鬼ごっこ2



ギュィィィィィィィン!!

おぞましい音を上げながら迫ってくる『何か』からベビンネは必死に逃げる
赤子ンネを溺死させた青い光の物体『ウォッシュロトム』とはまた違う、緑色の光のマシンのような『何か』だ

「チィーー!チィー!」「チピィィィィ!!」

この『何か』から逃げているベビンネは二匹
恐怖に駆られ『ウォッシュロトム』から逃げ出した通路の先は複雑に入り組んだ通路のようになっており
統率勢など取れていないベビンネ達はバラバラになってしまったのだ

幼く体力にも乏しい身体に鞭打ち、ベビンネは必死に『何か』から逃げる
『何か』の底部には高速回転するカッターが装備されており、追いつかれればたちまちミンチされてしまうためだ
曲がり型に突き当たれば当てもなく曲がり、複雑な迷路をただ死にたくない一心で突き進む
不思議なことに何故かベビンネの走るスピードと『何か』の追いかけるスピードは拮抗しており、引き離すことはできないとはいえ、追いつかれることもなかった

「ヂィ…!ヂィィ…!」「チィィ…!チィィ…!」

しかし、まるで遊んでいるように余裕を残した『何か』に対し、ベビンネは全速力で走っている
当然限界は訪れ、ベビンネの息が徐々に荒くなっていく

「ヂィ…ヂィ…」

やがて片方のベビンネが失速していき、『何か』との距離が縮まっていく

「ヂィィ…」

背後からどんどん迫ってくる『何か』
このまま力尽き、新たな犠牲になってしまう…かと思われた

ギュィィィィィィィン!!

「ヂィィィィィィーーーーー!!!」

聴力に長けているタブンネにとってはある意味攻撃ともいえる『何か』の出す音
間近に迫ったその音にベビンネの脳裏に赤子ンネが死んだ時の光景がフラッシュバックする

「フィッ!フィッ!フィッ!フィッ!フィィィィィィ!!!ヂィィィィィ!!」

死への恐怖がベビンネに再び力を与えたらしい
涙や鼻水や糞尿などのあらゆる排泄物を垂らしながらもベビンネは驚くべきスピードで『何か』との距離を離していく
やがては一緒に逃げていたもう一匹のベビンネと並ぶまでに至った、火事場の馬鹿力というやつだろう

永遠に続くかと思われたベビンネと『何か』の死のレースだが
飽きてしまったのか、ベビンネ二匹が迷路の曲がり角を曲がったところで『何か』は追跡を止めてしまった

『フィッ…フィッ…チィィ…?』

突然背後からのあのおぞましい音が聞こえなくなり、ベビンネは既に限界で痙攣している足を止めて恐る恐る振り返る
自分達を追いかける『何か』の姿はそこにはなく、ただ静寂のみが場を支配していた

『チィ…!チィ…!!』

ようやく去った脅威にベビンネ二匹は安堵の声を上げた

「チィチィ…!チィィ…!チュピチュピィ…!」

「チィィ…!チッピィ!フィィ…!」

互いの命があることに涙を流して感動する二匹
まるで自身の存在を確認するかのようにお互いに鳴きながら固く抱き合う

「チッ!チィチィ!ピィィ!」

「チッキャァ!ピィピィ!」

ひとまずは身体を休めるために、通路の壁に背を預けて座り込むベビンネ達
その間もお互いを励ます言葉を掛け合い、幼いながらも先に希望を見出そうとする
命を賭けている状況がベビンネを成長させたのか、実に健気な光景だ

「チィ!チィチィ!!」

「チッピィ!チィィ…!」

やがて十分な休息を取り、体力を回復させたベビンネ達
この迷路から抜け出すべく再び先へと歩き出す

『チィィ…チィチィ…』

あのギュィィィィンという音が聞こえないか時折怯えならも
優れた聴力を活して安全を確認しながら複雑な迷路を進んでいく
そういった行動は野生ポケモンとしては当たり前の行動ではあるが
ある意味トラウマともいえる体験がまだ幼い二匹にそれを
体得させたようだ

そうして二匹はなんとかあの恐怖の存在に遭遇せず迷路を進んできたのだが
一向に出口と思われるような場所には辿り着かなかった

「チィィ…」

それそのはず、いくら精神的に少し成長したといっても
未だその思考は幼いまま、当てもなくただ迷路を進んできたにすぎない
終わりの見えない迷路にベビンネは徐々に不安な気持ちになっていった

「チィ」

二匹が通路を進んでいくと、前方にL字型の曲がり角を発見した
これまでと同じようにベビンネ達はその小さな耳に神経を集中して先の物音を確認する

「チィィ!チッチィ!」

「チピィ!チャッチャ!」

何も聞こえないことを確認すると、ベビンネ達は曲がり角を曲がろうする


だが、それはあまりにも軽率すぎる行動だった

二匹が曲がり角を曲がってすぐ、そこにはベビンネにとって思いも寄らないものが存在していた

オレンジ色のマシンのような身体、纏っている緑色の光

二匹を散々追いかけ回した『何か』、カットロトムが不気味な笑いを浮かべてベビンネの目の前に現れた

『チッ…!?』

予想外の出来事にまさに目の前に危険が迫ってるにも関わらず、二匹は思わず固まってしまう
カットロトムとベビンネが見つめあったまま、数秒が経過した

ギュィィィ…

やがてカットロトムから二匹にとってトラウマとなっている『あの音』が鳴り出す
そう、このカットロトムはエンジンを止めて無音のまま、ここでベビンネを待ち伏せしていたのだ
そのためベビンネの警戒心の元でもあったエンジン音が聞こえず、まんまとベビンネは待ち伏せにあってしまった

「チィーー!!チィィ!チィィ!ミピィーーー!!」

「チィチィチィ!!チィィィィィィ!!!」

ベビンネ達は甲高い叫び声を上げながら、目の前に現れた脅威から再び逃げるべく来た道を戻り出した

ギュィィィィィィィン!!!

直後、『あの音』と共にカットロトムが二匹を追走する

「チィィィィィィィィ!!!チッ…!?ヂビッ!」

「チッ…!?」

そして、その音に恐怖を煽られた片方のベビンネが躓いて転んでしまう
もう一匹もそれに驚いて思わず足を止めた

「チッ…チィィ…!」

呻きながらもすかさず立ち上がろとするベビンネ、だが…

「チッ!?」

ギュィィィィィ…

時は既に遅し、ベビンネのまさにすぐ背後から『あの音』が静かに聞こえてくる

「チッ…チッ…チィィ…チピィィ…」

ベビンネは恐る恐る後ろを振り返る

そこには笑みを浮かべながら、自分を見ているカットロトムがいた
今にも金切り声のような音を立てているカッターで自分を切り刻みかねない距離に

「ヂィィーーーーー!!ヂィヤァァーーーー!!!」

ベビンネはパニックで絶叫した
溺死した赤子ンネ、そしてあわやというところで自分もそうなりかけたあの時の恐怖
それら全てが今この瞬間、ベビンネの脳裏に駆け巡っている

ギュィィィィィィィン!!!!

そして先程まで静かに音を立てていたカッターが再び唸るような音を立てる

「ヂィィィ!!ヂィィィ!!ヂピィーーー!!!」

ベビンネは涙を浮かべながら必死に「こないで!」と悲鳴を上げる
しかしカットロトムはベビンネの表情を楽しむかのようにジリジリと迫ってくる
ベビンネの恐怖を煽るように時折カッターの音を強めたり、弱めたりしながら

「ヂィッ!ヂィィ!!ヂィィィーーー!!」

するとベビンネはもう一匹のベビンネに対して泣きながら叫ぶ
恐らく助けを求めているのだろう

「チィィ…チィィ…」

しかし、助けを求められたベビンネは悲しそうな鳴き声を上げたものの
もう一匹を助けようとはせず、ただ離れた所から見ているばかりだ
このベビンネもまたカットロトムに対して尋常じゃない恐怖を抱いているのだ

「ヂィィ!!ヂィピィィーーー!!ヂァァァ!!」

そんな兄弟にも構わず「たすけて!たすけて!」と叫ぶベビンネ

「チィィ…チヒィィン…!」

だがその声を聞いて涙を流したものの、やはり近付こうとはしないもう一匹、そしてやがて

「チィィーーーーーー!!!」

窮地に陥っている方のベビンネに対して背を向け、一目散に駆け出して逃げていってしまった

「ヂィィ!!ヂィィ!!ヂィィーーー!!!ヂィヤァァァーーーーーー!!ヂバァァァァーーーー!!!」

兄弟に見捨てられ、絶望に満ちた悲鳴を上げるベビンネ
どんなに叫んでももう一方のベビンネが助けに戻ってくることはなかった
その様子をカットロトムはニヤニヤしながら眺めている

「ヂィィ!ヂュピィィィ!チュィァァァ!!」

だがベビンネはまだ諦めてなかった
今度はカットロトムに対し、「たすけて!たすけて!」と必死に懇願する

ギュィィィィィィィン!!!ギィィィィィィィン!!!

しかし、それ対しての答えであるかのようにカッター音が強まった

「ヂィィィィィィィィィ!!!!ヂピィッ!!ヂァァァ!!フィィ!!フィッ!フィッ!ピャァァァァァ!!!」

ついに全ての希望を失い、号泣するベビンネ

(たすけて!ママ!ママ!たすけて!しにたくないよぉ!)

救いを求めて必死に泣き喚く、しかし…

「ヂィッ!?ヂッ…」

ついにその凶刃がベビンネに襲いかかった
高速回転するカッターがベビンネの身体を刻んでいく

「ヂビャ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!!」

ベビンネの断末魔が周囲に響く
もう一度母の温もりに抱かれることも叶わず、兄弟に見捨てられ
凄まじい痛みと絶望にまみれて、数秒とかからずベビンネは息絶えた

処刑を終えたカットロトムが去った後には、ただの真っ赤な肉塊のみが残った



最終更新:2015年02月20日 17:07