幼気(後編) - (2010/10/22 (金) 21:37:22) の1つ前との変更点
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**幼気(後編)◆2XEqsKa.CM
本郷が、由乃に突撃する。由乃が素早く点火したマッチ棒を小瓶の残骸の元へ放り投げる。
爆発―――すると予測できた本郷は構わず突撃し、由乃の殺害を最優先事項として動く。
マッチ棒の篝火に触れた液体が何らかの化学反応を起こし、石床に染み込んだまま爆薬と化す。
爆速8000m/sに達するハイエクスプローシブ級の爆熱と爆風の只中に、仮面ライダーが晒された。
一瞬の速度の減退……そして、視界の狭窄が、本郷に二度目の爆発音を聞かせる結果を生む。
反対側の壁に小瓶を投げて点火し、奇しくも本郷が入ってきた時の様に、由乃は壁を破壊して脱出していた。
本郷は一瞬たりとも止まらずに爆風の勢いに乗って、背中を見せて駆ける由乃を追う。
由乃がどれだけ素早く逃げても、50m以内で捕らえる自信が本郷にはあり、それは紛れもない事実だった。
爆風を受けて微細な熱傷を負い、全力で逃走する少女の手元の携帯―――。
由乃の『雪輝日記』に浮かんだ『DEAD END』は、未だ消えていないのだから。
【F-5 市街地 AM 4:20】
◇
月と星が雲に覆われ、夜明け前の最後の暗闇が、視界を狭めていく。
「吉良さん! 今の音……発破でしょうか!?」
「近いな……さっきの少女と何か関係があると思うかね?」
爆発の音……映画やテレビでしか聞けない筈の"それ"なのに、妙に身近に感じるその音に身を竦める。
私と五代は、ローマの町並みを走っていた少女を追いかけていた。
置いてきた少女の事もある、手早く捜索して保護、あるいは交渉……最悪、逃走しようと思っていたのだが。
この実験の主旨である『殺し合い』が起こっている可能性があるのならば、その現場に突っ込んでいく理由はない。
強い二つの集団を作ろうと目論む私にとって交渉・記憶する価値があるのは、生き残った側だけなのだから。
「五代くん、ここは危険かもしれないぞ。一旦戻って……」
「待ってください、あそこから女の子が走って……ッ! 未確認!?」
五代が、街頭の一角を指して叫ぶ。
未確認とは何だと聞こうとしたが、答えは自ずと出た。
必死で走る少女を今にも捕まえんとしているのは、人の形をした怪物。
薄闇に隠れて詳細は見えないが、まさしく未確認生物(UMA)だ。
一目見ればわかる―――危険な存在。絶対にこちらから関わるべきではない、しかし。
「これ、お願いします!」
「!? おい、どうするつもりだッ!」
「変身!」
驚愕に固まる私を他所に、五代が鉄パイプだけを持って突撃していく。
彼の荷物を投げ渡された私は慌てて止めようと声を張り上げるが、効果はない。
ここで五代を失うわけにはいかない……それどころか、あの怪物の次のターゲットが私になるかもしれないのだ。
だが、私の困惑は更に深まることになった。走りながら妙な体勢を取った五代の体に、異変が起きていく。
腕が、胴体が、足が、そして最後に顔が。異形の鎧に包み込まれて、五代をUMAへと変貌させた。
昔の武士が着込んだ甲冑などとはわけが違う、原理さえ分からない着脱。
五代は人間では有り得ない距離をジャンプして、少女に手をかけようとした怪物に、飛び蹴りを食らわせた。
「―――っ」
「大丈夫!? あっちに吉良さんって男の人がいるから、その人のところまで逃げて! 走れる!?」
「……」
怪物は、ショーウィンドーを突き破って【Scarpe's centopiedi】という看板を掲げた何かの店の中に吹き飛ばさた。
闖入した新たな異形に怯えるでもなく、少女はすぐさまこちらに向けて走ってくる。
五代の言葉を、果たして聞いていたのか。それさえも分からぬ勢いだったが……。
変身した五代は構うことなく、『未確認』と呼んだ怪物に向き直っていた。
ゆっくりと立ち上がった怪物に、ダメージは見られない。五代は右足を引き、走り出すような動きを見せる。
次の瞬間―――私の目では捉えられない程に高速移動する二体の異形が、激突していた。
拳をお互いの顔面にぶち込み、弾き飛ばされそうになる身体を、足を踏ん張って抑え込む。
「ぐ……超変身!」
「……!」
五代が叫び声を上げると同時に、彼の身に纏う装甲の色が変わった。
闇に溶け込むような蒼穹の色。同時に、持っていた鉄パイプが形状を変えていく。
杖術―――ロシアで特に発達したとされる闘技を彷彿とさせる体捌きで、五代が怪物に一撃を食らわせた。
全力の、突き。俊敏な動作で放たれたその一撃には、何らかのエネルギーが纏われているようにさえ見える。
加力を加えようとして、しかし五代の動きが止まる。腹にヒットさせた筈のロッドが、直前で怪物に握りこまれていた。
再び、二体の動きが見えなくなる。ハイレベルな何かが起きて―――結果として、怪物がロッドを奪っていた。
五代は逆に打ちのめされ、ロッドの一突きで後逸する。怪物も知性を持つと分かる結果だった。
距離が離れ、互いに睨みあう二人に、雲を破った月の光が差した。
一体どうしたことだろうか? その姿は、互いを初めて見る私にさえ似通った物のように見えた。
「クウガ!?」
「――――――仮面、ライダー……!」
いつの間にかロッドから鉄パイプに戻った得物を、怪物が取り落とす。
五代もまた、唖然と怪物を見つめる。私には何が起きているのか分からず―――。
走ってきた少女にぶつかって、ようやく我に帰れた。
私も五代の戦闘に気をとられていたが、少女の様子はより酷かった。
ぶつかった事にさえ気付いていないようで、激しく息を切らしながら地面に向かって足をばたつかせている。
はっきり言ってこのような人間……戦意を持たない者に大して用はないのだが、一応声をかけておくか。
「……大丈夫かね? 怖い目にあったね……さ、立って一緒に逃げよう」
「……」
少女は何も言わない。足を動かすのはやめたが、立たずに左手をガサゴソとディパックに突っ込んで何かしている。
更に右手の爪を噛みながら、追い詰められた表情でブツブツと呟いているではないか。
どうやら精神状態に問題があるようだな……まあ、あんな怪物に追いかけられては無理もないが。
だが、さりげなく少女の噛んでいる指に目をやって、私の表情が凍りつく。
少女は、まるで砂地に字を書くように―――己の人差し指と親指に、『しね』という文字を刻んでいた。
「……(なんだッ……? 頭が痛い……何だというのだ! 彼女の行動……目を離せない!)」
「……く、う」
数秒か、数十秒か。私が陶然と少女を見つめている間に、少女は落ち着いたらしく。
やおら立ち上がり、私を突き飛ばすようにして再び走りはじめた。
私はすぐさま、彼女に追いつかないような速度で、気付かれない程度の距離を保ちながら追うことを決める。
普通に考えれば、あんな異常な行動を取る人間が、無害な被害者なわけがない。
混乱状態にあるだけだとしても、放置しておけば危険になりうるし、
そもそも彼女こそがあの怪物以上の危険人物だということもあり得る。
彼女をただ見逃すなど、危険を増やす事に他ならない以上、追って動向を確かめるのは当たり前……。
だが私はそれ以上に、彼女に強い興味を覚えていた。
「五代くん! 鍵をかけた場所で待っているぞ!」
聞こえているかどうかもわからない声を張り上げて、私は少女を追跡し始めた。
【F-6 市街地 AM 4:33】
◇
もう! 善吉くんもグリマーさんも、なんであたしがゆのちゃんと本郷さんのところに行くのを邪魔するのかな?
だって、本郷さんは乱暴さんだから、きっとゆのちゃんにきつく当たってるよ! 絶対ほっとけない!
でも、グリマーさんが「君が行くと話しがややこしくなりそうだから」って言うし……。
あたしも何度か覚えがあるから、そう言われるとちょっとちゅーちょしちゃうよぉ。
でも、わき・・・わきなんとか! みんなで仲良くするためには、黙ってたら駄目だよね!
「二人が帰ってきたら本郷さんにビシッと言うから! 女の子を縛るなんて駄目だって言うからね!」
「疑いを晴らす為だよ。それをしないなら、我々は彼女をこれからずっと信用できない」
「疑う事自体がおかしいって言ってるんだもん!
あたしと同じくらいの歳の女の子が、鉄砲なんて使えるわけないよぉ! 持ってただけだよ!」
「俺の友達には機関銃とか使う人がいるけどな……」
何言ってるの、善吉くんは! いくら高校生さんだからって、そんなに背伸びしてる人なんているわけないよ!
うう、誰もわかってくれないよ。じゃあじゃあ、あたしはいったいどうすればゆのちゃんを弁護できるんだろう。
ゆのちゃんが何か大きな悩み事を抱えてることくらいはあたしだって分かってる。
それがゆのちゃんの態度を過敏にして、本郷さん達が彼女を疑う原因になってる事だって、分かってるけど。
だからって、ゆのちゃんの事情―――夢や悩みを無視して、縛り付けていいはずがないよ。
ゆのちゃんはきっとまだ話してくれないけど……みんなが心から彼女に歩み寄れば、きっと分かり合えるはず。
必ずゆのちゃんの悩み事を聞いて、それを解決してみせる。そう誓ったあたしの目に、そのゆのちゃんの姿が。
!!!! どうしたんだろう、怪我してるみたいだけどっ!?
「あっ! ゆのちゃん……本郷さんは?」
「うう……分からないの……いきなり本郷さんが襲ってきて……」
「何だって……!?」
「……」
やっぱり、本郷さんは約束を破ったんだ! 上着もなくしてびしょ濡れのゆのちゃんに駆け寄って、肩を貸す。
ふらふらと倒れ掛かっているゆのちゃんを、グリマーさんは驚いて、善吉くんは無言で見つめている。
ゆのちゃんが何をしたのかを聞いてからだけど、どうあれ本郷さんは絶対に許せないよ!
帰ってきたら、歳の差なんて関係ない、ちゃんと怒って、分かって貰わないと……。
「――――! のぞみちゃん、逃げ……」
「え?」
善吉くんが、何か言って――――。
◇
基本支給品の筆記用具―――エンピツが、のぞみちゃんの左目を抉っていた。
フラフラとした体からは想像も出来ない敏捷さで、由乃ちゃんが突き刺した物だ。
何の迷いもなく全力で刺し込まれた鉛筆は、のぞみちゃんの眼球を貫き、網膜とその静動両脈を通過して、
眼底骨にまで達しているだろう。新品の鉛筆が半ばまでねじ込まれているのが、それを示している。
由乃ちゃんは即座にのぞみちゃんの腕時計―――ピンキーキャッチュだったか―――をむしり取り、
彼女を突き飛ばして懐に手を入れる。俺は息を呑む暇もなく、行動を起こしていた。
「我妻、由乃――――!!!」
叫びながら、走る。のぞみちゃんは急性ショックで動けず、その場に崩れ落ちて激しく息を切らしている。
由乃ちゃんは、悠々と拳銃を取り出した。コルトパイソン―――彼女が最初に捨てた銃とは別物。
6inの傑作回転式拳銃が、マグナム弾を吐き出した。両腕を上げて、首から上をガード。
だが、覚悟していた激痛は身体のどこにも走らず、背後でグリマーさんが倒れる音が聞こえる。
駄目だ、振り返るな。全ての感情を置き去りにして、今は由乃ちゃんを止める為だけに動け。
「おお、らああっ!」
「がっ……!」
ショートレンジに飛び込んで、回し蹴りを叩き込む。
拳銃の弾層が回転するより早く放たれた一撃に、由乃ちゃんが苦悶の声を吐く。
狙ったのは腕でも足でも、彼女がガードした頭でもない、粉砕する事で人間を痛みで無力化できる肋骨。
側面とはいえ、女子の腹を蹴るのに抵抗があるなどと言っている場合ではない。
叩き込んだ蹴りは、先ほどのぞみちゃんに試し割りをした時とは違う、混じり気なく本気の一撃。
後は倒れこんだ由乃ちゃんの肩にカカトを下ろして、気絶させれば―――。
「え……っ!?」
違和感、その一。直撃してから数瞬後に来る、蹴り足への反動が弱い。
違和感、その二。その蹴り足に、僅かな重み。
その一は、由乃ちゃんの制服から毀れた少年ジャンプを見て解決。あれを仕込んで、攻撃に備えていたのか。
頭のガードは、攻撃箇所を誘導する為の偽挙だったのだ。
その二……高速で地面に戻り、鍛え上げた膂力で踏ん張って火花を散らす蹴り足を見て、解決。
俺の足に、何かで濡れた布のような……おそらく切り裂かれた由乃ちゃんの制服の上着が、巻き付けられていた。
由乃ちゃんが、異常な俊敏さで飛びのいて、こちらに笑みを投げかけている……!
「――――ッ」
ぞくり、と肝が凍る。一瞬が百倍に濃縮されたような視界に、地面に散った火花が布に降りかかるのが見えた。
硝酸アンモニウムとヒドラジンを混ぜた、刺激臭を発する液体爆薬。
いま自分の足に絡み付いている布に染み込まされているのがそれだと気付いた瞬間、爆発は起こっていた。
十三組の十三人に対抗する為に鍛え上げた俺の努力が、仇になったか。
右足の膝から下が消失し、吹き飛ばされる。爆熱は全身を焼き、致命的な火傷を与えていく。
正式な起爆装置もない、素のままの点火とはいえ、爆薬は爆薬。人間に耐えられる威力ではない。
立ち上がる事も出来ない俺は、自分の死を確信し、仰向けになって由乃ちゃんを見た。
何故こんな事をしたのか。本郷さんはどうなったか。俺が彼女に話した、めだかちゃんにも同じ事をするのか。
せめてそれだけは聞きたかったが、口を動かせない。どうやら、口内から喉までも焼け付いているようだ。
「……えいっ」
由乃ちゃんが、可愛い声を上げてそこら辺で拾った角材を俺の頭に振り下ろす。
片手に持った銃で頭を撃ち抜けば、簡単にトドメを刺せるだろうに。銃弾を節約するつもりなのだろうか?
もはや痛みも感じないが、地面を割りかねない衝撃と一撃ごとに薄れる意識から、
彼女の膂力が中学生の女子としては異常な事に気付く。恐らくこれが斧なら、俺の首を軽々と刎ねていただろう。
「えいっ。えいっ。えいっ。えいっ……はあはあ、えいっ。えいっ。えいっ。えいっ。あっ……」
何度も、何度も振り下ろされた角材が、とうとう折れる。
由乃ちゃんは俺の……恐らくは原型を留めていない顔を見て、もう十分だと思ったらしく、薄く微笑んだ。
その笑顔に、どこか見覚えがあった気がする。消えていく意識の中で、思い出したのは誰の笑顔だったか。
あの、万象を喪失った、あらゆるマイナスを所持していた笑顔は、誰の――――――。
「あははははは! あははははっ!」
忌々しい記憶を思い出すと同時に、俺は恐らく死んだ。
肉体が活動を止め、勝ち誇った笑い声を上げていた由乃ちゃんの姿も見えなくなる。
もう、自分が何をしていたのか、何をしているのかも分からない、空ろな状態。
それでも、最後に一つだけ。
「いや、由乃ちゃん。お前が誰よりも過負荷(まけ)なんだぜ」
果たしてそれは、言葉だったのか、思念だったか。
由乃ちゃんに届いたのか……分からぬまま、俺の意識は終わった。
せめて彼女が、めだかちゃんに出"合"わないように願いながら。
◇
「ふふ、ふふふ……」
案外、簡単だった。
やはり最初に夢原のぞみを潰せたのが大きい。
私は喜悦を抑えられないままに、ゆっくりと人吉善吉の死体に背を向ける。
これで三人……褒賞を得られる条件を満たしたはずだ。
未来日記を開いて見るが、まだ『DEAD END』は消えていない……冷や汗が、出る。
これは……まだ、死の運命から逃れられていないと言う事。
周囲を見渡すと、その原因らしき物が起き上がっていた。
マグナム弾で頭を撃ち抜いたはずの、ヴォルフガング・グリマーだった。
どうやら当たり所が良かったらしい。
「……」
「銃弾はなるべく節約したいな、あと五発しかないし……」
まあ、仕方ないか。人吉善吉のように行動不能にしてからならともかく、
動く相手を仕留めるのは手斧や鉈がない以上、この銃を使うのが安全だ。
グリマーの表情を覗いてみると、どうにも正気というものが感じられない。頭を撃たれておかしくなったのだろうか。
人間、こうなると哀れだな……と思うが、同情はしない。早く殺して、ユッキーのところにいかなくちゃね。
DEADフラグを排除する為、コルトパイソンのベンチレーテッドリブをスコープ代わりにして、目標の頭に合わせる。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」
直後、人間の物とは思えぬ奇声を上げて、グリマーが右手を振り回しながら駆け出した。
とっさに身を屈めて避わすと、まるで私が見えていないかのように脇を素通りする。
そして接触した護送車のドアに、拳をめり込ませる。その一撃は容貌からは想像も出来ない力で、
護送車が僅かに浮き、ドアにはっきりと傷跡を残していた。
殴った感触が人間の物ではないと気付いたのだろうか。
頭を振って次の標的を探すグリマーを見て、私の脳裏に一つの仮定が浮上する。
(目が見えていない……? さっきのは、私の声を聞いて方角を察知したのか)
冷や汗をかいて、一歩下がる。その足音を聞きつけられて、グリマー……ではもはやない。
超人とも呼べる存在が、私を殺さんと迫ってくる。
どうする? 一か八か、動き回るグリマーを撃ってみるか……。いや、駄目だ。
動いている的だと一撃で殺せないかもしれないし、こちらの位置を悟られる。
液体爆薬を使うか? いや……あれは切り札だ。数も限られているし、死にぞこないに使うべきではない。
それ以前に、こちらに我武者羅に向かってくる相手に使えば、爆発に巻き込まれる危険もある。
もっと効率のいい策を……。
「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」
「くそ……!」
グリマーが、目の前まで迫る。顔を見ると、黄色い血液を目から垂れ流している。
脳に酸素がいっていないのだろう、放っておけば死ぬだろうが……それまでに、私も殺されるかもしれない。
振り回される腕をなんとかかわし、グリマーの目が見えないのをいい事に、背を向けて走る。
グリマーが追い、私が逃げる。それを何度か繰り返して。
策戦を練り終わって、キョロキョロと音を探すグリマーを尻目に、後退。
が―――その足が、何者かに掴まれた。見ると、頭を潰された筈の人吉善吉が足元に縋りついていた。
恐らくは無意識のうちに、「誰よりもお前が負けなんだぜ」などと、うわごとの様に呟いている。
完全に予想外だった。死にぞこないは、二人いたのだ! なんて、しつこい――――――!
「こいつ―――っ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!!!」
私が嫌悪感を露わに呟くと同時に、グリマーが最も近い位置にいた、最も音を出す物に迫る。
そして―――人間の頭蓋骨が砕ける嫌な音が私の耳に色濃く届いた。
..........................
予定通り、夢原のぞみの頭が潰れる音が。
重症を負い、身動き取れないまま激しく息を切らしていた彼女を音源として、グリマーを誘ったのだ。
掴む手に力をなくした(恐らく死んだ)人吉善吉を振り払い、手ごたえを感じて動きを止めたグリマーの背後に回る。
片手間に、人吉善吉が死んだことによって『DEAD END』が消えたかどうか確認しながら。
「……まだ、駄目か」
トドメの一撃をグリマーが夢原のぞみに加える前に、至近距離からヘッドショット。グリマーは、今度こそ死んだ。
未来日記を確認。
「まーだぁ~?」
続けて、放置すればグリマーが殺害したことになるだろう、息絶え絶えの夢原のぞみの胸に銃を突きつけて、
肺の下の心臓目掛けて銃弾を発射した。手ごたえあり。これで、三人全てを完全に殺害したことになる。
未来日記を確認すると、『DEAD END』フラグは消えうせていた。『DEAD END 回避』の文字が浮かび上がる。
「セーーーーーーーフッッッ!!!!!!」
やったよ、ユッキー……私は、『運命』に『勝った』ッッ!
小躍りしそうになりながらも、殺した連中の荷物をかき集める。
残念な事に銃弾の換えはなかったが、便利そうな物もいくつかあった。
中でも、夢原のぞみの所持していたピンキーキャッチュという腕時計には興味をそそられた。
プリキュアというのに変身できるらしいし、私が変身できるかどうかは分からないが、後で試してみよう。
あの可愛い衣装を着て見せたら、ユッキーも喜んでくれるかもしれない。
「ふう……」
汗を拭っていた手が、何気なく首輪に触れる。
次の瞬間、私の目の前に、奇妙な人間が姿を現していた。
銃を向けても、男は何の感情も見せずに。一糸纏わぬ、裸体を晒していた。
【F-6 市街地 AM 4:38】
◇
その男には、正常と呼べる箇所は何一つなかった。
発する雰囲気も、一糸纏わぬ肉体の体色も、人間のそれではない。
それでいて、今にも消え去りそうな儚さで、男―――ジョナサン・オスターマン(らしきもの)はそこにいた。
だがその濃い青色の体色は、かのDr.マンハッタンの水色の肌とは違う。ならば、この男は一体何者だろうか。
「召喚に応じ参上した。君の願い……確かな成果に対する報酬の要求を聞こう」
(……首輪、うっかり触っちゃった。早くここを離れたいんだけど……)
由乃は、突如全裸で現れた男に面食らいながらも、首輪をつけていないこの男が、
この実験の主催者側に位置する者だと理解する。ブラブラと揺らしている男根に目をやらないように、
手早く願いを告げる。由乃にとって、欲するものは余りに明確。雪輝に関する全て―――雪輝日記である。
「私の未来日記を返して。こんなレプリカじゃ、ユッキーの居場所が分からないじゃない」
「それは出来ない」
「……何?」
その返答に、由乃が気色ばむ。本来なら飛び掛かっていてもおかしくなかったが、
流石に得体の知れない主催者の一味に喧嘩を売るほど頭に血が上っているわけでもなかった。
「何で、渡せないの?」
「簡単な話だ。この褒賞ルールにはいくつか縛りがある。
その中の一つに、『参加者に直接危害を加える望みは不可』というものがある」
「……?」
「君達が知る未来日記というアイテムは、破壊される事で所有者が消滅するという相克を持っている。
仮に君がここで雨流みねねの逃亡日記の譲渡を望めば、参加者を無条件で一人排除できる権限を、
渡す結果になってしまうだろう? よって、生存している、また参加していない者の未来日記の原典の譲渡は、
出来ないという裁定が下された。融通がきかないと思うだろうが……別の望みを選びたまえ」
「……じゃあ、ユッキーの居場所を」
「待ちたまえ、それは奨められない。参加者の現在位置は常に変わるし、
君のようなタイプの参加者に奨めるのは、情報ではなく戦力を補う道具だ。
そもそも情報は信用できるかどうかという点で普遍的価値があるとは言いがたいだろう?」
「私の勝手でしょう……」
全裸の男にあれこれと指図され、由乃は苛立ちを隠しきれなくなっていた。
だが、確かに居場所を聞くというのは下策かもしれない、とも思う。
どうせ、大体の当たりはついているのだ。それならば、より重要な情報を。
「例えばこういう物がある、キャレコM50短機関銃。毎分700発の発射速度で、神経断裂弾という特殊弾丸を……」
「参加者が属するグループの情報は?」
「一名のみなら、可能だ」
腹の中に手を突っ込んで重火器の類を示していた全裸男は、
質問が来るとまるでプログラムに従うかのようにすっとその話題に乗る。
由乃の口元が緩んだ。彼女にとって、自分がどうすれば生き残れるかなど二の次。
雪輝の為に何をすれば、彼の援けになるのか―――それこそが……それだけが、彼女の行動原理。
「ユッキーのグループを教えて!」
「自分の属性ではなく、天野雪輝の属性を聞くのだな?」
「ええ」
「Isiだ」
あっさりと、褒賞は与えられた。功労者が歓喜に拳を握り締める。
雪輝が所属するのはIsi……ただ最後まで生き残るだけで勝利条件を満たす事の出来るグループ。
これが分かった以上、もはや無駄な危険を犯して参加者と交戦する意味は、由乃にはなくなった。
雪輝と合流し、彼を安全な場所に閉じ込めるだけで彼の生還は確定するのだから。
(もしかしたら、ユッキーにまた嫌われちゃうかもしれないけど……凄く悲しいけど、
嫌われる事さえ、ユッキーの為なら我慢できる。ユッキー! 待っててね! すぐ助けに行くよ!)
「君は彼らの与える情報を疑うかもしれない。実験のルールそのものを疑うかもしれない。
だが、彼らに君達を騙す理由も、必要もない事は理解して欲しい。
反抗も反逆も自由だが、無意味だと言う事も。彼らはその気になれば、君達全員を殺せたのだから」
俯いて震える由乃の姿をどう捉えたのか、男は淡々と語る。
由乃にも多少の疑心はあったが、そこを疑ってしまえば彼女が前進する事はできない。
黙考する由乃がふと気付くと、全裸の男は影も形もなく消えうせていた。
荷物を全て回収した以上、由乃にはもうここに留まる意味もないし、猶予もない。
本郷の前に立ちはだかった新たな怪物も、どれほど足止めしてくれているか分からないのだから。
「ユッキーを探しに行こう。その為には……」
喜悦の極地、と言った態の由乃が腕を振った。
じゃらりと、由乃がたった今善吉から奪ったバイクの鍵が音を立てる。
小回りの利く足を手に入れた由乃に、もう本郷に拘泥する心算はない。
本郷が雪輝の害になるより先に、雪輝を見つけるだけ―――と、由乃の耳に、小枝が折れる音が届く。
振り返って薄闇を見通すと、中年の男―――先ほどすれ違った男が、街角に消えるようにその身を翻していた。
(――――― ヨンヒキメ、ミッケ)
由乃の精神が、『殺す』状態に移り変わる。
目撃者を、しかも本郷と出会う可能性の高い人間を見逃すわけにはいかないという当然の理屈を持って、
由乃は男を殺戮するべく駆け出した。必要以上に交戦はしないが、必要とあらば殺す。
三人の人間の命を奪って、なお新たに人間を"殺す"事にいくばくの感情を交えない、雪輝以外の命の極端な軽視。
それが、我妻由乃という『悪』の根源である事を正しく理解できた者は、散乱した屍の中には居なかった。
【F-6 市街地 AM 4:40】
◇
この吉良吉影、『追い駆けっこ』はあまり得意ではないらしい。
喉をせりあがる呼気にむせながら、優美な町並みを全力疾走する。
追われているのは私で、追っているのは今しがた驚くべき手練で三人の人間を殺害した少女。
平穏な日常とは程遠いデッドレース……しかし、恐怖は不思議と感じない。
先ほど目にしたあの怪物―――今も五代と戦っているのだろうか―――アレには、確かに恐れを抱いたのだが。
確実に距離を詰め、疲弊する私を油断なく狩りたてる少女を、首だけ回して見遣る。彼女の姿は見えない。
致命的な隙を晒す私に、見えざる少女は何故か発砲してこない。銃弾が尽きているのだろうか?
(いや……彼女が私から掏り取った銃には残り3発の銃弾が込められているはず。確実に―――)
懐に仕舞ったビデオカメラに意識をやる。先ほどの少女の凶行は、全てこれで記録している。
参加者三名を殺害した際のボーナスの詳細が撮影できたのは幸運だった。
折原へのいい土産になりそうだが、私が死んでしまっては意味がない。足に力を込めよう。
(……彼女の顔を見た。とても、『幸せ』そうな表情だった)
ビデオカメラに映した少女の姿。運悪く枯れ木を踏みつけてしまい、見つかった時の少女の顔。
そこには、少女の"生きがい"がふんだんに鏤められていた。今の私には、ないものだった。
脇に見えていた壁が、途切れる。100mは走っただろうか。既に私は限界だった。
周囲の町並みから隔絶されたような一軒家の前で、力なく崩れ落ちる。
身体を反転させると、追っ手は少し離れた場所に立ち止まってこちらの様子を窺っていた。
少女は、バイクに跨っていた。不自然な程音を立てない、禍々しい機械―――それには少し、震えが来た。
「……この銃の換えの弾、持ってるんでしょう?」
「私は持っていない」
事実だ。あのコルトパイソンに、弾のスペアはなかった。
少女は残念そうな顔をして、キョロキョロと周囲を見渡し始める。
先ほどの行いから考えて、銃弾を節約する為に私を撲殺する凶器を探しているのだろう。
この状況でろくに反逆も出来ない私を、武器も持たない無力な人間だと決め付けて。
おそらく数分後か十数分後には私は殺されるのだろう……客観的に考えれば、その推測は容易だ。
だが―――何故だ。まるで、恐怖が、湧いてこない。殺されれば、全て御終いだと、知っているのに。
私は、『死』という概念を恐れないような人間では、ないはずだ。全てがリセットされる愕然……リセット……。
(……軋んで、痛む。私の、頭が)
目の前の少女ではなく、『死』そのものへの恐れは確かにあるのに。
どうしてだろう、全てが茶番―――取り返しのつく出来事にしか、思えないのは。
負けた者は死ぬ(BITE THE DUST)という当然の帰結さえも、無視できるような幻想が実在すると思えるのは。
生き残ろうと逃げていた筈の私は、今や生死への頓着を捨てていた。求めるのは―――唯一つ。
少女が、困り果ててこちらを凝視している。どうやら、得物が見つからないようだ。
私は意識せずに、少女に語りかけていた。
「……君には、いくつ"選択肢"がある?」
「え?」
「私には一つ―――これから君に殺される、という選択肢しか残されていない。君もそう思うだろう?」
「……ええ、お前を殺すのは確定しているわ」
「だが君には、私をどうやって殺すのか選択する余地が残されている。羨ましい事に……ね」
「何が言いたい?」
「提案だよ。私は抵抗しない……私の首を絞めて殺してくれないだろうか? 君のその手で」
少女がギョッとしたような顔をする。当然だろう、私が同じ立場でも同じ反応を取る。
私は彼女の返答を待つ間、少女の手を眺める事にする。先ほどの外人の物には劣るが、魅力的ではあった。
あの手で、銃を撃って私を殺せば、その音を誰かに聞きつけられて現場を目撃される可能性が出る。
手持の戦力も減り、新たな労力を強いられることになるだろう。彼女は、恐らくそれを望まない。
先ほどの殺戮も、明らかに"次"を想定し、体力と武器を温存して行っていたのだから間違いあるまい。
ならば、音も立てず抵抗もされずに最低限の労力で参加者を一人殺せるこの提案に乗らない事は有り得ない。
「……企んでいるんだろう! 私を出し抜こうと」
「君には"生きがい"がある。私にはない」
親の仇を見るような目でこちらを警戒する少女に、淡々と語りかけた。
たくらみなど、何もない。ただ、この少女が羨ましかった。だから妬みを、ぶつけてみた。
「私は今、空っぽだ。何も思い出せないし、どうすれば幸せになれるのかも不明だ。
生きがいがないまま生きることに、何の平穏がある? 何を平穏と定義できる?
自分の嗜好も、自分の使命も、自分の夢も、自分の性格すらも定かではない……そんなのはごめんだ」
「……」
「ひょっとしたら、自分が今のこの虚無的な状態の方が良かったと思えるような"それ"らの持ち主だとしても。
私は、"自分の本質"が欲しい。そう、真の平穏に向かうべき道筋が知りたいのだ……ッ!」
そのために、"女"の"手"で絞め殺される経験が必要だと、少女に告げる。
死に至るコンマ1秒の間でも、自分の本質を知りたいと、そう願う。
少女は……もう、困惑してはいなかった。私の話を聞いていて、何か感じるところでもあったのだろうか。
変化は明白だった。何かに―――"生きがい"に燃えていた、彼女の瞳は、死んでいた。
私が折原に言われた、死人の眼だ……彼女も、生きがいを見つけるまでは、私と同じ虚無だったのだろうか?
少女はバイクから降りて、こちらにゆっくりと近づいてくる。死人の目で、しかし暖かい手で、私の首を絞める。
「―――ぐ、う……」
「死ね。……死ね、○○○」
力は、なるほど強かった。一瞬で気道が圧迫されて視界に澱が混ざる。
死の実感―――少女の手―――フラッシュバックが、脳裏を走る。
削り減る命と反比するように、記憶の鍵が体内に構築されていく。
その鍵は、時計の長針のようにも見えた。時間を刻む……命を削む、時計の音を立てている。
................
カチ、コチ。カチ、コチ。それはまるで、爆弾の起爆装置のような――――――。
命が終わる最終刹那。この鍵で、私の全てが見えるような気がして。
「―――!」
鍵は消えた。少女が手を離して、耳を澄ましている。
意識が拡張され、死に瀕していた私にも、誰かが近づいてくるような音が聞こえた。
"死"に瀕する事で自分の本質を見つけようと決める前に、逃げ回っていた私は、約束の場所に辿りついていた。
外人の少女が眠る、この一軒家の前に。近づく足音は、二つ……。五代と、誰だろう?
「……私にとっても、君に、とっても……残念な、結果だ……選択肢は、我々が選ぶ物では、ないらしい―――」
「糞―――ッ!」
少女の瞳に、"生きがい"の火が再び燃え始める。
一瞬の躊躇いもなく、私を完全に無視してバイクを駆って逃走する。
目撃者の私を撃ち殺す時間も銃弾も惜しいほどに、その"誰か"から逃げたいのだろう。
取り残された私は、少女の背中を未練たらしく眺めていた。
少女は一度も、振り返らなかった。
【F-6 市街地 AM 4:43】
パチパチと、人間の死体が燃える音。
充満する死臭を押し退けるように、燃焼の燻りがその場を伝播していく。
三つの死体が転がる護送車の周りに、男が二人立っていて、男が一人うずくまっていた。
隣り合って立っているのは吉良吉影と本郷猛。
死者に詫びるように頭を下げているのが、五代雄介。
吉良を救出しに来てから、二人は吉良が撮影したビデオカメラの映像を見せられた。
半信半疑のまま、ここに来て。それを事実と、認めざるを得なかった。
「私には、彼女の凶行を止められなかった……。せめて、止められる誰かに真実を遺すことしか出来なかった」
「……懸命な判断だ。だからお前は、生き延びた」
吉良が恐れた怪物の正体―――本郷猛は、吉良の行動を責めない。
本郷は、吉良に"悪"を感じなかった。感じすぎない程に、感じなかった。
蹲る五代の背中に、本郷が声をかける。慰めではない、事実を淡々と告げる。
「お前が仮面ライダーとなって戦った結果が……ここに広がる、この惨状だ」
「……!」
「お前に、仮面ライダーである資格はない」
ビクリ、と震える五代の背中を見下ろしながら、護送車の脇に散らばる死体に歩み寄る本郷。
膝を下ろして自分を慕っていた善吉の、葡萄のように膨れ上がった顔を見て、呟いた。
「そして、俺にも」
善吉の首が、ねじ切られる。
人外の怪力を持つ本郷の腕によって捻断された少年の首からはゲル状の血液が糸を引いて、
外れた首輪に纏わりついている。その血を拭って、ディパックに仕舞いこむ。誰も止める間もない、一瞬の出来事。
本郷の目には、自分への怒りが燃えていた。三人を殺した我妻由乃という悪よりも、自分自身を苛んでいた。
悪だけを見て、悪だけを討つ―――そんな聞こえのいい言葉で、自分に羨望の目を向けるこの少年から、
離れようとしていた。そこに、彼の期待や高望みから逃げようという弱さはなかっただろうか?
守るべき者から目を背け、戦う事だけを選ぶなど……仮面ライダーに、許される事であろうか?
「悪の跳梁に間に合わない正義に……存在する意味はない」
一瞬の気の迷いが―――直接的にでも間接的にでもないにせよ、この結果を招いた。
許されざる失態。有り得ない筈の不手際。だがそれは、本郷猛の歩みを些かも衰えさせはしない。
「俺は、往く。俺の"仮面ライダー"を、成す」
搾り出すような声で、死んだ者たちへの別れを告げて。
悲しみも憎しみもなく、『仮面ライダー』を張り通す為に、本郷猛はその場を後にした。
由乃の向かった方角も既に聴き取れず、当てもなく歩いていくその姿を、吉良が見送っている。
「……凄絶な男だな、本郷というのは。共に行動しようなど、言い出せる雰囲気ではなかったな」
吉良の呟きに、残された五代は反応しない。
彼のこれまでの未確認生命体との戦いの中で、本郷の言った『間に合わない』が幾度あったろう?
五代は、目の前に広がる無惨な死体を見て、それを再認識して……悲しみにくれていた。
自分が守った少女が、この惨劇を引き起こした事もショックだったが、何よりも。
ビデオで見た我妻由乃の笑顔が、心からの喜悦……五代が守りたいと思う、純粋なモノだった事が、辛かった。
「……」
五代は弱音を吐かない。時に能天気とも取られる彼の心は強く、その強さ故に痛みを溜め込み過ぎる節があった。
『仮面ライダー』……クウガの事を指すらしいその言葉に、五代の強さが押しつぶされそうになる。
自分がここにいれば―――あるいは少女が本郷に抹消されかけた場所にいなければ。
仮面ライダー・クウガの力がなければ、彼らは死なずにすんだ筈だったのだ。
「五代くん……」
吉良が、五代の様子を見て心配そうに言葉を選ぶ。
同行人の彼が使い物にならなくなれば困るという打算的な考えも多分にあったが、
僅かな時間とはいえ行動を共にした、この気のいい男が苦しむ姿を見ていたくない、という気持ちもあった。
「吉良さん、俺はっ……!」
「間違ってなど、いない。君が我妻由乃を助けた事で彼らが死んだのであっても。
君が我妻由乃を助けようとした思いに、非難される謂れなど、何一つないのだからな」
「―――っ、ぐ、ぅ」
五代の瞳から、一滴だけ雫が落ちる。それは本当に一滴で、吉良に気付かれることもなく終わった。
吉良の言葉……五代の精神性を尊重し、それでも厳しい語調のそれは、何より深く五代を侵食する。
暫し無言の時が流れて、護送車の周囲の熱が散らばって冷ややかな外気が戻りゆく中で、顔を上げた五代は。
自分の過ちから目を逸らすことなく、自分の根幹を守ったまま、この惨状に向き合っていた。
「俺、戦います。吉良さんや折原さんのいう、善い人たちのグループを作って、こんな事をする奴らと……戦います」
由乃のような少女と戦うのを想像して、一瞬顔を歪めるが、それでも決意を露わにした五代。
それを見て、吉良は何故か『喜び』を感じられなかった。
吉良のかけた言葉は、100%善意からきた物で、作意や悪意など微塵もない。
だというのに、それを聞いて真っ当に立ち直った五代と、その喜びを共有できなかった。
(私は、彼とは違うのだろうか―――)
何が違うのかは、吉良自身にも分からないが。
彼は未だ、五代の真の意味での仲間には、なれていなかった。
だが、後一歩だ。我妻由乃との対峙で、彼の本質は殻まで見えてきていると言っていい。
「彼らの墓を作ろう、五代くん。それが我々の責任だと言いそうな顔をしているからな、君は」
ともあれ今のところは、二人が衝突することはない。
共に目指す生還というゴールに、同じ足並みで歩いていた。
【F-6 市街地 AM 4:50】
金髪の少女―――ニナ・フォルトナーは、護送車の中で寝息を立てている。
吉良の救出後に本郷たちによってここまで連れてこられた彼女の覚醒は間近だった。
彼女の兄・ヨハンに縁深き場所……511キンダーハイムに在籍していたグリマー・ヴォルフガングは物言わぬ亡骸となって、
車の装甲一つ隔てたすぐそこに転がっている。互いが互いを知らないにせよ、皮肉な奇縁であった。
ニナはキンダーハイムとは別の地獄を、兄ヨハンと人格・苦しみを分け合い、最後には全て押し付けて生き抜いた。
一方のグリマーは、己の中に超人シュタイナーという異なる人格を形成する事で、例外的に生き残った。
奇しくも二人は、フランツ・ボナパルタの「人はなんにだってなれる」という言葉を証明した、
優良種であったと言えるだろう。その二人も、いまや生と死という分厚い壁に阻まれている。
果たしてニナは、グリマーとは違う末路を選択できるのだろうか?
何かの夢にまどろみながら、ニナはほんの少しだけ……微笑みを、浮かべていた。
本郷猛は「仮面ライダー」に「された」。
我妻由乃は「天野雪輝の嫁」に「なろうとした」。
吉良吉影は「自分」に「なれずにいる」。
五代雄介は「仮面ライダー」に「なった」。
ならば、彼女は……何に、なるのでしょうか。
&color(red){【人吉善吉@めだかボックス 死亡確認】}
&color(red){【ヴォルフガング・グリマー@MONSTER 死亡確認】}
&color(red){【夢原のぞみ@Yes!プリキュア5シリーズ 死亡確認】}
&color(red){【残り49人】}
**[[(後編2へ)>幼気(後編2)]]
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