた。とにかくここから逃げなくちゃ……。
例え10mでも、1mでも、少しでもいい、遠くへ逃げたかった。
こんな場所には1秒と居たくなかった。この場の空気など少しも吸っていたくもなかった。
荷物なんて全部残したまま、俺は暗い廊下を走った。肩の痛みなんて忘れている。
階段を飛び降りた。もうすぐだ。すぐそこに出口がある。
あそこまで行けば、ひとまず外に出ることができる。外の空気を吸うことができる。
あと少し。あと少し――――。
俺は入り口まで来ると、勢いよく戸を押し開けた。
ザクッ…………
外に飛び出たはずの俺は、何か強烈な力によって押し戻されていた。
三、四歩後退して、それからその場に崩れ落ちてしまう。
「あれ?」
足腰に力が入らない。
素っ頓狂な声を上げながら自分の腹を見ると、そこには一本の斧が突き立っていた。
まったく意味がわからない。何で腹から斧が生えてるんだ……?
「私は神の意思を遂行する者……」
そう言って、俺が押し開けたドアから入ってきたのは、パリッとしたスーツを着た知的な感じがする男だった。
「私は悪を裁かなくてはならない」
男は冷たい氷のような視線で俺を見下ろした。
「お前の名を聞かせて欲しい」
なんだか役人みたいな雰囲気を持っていて、それがひどく癇に障った。
「誰だテメーわ。いきなり出てきて神だとか頭おかしいんじゃねーの」って怒鳴ろうとしたけど、
喉からはヒューヒューと細く荒い息が漏れるだけで、俺がいくら怒鳴ろうとしてもそれが言葉になることはなかった。
……腹が痛い。
斧がそれ自身の重みで傷口を広げているようで、真一文字に切り裂かれた腹からは血が止め処なく溢れていた。
男はそんな俺の姿を見ても眉一つ動かさず、じっと答えを待っている。
「私は神に裁いた悪人の名を告げねばならない。もう一度問う、お前の名は?」
答えられるはずがなかった。俺はもう喋ることができないのだから。
大きく口を開いてしまった腹からの出血は、俺の残された体力を着実に奪い取っていった。
さっき食べたパンがこぼれてしまうような気がして、俺は必死に腹を押さえた。もう俺にはそれくらいしかできない。
そのうち俺は座っていることもできなくなって、仰向けに倒れた。
意識が急速に遠のいていく。
無性に殿に逢いたくなった。
川島のことも、マサさんのことも、それから俺が殺してしまった寺谷のことも一切を忘れて、いつものように殿に逢いたかった。
……クソ、こんなはずじゃなかったのに。一体何処で間違えたんだろう?
何も答えが見つからないまま、俺の意識は糸を切ったようにそこで途切れた――――……。
* * *
「死んでしまったか……。名を訊きそびれたな」
照は死んだヒロトを見やると、少しだけ眉をしかめた。
しかしその程度のことであって、さほど残念そうな表情はしなかった。
名を聞きだすことはできなかったが、そこにはキラの法を正確に実行したのだという自負があった。
「次からはきちんと訊いてからでなければ、神のご意思に沿うことができなくなる」
そう一人小さく反省をしながら、ヒロトの胸に足を乗せると、腹に埋まった斧を一息に引き抜いた。
はみ出た臓腑から濃厚な血の臭いと、腸の内容物の臭いが交じり合い、酷い臭いとなって周囲に立ち昇った。
照はそれにも表情を変えようとはせず、斧を一振りして、刃にこびり付いた血や肉片を振り落とした。
もう頭は次の『悪』のことに切り替えられている。
照はその場で乱れたスーツを正すと、斧を提げ、それから何事もなかったように踵を返した。
「削除」
そう言い残し、照は外の闇に姿を溶かした。
【H-07/焼場/1日目・午前3時ごろ】
【男子35番
魅上照@DEATH NOTE】
状態:軽い興奮状態
装備:斧
道具:支給品一式
思考:1.キラを崇拝
2.全参加者への裁き(殺害)
3.主催者への裁き(殺害)
【男子07番
大場浩人@ろくでなしBLUES 死亡確認】
【男子23番
寺谷靖雅@I''s (アイズ) 死亡確認】
【残り53人】
※ヒロト・寺谷の荷物はその場に放置。
※寺谷の武器は『H&K MP5KA4(弾数37発/予備弾120発)』サプレッサー、レーザーサイト装備とする。
最終更新:2008年02月13日 13:38