文語文の作り方

口語文語対照

仮名遣ひを除く、口語文語に於ける大きなる違ひは以下なり。

  1. 動詞の終止形と連体形との分かちが口語に於きては無きこと。
  2. 形容詞の終止形と連体形との分かちが口語に於きては無きこと(「とても長い。」、「とても長い橋。」の如し)。
  3. 「な」や「た」或「だ」などが「なり」や「たり」と文語に言ふ。
  4. 文語にて「行った」を「行きたり」や「遣って」を「遣りて」などと書き、音便形を用ゐず。
  5. 文語にては「です」や「ます」などの言葉は用ゐず。

1. 動詞の文語形の見分け方は未然形、或、連用形に於きて「る」及「ら行」の脱落によりて分かる。
「わける」、「わかる」、「わかれる」に譬ひて、「わける」の未然形は「わけ」、「わかる」の未然形は「わから」、「わかれる」の未然形は「わかれ」の如し。
是より、「わける」の文語形は「わく」、「わかる」の文語形は「わかる」、「わかれる」の文語形は「わかる」なり。
但し、一段活用にてはこの応用(あた)はず。「みる」の未然形は「み」なるが終止形は「みる」なり。
然らば、文語にて一段活用なる動詞は覚ゆべし。

動詞の連体形が口語にては規律無くして、「老ゆる」を「老いる」の如く用ゐらる。
下の表の如く連体形は「焼くる(たきぎ)」、「流るる水」、「死ぬる時」の如く用ゐるが正し。

動詞活用表
活用 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
四段
上二段 uる uれ iよ
下二段 uる uれ eよ
上一段 iる iる iれ iよ
下一段 eる eる eれ eよ
カ変 くる くれ
サ変 する すれ せよ
ナ変 ぬる ぬれ
ラ変

「四段」と「ナ変」とは、「ナ変」の連体形が「uる(ぬる)」と已然形が「uれ(ぬれ)」との違ひなり。
「四段」と「ラ変」とは、「ラ変」の終止形が「i(り)」の違ひなり。
「下二」と「サ変」とは、「サ変」の連用形が「i(し)」の違ひなり。

2.形容詞の活用。

形容詞活用表
活用 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
く活用
(け)
けれ
から かり かる かれ
しく活用 しく
(しけ)
しく しき しけれ
しから しかり しかる しかれ

文語にてこれを用ゐる。
即ち、「この橋いと長し。」とて「いと長き橋。」なり。
口語にて已然形を「長いけれど」なる表現するか。然れど、「(なが)けれど」が正し。

3. 口語にて約みたる言葉あり。表に如し。

口語 文語 例文
た、だ たり 買い物に行った。
→買い物に行きたり。
科学が進んだ世の中。
→科学が進みたる世の中。
にて 公園で息子と遊ぶ。
→公園にて息子と遊ぶ。
なり 美味な酒肴。
→美味なる酒肴。

4. 音便形、数多あり。それぞれ、い音便・う音便・撥音便・促音便と称せられたり。

  • 「い(i)」が「い」になるもの(い音便)。
    • 咲きて→咲いて、動きて→動いて
  • 「い(i)」が「っ」になるもの(促音便)。
    • 去りて→去って、立ちて→立って、従ひて→従って
  • 「い(i)」が「ん」になるもの(撥音便)。
    • 荒みたり→荒んだ、飲みたり→飲んだ、なに→なん
  • 「う(u)」が「う」になるもの(う音便)。
    • ありがたござります→ありがとございます、はやく→はよう
  • 「う(u)」が「ん」になるもの(撥音便)。
    • 知らぬ→知らん、甘くす→甘んず、明日は晴るらむ→明日は晴るらん

然れど、音便形が熟語として成りたる言葉は直す勿れ。(かい) 築地 (ついぢ)などの如し。

5.

口語語彙と文語との対照表
口語 文語 備考
(~して)ください (し)給へ。又は、せよ
させられる させらる 助動詞「さす」の未然形「させ」に口語「られる」の文語形「らる」を合せたる言葉。
させる さす 「させる」は助動詞「さす」の口語形。
される ()らる 口語「する」の文語形「す」の未然形に助動詞「らる」を合せたる言葉。此の「される」に対する「さる」を文語形とせらむが本語「せらる」を用ゐるが宜し。
なり。又は、たり 断定。
だろう ()らむ。又は、ならむ
である なり。又は、たり
(し)ている (せ)る。又は、(し)たる 完了の助動詞を当つ。終止形は(せ)り、(し)たり。
できる 為得 (しう)。又は、()()。又は、()らる。又は、() 或は、可能の助動詞を用ゐて、現代文に於ける「~することができる」を一つとし、前の動詞に「る」又は「らる」を附く。漢語などに添ふるサ変動詞は、「せらる」に成る。
(なっ)てしまう (なり)ぬ。又は、(なり)たり 完了の意の時、(ただち)に完了の助動詞を当つれど、「たり」と「ぬ」とにては、「しまう」の意を能く表さしむるは、「ぬ」なり。
(なっ)てしまうだろう (なり)なむ。又は、(なり)なむず。
です なり。又は、たり
(する)な (す)な。又は、べからず。又は、(なか) 禁止の「な」は終止形に繋ぐるの違ひのみ。
ます 侍り。又は、なり。又は、たり
みたいな 如く。又は、(やう)なる 「如し」が全き文語。「(やう)なる」は口語・文語の兼ぬる言葉。
(よう) 如く。又は、(やう)なる 「如し」が全き文語。「(やう)なる」は口語・文語の兼ぬる言葉。
(し)よう (せ)む 文語にては推量の助動詞「む」を用ゐる。

文語体を(おもほ)えしむるが故に、文末に(いたづら)に「なり」を附くる事、拙し。
現代文の「である」と等しくして、断定或は強調・主張せしむる時に用ゐる言葉なり。

「せる」といふ文語表現あらむが、これ、正しからず。
「する」をいふ「せる」の正しき形は「()」の活用(サ行変格活用)の如くに終止形「す」、連体形「する」なり。
又、助動詞「させる」の文語形は「さす」の下二段活用にて終止形「さす」、連体形「さする」なり。
然れど、完了(口語の「した」)をいふに「()」と「り」とを繋ぐる時、終止形「せり」、連体形「せる」と成る。

文章例

  • 私は昨日、「明日、部屋の掃除をしよう」と言っていたがすっかりそれを忘れて一日過ごしてしまった。
    私は昨日、「明日、部屋の掃除をせむ」と言ひしが全くそれを忘れて一日過ごせり。
  • 今までできなかったことが、できるようになった。
    今までしえぬことが、しうるになれり。
  • 同僚が仕事をしないため、私が直接言って、やらせた。
    同僚が仕事をせぬため、私が直接言ひて、せさせたり。

助動詞・助詞の繋げ方

助動詞
繋がる形 意味 言葉 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形 活用 備考
未然形 自発・受身・可能・尊敬 るる るれ れよ 下二段 四段・ナ変・ラ変
らる られ られ らる らるる らるれ られよ 下二段 四段・ナ変・ラ変以外
ゆる ゆれ えよ 下二段 四段・ナ変・ラ変
らゆ らえ らえ らゆ らゆる らゆれ らえよ 下二段 四段・ナ変・ラ変以外
使役・尊敬 する すれ せよ 下二段 四段・ナ変・ラ変
さす させ させ さす さする さすれ させよ 下二段 四段・ナ変・ラ変以外
しむ しめ しめ しむ しむる しむれ しめよ 下二段 全ての活用形
打消 (な)
(に)
特殊
ざら ざり ざる ざれ 四段
打消推量 特殊
推量 四段
むず むず むずる むずれ 下二段
反実仮想・推量 まし ませ
ましか
まし まし ましか 特殊
願望 まほし まほしから まほしく まほし まほしき まほしけれ シク活用
反復・継続 四段 四段
連用形 過去 しか 特殊 全ての活用形
けり けら けり ける けれ ラ変
完了 つる つれ てよ 下二段
ぬる ぬれ ナ変
たり たら たり たり たる たれ たれ ラ変
過去推量・過去伝聞 けむ けむ けむ けめ 四段
願望 たし たく たし たき たけれ ク活用
たから たかり たかる 四段
終止形 意志・適当・推量・可能 べし べく べし べき べけれ ク活用 ラ変は連体形
べから べかり べかる 四段
現在推量・現在伝聞 らむ らむ らむ らめ 四段
推定 らし らし らし
(らしき)
らし 特殊
推定・婉曲 めり めり めり める めれ ラ変
打消推量 まじ まじく まじ まじき まじけれ シク活用
まじから まじかり まじかる 四段
ましじ ましじく ましじ ましじき ましじけれ シク活用
ましじから ましじかり ましじかる 四段
伝聞・推定 なり なり なり なる なれ ラ変
命令形 完了 ラ変 サ変・四段。古くはサ変の未然形・四段の已然形

表の如く、打消の助動詞「ず」は終止形は「ず」なる故、「ぬ」にて終はる文は完了の意に成る。

助詞
言葉 繋がる形 備考
連体形
連体形
から 連体形
連体形
つつ 連用形
連用形
終止形
連用形 同じ動詞を繰り返す強意表現。
已然形
とも 終止形
とも 連用形 形容詞型活用。
ども 已然形
連体形
連用形 目的。~ために。同じ動詞を繰り返す強意表現。
連体形
のみ 連体形
連体形
未然形 順接仮定条件。~ならば。
已然形 確定条件。~ので。~のに。
ばかり 終止形
ばかり 連体形 限定。~だけ。
まで 連体形
終止形
連体形 逆接。~のに。
終止形
より 連体形
連体形

「ば」の繋げに於て、(いま)(しか)らねば仮定なりて未然形に附き、(すで)(しか)らば確定なりて已然形に附く。
助詞の「から」と「より」とは(いづ)れも、上代より用ゐられけり。違ひは、「から」は「(いづ)れの事柄を経る」を云ふ、経由を強調するものなりて、「より」は「(もと)より出づる」を云ふ、原因を強調するものなり。

文語的表現及び語彙

口語 文語 備考
わたしの あが(吾) 「我が」の古形。
満足していないのに あかなくに(飽)
突然 あからさま
まるで あたかも(恰)
できない あたはず(能)
おしい あたら(惜)
いかに あど 「か」を伴ふ反語の時は「どうして」の意。
ああ あな 感動詞。
ああおそれおおい あなかしこ
ああ あはれ 感動詞。
ゆきかうこと あふさきるさ
あえて あへて(敢) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
かまわない あへなむ(敢)
たくさん あまた(数多)
ゆきわたる あまねし(遍)
そのうえに あまりさへ(剰)
なんとも不思議に あやに(奇)
おりがわるい あやにく(生憎) 変化したる「あいにく」として口語にても用ゐる。
あらかじめ あらかじめ(予) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
または あるいは(或) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
どうして いかで(如何)
ええと いさ
さあ いざ 口語にても用ゐる。
すこし いささか(聊)
一時的に いささめに
つく いたる(至) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
どこ いづく(何処)
どうして いづくにぞ(安) 漢文訓読語。
ますます いとど
いや いな(否)
いうには いはく(曰) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
いうまでもなく いはむや(況) 漢文訓読語。
俗にいう いはゆる(謂) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
だけど いへども(雖) 漢文訓読語。
まだ いまだ(未) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
かりにも いやしくも(苟) 漢文訓読語。
なおざり いるかせ(忽)
ひたすら うつたへに
おきて(於) 漢文訓読語。音便形の「おいて」として口語にても用ゐる。
での おける(於) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
する おこなふ(行) 口語にても用ゐる。
おそらく おそるらくは(恐) 漢文訓読語。
みずから おのづから(自)
自分 おのれ(己) 口語にても用ゐる。
おおきい おほきなり(大) 此語は形容詞に非ず、文語にては形容動詞なりて必ず「なり」を附く。
おっしゃる おほす(仰)
また および(及) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
こう かく(斯) 漢文訓読語。変化したる「こう」として口語にても用ゐる。
たがいに かたみに(互)
そして かつ(且) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
決して。以前は かつて(曾) 漢文訓読語。口語にても用ゐるも、専ら「昔は」の意に成る。
ゆるさない かへにす(肯)
かえって かへりて(却) 漢文訓読語。音便形の「かえって」として口語にても用ゐる。
助動詞(過去)。
霊妙 くし(奇)
多分 けだし(蓋) 漢文訓読語。
ただろう けむ 助動詞(過去推量)。
たそうだ けり 助動詞(過去回想)。
ような ごとし(如)
つぎつぎ こもごも(交) 漢文訓読語。
さいわいに さきく(幸)
これといって さして
あんなにも さしも
まちがいなく さだめて(定)
そのようにばかり さのみ(然)
あきらか さやか(明)
ますます さらさら(更更)
だけども されど(然)
まい 助動詞(打消推量)。
それから しかして(而)
しかし しかしながら(然乍) 漢文訓読語。約まれる「しかし」として口語にても用ゐる。
そうはいうものの しかすがに(然)
はっきりと しかと(確)
そのとおりである しかり(然)
それなのに しかるに(然)
何度も しきりに(頻) 口語にても用ゐる。
おおい しげし(繁)
はげしく しとと
よく しばしば(屡) 口語にても用ゐる。
しばし しまし(暫) 変化したる「しばし」として口語にても用ゐる。
しばらく しまらく(暫) 漢文訓読語。変化したる「しばらく」として口語にても用ゐる。
すきまなく しみみに(繁)
ひっきりなしに しみらに(繁)
ない 助動詞(打消)。口語にても用ゐる。
つまり すなはち(即) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
当然 すべからく(須) 漢文訓読語。
いくつか そこばく(若干)
そもそも そもそも(抑) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
ただし ただし(但) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
すぐに ただちに(直) 口語にても用ゐる。
突然 たちまち(忽) 口語にても用ゐる。
たとえ たとひ(仮令) 漢文訓読語。変化したる「たとえ」として口語にても用ゐる。
せめて…だけでも だに
くださる たまふ(給) 「何何したまえ」などと口語にて慣用的に用ゐる。
一瞬 たまゆら(玉響)
さまざま ちぢ(千千)
助動詞(完了)。
格助詞。
朝早く つとに(夙)
早朝 つとめて
できるだけ つとめて(努)
くわしい つばひらか(詳) 変化したる「つまびらか」として口語にても用ゐる。
くわしい つばら(委曲)
完全に つぶさに(具)
すこしも つやつや
つくづく つらつら(熟)
するどい。はやい とし(利・疾)
とりわけ なかにつく(就中) 漢文訓読語。
もしなかったとしたなら なかりせば(無)
するな なかれ(勿)
どうして…か なにしか
全般 なべて(並)
とともに なへに
無理に なまじひ(憖)
そなた なむぢ(汝)
および ならびに(並) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
である なり 助動詞(断定)
まさにそうなろうとする なりなむとす(垂) 漢文訓読語。
助動詞(完了)。
どうか ねがはくは(願) 漢文訓読語。
だけ のみ 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
または はた(将) 漢文訓読語。口語の「はたまた」の「はた」なり。
非常に はなはだ(甚) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
ます はべり(侍)
ひときわ ひとしほ(一入)
ひたすらに ひとへに(偏)
一日中 ひねもす(終日)
のこらず ふつくに(悉)
ことさら ふりはへ(振延)
本当 まこと(真)
ありのままに まさでに
ないだろう まじ 助動詞(打消推量)。「あるまじき」などと口語にて慣用的に用ゐる。又、音便形の「まい」としても用ゐる。
早くも まだき
たい まほし 助動詞(願望)。
みだりに みだりに(妄) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
みんな みな(皆) 変化したる「みんな」として口語にても用ゐる。
だろう 助動詞(推量)。
どちらかといえば むしろ(寧) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
または もしくは(若) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
もちて(以) 漢文訓読語。「何何でもって」などと口語にて慣用的に用ゐる。
もっとも もとも(尤) 漢文訓読語。変化したる「もっとも」として口語にても用ゐる。
最初から もとより(元) 漢文訓読語。口語にても用ゐる。
もっぱら もはら(専) 漢文訓読語。変化したる「もっぱら」として口語にても用ゐる。
ほどなく やがて(軈)
どうしてか やはか
けちな やぶさか(吝)
ともすれば ややもすれば(動)
しずかに やをら
悶々と ゆくゆく
決して ゆめゆめ(努努)
ため ゆゑ(故)
まさか よもや
から より 口語にても用ゐる。
よって よりて(因) 漢文訓読語。音便形の「よって」として口語にても用ゐる。
ちょうどよい具合に よろしなへ(宜)
わたしの わが(我) 口語にても用ゐる。

強意語

強意語は「言の旨を強むる言葉、又は、旨無き言葉なり」。

    • 秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の京の仮廬思ほゆ
  • しも
    • 玉藻刈る唐荷の島に島廻する鵜にしもあれや家思はずあらむ
  • そ、ぞ
    • 我が待ちし秋は来たりぬしかれども萩の花も未だ咲かずける
    • 里近く君がなりなば恋ひめやもとな思ひし我れぞ悔しき
  • は、ば
    • 雪こそ春日消ゆらめ心さへ消え失せたれや言も通はぬ
    • 打霧らし雪は降りつつしかすがに我家の苑に鶯鳴く
    • 天飛ぶや鳥にもがも都まで送りまをして飛び帰るもの
    • 相見ては月も経なくに恋ふと言はばをそとわれを思ほさむかも

仮名遣ひ

漢字音を除く、口語に於きて統一せられたる仮名は以下なり。

  1. 「い、ひ、ゐ」を「い」。
  2. 「う、ふ」を「う」。
  3. 「え、へ、ゑ」を「え」。但し例外有り。
  4. 「お、ほ、を」を「お」。但し例外有り。
  5. 「じ、ぢ」を「じ」。但し例外有り。
  6. 「ず、づ」を「ず」。但し例外有り。
  7. 「は、わ」を「わ」。但し例外有り。
  8. 異に挙ぐるもの。
  9. だ行動詞の集め。
  10. や行動詞の集め。

1.「い、ひ、ゐ」の内、「」が最も多き故、「い」と「ゐ」とを挙ぐ。


  • ヤ行上二段活用動詞(老ゆ、悔ゆ、報ゆなど)の活用は「い」に成る。
    い音便は「い」なり。即ち、(かい) 六日 (むいか)(やいば)(やいと) 裂帛 (さいで)(ふいご)(ついたち)(さいはひ)(かうがい) 透垣 (すいがい) 松明 (たいまつ) 面懸 (おもがい)(はいたか) 築泥 (ついひぢ) 掃墨 (はいずみ)(ないがしろ)、掻い潜る、(ついば)む、(さいな)む、などなり。
    然れど、他の音便に比べ、(いた)()れたれば、一つ一つ覚ゆべし。
    発語の「」が附きたる言葉は「い」なり。い隠る、い漕ぐ、い這ふ、などなり。
    其他、(かいがね) 肉刺 (のいずみ)(ぜんまい) 花魁 (おいらん)(おいかけ) 戯射 (さいだて) 梅華皮 (かいらぎ) 齞脣 (あいくち) 鸊鷉 (かいつぶり) 虎杖 (さいたづま)(さいぎ)る、たいだいし、おいらか、(あるい)は、などなり。
    「い」より始まる言葉は「ゐ」より甚だ多く、中又は尾に有る「い」は少なく、殆は音便形なり。
  • の項にある言葉の如く、一字は此らなり。
    (あゐ)(ゐや) 地震 (なゐ) 田舎 (ゐなか) 囲炉裏 (ゐろり)(くらゐ)(もとゐ) 井守 (ゐもり) 乞丐 (かたゐ) 宿直 (とのゐ)(うずゐ) 髫髪 (うなゐ)(くれなゐ) 紫陽花 (あぢさゐ) 赭魁 (ゐのととき)(まゐ)る、 膝行 (ゐざ)る、用ゐる、 騒騒 (さゐさゐ)、などなり。
    動詞にて「ゐ」より始まる(分かり易き)複合語を除く言葉は()る、()る、()る、のみ。

2.「う、ふ」の内、「」が多き故、「う」を挙ぐ。


  • ア行・ワ行活用動詞(得、植う、飢う、蹴う、据う、聶う)の活用は「う」に成る。或は、現代仮名遣ひにて「う」にて終る動詞の殆は「ふ」なる故に、ア行・ワ行活用動詞を覚ゆべし。
    う音便は「う」なり。即ち、(かうべ)(はうき)(たうげ) 手斧 (てうな)(おとうと)(いもうと)(かうがい) 仲人 (なかうど) 蝙蝠 (かうもり)(かうむ)る、(たうば)る、(つか)(まつ)る、 神神 (かうがう)し、()う、(とう)に、(やうやく)(からう)じて、などなり。
    其他、 八日 (やうか)(しうと) 小路 (こうぢ) 胡瓜 (きうり) 硫黄 (いわう) 寄居虫 (がうな)(まう)す、(まう)く、(まう)づ、()う、(かつう)は、などにて、多くは音便なり。

3.「え、へ、ゑ」の内、「」が最も多き故、「え」と「ゑ」とを挙ぐ。


  • ア行・ヤ行下二段活用動詞(得、嘶ゆ、消ゆ、冴ゆ、栄ゆなど)の活用は「え」に成る。
    其他、(ふえ)(はえ) 海老 (えび) 似非 (えせ) 狗母魚 (えそ) 斉魚 (えつ)(ぬえ) 干支 (えと)(にえ)(ひえ) 胞衣 (えな)(ふえ) 栄螺 (さざえ)(ながえ)(すはえ)(あごえ)(なばえ)(ひこばえ) 竹刀 (あをひえ)、くえびこ、(さえぎ)る、()し、あえか、などなり。
  • の項にある言葉の如く、一字は此らなり。
    ワ行下二段活用動詞(植う、飢う、蹴う、据う、聶う)の活用は「ゑ」に成る。
    其他、(すゑ)(こゑ)(つゑ)(すゑ)(ゆゑ)(ゑぬ) 仮髪 (すゑ) 湯坐 (ゆゑ) 蜻蛉 (ゑんば)(ゑにす)(いしずゑ) 黄精 (おほゑみ)(さひづゑ)(くゑ)る、(ゑぐ)し、ゑらゑら、などなり。
    動詞にて「ゑ」より始まる(分かり易き)複合語を除く言葉は()む、()る、()ふ、(ゑぐ)る、(ゑづ)く、()ます、ゑらく、(ゑつらか)す、のみ。

4.「お、ほ、を」。


  • 「御」の仮名遣ひは「お」にて、此が附く言葉は全て「お」に成る。即ち、お母さん、お化け、おみおつけ、などなり。
    其他、(おや)(おと)(おく)(おび)(おき)(おき)(おに)(おき) 大人 (おとな)(おもて) 螻蛄 (おけら)(おきな) 万年青 (おもと) 晩稲 (おしね)(おとうと)(おとがひ)(おばしま)(おろ)か、(おぎろ)、おいらか、(おのおの)(おもむろ)、おろおろ、などなり。

  • (しほ)(かほ)(いほ)(にほ)(そほ)(こほり)(ほのほ)(いはほ)(ひしほ) 案山子 (そほづ)(いきほひ)(とほ)る、(なほ)す、(おほ)ふ、(にほ)ふ、(こほ)る、(よそほ)ふ、(もよほ)す、(うるほ)ふ、(ほとほ)る、(もとほ)る、(とどこほ)る、(とほ)し、 素直 (すなほ)(なほ)(おほ)()、などなり。
  • の項にある言葉の如く、一字は此らなり。
    ()は「を」にて、この旨を(ふふ)む言葉は、(をす)(をひ)(をとこ)(をっと) 鰥夫 (やもを) 童男 (をぐな) 猟人 (さつを) 雄叫 (をたけび)、などなり。
    其他、(うを)(をさ)(をさ) 訳語 (をさ)(とを)(あを) 竿 (さを)(をけ)(をの)(をか)(みを)(をり)(をこ)(をぎ)(をそ) 鴛鴦 (をし)(をみな) 乙女 (をとめ)(しをり)(いさを)(をとり)(かつを)(をこぜ)(をけら)(みさを) 大蛇 (をろち)(をつつ)(をさし) 一昨日 (をとつひ) 一昨年 (をととし) 俳優 (わざをぎ)(をしかは) 竹刀 (あをひえ) 蚇蠖 (をぎむし)(ひをむし) 女郎花 (をみなへし) 儲弦 (をさゆづる) 桔梗 (をかととき)(かを)る、()し、をかし、(をさな)し、しをらし、をぢなし、(たを)やか、(とをを) 条条 (をちをち)、をさをさ、(をち)、などなり。
    動詞にて「を」より始まる言葉は()ふ、()る、()る、()す、()く、()つ、()ゆ、(をさ)む、(をし)ふ、(をど)る、(をか)す、(をが)む、()しむ、(をめ)く、(をど)す、(をを)る、(をど)む、(をざ)す、(をのの)く、(をこつ)る、(をろが)む、などにて、少なく殆は「お」なり。

5.「じ、ぢ」の内、「」が多き故、「じ」を挙ぐ。

  • の項にある言葉の如く、一字は此らなり。「し」の濁音故、の項も見よ。
    連濁の言葉としては、 小島 (こじま) 煮汁 (にじる) 網代 (あじろ)(やじり)(こじり) 歯肉 (はじし) 目印 (めじるし) 猫舌 (ねこじた) 盛塩 (もりじほ) 戸閾 (とじきみ)(まなじり)(いちじる)し、などなり。
    其他、(にじ)(きじ)(くじ)(うじ)(つじ) 刀自 (とじ)(あるじ)(うなじ)(ひつじ)(しじみ)(むじな) 躑躅 (つつじ) 旋毛 (つむじ)(ひじり) 鹿尾菜 (ひじき)(かじか) 桟敷 (さじき) 無言 (しじま)(あじか)(かじき)(くじか)(しじら)(まじなひ)(はじかみ)(はじ)む、()じる、(はじ)く、 馴染 (なじ)む、(くじ)く、(かじ)る、(にじ)む、 穿 (ほじ)る、(なじ)る、(かじ)く、(にじ)る、(つじ)む、 身動 (みじろ)ぐ、引こじろふ、(おな)じ、いみじ、(みじか)し、(かたじけな)し、あたじけなし、 真面目 (まじめ)(なまじひ)(あらかじめ)め、 各自 (おのがじし)、などなり。

6.「ず、づ」の内、「」が多き故、「ず」を挙ぐ。

  • の項にある言葉の如く、一字は此らなり。「す」の濁音故、の項も見よ。
    連濁の言葉としては、(こずゑ)(いしずゑ) 黒酢 (くろず)、などなり。
    動詞の内、サ変の()が濁りたるものも、連濁なりて、重んず、軽んず、先んず、(そらん)ず、などなり。又、「づ」にて終る動詞(ダ行動詞)を9にて挙ぐれば、そちらも併せ見よ。
    其他、(かず)(きず)(すず)(すず) 百舌 (もず)(くず)(すず)(はず)(ずみ) 髻華 (うず) 国栖 (くず)(ねずみ)(すずめ) 蚯蚓 (みみず)(すずき)(すずり)(すずな) 生絹 (すずし) 芋茎 (ずいき)(うずゐ) 雪花菜 (きらず) 唐棣 (はねず) 鹿尾菜 (ひずき) 蘿蔔 (すずしろ) 耳蝉 (みみずく)(すずしろ)、ずわい蟹、()ず、()ず、()ず、()ず、(ひず)む、(こじ)る、(たたず)む、(なずら)ふ、(うずすま)る、(すず)し、(おず)し、(ひずか)し、(すずろ)(かならず)、などなり。

7.「は、わ」の内、「」が多き故、「わ」を挙ぐ。


  • (あわ)(しわ) 神酒 (みわ)(いわし)(くつわ) 埴輪 (はにわ) 硫黄 (いわう) 慈姑 (くわゐ)(ことわり) 声色 (こわいろ)(はらわた) 結果 (かくなわ) 半月 (はにわり)、ずわい蟹、(すわ)る、(さわ)ぐ、(かわ)く、(あわ)つ、(たわ)む、わわく、(よわ)し、(しわ)し、などなり。

8.上の(ほか)に有る(こと)の仮名遣ひを挙ぐ。これらは少なき故、(そらに)すべし。
又、苗字や地名などに多かれど、接尾辞「()」の付きたるものは(こと)に言ふ時、「~ゅう」などとなれど、仮名遣ひは全て「ふ」なり。「 麻生 (あさふ)」「 羽生 (はにふ)」「 柳生 (やぎふ)」などの如し。

  • あお:(あふ)ぐ、(あふひ) 仰向 (あふむ)く、(あふ)る。
  • おう:(あふぎ)(「あふぐ」の名詞形)、(あふご) 逢瀬 (あふせ)(あふち)
  • きゅう: 胡瓜 (きうり)
  • きょう: 今日 (けふ)
  • こう:()う、(かうがい) 神神 (かうがう)し、(かうが)ふ、(かうぞ)(かうぢ)(かうば)し、(かうぶり)(かうべ) 河骨 (かうほね)(かうむ)る、 蝙蝠 (かうもり)(しかう)して、(つか)(まつ)る。
  • ごう: 寄居虫 (がうな)
  • しゅう:(しうと)(しうとめ) 囚人 (めしうど)
  • しょう: 兄人 (せうと)
  • そう:()う、(さうら)ふ。
  • たお:(たふ)す、(たふ)る。
  • とう:(したうづ)(たうげ)(たうば)る、(たうめ)(たふと)し、(たふと)ぶ。
  • ちょう: 手水 (てうづ) 手斧 (てうな)
  • にゅう: 埴生 (はにふ)
  • のう: 直衣 (なほし)
  • ほう:(はうき)(はうそ)(はうむ)る、(はふ)る。
  • みょう: 茗荷 (めうが) 夫婦 (めうと)
  • もう: 相撲 (すまふ)(まう)く、(まう)す、 公卿 (まうちぎみ)(まう)づ。
  • よう: 八日 (やうか)(やうや)く。
  • りゅう: 狩人 (かりうど)
  • ろう: 蔵人 (くらうど)(さうら)ふ、(まらうど)

9.口語にて「づ」に終はる動詞は用ゐず。仮名遣ひにて「づ」に終はる動詞を覚ゆる事、甚だ重きなる故、分かり易き複合語を除く有る限りを挙ぐ。

  • (あは)づ、()づ、()づ、(かな)づ、()づ、(しこ)づ、たづ、()(つい)づ、()づ、()づ、()づ、()づ、()づ、(ひい)づ、(まう)づ、()づ、()づ、()づ。

10.口語にて「ゆ」に終はる動詞は用ゐず。仮名遣ひにて「ゆ」に終はる動詞を覚ゆる事、甚だ重きなる故、分かり易き複合語を除く有る限りを挙ぐ。

  • ()ゆ、()ゆ、(あつ)ゆ、(あま)ゆ、()ゆ、()ゆ、(いば)ゆ、()ゆ、(おび)ゆ、(おぼ)ゆ、(おも)ほゆ、()ゆ、(きこ)ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、(こご)ゆ、()ゆ、(さか)ゆ、(しな)ゆ、()ゆ、(そび)ゆ、()ゆ、ちぼゆ、()ゆ、(つひ)ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、()ゆ、はこゆ、()ゆ、(ひこば)ゆ、()ゆ、()ゆ、ほたゆ、()ゆ、(むく)ゆ、()ゆ、()ゆ、(もだ)ゆ、(わか)ゆ、()ゆ。

疑問仮名遣ひ

又、こちらも見よ。疑問仮名遣 前編後編

  • なし、あなし
  • く、いく(稚)
  • びく、びく(誘)
  • かける、かける(駆ずる)
  • かたむ、かたむ(偏)
  • らか、からか
  • 、げ(蚰蜒)
  • けむくじゃら、けむくぢゃら(毛むくじゃら)
  • らふ、さらふ(候)
  • ささ、ささ(小筒)
  • やか、さやか(爽)
  • し、しし(籡)
  • し、しし(吝)
  • ふるひと、しふるひと
  • らし、しらし
  • すあ、すあ(牙儈)
  • た、た(寸寸)
  • すま、すま(相撲)
  • し、たし(束子)
  • ら、たら(俵)
  • つく、つく(机)
  • ぢゃう、どじゃう、どぜう、どじょう(泥鰌)
  • とんう、とんう(蜻蛉)
  • り、はり、はり(羽織)
  • はこ、はこ
  • はらせ、はらせ(腹癒)
  • 、ひ(鶸)
  • まんう、まんう(翻車魚)
  • むか、むか(向)
  • ら、や
最終更新:2025年02月23日 19:03