「チィッ!チィッ!…ヂィィィィィ!!」
地下室に子タブンネの甲高い悲鳴が響き渡る。
老人はその声を無視して、押さえつけた子タブンネの胴体にノコギリの刃を往復させてゆく。
「ヂァァァァ!!」
肉を切る鈍い音と、飛び散る血しぶきにも老人は無表情だ。
「ひぃぃっ!」
「ミーッ!!ミィィーッ!!」
傍らでは、1人と1匹の観客が強制的にこの残虐なショーを見物させられていた。
派手な服を着た人間の青年と、子タブンネの母親タブンネだ。
青年は身をよじらせて逃げようとし、タブンネはもうやめてと涙ながらに訴えている。
しかし、両者とも手足を縛られて転がされているので、無駄なあがきにすぎなかった。
切り口から子タブンネの内臓がはみ出し、周辺には血だまりができている。
白目をむき、口からも血の泡が噴き出す子タブンネはもはや虫の息だ。
それでも老人は無慈悲な作業を止めようとせず、ノコギリに力を込める。
「フィィ……」
胴体が真っ二つにされると同時に、子タブンネは苦痛に満ちた表情で絶命した。
「ミヒィィー!!」
タブンネの号泣する声が一際高くなった。
返り血を拭おうともせず、老人はノコギリを手にしたまま幽鬼のように立ち上がった。
怯えきった青年は、必死の形相で訴える。
「やめてくれ!助けてくれよ!どうしてこんな事を…!」
「どうしてだと? もう忘れちまったのかい。ついこの間の事なのにな。
3週間前の月曜日の夕方5時、お前さんはどこをドライブしていたとか、
その時何かにぶつかったとか、翌日その車を慌てて廃車にしたとか、全部忘れたのかね?」
「うっ…!」
青年は目をそらした。青ざめた顔に冷や汗がどっと滲み出てくる。
「そうとも、わしはあの時轢き殺された女の子の祖父じゃよ。
お前さんが忘れてもわしは忘れはしない。
わしの叫びも聞こえないかのように猛スピードで逃げ去った車の姿や、
その窓から一瞬のぞいたお前さんの怯えた顔や、
助けを求めるかのようにわしの手をぎゅっと握った孫娘の手の感触、
そしてその手から力が抜けていった時の絶望感……決して忘れはせん!」
老人はぎりっと歯噛みをした。
「悪かった、俺が悪かった!何でもする、賠償金ならいくらでも……」
「いくら金を積まれても孫は帰って来んよ。それにお前さんの言葉なんぞ信用できんからな。
何しろお前さんの父親はこの町の町長で、タブンネ愛護の会の支部長。
親父さんの力は大したものよ、道理で警察がまともに取り合ってくれんわけじゃ」
「そ、それは…」
「わしは去年、息子夫婦を事故で亡くして以来、あの子を親代わりに育ててきてな。
せめて一人前になるまでは長生きせねばと思っていたが……その必要もなくなってしまった。
こんな辛い人生にはおさらばすることにしたよ……お前さんを片付けてからな!!」
「んぐぅっ!」
老人は青年の顔を蹴り飛ばした。呻き声を上げた青年の顔から鼻血が流れる。
「くぅぅ…」
「だが、ただ殺したのではわしの気が晴れん。孫の未来を奪った罪をたっぷり後悔してもらわねば。
じっくり苦しんでもらうぞ、このタブンネ親子のようにな」
老人は泣き叫ぶタブンネを部屋の中央に引きずってきた。
青年と一緒にこのタブンネ親子を拉致したのは単なる巻き添えではない。
あの事故の時、一瞬だが老人は確かに見た。
孫に向かって突っ込んでくる車の中で、何やら楽しそうに話している青年と助手席のタブンネを。
タブンネは子タブンネを抱き上げて青年に見せていたようだった。それがよそ見運転の原因だろう。
こいつは共犯者なのだ。青年への見せしめであると同時に、復讐の対象でもあった。
「さあて、まずは」
老人はタブンネのふわふわした尻尾を乱暴に掴んで引っ張った。
そしてその付け根にノコギリを当て、一気に引く。尻尾は呆気なく切り離される。
「ミィィィィィィ!!」
激痛に身をよじらせるタブンネを尻目に、老人は切り取った尻尾を青年の口に突っ込んだ。
「むぐぐっ!?」
「舌を噛まれては困るからな。大好きなタブンネの尻尾でも咥えておれ。
飲み込んで窒息するんじゃないぞ」
老人は冷たく言うと、今度はタブンネの首根っこを片足で踏みつけながら、耳を掴んだ。
「ミギッ!ミギィィ!!」
体の中でも特に敏感な耳を引っ張られてもがくタブンネを余所に、老人は続ける。
「タブンネは
ヒヤリングポケモンとか言うそうじゃな。周囲のかすかな音も聞き取れると。
しかし、あの時のわしの声は聞こえなかったと見えるな。
『救急車を呼んでくれ』とわしは何度も必死で叫んだのに……」
青年は心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
確かに少女を撥ねた時、助けを求める老人の声はタブンネどころか、自分の耳にもしっかり聞こえた。
だが気が動転した自分は、一目散にその場から逃げたのだ……
「だったら、そんな役に立たない耳は要らんのう!」
言いながら、ノコギリをタブンネの耳の付け根に当て、ゆっくりと歯を引く。
「ミィィ!!ミビャァーッ!!」
耳が半分切り裂かれ、切れ目から血が溢れ出てきた。
ボロボロと涙をこぼし、タブンネは悶え苦しむ。老人は歪んだ笑みを浮かべた。
「さて、このまま最後まで切り裂いたものか、それとも……」
老人は床にノコギリを置くと、千切れかけたタブンネの耳を両手で掴む。
そして首根っこを踏みつける足に力を込め、思い切り引っ張った。
「ミィィーーーーギャァァァァーーー!!!」
タブンネの絶叫と共に、耳は引き千切られた。
「んごああああ!!」
タブンネの尻尾を押し込まれた青年の口からも、くぐもった悲鳴が上がる。
青年はもはや直視できず、固く目を閉じてその惨状を見まいとしていた。
手足を拘束され、声もまともに出せない彼にとっては、それがせめてもの抵抗であった。
だが、老人はそれすらも許さない。
老人は引き千切ったタブンネの耳で、青年の頬をぴたぴた叩いた。青年はびくっと体を硬直させる。
「これが何だかわかるかね?お前さんの可愛いタブンネの耳じゃよ」
「んんっ…!」
「見たくないという気持ちはわかるが、それだといざという時に困るぞ。例えば…」
老人はナイフを取り出した。切っ先を青年の頬に当て、すっと線を描く。
一直線につけられた傷から、血がにじみ出てきた。
「わしがこうやって突如お前さんに矛先を向けんとは限らんからな」
「ん”ん”ん”ーーー!!」
塞がれた口から精一杯の悲鳴を上げ、青年は転がって逃げようとした。
しかし50センチも行かない内に壁にぶつかる。これではいやでも目を開かざるを得ない。
やむなく目を開けた青年に、老人は改めてタブンネの耳を見せつける。
「そうじゃ、しっかり見るんじゃ。わしの見た地獄に比べれば大したことはあるまい」
言いながら、老人は泣き喚くタブンネの顔の側にしゃがみ込む。
「痛いか?助けてほしいか?」
「ミィッ!…ミィミィィ……!」
「駄目じゃ。孫の受けた苦痛、奪われた未来、全て貴様の命で償ってもらうぞ!」
老人は手にしたナイフをタブンネの右目の眼窩に突き立てた。
「ミギャ!!」
タブンネの絶叫にも構わず、老人はもう一突きナイフを押し込む。そして抉った。
「ギゲアアアアーーーーーーーーー!!」
眼球がズルリと抉り出された。エメラルドのように青い瞳は半分血に染まっている。
その跡のポッカリと開いた穴から、血が泉のように溢れ出てきた。
「ミギャッ!!ミギャッ!!ミギャァァーーー!!」
タブンネは狂ったかのように頭をブルブルと振った。
その動きに合わせて、ぶら下がったままの眼球も振り子のように揺れ動く。
「うぼっ!んぐうう!!」
青年が異様な声を漏らした。猿轡の代わりに咥えさせているタブンネの尻尾の周辺から、
黄色っぽい液体が漏れ出している。耐え切れずに嘔吐したのだろう。
しかしこのまま放置すれば、吐瀉物を詰まらせて窒息する恐れがある。
老人は青年の口からタブンネの尻尾を引き抜いた。同時に青年は激しく吐いた。
「うぇぇぇぇ!!うげえ!ごほっ、ごほっ!」
顔面蒼白になって嘔吐し続ける青年を冷たく見下ろし、老人は言う。
「まだ死なれては困るぞ。次はこれじゃ」
老人はノコギリを再び手に取ると、タブンネの腰の辺りを踏みつける。
そして足の付け根にノコギリを当てると、丸太でも切るようにノコギリを挽き始めた。
「ギビャアーーッ!!」
目玉を抉られた以上の激痛にタブンネは絶叫する。刃が一往復するごとに血が飛び散る。
タブンネは必死で暴れたが、老人の踏みつける力はかなり強く、とても逃れられるものではない。
「ギミィィ!ミィィィ!!ギィァァァァァァ!!」
ほどなく、切断された足がごろりと床に転がった。切断面からダラダラ流れる血が、床を赤く染めてゆく。
「ヒィーー!!ヒィィーーー!!ヒッ……!」
タブンネは声がかすれるほど泣き叫んでいたが、その体に異変が現れた。
「ミィ!ヒッ!!ギッ!!」
涙を流す瞳の焦点が合わなくなり、悲鳴もひきつけを起こしたかのようなものに変わった。
全身が激しく痙攣し始める。立て続けの拷問でショック症状を起こしたに違いない。
まもなく心臓が止まってしまうだろう。老人は舌打ちした。
「ふん、少々性急に過ぎたかのう。だったらせめてとどめは刺さんとな!」
老人は部屋の片隅に立て掛けてあった大型の斧を手に取った。
両手でその柄を握り、頭上に高々と掲げてから、力任せにタブンネの首に振り下ろす。
「ギビャッ!!」
タブンネはごぼっと血の塊を吐き出した。その太く短い首は、まだ完全に切断には至らない。
骨が太く、首の周囲の肉が分厚いためだ。今はそのおかげで死にきれず、苦しみを引き延ばしただけだが。
老人はタブンネを踏みつけながら、斧を引き抜いた。振りかぶって二撃目を食らわせる。
「ギッ…!」
呻き声を一声残し、タブンネの首は胴体から切断され、ごろんと床に転がった。
胴体から噴水のように血が噴き出し、青年の方にもその飛沫が飛んでくる。
「んぐううううう!!ぐぅおおおおおおお!!」
青年は恥も外聞もなく、涙も鼻水も垂れ流してもがいた。死にたくない、死にたくない。
だがその様子を見た老人は嘲笑した。
タブンネの返り血を浴びた顔を拭いもせず、凄惨な笑みを浮かべる。
「待たせたな、お前さんの番じゃよ。あまり急いてはいかんことがわかったからのう。
ゆっくりとやらせてもらうぞ、ゆっくりとな……」
「んんんぐぁぁぁぁ!!」
青年が泣けど叫べど、その声は地下室の壁に反響するのみ。誰の耳にも届くことはなかった。
3時間後。
老人は部屋の片隅に置いた椅子に腰掛け、煙草を吸って一服していた。
床の上には、タブンネと青年の肉塊が散乱している
青年が拷問の途中で発狂しても、苦しみぬいて死んでも、老人は復讐の手をゆるめなかった。
その五体をバラバラにし、肉片に変えたことでようやく、彼の中の狂熱は治まったのである。
こんなことで孫娘の無念が晴らせたかどうかはわからない。
だが老人はどうしても青年とタブンネが許せなかった。こうするしかなかったのだ。
「さて、行くとするか」
老人はつぶやきながら立ち上がると、部屋の反対側に置いてあった荷物の山に近づく。
ビニールシートを剥がすと、そこにはガソリンの入ったドラム缶が3つ並んでいた。
その1つの蓋を開けると、老人はまだ火のついている煙草をそこに放り入れる。
次の瞬間、大爆発が起こり、紅蓮の炎が老人と、青年とタブンネの残骸を全て飲み込んでいった。
(終わり)
最終更新:2014年07月14日 21:53