ごみ捨て場のタブンネ一家

ピンク色のふわふわした塊が四つあります。タブンネです。お父さんとお母さん、
赤ちゃんに子供二匹とにぎやかな家族です。
「ミッミッ!(おかあさんおなかへったよ!)」
一匹の太った子タブンネがお母さんに頭を擦りつけて甘えています。
「ミッミッ!(いまごはんさがしてるからまっててね!)」
「ミィィィィィ!(おなかすいたよおお!)」
子タブンネは寝転がってじたばたしています。
「ミッミッ!(おい、あそこにいいばしょがあるぞ!)」
父タブンネがゴミ捨て場を指差します。
「ミッミ!(ごはんのにおいがする!)」
子タブンネが短い足を頑張って動かし、ゴミ捨て場へ向かいます。
「ミビウィミッミ!」
ゴミ箱に飛び込むと、子タブンネは生ゴミを手当たり次第に食べていきます。
子タブンネが他のタブンネから木の実を盗んだせいで、このタブンネ一家
群れから追い出されたのです。それから二日、お乳を飲む赤ちゃんタブンネ
以外は何も口にしていませんでした。幸い脂肪が沢山ついていたので、そこ
まで体調は崩れていません。
「ミヒギミィィィィィィィ!」
子タブンネが口を手で押さえて悲鳴をあげました。父タブンネが飛んでくると、
子タブンネは口をあけて見せました。プラスチックを噛んでしまったようです。
食いしん坊さんですね。
「ミッミッ!(おちつきなさい、おとうさんがちゃんとごはんをさがしてやるからな!)」
父タブンネは子タブンネをゴミ箱から出し、強引に刺さったプラスチックを引っこ抜きます。
「ミギャアアアアアアア!」
血を流しながら叫ぶ子タブンネに、父タブンネは癒しの波動を打ちました。
「アアアア、アアア、ア……ミィ」
傷がふさがった子タブンネは、またゴミを漁ろうとしています。

「ミィ!」
しかし今度は父タブンネに首を掴まれてしまいました。
「ミィィ! ミィィィ!(ごはん! ごはんたべたい!)」
父タブンネは暴れる子タブンネを叩きました。
「ビィィィィィィィィ!」
また子タブンネが泣き出しました。そこへやっと追いついた母タブンネがあやし始めます。
「ミィ~ミミミ~ミッミ~」
子守唄でしょうか、子タブンネから涙が引き、笑顔が咲き誇ります。
「ミッミッ!(おとなしくしてるんだぞ!)」
父タブンネはそう言ってから、ゴミ箱を漁り始めました。

「ミッミィ!(いただきます!)」
父タブンネが集めた生ゴミを囲んで、タブンネ一家は夕食を始めました。
「ミミィ!」「ミィィ!」「ミッミー!」
最初は美味しそうに生ゴミを食べていた子タブンネですが、今はボロボロと泣いています。
群れにいた頃に食べた木の実の味を思い出しているのでしょう。他のタブンネの顔色も
沈んでいます。
「ミィィ……」
悲しい気持ちのまま、食事は終わりました。

「ミィィ!」
父タブンネがゴミ箱の中身をぶちまけて、子タブンネ二匹を中に入れています。太った方に
押され、もう一匹のタブンネは身を捩っています。
「ミッミィミィ(おまえはあかちゃんとこのもうふをつかいなさい)」
母タブンネにはゴミの中にあった毛布を渡します。父タブンネはゴミ袋に入ります。
「ミッミッ(おやすみ)」
寒い風に打たれ、ブルブル震えながらタブンネ一家は夜を越しました。

月曜日
父タブンネは眩しさに目を開けました。空に日が昇っています。朝です。
「ミィィ……」
背伸びをして起き上がり、昨日のようにゴミを漁ります。
「ミィミィー!(おきろー!)」
朝食の分を繕うと、父タブンネは大声で家族を起こします。他のタブンネは目を擦り
ながら起き上がります。
「ミィミィ!(みずをのみにいこう!)」
寝起きでふらふらしている家族を連れて、父タブンネは水の音を頼りに川を探します。

「ミィ!(みずだ!)」
タブンネ一家は濁った川を見つけました。
「ミィィ!(のどかわいた!)」
おでぶな子タブンネが真っ先に川へ飛び込みます。
「ミッミッ!」
ばちゃばちゃと汚い川を泳ぐおでぶちゃん。みるみる綺麗な体毛が黒くなっていきます。
泳ぎに満足したのか、おでぶちゃんは川の水をすすりました。
「ミィ! ミボェェェェ!」
やはり不味かったのでしょう、おでぶちゃんは昨日食べた生ゴミを全て戻してしまいました。
母タブンネが背中をさすっています。
「ミィ……(のめないのか……)」
父タブンネはがっくりと肩を下げて他の場所を探しにいきました。
「ミッミィ!」
タブンネ一家は一時間近く歩いて小さな森にたどり着きました。小川の水は綺麗で、
木の実が沢山なっています。タブンネ一家はお腹一杯木の実を食べたり水を飲んだりしました。
「ミッミィ~(おひるねしようよ~)」
おでぶちゃんの一言で、タブンネ一家は柔らかい草の上に寝転がりました。
「ミィ~(きもちい~)」
タブンネ一家は日が暮れるまでお昼寝をしました。

「ミギィッ!」
耳に痛みを感じ、父タブンネは目を覚ましました。見ると、コラッタが耳に噛みついています。
「ミィィィィ!(なにをする!)」
「チィッ、チィィ(ここは俺達の住みかだ、怪我したくなけりゃさっさと失せろ)」
回りの草むらには数えきれないほど光る目が並んでいます。
逆らったら殺されてしまう。父タブンネは冷静に判断し、コラッタに謝りました。
「ミィィ……(もうしわけありませんでした……)」
父タブンネは他のタブンネを慌てて起こし、ゴミ捨て場へ逃げ帰りました。

「ミィッ!(きのみじゃないとたべない!)」
おでぶちゃんが何か食べたがっていたので、父タブンネが食べられる生ゴミを集めました。
しかし、おでぶちゃんは文句を言って手をつけようとしません。「ミィミィ(がまんしろ)」
「ミィミィミィミィ!(きのみきのみきのみきのみ!)」
「うるせー!」
近くの家の窓が開いて、そこから怒声が飛んできました。おでぶちゃんはびっくりして
腰を抜かしています。
「ミィミィ(はやくたべてねろよ)」
父タブンネはそれだけ言って寝てしまいました。続いて母タブンネも毛布にくるまります。
おでぶちゃんは惨めな気分で生ゴミを食べて、ゴミ箱の中に入りました。
その晩おでぶちゃんはゴミ捨て場で何不自由なく暮らす夢を見ました。

火曜日
「ミギィッ!」
父タブンネは乱暴に叩き起こされました。
今日は一般ゴミの回収日。業者が回収にきたようです。ぶちまけられたゴミを見て目を見開いています。
「なんだよこれ! おいどけ馬鹿共!」
業者がゴミ箱から子タブンネ達を摘まみ出しています。家族が危ない!
そう思った父タブンネは、業者にタックルをかましました。
業者は派手にゴミの中へ突っ込みます。
「ミィッ!(だいじょうぶか!)」
母タブンネと赤ちゃんタブンネを確認します。呑気にいびきをかいています。どうやら無事のようです。
ほっとしたのも束の間、父タブンネの背中を、起き上がった業者が
思いきり蹴り飛ばしてしまいました。
「ふざけんな糞豚!」
業者は倒れた父タブンネを何度も踏んだり蹴ったりしています。ついこの間まで戦うこともせず群れにいた
父タブンネは打たれ弱く、今も身を守るために体を丸めています。
「ミィ! ミィミィ!(ひどい! わたしたちはわるいことしてないのに!)」
業者の足に母タブンネがすがります。
「お前も蹴られてえのか!」
しかしあっさり引き剥がされ、お腹を蹴られてしまいました。
「ミィィィィ!(おかあさんをいじめるな!)」
そこへ子タブンネ二匹が業者の足に噛みつきます。
「カスが、きかねぇんだよ(無敵)」
業者が足を振って子タブンネを振り払います。
「寝てろ!」
父タブンネが暴行を受けている間、他のタブンネはただ震えて身を縮こませているしかありませんでした。

「うわやべ! もうこんな時間か」
業者がふと腕時計に目をやると、十分も時間が進んでいました。最後に血まみれで動かない父タブンネを蹴り飛ばし、
業者はゴミを回収して去っていきました。
「ミィィィ!(おとうさん!)」
子供達は無惨な有り様の父に駆け寄ります。身体中が腫れ、触角が千切られていますが呼吸の音がします。
何とか生きているようです。
「ミィミィ!(おとうさんをなおして!)」
子タブンネ達は母タブンネにお願いしますが、首は横に振られました。母タブンネはまだ癒しの波動が使えないのです。
仕方なく、父タブンネはそのまま寝かせて置くことになりました。
ゴミが無くなり、ゴミ捨て場はがらんとしています。
「ミィ……(おなかへった……)」
太った方の子タブンネが言葉をこぼしました。しかし、食料になり得た生ゴミは回収され、
遠くまで行ける父タブンネは怪我で動けません。
「ミッ、ミィミィ……(ごめんね、がまんして……)」
母タブンネはそう言うしかありません。
「ミィィ、ミィィィィ!(やだよ、おなかすいたよ!)」
来たときと同じようにだだをこねる子タブンネ。
「ミィィィィ! ミィィィィ!(ごはん! ごはん!)」
困り果てた様子の母タブンネを見て、子タブンネは泣き止みました。視線は母タブンネのお乳を飲む赤ちゃんタブンネに注がれています。
「ミィミィミィ!(おかあさんのおっぱいのませて!)」
子タブンネは赤ちゃんタブンネを持ち上げ、放り捨てます。
受け身がとれず、赤ちゃんタブンネは体をしたたかに打ってしまいピーピーと泣いています。
「ミィッ!(なにするの!)」
母タブンネは子タブンネの頬を打ちました。
「ミィ……ミィィィィ!(おかあさんがぶった……いたいよおお!)」
子タブンネと赤ちゃんタブンネのデュエットがしばらく続きました。

「プヒー……プゴゴッ、ブコピー」
泣き疲れたのと空腹を紛らわせるために、おでぶちゃんは眠ってしまいました。
母タブンネは思い詰めた表情でその顔を見ています。夫は怪我で動けない、ならわたしが何とかしないと……
「ミッ!」
母タブンネは赤ちゃんタブンネを子タブンネに預け、昨日行った森へ向かいました。

「ミィミィ!(おねがいします!)」
母タブンネは地面に頭をつけて、コラッタに食料を分けてもらおうとしています。
「チィ、チ(やだよ、おう)」
「ミィミィ! ミィ……(おねがいします! きのみ……)」
「チィチィィ(早く消えろ豚殺すぞ)」
「ミィミィ!(おねがいします!)」
いくらコラッタが嫌だと言っても、母タブンネはしつこく食い下がります。コラッタがため息をつきました。
「チィッ(オルルェについてこい)」
コラッタは森の奥へ歩いていきます。やった! 嬉しさに母タブンネは涙を流します。
「ミッミッ!(ありがとうございます!)」
母タブンネもコラッタについていきました。

「ミィ……(どうして……)」
母タブンネはコラッタに囲まれています。
「チィッチィ、チィィ(しつこい奴は嫌われる、体で覚えろ)」
チィィ! コラッタ達が一斉に母タブンネに飛びつきます。
「ミヒィ! ミギャァァァァァァァァ!」
耳へ手足へ尻尾へお腹へ、ところ構わずコラッタは噛みつきます。
歯が刺さる毎に母タブンネの体は血で染まっていきます。最初は頑張ってじたばたと抵抗していた
母タブンネも、今はなされるがままになっています。
「ミィ……ミィ……(ごめんなさい……ごめんなさい……)」
「チィィ!(止め!)」
先ほどのコラッタがぐったりとしている母タブンネに近づきます。

チィッチィチィ(もう来ないなら命だけは助けてやる)」
母タブンネは何度も頷きます。
「チィ。チィッ、チィィチィチィィ(よし。おい、こいつのみ耳と触角を食い千切れ)」
「ミィッ!?」
もう終わりかと思っていた母タブンネは、恐怖に身を震わせました。
二本の触角それぞれにコラッタが噛みつき、引っ張ります。
「ミァァァァァ!」
触角は意外と固く、コラッタは千切るのに手こずっています。
「ミァッ……ピィィィィィ!」
ようやく両方の触角が切れました。切り口から血が、顔からは汗が、そして目から涙が、滝のように流れています。
次に耳です。こちらは触角より時間がかかりましたが、悲鳴はありませんでした。
母タブンネは気絶しています。失禁しているので悪臭が漂います。
「チチィ(撤収)」
無様に耳を千切られた母タブンネは、森の外へ捨てられました。
夜が明けるまで、母タブンネが意識を取り戻すことはありませんでした。

水曜日
母タブンネは痛む体を引きずりながらゴミ捨て場へと急ぎます。子供達はお腹を空かせているだろうと思い、
民家の庭にあったお団子を沢山盗み、持ちきれない物は尻尾のふさふさに引っかけます。
ゴミ捨て場は昨日と変わらなく、子タブンネ達はゴミ箱の中で寝ています。赤ちゃんタブンネも二匹の間で小さく
寝息をたてています。父タブンネも特性の再生力で大分傷が癒えているようです。
よかった……
「ミィィ……」
母タブンネは気が弛んだせいか、その場に倒れ眠りこけてしまいました。

「うお、こいつ生きてるぞ」何処かで聞いた声に、母タブンネは起こされました。
「ミィッ!」
昨日の業者でした。今日は水曜日、タブンネの回収日です。
「生きてる奴も回収だっけ?」
今までのタブンネ回収日は、死体しか回収したことがなかったので、業者は車からマニュアルを出して読み始めました。
「ミィィィ!(おきて!)」
これ幸いと母タブンネは大声で皆を起こそうとします。
「ミィィ……(どうした……)」
しかし急ぐ母タブンネの気持ちとは反対に、父タブンネはのそのそとゴミ袋からでようとしています。
「ミィ!(はやく!)」
子タブンネ達も呑気にあくびをしています。
「生きたタブンネも回収対象である……か。よし」
とうとう業者が車から出てきました。母タブンネがヒステリックに喚きます。
「こいよ、悪いようにはしないから」
にっこりと業者が警棒を持って笑っています。ゴミ箱から這い出た子タブンネ達と赤ちゃんタブンネを
連れて逃げようとしますが、もう間に合いません。業者の警棒がお腹にめり込みました。
「ミギッ!」
呼吸ができなくなり、母タブンネは地面に伏せます。

「ガキの回収日は明日か、じゃあ……」
母タブンネを背に、業者は父タブンネに狙いをつけました。
「ミィ!(やめて!)」
母タブンネの願いも虚しく、父タブンネは二度目のリンチを味わうはめになりました。
「ミガッ! ミギィッ!」
警棒が父タブンネを痛めつければ痛めつけるほど、新しい傷と開いた生傷から血が滲みでてきます。
子タブンネ達は、母タブンネの千切れかけの尻尾に顔を埋めて震えています。
「ミィギィィィ!」
渾身の一撃が父タブンネの頭に炸裂します。父タブンネは絶望に染まった断末魔をあげて事切れました。
「ミィ……ミィィィィィ!(おとうさん……ええええん!)」
泣き止まない子タブンネ達を、母タブンネはぎゅっと抱きしめます。
「今日はお前のガキは連れていかねえよ」
父タブンネを殺せたからか、業者は清々しい表情で母タブンネに近づきます。

「ミィィィ!」
子供を守ろうと、母タブンネは一生懸命威嚇しますが、耳も触角も無い亀頭のような顔では台無しです。
業者が腹を抱えて笑っています。
「あーおもしれー。楽しかったわ」
業者は母タブンネの体に思いきり警棒を振り落としました。
「ミッギャァァァァァァ!」
全身がばらばらになりそうなくらいの激痛に、母タブンネは子タブンネ達を落としてしまいます。
「じゃあ俺、タブンネもらって帰るから(迫真)」
業者は舌を出して虚ろな目をしている母タブンネを抱き上げます。尻尾からお団子が零れ落ちました。
「ミィィ!(おかあさん!)」
子タブンネ達は手を伸ばして母タブンネを触ろうとしています。勿論それを業者が許すはずもなく、
ゴミのように蹴散らされてしまいました。
「じゃあの」
業者は車に母タブンネを放り込み、高笑いと共に去っていきました。
「ミィ……」
ふらふらと子タブンネ達が立ち上がります。
「ミィィィィ!」
その後、子タブンネ達は近所の人間から怒声を貰うまでおかあさんを呼びました。
「ミィィ~?」
その横では、赤ちゃんタブンネが不思議そうな顔でよちよちとおかあさんを探していました。


「ミィィ! ミィィ!」
夜になって、赤ちゃんタブンネがピーピーと泣き出しました。お腹が減っているみたいです。
「ミィィ!(うるさい!)」
おでぶちゃんが注意しますが、赤ちゃんタブンネは泣き止むどころかより声を大きくします。
「ミィィィィン!」
「ミィィ!(うるさい!)」
痺れを切らしたおでぶちゃんが、赤ちゃんタブンネを持ち上げて壁に叩きつけました。
「ミギヒィ!」
まだ体の弱い赤ちゃんタブンネは、一度壁にぶつかっただけで腕の骨が折れています。
「ミギャ、ピッギ、ギャミィィィ!」
おでぶちゃんはひたすら赤ちゃんタブンネを壁に叩きつけます。色々ひどい目にあったから疲れちゃった
みたいです。もう一匹の子タブンネはゴミ箱の中で耳を塞いで震えています。
「ミィィィィ! ブッヒィ!」
おでぶちゃんの豚のような雄叫びが、しんと冷えた空気によく響きました。据わった目つきのおでぶちゃんが、
赤ちゃんタブンネを限界まで高く持ち上げ、投げ落とします。
ぐちゃりと音がして、赤ちゃんタブンネから力が抜けました。
「ミヒッ、ブヒヒヒヒ!」
なおも死んだ赤ちゃんタブンネを叩きつけながら、おでぶちゃんは静かに笑い続けました。


木曜日
早朝、赤ちゃんタブンネだった物の横でいびきをかいて眠っているおでぶちゃんを子タブンネが起こします。
「ミィィィィ!(なんだよ!)」
おでぶちゃんは弛んだ顔をぶるぶる震わせて怒っています。ごちそうを食べる夢でも見ていたのでしょうか、
顔中涎まみれです。
「ミィミィ、ミミミィィ……(ここから逃げよう、ぼくたちも捕まっちゃうよ……)」
子タブンネは恐る恐る聞きます。昨夜の赤ちゃんタブンネの末路が目に焼きついてしまったようです。
「ミィィ! ミィミィ!(ここじゃないとだめ! ごはんがないもん!)」
おでぶちゃんは子タブンネを睨み言いました。
「ミィミィミミィ(でも死んじゃったらご飯食べられないよ)」
はっとおでぶちゃんが目を見開きます。気づいてなかったんですかね。
「ミィィィィ!(早く逃げよう!)」
子タブンネはおでぶちゃんが納得してくれて安堵の表情を浮かべています。
早速二匹は身仕度を始めました。と言っても、持っていくものは母タブンネが残してくれたお団子しかありませんが。
両手で抱えきれない分は、母タブンネ同様に尻尾に引っかけます。おでぶちゃんはお腹の脂肪の中に隠しました。
去り際に、子タブンネは立ち止まってゴミ捨て場を振り返りました。短い間だったけど、我が家だった場所。
ここで子タブンネは多くの物を失いました。
「ミィ……」
子タブンネのつぶらな瞳に涙が溜まりますが、ごしごしと手で擦ってまた前へ向きます。
「……ミィ!」絶対に生き延びる!
確固たる信念を胸に、子タブンネは一歩踏み出しました。
ブロロロロ……
子タブンネの耳にあの業者の車の走る音が飛び込んできました。
「ミィィィ!」
子タブンネはおでぶちゃんの手を引いて駆け出します。生きるために……いなくなった両親と弟のために。
「待て!」
タブンネは足が短い種族です。その上、子供では全速力を出したところでたかが知れます。
今の声から察するに、業者はすぐ近く。走って逃げるのは無理、だったら……子タブンネは辺りを見渡します。
「ミィ!」
ちょうど子タブンネが入れそうな穴が塀に空いていました。


「ミィィ!」
子タブンネが駆け出そうと足に力を入れた時、体に強い衝撃を受けました。
「ミギッ!」
ゴロゴロと転がる子タブンネ。回る視界の中に、お腹を突き出したおでぶちゃんがいました。
おでぶちゃんはニヤリと笑い、穴に身をねじ込みました。
「ミッ! ミッ!」
たぷたぷの脂肪が詰まりますが、何度も体をよじり向こう側へ抜けました。おでぶちゃんはそのまま、
脇目もふらずに逃げていきました。

「ミィ……ミィ……」
どうして、どうして……生気の抜けた目で、子タブンネは壊れた機械のように繰り返します。
僕は細身だから、先に入れば僕も助かったのに。
「おいおい仲間割れか、最後の最後で裏切られた気分はどーよ?」
悠々と歩く業者に、子タブンネは何の反応も示しません。
「ミィ……ミィ……」
「……抵抗が無いとつまんねえな。デブは逃げちまったし、仕方ねえ」
ぶつぶつと呟きながら、業者は子タブンネを車に積み、ゴミ捨て場を後にしました。

「ミヒィ! ブッヒヒィ!」
おでぶちゃんはあのコラッタのいる森に避難していました。だらしない体を広げ、
呑気にお団子を貪っています。
「クッチャクッチャ……ムヒッ!」
おでぶちゃんが立ち上がり、お尻を振っています。お団子を探しているようですが、
出てきません。
「ムィ! プギィィィ!」
おでぶちゃんはピョンピョン跳ねたり転げ回ったりして当たり散らしていますが、
誰もおでぶちゃんを心配してはくれません。皆いなくなってしまったから。
「ミ……ミッヒヒィィィン!」
いくらおばかなおでぶちゃんでも、それくらいは分かっているはずです。
「ミッ……ブビビッ」
おならをしても無駄ですよ。
今まで、おでぶちゃんは常に誰かに寄生して生きてきました。お母さんが、お父さんが、弟が。
何でもやってくれました。おでぶちゃんはいつしか考えるのをやめ、本能のままに生きるようになりました。
「ミッ……ウブオェェェェェ!」
そのつけが、とうとう回ってきたのです。
「ブベェェェェ!」次々とおでぶちゃんの口からドロドロのお団子が流れ出てきます。おでぶちゃんが食べたのは
ホウ酸団子だったのです。さらに、お尻からも青い血の混じったビチビチのうんちが滝のように噴き出し、
体にぶつぶつができて赤い斑点に包まれます。
「ボボボボ……ゲホッブヒィ!」
ようやくゲロが止まりました。
「ピギイィィィ……」
休む間もなく襲いかかる強烈な喉の渇きに、おでぶちゃんはゲロとゲリの中でのたうち回ります。
「カッヒュウ……」
とうとう叫ぶこともできなくなったおでぶちゃん。目は霞み、手足は痙攣し、それなのに意識ははっきりしています。
「チィ」

「チィ」
いつの間にか、あのコラッタがおでぶちゃんの側に蔑んだ目で立っていました。
「プヒィ……」
助けて!
おでぶちゃんは最後の力を振り絞って鳴きました。ゆっくりコラッタがおでぶちゃんに歩みより、口元を歪めました。
早く助けろ!
おでぶちゃんはコラッタを睨みつけて催促します。
ぴちゃり。
しかし、コラッタはおでぶちゃんの顔に唾を吐き、草むらの中に消えてしまいました。
しばらく唖然とした後、おでぶちゃんは血を吐きながら憤怒しました。
ぼくはみんながかわいがってくれるかわいいタブンネちゃんなんだぞ! ちびのくせになまいきなやつはしね!
「ボェオオオオオ!」
茶色い水溜まりに赤が混じり、より見苦しい色へ変わります。血は止まらず、おでぶちゃんの顔は真っ青になっています。
「ビォェェェェ!!」
盛大に残りの血を全て吐き出し、おでぶちゃんは動かなくなりました。

「ミィ?」
おでぶちゃんが目を覚ますと、ふわふわと体が宙を浮いていました。
「ミッミィ!」
おでぶちゃんは下に戻ろうともがきます。しかし体は上へ、風船のように引き寄せられます。
「ミィィンミィィン!」
涙とおしっこを垂らしながら、おでぶちゃんは諦めずにじたばたしています。
そこへ、シャンデラがやってきました。
「ミィッ!」
助けてくれると思ったのか、おでぶちゃんはシャンデラに腕を伸ばしました。シャンデラは怪しく笑うと、
頭の炎でおでぶちゃんの手を炙ります。
「ミギャァァァァァァ!」
あっという間に炎に包まれるおでぶちゃん。シャンデラはおでぶちゃんを吸い込むと、
満足した様子で夜の闇に溶けてしまいました。
最終更新:2014年07月21日 16:52