タブンネ強制収容所・
タブシュビッツ。
その中庭に数十匹のタブンネがずらりと整列させられている。
皆、一様に怯え、震えており、涙を流す者も少なくない。
中庭の中央には2列の、10メートルほどの距離に渡って、
子タブンネやベビンネが首だけ出した状態で生き埋めにされていた。
「パパー!」「ママー!怖いミィ!」「助けてミィィィ!!」「チィチィチィ!!」
必死に助けを求める子供たちに、親タブンネ達は声をかけることさえ許されない。
余計なことをすれば即刻処刑されるのがわかりきっているからだ。
そこから少し離れたこところから、看守長がスピーカーで叫んだ。
「よーし、それではただ今より地雷原突破ゲームを始める!
チャレンジャーのタブンネくん、前へ!」
その合図とともに、2人の看守に両脇から抱えられる格好で、
1匹のタブンネが引きずり出されてきた。
足には鉄下駄を履かされている。
そして両手には五寸釘が数本打ち込まれ、既に血まみれであった。
中庭を囲む建物の窓という窓からは、看守や職員が鈴なりになって
ニヤニヤしながらその光景を眺めている。
引きずり出されてきたタブンネが、子タブンネ達の埋められた列の
スタート地点に立たされるたところで、
観客にアピールするかのように、看守長は叫ぶ。
「さあ、制限時間は3分。その時間内にこの地雷原を抜けてもらうぞ!
列の外に出たり、手を付いたら即刻ゲームオーバーだ!
何か質問は?」
両手から流れる血で早くも顔面蒼白になっているタブンネは、
絞り出すような声で尋ねた。
「ほ…本当に3分で抜けられたら……子供や仲間を解放するミィ…?」
「もちろんだとも!では準備はいいな?用意、スタート!」
2列の子タブンネ達の間隔は約50センチ。そしてゴールまでの距離はたった10メートル。
普通だったら楽勝のはずである。普通、だったら。
だがタブンネの履かされた鉄下駄は片方だけで50キロもあった。両足で100キロだ。
その上、五寸釘の刺された両手からの出血でフラフラである。
しかし弱音を吐くことなど許されない。
仲間達の、そして我が子も含めた子供達の命がかかっているのだ。
タブンネは懸命に足を引きずって前へ進み始めた。
「おじさん頑張ってミィ!」「みんなを助けてミィ!」
両脇に埋められた子タブンネ達が、泣きじゃくりながら悲痛な声を上げた。
「おーい、遅ぇぞー!」「3分経っちゃうよー!」
建物の窓から看守達が冷やかしと野次を飛ばす中、タブンネは歩を進める。
1歩につき3センチくらい進むのが精一杯で、足が千切れそうだ。
眩暈がしてふらついた。だが手を付こうとした時、
『列の外に出たらゲームオーバー』という看守長の言葉が頭をよぎる。
懸命の思いで、できるだけ近くに手を付こうとした。
だがそこは、生き埋めにされていた1匹の子タブンネの頭の上であった。
「ヂギャァーッ!!」
五寸釘の刺さった手を付かれた上に、大人タブンネの体重がかかってはひとたまりもない。
子タブンネは頭が潰れ、血と脳漿を撒き散らしながら即死する。
「ミッヒィーーッ!!」
おそらくその子タブンネの親なのであろう。整列させられたタブンネの中から
夫婦らしき2匹が号泣する姿が目に入った。
「ああっ…ゆ、許してミィ!!」
手を付いてしまったタブンネは、詫びながら体勢を立て直そうとする。
その時、ボンッという爆発音がその耳に届いた。
ギクリとして振り向くと、たった今号泣していた2匹の頭が吹っ飛んでいた。
煙と血しぶきを上げながら2匹の首無し死体がバッタリ倒れる。
「ミヒェェェェーーッ!!」
整列した大人タブンネ達の間から、恐怖の悲鳴が上がった。
「ヒャッホー!」「こうこなくっちゃ!」
対照的に、看守達は大喜びで歓声を上げている。
「おっと!手は付いたが、列の外ではないからセーフだな。
た・だ・し! 地雷を踏んだからには、爆発しなくちゃ面白くないからな!
言い忘れたが、そのガキどもの頭の中には起爆
スイッチを埋め込んでおいた。
親どもの頭に埋め込んだ爆弾と連動してるってわけだ!
さあ、地雷に気を付けて進めや進め! あと2分だぞ、ハッハー!!」
「お…鬼ミィ……悪魔ミィ……!」
タブンネの呟きも看守達の大歓声や、泣き叫ぶ親子タブンネ達の声にかき消される。
「いいぞー!!」「もう1回お手付きしてくれや!!」
「ミィィィィィ!!」「ミビィイイーーーーー!!」「助けてミィーッ!!」
手の付けられない騒ぎの中、タブンネは歯を食いしばって再び足を動かし始めた。
「ミィ…ィ……ッ!………ギギ…イッ………!」
両足合わせると、自分の体重の3倍以上もある鉄下駄を引きずりながらタブンネは進む。
「残り1分半!」
看守長の無慈悲な読み上げで、看守達はまたどっと沸き、タブンネ達の悲鳴が大きくなる。
眩暈どころか頭痛で頭が割れそうだ。またふらついてしまう。
「ミィィッ!?」
自分のほうに倒れこんでくるタブンネの姿に、生き埋め子タブンネが恐怖の声を上げた。
「ミ…グゥーーッ!!」
さっきの悲劇は繰り返したくないタブンネは、五寸釘の刺さった手をよじり、
せめて少しでも下敷きになる子タブンネのダメージを和らげようと、
前腕部を付いて体を支えようとした。
「ミギャ!」「ミッ!」「ミギッ!」
ボン!ボン!ボン!
子タブンネの悲鳴とほぼ同時に3回の爆破音が響く。そして倒れる6匹の首無し死体。
タブンネは自分が最悪の選択をしてしまった事に気づいた。
確かに接地する面積を広げたことでダメージは分散され、子タブンネは死なずに済んだ。
だが、その代わりに3匹の頭のスイッチが押され、結果的にその両親である、
6匹の仲間を爆破処刑する形になってしまったのだ。
「ミッヒィィー!」「パパー!」「ママー!」
親を失った3匹の子タブンネの泣き叫ぶ声を聞きながら、タブンネもとめどなく涙を流した。
「ごめんなさいミィ…許してミィ…」
しかしこうしている間にも、無情にも時間は過ぎてゆく。
タブンネの流す涙は血の涙に変わり、歯を食いしばりすぎて口元からも血が溢れてきた。
進むしかない。己の足が千切れようと、犠牲を出そうと、ゴールインしない限りこの地獄は終わらない。
「残り1分!」「ミギィィィ!!」
一際大きくなる歓声の中、タブンネは死力を振り絞って歩を進める。
「残り30秒!……20秒!……10、9、8……」
「ミィィィィガァァァァァァァ!!!!!!!!」
カウントダウンが始まる。全身全霊の力を込め、タブンネはゴールを目指す。
あと1メートル、50センチ、30センチ……
「3、2、1、ゼロ!!」
看守長がゼロを口にしたのと、タブンネがゴールラインを踏んだのは、ほとんど同時だった。
「おめでとう、みごとゴールインだ! 諸君、勇敢な彼に拍手を!」
看守長が拍手をすると、建物の中の看守達からも万雷の拍手が送られる。
親タブンネ達は涙を流し、抱き合って喜ぶ。生き埋め子タブンネ達もミィミィチィチィ大喜びだ。
意識朦朧のタブンネを両脇から抱えた看守が、鉄下駄を脱がせて地面に横たえた。
まだ視界がぐるぐる回っているが、タブンネの心は満ち足りた思いで一杯だった。
自分はこの地獄のゲームに勝ったのだ……。
「あなたぁぁぁ!!」「チィチィー!!」
その耳に聞き慣れた声が届いた。妻と子の声だ。
そちらを見ると、看守が台車に乗った鉄の檻を運んできた。その中から妻が叫んでいる。
別の看守が小さな籠を持っており、そちらにはベビンネが入れられていた。
タブンネが看守に逆らった咎でこのゲームのプレイヤーに強制的に選ばれた際、
妻子はどこかに連れ去られていた。もう会えないとばかり思っていたのだ。
「生きてた…生きてたミィ……よかったミィ……」
「よし約束だ、解放してやりなさい」
檻の鍵が開けられ、妻タブンネがふらつきながら夫の元へ駆け寄ってきた。
同時に、機関銃を構えて親タブンネに脅しをかけていた看守が、さっと後退する。
「ミィィィィィ!!」
親タブンネ達も、生き埋めにされた子供達に向けて走り出した。
看守長の浮かべた邪悪な笑みには誰一人気づいていない。
「チィチィー!チィー!」
早く僕もパパとママのところに行かせてとばかりに、ベビンネが声を張り上げる。
看守長は籠を開けると、ベビンネを抱き上げて頭を撫でる。
「よしよし、いい子だね。今、面白いものを見せてあげるから……ね!」
言いながら頭をポンと叩いた。
ドゴォン!!
タブンネの1メートル手前ほどで、手を差し伸べかけていた妻タブンネの頭が吹っ飛んだ。
血しぶきが唖然とするタブンネの顔に飛び散り、赤く染めた。
それだけではない。
ボン!ボボボボッ!!
爆発音が連続して中庭に響き、親タブンネ達の頭がことごとく爆散した。
頭が吹き飛んだ数十匹の死体が、噴水のように血を噴き出しながらバタバタ倒れてゆく。
看守長がわざとらしい声を上げた。
「おお、いかんいかん。君の子供の頭には全員の爆弾と連動した起爆スイッチを埋め込んでおいたんだっけ。
つい忘れておったよ、不幸な事故だな、はっはっはっ」
それと同時に、さっきは拍手喝采していた看守達からどっと笑い声が起こった。
全員、看守長の性格は知り尽くしている。どうせこんなことだろうという笑いであった。
「ミィィィーー!!」「チィィーーーーー!!」
生き埋め子タブンネ達の泣き叫ぶ声は、嘲笑の嵐に半ばかき消されている。
(騙したミィ……約束を守る気なんかなかったんだミィ……)
タブンネは歯噛みをしながら、その惨状を見つめるしかなかった。
「あー、面白かった。さあ、楽しんだ後はきちんとゴミ掃除をしておかないとな!」
看守長はそう言うと、抱きかかえていたベビンネの右足を無造作に捻った。
「ヂギャァー!!」
ベビンネの足の骨は軽々とへし折れた。看守長は続けて左の足の骨も砕いた。
そしてベビンネを、生き埋め子タブンネの列の真ん中に放り捨てた。
さっきタブンネが血を吐く思いで通り抜けてきた道に、である。
「チィ…チィ……」
ベビンネは這って逃げようとするものの、両足の骨が折られていてはそれもままならない。
「やめるミィ!…その子だけは助けてミィ…!」
タブンネは必死で懇願するが、看守長はサディスティックな笑みを浮かべるだけだ。
「清掃係、始めていいぞ」「へーい」
その声に合わせて、一匹のカイリキーが中庭に入ってきた。
グランド整地用のローラーを押している。かなり大型で見るからに重そうだ。
タブンネの顔が真っ青になった。何に使われるかがわかったからだ。
「やめ…やめるミィ!!その子達が…僕の子供が何をしたって言うミィ!!」
「うるさいな、
後片付けの邪魔をするんじゃない」
看守長が言うと、看守が2人走り寄ってきて、大の字で倒れていたタブンネを抱き起した。
「ほれほれ、よく見ろよ」
看守の一人がタブンネの腕を押さえつつ、頭をぐいっと生き埋め子タブンネの方へ向けた。
わざわざ起こして、ローラーで轢き潰す様を見せようというのだ、もちろんベビンネも含めて。
「やめるミィ!!やめて…!!」「ミギャァァァァァァァ!!!!」
タブンネの悲鳴と、カイリキーが押すローラーに潰された子タブンネの断末魔の叫びが重なる。
「ミギ…!!」「ヂィィィ…!!」「ミッヒィーーー…!!」
ローラーが通った後には、ぺしゃんこに潰れたピンク色の塊と飛び散った血しぶきが、
2つの列を成していた。地獄に咲く血の花の花壇のようであった。
そしてローラーは、列の中央に放り捨てられ身動きできないベビンネへ迫ってゆく。
「ヂィッ!!ヂィッ!!ヂィィーーー!!」
恐怖に耐えかねたベビンネは失禁し、身悶えしながらタブンネに助けを求めた。
「やめてミィィーーー!!!」
タブンネがいくら暴れて叫ぼうと、看守達はゲラゲラ笑うだけである。
「ヂィィィィィ!!……ヂッ!!」
ローラーに頭をプチュンと潰されたベビンネの胴体が、ビクンと痙攣して跳ね上がり、
そのままローラーの下へ飲み込まれていった。
「ミ……ミィィ…………」
再びタブンネの両目から血の涙が溢れ出した。
ローラーが通過した後には、血しぶきやぶちまけられた内臓と共に平べったくプレスされて、
もはや原形をとどめない無残なベビンネの姿があった。
「ミ…ミギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!グガアアアアアアアアアア!!!!!」
タブンネは血の涙を流し、狂ったように暴れ出した。
とはいっても、さっきのゲームで体力を使い果たしており、2人の看守をふりほどくには程遠い。
「おーい、うるさいから連れてけ。はい諸君、お帰りだよ。拍手拍手」
看守長が言うと、再び嘲笑と罵声の混じった拍手がタブンネに浴びせられる。
「ガアアアアアアア……!!」
抵抗も空しく、タブンネは引きずられて建物の中に消えてゆく。
「さあ、邪魔者もいなくなったし、掃除だ掃除!手の空いてる者は手伝ってくれ」
看守長は楽しげに言うと、率先して親タブンネ達の死体を片付け始める。
「全くあの人はイカレてるねえ」
「まあ、それを楽しんで眺めてる俺らも同類さ。これだからタブシュビッツ勤務はやめられねえってやつよ」
ひそひそ話をしながら、見物していた看守達も後片付けに加わった。
そしてカイリキーが3回ほど往復したローラーの後は、わずかに土に埋もれた毛皮の残骸が残っているだけであった。
その後独房に放り込まれたタブンネは、惨死した妻子や仲間、子タブンネ達の幻影が頭から離れず、
一睡もできなくなり、のた打ち回って苦しんだ末に、10日後に発狂して死んだ。
もちろんその様子は録画されており、タブシュビッツ職員を楽しませたのであった。
(終わり)
最終更新:2015年02月11日 15:30