榛名のために7-67

(編注:鬱?NTR?注意)

1
深夜。
普段、ほぼ眠るためだけにしか使っていない提督用の私室が、淫靡とも言える熱を宿しているのは、たった今終わったばかりの秘め事のせいだろう。
つい先刻まで二人が快楽の海に溺れていた事を、汗ばんだ裸体と乱れた寝具が雄弁に物語っていた。

御戻(おれ)提督は、多少の気だるさを感じながら、隣に横たわる榛名の頭を撫でてやる。

「提督……」

囁くように言いながら身をすり寄せてきた榛名を、御戻は優しく抱いた。

「……キスして欲しいです」 

恥ずかしげに視線を逸らしながら、榛名はそうねだってくる。
接吻なら最中に数えるのも億劫になる程しただろうに――そう胸中で苦笑めいた呟きを漏らしながらも、
御戻は榛名のおとがいに軽く手を添え、桜色の可憐な唇に自らの唇を重ねた。

舌を忍ばせて絡めようかと思った矢先、あたかもそれを封じるかのように、榛名の温かくて柔らかい舌が御戻の口内に押し入って来る。
普段、どちらかと言えば控えめな彼女が見せた積極性が、
御戻にはたまらなく嬉しい。

「ん……んん……」

息継ぎもそこそこに、榛名は激しく舌を絡め、吸う。御戻も、それに応じる。
二人が唇を離したのは、それからたっぷりと一分程経ってからだった。

「……キスして欲しいじゃなくて、キスしたいの間違いじゃないのか?」
 
御戻は苦笑する。

「提督とキスできれば、榛名はどっちでもいいんです」

そう言って榛名は花のように笑った。海上で凛々しく戦う彼女の姿からは想像も出来ない、愛らしくて可憐な笑み。
その笑みを目の当たりにした御戻は、どうしようもなく愛おしさが募ってきて榛名を抱きしめた。

そして、以前より伝えようと思っていた言葉を、今ここで言おうと決心する。

「榛名」

御戻は名を呼び、背中に回していた腕をほどいて、彼女の目をじっと見つめた。

「次の出撃が終わったら……」

そこで御戻は一つ息をつくと、思い切って続ける。

「自分と結婚して欲しい」

その言葉を聞いた榛名の目が見開かれる。次いで小さな声で「嬉しい……」と榛名は言った。

「嬉しいです……提督」
「了承してくれたと思っていいんだね?」
「はいっ。もちろんです」

再び花のような笑みを浮かべると、榛名は御戻にしがみつき、胸に顔を埋めた。だが、すぐにその肩が小さく震え始める。

「どうした?」

訝しく思い、御戻は声を掛けた。
その言葉に顔を上げた榛名の瞳からは、大粒の涙が溢れ出ていた。

「嬉し……過ぎて……」

しゃくり上げながら、声にならない声で榛名は言い募る。

「それに私だけ……申しわけ……なくて」

海に散って行った三人の姉妹――金剛、比叡、霧島の事を思い出しているのだろう。
四人は血の繋がりはなかったものの、実の姉妹のように仲が良かった。
また同時に、助け合って戦場を駆け抜けてきた戦友でもあった。

「そんな風に考える必要はない、と自分は思うよ」

御戻は榛名の涙を拭ってやる。

「きっと彼女たちは、榛名が幸せになる事を喜んでくれる。妙な例え話しになるが、もし君が逆の立場だったらどうだろう?
幸せになろうとしている姉妹を妬ましく思うだろうか」
「そんな風には、絶対に思ったりしません」

目を腫らしながら、それでも榛名はきっぱりと言い切った。

「だろう? きっと彼女達だってそうさ。だから君は何も負い目を感じる必要はない」
「はい。でも」
「何だい?」
「提督、いじわるです……あんな質問をするなんて」

榛名がそう言って睨んでくる。だが、少しも怖くなく、むしろ可愛いだけであった。

「すまなかった。確かに意地の悪い質問をした」
「もう、知りませんっ」

拗ねて、ぷいと横を向く。だが、体は逃げていないので、これは本気で拗ねていない。明らかにポーズであった。

「どうしたら許してくれるのかな?」
「……」

榛名は答えない。仕方がないので、御戻は卑怯なカードを切ることにした。

「愛している」

唐突に、御戻はそう言った。すると横を向いていた榛名の顔が、みるみる赤くなった。

「榛名。こっちをお向き」

御戻のその言葉に、榛名は素直に従った。

「ずるいです……」

熱に浮かされたように言う榛名の目は、桃源郷にいるかのように、とろんとしていた。

「榛名がその言葉に弱いって、知っているくせに……」
「弱点を突くのは戦の定石だよ」

そう冗談めかして御戻は言うと、今度は榛名の耳に口を寄せ、「愛している」と囁いてみた。

「ああ……」

榛名が熱い吐息をつく。

「耳元でそんな事を言われたら、榛名はおかしくなってしまいます……」

御戻の胸に榛名が縋りついた。御戻を見上げてくる榛名の顔は、歓喜と、自分がおかしくなってしまうのではないかという、
ちょっとした恐怖感のようなものが綯交ぜになっていた。

そんな表情でさえ愛おしい――御戻はそう頭の中で呟くと、そのまま唇を重ねた。
そして、今度は先手を取られないように、すぐさま舌を榛名の口腔へと侵入させる。
舌と舌が絡みあうと、榛名の体が軽く痙攣したような動きを見せた。どうやら接吻だけで、軽くではあるが、達してしまったようだ。

「お願い……きて」

唇を離した榛名が哀願してくる。御戻は榛名の腿の間へ手を忍ばせてみた。先刻の名残というだけでは説明がつかない程、
榛名の秘所は潤いを帯びている。一方の御戻の方も、しっかりと復活していた。

「いくよ」

そう言って体を重ね、榛名の太腿を割り開き、ゆっくりと入って行く。榛名のそこはまるで抵抗を見せることなく、御戻を受け入れた。

「提督……離さないで」

榛名は御戻の背に両腕を回し、しがみつくようにしながら言う。

「ああ。絶対に離さない」

御戻も榛名を抱きしめながら、誓うようにそう言うのであった――この後、二人に何が起こるかなど露も知らぬままに。
 

その二週間後。
海軍は第二艦隊、第三艦隊、第四艦隊を沖ノ島海域に差し向ける。
御戻は巡洋戦艦『榛名』を旗艦とする第三艦隊の指揮を執った。

敵は戦艦ル級を多数擁する深海凄艦の中核艦隊。
開戦前より彼我の戦力差は憂慮されていたが、軍上層部はこれを敢行。結果、第二艦隊、第四艦隊はほぼ壊滅。
第三艦隊も旗艦榛名他数隻を残しただけという、完全なる敗北を喫した。
 
その後に行われた軍法会議により、御戻には降格処分が下った。軍上層部に責任をなすりつけられたのは間違いなかった。
そして更に理不尽なことに、榛名も責を問われた。
『艦娘』の地位を奪われ、別部署での任を課される事になったのだが、奇妙なのは、その部署の名前も場所も明かされない事であった。
軍法会議が終わるや否や榛名は連れて行かれ、二人は離れ離れになってしまった――。

2
御戻が榛名の行方を探し始めてから、すでに一月近くが経っていた。
方々手を尽くしてはみたが、彼女の行方は遥として知れない。
 
その日、御戻は朝から執務室――降格されたので数人の士官が共同で使っている部屋だが――にて、溜まりに溜まっていた書類の処理を行っていた。
この一月、榛名の事ばかりを考えていたので、職務が疎かになっていたのだ。

『提督。お仕事頑張って下さいね』

以前なら、榛名がそんな言葉を掛けて、にこやかな顔でお茶を入れてくれたりしたものだ。
だがその榛名も今はいない。彼女の存在がいかに大きく大切であったかを、御戻は噛みしめていた。
季節は夏前であるが、今の御戻の心は冬を迎えたかのような寒々しさを感じている。

「お~御戻チャン」

執務室に入ってきた同僚の小嶋が、歩み寄ってきながら軽い調子で声を掛けてくる。

「小嶋殿。おはようございます」
「おはよん。朝からセイが出るね~」

酒臭い息で言う。小嶋は無類の遊び好きで、ほぼ毎晩、歓楽街をうろついているらしい。ここの部署は出撃などはないのでだらしがないのである。

「小嶋殿も大分書類が溜まっているようですが」

御戻は隣にある小嶋のデスクを見ながら言った。そこには御戻の書類の束が可愛く見える程に、未処理の書類が積んである。

「明日から本気を出すのであります」

そう言って小嶋が敬礼をする。

「先週もそう仰ってましたよね」
「え? そうだっけ? そんな昔の事は忘れた」

しれっと小嶋は言ってのける。

「それよりさ、聞いてくれよ御戻チャン」

自分の椅子に腰かけながら、小嶋がそう切り出す。そして、御戻の返事を待たずに話し始めた。

「俺、昨夜さあ、吉原に行ったんよ」
「小嶋殿……!」

御戻は慌てる。

「声が大きいですよ。誰かに聞かれたらどうするんです?」

軍の規則で、士官の職にある者は遊郭で遊ぶ事を厳しく禁じられているのだ。もし発覚すれば即刻首が飛ぶ。

「あん? 大丈夫だよ……こんな窓際部署なんて、内部調査室の相手にされてないからさ」
「そうかも知れませんが……」

確かに小嶋の言う通り、ここは箸にも棒にもかからないような部署ではある。

「でさあ、めぼしい店は行き尽くしちゃったからさ、普段あんまり行かない所へ行ってみようと思ってね、裏通りの更に奥の方を散策してみたんよ」
「はあ」

飽きたなら行かなければいいのに、と御戻は思ったが、口には出さなかった。

「そしたらさ、変な名前の店、見つけちゃったんだよね」
「変な名前の店?」
「うん。『深海棲館』って言うの」
「え? シンカイセイカン?」
「そう。でも最後の字は艦――ふねじゃなくて、館ね」

御戻は眉根を寄せる。現在、この国と海上で戦っている敵対勢力の艦が、深海棲艦と呼ばれている。
そんな名前をつけるとは変わっているというか、良い根性をしているというか。不謹慎だという理由で、経営者がしょっ引かれてもおかしくはない。

「ね? 変わってるっしょ? それで、変わってるのは名前だけじゃなくてね。出てくる女の子が、海軍の艦娘みたいな恰好してるんよ」
「そういう趣向の店なのでしょう」

軍服等を模倣した服を着て性的遊戯をする、異国渡来の『こすぷれ』なるものがあると、御戻も話には聞いたことがある。

「まあ、そうなんだろうけど。でさ、店に入ったら従業員が名簿を見せてくれるんよ。そこには源氏名がずらっと書いてあってね。
で、女の子の顔見られないの、って聞いたら、皆とびきり可愛いからご心配なく、って言うんよ」
「はあ」
「まあ、地雷踏んでも話しのネタになるからいいか、って思ってさ。金剛って源氏名の娘を指名したんよ」

その名前を聞いた御戻の胸がちくりと痛む。
金剛。
榛名と実の姉妹同様の仲だった艦娘。そして、海に散って行った艦娘。

「何で金剛チャンを指名したかって言うとね、以前一度だけ、本当に偶々話した事があったからなんよ。
言葉使いは妙だったけど、可愛かったのを良く覚えている」

御戻も在りし日の金剛を思い出していた。ブリテン帰りの艦娘で、小嶋の言う通り少し妙な言葉使いをする娘であったが、
明るく美しい娘だった。御戻も何度か金剛と出撃した事があった。

「でさ、出てきた金剛チャンを見てびっくり」
「地雷だったんですか?」
「いや。本人そっくりだったんよ。ていうか、あれは本人だよ」

やや興奮しながら小嶋が言う。

「金剛は最後まで立派に戦って……海へ散りましたよ」

御戻はそう言って軽く目を閉じた。金剛が散った時の、泣きじゃくっていた榛名を思い出す。あの時の榛名は一晩中泣いていた。

「でもなあ、瞳の色とかホクロとか、まんま金剛チャンだったんだけどなあ」

小嶋はまだ言っている。

「残念ながら金剛は鬼籍入りしてます」
「……分かってるよぉ、本人だったら嬉しいなって夢見ただけだ。でもな、服はかなり本格的に似せて作ってあったぞ」
「はいはい」
「しかも、俺の事を提督って呼ぶんよー。客をそう呼ぶのが決まりなんだろうけど。でも俺、艦隊の指揮を執るのに憧れてたから、
提督って呼ばれてすげえ嬉しくなっちゃった。嬉し過ぎて調子にのっちゃって、四十六センチ主砲三回も金剛チャンの中に撃っちゃったんよ」

あなたの砲身そんなに長大じゃないでしょう――という突っ込みを思わず入れそうになった御戻だが、そこは自重しておいた。

やれやれ。朝からしようもない下の話に付きあわされた、と内心思う御戻だったが、次に発せられた小嶋の言葉には思わず耳を傾けてしまう。

「また今度行ってみようかな。そう言えば長門チャンとか榛名チャンの名前もあったぞ。
無論、指名してないから顔は分からんがな。さあて、仕方がないから仕事でもすっかな」

そう言って小嶋は、のろのろと書類の束をいじり始めた。一方の御戻は、小嶋の言葉のせいで気もそぞろになってしまった。
 
榛名の名前がある? その榛名も、本人にそっくりなのだろうか――ふと、そんな思いが過る。

何を馬鹿な事を考えている、と御戻は心の中で自分を叱った。もし『深海棲館』の榛名が本人にそっくりだとして、それが一体何だと言うのだ? 
そこにいるのは榛名ではない。榛名がそんな、見知らぬ男と同衾するような店にいる筈がない。

榛名。君は今、何処にいるんだい? たまらなく君に会いたいよ。

窓の外を見やりながら、御戻はそう頭の中で呟いた。 

3
誰の人生でも、一度や二度、魔が差す時というのはあるものだ。
御戻に関して言えば、今夜がまさにその状態だった。
小嶋から深海棲館の話を聞いてから三日後の夜、御戻は吉原にいた。この国最大の遊郭を訪れたのは初めてだった。
 
自分はこんな所で、一体何をしているのだろう――吉原の通りを歩きながら、御戻はそう胸中で呟き、深く被った帽子を更に下げる。
 
通りは中々に人が多かった。皆、道の左右に並んだ張見世を冷やかしながら、ゆるりゆるりと歩いている。
張見世とは通りに面した部屋の事で、通りとの間は格子で仕切られている。そしてその中では遊女達が座し、自分を買ってくれる旦那を待っている。
客は通りから格子の向こうにいる女を吟味し、気に入れば店に入って褥を共にする。
 
榛名もそんな風に出会ってすぐの男と……などと埒もない想像をしてしまいそうになり、御戻は慌てて頭を振ってそれを打ち消す。
そんな事はない。榛名はそんな事をする娘ではない。
第一、深海棲館にいるらしい榛名は、御戻の愛しい榛名とは別人なのだ。
 
では何故、そう思っていながら自分はわざわざ吉原に来ているのか。小嶋の言った事など、戯言として捨て置けば良いはずではないか。
いや、取るに足らない事であるからこそ、きっちりと確認を取っておいた方がいいのだ。絶対にそうなのだ。

そんな支離滅裂な事を考えながら、御戻は表通りから裏通りへと入る。

裏通りに入った途端、先程までの喧騒が嘘のように途絶える。表通りを太陽の差す浅瀬のサンゴ礁とするなら、裏通りはさながら深海のような印象だった。
深海棲館がある場所へと御戻は進む。場所は、数日がかりで小嶋からそれとなく聞き出してあった。

やがて、門柱に住吉提灯の掛けられた店が見えて来た。提灯には小さく「深海棲館」と書かれていた。
表通りに軒を連ねている店のようなけば立った派手さとは無縁で、当然のことながら張見世もない。
小洒落た旅館のような雰囲気で、一見すると色里の店には見えなかった。
御戻は左右を見渡し、誰もいないのを確認すると素早く店の中へと入った。

「いらっしゃいませ」

店に入ると、見世番の男に声を掛けられた。

「御履き物をお預かりします」

そう言われたので、靴を脱いで御戻は店に上がる。男に促されて進み、奥の部屋に入る。
入った部屋は、舶来物の高級そうな調度品が設えてあった。他に客と思しき者はいない。御戻はソファに腰を降ろす。

「しばらくお待ち下さい」

男がじろじろと御戻の顔を見ながらそう言い、部屋を出ていった。
一人きりになった御戻は、落ち着かなくてそわそわしてしまう。ここに榛名が――などと考えそうになって、慌てて頭を振る。
違う。
ここにいる榛名は、御戻の愛する榛名ではなく、良く似た他人だ。

御戻が煩悶していると、「失礼いたします」という声がして、男が一人入ってきた。ここへ案内して来た男とは違う男であった。

「旦那。自分は鷹野と申します」
 
男が唐突に自己紹介をする。

「何か?」
 
わざわざ名乗ってきた男の意図が分からないまま、御戻は彼を見た。精悍な顔立ちに黒い半纏が良く似合っていた。
醸し出す雰囲気が、単なる見世番でない事を御戻に伝えてくる。

「困るんですよ」
「……困るとは?」
「海軍の軍人さんに来られると、こっちも色々と面倒だって事です」

御戻は言葉を失った。

「いや、自分は――」
「誤魔化しは要りません。ここの店はちいとばかり特殊でね。他所の店より、海軍さんの出入りに関しては神経質にやってるんです。
あなたが御戻提督だという事は、もう分かっていますよ」

鷹野が目を細める。

「いや、元提督か」

半ば嘲るように鷹野は言い直した。

「……」
「先日も海軍のお方が来ましたがね」

おそらく小嶋の事だろう、と御戻は思った。

「まあ、こう言っちゃなんだが、あの御人程度の方なら別に構わないんですが。だがね、仮にも旦那は提督とまで呼ばれる地位にいたお方だ。
そういうお方に来られると、こちらとしても本当に困るんですよ」
「自分は……自分は、ここへ遊びに来たのではない」

そうだ。自分は、ここにいると思しき榛名が、本人ではないとの確証を得るためにやってきただけなのだ。断じて金を払って女を買うために来たのではない。

「ここは遊郭ですぜ? 遊びに来たんじゃないってんなら、何をしに来たってんです?」

再び嘲るような口調で鷹野は言った。
御戻は何と言って良いか分からず、つい自分の目的を正直に話してしまった。話しながら、考えてみれば随分とおかしな話だと自分でも思った。

話を聞き終えた鷹野は、値踏みするかのように御戻を見た。何やら思案しているらしく、顎をしきりにいじっている。

「旦那も変わったお人ですね」
 
しばらくすると、苦笑しながら鷹野は言った。

「まあ、こちらとしても、せっかく来ていただいた方を無碍に帰すのは心苦しい。
例えそれが、面倒事になるかも知れない海軍の軍人さんでも、ね。
ただ、やはり決まりは決まりだ。娘達に相手をさせる事は出来ませんし、
相手をする以外での面会は店の規則で禁じられています。ですが……」

鷹野の目が、少しだけ嗜虐的になったように見えたのは、御戻の気のせいだろうか。

「手がない訳じゃあない。但し、料金はきっちりと頂きますが」
「本当か?」

鷹野の言葉を聞いて、御戻は思わず身を乗り出す。これでやっと榛名に会え――いや、違う。そうじゃない。
ここの榛名は榛名ではないのだ。これで榛名ではないと確認が出来るのだ。

「もう一度お聞きしますが、旦那は確かめたいだけなんですよね? 買いたい訳ではなく」
「その通りだ。自分はあくまで、ここにいる榛名が別人であると確認をしに来ただけなのだから」
「分かりました。しばらくお待ち下さい」

そう言うと、鷹野は一旦部屋を出ていった。

「お待たせいたしました。ご案内します。ついてきて下さい」

五分程して戻ってきた鷹野が、御戻に向かってそう言った。御戻は鷹野について部屋を出た。
しばらく廊下を進むと、鷹野はとある部屋に入った。部屋には畳が二枚敷いてあり、明かりは天井から下がった
裸電球が弱々しくついているだけである。調度品の類は、入って左手の壁にカーテンが引かれているだけで、他には何もない。

まるで座敷牢のようだな、と御戻は思った。

「ここは?」

畳の上に座りながら訊ねるが、鷹野はそれには答えず、

「海軍法の条文には『遊郭で女と遊ぶ事を禁じる』という文言があります」

と、いきなり言い出した。

「それは知っている」
「これは故意なのか、それとも条文を作った奴がアホなのか……まあ、いずれにせよ穴だらけの文言ですよね」

御戻には鷹野の言葉の意図が分からない。

「だから、それが一体どうしたと――」
「遊郭に立ち入るのを禁ずるという文言でもなければ、更に、娘達を見る事を禁じるという文言でもない訳ですね」
「……どういう意味だ?」
「旦那も察しが悪いですねえ。こういう事ですよ」

にやりと鷹野は笑うとカーテンを開けた。そこには窓があった。窓の向こうを見て御戻は絶句した。

そこに広がっていたのは、外の風景などではなく、隣の部屋の様子だった。
部屋の中央にはベッドが置かれ、その上に裸の男と、見覚えのある服を着た娘がいた。
神社の巫女のような上着。フリルのついた丈の短いスカート。膝上まである黒く長い靴下――金剛型の艦を駆る娘の制服と瓜二つだった。

「驚かれましたか? この窓は舶来物の特殊な窓でね。こちら側から向こうは見えるが、向こう側からは鏡になっていてこちらは見えないんです」
 
鷹野がそんな説明をするが、御戻の耳には届いていなかった。
   
裸の男は、こちら側に向けて足を拡げ、横になっている。制服を着た娘は、拡げた男の足の間に入るようにして、四つん這いになっていた。
お尻をこちらへ向けているので、娘の顔は御戻達からは見えない。
 
まさか……榛名……榛名なのか!?

御戻は胸中で叫んだ。

男の手が娘の頭に乗せられている。
娘の頭はゆっくりと上下している。
口で奉仕しているのは、明らかだった。
顔が見えないもどかしさに、御戻は膝の上できつく拳を握る。

「あらま。顔が見えない。これじゃあ確認が出来ないですね?」

声を抑えつつも、鷹野は実に楽しそうに言う。明らかに煩悶する御戻を見て楽しんでいる。

「ああ~気持ちいいよ~」

突然、窓の向こうにいる男の声が聞こえて来た。
  
「壁も作りが凝ってましてね。向こう側の声はきっちりと通すが、こちら側の声はまったく通さないんです。何なら試してみます? 
榛名、こっちをお向き……とか何とか言って。まあ、聞こえませんけれどね」

嗜虐的に鷹野は言うと、くつくつと笑った。

そうこうしている内に、上下していた娘の頭が止まった。
娘が四つん這いを止め、男の隣に移動して、ころんと横になる。
その拍子に顔がこちらを向いた。

御戻が、あっと小さく声を上げたのとほぼ同時に、

「提督の主砲、とっても大きいデース」

と言う娘の声が聞こえてきた。

「あら残念。金剛でしたね」

鷹野がそう言ってニヤニヤする。
御戻は、大きく息をついた。窓の向こうにいる娘は榛名ではなかった。とりあえず御戻は胸を撫で下ろした。

「そ、そうかい? 僕の、そんなに大きいかい?」
「YES! まるで超弩級戦艦並ネー。こんなので撃ち抜かれたら、金剛は轟沈しちゃいマース」

そう金剛は言うと、男根を愛しそうに撫でる。

「そ、そうかー。轟沈かー。よーし、提督頑張って、金剛ちゃんを轟沈させちゃうぞ~」
「ふふ。金剛も負けませんヨ~」

そんな会話を交わす金剛を、御戻はじっと見つめた。

「……似ている」
「似てる?」

鷹野が失笑する。

「ああ。彼女は艦娘だった金剛に似すぎている」
「本人ですよ」
 
鷹野が言う。顔が笑っていなかった。

「馬鹿な事を。金剛は敵に敗れて海に沈んだ」

そう。金剛は海に散った。散って行った金剛を偲んで、榛名は一晩中泣いたのだ。 

「潜水艦娘ってのがいるでしょう? それに助けられたらしいですよ、金剛は」
「まさか……そんな」
「やれやれ。提督だったくせに、何にも知らないんですね」

呆れたような口調で鷹野は言った。

「敗れて沈んだ艦娘は大抵が溺死します。だが、助かる者もいるんですよ。そして、死なずに助けられた娘や、
艦を修繕不能にしてしまった娘はこういった場所へ送られます。『再利用』という名目でね。
吉原だけではありません。北は北海道のすすきのから、南は福岡の中州まで、全国津々浦々です」

淡々と鷹野は説明する。

「信じられないって顔をなさってますね? 残念ながら、これが現実なんです。艦から堕ちた娘達のね。
ちなみに、彼女らが客を取って稼いだ金のほとんどは海軍が持っていきます。お国の大事な艦を潰した償いをしてもらう、というお題目のもとにね。
ですがね、考えてもみて下さい。艦を建造出来るような金を、単なる娘っ子一人が稼げると思いますか? 
そんなの来世、いや、来々世までかかったって無理に決まっている」
「ひどい……」

御戻は愕然とする。そんな事は、まったく知らなかった。

「あんたら提督が、無能なせいだろうが」

鷹野が御戻を睨み付ける。

「娘達から色々な提督がいると聞きましたぜ?
ろくに補給もさせずに延々とタンカー護衛任務を押し付ける提督。
艦が轟沈寸前なのに、ドックにも入れてやらず連続で戦闘を強いる提督。
気に入らない艦娘が配属されると、問答無用で艦を解体して、
鎮守府には轟沈しましたと虚偽の報告をする提督――人間の屑の見本市か何かですか? 海軍って所は。
そんな事をしていたら、轟沈したり修繕不能になったりするに決まっているだろうが。
提督ってのは、艦娘達に対してどんな扱いをしても許されるのか?」
「そんなことは……」

ない、と言おうとした御戻だったが、言葉が出てこなかった。

「でもね、そんな話を聞かせてくれた娘達の誰一人として、提督に対する恨み節なんか言わなかった。
どの娘も、任務だから仕方がないって明るく言うんですよ」

相変わらず鷹野は御戻を睨んでいる。

「艦娘達は気高い。自分達が艦娘である事に誇りを持っているから、アホな提督の理不尽な指揮にも笑顔で耐える。
そして笑顔で耐えに耐えて、最後は轟沈して溺れ死ぬか、こんな所へ送られて、見ず知らずの男に股を開くという屈辱を与えられる――何なんだ、この理不尽は。
あんたらはそんな彼女達に対して、何か一つでも報いてやっていたか?」
「……」
 
自分はそんな提督達とは違う、と御戻は思いたかった。だが、今の自分にはそう言いきれるだけの自信がなかった。
どんな苦しい時でも、忠実に命令に従ってくれていた艦娘達に、自分は何か返してあげることが出来ていただろうか。

「……と、まあ、こんな事を旦那に言っても仕方がないんですがね。柄にもなく熱くなっちまった。どうもすみません。失礼いたしました」

鷹野がそう言って慇懃に頭を下げる。

「お詫びに今回の入室料はいただきません。ここにいる榛名が、本物かどうかの『確認』も出来ませんでしたしね。
ちなみにここの榛名は、まだ入郭したばかりで客を取った事がありません。でも、その日が来たら旦那に連絡しますよ。いの一番にね。
ちゃんと『確認』に来て下さいよ? とりあえず今晩は、金剛の勇姿を最後まで見てやって下さい」
「いや、自分は――」

帰る、と言おうとした御戻を、鷹野がぴしゃりと遮る。

「いや。最後までご覧下さい。金剛がここへ堕ちた原因が、少なからず自分にもあると噛みしめながら、ね」

そう言うと、鷹野は扉を閉めた。慌てて御戻は扉に取りつくが、外から鍵を掛けられたらしく、開かなかった。

「Oh……提督ぅ、そこは駄目デース」

自分が呼ばれたような気になって、御戻は思わず窓の方に目を向けた。
男が金剛の腋を舐めているのが見えた。
金剛型制服の上着は、通気性と動きやすさを確保するため、脇下に大きなスリットが入っている。
その無防備な腋へ、樹液にたかる甲虫のように男が取りついていた。

「こ、金剛ちゃんの腋、硝煙の匂いがするね」
「ア~ンビリーバボー! しっかり洗ったのに。金剛チョ~恥ずかしいデース」
「HAHAHA。イッツ・メリケン・ジョーク。ウィットに富んだ軽いジョークさ。大丈夫、硝煙の匂いなんてしないよ。
金剛ちゃんの腋、とってもいい匂いだよ。桃の香りみたいだよ。んん~たまらん」

男が舐める速度を上げると、金剛の頬が桜色に染まってゆく。

「ああ……提督」
「んふんふ。ここ、弱いんだね?」
「YES……デース」

とろん、とした目で金剛が答える。それを聞いて調子づいたのか、男は金剛に万歳をするような恰好を取らせた。
両腕を頭の上の方に持っていかれたせいで、白い両の腋が男の前に晒される。
男がまず右の腋から舐める。数回舐めてから左へ移る。そこでやはり数回舐めてから、再度右の腋へ――男の頭が金剛の両腋の間をせわしなく行ったり来たりする。
それにつられるかのように、金剛の嬌声も大きくなってゆく。

「ああ……ああっ……提督っ! 提督っ!」
「金剛ちゃん金剛ちゃん!」
「ああ……もう、金剛の大事なトコロ……浸水しちゃってマース!」
「え? 腋をペロペロしているだけなのに?」

男が舐めるのを止めて、笑いながら訊ねる。

「どれどれ……わあ、本当だ。これはマズイ。総員避難っ。繰り返す、総員避難っ」
「提督っ……提督の高速修復剤で、早く浸水箇所を修繕してくだサーイ」

御戻の目の前で繰り広げられる、客と金剛のしようもない茶番。
これが、あの金剛だというのか。
凛々しさも、気高さも、艦娘としての尊厳を根こそぎ奪われた金剛の姿に、御戻は体から力が抜けてゆくのを感じた。

「金剛ちゃん、上になってくれるかな? ぼ、僕は騎乗位が、す、好きなんだな」
「cowgirl positionネー。aye,aye, sir!」

そう言って金剛は身を起こした。そして制服はそのままに、下着だけを外して寝そべった男の上に跨ろうとする。

「あ、僕の方じゃなくて、鏡の方を向いてもらってもいいですか?」
「いいデスヨー……って、提督~。これじゃインしてるトコ、鏡に映ってまる見えネー」

金剛と御戻の目が合う。
向こう側から見えてはいないとは言え、体に力が入ってしまう。

金剛が自分の秘所に男根をあてがい、ゆっくりと腰を沈めてゆく。スカートをたくし上げているので、
金剛が男をのみ込んでゆく様がはっきりと見て取れた。窓越しに見える金剛のそこは、水音が聞こえてきそうな程に潤んでいた。

「ああ……」

目を閉じ、軽く眉根を寄せ、金剛が感じ入るような声を出す。しっかりと男根を根本まで咥え込むと、再び腰を浮かす。
そして、抜けない程度の所まで来ると、再び腰を沈める。
見てはいけない――頭では分かっていたが、御戻は視線を反らす事が出来なかった。
 
金剛の腰の動きが、徐々に速くなる。擦れ合う秘所と男根が、粘着質な、ひどくはしたない音を紡ぎ出し、そこへ金剛の嬌声が重なる。

「ああ……! 提督、提督っ……」
「おお……金剛ちゃんの艦隊運動すごすぎぃ! ごめん、もう無理っ。果てるっ……!」

男の睾丸が随分とせり上がっている。本人の言葉通り、今すぐにでも射精しそうであった。

「提督、いつでもComingネー!!」
「ああっ、金剛ちゃーーーーーーーーーーん!」
金剛の名を長く叫びながら、男は放精した。
男が果てると、金剛は腰を浮かして男根を解放した。そしてベッドの上に膝をつくと、左手でスカートをたくし上げ、
空いた右手を下腹部へ伸ばし、膣内に放出された精を掻きだした。

「ふふ……すごい量デース……」

そう言いながら秘所より抜いた右手には、大量の白い液体が絡みついている。
金剛はそれをうっとりとした表情で眺めると、おもむろに唇を寄せた。

「提督……金剛の本気、どうでしたカ……?」

濡れ光る舌で、愛液と精液が混じり合ったものを舐めとりながら、金剛が妖しく微笑む。
御戻は、窓越しに向けられる金剛の笑みを前に、身動きひとつ出来なかった。

4
二日経っても、御戻の頭の中には、金剛の痴態が色鮮やかに残っていた。
そのせいで、書類の処理がまた滞ってしまった。一日中机に噛り付いていたが、
仕事に集中しようとすると、深海棲館での金剛が浮かんできてしまってまったく進まなかった。

額に浮かぶ珠のような汗。
桜色に染まった頬。
男を貪欲に飲み込んでいた秘所。
終わった後の、男女液を舐めていた淫蕩な目つき――と、そこまで思い起こして、御戻は自分の頬を平手で張った。

何を考えている。金剛のしどけない姿を思い出している場合か。
大体、榛名の事を確認しにいった筈なのに、お前は何をやっているんだ――そう、胸中で自分を叱り付ける。

「御戻チャン、どしたんよ? いきなり自分の頬引っぱたいたりして」

隣に座っていた小嶋が、不思議そうな顔で御戻を見ていた。

「蚊でも居たんか?」
「あ、いえ。ちょっと眠気を覚まそうと思って」
「眠いなら眠っちゃえばいいのに」

不思議そうな顔で小嶋は言う。確かにしょっちゅう舟を漕いでいる小嶋にしたら、そう思うのだろう。

「お。もう定時だ」

壁にかけられた時計を見て、小嶋が立ち上がった。

「じゃあ、俺はこれで帰るわ。御戻チャンもほどほどにね」
「お疲れ様です」
「お疲れ~。よおーし、今晩も遊ぶぞー!」

小嶋はそう言いながら、執務室を出ていった。
御戻は背もたれに身を預け、目を閉じた。しばらくすると、軽い眠気が訪れる。
小嶋の言葉に従った訳ではないが、御戻は逆らう事なく眠りに落ちた。
 
しばらくの後。
ジジジジジ……という、非常に歯切れの悪い呼び出し鈴の音で、御戻は起こされた。
壁掛け時計を見ると、小嶋が出て行ってから一時間程経っていた。


呼び出し鈴の音はまだ続いている。音は机の上にある旧式の電話から出ている。ここの部署は予算の割り当てが少ないので、
調子の悪い電話機をずっと使わされているのだ。御戻は身を起こして、受話器を取った。

「はい。御戻ですが」
「御戻殿ですか。こちら交換台です。御戻殿宛てに、鷹野さんという方から電話が入っています」

鷹野という名前を聞いて、御戻の心臓が大きく跳ね上がる。
 
「繋ぎますか?」
「……繋いでくれ」
「はい。では繋ぎます」

御戻は大きく息をついた。

「もしもし」
「旦那。鷹野です」
「ああ……先日はどうも」
「いえいえ。こちらこそ。その節は大変な失礼をいたしました」

電話の向こうの鷹野が慇懃に言う。謝りながらもニヤニヤしているに違いない、と御戻は思った。

「で、用件は?」

用件など分かっている。心臓はかなりの速さで鼓動している。だが、平静を装って御戻はそう切り出した。

「はは、そう来ますか。もしかして、どなたか周囲にいらっしゃる?」
「いや。そうではないが」
「じゃあ、虚勢ってやつですかね……まあ、どうでもいいですが。今日『確認』出来ますよ?」 

更に心臓の鼓動が跳ね上がる。

「もしいらっしゃるなら、今日は裏口の方から入って来て下さいね。旦那が来た事がお客人にばれると、色々と面倒になりますから。
さて、後は旦那にお任せいたします。来るも来ないも、お好きにどうぞ。それじゃ」

そう鷹野は言うと電話を切った。
御戻は受話器を戻す。酷く手が震えている。とうとう『確認』出来る時がやって来たのだ。

深海棲館の榛名が、御戻の榛名ではないことを確認出来る。
 
艦から堕ちた娘達は色里に送られるなどと鷹野は言っていたが、それが本当である証拠は何処にもないのだ。
先日御戻が見た金剛も、瓜二つの他人に違いない。そうに違いない。良く言うではないか。世の中には自分とそっくりな人間が三人はいると。
御戻が見た金剛は、きっとそういった類の良く似た他人なのだ。

御戻は更衣室に行き、制服から普段着に着替えると、榛名が榛名ではない事を確認するため、足早に深海棲館へ向かった。



深海棲館に着くと、電話で言われた通りに裏口から店に入る。

「お待ちしておりましたよ、旦那」

裏口から入ると、鷹野が上り框に腰を掛けていた。間違いなく御戻が来ると踏んでいたのだろう。実に楽しそうに御戻の顔を見る。

「確認をしに来た」

確認を、の部分を御戻は強調する。

「それはもう。では、ご案内します」
 
鷹野の先導で廊下を進み、先日の部屋に入る。御戻が畳に腰を下ろすと、

「では、ご確認を」

と鷹野が言って、カーテンに手を掛けた。
御戻の心臓が、走っている時のような速さで鼓動を始める。
やがて、カーテンが開けられ、隣の部屋の様子が窓の向こうに見えた。

金剛型用の制服を着た娘が、ベッドの縁に腰を掛けて、こちらを向いて座っていた。落ち着かないのか、しきりに自分の髪を弄っている。

「あ、ああ……」

御戻の口から、思わず声が漏れる。

「まだお客様が入室してないんですよ。で、どうです旦那? ご確認の程は」

鷹野の言葉には応じず、御戻は窓の向こうにいる娘を食い入るように見ていた。つややかな長い黒髪に、愛らしい顔立ち。
その髪に、頬に、唇に数え切れない程触れた。だから、見間違えるはずなどない。

榛名――だ。この娘は、自分の愛しい榛名本人だ。やはり、鷹野が言っていた事は本当だったのだ……。

「ご確認出来たようですね……ああ、お客様が入室されましたよ?」

鷹野がそう言い、促されるようにして御戻は隣の部屋のドアへ目を向けた。
 
「な……!?」

入って来た客を見て、御戻は絶句する。

「ああ、先日もいらっしゃった海軍さんですね」

入って来たのは、小嶋だった。

「もしかして、お知り合いですか?」

御戻はただ呆然としていた。何故だ……何故、小嶋がここに居る……榛名に何をする気だ……。

「どうやらお知り合いみたいですね。では、ごゆっくりどうぞ」

鷹野はそう言うと、くつくつと忍び笑いを漏らしながら部屋を出て行った。

「あ、あの、榛名です。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」
 
榛名がベッドから立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。 

「いいねー。榛名ちゃん、すごく可愛いね」
「そんな……」

榛名が戸惑ったような顔をする。

「いやいやホントに可愛いよ~。よく言われるでしょ? 可愛いって」
「いえ……言われたことないです……」

確かに御戻は、榛名の事を可愛いと言った事はなかった。誇り高き艦娘に対して、可愛いと言うのは失礼だと思ったからだ。

「そうなの? 周りの男は何をやっていたんだ。けしからんな」

小嶋はそう言うと、榛名を抱き締めた。

「あ……提督……」

御戻は自分の事を呼ばれたと思い、ぴくりと体を震わせた。だが、今、提督と呼ばれているのは、自分ではない。あくまで小嶋なのだ。

「ん……んん……」

榛名の唇が塞がれる。その様を目の当たりにして、御戻の全身から力が抜けた。

「榛名チャン……」

小嶋が唇を離して名を呼ぶ。

「榛名、と呼んで下さい。提督」

榛名がそう言うと、小嶋は黙って頷いた。
小嶋が榛名をベッドへと促す。寝具の上に横になった二人は、再び唇を重ねた。そして、舌を絡めあう。その最中、榛名の身体は幾度か震えた。

「……榛名はキスが好きなんだ?」

唇を離した小嶋が、そう尋ねる。

「……」

榛名は少しだけ熱に浮かされたような顔で小嶋を見る。言葉にして返事こそしなかったが、それは「はい」と答えたのと同義だった。
何故だ榛名――御戻は胸中で叫ぶ。どうして今さっき会ったばかりの男に、そんな表情を見せる? いや、それ以前に出会って一分程の男と、何故、舌を絡める接吻などするんだ!?

「そうか~。じゃあ、ここはどうかな~?」

そう小嶋は言うと、今度は榛名の耳を甘噛みする。

「ひゃん!?」

御戻が聞いた事のないような声を榛名は上げた。榛名もあんな声を上げる事があるのか。

「あ……駄目……。提督……榛名は変になってしまいそうです」
「いいよ、変になっても。榛名が変になるとこ、見てみたいな」

小嶋はそんな事を言いながら、自身の唇を、首筋、肩口、鎖骨と順に這わせてゆく。

「あっ……! そこは駄目です、提督!」

小嶋の舌が腋に辿り着くと、榛名は慌てたように言った。

「なんで?」
「汗をかいていますから……」
「全然匂わないって。むしろ、いい匂いがする」

制服の脇下に開いたスリットへ小嶋は顔を突っ込むと、牛乳を飲む小猫のように、榛名の腋を舐め始める。

「提督……恥ずかしいです……」
「でも、気持ちいいんじゃないの?」
「……」
「あ、黙った。気持ちいいんだ? 榛名は腋を舐められると、恥ずかしいけれど、とっても気持ちよくなっちゃうんだ?」
「もうっ……知りませんっ」

ぷい、と榛名は顔を背ける。拗ねたような、甘えたような、そんな声と仕草。あの声と仕草は自分だけのものではなかったのか――御戻は拳を握る。
 
「可愛いな~」

小嶋はそう言うと、こんどは榛名の上着の前をはだけさせる。下には何もつけておらず、形の良い乳房が顔を覗かせた。

「綺麗なおっぱいしてるね」
 
片手で優しく乳房に触れながら、小嶋は再び榛名の腋に舌を這わせた。同時に与えられる二つの刺激に、榛名の桜色の乳首がみるみる硬くなってゆく。小嶋の指先がそこへ触れると、榛名はぴくんと肩を震わせた。

その反応を確認した小嶋は、今度は人差し指と中指の間に乳首を挟みこみ、ゆっくり小さく円を描くように動かした。その刺激に、榛名は大きく身を捩る。

「感度、いいんだ?」
「そんなこと……榛名には、分かりません」

唇と舌に乳首が捉えられると、榛名は「ああ……」とまるで感に堪えないような声を洩らし、小嶋の頭を両腕でかき抱いた。

「ああ……だめ……だめ……あぅっ!?」

小嶋の手が、榛名のスカートの中をまさぐる。

「榛名。もうこんなになってるよ?」

少し意地悪く言いながらスカートから手を抜くと、小嶋は見せつけるように榛名の目の前へ指を持ってゆく。愛液に塗れた人差し指と中指を広げると、何本もの糸が引かれた。榛名が恥じるように視線を反らす。

「俺のもさ、もうこんなになっちゃってるんだけど」

小嶋は榛名の手を掴むと、ズボンへと導く。前が大きくテントを張っている。

「苦しそう……」

膨らんだ箇所を、榛名は恐る恐る撫でた。

「うん。苦しい。解放して欲しいな」
「はい、提督」

榛名はそう言うと、小嶋のズボンを脱がせた。そして、お目見えした小嶋の一物に、榛名は目を見張った。

「……大きい」

確かに小嶋の男性自身は逞しかった。御戻の1.5倍近くはあるかも知れなかった。
この後、あれが榛名に押し入るというのか――御戻の顔が歪む。

「そうかな? 大きいの?」 
「多分……」
「ふーん。誰と比べて?」
「……」

小嶋の問いに、榛名は困ったように黙ってしまう。そして、暫く沈黙した後に、突然、顔を覆って泣き出してしまった。

「あーごめんごめん。あまりにも下品で、意地の悪い質問だった」
 
慌てて小嶋が謝罪する。

「ごめんなさい……」
「俺の方こそごめんな? ひどい事聞いて」
「本当にごめんなさい……。忘れよう、忘れようって思っていたのに……でもやっぱり忘れられなくて。あの人のこと、やっぱり忘れられないんです……」

榛名のその言葉に、御戻は愕然とする。

「……大切な人がいたんだな?」

小嶋のその言葉に、榛名は何度も何度も頷いた。

「でも、これが運命なら、受け入れます……」

泣き腫らした顔で、それでも榛名は精一杯微笑んでみせる。

その笑顔が御戻の心を抉った。

そして、御戻の中のもう一人の御戻が問いかけて来る――お前はこんな所で何をしているんだ?
こんな覗き魔のような真似をしている時じゃないだろう?
今、お前がやるべき事は一体何だ? 愛しているんだろう? 榛名を。

榛名と出会った時の事から、離れ離れになってしまった時の事までが、まるで走馬灯のように御戻の頭の中を駆け巡る。

笑っている榛名。
少し怒っている榛名。
恥ずかしそうに甘えてくる榛名。
軽く拗ねている榛名。
泣いている榛名。

どの榛名も、自分の命よりも大事なものだ。

御戻の中で何かが弾ける。

御戻は立ち上がると、あらん限りの力で窓を殴った。大きな音が響き渡り、何事かと驚いた榛名と小嶋がこちらを向く。
御戻は何度も何度も窓を殴った。途中から皮が破れて血が出始めたが、構わずに殴り続けた。
やがて、窓は派手な音を立てて割れた。御戻は、残ったガラスを蹴破り、隣の部屋に入った。

「提督!?」
「御戻チャン!?」

窓から侵入してきた御戻を見て、榛名と小嶋が同時に叫ぶ。

「榛名。行くぞ」

御戻は唖然としている榛名の腕を掴んで立たせた。

「お、おい御戻チャン、これは一体どういう事だ!?」
「すみません小嶋殿。榛名は私の命なんです。他の誰にも渡さない」

訳が分からないという顔をしている小嶋に、御戻は頭を下げる。

「短い間でしたが、お世話になりました。それでは」

そう御戻は言うと、榛名の手を引いて、部屋を出た。


外はいつの間にか篠突くような雨が降っていた。
騒動を聞きつけた深海棲館の従業員達が追ってきたが、激しい雨のお蔭で撒く事が出来た。

御戻と榛名は息の続く限り走り続けた。
やがて二人は、海の見える丘に辿りついた。いつの間にか雨は止み、月明かりが煌々と地上を照らし出していた。

遠くに灯のともった港が見える――かつて二人が過ごした鎮守府の港だ。

「あそこでの日々が、ひどく昔の事のように思えますね……」
 
榛名が港に目を向けながら言う。

「そうだな。たかだか一月程前の事なのに」
 
御戻も港に目を向けながら頷いた。

「提督……」

榛名が御戻の腕を取り、身を寄せる。

「ありがとうございます……榛名なんかのために。とても嬉しかったです」
「いや。本当にすまなかった」

榛名の肩を抱きながら、御戻は小さく言う。

「自分が至らなかったばかりに、君をひどい目に会わせた」
「う……わ、私……」

榛名の声が急に涙混じりになる。

「ごめんなさい……わ、私、他の男の人と……。軽蔑しますよね。こんな穢れた女なんて……」
「そういう事を言うものではない。榛名は穢れてなどいない。綺麗なままだよ」
「……提督!」

榛名が御戻にむしゃぶりつく。突然の事だったので、御戻はバランスを崩してしまう。
榛名が上になるようにして、二人は草むらの上に倒れ込んだ。

「ん……提……督……んん……提督っ、提督っ……!」

榛名が荒々しいとも言える動きで、御戻の唇に自らの唇を重ねる。その頬は涙に濡れていた。

「会いたかった……! ずっとずっと、会いたかった! 私、怖くて、淋しくて……!」

御戻の唇を解放し、榛名は言い募る。御戻はそんな榛名の頬を優しく撫でた。

「自分もずっと会いたかったよ、榛名」
「……提督ぅ、提督ぅぅ、提督ぅぅぅ!」

まるで幼子が駄々をこねるように、榛名は御戻の胸に顔を押し当てる。
そんな榛名を、御戻は優しく、まるでこの世に二つとない宝物へ触れるようにして抱いた。
しばらくの間、二人は溶け合うように抱き合い、互いの温もりを確かめ合った。

「あの……提督……」

やがて榛名が顔を上げて、おずおずと切り出す。

「何だい?」
「その、こんな時に……こんな場所で……自分でも、はしたないと思うのですけれど……」
「うん?」
「抱いて欲しいんです。提督に」

月明かりしか光源がないので明確には見えないが、榛名が頬を染めているであろう事は想像に難くない。

御戻は何も言わず、そっと榛名の唇を塞いだ。すぐに榛名の舌が入ってきて、貪欲とも言える程の動きで御戻の舌を絡め取る。
榛名の身体が痙攣するような動きを見せた。接吻だけで、すでに達しているらしかった。
唇を合わせたまま、御戻は榛名の様々な部分に触れる。指先が触れる度に、榛名はどうしようもないといった感じで激しく身を捩った。

「あ、ああ……」

唇を離すと、榛名がまるで瘧に罹ったかのように震える声を出した。

「か、感じ……すぎ……て、お、おかしく……なりそうです……」
「榛名。愛している」

そう御戻が言うと、榛名は滂沱と涙を流しながら、あらん限りの力で御戻に抱き付いてくる。

「お願いです。忘れさせて……!」

深海棲館での事を言っているのだろう。御戻は榛名の秘所に触れてみた。すでにそこは、驚き、目を見張る程に潤みを帯びていた。
御戻は榛名の下穿きをはぎ取り、自分のズボンを脱いだ。すでに御戻のものも天を仰ぐ程になっていた。
御戻が榛名に押し入る。盛大に潤んでいるせいで、抵抗らしい抵抗など感じないまま、御戻の男性自身は榛名の中を進んでゆく。
だが、先端が奥に到達するやいなや、一転して榛名の内は、まるで吸い付くようにして激しく御戻を締め付け始めた。

「くっ……榛名」
「提督……もう二度と離さないで……」

榛名の両腕が御戻の首に回され、両足は腰をがっちりと挟み込む。

「ああ。もう二度と離さない……」
「提督! ああ……もう……だめっ……!」

榛名の涙混じりの嬌声と、御戻のせり上がってくる射精感を堪える呻きが、重なりあう。

「榛名……!」
「提督……!」

二人は互いを呼び合いながら、絶頂を迎えた。

月明かりの下、波の音と潮の香りが二人を優しく包んでいる。

「えらく幸福な気分だよ」

草むらに横たわったまま、御戻は静かに言った。

「私もです……提督」

榛名が身をすり寄せてくる。

「もう鎮守府にも、自分の所業が伝わった頃かな」
「ふふ……そうですね」

少しだけ楽しそうに榛名は笑う。

「榛名」
御戻は硬い声で言う。
「自分にはもう何もない。士官としての身分を剥奪されるのは無論の事、それどころか、今や遊郭から女を攫った犯罪者だ」
「提督は犯罪者などではありませんよ」
おだやかに言いながら、榛名は御戻の頬に口づけする。
「……榛名を救い出してくださった英雄です」

月明かりにうっすらと照らされた、榛名の優しい笑顔。その笑顔だけで、御戻の心は存分に満たされる。

「自分が君に差し出せるのは、もう命ぐらいしかない」
「嬉しい。榛名なんかのために、そんな事を仰って下さるなんて」
「榛名――」
 
すまない、と続けようとした御戻を榛名が遮る。

「榛名も提督に差し上げられるのは、命ぐらいしかありません」
「……」
「榛名は御戻提督だけのものです。何処までもお供します。例え海の底でも。だから――」 

榛名が御戻の手を強く握る。

「――もう二度と、離さないで」
「分かった」

二人とも、考えている事は同じようだった。

「空、綺麗ですね……」
「ああ……」

遥か上には満天の星空。地上の憂いや哀しみとは、一切無縁の美しい輝き達――この星々を天からのささやかな贈り物と思って、静かに二人でゆこう。

「提督。榛名は、提督を愛しています」
「自分もだ。榛名、愛している」

二人は静かに唇を合わせた。

――翌日。
鎮守府の港に、一組の男女の遺体が流れ着いた。
 
男の方は、かつて提督まで務めた事のある士官。
女の方は、かつて金剛型の艦を駆っていた艦娘。

男の左腕と女の右腕は、衣類の切れ端できつく結ばれていたが、その必要がないと思われる程に、二人は強く抱き合ったまま絶命していたという――。

― 了 ―

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榛名
最終更新:2014年01月29日 01:27