解剖実験

拷問による尋問へ
<解剖実験>

とある基地の地下にある檻。その中でタブンネが眠っている。
その檻はとてもせまい。少なくとも、タブンネ1匹が足をのばすことさえもできない程度には。

「朝になったぞ。起きろ」

タブンネの入った檻の前に一人の人間が立ち、タブンネに起きるように命令を出す。
その声にタブンネは目を覚まし、暗い表情で「ハァ……」とため息を吐く。

目が覚めてしまった。今日も「あれ」をされるのだ。

目が覚めた早々に落ち込むタブンネだったが、タブンネの気分など人間にはどうでもいいことだ。
タブンネを無理やりに檻から引きずり出し、そのままの勢いでタブンネを床に転がす。

「ミッグゥ」

このとき、タブンネは受け身をとらない、いや、とることができない。
なぜなら、タブンネの体は眠っていた時の姿勢から動かないからだ。
身動きの取れない檻の中で長時間、同じ姿勢でいたために体の筋肉や関節が固まってしまっているのだ。

そんなタブンネの上に人間は乗ると、固まってしまった腕をつかむ。
これから何をされるのかをタブンネは知っている。毎朝、同じことをされているのだから当然だ。
これから訪れる痛みに耐えようと、タブンネは目を閉じて歯を食いしばる。
タブンネの腕をつかんでいる人間の手に力がこもる。

ミリリ……ミシッ、ミキキッ…………

固まっていたタブンネの腕が力任せに動かされていく。
体の真横で固まっていたはずの腕が、だんだんと垂直方向に持ち上がっていく。
そして、ポキッという軽い音と同時に、タブンネの腕が一気に動く。

「ギャァァァァァァァァァァァァァ!」

その瞬間、タブンネを襲ったのは激痛だった。
毎朝同じ経験をし、よく知っているはずなのに慣れることのない痛み。
痛みを紛らわせるために体を動かそうとするが、筋肉も関節も固まったままで、そんなことすらできない。

そして、痛みはそれだけでは終わらない。
まだ片腕の一部が動くようになっただけ。動かせるようになる個所は、タブンネの体にいくつも残っている。

人間にほかの部分をつかまれ、タブンネの顔に絶望の色が浮かぶ。
ポキッ。ポキッ。と軽い音が鳴るたびに、タブンネの絶叫が響き続ける。

タブンネの体の固まりをとるのに約1時間。
その間ずっと、激痛にさらされ続けたタブンネが口を開けて荒い息を吐く。
そして、その空いた口に皮をむいたオボンの実が押し込まれる。

「ムッグ!? エッエッ! ミヤァァァ!」

朝食として与えられたオボンの実。
タブンネはそれを必死に吐き出す。絶対に食べるわけにはいかないからだ。
だって、食べてしまえば体力が回復してしまうから。

「ふざけんな。こうやって毎日オボンを食えるタブンネがどれだけいると思ってんだ」

タブンネの吐き出したオボンの実を拾うと、人間が再びタブンネの口にオボンの実を押し込む。
嫌がるタブンネを押さえつけ、その口を無理やり動かして、強引にオボンの実を咀嚼させる。

口の中で細かくなるオボンの実。本能を刺激するその味に、タブンネはオボンの実を飲み込む。飲み込んでしまう。
どれだけ心で拒絶しようとも、生物の持つ食欲が、体に拒絶させることを許さない。

タブンネは涙を流す。
食べてしまった。食べてしまった。
これで今日も死ねない。「あれ」を乗り切れるだけの体力がついてしまった。

抵抗する気力を失ったタブンネは台車にのせられ、地下のさらに奥深くに連れられていく。
今日もタブンネの「解剖実験」が始まる。


「さて、今日は新しい麻酔薬の効果を確かめることにしよう」

白衣の老人がその日の実験内容を告げると、周りにいる白衣を着た人間たちがうなずいて準備を始める。
素早い動きで機材や薬品を用意し、あっという間に実験の準備を済ませてしまう。

そして、その機材の1つであるタブンネは、手術台の上で拘束されていた。
両手、両足、頭、果ては耳に至るまで、動くことのできないようにしっかりと固定されている。

「ミィ。ミィ。ミィ。ミィ」

涙を流しながらタブンネは助けてくださいと懇願する。
昨日は歯をすべて抜かれた。その前はお腹の中に熱湯を流しこまれた。その前は……。その前は……。

不幸なことに、このタブンネの特性は『さいせいりょく』だった。
どんな過激な実験であっても、ある程度まで治療されてしまえば翌朝には回復してしまう。
それなりに無理の効く実験動物として、タブンネは毎日この部屋で体をいじられている。

「今日は麻酔の実験だから、普段よりは痛くないはずですよ。……たぶんね」

白衣を着た人間の1人が優しく声をかけると、麻酔薬の入った注射器の針をタブンネの首に差す。
痛くない。そのたった一言に、タブンネの気持ちが軽くなり、安堵の息を吐く。
痛くないなら今日は楽な日かもしれない。言われてみれば、何となく体に力が入らない気がする。

やがて、麻酔が効いてきたのか、タブンネの表情がぼんやりとし始める。
それを見て、白衣の老人が周りの人間に指示を出す。

「それじゃ、いつもどおりに開腹から始めようか」

周りの人間が動きだし、タブンネの腹にメスの先を当てる。
スーッとメスが動き、タブンネの腹の薄皮を切り開く。その瞬間――

「ミィィィィ――――――――ッ!?」

自らの腹に走った鋭い痛みに、タブンネが悲鳴を上げる。
それはいつもの、いや、痛くないはずと油断していたために、いつも以上に強い痛み。
タブンネの悲鳴を聞いた人間たちの手の動きが止まる。

「あれ? 麻酔が効いてないのか?」
「新しく開発したやつだからな。そういうこともあるだろうさ」
「でもどうする? これじゃあ、予定していた実験ができないぞ」

タブンネの声が聞こえていないかのように、目の前の状況について淡々と話す人間たち。
これまで何度も同じようなことがあった。タブンネが悲鳴を上げるなどいつものことで、すっかり慣れているのだ。

タブンネは必死にこの状況から逃げ出そうとあがく。自分を拘束しているベルトを引きちぎろうと全身に力をこめる。
しかし、タブンネの力では拘束を解くことなどできない。ガチャガチャと虚しい音を立てながら身もだえするだけだ。

「ちょっといいですか?」

声の主は、先ほどタブンネに「痛くないはず」と言った人間。
あの人間はさっき自分のことを気遣ってくれた。もしかしたら助けてもらえるかも。
一瞬だけ頭に浮かんだかすかな希望。しかし、タブンネはすぐにその希望をあきらめる。
身を以って知っているからだ。この場所に連れてこられた時点で、自分に救いの道など残されていないことを。

「麻酔薬のテストは今日のところはあきらめましょう。実際、上手くいかなかったわけですし。
 かわりに、明日予定していた呼吸器官へのアプローチを行いたいんですが、どうでしょう?」

果たして、その言葉はタブンネの予想していた通りのものだった。
予定が上手くいかなかったから中止するのではなく、予定をずらして別のことを行う。
少々のことでは壊れない実験動物。そう思っているからこそ、タブンネに対して人間たちは手を抜かない。

「じゃあ、まずは邪魔な肋骨から取り除こうか。できるだけ素早く、丁寧にやろうね」

白衣の老人がそう言うと、人間たちはおのおの道具を手に取り、タブンネの肋骨をはずしにかかる。
ハンマー。ノミ。ノコギリ。ヤスリ。
普通なら、生き物に対してる使われることのない器具が、一切の慈悲なくタブンネの肋骨を壊していく。

胸骨をたたき割り、肋軟骨を削り、肋骨を折って砕く。
数人が1度に作業しているにもかかわらず、その動きはお互いの行動を邪魔することはない。
台本をなぞるように正確に。ひとつの芸術のように鮮やかに。彼らはタブンネの骨を素早く取り除いていく。

「オ゛ッ!? オ゛ッ!? オ゛オ゛オ゛ッ!? オ゛ッ、オ゛ッ!?」

文字通り骨の髄に響く痛みに、タブンネが声にならない叫びを上げる。
肋骨に衝撃が走るたびに、タブンネの体がビクビクと痙攣する。
白目を剥き、口から泡を吐きながら、タブンネの意識は徐々に遠ざかっていく。

「もう少し丁寧にしようか。貴重な実験動物だ。取り扱いは大事だよ」

タブンネが失神しようとした寸前、老人の言葉で人間たちの動きが止まる。
そして、今までよりも丁寧にじっくりと、時間をかけてタブンネの骨を壊していく。

それはタブンネにとっては地獄以外の何物でもなかった。
強烈な痛みが一瞬で襲い掛かってくるわけではなく、分割された痛みが時間をかけて何度も襲ってくる。
そのせいで意識が飛んでくれない。
重く響く痛みが、タブンネの体に長く長く苦しみを与え続ける。

「ミカカカカカカカッカカカッカカカカカッカッカカカカカカカカカ…………」

絶え間ない痛みに、タブンネの口からも同じように絶え間ない声が上がり続ける。
やがて、タブンネの肋骨がすべて取り除かれた。
外の空気にさらされた内臓から白い湯気が上がる。

「さて、呼吸は肺で行われているわけだけど、激しい運動のあとだと呼吸が上手くいかずに息切れを起こしてしまう
 これは戦場に置いては致命的だ。なんせ、息切れしてしまうとその分動きが鈍ってしまうわけだから。
 だから、肺をなくしてしまえば、息切れすることない最強の兵士ができるかもしれない」

白衣の老人は淡々と自分の仮説を告げる。
あまりにも荒唐無稽な仮説。もちろん、老人自身も本気で考えているわけではない。
思いついたことを実行しているだけだ。

そして、非人道的なそれを人間の体で行うわけにはいかない。
人間の体とそれなりに近い構造を持ち、それなりの数が確保でき、それなりに攻撃性が低いポケモン。
そのうえ、『さいせいりょく』という特性を持つタブンネが実験動物として使われるのは必然だった。

老人の目の前でタブンネの体から肺が取り外される。
器官と気管支の向こう側で、小さな心臓がトクトクと脈を打っているのが見える。
肺を取り外され、呼吸のできなくなったタブンネの口が、酸素を求めてパクパクと動く。

「……!? ……!? ……!? ……!?」

必死に酸素を取り込もうとするタブンネだったが、その動きは徐々に弱くなっていく。
体中から力が抜けていき、充血し始めた瞳からは光が失われていく。
タブンネの体は急速に死に向かっていた。

「このままじゃ死んじゃうね。心臓マッサージをしよう」

激しく脈を打っているタブンネの心臓を、老人が素手で力強く握る。
そして、それがタブンネに対する致命的な一撃となった。

普段は小刻みに血液を送り続ける心臓。
だが、老人が力強く握ったことで、普段送り出される何倍もの量の血液がタブンネの全身をかけめぐった。

血液の作る圧力に負けた微細な血管が次々とやぶれていく。
鼻の奥から、眼球の内部から、耳から、指先から。赤い血液が次々と吹き出していく。
さらに、本来なら血液の逆流を防止するためについている弁が破壊され、タブンネの全身を血液が逆流した。
頭の中、脳に張り巡らされている血管も破れて出血し、頭蓋でふさがれている脳が急激に圧迫される。

そして――

「ああ、死んじゃった。……もったいないことしたなぁ」

呼吸を封じられ、全身を血液が逆流し、脳に急激に圧力が加わる。
タブンネの体はそれに耐えることができなかった。
吹き出した血液によって全身を赤く染め、白目を剥いたタブンネはピクリとも動かない。

「まあいいか。そろそろ新しいタブンネが捕まってるころだろう」

老人は周りの人間にタブンネの死体を処理するように指示すると、そのまま部屋を出ていく。
ちょうど今頃、例の部屋で拷問されている新たな実験動物をゆずってもらうために。

タブンネの死体は台から降ろされ運ばれていく。
戦時下おいて、タブンネまるまる1匹分というのは貴重な栄養源になる。
戦闘を続けている兵士たちと、そのポケモンのための食糧になるのだ。

こうして、1匹のタブンネの生涯が幕を閉じた。
しかし、これは特別なことではない。多くのタブンネが同じように犠牲になってきたのだ。
今までも。そして、これからも――


エピローグ>に続く
最終更新:2014年06月19日 23:10