「ラッキーじゃない…のか?」
「タブンネちゃんを使ってみて欲しいって言われたの。優秀だって言われたからOKしてみたわ」
「ミィミッ♪ミィ♪」
此処はとある街のポケモンセンター。
先日、このセンターの看板
ナースであったラッキーが惜しまれつつ定年退職してしまったので代替ナースの申請をしたのだ。
「(なんでラッキーじゃねぇんだよ!しかもよりによってこんな…っ!!)」
そしてナースキャップをちょこんと被ったタブンネが現れたのだった。
「さ、これからよろしくね!タブンネちゃん」
「ミィミィ♪」
「(うげ…マジありえねぇ…)」
この男性職員、次もラッキーが来ることを期待していたのだ。
可愛らしい容姿に器用で優秀なナースとしての技量。もちろん気も利く。
男性職員が配属される前からラッキーは此処で働いていたので、先輩として教わったことも沢山ある。
実際、ラッキーは長くこのセンターのアイドルとして頑張っており利用者からも絶大な人気を誇っていた。
なのでこの男性職員はラッキーこそがナースポケモンにふさわしいと考えていたのだ。
ところが現れたのは媚びた笑顔を浮かべてミィミィ耳障りに鳴くタブンネ。
どう見ても利発そうに見えない。
「(クソが…最悪じゃねぇかっ!!)」
この男性職員はタブンネのことが嫌いだ。
子供の頃から手持ちのポケモンを育てる為に
タブンネ狩りをしていたのだが、なきごえやメロメロ等のあからさまに媚びているような技に苛々させられたからだ。
しかもこちらのポケモンがあまり育っていない時は腹黒い笑顔を浮かべてタックルやおうふくビンタを繰り出してくるという始末だ。(返り討ちにしたのは言うまでもない)
そんなこともあり、タブンネというポケモンは強いものには自分の可愛さをアピールするような技で媚びて許しを乞い、弱い者には強気で攻撃してくるような性格の悪い種族ということを良く分かっていたからだ。
「(つーか絶対コイツも性格悪いだろ。選択ミスにも程があるっつーの)」
念の為だが男性職員はタブンネ以外のポケモンは大好きである。
タブンネ以外、は。
「タブンネちゃんはいやしのはどうが上手でね、特性はいやしのこころ!治療向きなんだって!」
「ミィ~♪」
「(ラッキーも条件同じだろうが!タブンネなんかただの劣化じゃねぇか!
てか得意気にドヤ顔してんじゃねぇ!)」
「(はぁ…)ナースはラッキーだけで十分だろ。俺はコイツにナースが勤まるとは思えない」
確かにタブンネはいやしのはどうを使える。
だがそれは強いものに媚び、己の生存確率を上げる為の技としてあるようなものであり、そんなくだらないことの為にあるような技でポケモン達を治療していくなどあってはならない。
事実タブンネ狩りの中で男性職員がルカリオなど繰り出そうものなら、媚びまくった笑顔を浮かべていやしのはどうを施してきたのだ。
『かわいい私がお強い貴方を癒してあげるミィ♪だからお願い見逃してぇ♪』
『全くもって可愛くねぇしうざい。ルカリオはどうだん』
『ミギャアァァアアァ!!!!!』
こんなやりとりを散々見せつけられてきた男性職員としては、タブンネが生存していく手段としての技などセンターで採用できる訳がないのだ。
「ミィ…ミィ…」
「まぁそうきついこと言わないで。試しにタブンネちゃんに頑張ってもらいましょうよ」
男性職員が態度を硬化させる為、ナースンネは優しい言葉をかけるジョーイさんの後ろに隠れてスカートの端をきゅっと握り、おずおずと男性職員の様子を窺っている。
――かのように見えた。
「(お、タブンネ睨んでるじゃねぇか。やっぱどいつもこいつも性格クズか)」
案の定このナースンネも性格が悪いようだ。
自分の素晴らしさを認めようとしない男性職員に対して睨み付けている。
しかも自分の肩を持つジョーイさんからは見えないようにだ。
腹黒いにも程がある。
まぁタブンネがどんなに睨んで凄んでも間抜けで可笑しいだけだが。
(性格最悪で自尊心だけは一人前。センターのスタッフとして破滅的に不向き。いやしのこころはただの飾りか)」
男性職員は失笑を隠さない。
しかしこのナースタブンネも性格が悪いことが分かった以上、いつまでもこのセンターに置いておく訳にはいかないのも事実だ。
そもそもタブンネごときをセンターのスタッフとして配置しようとすることすら納得いかないというのに。
ラッキーの様に無償の慈愛を持って職務に当たることなどまず無いだろう。
タブンネのたかが知れた能力をさも特別であるかの様に誇示し、ちやほやされ、自尊心を満足させたいが為だけに仕事をするであろう。
気に入らないことがあれば何をするかも分らない。
そんなことではトレーナーとポケモンを全力でサポートするポケモンセンターとしての機能が無くなってしまうではないか。
だがこんな無能な奴らの尻拭いなど御免だ。
「(追い出すか。いや、もうタブンネなんぞ二度とナースにさせないような状況を作って追い込むか……そうだな、いい案がある)」
男性職員はまだ間抜けな顔でこちらを睨み付けているタブンネを一瞥しニヤリと笑う。
「まぁそうだな!使ってみないと分らないよな!
ヨロシク、多分ね!」
「ミィ…ッ」
ナースタブンネの手を取り、力を込めて握手をする。
ジョーイさんはほっとしたようにタブンネによかったね、と声を掛ける。
だがタブンネは手を潰される様な痛みに顔を顰め、声を上げる。
「(これから楽しみだよなぁ、なぁナースもどき?必ず追い出すぜ?)」
男性職員の悪意を察し、尚も涙目で睨んでくるナースタブンネ。
ちなみにこの男性職員、十代の頃から所謂エリートトレーナーとして活躍していた切れ者である。
そして世の為ポケモンの為とポケモンドクターになったのだ。
タブンネの視線を笑顔で受け流しながら、回転の速い頭で策略を巡らせるのだった。
仕事が終わった男性医師は自宅には直帰せず、ある施設へと向かう。
既に夜の8時過ぎ、しかし施設はまだ明るく人とポケモンの声もする。
慣れた様に男性医師は中へと進んでいく。
「よう。お疲れ」
「あっれぇ久しぶり!どしたの?」
その施設には3匹のラッキーがおり、若い男性が一人で作業をしている。
そして作業台にはラッキーに適したサイズの医療器具等が整然と並んでいる。
ここはナースを目指すラッキーの養成所である。
ラッキー達はこの時間まで実習を行っていたのだ。
そして男性医師を見ると和やかな笑顔で挨拶をした。
とても行儀が良く勤勉である。さすがはラッキーといったところか。
例のタブンネとは大違いだと思いながら男性医師は笑顔で挨拶を返す。
「ラッキー達もお疲れ様。
相変わらず良い仕事してんな。お前んとこのラッキーは絶対に良いナースになるぜ」
「どーも♪
ホントにラッキーってマジメな子だよね!これも自主トレなんだよ。エライよね!」
そしてこの養成所の軽い口調の調教師と医師はトレーナー時代からの付き合いなのだ。
「で、今日はどーしたの?」
「仕事の愚痴とお前に頼み事。
まず愚痴る。引退したラッキーの後任で試験運用のタブンネが来やがった」
「げっマジ?おバカなタブンネちゃんのクセに現場配属までいっちゃったの?
んーこのままだと俺の商売敵…にはなれないよね^^所詮タブンネちゃんだし?」
「それは間違いない。
にしても技と特性だけ見てあんなのをナースにしようとしてるとか有り得ねぇ。
見るからに使えなさそうだわ性格カスだわ…ただの糞豚だぜ?」
男性医師は煙草に火をつけながら昼間の鬱憤を吐き出す。
「間違いないよねぇ。でもさ、ラッキーって個体数少ないじゃん?繁殖も難しいしさー」
確かにナースラッキーが増えないのは現場の悩みである。
個体数の少なさに加え、適性を見極める作業、経験を積むまでの膨大な時間等を考えると、そう簡単に優秀なナースが揃わないのも事実である。
「けど性欲タブンネちゃんは放っておいても増えてくじゃん?そこだよねぇ。
たっくさんの中から一応使えそうなのをナース候補に選抜していく方針らしいよ」
「はぁ!?迷惑すんのは現場だってのに。医療過誤でも起きたら誰が責任取るんだよ。
つーか下手過ぎる鉄砲は数打っても当たんねーよ」
「すごい毒舌だねー!同感だけどさ。
おれもタブンネちゃんなんかには絶対治療させたくないなぁ。
失敗とかされたら堪んないしさ、嫌な思いするのってポケモンじゃん?」
「当のタブンネは媚びて許してもらおうとするだけだろうな」
「それ最悪じゃんよぉ!しかもめっちゃ有り得そうだし!
いくらナースラッキーがいないからってタブンネちゃんを採用するのは乱暴過ぎだよー」
確かにいやしのはどうを使えるポケモンはごく少数に限られる。技マシンも無い。
しかも個体数の少ない所謂“珍しいポケモン”に偏ってしまっている。
そんな中で頭数が無駄に揃っていて陸上で生活していたのがたまたまタブンネだけだったという話だ。
確かに乱暴な話ではあるが、ナース要員が不足しているのも事実でありタブンネの試験運用に踏み切ったのだ。
ポケモンセンター側としても苦肉の策ではある。
しかしトレーナー出身の者からすればタブンネの性格・頭の悪さなど広く知れた事であり、到底納得できるはずもない。
「アイツらは教育して躾れば何とかなるってレベルの話じゃねぇぞ。
今日来たタブンネも俺が採用拒否ったら睨み付けてきやがった。
まぁマヌケ面で可笑しかったが」
「ウケる!!『どうして可愛くって優秀なタブンネちゃんを認めないの!?』とでも思ってるんだろうなぁ♪うっざー^^」
「だろうな。アレがドヤ顔でナースキャップ被ってるとか見るに堪えないぜ。
むしろあれはラッキー専用だろ。そもそもナースに最適なラッキーがもう居るんだぜ?
タブンネなんかにかまけてないでもっとラッキーを増やす努力をしろよって思うんだが」
「そこはおれらも頑張ってるからもうちょっと時間欲しいねー」
不足しているナース候補のラッキーを少しでも増やす為と、この調教師はトレーナーとブリーダーの顔も持っているのだ。
世の為ポケモンの為である。
「悪いな、長くなっちまった。
それで頼みなんだが、お前のハピナス暫く貸してくれ」
ちなみにこの調教師のハピナスはナースでもある。
手持ちポケモンの為センターに派遣されることは無いが、養成所の手伝い等をしている。
「いいよー。もしかしてエグいこと考えてる?」
「お前程じゃねぇ。取り敢えず計画話すからお前も協力してくれ」
「りょーかい!面白くなってきたぞぅ^^」
そしてタブンネをセンターから追い出す手筈を話し始めた。
ただ追い出すだけではつまらない。
得意顔でナースキャップを被るタブンネの表情を屈辱と絶望に染め上げる。
そして世間にナースタブンネなど役に立たない存在として認知させるよう仕向ける。
ナースタブンネなど認めない。
実用化などさせない。
その辺で虐待され、捕食されていればいいものを調子に乗りやがって。
―――身の程を思い知らせてやる。
「いいねいいね♪面白そうだね!」
「あとハピナスの替わりに俺のブラッキーを預ける。お前のエーフィと遊ばせてやってくれ」
そして男性医師はブラッキーを預けると帰宅の準備をする。
ブラッキーは仲良しのエーフィと早速遊び始めている。
とても和む光景である。
「明日からが楽しみだ…」
その光景と対照的な不穏な呟きは誰に届くでもなく、夜の静寂に消えていった。
翌朝、男性医師は普段通り出勤した。
タブンネに会ったら挨拶代わりに触角でも引っ張ってやるか、等と考えながら。
にこやかにスタッフに挨拶をしながら男性医師はタブンネを探す。
なおこの医師は的確かつ献身的な治療をするので利用者やポケモンからも信頼されている。
ただし念押しするがこの献身的な態度は“タブンネ以外”のポケモンのみに向けられる。
いかにタブンネという種族が疎まれ、蔑まれる種族であるかを理解して頂けるだろうか。
ちなみにタブンネがセンターに来た際の治療はラッキーに一任している。
慈愛溢れる種族であるラッキーはたとえ患者がタブンネであろうとも親身な治療を施す為だ。
虐待、サンドバッグ、タブンネボムが主な用途であるタブンネがセンターで治療されることなど滅多に無いが、稀にタブンネの耐久性を利用するトレーナーがおり、バトルでボロ雑巾になったタブンネが運ばれてくることもあるのだ。
ところで肝心のタブンネはまだ来ていないようだ。
男性医師は近くにいた女性医師に声をかける。
「おはようございます。・・・タブンネが見えないが?」
あのクソ豚が、初日から来るのが遅いとはどういう了見だ。
「まだ来てないみたいね…ミーティングもあるのに困ったわ」
「訓練されてようが所詮タブンネか…連れてくる」
「そうね・・・あの子、お仕事だけできればそれでいいと思っているのかしら。後で注意しておくわ」
注意だけか。そんな生温いことしてもあの下等生物が言うことを聞くとは思えないが。
むしろ最初からタブンネなど使い物にならないと察してくれ・・・
―――まぁ良い口実ができたな。
触覚を引っこ抜いて・・・無駄に存在感を主張しているうっとおしい耳も引き千切ってやるか。
教育的指導の時間だな、ナースもどき?
タブンネはポケモンセンターの一室で生活している。
「タブンネいつまで寝てんだ!仕事だろ!!」
男性医師はまず部屋の外から声をかけるが返事がない。
「いい加減にしろ…って汚ねぇ!!」
ドアを開けると、そこには食べかけのきのみにまみれながら寝床で眠るタブンネの姿が。
どうやら朝起きたものの、朝食を摂りながらまた眠り込んでしまったらしい。
口の回りにきのみの食べ滓が付いている。
そしてドアが開いたにも関わらずタブンネは起きない。
「本当に訓練されたのか?こいつ…」
初日から遅刻、そして起きる気配もない。
余りの腹立だしさに男性医師は煙草に火を付け一服する。
そして煙をタブンネの顔面に向け吹き掛けた。
「ミッ…ミ!?ゲホッ!」
突然の煙たさに溜まらずタブンネは起きる。
「起きたかよ…ナースの仕事なめるなよお前はぁ!!」
「ミィィ!」
「申し送りもあるってのに初日から遅刻か!迷惑かけるんじゃねぇ!
…これは罰則だ」
「ミギャアァアァァ!!!」
肉が焼ける臭いが漂い、タブンネは熱さに悲鳴を上げる。
「次は無いぞ。さっさと来い鈍足!」
男性医師は痛みでのたうちまわるタブンネを置いて部屋から出た。
ようやく起きてきたタブンネは他のスタッフからも叱責され、あからさまに不満そうだった。
「反抗的な子…もっとまともな子だと思ったのに…」
連れてきた女性スタッフも肩を落とす。
試験運用だからと軽い気持ちで引き受けたものの、とんだ外れくじだったのだから仕方ない。
既に不穏な空気である。
「(何か俺が手を下さなくても良いような気がしてきた)」
他のスタッフにはもう少し媚びた態度を取るかと思っていたが見当違いだったようだ。
とりあえずスタッフと利用者の邪魔にならない程度の仕事を割り振り、様子を伺うことにした。
さいせいりょく持ちでないタブンネの火傷はすぐには治らず、足を引きずりながら動くので愚鈍極まりない。
「タブンネ遅いわよ!早く掃除して!」
スタッフに急かされ、タブンネは酷い!と言わんばかりに男性医師の方を睨みながら涙目で通り過ぎていくのだった。
「(勝手に自滅してるなぁこいつ…)」
暫くして麻痺したチラーミィが運ばれて来た。
ところが男性医師が駆け寄ろうとしたら、何故かタブンネが媚びた笑顔を浮かべながらいやしのはどうをうち始めたのだ。
トレーナーは唖然としている。
「(あの馬鹿、勝手なことしやがって…)」
「タブンネやめてよ!麻痺してるのよ!苦しがってるじゃない!」
「ミィ!?」
暫くしてトレーナーが悲鳴を上げる。
麻痺しているのだから傷だけ治しても仕方ない。
チラーミィは傷が癒えても麻痺が取れず、変わらず苦しそうにしている。
「どけタブンネ!
ごめんな、すぐ治してやるぞ?」
チラーミィの治療が終わった後、トレーナーはタブンネを睨み付けて帰っていった。
「馬鹿かお前は!苦しませる時間長くしてるだけじゃねーか!」
男性医師は声を荒げる。
「ミィィ!!ミィミィ!!」
どうやらいやしのこころを発動させて麻痺を治そうとしたが、運悪く発動しなかったようだ。
タブンネは必死に言い訳をしている。
しかし当然これは自由に発動できる特性ではない。
「勝手なことするな!お前はおとなしく掃除してろ!」
「ミギィィィィ!!」
男性医師は一喝したが、タブンネは逆切れしてしまい外に出て行ってしまった。
ふざけやがって…
しかし出て行ったものは取り敢えず放っておく。
そして特に何事も無かったかのように業務は再開された。
「ミヒィィ!ミギャアァァァアアァァ!!!!」
利用者がひと段落した頃、突如外からタブンネの悲鳴が響く。
「!?何だ?」
次から次へと騒ぎを起こしやがって…!
だが腐ってもタブンネはスタッフなので、仕方なく様子を見に行く。
「ギャアァ!!ミャァァァアアァ!!!」
そこには先ほどタブンネが介抱したチラーミィに攻撃されている光景が広がっていた。
「よくもうちのコに変な治療したわね!チラーミィもっとやっちゃいなさい!」
「(おいマジかよ)」
良く見るとそのトレーナーもタブンネを攻撃する指示を出しているではないか。
チラーミィも先ほどの怒りを発散するかのように怒涛の攻撃を放っている。
そしてタブンネはボロボロになっている。
肉球の火傷がまだ尾を引いており、鈍足に拍車がかかって攻撃されるがままである。
「ミィィ!!…ミッ!?ミィミィ!!」
タブンネは男性職員を見つけると、藁にもすがるように助けを求め始めた。
必死に可哀相な自分の惨状をアピールしている。
「(これは…乗っかるか。)」
もちろんトレーナーの方にである。
「手伝おうか」
男性医師が少女のトレーナーに声をかけると、医師の佇まいの為か最初こそ驚いた顔をしたが快く応じてくれた。
「コイツマジで使えないからよ、ちょうど俺も欝憤晴らしたかったんだ」
「ミギィィ…」
煙草をふかしながら男性医師は楽しそうにタブンネを見下ろす。
タブンネはようやく助けを求めても無駄だということに気付き、表情を絶望に歪ませる。
惨めに地べたに倒れ込み、それでもなお逃げようと必死にもがいている様は滑稽である。
「ようタブンネ。いいザマだな?
迷惑かけるからこんなことになったんだぜ?」
「ミギャア!ミギャアァァ!!!」
からかう様に声をかけるとタブンネは目付きを鋭くし(ただし迫力無し)、癇癪を起こし始める。
「うるせぇぞ豚!こうなったのもお前が使えないクズだからだ!カスだからだ!」
「ギャアアァァアァァアアァ!!!」
「そうね!タブンネがナースな意味が分からないわ!!」
タブンネはまた逆切れし、訳の分からない奇声を上げている。
しかし辱められていることに耐えられなくなったのか、徐々に瞳には涙が溜まり始める。
そして少女は面白そうに成り行きを見守りつつ、男性医師に同調する。
良い感じじゃねぇか。
「お前が仕返しされているのもナース失格だからだ。
あの時お前のいやしのこころが発動していればこんなことにはならなかったんだぜ?
どうしてあの子の麻痺を取ってやれなかったんだ?
どうして自慢のいやしのこころが効かなかったんだ?」
「ミギャアアアアアァァアアアァァ!!!」
男性医師はタブンネのいやしのこころをズタズタに傷付けていく。
タブンネは聞きたくないとばかりに一層奇声を張り上げ、イヤイヤをする様に頭を振りかぶる。
「やば…タブンネのリアクション面白いんだけど」
この少女はただタブンネを身体的に虐げるだけの感性ではないようだ。
「それはお前が能力のないクズだからだよな?
お前が何を訓練してここに来たかは知らないが場違いだぜ?
そのナースキャップは飾りか?コスプレか?」
「んー…どっちにしてもアンタには似合わない代物よね。
この役立たず。消えなさいよ」
「ミ…ミ…グスッ…ミヒィィン…」
タブンネが堪らず泣き出した。
ついに自尊心が崩壊したようだ。
意外とあっさり事が進んだのは事前に受けた身体ダメージが大きかったからか。
だがまだやめてやる気は無い。
まだ昼休憩は始まったばかりなのだから。
「あぁそうだ、教育的指導を忘れてたな」
そして男性医師は今朝とは反対の足の肉球にまた煙草の火を押し付ける。
「ギャアァァアアアァァ!!!」
「あははっ、いい気味だねチラーミィ!」
少女は楽しそうに笑う。
またしてもあの激痛を与えられ、タブンネは喉が潰れんばかりの絶叫を上げる。
「迷惑料としてあと10回」
「ミヒィイィ!ミィヤアァァアアァアア!!」
タブンネは恐怖で尚も泣き叫ぶ。
だが助け舟を出す者は居ない。
表情が更に絶望で染められていく。
「あー…煙草もう無いなぁ」
しかし男性医師の煙草が切れてしまったようだ。
タブンネに苛々させられた分だけ煙草を消費してしまった為減りが早かったようだ。
「えっウソ!これからなのに!」
「しくじった…どうすっかなぁ」
少女が落胆の声を上げる。
「ミィ…?」
反対にタブンネは来るはずの痛みがまだ来ないことを不思議に思う。
見上げると自分を虐めた人間が何やら困った顔をしているようで。
「ミィ…ミィィ…」
自分の肉球を焼き、痛め付けた物がもう無くなったことに気付いたのか。
タブンネは必死にもうやめてと懇願する声を出す。
もうなにもされないかもしれない。
一縷の望みを持とうとしていた。
「ミ―――」
「じゃあ普通に殴ったり蹴ったりでいいよね!」
「またチラーミィに攻撃させてもいいな。」
「ミヒィ!?」
そんな甘い訳が無い。
タブンネの希望は一瞬で霧散した。
「とりあえずこれでいくか」
「ミビャアアァアアァァァアァア!!!」
そして一瞬遅れてまたあの激痛がタブンネの肉球に与えられる。
男性医師はライターで肉球を炙っているのだ。
そして反対の足には、少女が同じくライター責めをしている。
タブンネは手をバタつかせのたうちまわる。
しかし身体的なダメージに精神的なダメージも加わり、とても逃げられない。
そもそも足をやられているのだからたとえ立ち上がれても歩くこともできない。
既にあの媚びた形をした肉球はどす黒く変色し、焼け爛れて原型を留めないまでになった。
やがてライターの燃料が切れた頃、タブンネの肉球だったものは一部炭化してしまっていた。
「あー楽しかった!先生ありがとう!」
少女は満足して帰って行った。
ちなみにチラーミィは帰り際にタブンネの顔面を大きな尻尾で叩き付けていった。
男性医師は地べたに転がるピンクの塊を蹴り飛ばす。
「ミギィッ!」
全身ボロボロで血塗れ、特に足は火傷で黒焦げ。
顔面は先ほどの攻撃で腫れ上がり、腫れた皮膚に圧迫され目など殆ど確認できない。
すっかり無残な
ボロンネである。
だがナースキャップだけはまだしつこく頭部に乗っかっている。
「気に入らなねぇな」
「ミィヤァアアァ!!」
男性医師がタブンネからナースキャップを剥ぎ取ると、タブンネは僅かに抵抗しようとした。
しかし既に満身創痍の身体なので大した抵抗などできなかった。
男性医師は友人から借りたハピナスと手持ちのルカリオを出すと、ルカリオにナースキャップを渡す。
「ボロンネよぉ、治療してほしけりゃゲームしようぜ?
勝てたら治療してやるしコレも返してやるぜ?」
「ミィ…?」
傷が治ると聞いてタブンネの目に生気が戻る。
「今ラッキーがここにタマゴを5個おいてる。それを集めて俺のところに持ってくればお前の勝ちだ」
そしてタブンネから30メートル程離れる。
ハピナスがタマゴを配置し終えたところで「ゲーム」を開始する。
タブンネは自分の誇りであるナースキャップを取り戻すことと助かりたい一心で何とかよろよろと動き出す。
四つん這いの姿勢でイモムシの様に這いずりタマゴを目指す。
タブンネは必死の形相だったが、それも男性医師には無様に映るだけで。
足の激痛に悲鳴を上げひっくり返る度に大声で笑われた。
「ミヒィ…」
惨めな野生の世界から連れてこられ、ナースタブンネの養成所で訓練し、やっとのことで手に入れたナースキャップである。
仕事をすれば沢山きのみが貰え、何不自由なく生活できると聞いて頑張って来たのだ。
自分は選ばれたタブンネ、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。
助かるためならどんな惨めでも這いずり回って生にしがみつく。
気力だけでタブンネは這い進み、やっとひとつめのタマゴに到達する。
タブンネはしたり顔でタマゴに手を伸ばす。
まずひとつめ――!!
しかし触れた瞬間にそれは爆発した。
「ミギャアァアアァアア!!!」
「言い忘れてたけど、それ全部タマゴばくだんだぜ!」
つまりこれはタブンネを殺す出来レースである。
この無能はタブンネはここで処分する運命が決まっているが最後の
お楽しみ、ということである。
更に爆発が爆発を誘発する。
「ギャアァアアァァアァアァァァ…」
一帯は爆煙とタブンネの悲鳴に包まれ、地獄絵図と化した。
「…終わったな」
やがて煙が晴れると、そこには全身を吹き飛ばされたタブンネだったものが散らばっていた。
「失敗の連続でキレてそのまま行方不明、で報告しとくか」
たった半日だったがタブンネは色々やらかしたし、他のスタッフもその醜態の一部始終をみている。
もうナースとして世に出ることはないだろう。
男性医師は晴れやかな表情で去っていった。
終
最終更新:2015年02月20日 17:45