| 辞書 | 品詞 | 解説 | 例文 | 漢字 |
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| 日本国語大辞典 | 助詞 | 〘 副助 〙 ( 係助詞「は」に副助詞「し」が付いて変化したもの ) 体言(あるいはそれに格助詞の付いたもの)および活用語の連用形(あるいはそれに接続助詞「て」の付いたもの)を受け、一事をとりあげて強調する。…でも。…なんかも。下に「も」の付いた「ばしも」の形もある。 |
古来風体抄(1197)下「つぎに又、後撰集のうたはしすこし、又ところどころしるし申侍べきなり」 太平記(14C後)一〇「やがて追うてばし寄せたらば、義貞爰にて討たれ給ふべかりしぞ」 春迺屋漫筆(1891)〈坪内逍遙〉梓神子「老後の作は打てかはりたる自然派の虚実を兼ね人情専とかかれしには訳ばしあっての儀でござるか」 |
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[語誌]( 1 )「は‐し」の項に挙げた「万葉」例のような「はし」の語頭が濁音化したものと思われる。ただし、「ばし」が目的語を受ける場合が多いため、目的格を表わす「をば」の意の「ば」(現代も方言に残る)に強意の「し」が付いたものとする説もある。 ( 2 )中古の古例ともいわれる「宇津保‐祭の使」の「庄物・贄はしたいまつるおんにこそあらめ」や「篁物語」の「文かよはしにはししたれど」などは清濁のきめてがなく、また前者は本文的に、後者は逆接条件句に用いられている点に問題がある。「ばし」は疑問・推量・禁止の文に用いられるのが普通だからである。 ( 3 )中世にはいると用例が増加し、平曲でも「平家正節‐六」の「御心にばし違ひまゐらすな」のように濁るところから、中世初期には成立したと考えられる。 ( 4 )「ばし」を係助詞とする説もあるが、「却癈忘記‐上」の「二三時のをこなひはしをむねとして、さてそのひまひまにしつべくは」など、格助詞の前にくる例もあるから副助詞とする。 ( 5 )この語は鎌倉・室町両期を中心に使われ、当初は会話における俗語的なものであったと思われるが「ロドリゲス日本大文典」に「Baxi(バシ)〈略〉又ある場合には多分といふ意を表わし、他の場合には単に品位を加へるだけである」(土井忠生訳)とあり、時代が下るに従って強調の意が弱まり、上品な語としても意識されたらしい。「日葡辞書」では日常語の接辞とする。 |
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| 広辞苑 | 助詞 | (係助詞ハに強意の間投助詞シが付いて、語頭が濁音化したもの)平安末期より用いられた。江戸時代にはあまり使われなくなり、現在、佐賀・鹿児島方言に残っている。主として禁止・推量・疑問の文中、また条件を表す文に用いて、強調を表す。 |
平家物語6「これ―出し参らすな」。 三体詩絶句抄「此の曹侍御は湖湘に謫せられて―あるか」。 紅葉、二人比丘尼色懺悔「 |
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| 大言海 | 天爾遠波 |
花は、月はノはヲ、 |
平家物語、四、大衆汰事「僉議ばし多シ、夜ノ更クルニ急ゲヤ進メ」 著聞集、十二、偸盜「更ニ矢ノ跡ナシ、ムクロニ手ばし負ヒタリケルカト問フ」 義經記、二、鏡宿にて吉次宿い強盜入事「吉次メニ目ばし放スナトテ、喚イテカカル」 新六帖、五、隱妻「漕ギカヘル、三島隱レノ、モ刈リ舟、ホニばしコフナ、人知レズノミ」 しのびね、上「母ノ許ヘ物キタマヘル事ばし 曾我物語、四、箱王祐經にあひし事「知ラザル者ノ馴レ馴レシク、カヤウニ申ストばし思ヒ給フナ」 同、九、十郞討死事「ムカヒハ誰ゾ、仁田四郞忠常ヨ、サテハ御ブント祐成ハ、タダシキ親類ナリ、其義ナラバ、タガヒニ後ばし見スルナ」 同、同卷、五郞召取らるる事「女房ニ手ばしカクナ」 幸若舞曲、烏帽子折「汝等ガ中ニ、流鏑馬ヲばし知ッテアルカ」 同、敦盛「大將ナレバ、コノ狀ヲ、モシ義經ばし送リテアルカ、使ハ是非ヲワキマヘズ、タダ門脇殿ヘトバカリ申ス」 同、元服曾我「北條ガ卑メテ、烏帽子ヲ着セジ、ソノ爲ニサテばし遲ク見ユルカ」 史記抄(文明)六「我事デばしアルカトテ」 同、七「我ガ不明ナニヨッテ、心得ばしチガウタカ」 孟子抄(文明)八「齊王ノ、孟子ヲ凡人ニ替ッタ體ばしアル歟ト、見セラルル程ニ、油斷ヲばしサラレナト吿ルゾ」 |
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