パパンネ、ママンネ、そして兄と姉の子タブンネが見守る中、
卵にひびが入り、1匹のベビンネが誕生した。
「チィチィ…♪」
「かわいい男の子だミィ!」「あたしにおとうとができたミィ!」
ママンネに抱きかかえられたベビンネを囲み、
タブンネ一家は歓喜に沸く。
だがその時、ベビンネの頭の中に地の底から響くような声が聞こえた。
「見つけた………52回目………」
その声は家族の誰にも聞こえなかった。
そして当の
生まれたてベビンネにはその意味もわかるはずがない。
声を聞き流したベビンネは、ママンネに体を舐められ、
くすぐったそうに体をよじるのだった。
それから半年後。そのベビンネも成長して子タブンネになっていた。
新たに弟と妹が1匹ずつ生まれていたので、兄弟は5匹になり、
毎日ミィミィチィチィとにぎやかに暮らしていた。
そんなある日、タブンネ一家が暮らす森に一人の人間が姿を現わした。
きこりの姿は時たま見かけるが、この男は背中に荷物を背負った商人のようであった。
いずれにせよ、あまり歓迎すべき相手ではないと覚ったパパンネとママンネは
子供達をかばって、その人間の前に立ちはだかる。
商人は虚ろな表情で、目だけがなぜか怪しい輝きを放っていた。
「どけ」
ぼそりと言うと、商人はいきなりパパンネを殴りつけた。ママンネも蹴り倒す。
「ミギィッ!!」「ミヒャァ!!」
倒れる二人を尻目に、商人は子タブンネ達に襲いかかろうとした。
「逃げて!早く逃げてミィ!!」
ママンネの叫びを聞くまでもなく、子タブンネ達は散り散りに逃げ出した。
上の3匹はよちよちと逃げるが、下の幼い2匹は腰が抜けて動けない。
手を取り合ってチィチィと泣き叫んでいる。
しかし商人はその2匹には目もくれず、逃げた3匹の方を追いかけた。
そして長男でも長女でもなく、3番目の子タブンネを捕まえて踏みつける。
「見つけたぞ…!」
「ミィーッ!助けてミィーッ!」
子タブンネは救いを求めるが、商人は足に込める力を強めていく。
パンッ!
そして子タブンネの体は、息を吹き込んだ紙袋を割ったかのように音を立てて破裂した。
血しぶきが草むらに飛び散る。
「ミヒィィーーーッ!!」
ママンネの号泣する声を背に、商人は大股で立ち去っていった。
「ミィミィ……」「チィィ……」
タブンネ一家の悲痛な泣き声も、その耳には届いていないようであった。
だが、森を出たあたりで商人の表情に生気が戻っていた。怪訝そうに辺りを見回す。
「あ、あれ?俺はこんなところで何を……」
そして自分の足元に気がついた。さっき子タブンネを踏み潰した血が靴にべったりついている。
「わわっ!ぼんやりしてたのかな、何を踏んじまったんだ?」
気持ち悪そうに血を拭うその目には、先程の怪しい輝きなど欠片も見られなかった。
「見つけたぞ………157回目………」
とあるベビンネが生を受けた時、また頭の中に声が響いた。
青空に吹く心地良い風を帆に受け、大型の帆船が洋上を進んでいる。
甲板の上では、貴族の夫人達が談笑していた。
「船旅というのも最初は楽しゅうございますが、1週間も続くと退屈なものですわね」
「もうしばらくのご辛抱ですわ。あと3日で目的地に到着したら、
逆に船の上の潮風が懐かしくなったりするものですわよ。ねえ、タブンネちゃん」
「ミッミッ♪」
問いかけに相槌を打つかのように、一人の夫人が抱いていた子タブンネが笑顔で鳴いた。
しかしその子タブンネも退屈はしていたようで、遊びに行きたそうな素振りを見せる。
「ミィミィ♪」
「あらタブンネちゃん、お散歩に行きたいのかしら。あまり遠くへ行っては駄目よ」
婦人が子タブンネを甲板に下ろすと、子タブンネはきょろきょろしながらトコトコ歩き出す。
婦人達は再びおしゃべりを始めた。
だが甲板の荷物の角を曲がり、婦人達の視線の死角に入った時、
誰かが子タブンネの口を押さえ、物陰に引っ張り込んだ。
「見つけた……!」
「ムグ!……ンン……!」
恐怖に目を見開いた子タブンネを取り押さえていたのは、若い水夫だった。
目が赤く爛々と輝いている。
水夫はポケットから針と糸を取り出した。船の帆の補修に使用する大型の針と太い糸だ。
左手で子タブンネの口を押さえ、右手でその口を縫い付ける。
「ン゛ン゛ン゛ン゛ーーー!」
口を縫われているのだから、当然悲鳴は出せない。呻き声がわずかに漏れるだけだ。
しかしその激痛に子タブンネは涙を溢れさせ、手足をばたつかせてもがいた。
だが抵抗空しく、その小さな口は乱暴に縫われて塞がれてしまった。口の周りは血だらけだ。
さらに水夫は子タブンネの両手を掴むと、手首に針を突き刺し、同じように縫い合わせる。
「ン゛ァ゛ン゛グ ン゛ーーー!」
首をぶんぶん振ってもがき苦しむ子タブンネの、さらに足首までも縫い合わせた。
「ン゛ギィ~~~!!」
両手両足の自由を失い、もはや子タブンネは虫の息だ。
その残忍な作業を終えた水夫は表情一つ変えぬまま、子タブンネを海に放り投げた。
子タブンネの小さな体が落下して上げたささやかな水音など、誰も気づくはずがない。
「ン゛ーーー!ム゛ム゛ン゛ン゛ーーー!!」
手足は縫い合わされて動かすことができない子タブンネは、海老のように全身をくねらせ、
海水をバシャバシャ撥ねて悶絶する。
助けを求めたくても声が出せない。いやそれ以前に呼吸がほとんどできない。
たちまち子タブンネは力尽きて動かなくなり、潮に流されてゆく。
それを見守っていた水夫の目から、急激に怪しい光が消え失せた。
「ん……?あれ……?」
我に返った水夫を見つけ、水夫長が怒声を上げる。
「おいっ!そんなとこで油売ってるんじゃねえ!ぼやぼやしてると海に叩き込むぞ!」
「す、すみません!」
持ち場に慌てて戻る水夫とすれ違うように、貴族の夫人が通りかかる。
「タブンネちゃん?タブンネちゃんったらどこに行ったのかしら……」
彼女は、子タブンネが既に海の藻屑と化していたことなど知る由もなかった。
「………328回目………」
ある時は火に投げ込まれ、
「………746回目………」
またある時は生き埋めにされ、
「………さあ、900回目………」
ポケモンセンターの近くを、二人の小学生の女の子が通りかかっていた。
ポケモン好きの二人は、学校の帰りには回り道してここを通り、
時たま出会うポケモンとの触れ合いを楽しみにしていたのである。
しかしあいにく今日は、センター前の広場には人間が通るだけでポケモンの姿は見えない。
「今日はいないねえ」「うん」
たまにこういうハズレの日もあるので、二人が諦めて帰ろうとした時、
「ミィ♪」
ベンチの下から声が聞こえた。子タブンネが二人の方を見つめている。
「あっ、タブンネだ!」「おいでおいで、こっちおいで!」
喜ぶ二人に応えるかのように、よちよち歩いてきた子タブンネも満面の笑顔だ。
女の子達は子タブンネを抱き上げ、しばらくの間その柔らかい毛皮の感触を楽しんだ。
その内、片方の女の子が慌てて立ち上がった。
「いっけない、ママと買い物に行く約束だったんだ!あたし行くね!」
「うん、
また明日ね。あたしはもう少しこの子と遊んでくよ」
急いで走り去る友達を、残った女の子は手を振って見送った。
「ミッミッ♪」
子タブンネもその真似をして、手を振った。
「さて、と…………見つけたぞ……!」
友達の姿が見えなくなった後、女の子は子タブンネの方に向き直った。
「ミィ!?」
子タブンネはゾクリとした。女の子の目が不気味に赤く輝いていたからだ。
彼女は子タブンネを抱きかかえたまま口を塞ぎ、広場から走り去っていく。
「ミィー!ミィー!?」
子タブンネの視線の片隅に、声を張り上げて自分を探すママンネの姿が映った。
「ミ、ミュゥゥ…!」
助けを求めようとする子タブンネだが、口を塞がれては如何ともしがたい。
ママンネの声がどんどん遠ざかる。子タブンネの目から涙が溢れた。
女の子はしばらく走ると、近くの工事現場に駆け込んだ。
老朽化したビルの取り壊しが行なわれている場所である。今日は休工日で誰もいない。
かなり走ったのに息一つ切らしていない女の子は、子タブンネを地面に放り投げた。
「ミギッ!……ミ、ミィ…!」
コンクリートの瓦礫で腹を打った子タブンネは、痛みをこらえつつ這って逃げようとする。
だが女の子はコンクリート塊を手にすると、子タブンネの右足目掛けて振り下ろした。
「ミギャアーーーァァァ!!」
絶叫を上げる子タブンネの足に、二度三度と叩きつける。
足の裏のハート型の肉球がグシャグシャに潰され、血まみれの足は千切れかかっている。
それでも容赦せず、女の子は今度は左足の破壊に取り掛かった。
「ミギィィィィィィ!!」
泣き叫ぶ子タブンネの両足は骨が露出し、ブラブラしながら辛うじてつながっている有り様だ。
女の子は血に染まったコンクリート塊を捨てると、積んであった廃鋼材の山から、
50センチくらいの手頃な長さの金属棒を2本拾い上げた。
そして子タブンネの右の手のひらに突き立てた。続いて左手にも。
「ミグァァァァーーーーッ!!」
肺も裂けんばかりの悲鳴を上げて、子タブンネはもがき苦しんだ。
その様子を見下ろす女の子の目は相変わらず赤く輝き、人間のものとは思えなかった。
「ミ……ミィ……ミッミッ……ミィィィ…」
(おねがい、もうゆるして…ぼくがなにをしたっていうミィ?どうしてこんなことするミィ?)
子タブンネは苦しい息の下から、必死で救いを求めた。
タブンネの言葉は人間には理解できないとわかっていても、訴えざるを得なかった。
「許して…だと?」
女の子が口を開いた。だがそれは小学生のものとは思えぬ、しわがれた老婆のような声だった。
さらに不思議なことに、子タブンネにはその言葉が理解できたのである。
その声は耳からではなく、頭の中に直接流れ込んできたのだった。
「今更もう遅いんだよ。あんたもあたしも、もう地獄に落ちるしかないのさ」
「じごく……じごくなんて……ぼくはなんにもわるいことしてないミィ……」
「そりゃあ今のあんたは何もしてないだろうさ、だがその魂は別だ」
「たましい……?」
「言ったってわからないだろうね。じゃあ特別に思い出させてあげようか。
今回は900回目、いよいよ大詰めだからねえ……」
女の子の目の妖しい輝きが増した。それと同時に子タブンネの頭の中に、
様々な過去の映像が次々に映し出される。
現代からどんどん過去へ遡っていき、映像は一人の男の姿のものに変わった。
そして子タブンネの記憶が呼び起こされた。
「あれは……あのすがたは……どこかでみたおぼえがあるミィ………
そ、そうだ……あれはぼく…いや俺だ……俺自身の姿じゃねえか……」
それは数百年前の前世で、子タブンネが人間だった頃の姿だった。
最終更新:2014年12月30日 17:52