終
何もない世界、砂だけが続く世界の中。
男は何度も何度も砂漠の凹凸に足を取られながらも、それでも歩くことをやめなかった。
たとえその命が後、数刻のものであろうとも、男はただただ歩き続けた。
「ケアルガ」
逃げながらずっとかけ続けた回復魔法。
書き手ロワに制限があるかどうかは不明だが、どっちにしろ、今の男には関係のないことだ。
男の、ラッド・エヴァンスがパロロワメモリにより変じた姿は、テンガロンハットを被った暗殺者。
その元になったシャドウも、サンダウンも、魔力が高いとはお世辞にも言えないキャラで。
否、たとえいかな僧侶や賢者であっても、両腕を損失するほどの傷を負った彼を癒すすべはなかったであろう。
「……無様なものだな」
両腕だけではない。
男の体には、欠けていないものの方が圧倒的に少なかった。
耳は削がれ、鼻は砕かれ、左足は機能せず、心の臓は貫かれていた。
有り体に言って満身創痍。
生きているだけでも奇跡。
“時代”という桁外れなスケールを誇る形で書き手紹介をされていなければ、彼は人として軽く三回は死んでいただろう。
そして、それだけの耐性と耐久力を誇るRPGロワ書き手をこれほどまでに痛めつけられる存在もまた、RPG書き手でしかありえなかた。
「分かってはいたさ……」
恨まれているとは、思っていた。
憎まれているとも、思っていた。
別に何かをやったわけではない。
RPGロワを荒らしただとか、
問題作を投下しただとか。
そんな何かをしたわけじゃない。
むしろ、その逆だ。
「もう少しで、2年が経つんだ……」
二年。
それは、男がRPGロワで、最後に筆を握ってからの歳月だ。
その間、何もしなかったわけじゃない。
したらば管理人として、時に熱しすぎた議論を諌め、時にエイプリルフールを盛り上げた。
けれども、現役から退いていることには変わりない。
終盤に突入し、遂にラストマーダーとなり、決戦前夜、首輪解除と本スレが盛り上がり、書き手たちがしのぎを削る中、自分は、ただ見ているだけだった。
見ていることしか、しなかった。
「筆も、滞るに決まっている……」
そんなブランク塗れな自分では、あの男――リクス・エレニアックには勝てるはずがなかった。
文字通り始まりから今の今まで最前線で書き続けているあの男に、書くことを止めてしまった自分が勝てるはずがなかったのだ。
分かっている、分かっている、分かっている。
この結末は当然で。ここへ至る始まりも必然だった。
リクスは、彼を憎んでいた。
殺したいほどに憎んでいた。
「……すまない」
自分は、リクスたちを裏切った。
RPGロワの、始まりの四人でありながらも、自分だけが、書き手であり続けられなかった。
その間にも、リクスと、アイディーは双璧としてRPGロワを盛り上げ続け、自分と同じく筆を置いていたはずのファルンは、伝説を伴って帰還した。
一万メートルの景色。
既に届かぬ遥かな高み。
あいつらはそこにいる。
自分だけが、遠い大地から彼らを仰ぎ見ている。
仰ぎ見れども、手を伸ばすだけで、そこにいこうともしない。
「くだらない…………」
全部が全部、自業自得じゃないか。
自分は書かなくなった。
書くことを止めた。
理由がなんであれ、それだけは紛れもない事実。
そのことがリクスの怒りをかったのだ。
裏切り者に用はないと。お前はここで乾いてゆけと。
リクスに憎ませ、刃を握らせたのだ。
分かってる、分かってる、分かってる。
身から出た錆だなんて、そんなことは、全て分かっているんだ。
なのに――
「つらいんだ……。一人は、寂しいんだ……」
一人は、辛い。独りは、寂しい。
友に、仲間に、拒絶されたことが、憎まれたことが、この上なく、悲しいんだ。
繋ぐことが楽しかった。紡がれることが嬉しかった。
過疎ロワではあったけれど、それでもRPGロワは順調で、その環の中に、自分は間違いなくいたんだ。
自分の弱点を仲間が埋め、仲間に不足しているところを自分が補う。
そうやって支えあうことで書き綴ったリレー企画は、自分の居場所になっていた。
「だから、まだ、俺は死ねないんだ……」
こんなところで、死ねないんだ。
こんな誰もいないところで。
こんな何も書けないところで。
こんなあいつらと繋がれないところで。
死ねないんだ。死ぬわけにはいかないんだ。
「確かに、俺は筆を置いた」
全身から、力が抜けていく。
立ってることもできなくなり頭から倒れこんだ身体をゆっくりと仰向けにする。
眼光鋭く、笑みは絶やさず。
恐れが無いと言えば嘘だ。
だが、それを笑って受け止められるほど、死の間際に抱いた意思は強大だった。
「もうお前たちは俺という書き手を念頭に置いていないのかもしれない」
がちゃり、がちゃり。
足音は近づいてくる。気配が強くなっていく。
頼むから、その憎しみよ、消えてくれるな。魔王に願った。
登りかけの赤い朝日が、彼の目に刺さる。
全ての影を拒絶するような、雄々しい輝きであった。
「それでも、俺は、お前たちといたいんだ……」
リクスに、返せなかった言葉。
それを、馬鹿でかい紅のまん丸にぶつけた。
ありったけの荒々しさを込めて。
「リクス、アイディー、ファルン、みんな。俺に力をくれ。お前たちの予想を裏切る力を、俺にくれ」
瀕死の身体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。
どれだけ友に願われようとも、この願いだけは受け入れられない。
書いていたい。
自分はまだまだ、あの場所で、書いていたい。
(RPGロワ住民よ……そこで待っていてくれ)
この物語を読んでいる者たちに向けて宣言する。
死神が何も言わずに頷いたのを、ラッドはその背で感じ取っていた。
それが、ラッドにはとても頼もしいと思えた。
孤独など、屁でもないと思えるほどに。
(俺の背中から……目を離すな)
皆殺しの剣を手にした魔王の姿が視界に映る。
終わりの時は近い。
それでも、その最後を甘んじて受け入れる気はなかった。
真っ赤な光が、砂の海原を赤く照らしていく。
(全てが終わったら……必ず俺は……)
臆することなく朝日に向かう。
紅い光を浴びながら、影はそれでも消えなかった。
何かに押されるように、ファルンは遂に立ち上がる。
リクスと再びリレーするために。
残された刃を口に咥えて。
ほんの僅かな、零にも等しい可能性を手にしようと、ラッドは最後の最後まで生き足掻くことを選ぶ。
(予約しにいく)
狂魔王は無慈悲に剣を突き刺した。
【ラッド・エヴァンス@RPGロワ 死亡】
【一日目・早朝/G-6】
【リクス・エレニアック(◆6XQgLQ9rNg)@RPGロワ】
【状態】憎悪
【外見】オルステッド@LIVE A LIVE
【装備】皆殺しの剣@RPGロワ
【持物】基本支給品、不明支給品(1~6)
【思考】
基本:憎む
序
世界のすべてがくすんで見えるとは、果たして誰が書いた文章だったか。
パロロワメモリに毒され、憎しみに呑まれて尚、記憶に残る一節は、まさに今のリクスの心を表していた。
響かないのだ。風も空も波も、ただそこにあるものどもは、かれのこころを揺らせない。
そのことがこの上なく忌々しい。
書き手として、物事に感動できないのも。自分の心を描けるほどの一節を書いた誰かも。
何もかもが彼を苛立たせた。
「下らぬ」
ああ、全てがくだらない。
彼が抱きしは、偽りにして、真の憎しみ。
かつて彼のロワの物真似師がそうであったように、この憎しみは本来、彼自身のものではない。
パロロワメモリにより植え付けられた外付けの憎しみ。
何故も、どうしてもない、純然たる、ただの憎しみ。
しかしそれは同時に、彼より生じた憎しみでもあった。
誰かが憎かったわけではない。何かを恨んだわけでもない。
それでもこの憎しみは、彼がこれまで描いてきた、彼の内より生じた憎しみだ。
デスピサロの、ルカ・ブライトの、オディオの憎しでありながら、彼自身の憎しみでもありあえた。
誰かの憎しみに呑まれながらも、彼はどこまでも彼自身だった。
彼の憎悪には“始まり”がない。彼の全ては憎悪で終わる。
愛も、勇気も、希望も、欲望も。
彼の感じた全ては憎しみへと転じる。
終焉たる憎悪。終わりのクロニクル。
とある少年が願った“あたたかさ”も。
男には、憎悪しかもたらさないのだ。
なれば。
「……ああ。俺は、お前を、知っている。お前が描いた夕陽。その最後を知っている」
もしかしたらその時。
古き友を。懐かしき存在を目にした時、彼が感じていたものは。彼の、憎しみの、“始まり”は、きっと――
【一日目・黎明/G-6】
【リクス・エレニアック(◆6XQgLQ9rNg)@RPGロワ】
【状態】憎悪
【外見】オルステッド@LIVE A LIVE
【装備】不明
【持物】基本支給品、不明支給品(2~9)
【思考】
基本:憎む
1:あの夕陽を、あのシャドウの最後を再現する――……
最終更新:2013年05月09日 19:58