――――舞台は、エリアの中央に堂々と聳え立つ一軒の時計塔、その最上階。
全長数十メートルにも及ぶ建造物の頂点で、一人の男が佇んでいた。
癖のある黒髪をした、長身の男。
信仰とは無縁そうな仏頂面をした彼は、けれど神職と所縁有る衣装を身に纏っている。
漆黒の僧衣と十字架。
その姿は、教会で神の教えを説く神父そのものだ。
男の名は、言峰綺礼。
それも代行者でありながら、同時に魔術師でもあるという異端中の異端。
そして、普通の人間が嫌悪するものを美しいと感じ、嫌悪するものを美しいと感じる先天的な欠陥者。
道徳を理解していないのにも関わらず、常識を知るが故に苦悩を重ねる者。
そんな男は何をするでもなく、片腕に黒鍵と呼ばれた投擲武器を柄のままで取り出し、利き手で玩びながら思案する。
「――……私に、何をしろというのだ?」
彼には、およそ普通といえる感性が存在しない。致命的なまでに欠落している。
自らの欲望に身を委ねるか、それとも己の持つ常識で跳ね退けるか、彼は迷い続けていた。
もっとも、恐らく本人には自らが迷い人であるという自覚すらありはしないだろう。
何をすべきか、彼の足りない感性ではすぐに決めかねるものがあった。
思案する。
この『実験』をどう乗り切るかを、石像のような仏頂面で思案する。
どんなモノが立ちはだかろうとも、元いた場所へと帰らねばならないのは必然だ。
何故ならば、彼には一つの使命が負わされている。
若輩ながら一級の実力を発揮する天才魔術師・遠坂時臣と協力して、とあるモノを入手する使命が。
それこそが――『聖杯』。
過去に三度、極東の地でその強大すぎる効力を巡って争いが起き、いよいよ四度目の争いが勃発しようとしていた。
その名を『聖杯戦争』。
聖杯を巡る魔術師たちによる、血で血を洗うような最小規模の戦争――と、綺礼は聞かされていた。
過去に三度行われた戦争は全てが失敗に終わり、これまでただの一度も成功例はないという。
魔術師としては二流がいいところの実力しかない綺礼でも、俄には信じがたい話だった。
時臣や実の父に聖杯戦争の歴史を聞かされていれば、たとえ童子でもおかしいと感じたことだろう。
過去に三度も失敗している聖杯の顕現が――どうして、あのような奇抜な男によって行われる?
綺礼は正直なところ、ジェイル・スカリエッティの語っていることは虚言に過ぎないと思っていた。
世界中の魔術師が血眼になって求める聖杯を、こんなこれまでの模式も理論も何もかも無視するような形で卸すことの出来るわけがない。信じるには、あまりに根拠が欠落している。
綺礼は冷静な頭で、ハナから聖杯の件に関しては一切信じずにかかることを決めていた。
だが――それでも問題となるのは、如何にしてこの『児戯』を生き延びるか。
「……この様な児戯に参加するほど、私は暇ではないのだがな」
重々しい声色で呟く綺礼だが、その相眸もまた声色に比例して重々しい。
冷たくもなければ温かみなど内包しない瞳は、ただ目の前の事項だけを認識する。
殺し合いに乗ることを選ぶ。
殺し合いを拒絶し、脱出することを選ぶ。
同じく殺し合いを拒絶し、スカリエッティを打倒することを選ぶ。
選択肢は大まかに分けてこの三つだろうか。
言峰綺礼個人の感覚で言わせて貰うなら、『どれだろうが構わない』となる。
綺礼は自信家では決してないが、それでも自分の戦闘能力に関しては並々以上のものがあると自負していた。
少なくとも、そんじょそこらの蒙昧に殺されるほど鈍ってはいないだろう――。
最終的に、遠坂時臣の下へ帰還できればそれでいい。
そこには言峰綺礼が果たさねばならぬ使命がある――特にそこに情熱は感じないが、やらねばならぬことだ。
聖杯戦争開始よりも前に、マスターが一名脱落するようなことになれば、それこそ『時臣師』の聖杯戦争を妨害してしまうことにも繋がりかねない。だから、帰ることだけは譲れない。
「……しかし、この名簿――やはり、どうも解せぬ」
綺礼はまず最初に、この児戯へと巻き込まれた人物の詳細を知っておこうと思い立った。
そうして支給品の中にあった参加者名簿を閲覧したのだが、とりあえず綺礼にとって意味のある名は無かった。
多少『気になる』名前くらいならあったが、それぐらいでは綺礼のスタンスに影響を当てることはできない。
問題は――三つの『名前』だった。
セイバー。
ライダー。
バーサーカー。
おおよそ人名とは思えないこの者達について、綺礼は覚えがあった。
これは、聖杯戦争において魔術師たちが戦う為の剣とする『サーヴァント』のクラス名の筈。
例えば時臣はアーチャークラスを、自分はアサシンクラスを使役する手筈になっていた筈だ。
が、これは聖杯戦争ではない。
一人の狂った男が催した児戯ごときに、何故サーヴァントのような存在までもが放り込まれているのか。
まさか――サーヴァントの力量の程度を、知らない訳でもあるまいて。
サーヴァントは、代行者である言峰綺礼をも上回る力と、現実を侵食する神秘を含有する存在。
とても、人間が努力したところで殺害できるような生易しい存在ではない。
これでは、実験も何もあったものではないだろうに――綺礼は、スカリエッティの意図が理解できない。
「まあいい。まずは、私がどう動くかを決めるのが先決だ」
果たしてこの三体が、本当にサーヴァントなのか。
それは自ずと分かることで、いずれ言峰綺礼が直面しなければならない時も来るだろう。
貴重な時間を浪費してまで、思い詰めることではない。
「――やはり、私は」
自分には、この忌まわしい首輪を外すだけの知識がない。
外からではどう手を付けたらいいのかも分からないし、綺礼がどうやったって外せそうにもない。
それならば自分にはお手上げだ――やはり。
「……ねえ、そこのあなた。ちょっとお話聞かせてもらってもいいかな?」
乗るしかないか、と口にしようとしたところで、綺礼は背後から声を掛けられた。
敵意の籠っていない少女の声だった。
振り向くと、そこにはおよそ殺し合いなんて単語とは無縁に見える高校生くらいの少女の姿があった。
猫耳のように見えるパーカーを羽織った、薄い紫色の髪が外はねになっている。
仏頂面の神父は、良いだろう、と呟くしかなかった。
それ以外に、応答の言葉を彼はまだ持っていなかった。
スタンスさえも決めていない――そんな彼には。
◇ ◇
少女の名前は、七海千秋というらしかった。
時計塔最上階、恐らくはカフェテラスとして設置されただろう場所にて、綺礼と七海は情報の交換を行う。
紅茶やコーヒーなどの備えは流石になかったものの、テーブルと椅子があるだけでも十分だ。
最上階からはこの会場がある程度一望でき、地の利を得るのには有利な場所だな、と綺礼は思った。
元より感情の欠落した綺礼の目には、この景色は美しいとは写らなかったが。
眼前の少女は綺麗だね、と一言だけ呟いた。
「なるほど。綺礼さんの知り合いはなし――と」
「ああ。特別合流しなければならない相手はいない」
どこか天然そうな雰囲気を匂わせる少女と、僧衣の仏頂面が向かい合う。
その光景はかなりシュールなものだったが、当の本人たちは然程気にしてもいないようだった。
七海は机に置いた参加者名簿の、言峰綺礼の名前の横に小さく丸を付ける。
出会った参加者をチェックしていく意図があるらしい。
綺礼には誰と出会ったかなど記録すべきこととは思えなかったが、なかなか機転の利く少女だ、とは思った。
彼にしては珍しく、素直に感心していた。
彼女くらいの年頃ならば、怯えて取り乱していても良さそうなものだが――そういった様子は一切ない。
「そうだ。一応伝えておくね。私の知っているのは四人。日向創くん、狛枝凪斗くん、九頭龍冬彦くん、辺古山ペコさん。日向くんと九頭龍くんは、まず間違いなく殺し合いなんかしないと思うよ」
「――つまり、『狛枝凪斗』と『辺古山ペコ』については、可能性があるというわけか」
七海は綺礼の指摘にやや表情を曇らせて、数秒の間を置いた後にうん、と短く答えた。
彼女にしてみれば、日向や九頭龍だけでなく、狛枝とペコだって大切な仲間だ。
それを疑うというのは心苦しい――だが、事実を隠すこともできない。
一方の綺礼は、七海千秋という人間について一つの答えを得ていた。
それは、彼女は自分とは確実に違う人間である、ということ。
七海が自らとイコールの存在だったなら、仲間への不信ごときであんな表情は欠片も見せはしない。
何故ならば、そういう感性が、言峰綺礼には欠けているからだ。
自分でも理解することの叶わない、己の抱える先天的な異常――誰にも明かせず、抱え込んできた異常。
七海千秋の冷静さに、自分と等しき存在かと一瞬くらいは期待した自分がいた。
しかし期待は空しく散った。
されど綺礼の心には落胆の色はない。
あるのは――自分という固有の存在への、深き疑問のみだ。
何のために生まれたのか――どうして、あの父親からこんな異物が生まれ落ちたのか。
「そうだね。すぐに信じるのは危険……かもしれない。でも、心配ではあるよ」
七海はそれでも笑いながら、己の根幹を思案する綺礼に言ってのけた。
やはり、違うな。ああ――そしてこの少女も、恐らくは私を理解できない。
綺礼の達観めいた視界が、一切の期待をこの瞬間に停止させた。
他人の不幸は蜜の味。
自分の抱える異常は、つまるところそういうものなのだろう、と綺礼は思う。
くどいようだが、自分が七海千秋だったら、絶対に仲間への不信に心を痛めたりはしない。
――その時自分がどんな顔をするのか、想像するだけでも忌まわしい。
己の中身がどんなものであるのか、綺礼には推測することさえも叶わない。
「やっぱり、短い間だけど共に過ごした仲間だからね。……それに、信じることが私の役割だから」
どこか陰を含んだ表情で、七海は小さく言う。
綺礼には彼女の事情が分からない。興味も別段ない。
が、やはり彼女は単なる少女ではないな――とだけ、言峰綺礼は確信した。
あれは、単なる少女にできる表情じゃない。
もっと、色々なモノを知っている者の顔だ。
「私、思うんだ。希望を持っていれば、みんなで信じ合えば、どんな絶望だって変えられるって」
「……そんなことはない」
少女の台詞に、綺礼は初めて明確な異を唱えた。
希望だとか、信じ合うだとか。それで何もかもを乗り越えられる――そんなワケがないだろう。
言峰綺礼は知っている。
努力や善性だけでは乗り越えられないコトがこの世にあることを知っている。
「そんなモノでは、何も変えられない」
希望を持って、それで自分にとっての世界が変わるならそれでいい。
だが、綺礼の世界には絶望すらないのだ。
何も分からないから、果たしてこの感情が本当に絶望であるのかも答えられない。
「……綺礼さんとは初対面だから、あなたのことは『よく知らない』よ」
少女はぽつり、と呟くように、しかし綺礼を真っ直ぐに見据えて言う。
その瞳は綺礼のそれとは全く異なる光があり、まさしく希望に満ちたものであった。
そんな光を綺礼は知らない。
己に苦悩し続けた男が、何故希望の輝きなんてものを知っている道理がある。
どんな難行をこなしても、どんな実績を手にしても、言峰綺礼の瞳が輝くことは一度だってなかった。
綺礼には希望が分からない――だからこそ、目の前の少女は彼の興味に値した。
「だけど、これだけは言わせて。希望を抱くことが間違いだって、綺礼さんは言ったよね?」
「――そうだ。そんなモノでは、何も変えられはしない」
我ながらとんだ暴論家だな、と綺礼は苦笑したくなった。
希望が何たるかも知り得ない愚かな男が、まるでそれを熟知したように堂々と発言している。
議論の体すらも為していない――議題を理解していない者が参加している議論など、掟破りも甚だしい。
これではまるで、抑止力。
魔術の道を極めし天才が、その目的を遂げようとすると必ず現れる最大の障害。
ならばそれでも構いはしない。
己の中身にそれで少しでも迫れるなら、多少の侮蔑は甘んじて受けよう――――。
妻が死んだ時にも、自分は悲しいと思わなかった。
彼女は自分を泣いていると称したが、そんな風にはちっとも思えなかった。
それどころか、あの時のコトを思い出す度に沸き上がるおぞましい空想。
自分は悲しむ以前に――もっと苦しめとさえ、思っていたような。そんな空想。
希望を語る少女と、希望を知らぬ欠落者。
欠落者の唱える暴論は、しかしひどく完璧だ。
対する少女・七海千秋は――――
「――――それは違うよ」
――――真っ向から、その暴論を迎撃(ロンパ)した。
◇ ◇
綺礼は少女の細い首に己の剛腕をかけていた。
彼の腕力で握られれば、いともあっさりと頸椎をへし折ることができるだろう。
生殺与奪を握られた状況でも、しかし七海は一切怖じ気づいた様子を見せない。
彼女にとっては――ここで恐れる意味が分からない、という思いさえあった。
「希望も絶望も関係ない。例えば私があと少し力を込めれば、貴様は死ぬ」
「……でも、本当に希望も絶望も関係ないっていうなら、そんなことを言う必要がないよね」
猶予を与える間もなく殺せばいい。
――あなたにはそれが出来るんだから、と見透かされているような錯覚を綺礼は覚えた。
自分の代行者としての性能は一級以上だ。
全力を出すまでもなく、丸腰の少女一人くらいなら二秒と掛けずに殺害できる。
だが、言峰綺礼はそれをしなかった。
七海千秋を生かすことに意味は全く無いのにも関わらず、だ。
この華奢な首を、無慈悲にへし折ってしまえばいい。
武器など要さない。
証拠も素手なら残らないし、仮に自分が下手人であるとバレても、大して不味いことであるとは思わない。
空虚なる欠落者が、何を迷うか。
否――迷ってなどいない。欠落者は欠落するが故に、期待しているのだ。
この少女が、己の異常性を理解することを。
己自身でさえも見えぬ己の本質を、見定めることを。
「……迷うことなんてないんだ。ただ、少しでも優しくあろうとするだけ。それだけで――それは希望になる」
綺礼には少女の語る意味が分からない。
優しくあることで如何にして希望が育まれるのか――そこにどのような因果があるというのか。
それは信仰の道を往く者が疑問視するには、あまりにも陳腐な話題。
それでいて――彼が欲する自らの中身には、含有され得ぬだろう『異物(モノ)』だ。
信じ合わなければ希望は育たない。
まるで地獄のような日々を過ごした少女には、その言葉の重みがよく分かっていた。
信じ合って手を取り合ったからこそ。
――"彼ら"は、あの悪夢から抜け出すことが出来たのだから。
七海千秋は特別な存在だ。
この会場に在るどの参加者とも違う、いわばイレギュラーと呼んでもいいかもしれない。
元から彼らとは違う存在として生まれ――そして、違う存在として『死(おわり)』を迎えた。
彼女は絶望しない。
夢のない言い方をしてしまえば、そういう風に作られているからだ。
逆に夢のある言い方をすれば、彼女は絶望しないが故に、いくらでも希望を作ることのできる存在だ。
命ある人間でなら救い得ぬ、いずれ巨大な歪みによって最悪の方向へと歩み出す神父の『中身』。
それを理解した上で救うことも――希望の為に産み出された七海千秋にならば、可能なのかもしれない。
綺礼は希望を抱いていない。
が、同時に絶望も抱いてはいない。
空っぽ――何も知らないだけなのだ。
自分がどんな存在か理解できない。それだけの障害のせいで、何にもなれずにいる壊れ物(ジャンク)。
何にもなれないなら、何かにしてやればいい。
七海は彼がやがて、一つの物語の終焉に辿り着く結末を知っている。
彼女はイレギュラーだから。スカリエッティの実験に、恐らく全参加者の内で最も近い。
彼女が知る言峰綺礼の結末は、ひどく暗くて重たい――絶望の底だ。
七海と綺礼が出会ったのは必然ではない。
いくら七海が規格外の存在であるとしても、スカリエッティはそこまでの贔屓を行わなかった。
これは偶然。
偶然だからこそ――ここで諦めたら、希望が育たないことも、七海は知っていた。
「怖がらなくてもいいんだよ。英雄になんてなろうとしなくてもいい――自分を応援してあげるだけでいい」
「私は何も恐れてなどいない」
「ううん。あなたは恐れてるんだ。自分が抱えるモノが何かを、知ることに」
七海の知る人物に、一人の少年がいる。
彼は希望になりきれなかった存在で、それに加えて世界を絶望に導いた存在の一つだった。
自分自身を見つめることに一度は怯え、折れそうにもなった。
――しかし、彼はそれを乗り越えた。
自分の中にある自分自身と向き合ってそれを己が力と変え、絶望の化身を見事に打砕(ロンパ)した。
「結局のところはね。自分が、自分の一番の応援者なんだよ」
綺礼の腕を首に掛けられたままで、七海は優しい笑顔を浮かべる。
その台詞を最初に口にしたのは――優しい優しい引率教師だった。
自分の片割れというべき彼女の声を、この哀しき男に届ける。
それが自分の――『新世界プログラム』の一パーツとしての、役割なのだから。
「あなたに必要なのは他人の不幸じゃない。まずは、自分を理解してあげることから始めなきゃね」
七海は変わらぬ安穏な笑顔で言うが、綺礼にとってそれは何れほどの苦行か分からなかった。
――言峰綺礼の中身は、これまで誰一人として見極められなかった未知の領域(ブラックボックス)。
堅物でありながらも人格者である父も。
過去に失われた、自らがただ一人『失った瞬間』心に堪えた妻でさえも。
恐らくは魔術の師・遠坂時臣も――そして、言峰綺礼にとっても理解し得ないモノが、その仏頂面の奥にある。
だが、目の前の彼女ならば。
彼女ならばひょっとすると――――。
「私には、まだ綺礼さんが解らない」
当然だな、と綺礼は思う。
二十数年の人生を共にした者でも解らないモノを、出会ってたかだが十数分の少女にどうして解る。
「……でも、きっと解ってみせるよ。あなたがどんな人かを、私が理解する」
「……無理だな。私の本質はヒトの常識を、あまりに超過しすぎている」
僧衣の神父は否定する。
眼前の少女はその否定をそもそも否定とさえも取らず、黙殺。
言葉を濁らせもせずに、彼女は『希望論』を説く。
「できるよ。信じれば人は繋がれる。繋がれば――誰だって、未来に歩いていける」
「……未来」
「そう、未来。こんな実験の向こう側の、希望に溢れた未来」
綺礼の人生には、過去も未来も存在しなかったと言っていい。
問い続けるのみの生涯に、果たしてどんな望みを抱けというのか。
綺礼には願いがない。聖杯戦争の仮にも一マスターであるのに、託したい願いさえ持ち合わせてはいない。
第三魔法の成就なんて大それた目的を語られても、興味を抱くのは無理な話。
欠落者の人生は――前も後も欠落したまま。
そんな彼に、エリートと呼ばれる彼に、未来なんて夢物語を説いたのは彼女が初めてだった。
あの善き父親ですらも――綺礼に希望を与えはしなかった。
「行かなきゃいけないでしょ? 同じ場所に止まっているんじゃ、それは生きてるとはいえないと思うな」
七海も、これまで綺礼の前に立った人物と同じだった。
違うところを挙げろと言われたら、たった一つだけしかない。
――言峰綺礼という欠落者の底を視ることは、希望のために生み出された彼女でも不可能だったのだ。
あまりにも底が深すぎて。
かの『超高校級の絶望』にさえ匹敵しかねない『モノ』が、その鍛えられた肉体の内に内包されている。
絶望でもなく希望でもない、虚無(ゼロ)。
黙っていれば何ももたらさず、何も奪わないような存在に過ぎない。
そして、綺礼は自らを異端であると認識している。
――七海千秋は、特殊な存在だ。
この実験において、スカリエッティの遊び心で配置されたキャラクター。
それゆえに、全参加者の情報がある程度その内部に貯蔵されていた。
彼女は識っている。
彼が金色の英雄王に魅入られ、その果てに得る答を。
スカリエッティの実験を、七海は嫌悪する。
決して許してはいけないとも思うし、あれほど頑張って勝利を得た『彼ら』に再び絶望を突き付けるような真似をしたことに、声には出さずとも並々ならぬ憤りを感じている。
だが、その彼女をして思わせる。
言峰綺礼には、いわゆる"イフ"のセカイが必要なのだと。
そうでもしなければ、彼の生きる未来は何処にも在りはしない。
堕ちた綺礼は、やがて絶対の死に囚われる。
自らが宿敵と見なした男の息子との宿命めいた戦いの最果てに、如何なる可能性世界においても死を迎える。
――それが、ジェイル・スカリエッティから聞いた話だった。
「――……ひとつ、問おう」
その話を聞いた七海千秋は、彼を危険だとは思わず。むしろ、可哀想だと思った。
自分が欠落者として生まれてしまったが故に、人並みの幸を歪んだ形でしか得られなかった男。
彼と最初に出会い、こうして論戦(トークバトル)を交わしているのは、非科学的だが『因果』というものか。
まだ問い続けていた頃の言峰綺礼なら、救えるかもしれない。
彼の中身を理解し、真に未来へと導くことができるかもしれない――。
生きるのを最優先するなら、綺礼からは逃げるのが最善だった筈だ。
この欠落者は――あまりにも危険すぎる。
救うリスクの方が、救った時に得るメリットよりも大きいような存在だ。
だが。それでも、希望を唱える者として――
「……七海千秋。貴様は、私を理解し得る者か?」
――こんなどっちつかずの迷い子を、捨て置けるワケがない。
「今はまだ解らない、っていうのが本音だね。だけど、必ず理解してみせる」
七海は普段とは全く異なるはっきりとした調子で、求道者の問いに返答した。
求道者の問い続ける生涯にて、これは二度目だ。
最期に、自らを"泣いている"と評したあの女。
結局彼女には自分を理解できなかったが、最も近付いた人物は彼女だろう。
そして――今、言峰綺礼は一つの可能性と対峙している。
誰も出せなかった答を導き出せるかもしれない存在に、手を差し伸べられている。
これを取ったところで、今まで通りに途方に終わる可能性は少なくない。
しかし、もしも七海千秋が答を教えてくれる存在だったなら――それを見過ごすのは、あまりに惜しい。
「因みに、私を理解した者は未だかつて無い。それでも――貴様は希望を説くか、七海千秋」
「それは、もちろん」
迷わず七海は即答する。
「スカリエッティの実験が終わる迄に、必ずあなたに『答え』をあげる。それからどうするかは、綺礼さん次第なんだけど――うん、私にできる限りのことはするよ」
そうか、と綺礼は短く返答した。
その表情は相も変わらずの、感情を顕さぬ仏頂面だ。
だが彼は――既に、本来の物語とは大分違う方向へと歩き始めていた。
問わねばなるまい――彼は思う。
この児戯の最果てに、私が何であったのかを。
希望を語る少女に――問わねばならぬ。
「Amen(エイメン)」
綺礼は十字を切る。
神父らしからぬ雰囲気を漂わせる彼だが、その動作はあまりにも様になっている。
その意味合いは、本人にしか解らない。
解らないけれども。
七海は確信していた。
この論戦(トークバトル)は――自分の勝ちであると。
希望の弾丸を用いて、求道者にして欠落者である異常者の諦観を論破。
望まない絶望の修学旅行で何度も経験したその感覚を、彼女は感じていた。
「――良いだろう。貴様に賭けてみるとしよう、七海千秋」
祈りを終えた漆黒の神父は、確かな声でそう言った。
賭けてみる、と。若干図々しい解釈かもしれないが、それは信じられているということに等しい。
最初からバッドエンドの決定していた男を――覆した。
「うん。頑張るよ、私も」
スカリエッティは今、どんな顔をしているだろうか。
驚愕か、憤怒か――いや、そんなものは分かりきっている。
彼は笑うだろう。遊び心程度の気持ちで用意した駒が、計画の一要素を覆したことを笑うだろう。
興味深いと言って、どこへその"イフ"が行き着くのかを注視するだろう。
一矢を報いるにはこれじゃ足りない。
悔恨残さず、この実験を打ち壊してこそ、あれに対して笑うことができる。
「但し、貴様を切り捨てるのに迷いはない。期待にそぐわぬと思ったなら、私はきっと貴様を棄てる」
ゲームの難易度風に言うならば、ベリーハードといったところか。
まともな神経を持っているなら挑もうとさえ思わない高難度ゲームの、その頂上。
だが攻略して見せよう。難攻不落の要塞を、ただ一機の機体で地へと落としてやろう。
「了解。それじゃあ、勝負だね。私があなたの答えを出すのが早いか、それともあなたが私に見切りをつけるのが早いか。うん、こんな趣向のゲームは初めてだよ」
七海千秋は――『超高校級のゲーマー』なのだから。
「……物好きな奴だ。このような欠落者を、進んで受け入れようなどとはな」
「変かな?」
「ああ――、とてもまともとは思えない」
どちらかが勝つその時まで。
背中は任せたよ、と七海は笑う。
承知した、と綺礼は答える。
――ゲームスタート。
【一日目/深夜/E-5 時計塔最上階(15F)】
【七海千秋@スーパーダンガンロンパ2-さよなら絶望学園-】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×3
[思考・行動]
0:実験を中止させる。
1:綺礼さんとの『勝負』に勝つ
2:日向くん達とも合流したいけど、狛枝くんと辺古山さんについてはとりあえず保留
※プログラム終了後からの参加です
※スカリエッティによって選ばれた存在で、全参加者の大まかなデータを知識として記憶しています。スカリエッティとどんな経緯ややり取りがあったのかは、後の話に準拠します
【言峰綺礼@Fate/Zero】
[状態]健康、千秋への僅かな期待
[装備]黒鍵×15@Fate/Zero
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
0:自分の本質を知りたい。実験はひとまずどうでもいい
1:千秋と行動。但し、価値がなくなったら切り捨てるのに迷いはない
※サーヴァントを召喚する以前からの参加です
※スカリエッティの語る聖杯について、一切信用していません
時系列順で読む
投下順で読む
キャラを追って読む
| 実験開始 |
七海千秋 |
[[]] |
| 実験開始 |
言峰綺礼 |
[[]] |
最終更新:2012年12月03日 14:52