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てすと
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小説お試し
石川慎二が篠田僚一を初めて見たのは、高校の入学式の朝のことだった。
その前日に家族と大喧嘩を繰り広げた彼は、その家族と顔を合わせるのが嫌で朝の随分早い時間に学校近くに辿り着いていた。
県立北高校は、どちらかといえば進学校だがトップレベルという訳でもなく、もちろん自由な校風と言うほどの事もなく、特徴と言えば前身が師範学校だったとかいう歴史の古さぐらいしかない学校である。ここに入学してくるのは、近隣の中学校で中の上か、せいぜい上の下くらいの成績の生徒たちである。飛びぬけて優秀ではないが、そこそこは出来るという生徒たちは、全体におとなしい印象が強い。だから、中学時代、トップ10から落ちたことのない石川は、どちらかというと入る前から少しこの学校を舐めてかかっていた。
そしてそれは、大抵のところでは間違いではなかった。
入学式を控えているとはいえ、さすがに時間が早すぎたのか、学校の周辺に人気はなく、ひっそりとしていた。学校のぐるりを囲む桜の木々が見事な花を誇っている。石川は、学ランの襟をすっかり緩めて、ズボンのポケットに両の手を入れただらしない格好のまま正門に向かった。正門前には、ささやかながら満開の桜並木が待ち構えている。石川は、薄紅の花のアーチを目を細めて通った。
ふと気配を感じて石川が振り返ると、そこに彼がいた。初め、石川はそれが人間に見えなかった。何かの物体のように見えたのである。
それは、桜の木の幹に凭れていた。黒いガクランをきっちりと着込んで、伏せた目を手にした文庫本に向けている。だが、その白い顔には感情や真剣さすら見受けられず、ひどく虚ろに見えた。本を読んでいるようには思われない。石川は、それを人形のように感じた。ただ、よく見るとわずかに動いているので人間であるのに気付いた。彼は、不思議な気持ちでその人物を眺めた。
それは、すいと視線をあげて石川を見た。彼は息を飲んでその人物を見つめた。その顔が、驚くほどに美しく整っていたためである。
どこか青白く見える額には、艶のある黒い髪がはらりと垂れて、その顔の白さをさらに際立たせていた。その前髪の下では、神経質そうな細い眉が弓形を描き、僅かに目尻の上がった目が視点を定めぬままこちらの方を向く。その不安定な視線は、ゆるく開いた唇と幼さを残して緩やかなカーブを描く頬とあいまって、奇妙な色を現出させていた。美少年というものがいるのなら、まさにこういうものだろうと思われた。
そうして、彼は確かに石川の方を見たのだが、何を言うでもなく、そのまますっと視線を下に戻したので、何となく鼻白んで視線を外した。そうして、その人物に気を引かれながらも閉じられた低い門扉を軽く乗り越えて学校の探索に向かった。石川にとっては、ひどく印象に残る出来事だった。
入学式前の教室は、出身中学別にハッキリと3つに分かれていた。桜丘、明星、北中という地域の中学校である。石川の母校である北中が一番近いので、当然北中の生徒の塊が一番大きいようである。
石川が教室に入っていくと、この3月まで同じクラスだった二人が近づいてきた。
「おはよ、慎、遅かったね」
「石川も、やっぱり同じクラスだったな。また一年よろしく」
「ヨージに勝浦じゃねえか。よろしくー。で、何、そのやっぱりってのは」
「1組、特進クラスなんだよ。スタディクラスとかいうらしいね」
「そ。だからうちのクラス、推薦組が多いんだぜ」
「ああ、そうか、勝浦も推薦だっけ」
「そう。あれ、そういえば石川は推薦に来てなかったな」
「慎は青葉だったんだよ。試験うけれなかったけど。ガラス突き破って腕を怪我してたもんね。それも前日に」
「……あれは不可抗力だ」
「知ってる。有名だもんな。あれって、そんな時期だっけ」
「そう。試験当日は検査入院中。頭もぶつけてたから」
「でも、一般受けたんだろ」
「落ちた」
「嘘っ」
「大遅刻したんだよね」
「うるせえ、ヨージ。いちいち解説すんな」
「別に悪かないよ」
「悪いよ。あそこまでいったらネタだろ、すでに」
「……たしかに」
「それよりさ、見てみろよ、このクラス。有名人が結構来てるぞ」
「そうそうそう。桜丘の高岡くんとか」
「高岡って、生徒会長だった?」
「そう。PTA巻き込んで校則改正運動やっちゃった奴」
「へえ。で、どれよ?」
「そこ、一番前」
「うわ、あれかー。意外と小さいな。行儀いいなあ」
「ぴしっとしてるよね」
「でさ、石川。あっち見てみろよ」
「ああ? なんだありゃ」
「明星の篠田くんだよ。明星の王子っていう」
「あー、それってあれだろ、倉知がさ」
「言ってたね。「すっごい美少年」って。……本当だったんだね」
「それにしてもあれは異常な感じがするが」
「あいつ、3年の2学期から転校してきて、すぐあんな状態になったらしいぜ。何かあるんだろうな」
「こうやって見ると、うちは目立つ奴は少ないな」
「慎より目立つ奴なんか、そうそういないって」
「あ? 俺も有名人に入ってんのか」
「当たり前。だってさ、慎、おまえ裏でシメてたことになってるよ」
「……は?」
「桜丘の知り合いが言ってたよ。そういう噂がまことしやかに」
「ちょっと待て、何で風紀委員が裏シメるんだ。洒落にならんぞ」
「それってさ、多分あいつのせいじゃないか。木原」
「あー……慎は懐かれてるからなぁ。あいつココにいるよ。隣のクラス」
「え」「さっきおまえのこと探しに来てたぞ。青葉だと流石に手が出ないんで、いちかばちか賭けたんだってよ」
「マジかよ。あいつよく受かったなあ」
「なぁに、朝っぱらから巨頭会議?」
「誰が巨頭だ。それより倉知、おまえ白百合じゃなかったのかよ」
「やめたわ」
「ええっ、だって受かってたんだろ」
「いいじゃなーい、あたしの勝手よ。ところで何話してたの?」
「ほら、結構有名な奴らがいるだろう? そのこと」
「ああ、確かにね。言っとくけどあんたたちも有名よ」
「それはおまえもだろ」
「あんたたちには負けるわ。石川、朝倉、勝浦といえば、北中が誇る影の三巨頭だもん」
「そんなもの勝手に作るな」
「あは、確かに三巨頭は大げさだけど、北中では知らないひといなかったわよ、あんたたち」
「俺は違うだろう。こいつらはともかく」
「石川。そりゃ間違いだ」
「そうそう、鬼の風紀委員長で有名だったよ」
「誰が鬼だ、誰が」
「だから、おまえだって、慎」
「あー、じゃあ、自己紹介も済んだところで、クラスの委員長と副委員長を決めないといかん。誰かやりたい者はいるか」
異常な緊張状態。お互いに腹を探ってるのか。ていうか、ただの高校のクラスの委員長だけど。
「ないようなら、入試の席順で指名する。委員長は倉知亜希子。副委員長は高岡裕也。異論のある者は」
「先生。私は副委員長の方がやりやすいのですけど、駄目ですか」
「倉知か。高岡はどうだ。委員長は」
「いえ、特には希望はありません。ただ、倉知さんがそのほうがいいなら、代わりに委員長をやってもかまわないですけど」
「なら、委員長は高岡、副委員長は倉知でどうだ。――」
石川とヨージ、ここぞとばかりに拍手。つられて周りの者も拍手。
「決定だな。あとの係は自分らで決めろ。じゃあ、高岡、倉知、前に出て議長を頼む」
シーン 廊下
石川、朝倉ヨージ、勝浦、倉知(クラスメイト)に隣のクラスの木原がバッタリ。石川と木原は1週間前にも顔を合わせてる。(入学式前
「石川さんっ! お久しぶりです」
「木原、頼むからその口調はよせ……誤解される」
「いえっ、これ以上は譲歩出来ません。石川さんは俺の敬愛する人ですから」
「(敬愛と言われてかなり引き気味)あー……ええと、木原、おまえ頑張ったんだな。2年の時は確か後ろから数えたほうが早かったもんな」
「石川さんが教えてくださったお陰です(超断言)」
「え、イヤあれは……俺も色々と勉強になったから(説明するのにもテクニックが要ることとか。木原君ってば物分かり良くないからね)」
「そんな、本当に石川さんのお陰です。あの、俺は2組にいますので、何かあればすぐ言ってください」
「何かあればって」
「シメられたときとか。3倍返しでやらせていただきますんで(やるなよ)」
「木原、あの、俺ほんっといいから。頼むからお礼参りなんかはやるなよ。いいな?」
「石川さんがそう言うなら、そうします」
「……(何かが違う)」
「じゃあ俺、これで。何かあったらぜひ声をかけてください」
「あ、ああ、分かった……」
「あーいされちゃってるわねぇ♪ 石川くんてば」
「ヤメロ……(ぐったり)」
「俺、睨まれたぞ」
「俺も。あいつ怖いよ」
「石川くん偉いねえ。木原くんの勉強見てあげたんだ」
「だってアイツ、泣きそうな顔して問題集に向かってるんだぜ。普段を知ってるだけに哀れでさあ」
「うそっ、あいつがかー?」
「声かけたらさ、捨てられた子犬みたいな目でじーっとこっち見るんだよ」
「想像できない……」
「同感。でも、それは石川くん、見捨てられないよねー(実はいい人だ・か・ら ♥ )」
「倉知さん、ちょっといい?」
「あ、なに?」
「今聞いたんだけど、代表者会議がさっそく明日の放課後にあるんで、予定いれとけって、担任が」
「分かった。ありがとう。高岡君もちょっといい?」
「いいけど。何」
「ん、改めて紹介するわ。さっき自己紹介したけど。もと北中3-Cのゴールデンメンバーだよ」
「へえ」
「こっちが朝倉くん。去年は学級委員で学年代表。で、こっちが勝浦くん。生徒会会計でサッカー部の副主将。で、これが石川くん。先生まで怒鳴りつける鬼の風紀委員長」
「だれが鬼だ。……じゃあ、こっちが倉知。もと生徒会副会長で参謀タイプ。こいつの上に立つ奴は、操縦される運命にある」
「何よそれ」
「じゃあ、僕も改めて。もと桜丘中生徒会長、高岡裕也。……っていっても、噂ほどじゃないけどね。校則改正は先々代からの計画だったんだ。だから僕の業績じゃないんだけどね、本当は」
「うちの役員ら、みんな英明に行っちゃったんだよなあ。信じられないよ」
「英明って、そうか、そっちの学区だとわりに近いよね」
「慎も受けろって言われてなかった?」
「ああ。でも俺あそこヤダ」
「でも有名私立じゃない」
「おまえが言うか」
「あは、ごめん」
「ちょっと遠い上に校則厳しくてカリキュラムが詰め込みなんだよ」
「あら、でも詰め込みはここも似たようなものじゃない?」
「いいや、レベルが全然違うよ」
「え、あれ、桜丘の役員って、校則改正やったメンバーじゃないのか? そいつらが、そういう学校に行ったのか」
「何だか変な感じよね」
「英明ってさ、生徒会長殿が行ったところじゃなかったっけ」
「お似合いだろう」
「……まあ、ね」
「そう言われればそうかもなあ。ブランド志向強かったから」
「いなくなってせいせいしたわぁ」
「おまえも言うね……」
「倉知がそう言うのも分かるよ。俺ら役員はアイツのせいでどんなに振り回されたか」
「俺、俺なんか思いっきり目の敵にされたぜ」
「だって石川くん、一部で影の生徒会長って噂が立ってたもの。藤田はそれが気に食わなかったみたいよ。実力テストではいつも負けてたし」
「勝ち負けなんか知るか」
「高岡くんは北高にきて正解だったと思うよ。今朝、クラス分けで改めてうちの出身の人の顔ぶれをチェックしたんだけど、結構いい顔ぶれだった。絶対面白くなるよ」
「朝倉くんって、そういうところが侮れないわ」
「どうも、お褒めに預かりまして。でも倉知さんだってチェックしてただろ」
「やだ、みてたの」
「仲いいんだな。確かにここに来てよかったかもな。僕としては君らに会えただけでも収穫だね」
明星中学の篠田僚一、と言えば明星の「王子」として有名だった。特に頭が良いという話も、スポーツが得意だという話もなく、ただひたすら「美少年で、王子」だという訳の分からない噂が流れてきていた。
3年の2学期に転校して来たきりであるにもかかわらず、学区外の人間にも有名だった。
篠田僚一は、確かにある意味王子だった。本当に何もやらないのである。北校では、週替わりで掃除当番が決まっており、だいたい1ヶ月くらいに1回はそれがまわって来るのだが、この掃除をやっていたためしがない。それも、サボっているのではなく、周りの者が自分が代わってやると競って言い出すのだ。他のことにしても全てにおいて、手伝える範囲のことなら誰かがその役目を買って出るのである。つまり、彼は何もやらないのではない。彼がやるより先に周りの者がやってしまうのだ。確かに王子である。他校出身の者には、最初これが非常に奇妙に見えていたのだが、2週間も経つと情勢が変わっていた。
王子の部下が、増えていたのである。
「あの王子様は、何でああ人気があるんだ?」
「皆月が言ってたんだけど。この状況に一番困っているのは本人なんじゃないかって」
「へえ?」
「確かに変だよね。見てると篠田くん、あれだけ入れ代わり立ち代わり人が来ているけど、毎日一緒にいる人っていないんだよ。基本的には個人行動。それに」
「それに?」
「ちっとも楽しそうじゃないんだ。顔は笑ってるのに」
「ヨージ?」
「俺、篠田くんと一度話をしたことがあるんだけど。自分のこと、喋らないんだよ。いつも聞いてばっかりで」
「まあ、そういう奴もいるんじゃないか」
「何きいても、すっと逃げられるような感じなんだ。俺が聞いてたはずなのに、気付くと俺が自分のことを話してるんだ」
「ヨージが? 珍しいな」
「だよね。何だか鏡に向かって話してるみたいな感じがするんだよ」
「あれ、石川に朝倉。こんなところで何話してるの」
「高岡か。王子様の話さ。ヨージがさ、鏡に向かって話してるみたいだって」
「ああ……そうだな。確かにそんな感じするな。確かに話をしている筈なんだけど、相手の実態が見えてこないって言うのかな、奇妙な感じだよ」
「英明って、そうか、そっちの学区だとわりに近いよね」
「慎も受けろって言われてなかった?」
「ああ。でも俺あそこヤダ」
「でも有名私立じゃない」
「おまえが言うか」
「あは、ごめん」
「ちょっと遠い上に校則厳しくてカリキュラムが詰め込みなんだよ」
「あら、でも詰め込みはここも似たようなものじゃない?」
「いいや、レベルが全然違うよ」
「え、あれ、桜丘の役員って、校則改正やったメンバーじゃないのか? そいつらが、そういう学校に行ったのか」
「何だか変な感じよね」
「英明ってさ、生徒会長殿が行ったところじゃなかったっけ」
「お似合いだろう」
「……まあ、ね」
「そう言われればそうかもなあ。ブランド志向強かったから」
「いなくなってせいせいしたわぁ」
「おまえも言うね……」
「倉知がそう言うのも分かるよ。俺ら役員はアイツのせいでどんなに振り回されたか」
「俺、俺なんか思いっきり目の敵にされたぜ」
「だって石川くん、一部で影の生徒会長って噂が立ってたもの。藤田はそれが気に食わなかったみたいよ。実力テストではいつも負けてたし」
「勝ち負けなんか知るか」
「高岡くんは北高にきて正解だったと思うよ。今朝、クラス分けで改めてうちの出身の人の顔ぶれをチェックしたんだけど、結構いい顔ぶれだった。絶対面白くなるよ」
「朝倉くんって、そういうところが侮れないわ」
「どうも、お褒めに預かりまして。でも倉知さんだってチェックしてただろ」
「やだ、みてたの」
「仲いいんだな。確かにここに来てよかったかもな。僕としては君らに会えただけでも収穫だね」
明星中学の篠田僚一、と言えば明星の「王子」として有名だった。特に頭が良いという話も、スポーツが得意だという話もなく、ただひたすら「美少年で、王子」だという訳の分からない噂が流れてきていた。
3年の2学期に転校して来たきりであるにもかかわらず、学区外の人間にも有名だった。
篠田僚一は、確かにある意味王子だった。本当に何もやらないのである。北校では、週替わりで掃除当番が決まっており、だいたい1ヶ月くらいに1回はそれがまわって来るのだが、この掃除をやっていたためしがない。それも、サボっているのではなく、周りの者が自分が代わってやると競って言い出すのだ。他のことにしても全てにおいて、手伝える範囲のことなら誰かがその役目を買って出るのである。つまり、彼は何もやらないのではない。彼がやるより先に周りの者がやってしまうのだ。確かに王子である。他校出身の者には、最初これが非常に奇妙に見えていたのだが、2週間も経つと情勢が変わっていた。
王子の部下が、増えていたのである。
「あの王子様は、何でああ人気があるんだ?」
「皆月が言ってたんだけど。この状況に一番困っているのは本人なんじゃないかって」
「へえ?」
「確かに変だよね。見てると篠田くん、あれだけ入れ代わり立ち代わり人が来ているけど、毎日一緒にいる人っていないんだよ。基本的には個人行動。それに」
「それに?」
「ちっとも楽しそうじゃないんだ。顔は笑ってるのに」
「ヨージ?」
「俺、篠田くんと一度話をしたことがあるんだけど。自分のこと、喋らないんだよ。いつも聞いてばっかりで」
「まあ、そういう奴もいるんじゃないか」
「何きいても、すっと逃げられるような感じなんだ。俺が聞いてたはずなのに、気付くと俺が自分のことを話してるんだ」
「ヨージが? 珍しいな」
「だよね。何だか鏡に向かって話してるみたいな感じがするんだよ」
「あれ、石川に朝倉。こんなところで何話してるの」
「高岡か。王子様の話さ。ヨージがさ、鏡に向かって話してるみたいだって」
「ああ……そうだな。確かにそんな感じするな。確かに話をしている筈なんだけど、相手の実態が見えてこないって言うのかな、奇妙な感じだよ」