――俺、生きてるのか?
大の字になって寝転びながら意識を覚醒させた少年、前原圭一はそんなことを思った。
ここはどこかの店の中のようで、寝起きの目に蛍光灯の明かりが少々眩しい。
普通こんな場所で寝転んでいれば嫌でも目立つ筈だが、ここでは人の声などしない。
世界に一人きり、取り残されたような錯覚すら覚える。
むくり、と起き上がると、まだ完全に覚醒しない脳裏を遡る。
スカリエッティとかいう怪しい男の話を聞く前――そこで、がちりとパズルのピースが噛み合う音を聞いた。
「……夢じゃねえよな、あれ……」
前原圭一は、大切な仲間を助けるために特殊部隊と戦ったのだ。
信じられないかもしれないが、本当の話である。
子供の寄せ集めで武装した特殊部隊と交戦し、当然といえば当然ながら、圭一は殺された。
夢な訳があるものか。胸を撃ち抜く銃弾の感触を、今も圭一ははっきりと覚えていた。
自分を撃ったのは、死んだ筈の女。あの後皆がどうなったのかと思うと、途端に胸の鼓動が早まるのが分かった。
――折角、沙都子の奴を助けられたのになあ。
未練がましい台詞がつい口から零れてしまったとしても、それは誰にも責められることではなかったろう。
「……って、こんなことしてる場合じゃねえんだった!」
慌てて圭一は叫ぶ。
そう、確かに死んでしまったことは惜しいが、今はそれどころではない。
何故だか死んだ筈の自分が蘇って、今はイカれた野郎の実験動物として会場に放たれている。
生き延びるには――他の全員を殺さなければならない。
「――……それで納得しちゃ、駄目だろ。クールになれ、前原圭一」
ヒートアップしかけた思考を拳骨でこつんと叩いて、一気にクールダウンさせる。
殺し合うことが
ルールだからといって、それにはいそうですかと従っていては只の道化。
自分のやるべきことを考えろ。
そもそも、仲間にあれだけ偉そうに『短気を起こすことの無意味さ』を説いておいて、当の本人が『生きるため』なんて情けない理由で殺し合いを受け入れること事態がまず論外だ。
――そうだ、考えるまでもない。
「ぶち壊すしかねえよな、こんなふざけた実験」
殺し合うことが運命だと言うのなら、その運命を真っ向から欠片も残さず粉々にするだけのことだ。
運命は、金魚すくいの網よりもずっと簡単に破れるものなんだから。
自分は死んだ。死にはしたが、ひとつの強固な運命を覆している。
彼は知覚できていないが、幾多の世界でどうにもならなかった問題を解決し、世界を大団円へと近付けたのだ。
「どうせ一度死んだ身だろ……! へっ、いっちょ華咲かせてやるか!!」
スカリエッティさえも予想しない、痛烈なカウンターパンチを打ち込んでやる。
『この程度』の袋小路は屁でもない。
「そうなれば、いくら乗らなくたって武器は必要だよな……」
自分を一頻り鼓舞した圭一はふと我に帰り、自分が丸腰であることに気付く。
沙都子の叔父の時のように、武器を取らず口先だけで乗りきれるとは思っていない。
懸かっているものが、重すぎるからだ。
時には、武器を取らなきゃならない時だってあるだろう。
まさか、素手だけでどうにかなるとは思えないのだし。
「ん、これは……」
まず最初に取り出したのは、随分と意外なものだった。
殺し合いだからって、ここまで古風なものを支給するかと、圭一は呆気に取られる。
それは苦無(くない)だった。
忍者が使うようなそれが数十本単位で入っている――数的な意味では確かに当たりなのかもしれないが、圭一にはこれを使いこなすだけの自信はいまいちなかった。
尤も、部活で様々な種目に取り組んできた経験はある。
なので、一概に使えないというわけでは無さそうだ。
「うお、マジかよ。まともな支給品がねえ」
残った二つの支給品は、何やら日記帳らしきものと、一本のフォーク。
前者に至ってはもうどう使えばいいのか分からないし、後者だってフォークでどう戦えというのだろうか。
まともな武器が苦無だけという、随分悲惨な状況だった。
「ま、まあ仕方ねえ。……ん、これは」
気を取り直して、圭一はディパックの中に残っていた一枚の紙を手に取る。
表面には顔写真とその人物の名前が書かれた参加者名簿、裏面には殺し合いのルールが書かれているようだ。
表の参加者名簿を見ていると、すぐに自分――『前原圭一』の名前と顔が発見できた。
やはり自分は生き返り、この実験に参加させられたようだ。
――が、次の瞬間圭一の表情は一気に凍り付く。
表情どころか、圭一にしてみれば世界が凍り付いたようにさえ感じた。
時間が一瞬止まり、それに合わせて心臓の鼓動も一瞬停止した――そんな獰猛な錯覚さえ覚える。
「嘘だろ、おい」
視線は『前原圭一』の右側に並ぶ三つの名前と顔に注がれていた。
忘れるわけがない。たとえ将来離れ離れになったとしても、一生忘れない自信がある。
大体、あんなに個性的で愉快で、優しい奴らのことをどうやって忘れろと言うのか。
「――レナ、詩音、沙都子……ッッ!!」
竜宮レナ。いつもは温厚な良識派だが、彼女が燃え上がればその火力は部活メンバー随一。
園崎詩音。少々熱くなりやすいのが玉に瑕だけど、沙都子を妹同然に扱う優しい奴。
北条沙都子。村一つを巻き込んだ大結集の果て、漸く助け出したトラップマスター。
そんな愉快で素敵な仲間たちまで、こんな下らない実験に呼ばれているというのか。
彼らはあの後どうなったのか。
――まさか、俺と同じように――
「動くな、少年」
圭一が最悪の未来を脳裏に描いた丁度その瞬間に、彼の後頭部に冷たいものが突きつけられた。
その感触が何か圭一は知らない。
金属で出来ていて、金属特有の冷たさを持つ物。
前原圭一は人と比べれば確かに数奇な人生を送っている。
一度の落命だって、銃殺という普通ならばまず有り得ないような死に方だ。
だが、銃の硝煙が鼻につくような世界で生きてきた訳では決してない。
――だから、それが銃口であるとすぐには気付くことが出来なかった。
もしかして、と思ってからはあれほど昂っていた感情も、さっと青ざめるようにクールになっていく。
「動かないままで質問に答えろ。動いたら殺す」
声の主は女のようだった。
澄んだ声は、それだけで顔も知らないその女が美人であることを連想させる。
少なくとも、圭一の知る人物とは明らかに違う声色だ。
圭一は自らの生殺与奪が背後の人間の指先一つに委ねられている状況に、ただ両手を挙げることしか出来なかった。
ふ、と女が小さく笑った。
「キミはなかなか物分かりがいいな。……じゃあ一つ目だ。そうだな、キミの名前を教えて貰おうか」
どうする。圭一は考える。
ここで名前をすんなり教えてしまうのは、あまりにも考えなしというものではないか。
何しろ相手は素性の知れない人間。
もしも悪用されでもしたら、取り返しのつかないことに――
「分かっていると思うが、偽名など無駄だぞ。私の手にはこれがあるのだからな」
女は片手で、圭一の目の前に参加者名簿を垂らす。
背後から接近してきた――だから相手は圭一の顔が分からない。
ただ、嘘を吐こうものならいずれ顔を見られた時に間違いなくバレる。
そうしたら信用はゼロだ。最悪殺されたっておかしくはない。
「……前原、圭一」
「ふむ、圭一君か。なかなか良い顔立ちをしているではないか」
くっくっと女は笑う。心底、この状況を楽しんでいるような笑いだった。
もしも一瞬でも銃口が外れれば、その隙に組み倒してやるのに。
女はただの一瞬さえも気を緩めない。
これでは、圭一が何か行動を起こすより先に、彼の頭が弾け飛んでしまう……!
「では次の質問といこうか」
実のところ圭一は、何よりもこの女が何を考えているか読めないのが気掛かりだった。
これから殺そうとする相手なら、名前を聞く必要性はどこにもない。
不意打ちでも何でもして、利用するにしたって一度無力化してからやればいいだけの話だ。
なのに彼女はそれをしなかった――、この意味が圭一にはどうしても分かりかねていた。
得たいの知れない相手。圭一はどこか、自分を銃殺した女のことを思い出した。
鷹野三四。大切な仲間を殺そうとした許せない奴だが、彼女の人となりはそこまで嫌いだった訳ではない。
彼女とどこかよく似た雰囲気を持っている、と感じた。
「――竜宮レナ、園崎詩音、北条沙都子」
「な……ッ!?」
突然に読み上げられた仲間たちの名前。
それに圭一は露骨な動揺を示し、あまつさえ声まで漏らしてしまう。
その様子がおかしいのか、女はまた笑った。
「どうして、などとは言わないことだ。言っておくが、これは全部キミが勝手に教えてくれた事だぞ」
圭一は思い出す。……いや、思い出すまでもない。
ついさっき怒りのあまり、仲間の名前をわざわざ叫んでいたではないか。
誰が聞いているか分からないというのに、無用心にも程があった。
これで彼女たちに危害が加わるようなことになれば、本当に圭一は彼女たちに顔向けが出来ない。
聞かれてもいないことをご親切にぺらぺら喋ったのは――他でもない、自分自身なのだから。
「で、だ。キミにとって彼女たちは何だ? ……ふ、見たところかなりの美少女揃いのようだが。いかんな、おねーさん興奮してしまう。キミを良い顔と称したが、ちょっと比べられないぞこれは」
……分からない。
本当に、コイツは何がしたいのだろうか。
「――仲間だよ。それ以外の何物でもない」
「ほう。大切か?」
「ああ、大切だ」
「では、どのくらい」
その時、圭一の中の何かが切れた。
我慢の限界というやつだった。
何より、この女が仲間を傷付けるかもしれないと思うと、気が気ではなかったのだ。
バッと勢い良く振り返る。
視界に銃口が写ったが、気になんてしていられない。
「大切に決まってんだろ! あんたなんかじゃ分からないくらい、想像も出来ねえくらいだ! そうだな、あいつらの為なら世界だって敵に回してやるくらいの覚悟はあるってんだ!
スカリエッティだか何だか知らねえが、俺の仲間に手を出してくれやがったんだから、只じゃ済まさねえ! だから、あんたが俺の仲間に何かしようってんならここでぶん殴ってでも止める!!
撃つなら撃ってみろ、前原圭一をそれくらいで止められると思うんじゃねえぞッ!!」
吐き出した。
殺し合いに仲間が参加させられていると知った時から溜まっていた感情を全てぶちまけた。
言い知れぬ爽快感が体内に満ちてくる。
相も変わらず銃口は鎌首をもたげた死神のようにそこにあるが、不思議と怖いとは感じなかった。
女は、予想の通り美人だった。
圭一よりもいくつか歳上だろう、顔立ちは『可愛い』ではなく『綺麗』と呼ぶのが相応しいように見える。
長い黒髪は鴉の濡れ羽のような美しさを持っていて、気を抜けば見惚れてしまいそうだ。
「――……ふむ、そうか」
女は銃を再び圭一に向けたまま、だが何故か一向に撃とうとしない。
この距離なら、圭一は止めることも出来ずに撃ち殺されるだろう。
なのに、女はまたも楽しそうに笑うだけ。
「なら、私と同じだな」
――からん。
女は銃を放り投げると、気の抜けたような音がして床へと落ちた。
一瞬何をしているのか分からなかったが、次の瞬間圭一は全てを理解した。
詰まるところ、熱くなっていたのは自分だけで。
「……はぁ、そういうことっすか」
「うむ。実に担ぎ甲斐のある少年だったぞ、キミは」
――この女は最初から、圭一に接触してみただけだったのだ。
敵意どころか友好の意味で。
◇ ◇
「来ヶ谷さん、ですか。それで、俺を落ち着かせるためにあんな手段を取ったと」
「はっはっは。キミがいけないのだぞ、あんなに叫んで、もしも通りかかかったのが聖母のごとき慈愛を秘めた私でなければキミは今頃蜂の巣だ」
結局、真面目に取り合っていたのは圭一だけだった。
仲間の参加に動揺していたところを見かけて、ついからかってみようと思い立ったらしい。
圭一からすれば大迷惑もいいところだったが、来ヶ谷には感謝しなければならないだろう。
手段はどうあれ、彼を落ち着かせたのは来ヶ谷唯湖なのだから。
「いや、おねーさん感心したよ。うちの理樹君にもキミの根性を見習わせたいものだ」
「来ヶ谷さんのとこ、リトルバスターズでしたっけ。俺たちの部活に似ててちょっと驚いたっすよ」
「共通点は美少女揃いってとこだろうな。言っておくが、うちのリトルバスターズはレベルが高いぞ」
圭一の所属している『部活メンバー』と、来ヶ谷の言う『リトルバスターズ』は良く似ていた。
皆で集まってわいわいやるという意味では、本当にそっくりだ。
出会ったのがこんな時でなかったら、意気投合して一勝負していたかもしれない。
ただ、沙都子や梨花は彼女の格好の標的にされるだろうな――と、圭一はその光景を想像して笑う。
「心配するな。おねーさんに会えたからには安心だ。キミの仲間は見つけ次第たっぷり愛でてやろう」
「そこかよ!?」
来ヶ谷唯湖と同行することは決まったとはいえ、やはり彼女の掴み所はいまいち分からない。
普段から振り回されているのだろう『理樹』なる人物に、圭一は心の中で同情した。
自分の部活も相当な個性派揃いだと自負しているが、来ヶ谷達のリトルバスターズもそれは同じだ。
少なくとも彼女から聞かされた『メンバー』の特徴を踏まえた上で、没個性なんて圭一には口が裂けても言えない。
――大体、脳味噌が筋肉で出来ている男とは一体何なのだ。
「……大体話はこのくらいか。よし、行くぞ圭一君」
「切り替えの早いことで……で、どこに行くんです?」
圭一が聞くと、来ヶ谷は名簿を裏返して地図を指差した。
彼女の指が示しているのは、全エリアの中央にある『時計塔』だ。
ここに行ってどうしようというのか、圭一はきょとんとしてしまう。
「私の支給品に双眼鏡があった。何に使えというのか本気で分からなかったが、ある程度高い場所からなら使えるだろうさ。それに、最も目立つ場所となれば自然と参加者は集う」
予想外に真面目な理由で、圭一は閉口するしかなかった。
そして思う。
(この人、やっぱ分かんねえ……!!)
【一日目/深夜/C-5 デパート5F】
【来ヶ谷唯湖@リトルバスターズ!】
[状態]健康
[装備]コルト ガバメント(12/12)@現実
[所持品]基本支給品一式、コルトガバメント予備弾薬(40/40)、双眼鏡@現実、ランダム支給品×1
[思考・行動]
0:仲間を集めて脱出する。殺し合いには興味がない
1:圭一君と互いの仲間を探す
2:時計塔に向かう
【前原圭一@ひぐらしのなく頃に】
[状態]健康
[装備]なし
[所持品]基本支給品一式、苦無×50@刀語、シオンの日記@カゲロウプロジェクト、フォーク@バトル・ロワイアル
[思考・行動]
0:殺し合いを潰して、元の世界へ帰る
1:来ヶ谷さんと互いの仲間を探す
2:時計塔に向かう
※皆殺し編、死亡後からの参加です
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| 実験開始 |
来ヶ谷唯湖 |
[[]] |
| 実験開始 |
前原圭一 |
[[]] |
最終更新:2012年12月05日 17:15