ギャンブルエッグ

孵化寸前のタブンネの卵が置いてある。
コツコツと中から殻を叩く音がして、殻に一筋、二筋とひびが入る。
そしてその中央から大きく割れると、「チィチィ…」と声が聞こえた。
ベビンネの誕生である。
小さな手で殻を押しのけ、ベビンネは外の世界の空気に触れた。
そして一生懸命に這い出して、第一歩を踏み出そうとする。

ところが、ベビンネが伸ばした手は地面に着かず、宙で空振りした。
慌てて手をぱたぱた動かしても、そこには何もない。
割れた卵の殻の半分が落下し、くしゃっと潰れる音がした。
まだ目も開かぬベビンネは知る由もないが、
卵は1メートルほどの高さの支柱の上に設置された
30センチ四方の狭い板の上に乗せられていたのだった。
しかも周辺の床には剣山がびっしり置いてあった。
さっき落下した殻も、剣山に半ば刺さりながら潰れている。

「チィィ…!」
ベビンネは何とか後ずさりしようとするが、
まだ下半身が残った殻の半分から出ていないので、思うように動けない。
足をもぞもぞと動かし、殻を蹴って足を自由にしようとする。
その甲斐あって何とか殻から両足が出た。
蹴られた殻はころりと転がって台から落下し、同じように剣山に突き刺さった。

しかし今度は、蹴りの反動で上半身が少し前進してしまった。
「フィ、フィィ…」
ベビンネはどうしようもなく、両手両足をばたつかせるが、
目が見えない状況での余分な動きは、事態を悪化させてゆく。
何かを掴もうと両手を動かし、姿勢を立て直そうと足でもがくほど、
ベビンネの上半身はずるずると台からはみ出て、ずり落ちてきた。

「チヒィ…フィィィ…!」
か細い声で助けを呼んでも、誰も手を差し伸べる者はいない。
そして半分近く身を乗り出した体勢になっては、バランスが完全に崩れた。
「チィッ…!」
一声残してベビンネは落下し、剣山の山に串刺しになる。
「チギャァァッ!!」
全身を突っ張らせ、一瞬ガクガクと痙攣したベビンネの動きが止まった。
絶命したのである。


「はい、ただ今のタイム6分58秒。プラスマイナス10秒までが的中です」
「よっしゃマイナス2秒!いただきだぜ!」
「ちっ、もうちょっと粘れよ、使えねえガキだな」
「10分も保たねえもんかねえ…根性なしが!」
「俺は生まれた途端勢い余って落っこちるもんだとばかり思ってたがな」

その様子を別室のモニターで見物しながら、十数人の男達が笑い騒いでいた。
胴元の男が配当金を計算し、的中者に分配してゆく。
男達はベビンネの殻にひびが入った瞬間から、転落死するまで何分かかるかを予想し、
金を賭けて楽しんでいたのである。

その部屋の一角では、首を鎖につながれたパパンネとママンネが抱き合い、
我が子の無残な死を見つめて号泣していた。
「僕らを騙したミィ!『お前達は模範囚だから、子作りをしてもいい』なんて…
 最初からこうすることが目的だったミィ!」
「ひどすぎるミィ!あの子は一体何のために生まれてきたんだミィ!」

男達がゲラゲラ笑いながら2匹を取り囲んだ。
「何のためって、俺達のおもちゃになるために決まってるじゃねえかよ」
「大体、このタブシュビッツで模範囚だから子供を作れるなんて
 そんなうまい話があるわけないだろうが」
「それに気づかないてめえらの、お花畑脳味噌を恨めってんだ!」
そして男達は2匹に殴る蹴るの暴行を加え始めた。
「ミギャア!ミギャアアア!!」「ミギヒィィ!!」
ようやく解放された後、2匹は血まみれで息も絶え絶えの有り様になっていた。

「嫌なら他の発情したポケモンにやらせて、無理やり産ませてもいいんだがな、
 そこを温情をかけてタブンネ同士で交尾させてやってるんだ。
 模範囚になった甲斐があるってもんだろう」
「せいぜい頑張って、いい卵を産んでくれや、ハハハ……」
嘲笑を浴びせながら男達は部屋を出て行く。鍵のかかる音がした。
「ミィィ…」「ミヒック……」
ボロボロのパパンネとママンネは床に横たわり、涙を流す事しかできなかったのである。

(終わり)
最終更新:2014年12月31日 20:02