至福…意味はこのうえない幸福。どういうことを幸福に思い、何に幸福を感じるのかは人それぞれ…小さな幸せに
大きな幸せ、その種類もさまざまです。中には常人には理解のできないような…そんなことに幸福を感じる者もいるでしょう。
…私のように…
「チィ…チヒィ…チュイイ…」
今、私の前には小さな小さなかわいらしい子タブンネがいます。子タブンネは私を前に、小さな体を強張らせてプルプルと震えています。
ブルーの瞳いっぱいに涙をため、両手でキュッとかわいいお耳を握って震えまじりの声で弱々しく鳴いているのです。
心の底から私という存在に恐怖しているのでしょう。無理もありませんね、子タブンネの周りに転がっている二体の大人タブンネの死体、
この子タブンネの両親です。どちらもこの世のものとは思えない程の苦悶の表情を浮かべて息絶えています。
手にかけたのは私です。そしてそのほかにも、辺りに飛び散っている真っ赤な肉片…これは原型をとどめていませんが、子タブンネの兄弟だったものです。
これをやったのも私です。3匹いましたが、1匹1匹じわじわと苦しめて苦しめて殺しました。
「みんな死んじゃってたった一人になっちゃったわね?」
私は微笑を浮かべて震える子タブンネに優しく語りかけました。
「チ…チャアア…フィ…」
子タブンネはためていた涙の粒をポロポロと落として「やめてやめて」と首を左右に振りながら後ずさりします。
大量の血や肉片が広がる冷たい地面に、子タブンネが恐怖のあまり流した黄色の液体が染み込んでいきます。
「どうしたの、おばちゃんのお顔に何かついてるの?」
微笑を絶やさぬまま、わざととぼけて一歩一歩子タブンネの方へ足を進めていきます。
子タブンネは腰を抜かしてしまったのでしょう。自分の垂れ流した尿の上で小さな手足を必死にパタパタと動かしていますが、まったく私とは距離をとれていません。
「チャアァア!!」
とうとう子タブンネは迫りくる恐怖に耐えかねて、泣き叫びました。
全身に両親と兄弟の返り血を浴び、微笑を浮かべる私の姿は果たしてこの幼い子タブンネのブルーの瞳にはどう映っているのでしょうか、
悪魔?鬼?いえ、私は悪魔でも鬼でもありません。醜く、2本の角を持つ巨大なムカデ…
私は、ペンドラーです。
では何故ポケモンである私がこんなことをしているのか、捕食のため?いいえ、「至福」のためなのです。
私はタブンネという生き物を殺すことに大きな至福を感じるのです。正確に言ってみれば、死の恐怖に怯える子タブンネを見ていると幸福を覚えるのです。
両親、兄弟を目の前で惨殺し、十分に私への恐怖心を植え付けた最後の子タブンネをじわじわと追いつめてゆっくりと潰していくその時、絶頂を迎えるのです。
この世の中の幸福をすべてかき集めても、恐らく不可能であろう程の大きな至福が、私の脳内をすべて支配してしまうのです。
私は狂っているのでしょう。
私は、大勢の兄や姉に囲まれて生まれました。私が生まれてきた時にはすでに父はおらず、母は女手1つで私達を育ててくれました。
一番末っ子だった私は、特にかわいがられました。優しい母にたくさんのお兄さんやお姉さん…私は幼いながらに、至福を感じました。
私でも幼い頃はこのようなありふれたことにも、至福を感じることができたのです。
しかしそれは長くは続きませんでした。母が森を通る国道で大型トラックに轢かれて死んでしまったのです。
まだ「死」というものも理解できない幼い私達は、厳しい野生の世界に放り出されることになってしまいました。
寝床を確保するどころか、食べ物すらまともに得る手段を知らない私達…たくさんいた兄や姉は日が経つにつれ、次々と数を減らしていきました。
餓死、事故死、病死、肉食ポケモンに捕食されるなど、さまざまな兄や姉達の最後を目の当たりにすることになりました。
しかしそんな中でも、兄や姉は末っ子で一番幼かった私のことを守ってくれました。少ない食べ物を私にくれたり、怖くて眠れない夜には優しく抱いてくれたり、
中には私のことを庇って死んでいった兄や姉もいました。
相次ぐ家族の死に、幼くして大きなトラウマを私は負ってしまうことになりました。そのトラウマに、今後の私の人生何度も付きまとわれることになります。
そしてついに最後の姉も死んでしまいました。原因は人間の撒いた殺虫剤です。最後の姉は殺虫剤による毒に苦しみながら死にました。私は涙が止まりませんでした。
何故自分達がこのような目にあうのか、何故自分はこんなに不幸なのか…自分の境遇を呪いながらも、私は文字通り死にもの狂いになって生きました。何度も命を落としそうになったり、
自分よりも体格の大きなポケモンと戦うことになったりと、多くの辛苦を経て当時フシデだった私はホイーガとなり、ついに最終進化系のペンドラーにまで成長することができました。
そしてその年の秋に私は五つの卵をうみました。
私は五つの卵を抱いて、数十年かぶりの幸せに浸りました。母が死んで以来、幸せなど感じる時はありませんでした。
毎日毎日生きていくのに精一杯の日々、体中には当時の傷跡がいくつも残っています。その傷跡が、時折悲しい記憶を呼び起こす時もありました。
でもついに、私は幸せを得ることができました。この五つの卵は春には孵って子供が生まれてくるでしょう。私は近い未来に至福を感じました。
…でも世の中はそう甘いものではありませんでした。生まれてくる子供のためにも栄養をつけなくてはいけないのですが、食べ物が見付からないのです。
栄養だけでなく、冬を越すためにも食べ物は必要なのですが、ほとんど見付けることができません。
その原因は少し前から始まっていた住宅街の建設工事にありました。住宅街を広げるために私達の住む森が削られ、それにより木の実などが減少したのです。
人間…私は人間という生き物に良い印象を持っていません。母を轢き殺したトラックを運転していたのも、最後の姉を殺虫剤で殺したのも人間でした。
私の体の傷の中には、人間によってつけられたものもいくつかあります。そして今回の住宅街建設…
それによって、あの悲劇は起きてしまったのです…
その日、冬に備えて少しでも多くの食べ物を手に入れるため、私は巣を後にしました。ここ最近毎日です。巣に卵だけを置いていくというのは不安なので避けたかった
のですが、まともに食べ物が見付からず、毎日食べ物を探し回ってもまだまだ冬越しには足りなかったので仕方がありませんでした。
巣に帰る頃には、すっかりぐるりは薄暗くなってきていました。結局その日手に入れることのできた食べ物は木の実数個程度でしたが、それでも大切な食糧、私は木の実を抱えて足早に卵を置いた巣に戻りました。
「え…」
私は抱えていた木の実を落としました。ごろごろと木の実が地面を転がります。そして私の視線の先には、無残にも割られた卵が…五つすべて割られていました…卵を割った犯人は人間です。巣にいくつも靴跡が残っていたのでわかりました。
「なんで…そんな…」
呆然となりました。未来の至福は残酷にも、生を受ける前に消えてしまったのです。頭の中が真っ白になっていくのを感じました。
これは、害虫駆除という名目で行われたものでした。毒を持つ私達フシデ族は、人間にとってはいわゆる害虫という部類のもので、
特に私のようなペンドラーは「相手を追い詰めて角で攻撃、とどめを刺すまで容赦をしない」と図鑑にも書かれており、より人間に危険な存在として知られていたのです。
住宅街が完成間近になり、もうすぐ多くの人間がそこに入ってくることになります。そこで危惧されたのが、削った森に住んでいた私達による、害虫被害でした。
そういったことから人間達は、近くに住む私達の駆除を行ったのです。五つの卵は害虫駆除ということで割られてしまったのです…
私が、害虫駆除の人間に見付からなかったのは、遠くまで食べ物を探しにいっていたからでした。
卵の残骸を見た私の頭の中で、死んでいった兄と姉達の悲鳴、苦しみ、表情が
フラッシュバックしました。私は外に飛びたした…
私はあてもなく森の中をさまよっていました。あれから三日経ちましたが、どうすごしたのか記憶にありません。覚えているのは巣の近くにあった木に何度も何度も狂ったように頭をぶつけたことくらいです。
末だ血の滴る頭、朦朧とする意識のなか、私は歩き続けていました。
…私の人生は一体何だったのだろう?幼くして野生の世界に放りだされ、兄や姉が目の前で死んでゆき、やっとつかんだ幸せはいとも簡単に潰されてしまった…私の生きる意味って…? 私は…? 私の…?
その時でした、自問自答を繰り返す私の耳(?)に無邪気な子供の声が聞こえました。声のする方に目を向けてみると、人間の子供が三人ほど森の広場で遊んでいました。当然私の存在には気付いていません。
人間…私の幸せをすべて奪った張本人…その瞬間私の頭の中から自問自答は消え、殺意というどす黒い感情にかわりました。
「殺す!!」
私は怒りのまま、人間の子供に向かって走りました。人間の子供など、私が攻撃をすれば一撃で潰れてしまうでしょう。
………ところが、私の足は人間の子供に当たる前に止まりました。人間の子供に近付く私以外のポケモンの姿が見えたからです。
「ミィ♪ミィ♪」
天使の羽のような耳、クリームのようなふわふわな尻尾、ハートの肉球に、ピンクの体…タブンネというポケモンでした。
そのタブンネは親子で、母タブンネに子タブンネが二匹、それと赤子タブンネに卵でした。
「ミッミッ♪ミィイ~ン♪」
母タブンネは赤子タブンネと卵を抱え、人間の子供に甘ったるい声で鳴きました。子タブンネ達は母タブンネの後をヨチヨチとついていきます。
危険な人間に自分の子供を連れて近付くなんて、何て危ないことをするポケモンだろうと最初は思いました。でも人間の反応は意外なものでした。
近付いてくるタブンネ親子に気が付くと「あ、タブンネだー」「かわいい~」「ちっちゃいのもいるー」とタブンネ親子の周りに集まってワイワイ騒ぎだしたのです。
「ミィ♪ミィミィ♪」
すると母タブンネはさらに甘えた声をだし、両耳を揺らしてフワフワの尻尾をふりふりさせ、両手に抱えた赤子と卵を見せるようにして、物欲しそうな目をして人間のことを見つめました。
子タブンネ達も「チィチィ」「チュイイ♪」と母親のように人間に甘えます。小さな尻尾をパタパタ振って人間の足にまとわりつきます。
「かわいい~」
人間は子タブンネを抱き上げたり、頭をなでたりしています。子タブンネも嬉しそうに「チィ~イ♪」と鳴きます。
「チィチィ♪」
すると一匹の子タブンネが人間の持っているお菓子の袋をちょいちょいと引っ張りだしました。それに気が付いた人間は怒るどころか、にっこりと微笑んで
「子タブちゃん、これがほしいの?」とお菓子の袋を子タブンネに見せました。
子タブンネは目を輝かせ「チィ!」と大きく頷いて人間に小さな両手を差出ます。
「かわいいなー、はい、たくさんあげるよ」
人間は袋からお菓子を出して子タブンネの両手いっぱいにお菓子をわたしました。
「チュイ~♪チィ~♪」
ぴょんぴょんはねて喜ぶ子タブンネ。するともう一匹の子タブンネも「ぼくにもちょうだいよ~」と言わんばかりに人間に両手を差し出してチィチィ鳴いて甘えます。
「アハハ、わかったわかった、みんなあげるから」
「チィ~~♪」
お菓子をもらった子タブンネ達は体全体を使ってそれぞれ喜びを表現しています。それを見ている人間の目はとても楽しそうでした。
ほかの人間も「じゃあわたしはお母さんタブンネにこれあげるよ!」と母タブンネに木の実をいくつか手渡しました。
母タブンネは、自分のフワフワの尻尾の中に木の実を入れると人間に「ミッ♪」とお礼を言ってちょこんと頭を下げました。
その後も人間とタブンネ親子の戯れは続きました。母乳を飲む赤子タブンネをみんなで眺めたり、卵に耳を当ててみたり、甘える子タブンネに高い高いをしてあげたり、子
タブンネの肉球にさわったり…
「ミッミッ♪」 「チュィイ~♪」 「チッチィ♪」 聞こえてくるタブンネ親子の楽しそうな鳴き声…お菓子を頬張る音…
それを黙って木の陰から見ていた私は、何故か言いようのない怒りに苛まれ、震えていました。
何なんでしょう、この言葉では表現のできない感情は…ただ、自分の視線の先でお菓子を頬張るタブンネ親子に大きな憎悪が湧き上がってくるのです。
人間が自分の子供を殺したのにあのタブンネの子供にはかわいいかわいいと言って一緒に楽しく遊んでいることに対してなのか…?
自分の得ることのできなかった幸せをタブンネが得ていたことに対する嫉妬からなのか…?とにかく心の底から憎しみが湧いてくるのです。
…かわいいって何なのよ、あんな他人の食べ物をねだるような意地汚い生き物の何がかわいいというの…?
私はさんざん苦労をして食べ物を得ているのにあのタブンネという生き物は何なのよ!?ただミィミィ甘ったるく鳴くだけで食べ物が手に入るって何なのよ!?
人間は何であんな生き物のことをよく思うの!?私なんて…私なんて生まれてから一度も人間に危害を加えたことなんて無かったのに害虫扱いをされて、卵を壊されて…食べ物をねだってくるあいつらの方がよっぽど害獣じゃない!!
その時、人間に向けていた恨み、殺意、すべての憎悪が歪曲し、百%タブンネに向いた瞬間でした。
憎い…許せない…潰してやる!お前らのその幸せを!滅茶苦茶にしてやる!
私に中の何かが音を立てて崩れていくのを感じました。
「ミィ~♪」 「チィチィ♪」 「チャイ♪」
人間と別れたタブンネ親子は両手や尻尾にたくさんの木の実を持って巣へと戻る道を歩いています。
はしゃいで走り回る子タブンネ、それをニコニコして「走ると危ないわよ」と注意する母タブンネ…とても幸せそうな親子です。
そんな親子に背後から私は近付きました。
すると母タブンネの耳がピクリと反応し、私の方を振り返りました。タブンネは聴力がいいとは聞いていましたが、それはたしかなようです。
興奮し、息が荒くなり目が血走っている私を見て、すぐに正常ではないと察したのでしょう、母タブンネは子タブンネ二匹を自分の背中にやり「ミッ!」と私を威嚇しました。
子タブンネ二匹は私の姿を見て「ミュイイ…」と震えています。
母タブンネは一瞬逃げようかどうか迷ったようにしていましたが、両手に赤子と卵を抱えて子供二匹を連れて逃げるのは困難だと判断したようです。
「…私、怖いの?」
血走った目を笑わせ、威嚇をする母タブンネに静かに話しかけました。思えばこの瞬間からすでに狂いだしていたのでしょう。
「ミィイ!ミィミィ!」
母タブンネは依然として私を睨みつけて威嚇をしてきます。そして「私達に近付かないで!」と言わんばかりに首を向こうへ行けと動かします。
「そう…」
私は小さく呟きました。そして顔を上げ、目から笑みを消して母タブンネを思い切り睨み返し、
「あんた達もそうやって人間みたいに私のことを阻害するのねっ!?」
と威嚇を続ける母タブンネを思い切り突き飛ばしました。
「ミグィ!!」
母タブンネは木に叩き付けられ、その拍子に両手の赤子と卵を取り落しました。放り出された赤子タブンネは突然の痛みにピィピィ泣きわめき、卵はゴロゴロ転がります。
「ミィイ!」と痛みに顔をゆがめながら赤子と卵のもとへ向かおうとする母タブンネ、しかし私はそんなことを許しません。角で母タブンネの足を引っ掛けます。
「ミガッ!」
母タブンネは何とも間抜けな声を出して地面に顔面をぶつけました。そして私は鼻血をダラダラ流して涙目になる母タブンネを再び木に叩き付け、角で何度も何度も打ち付けました。
そのたびに母タブンネの「ミベ!」 「ミア!」 「ミィ!」 と短い悲鳴が聞こえてきます。
子タブンネ達は小さな手で両耳を塞いでキュッと目をつぶり、プルプル震えて二匹寄りそっています。
母タブンネに角を打ち付けているうちにバキッと音を立てて木が折れてしまいました。少しばかりやりすぎたようです。冷静さを少し取り戻した私は倒れたままの母タブンネを見下ろしました。
「ミヒィミェ…ミィ…」
そこには体中痣だらけで、顔もボコボコになり前歯もすべて折れた血にまみれた母タブンネがいました。息も絶えた絶えで、立ち上がることも困難でしょう。
「その低度?さっきの威勢はどうしたの?」
私は見下ろしたまま意地の悪いことを言ってやりました。どうやら性格まで変わってしまったようです。それとも私は元々こういう性格だったのでしょうか?
「ウミィ…ウミィイ…」
母タブンネはボロボロの顔を上げて私のことを見ました。
ここで、てっきり私は悔しさと屈辱のあまり母タブンネが攻撃を仕掛けてくるのかと思いました。
どんなに自分の不利な状況でも、逃げられなければ相手に向かっていかなくてはならない…私が野生の世界で学んだことです。
「ミィィ~、ミィィ~ン、ミィ~」
ところが母タブンネは命乞いをしてきました。青い瞳をうるうるとさせ、胸に手を当てるというポーズをとり、「お願い、助けて、殺さないで…」と必死に懇願してきます。
すると子タブンネ二匹も私の周りに集まってきました。母タブンネの命乞いに唖然とする私を見て手応えがあったとでも思ったのか、「ミィ~ン」 「チィチィ」と媚びてきました。
天使の羽の耳を揺らし、フワフワのクリームのような尻尾をかわいく動かし、甘えるように鳴いてきます。そんな姿を見て私は思いました。
ー親が親なら子も子ね…ー
普通の者ならあの人間達のようにかわいいと思ったでしょう、しかし先ほど遠目に見せられた媚びを、今目の前で見せられた私の気分は最悪でした。感じるのは嫌悪だけです。
そもそも野生界で生きる者が相手に対して媚びて許してもらおうなどと、どんな思考回路をしていればそこに行きつくのか…
野生界で媚びて許してもらおうなどという考えは言語道断、そんなことをしたところで問答無用に殺されるだけ…私の兄や姉のように…
このタブンネ親子は本当に野生に生きているにか疑わしくなる…まぁ差し詰め今日のように人間に甘えてエサをもらいながら生活してきたのだろう。今思えば随分手慣れたものだった…
人間と接するうちにこいつらは自分達の世界一かわいい存在とでも勘違いして自分達がかわいく媚びればどうにでもなるとでも思っているのだろう。
…腹が立つ!!今すぐその媚びた面を絶望に染めてやりたい!!
あの媚びた耳も尻尾もすべて忌々しいものにしか私の目には映らない…。ならばまずはそれを無くしてやろう、そう私は思いました。
そこで先程から放置状態の卵の上に私は足を乗せました。
「ミィ!?ミィィミィ!!」 「チィィ!」 「チィチィ!」
すると母タブンネが先程まで瀕死寸前だったとは思えない程に声をあげます。傷も所々ふさがっているし、どうやら「さいせいりょく」のようです。
子タブンネ達も卵に足を乗せる私に対して何か訴えています。「たまごになにをするの!?」といったところでしょうか。
私は無言で自分の体の毒の棘を一本折って母タブンネの前に投げました。母タブンネは「?」という感じで私を見上げます。私の意図がわからないのでしょう。
「その棘であんたの子供の耳を滅多刺しにしな、その後尻尾も千切って私の前に差出しなさい。全員分よ」
私は抑揚のない声で母タブンネに指示しました。
「ミィイ!?ミッ、ミィミィミィ!」
母タブンネは指示を聞くと、顔を青くして「そんなことはできない!」と首をブンブン振ります。
子タブンネ達も私の言葉を理解したのか、震えながら小さな手で自分達の耳や尻尾を庇うようにしています。
「そう、出来ないの?それじゃあ…」と私は足に少しずつ体重をかけていきました。
ミシミシ…と卵の軋む音が聞こえてきます。聴覚の優れたタブンネには、より大きく聞こえるでしょう。
「ミイイイイイ!!」 「「チィイイ!!」」
母タブンネと子タブンネ達はやめて!と悲鳴を上げます。
「じゃあ、出来るの?できないの?やるかやらないかはっきりなさい」
「……ミィ…」
暫しの間青い顔を俯かせていた母タブンネでしたが、意を決したように毒の棘を拾い上げて子タブンネ達の方に向き直りました。
その瞳からはポロポロと大粒の涙が流れ出しています。
二匹抱き合って怯える子タブンネ。そんな二匹のうちの一匹に母タブンネは手を伸ばしました。
「チュイィィ…」
母タブンネの手の中で、選ばれた子タブンネはプルプル震えて泣いています。しかし暴れたり逃げたりする様子はありません。
未来の弟か妹になる卵が人質になっているのだから当然ですね。
「ミィィ」
母タブンネは子タブンネの耳にゆっくりと棘を近付けていきます。一思いにやってしまえば良いものを…、それでは子タブンネに余計な恐怖を与えるだけだというのにまったく馬鹿なものです。最も、あんなに震えた手ではまともに耳に狙いをつけられないのでしょうが。
「チュイイ…」
子タブンネは目をキュッとつぶって小さな拳を握り締めています。卵を助けるために覚悟を決めたようです。
残り一匹の子タブンネは不安そうにしてその子タブンネを見ています。
「チギャアアアァァア!!」
棘の先が耳に触れた瞬間、子タブンネの絶叫が辺りに響き渡りました。子タブンネは母タブンネの手を振りほどき、耳を押さえて転げまわります。
どうやら聴覚が優れているだけあって、そこに神経が集中していて想像以上の激痛が走ったようです。
母タブンネもその子タブンネの様子にオロオロしていましたが、すぐに思い出したかのように子タブンネにいやしのはどうを放ちました。
いやしのはどうで痛みは多少軽くなったようですが、予想を超える激しい痛みにより、子タブンネの覚悟はすっとんでしまったらようで、泣きながらもう一匹の後ろに隠れてしまいました。
「ミィ…」
母タブンネはどうしたら良いのかわからなくなってしまったようです。あんなに痛がっている子タブンネを傷つけたくない…しかし卵も助けなくてはならない…。母タブンネの頭の中では、それらが葛藤していることでしょう。実にじれったい…
「…ミィ」
不意に母タブンネが私の方を見てきました。そして私が足を乗せる卵と私のことをを交互に見て…
「ミィ~ン、ミッミィ~」
命乞いです。
土下座をして必死になって情けを求めてきました。子タブンネ達も両手を胸の前に合わせてお願いお願いポーズをとっています。
これには私も心底腹が立ちました。こいつらはこの期に及んでもまだ、自分達が媚びれば何とかなると思っているのか…
「ミッミィ~、ウミィ~」 「チィチィ~」 「チャイ~」
冷静になっていた私の頭に再び血がのぼってきました。頭のてっぺんが熱くなっていくのを感じます。
この期に及んで…この期に及んで…この期に及んで…
ぐちゃっ
私は卵を踏み潰しました。辺りに半透明の液体が飛び散り、微かに「チビャ!」という断末魔が聞こえました。孵化寸前だったようてす。この卵が、私の至福の最初の犠牲でした。
「ミ…」
母タブンネは音を聞いて恐る恐る下げていた頭を上げます。
「ミ…ミ…ミ…ミィヤアアアアアア!!!」 「チビェェェェェェン!!」
親子タブンネの悲鳴がはもりました。
「ミェェェ…グスッ、ミェェン…グスッ」
母タブンネは何を思ったか泣きながら卵の破片と液を短い手でかき集めだしました。
常人が見れば悲痛な光景でしょうね。しかし私は何も思うことはありません、すべてはこいつらの甘い考えが招いたこと、同情の余地無しです。
「さて…」
次に私は赤子タブンネに足を乗せました。「チュピ…ヂィィ…」と赤子が苦しそうに鳴きます。
すると母タブンネはハッと私の方を見て「ミィイ!」と赤子タブンネを助けるために向かってきました。
母タブンネを軽く跳ね除け、私はさらに赤子タブンネに体重をかけます。
「ヂア…ピ……ピィィ……」
いよいよ赤子タブンネの声は死にそうなものに変わります。母タブンネは打ち付けた背中を押さえてもう片方の手を赤子タブンネの方に伸ばしています。
目から滝のように涙を流して、子タブンネ達も「もうこんなことしないで!」とピイピイ鳴いてきます。
「…なめてんじゃねぇっ!!」
私はそんな甘ったれたタブンネ親子を怒鳴りつけました。驚いたタブンネ親子は静かになります。
「あんたら私のことなめてんの?あんたらの気持ち悪い媚びなんかなぁ、野生ポケモン相手には一切通用しないのよ!人のことなめんのもいい加減にしなさいよッ!私は本気よ、早くやりなさい!次はこの赤ん坊を潰すわよ!?」
「ミヒッ……」
母タブンネの表情が絶望に変わりました。少しでも命乞いで助かるとでも思っていたのでしょうか?
「ミィ…」と母タブンネは子タブンネに目を向けます。
目の合った子タブンネは逃げだしましたが、母タブンネは素早くその子タブンネを捕まえました。やっとこうするしか方法のないことを母タブンネは理解したようです。
「ヂィィヤァ~!!チィヤ、ヂィヤ!!」
でも子タブンネの方は大暴れ、先程の覚悟は欠片すらありません。もうすっかり刺される痛みにトラウマのようです。
「お願い、これしか赤ちゃんを助ける方法が無いの!我慢して!」と母タブンネが説得しますが子タブンネは大泣きしてイヤイヤと首を振るばかりです。ああじれったい…
「あと五秒でやんないと赤ん坊潰すわよ」
「ミヒィ!?」
母タブンネの表情が青ざめます。卵を潰したのだから私が本気だということは十分理解しているでしょう。
母タブンネは体中の水分を出しているのではないかと思う程涙を流してイヤイヤと首を振る子タブンネを見下ろします。もう選択の余地はありません。
「ミィィ!」
母タブンネはギュッと目をつぶって棘を持った手を振り上げました。
「ヂィビィぃぃイイイ!!」 「チィギャアアァァァア!!」
静かな森に二匹の子タブンネの絶叫が木霊しました。
母タブンネは子タブンネ達の両耳を棘で滅多刺しにしていきます。子タブンネは目を見開いて大絶叫です。あの媚びた声からは想像がつきません。
私がやらせていることながら恐ろしいものです。ですが何故でしょう…そのときの私はとても楽しい気分でした。
鳴きながら棘を我が子に刺しまくる母タブンネ、そして身を裂かれんばかりの痛みに泣き叫ぶ子タブンネ…とても愉快です。
「ヂィ…ヂ…ィ…」
母タブンネが手を止める頃には子タブンネは叫びすぎて声が枯れてしまっていました。もう一匹は白目を剥いて失神しています。穴と血だらけの子タブンネの耳からは血液とそれともつかない液体が流れ出していました。
「ミィィー、ミィミィ!」
母タブンネは痛みに苦しむ子タブンネに「ごめんね、よく頑張ったわ」と呼びかけながらいやしのはどうを放ちます。
みるみるうちに子タブンネ達の耳の穴は塞がっていき、出血もとまりました。痛みも大分楽になったようです。
失神していた子タブンネも目を覚まして立ち上がります。そんな子タブンネの様子に、母タブンネは安堵の表情を浮かべました。
「チュイ…エグ、エグ…」 「チェェン…」 「…ミィ…」
しかしタブンネ最大の長所であり、アピールポイントの耳はいやしのはどうで傷をふさいだものの、完全に再生させることは不可能で、ボコボコに変形した奇形になっていました。もう媚びに使うことは無理でしょう。子タブンネは大切な耳がこんな姿になってしまったのが悲しいのか、奇形になった耳に手を当ててポロポロと涙を流していました。
今、子タブンネは存分に喪失感を味わっていることでしょう。
子タブンネの不恰好な頭に私は思わず吹き出しそうになりました。忌々しい媚耳を奪うことができて私の心は晴れやかです。
次にこの子タブンネは尻尾も失うのだと思ったら楽しくて仕方がありません。
「次、尻尾よ」
子タブンネの奇形になった耳ぺろぺろなめていた母タブンネの動きが固まりました。
「お願い…尻尾だけは…」と言いたそうな目で見てきましたが、私が睨み付けると母タブンネはまだ耳の喪失感でえぐえぐ泣く子タブンネのフワフワの尻尾に手をかけました。
「ヂィイイ…!!」 「チュピ!チュピィィイ!!」
再び静かな森に子タブンネの絶叫が木霊します。先程とは違い、一匹の声は枯れてガラガラでしたが。
ついに子タブンネはもう一つの媚道具のフワフワの尻尾も失ってしまったのでした。そのあと差し出された二匹の尻尾を踏みにじってやった時の反応は最高でした。
これで私の目に映る子タブンネの忌々しい媚道具をすべて消すことができました。もうこんなものをかわいいなどと思う者はいないでしょう。
「ミィミィ」
私が満足感に浸っていると、母タブンネが私の足元を指して「言う通りにしたのだから赤ちゃんを解放して」と訴えてきました。
「わかった、返してやる」 ポイッ 「チピャア~~~!!」
早く返してと手を伸ばす母タブンネを余所に、私は赤子タブンネを空高く投げ飛ばしました。
「ミヒャアア!」
驚いた母タブンネが急いで落下予測地点に走ろうとしましたが、私が角で足を引っ掛けると、また転んで顔を地面に打ち付けました。学習能力はゼロのようです。
「チピャアア~~~ チべッ!!」 べちゃっ
母タブンネが顔を押さえてのた打ち回っているうちに、赤子タブンネは地面に全身をたたきつけられ、内臓が飛び出して即死しました。
飛び出してきた赤子タブンネの臓物が、母タブンネの体にペシャリとついてピンクの毛を赤く染めていきます。
「ミ…ミェェェェェン!!」
卵の次に赤子タブンネを失ってしまった母タブンネ、赤子タブンネの死骸を抱き上げて私に「どうして!?」と涙目で抗議してきました。
「私はあんたに赤ん坊を返したわ、それを受け取れなかったのは自己責任じゃない」
「ミ!?ミッミィミィ!!」
それはあなたが私を転ばせたからだと母タブンネは言いました。
「私のせい?馬鹿言わないで、転んだのもあんたの責任よ。大体さっき私が同じ方法であんたのこと転ばせたわよね?ふつうはそこでもう同じ風に転ばないようにと学習するものなのよ、なのに何の学習もしないで勝手に転んでおいてそれを人のせいにして自分を正当化しようとするなんて
母親失格ね」
「ミッェェェエエエエエン!!」
ノータリンで私に反論する言葉すら見付からないのか、母タブンネは死んだ赤子タブンネを抱き締めて号泣しました。
まったく、そんなことをしている暇があるのでしょうか?赤子タブンネが死んだというのに子タブンネ二匹の泣き声が聞こえないことに気が付かないのでしょうか…
「オイ」
仕方がないので教えてやることにしました。
「ミィ…? グスッグスッ」
「あんたの子供二匹も大変なことになってるわよ」
「ヂァ…ピィイ…」 「フィ…フィィ…」
子タブンネ二匹は毒を食らって苦しんでいました。毒の棘で滅多刺しにしたのだから当然です。いやしのはどうで傷口をふさいでも毒は体内に残りますからね。
「ミィイ!?」
母タブンネは子タブンネ達の様子に気が付き慌てていやしのはどうを放った後、自分の尻尾の中を探ってモモンの実を取り出しました。人間から貰っていた木の実です。なるほど…ノータリンでもその低度の知識くらいはあったようです。
私は素早く母タブンネの手からモモンの実を角に刺して奪いました。
「ミィイ!ミィミィミィ!ミッ!!」
母タブンネは返して返してと手を伸ばしますが、短足なので私の角の先に刺さった木の実にはとても手が届きそうにもありません。
さて、ここでこのタブンネ親子はどうするでしょう。子タブンネが毒で苦しんでいるのにモモンを奪われてしまった。さらに子タブンネは様子からしてリフレッシュを覚えていない…母タブンネはどう行動に出るのか、 私の予想が正しければ…
「ミィミィ!」
母タブンネは子タブンネに、もう一方の子タブンネの方を指して「あなたのいやしのこころであの子を治してあげて!」と言いました。予想通りです。
子タブンネの耳と尻の傷の治り具合を見てみればすぐに「さいせいりょく」か「いやしのこころ」かがわかります。
私が見てみた結果、一方が「さいせいりょく」でもう一方が「いやしのこころ」でした。子タブンネ達が毒を食らえば「さいせいりょく」の母タブンネは必ず一方にいやしのこころでもう一方を治すようにと指示をするだろうということは容易に想像することができました。
私はそれを利用してこいつらに新たなる絶望を与えるゲームを思いついたのです。
「チュイイ…」
いやしのこころの子タブンネは兄弟を助けるために毒でふらつきながらも立ち上がります。そんな子タブンネに私は言いました。
「いいこと教えてあげる、あんたにこのモモンの実を食べさせてあげるわ」
と角からモモンを抜いてみせると「チィィ?」と子タブンネの目に希望の光が宿りました。しかしそれも束の間、次の私の言葉が絶望に突き落とします。
「…ただし、いやしのこころを発動させなければね」
タブンネ親子の表情が凍りました。小さな子タブンネにもこの言葉の恐ろしい意味が理解できたようです。
いやしのこころを使えば兄弟が助かる、だが自分は毒で死ぬ…いやしのこころを使わなければモモンの実をもらえるので自分は助かるが兄弟が死ぬ…
兄弟の命か自分の命…まさに究極の選択と言えるでしょう。 ちなみに赤子タブンネを殺した理由は、赤子タブンネも特性が「いやしのこころ」だったので(母タブンネが取り落とした時の傷が治っていなかった)このゲームの邪魔になると判断したからです。
「ミィィ、ミッミッミッ!!」
母タブンネが何か訴えているようですが、無視します。さて、いやしのこころの子タブンネはどうするでしょう?私は成り行きを見守ります。
「ヂュピィ…」
子タブンネはこの究極の選択にかなり悩んでいるようですが、毒状態では悠長にはしていられません。
母タブンネがいやしのはどうで時間を稼いでいますが、そのうちPPが切れ、「ミヒャアアァ!」とパニックになっています。
「チヒィ…チヒィ…チャ…」
子タブンネの体力も毒に蝕まれて刻々と死へと近付いていきます。もう考えている時間などありません。それとも二匹一緒に死ぬのでしょうか?
「時間ないわよ」
「チ…チビィ…ヂ…」
時間がないと聞いて、いやしのこころの子タブンネはもう片方の子タブンネに目をやりました。
「チビ…チビィ…チャイィ…フィィ…」
さいせいりょくの子タブンネは地面に横たわり悶絶しています。体は小刻みに震え、ダランと舌をたらして白目を剥いてもう二分と持たない状態です。
「フィ……ィ」
いやしのこころ子タブンネも最早立つこともできない状態でしたが、這うようにして兄弟に近付いていき、「チィィ」と最後の力を振り絞って兄弟に抱き着きました。
すると、さいせいりょく子タブンネの顔色が徐々に良くなっていき、パチリと目を開きました。
「ヂガ…ハッ…」
それと同時にいやしのこころ子タブンネは吐血して力尽きました。この子タブンネは自分の命より兄弟の命を選んだようです。
「チ、チィィ?チィィ?」
立ち上がれるまでに回復した子タブンネは、死んだ子タブンネの体を「どうしたの?おきてよ」と揺すりますが当然もうその子タブンネが目を覚ますことはありません。
「チィイ?チィ、チィ、チィ!?」ねぇおきてよ!ねぇっ、ねぇっ、ねぇっ!!と子タブンネの声も次第に大きくなっていきます。
「その触覚を胸に当ててみなさいよ」
「…チィ?」
私のアドバイスを聞いて子タブンネは死んだ兄弟の胸に触覚を当てます。何の音も聞こえないでしょう。
「チ…チビィ!!チビィ!!」と子タブンネは悲鳴を上げて飛び上がりました。やっと兄弟の死を理解したようです。
「この子はね、あんたのために死んだのよ?あんたのことを助けるために死んだのよ? …あんたのせいで死んだのよ!!」
「チビェェェーーーーーーーン!!」
責めるような口調で言ってやると、子タブンネは兄弟の死骸に縋り付き「ごめんね!ごめんね!」と頭を何度も何度も下げながら大泣きしました。
まったく、先程から泣いてばかりでやはり甘ったれた連中です。
しかし、兄弟の死骸に縋り付いて罪悪感と絶望の中で泣きじゃくる子タブンネの顔を見ていると、私の心は今までにない程に満たされていきました。
「ミガーッ」
その時、背後から母タブンネの唸り声がしました。
「ミギィーッ!!ミビィィー!!」
卵と子供二匹を失って母タブンネはついにキレたようです。私に向かって声を上げてつっこんできました。あれはたしか、すてみたっくるという技です。
今頃攻撃してくるなんて遅すぎますね。
私は敢えてよけずに母タブンネの怒りの攻撃を受けました。
「ミヒィ!ミギーッ!!」
攻撃が当たったことで調子に乗った母タブンネはもう一発仕掛けてきましたが、今度は当たる前に母タブンネは体制を崩して倒れました。つくづく学習しない生き物です。
「ミゲ…ミグァ…」
母タブンネは最初の攻撃で私の毒の棘に触れ、毒を食らってしまったのです。
「あんたアホ?」
「ギィイ…!ミグギァァ…!!」
母タブンネは何とか立ち上がって私に攻撃を仕掛けようとしていますが、毒状態では立っているのがやっとのようで、苦しそうに唸ることしか出来ていません。そのうち、母タブンネはバタリと倒れました。
「あーあ、子供の仇をとるどころか毒を食らってその様か…。情けないわね」
「ミグァ…ミギュア…!!」
母タブンネは苦しみながらも私を睨み付け、威嚇してきます。ひどく滑稽としか言いようがありません。
失笑しそうになりながら私は先程奪ったモモンの実を出しました。
「ほらほら、モモンの実よ~」
嘲笑するように私は母タブンネの目の前にモモンの実をちらつかせます。母タブンネは威嚇しながらも、時折モモンを目で追っているのがわかります。
「私に土下座したらこれあげるわ」
「ミガーーァ…ミギィイ!!」
そう言ってやると、母タブンネは「ふざけるな!誰がお前なんかに!!」と言ってきました。
「あら、さっき簡単に土下座してたじゃない」
「ミグゥゥ…!!」
先程とは状況が違うとでも言いたいのか、とにかく母タブンネは卵と子供二匹を殺した相手に土下座など死んでもしたくないらしい。こんな生き物にプライドなんてあるのかしら?
「まぁ、するかしないかはあんたの勝手だけど。…でもこのままあんたが死んだら残った子供はどうするんでしょうね?」
すると母タブンネはハッとして、子タブンネのことを見ました。子タブンネは「やだ~!!ママまでしんじゃいやだ~!!ぼくひとりぼっちになっちゃうよー!!」と泣きながら母タブンネに縋り付いています。
「保護者を失った子供はすぐに野生ポケモンに食べられたりして死んじゃうんじゃないの?かわいそうに…」
さらに追い打ちをかけてやると、母タブンネの体がプルプルと震えだし、瞳からはポロポロと涙を流し出しました。そして拳で地面を一発ドンと殴ります。
私の言う通りに土下座をするしかないと悟った瞬間でしょう。体が震えているのは悔しさから、そして流す涙は悔し涙のようです。
「ミュィィ…」
母タブンネは私に土下座をしました。残った子供のために、子供の仇である私に屈したのです。
自分の子供を奪った者に対して土下座をするというのはどれ程屈辱的なことなのでしょうか…母タブンネの震えは大きくなってゆき、ギリギリと歯を食い縛る音が聞こえます。
「不様ね、どう?子供を殺した相手に面下げる気分は?」
「ウビィィ…ウ…ウギィィ…」
母
タブンネの涙の水たまりが広がっていくのがわかります。相当悔しいのでしょう。
「でも、約束だからあげるわ」と私はモモンを転がしました。そして、母タブンネがそれを取る瞬間、ベノムショックを放ちました。
「ミグぇあ、ミビィァァ……ァァ……ヒァ……」
毒状態でのベノムショック…その威力は計りしれないでしょう。母タブンネが息絶えるまで然程の時間もかかりませんでした。
「チィヤアアアアア!!」
耳が奇形になり、尻尾を無くした子タブンネが母タブンネの死骸に縋り、「ママ!おきてよママ!いやだ!!いやだぁぁ!!」と号泣しています。
かわいい…。
私は初めて子タブンネのことをかわいいとおもえました。さっきの媚びた面よりその方がよっぽどかわいいじゃないの、健気で、いじらしくて、滑稽で…。大きな瞳からいっぱいに涙の粒を落として実にかわいらしい…
そして潰したくなる…
「チビャッ!」
私は子タブンネを投げ飛ばしました。地面に落下してポテ、ポテ、と転がる子タブンネに次は角を軽く突き刺します。
「ヂビィィィ!!」
子タブンネは角に刺さったまま宙ぶらりん状態になりました。
「ヂビュ…ヂュピィ……」
死にはしないものの、苦しそうに息をする子タブンネを私は暫しの間、堪能しました。
逃れようと小さな手足をパタパタと空中で動かしながら必死に動かない母タブンネの方へ「チャィ…チィ……!」と助けを求める子タブンネ…そのうち毒も食らって徐々にその動きも弱弱しくなっていきます。
「…チュィ…」
すると子タブンネが、涙を流しながら私に何か訴えてきました。目を見ればわかります。
「なんでぼくのかぞくをころしたの?ぼくたちがなにをしたの?」でしょう。そんな思いが子タブンネの青い瞳からはよく伝わってきます。
「…何でだと思う?」
「…チピィ…?」
「あんたみたいに親や人間に甘やかされて育った奴にはわからないでしょうねっ!!」 ドズンッ
私はそのまま角ごと子タブンネを地面にたたきつけました。
「チビャア!!」
「私の苦しみ!」 ボスッ
「ヂィッ!!」
「悲しみッ!」 ゴッ
「ヂャアイ…!!」
「悔しさッ!!」 ドッ
「ラ…ガ…」
「あんたらみたいに一匹じゃ何にもできないクズゴミ以下の存在が幸せになんかなっちゃいけないのよっ!!」
気が付いた頃には自分の目の前には巨大なクレーターができていて、その中心には子タブンネだった赤い塊が落ちていました。
私は周りを見渡しました。潰れた卵、内臓の飛び出した赤子タブンネ、毒で苦悶の表情のまま死んでいる子タブンネと母タブンネ…
つい先程まで幸せにしていた親子タブンネを、私は潰したのです…
「………フフッ」
口元が自然と歪み、顔に笑みが浮かび上がってきました。この笑みは、最初にタブンネ親子にしたような作られたものではありません。こんな気分は初めてです。
ああ、これが本当の至福なんだ… この上のない幸せなんだ…
「フフフフ…フフッフハハ、アハハハハ!アハハハ!!」
私は狂ったように笑いました。それは、私がこの汚れある至福に目覚めた瞬間でもありました。
「アハハハ!アハハハ…ハハ…ハハ……」
しばらく笑っているうちに、私の目からは涙が溢れてきました。
「………」
私は何をやっているんだろう…と急に虚しくなりました。
こんなことをしても何も変わらなければ、割れた卵や死んだ兄や姉達が戻ってくる訳でもない…ただタブンネの親子を虐殺しただけ…
何が「あんたのせいで兄弟は死んだ」よ、何が「母親失格」よ、何が「正当化」よ、何が「クズゴミ」よ!!
全部全部私のことじゃない、本来怒りをぶつけるべき相手にも怒りをぶつけず、たまたま私の前に姿を現した全く関係のないタブンネ親子に勝手に嫉妬して八つ当たりのように殺して…私の方がクズゴミじゃない!
しかもそれでまだ生も受けていない卵や小さな赤子タブンネまで手に掛けて…私の方がよっぽど母親失格よ、子供を作る資格すらないわ!
私は自分の境遇と幸せそうなタブンネ親子を比較し、自分は苦労ばかりで不幸だからとタブンネの幸せを潰すことを正当化し、無残に虐殺をした…最低の悪魔です。
もうこのようなことをくり返してはならない…そう私は心に誓いました。
しかしそれから二年の間に私は六組ものタブンネ親子を虐殺しました。
あれからというもの、私はタブンネを、得に幸せそうな親子タブンネを見ると、潰してやりたいという衝動にブレーキが効かなくなってしまっていたのです。
あの時味わった至福…それが私の中の理性のブレーキを破壊していたのです。
たしかにタブンネ親子を潰すと、大きな至福を感じます。しかしそのあと、その至福に匹敵するほどの空虚感や後悔に襲われるのです。
それにより、いつも私は「こんなことをしても誰も喜ばない、こんなことを続けていてはいけない」と思うのですが、それでも次のタブンネ親子を見かけてしまうと、暴走してしまうのです。
私はそのうちすっかり手馴れてしまい、最初のうちはタブンネの言動などですぐに頭に血が登り、感情が露わになったり言葉が荒くなったりしていましたが最近ではそれもなくなり、普段の私と変わらぬ口調や表情で事を進めることが進めることができるようになっていました。
それがタブンネ達の恐怖心を一層煽ることになりました。
そして今、七組目のタブンネ親子に手をかけている最中なのです。
「チィイイ!チュピアア!!」
追い詰められていく最後の子タブンネ…その表情は何度目にしても飽きることはありません。
「何を泣いているの?かわいそうに…おばちゃんが遊んであげるわ」
「チビィ…チビ…」
腰を抜かして動けない子タブンネは恐怖で気絶寸前です。気絶してしまってはつまらないので足の一本や二本へし折ってやろうと思っていると、「ミィーー!!」と後ろから別のタブンネの鳴き声がしました。
振り返ってみるとそこにはものすごい形相(タブンネなりに)で一匹のタブンネが私のことを睨み付けていました。子タブンネはそのタブンネに「たすけて!」と鳴きます。
どうやらこのタブンネは子タブンネの兄のようです。
「ふぅーん、まだあなたの家族はいたのね」
「ミィイ!!ミギーーーッ!!」
兄タブンネは「弟からはなれろ!!」と言ってきました。
言われなくてもあなたから潰してあげるわ、私は微笑のまま兄タブンネに近付いていきました。
兄だろうが何だろうが所詮はタブンネ、何の抵抗もできずに私に潰されてゆくだろう。そう私は高を括っていました。
現に今までまともに抵抗してきたタブンネはほとんどいませんでした。大抵は媚に入るか命乞いです。
「ミィーーーーー!!」
ところがこのタブンネは口を大きく開けたと思ったら、いきなり炎を吐いてきたのです。兄タブンネは元人間に飼われていたのかどうだか知りませんが、かえんほうしゃを覚えていたのです。
これにはさすがの私も予想外でした。突然のことによけきれず、私の体は炎につつまれていきました。
(ああ、私の人生はここで終わるのか…)
炎の中で私は思いました。
結局、私の人生って…何だったのでしょう、血にまみれた幼年期、大人になって生んだ卵は割られ、狂ったタブンネ殺戮マシンとなって…
そう考えながらも私は何故か、笑っていました。
私は恐らく心のどこかで祈っていたのでしょう。いつか私の暴走に歯止めをかける者が現れてくれることを…
そして、やっとその歯止めをかける者に出会えた…この笑みはそれに対してでしょう。たとえそれがタブンネであったとしてもかまいません、むしろそのタブンネに感謝をしたい位です。私の暴走を止めてくれたのだから…
天国の母と兄や姉は私のことを許してくれるでしょうか…?私の子供達はこんな人生を送った私のことを母だと認めてくれるでしょうか…?
どのみちこんな汚れた私が天国になど行けるはずはありませんが…
兄や姉、子供たち、そして今まで手に掛けたタブンネ親子に謝ることができないのだけが気がかりです。
そしてついに炎につつまれた私は、そのまま崩れ落ち…
………ませんでした。
炎が消えて、自分の体を見てみましたが、少しばかり焦げた低度でした。
どうして…炎は効果抜群のはずなのに……
始め、どういうことか理解できませんでしたが、やっとわかりました。レベルの差です。
あまり気にしていませんでしたが、どうやら多くのタブンネを殺しているうちに、私のレベルは野生ポケモンの中ではそれなりに高くなっていたようです。それにより、兄タブンネのレベルでは私をかえんほうしゃ一撃では倒すことができなかったのでしょう。
「…なんだ…」
私はガッカリしました。この兄タブンネは、私の暴走に歯止めをかけるものではないようです。
一方兄タブンネは、そんな私を余所に弟の手を引いて森に逃げようとしています。
…相手がしっかりと倒れたかも確認せずに背を向ける…やはりタブンネは馬鹿です。
「グビャッ!!」
私の放ったメガホーンが兄タブンネを貫通しました。最早このタブンネは子タブンネに新たな絶望を与える道具にすぎません。
兄タブンネはバタリと地面に倒れて「ミグァ…ギィ…」と子タブンネに手を伸ばした後、動かなくなりました。
「チ……チィ…」
強い兄のおかげで悪者は倒せたと思っていた子タブンネの顔が絶望に染まります。
「その顔がみたかったわ」
こうして今日も私はタブンネを殺すのです。きっとこれからもそうしていくでしょう、私の暴走に歯止めをかける者が現れるまで…
最終更新:2014年06月29日 14:04