――……どうしようかなあ。
木々の鬱蒼と茂る森の中で、お団子頭の小柄な少女は悩ましげに呟いた。
中学生くらいに見える彼女は、しかし年に不相応な落ち着きを保っている。
落ち着きを保ったままで、この突飛な事態にどう対応すべきか迷っているようだった。
首を傾げると、じゃらじゃらとぶら下げているスマートフォンやネックストラップが音を鳴らす。
これを使ってのネット接続は既に試したけれど、案の定電波は圏外。
彼女の持つ多彩な機械類も、これでは無用の長物でしかない。
彼女の名前は木原円周。
文字の読み書きさえまともに出来ない程度の、落ちこぼれである。
「……加群おじちゃんだけは、いるみたいだけど。これじゃあ、どうしていいか分かんないや」
木原加群、という名前に彼女は覚えがあった。
尤も、こういう形で再度お目にかかるとは思いもしなかったが。
とりあえず、加群の存在は円周に何か特別なものを与えることはなかったようだ。
支給品は確認済み。ちゃんとした武器も入っていたし、これについては何も言うことはない。
余程の乱戦にでもならない限りは大丈夫な筈だが、ここで円周自体のスペックが影響する。
木原円周には帰って参戦しなければならないイベントがある。
だが、そうするためにこの実験を、どんな形で生き抜けば良いかが分からなかった。
「保留……かな。まずは」
彼女は特殊なスタイルを持つ。
他人の思考や考えを基盤として、それを利用して自分の行動を起こす――言ってしまえば我がない。
バトルロワイアルという規格外過ぎるアクシデントに遭遇してしまい、おまけに情報を取り上げられたこともあって、今はこうしてどちらか一方に着きかねていた。
最終的には――生き残れれば、それで
いいわけだったが。
(動くのは得策じゃないかなー? 私には、数多おじちゃんみたいな『センス』がないから)
円周の言う『センス』とは、即ち運動神経のことである。
如何に落ちこぼれの円周とて、同年代の少女と比べればよっぽどその能力は高い。
しかしそれでも、遠くからの狙撃や爆撃には成す術なく命を奪われるだろう。
彼女のとある叔父ならば、それくらいはあっさりと避けたり、反撃したりもしたかもしれない。
何せ、素手で最強と呼ばれる少年を撃退した男だ。
円周にそれを要求されても、困る。
ふっと息を吐いて、木々の隙間から覗く曇天を見上げると、円周は一つの人名を脳裏に描いた。
――――ジェイル・スカリエッティ。
当然ながら、円周にはその名前に聞き覚えがない。
彼の口振りから察するにある程度有名な人物のようだが、それは恐らく悪い意味でだ。
こんなイカれた実験、『上層部』の人間だって実行に移すか分からない。
少なくとも、スカリエッティがどんな身分だったとしても、近い内に『圧力』が働くだろう。
十中八九消される。学園都市には、そういう暗部が存在している。
「……でも、本当にそうなのかな?」
誰にともなく投げかけた問いに意味はなく、回答など求めているはずもなし。
ただ、腑に落ちないものを感じているのは確かな事実だった。
自分や表舞台から消えた筈の加群、学園都市にとって大きな意味を持つ浜面仕上と滝壺理后。
個人的な実験として使うにはあまりにも――リスクが高すぎるように思える。
科学と学生の町、学園都市。
その科学力は都市の内部と外部とでは数十年単位で違うとまで云われる。
学園都市設立前までは夢物語とされていた『超能力』の『開発』を実現した未来都市。
が、その全貌は良くも悪くも閉鎖的。
外に公開されない多くのどす黒い闇を抱え、秘密裏のままに失われる生命の数も数え切れない。
大国と単独で戦争を行っても大した損害を被らないまま終結まで漕ぎ着け、緩やかに緩やかに、世界中へと不和を振り撒いていく――そんな都市(まち)だ。
その学園都市を、スカリエッティの実験は敵に回す可能性がある。
そうなれば逃げ延びるのはまず困難だ。
訪れる道理外の力の担い手。
化学兵器がただ一人のために使われ、命を助けられてもまず社会的には死亡する。
そのリスクを侵して――本当に、学園都市の研究者がこんなことをするのか?
「……まあ、それはいいか」
円周は思考を放棄すると、また空を見上げた。
……不思議なくらい、趣のない濁った天空(そら)だった。
◇ ◇
――悪夢は、戻ってきた。
時間にして数日前、まだ十代半ばの少女は『プログラム』に巻き込まれた。
多くの思い出を共に築いてきたクラスメイト達を殺せと、政府の役人に命じられ、まず一人死んだ。
愉快な仲間だった少年は、あまりにも理不尽すぎる暴力の前に儚く、その命を散らした。
殺し合いの意思を引き立てさせるような、書き取りもさせられた。
与えられた鉛筆を投げ出しそうになる怒りと、それを上回る恐怖に押し潰されそうになって――それでも、ただ一つ救いといえたのは、早い段階で信頼の置ける仲間に巡り会えたことだろう。
その少年は、殺された少年とすごく仲が良かった。
クラスの中で、きっと一番彼とは仲良しだったんじゃないかと思う。
親友を殺された彼はけれど優しく、弱くて足手まといな少女を守ってくれた。
――それから、ちょっと怖い仲間に出会った。
無精髭が特徴で、どう見たって中学生というには無理があるような見た目をした少年。
最初は彼のことを怖いと思っていたけれど、すぐにその認識が間違いであることに気付かされた。
あの悪夢のような『プログラム』を一度生き抜いて、その時の経験で彼は自分達を助けてくれた。
二人の頼れる仲間に恵まれた少女は――最後の局面にて、ついに人が侵してはならない禁忌を犯す。
オールバックの黒髪が特徴的なその人物は、既に大勢を殺していた。
機械のように単調に、定められた行動理念に従って、何の躊躇いも罪悪感も感じないままに殺していた。
そして彼はそのまま、あまりにも彼らしい冷たい眼光をその相眸に灯しながら――少女たちの最後の敵として、運命の壁を守護するケルベロスとして、君臨したのだ。
少女を守らんとして、少年二人は懸命に戦った。
出鱈目なほどの肉体性能を持つ生まれながらの天才にも、果敢に立ち向かっていった。
――結論から言うと、少女は彼を殺した。
手にした銃でその顔面を銃撃し、殺害した。
はじめての人殺しはとても渇いていて、ああ、こんなものか、とさえ感じるほどに虚しくて。
けれどその虚しさに食い殺される訳にはいかなくて。
運命は待ってくれなくて――最後の決戦へと至った。
あまりにもあっさりと悪夢の管理者は落命し、最後に一緒に戦った頼れる、少し更けた仲間を失った。
それが、中川典子という少女の青春の終わりで。
新たなる物語の始まりの瞬間でもあった。
「どうして…………!?」
典子は思わず、声にらしくない苛立ちを乗せて感情を虚空へと吐露した。
どうして。彼女には分からない。どうして、またこんなゲームに放り込まれねばならないのか。
仲間――七原秋也の強さと、川田章吾の遺志は、無駄になったのか。
だとすれば、典子にはスカリエッティが許せない。
ごく機械的に大勢のクラスメイトを殺した桐山和雄なんかより、ずっと深い憎しみ。
秋也は辛かった筈だ。
誤りとはいえ人を殺した。決して少なくない、一生に目にする限度を越えた悲劇をその目で見て、それでも何も感じないような冷血漢だったなら、典子は彼に好意なんて抱かなかっただろう。
どんな痛みも苦しみも背負って、それでも己の正義を見失わない姿を、典子は格好いいと思ったのだ。
川田だって、辛かった筈だ。
好きな人を守れず、幾多の屍の上に自らの生を勝ち取った。
そんな彼にだっていろいろな苦悩があって、それを彼もまた乗り越えたからこそ、あんな報われた顔でその生涯を閉じたのだろう――少なくとも、典子にとって川田は紛れもない、恩人だった。
そんな彼らの願いを、想いを踏みにじって、私利私欲のためにあの悪夢を催した男。
前回の『プログラム』と比べると、やはり異なる点が大小様々に見受けられる。
例えばあの説明の会場で参加者たちを拘束していた紫の光輪だ。
どんな手品だろうと、光で人間を無傷のまま拘束するなんて有り得ない。
きっとそこに、自分には想像もつかないような秘密があるのだろう――典子はそうやって納得を自己に強いていた。
そうした上で考えると、やはり今度の『プログラム』は難しい。
勿論打倒を掲げる上での話だが、スカリエッティは前回の『プログラム』の管理者たちよりもずっと狡猾な――頭の良い人物に見えた。そう簡単には、攻略の糸口さえ掴ませては貰えない。
難易度は高い。当然、典子一人ではどうしようもない。
秋也がいたとしても、難しいものは難しい。
大勢が必要だ――今度こそ力を結集して、そうやってこの悪夢を終わらせる以外に手立てはないのだ。
「でも――やらなきゃ、ならない」
今度は自分が秋也のように、誰かを助けたり安心させたりする。
一度プログラムを経験した身として、出来ることをしよう。
希望を捨てずに戦えば、どんな状況だろうと未来が見えてくる。
――――そのことを、中川典子はあの頼もしい少年から学んだのだから。
しっかり前を向いて、典子は一歩を踏み出す。
深夜の森では、鬱蒼とした木々が織り成す自然の音すらも魔物の羽音に等しい。
風がある。空は夜だが、雲が空を覆い尽くしているせいで灰色を表していた。
典子は異界とさえ思える暗い森を進む。
地面は少し湿っていて、靴に泥が付着するのが歩く度に感じられた。
ざく、さく、ざく、さく、ざく、さく、ざく、さく。
規則的な足音が、大体二分程度続いた頃だろうか。
中川典子は突然にその足を止めた。
前方に、灯りらしきものが見えたからだった。
「……?」
よくよく見るとそれはゲーム機のような小型端末のディスプレイから放たれる光のようだ。
計三つほどの光源近くを注視すれば、そこには自と持ち主の姿も浮かび上がる。
――持ち主は、小さな少女だった。
典子と同じ中学生くらいの年頃なのだろうが、その体格は典子よりもかなり小さい。
お団子ヘアがチャームポイントとしてしっかり機能している。
少女期特有の愛らしさもたっぷり所持している――それが典子の抱いた第一印象。
「……ね、ねえ」
なのにどこか年相応とは思えない、不思議な雰囲気を備えた少女が闇の中で木に凭れている。
典子は少し困惑した様子を声の色に滲ませながら、少女に声を掛けてみることにした。
恐れは見えない。これからどうするかを、真剣に思案しているのか。
下手な方向に転がられては困る。ここで、自分が彼女をどうにかしないといけない。
勿論それは、彼女に正しい道を歩ませるという意味で。
「――あなたはだあれ?」
小首を傾げて問いを返す少女。
殺し合いの場だということを果たして理解しているのか、典子は不安にさえ思った。
あの川田章吾でさえもここまでの冷静さではなかった。
――いや、その表現には少々語弊があるだろう。
正しく言うならば、これは冷静なのではなく、慌てる必要がない、という風に見えるのだ。
それは状況を理解していないからなのか。
典子は眼前の少女に、得たいの知れないものを感じつつあった。
桐山和雄に抱いたのとはまた違う恐怖――『分からないもの』への恐れが、芽生えていた。
「あたし、は――」
◆ ◆
円周はその光景をしっかりと幼い瞳に焼き付けた。
そして、彼女は脳裏にインプットされたとある情報に、その光景を当て嵌めていく。
中川典子の胸から、鋭い黄金の刃が生えていた。
まるで罪人を処刑するがごとき冷徹さで、微塵の狂いもなく正確に、心の臓を貫いていた。
どくどくどくどくと溢れ出す鮮血が地面を汚し、土を赤黒く塗装していく。
当の典子は当に命を手放し――痛みすら感じる間もなく昇天していた。
伝えたかった思いは誰にも届かず。
救いたかった者はその死をきっかけにして新たなる領域へと目覚める。
彼女は何も成さず、何も生み出さず――ただ、無価値に朽ち果てた。
【中川典子@バトル・ロワイアル 死亡】
――その光景を見た木原円周が行った行動は実に迅速で、模範とさえいえるような見事な対応策。
片手に持っていたサブマシンガンの銃口を、典子を殺害した人物へと躊躇なく向ける。
引き金を引き絞り、放たれた弾丸の雨霰を避けた襲撃者の隙を突いての――逃亡だった。
鬱蒼とした森林の特性を活かして、とにかく姿を眩ましながら逃げ続ければ逃げきれると信じて。
もしも仮に逃げ切れなかったとしても――その時には、ちゃんと殺してやればいい、そう心は決まっている。
もう彼女に迷いはない。
「……うん、うん。そういうことなんだね、病理おばさん」
木原病理という、この会場には存在しない一人の女がいる。
彼女は科学の魔性と呼ばれる名字を冠されて、そしてその中でも名を馳せた人間だった。
他人に何かを諦めさせることに特化した『諦め』の木原病理。
肉体にも多数の処置を施して、ギミックやトリックを用いての奇襲戦を得意とする狡猾な人物だ。
――そもそも『木原』とは。
科学の発展の裏側に必ず生まれ落ちる、時に忌まれ時に必要とされる生まれながらの天才を意味する。
病理はその一員であり、この実験に参加させられている円周と加群もまた同様だ。
しかし、木原円周についてだけは少々事情が異なる。
彼女は『木原』に因縁のある人物によって拉致され、監禁されながらの生活を送ってきた。
だが彼女の『木原』は零だった訳ではなく、徐々にその片鱗を見せ始め、最後には自らを監禁していた人間を道具を使用せずに殺害している――限りなくイレギュラーな『木原』。
確かに円周は『木原』が足りないと、落ちこぼれだと称される。
――それを補うために、彼女は他人を真似るのだ。
そのスタイルを手に入れ、行動パターンを把握し、それを応用して戦う。
彼女はついさっき、中川典子が殺された瞬間に『木原病理』の思考を自らに応用した。
それは『諦める』こと。
容赦なく人命が奪われるこの実験に抗うことを、木原病理なら諦める――即ち、殺し合いを許容する。
彼女の決意はそれで固まった。
「じゃー、とっとと全員ぶっ殺しておうちに帰りましょー」
間延びした口調で円周は物騒なことを口にする。
少女は――最初から、青春なんかを生きてはいなかった。
そこが、中川典子との一番の違いだった。
【一日目/深夜/A-2 森】
【木原円周@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[装備]イングラム(28/40)@バトル・ロワイアル、小型端末@とある魔術の禁書目録
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×1
[思考・行動]
0:全員殺す。
1:強そうな相手にはなるべく近付かず、あくまで忍んで殺していく
※ナチュラルセレクター開始前からの参加です
※中川典子を殺害した人物の顔は見ていません
◆ ◆
円周の去った後に広がる暗闇で、黄金の刀身を見つめながら銀髪の少女は溜め息を漏らした。
長い銀髪に眼鏡と、どこか優等生っぽい雰囲気を放っているその少女にとって、人殺しは初めてではない。
ここに来る前――より正確には、あの『処刑(オシオキ)』を受けるよりも前に、一人を殺している。
自らの仕えるべき人間のために、その手を真っ赤な血に染めた。
彼女の名前は、辺古山ペコ。
『超高校級の剣道家』と称される天才剣道家であり、『超高校級の極道』九頭龍冬彦を守る劔でもある。
ジェイル・スカリエッティの実験が始まる前に、彼女は命を奪われた筈だった。
ジャバウォック島での『コロシアイ修学旅行』――そこでペコは禁忌を犯した。
殺害を行ったクロとなり、裁判による論争の果てに、最期まで主を守るべく剣を振るった。
そうして命を尽き果てさせた――が、再び意識の覚醒はやってきたのだ。
それはあの悪趣味な男の説明会場で、最初は流石に何が起きているのかさっぱりだった。
が、スカリエッティの語る聖杯とやらの存在を聞けば不思議と納得できた。
死者を蘇らせる技術。にわかには信じがたいが、そういうものも実在するのだろう。
現にこうして自分が生きているのだ、否定は出来ない。
聖杯に託すべき願いなど持ち合わせてはいない。
しかし、守らなければいけない命ならあった。
九頭龍冬彦――自身の愛する『坊っちゃま』を生き残らせる。
その為になら、どんな修羅をも喜んで受け入れよう。
仮に再びの死を迎えることになったとしても、この辺古山ペコ、一切の悔いはない。
「……申し訳ありません、坊っちゃま」
一言だけ詫びて、辺古山ペコは黄金の聖剣を片手にその場を歩き去る。
より多くの参加者の殲滅を誓って――――愛する冬彦の幸福を願って。
【辺古山ペコ@スーパーダンガンロンパ2-さよなら絶望学園-】
[状態]健康、強い決意
[装備]エクスカリバー@Fate/Zero
[所持品]基本支給品一式、ランダム支給品×2
[思考・行動]
0:冬彦坊っちゃまを生き残らせるために、一人でも多くの参加者を殺す
1:たとえこの命が散ろうとも――構わない。
※死亡後からの参加です
時系列順で読む
投下順で読む
キャラを追って読む
| 実験開始 |
中川典子 |
GAME OVER |
| 実験開始 |
辺古山ペコ |
[[]] |
| 実験開始 |
木原円周 |
[[]] |
最終更新:2012年11月28日 21:06