地面に掘られた大きな穴がある。底には鉄板が敷き詰められ、さながら見下ろせるリングのようになっている。
そのリングの上で一人の男と一匹のタブンネが相対していた。穴の周囲は多くの人間が囲んでおり、タブンネたちが入った大きな檻が複数ある。
実はこれらのタブンネたちはあの「
タブンネ狩り」で捕まったタブンネだ。リング上のタブンネ(以下リングンネ)はその中で戦えそうな個体に
ちょっとした「処置」を施したものである。
「「ミィ、ミィミィ、ミィィ…」」
「ミッミッ!……ミィィーーーーーーーーーーーーー!!」
リングンネは檻ンネたちの助けを求める声に応えると、なんと“かえんほうしゃ”を放った!
そう、これが「処置」の内容。リングンネにわざマシンで“かえんほうしゃ”を覚えさせたのだ。
タブンネの“かえんほうしゃ”自体はお世辞にも大した威力とは言えない。
だが仲間の助けを求める声、目の前の人間、そして自分に与えられた力…。争いが苦手なタブンネという種族でも奮い立つには十分だった。
だが男はそれを見てニヤリと笑うと、スッと炎をかわしてリングンネに接近した。
リングンネが慌てて男の方を向いた瞬間、男の右脚がリングンネの顔面に直撃した。
「おらさっさと起きろ!」
「ゴボッゲハッ!…ミヒィ?ミッ…ミヒャアア!」
リングンネは目を覚ました。液体をかけられたうえに口にまで入れられ全身ベタベタだ。だがそれより重大なことがあった。
体が“つるのムチ”で縛られているのだ(リングンネは“つるのムチ”を知らないが)。これでは逃げることもできない。
火を噴けば大火傷はするがムチからは逃れられるだろう…だがリングンネにそんなことが思いつくはずもなかった。
それどころか既にリングンネはパニックに陥ってしまっていた。
「ミィィ、ミィィィ、ミィィィィン………。」
そして恒例の命乞いである。これに周囲の人々は大爆笑。檻ンネたちの萎れた声も混ざっていた。しかし…
「うるせえぞ!」
「ミギャア!」
男はリングンネの必死の懇願も聞き入れず、逆に近くにおいてある木材の一つを手に取りリングンネを殴りつけた。
「おらっ!最初の威勢はどうしたぁ!?みっともない悲鳴さらしてないで反撃の一つでもしたらどうだ!」
「ミッギャア!ミビッ、ミギィ、グギュウッ!ミギュイイ!」
男はタブンネを何回も殴りつけ、怒鳴った。しかしリングンネに反撃などできなかった。
「「ミィィィィィ!!ミギィィィィ!ミィー!ミィーーーー!!」」
檻ンネたちが声を上げるが、それも観客たちの笑いを招くのみ。
「おーい、タブンネ君。ほら、今がチャンスだよ。自慢の“かえんほうしゃ”をしなよ。ほらほら。自慢の、弱っちい、“ひのこほうしゃ”をさぁ~。」
「ミッ……ミギ…ィ……。」
しばらくして男は殴るのをやめ、リングンネを煽り始めた。しかしリングンネは既に気絶寸前だ。
「おいおいおい、参ったなあ…やりすぎたか?それとも今年の奴は軟弱なんですかね、町長?」
「少し痛めつけすぎたかもしれんね、まあいい。いつも通りやれば大丈夫だろう、続けて。」
「了解っす。よし、じゃあキリキザン、バルジーナ、お前たちも“ちょうはつ”してくれ。」
キリキザンとバルジーナも男に加わりリングンネを煽り始めた。リングンネに浴びせられる罵声。
すると気絶寸前のリングンネの千切れかけの耳に、檻ンネ達の声がすうっと入ってきた。
(助けて…)(檻から出してぇ!)(負けないで…)(おかあさん…こわいよう…ぶたれたくないよう…)(タマゴがお腹にあるのよう…なんとかして…)
(お腹すいたよ、早く木の実が食べたいよぉ)(死にたくないよう)(あなた…頑張って!)
リングンネはゆっくりと立ち上がった。バルジーナがまだ煽ってきている。それを見ているとリングンネは急に体に力が湧いてきたように感じた。そして…!
「ミィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
リングンネから文字通り命を懸けた魂の一撃が放たれようとしていた!最初のものよりもずっと強力な“かえんほうしゃ”が…。
「ミッギィアアアアアアアアアッアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
ボオオオオオン…という派手な音とともに巨大な火柱が上がった。燃えているのは…リングンネだ。
「よぉーーっしゃあ!来たぞ来たぞ!もっと燃やせ燃やせぇ!」
「おーしやれやれ!油と木をもっと入れろ!」
「「オス!!」」
そう、リングンネを起こすためにかけた液体、あれは油。そして木材の本来の用途は燃やすこと。
男が穴から出て茶を一杯飲み終わる頃には、炎ポケモンの助けもあって炎はリング全体を覆っていた。
「ビギュゥゥギギィィィ!!!ギュビュアアアアアバア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
「「ミィィィィィーーー!!!ミィィィィィィィーーーー!!!!ミヤアアアアアアアアアア!!!!!」」
ムチが焼き切れたリングンネは、最早タブンネとは思えない奇声を上げて走り回っている。
檻ンネ達は目の前で起こった惨劇に完全にパニック状態。叫び声を上げるもの震えるもの、気絶するもの…と相変わらず多彩な反応を見せてくれる。
このイベントはこの地域でタブンネ狩りの後夜祭のような形で行われる祭りである。
狩られたタブンネの内の一匹に“かえんほうしゃ”を覚えさせ、扱いを身に着けさせたところで拘束・拷問し、油をたっぷりかけておく。
それから“ちょうはつ”“おだてる”で戦意を復活させ、渾身の“かえんほうしゃ”で自爆、炎上してもらうという筋書きだ。
リングンネの決死の覚悟もただの茶番劇だったということだ。
そして、これは祭りの始まりに過ぎなかった。
「それではいよいよタブンネたちの調理を開始致します!」
この祭りの本当の目的は、巨大な炎でタブンネたちを丸焼きにしてみんなで食べること。ついに檻ンネ達が檻から解放される時が来たのだ。
もっとも、助けてもらえるはずがないのだが。
「ミィィィ!ミィィ!ミィィィィィィィィ!!」
最初に火の中に放り込まれるタブンネが決まったようだ。モジャンボに“つるのムチ”で拘束され、火の上まで持ち上げられた。
「ギィ……ビ………。……………。」
「ミッ…ミ…ヒ……ミィィィィィィィィ!!ミヒィィ!ミヒャアアアアアア!!ミッギィィィアアアアアアア!!!」
リングンネの命が燃え尽きる瞬間をはっきりと見てしまったタブンネはイヤイヤと首を振り、体をよじらせ、泣き叫ぶ。
だが熱いのが嫌なモジャンボはあっさりとタブンネを火の海へと落としてしまった。
「ンミギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「「ミビィィィィィィィィィィィィィ!!!」」
「「うおおおおおおおおおお!!!続け続けぇ!!」」
「「火を絶やすな!タブンネも絶やすな!」」
祭り会場は大騒ぎ。つるのムチやら念力やら飛行ポケモンに持ち上げられるやら、男たちに叩き出されるやら…タブンネにとってはまさに地獄。
「グビアアアアアアア゛ア゛アアアアアアッアアア゛ア゛ア゛ッアア゛ア゛!!!!」
「ン゛ミ゛ィィィィィイイイ!!!ギギィィィイギギュイ゛イ゛イ゛イ゛!!!!」
「ミ゛ャビィッ…!ミャヒッ!ギャミヒヒィ!!ギヒッ…ギッ…ビィ…!!」
「ビヒャ………グ…ピヒ……ィ……」
灼熱地獄の中からは凄まじい叫び声が引っ切り無しに聞こえた。脱出しようとしてブーバーンたち炎ポケモンに直接炎を浴びせられるタブンネ、
念力で持ち上げられたまま炙り焼きにされるタブンネ、背中が鉄板にくっつき濁った悲鳴を上げ続けるタブンネ、
何を考えているのか尻尾を庇おうとするタブンネ、そしてあろうことか燃えながらも媚びて助けてもらおうとするタブンネまでいた。
よく焼けたタブンネは念力で取り出され、料理担当の人間やエルレイド、キリキザンらが切り分け、祭りに来た人々に振る舞う。
食欲の秋にみんなでタブンネを狩って騒いだ後は、タブンネを痛めつけて騒ぎ、食べて健康になろうという祭りなのである。
残ったタブンネが減ってくると最後のお楽しみタイムが始まる。実は子タブンネやその親(特にママンネ)をわざと残してあるのだ。
震えあがり檻の中に引きこもった親子。だが火の海に落とされる運命からは逃れられない。
「それでは追い込みに入ります!」
「「おおーーーー!!」」
檻ンネたちが入っている檻が様々な方法で持ち上げられ、少しずつ傾けられた。傾いた先は当然地獄の火の海だ。
「ミ…ミィィ!ミッミッミッミッミッミッミッミッミッミィィィィィィィ!!」
「ミ…ミ…ミ…!ミヒィ…ミヒィィィイイ!!ミアアアアアアアア!!」
「チィィィ!チィィィィィ!!ヂィィィィィィィイイイイ!!」
檻ンネたちがいよいよ必死な声を上げ始めた。このままでは火の海に落ちてしまう。だがこの特注品の檻は床が一面板になっており捕まるところはない。
従って別の面で掴まるしかないのだが、タブンネの腕や体型では物に掴まって体を支えるのは厳しい。更に外からの妨害まであるのだ。限界はすぐに訪れた。
「ほれほれ、もう落ちちゃうのかいお母さん?抱えたベビンネちゃんも死んじゃうよ?」
「ミ…ミフーッ!ミフィーー!!…ミ…ミッグッ……。」
「ヂィーーーー!!ヂィーーーーーー!!」
「ミ゛…ミギィ……ンギィ……。」
我が子のために真っ赤な顔で必死に踏ん張るママンネ。子を守る母の強さに感動した男はママンネの手を金槌で叩いた。
「ウミュギャアアア!!…ミッ…ミアアアアアアアアアア!!!」
「ヂィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
(この手を離してしまったときの顔!その後落ちるときの顔!やっぱりいいねえ!)
母子は火の海へとダイブした。…がママンネは走り回らずその場で悶えている。落ちた時に足を怪我したようだ。ベビンネは既に瀕死の状態だ。
その後母子はすぐに動かなくなった。落ちるまいと必死だった反動なのか、落ちてからはあまりにもあっさり死んでしまった。
そしてこれを皮切りに、残りンネ達がボトリボトリと火の海に落ちてきた。
「ミギィィィィィ……ギュィィィィイイイイギイイイイイ!!ンギィィィィィィイイイイイイイイイイイ!!!!!」
「ビ……ミ…ヒュイイィ………。」
このママンネはせめて子供だけでも助けようと体を丸めて子タブンネを抱え込んでいた。まさかここで
子タブンネの愛情焼きができるとは。
その他にも色々なタブンネ親子がいた。子が先に落ちて死に、気が狂ったのか焼かれながら必死の形相で取っ組み合う二匹のママンネ、
体が燃えているというのに仰向けで手足を広げ助けを求めて鳴く子タブンネ、癒しの波動を自分の子供に使いながら黒こげになったママンネ、
母親の決死の治療のせいで苦しむ時間が伸びてしまった子タブンネ、落ちた時に潰してしまったベビンネの前で泣きながら燃え尽きたママンネ、
ちょうど油だまりに落ちてしまいジュウウゥ…と食欲を煽る音を上げて走るベビンネ(さっきまでよちよちだったのが信じられない激走だった)、
完全に絶望したのか泣き顔で座り込んだまま声も上げないある意味図太いママンネ、その横で鉄板の熱さから逃れようと弟ンネの体の上に乗る兄ンネ、
お腹で子供を下敷きにしたまま鉄板にくっついてしまい、子タブンネの(ママ…ひどいよぉ…。)と言わんばかりの表情を見ながら焼かれるママンネ、
そして産んだばかりの卵とともに落ちてしまい、お腹の上で目玉焼きができてしまったママンネ…。
「それでは『タブンネ焼き大会』は終了となります!お帰りの際はお気を付けください!本日はありがとうございました!」
町長の挨拶で祭りは終了となった。だが一組のママンネとベビンネがまだ残っていた。ママンネの腕は血まみれだ。
子タブンネを失った悲しみからか、生き残った安心感からか、ママンネは「ミィ……ミフッ…ミフッ……。」と涙を流している。
このタブンネ母子をどうするのか。実は「狩られたタブンネの中で、イベントで最後まで生き残ったものを元の場所に帰す」という作業を行っているのだ。
次以降の
タブンネ狩り大会では「生き残りタブンネ」は5倍の得点で扱われる。
しかし彼らは殆どが人間恐怖症になり警戒心も増すため、大会で人間が一気に押し寄せるとなかなか姿を見せない。従って狩るのが難しいというわけだ。
タブンネ母子は焼き印を押され、耳にはタグをつけられて帰された。次の大会は来年の春。彼らはこの後どうなるのだろうか。
ともあれ、これにて楽しい祭りは終了。食欲の秋はタブンネを食べて健康な体で過ごそう!
翌2013年秋、タブンネ競豚は大盛況のまま幕を閉じた。見事1位に輝きサンドバッグとしてその生涯を終えた雌タブンネの腹には、「'12焼き祭り」の焼き印があった。
「タブンネ焼き祭り」終
最終更新:2015年02月18日 18:02