タブシュビッツ工場

工場に続く一本道に木箱を引いた原チャリが淡々と噴かすエンジン音

その寂れた音をかき消すような切なげな甲高い泣き声とともに
農場の奥へと引きずられていく親タブンネを少しでも長くちいさな瞳に焼き付けようと、木箱の中で飛び跳ねて懸命にちいさな足を踏み鳴らす子タブンネ達の足音が幾つも重なりタカタカと響く


やがて原チャリは工場の左奥にある白いトタン屋根の小屋に停まった

中には原チャリに積んでいるものと全く同じ大きさの木箱が横に何列も並べられていてそのどれも虚ろな瞳をして俯いている小さなピンクの生き物たちがところ狭しと蠢いている

おばちゃんは原チャリを左端に停め箱一つ分だけ空いたスペースに今し方運んで来た木箱を入れて
原チャリを右端に移動させてから柱に付いたレバーを引く

すると一番右端の木箱が押し出されるように飛び出して来て荷台の上にストンと収まると下のコンベアがゴロリと動き右端の隙間を順に詰めていく

子タブンネ達は驚いて喧しく騒ぐがそれには構う事も無く荷台の上に乗せた木箱に

此処から出ると一声かけて原チャリに跨りエンジンをかけた。
その一言にぱっと希望に顔を輝かせ笑顔を咲かせる子タブンネ達とは対称的に

自分達も出してと悲鳴のように泣き叫び一斉に木箱の端に縋りつく子タブンネ達の目の前でトタン小屋の扉はゆっくりと閉まり
暗闇の中に取り残される

来た道を戻る原チャリの淡々としたエンジン音に子タブンネ達の安堵に満ちた喜びのコーラスが混ざり合い
開け放たれた工場の門が見え始めると期待にはやる声も高まりそれがピークを迎えた瞬間
原チャリは不意に左にカーブし隣の工場目指し走っていく
みるみるうちに遠ざかる表の世界に繋がる道に
子タブンネ達は約束が違うとばかりにピイピイと抗議の声を上げ暗い小部屋に取り残された先程までの仲間のように木箱の端に縋りつき
赤子タブンネも泣き声を上げて来る筈もない助けを求めて箱の中で小さな手足を振りかざしながら工場の中へと運ばれていった


物言わぬタマゴがその時初めてカタカタと哀しげに幾度か 揺れた

工場の中は意外にも片面の壁がビニールハウスのように透明で
薄曇りの暗い空の下でも隣の農場の大きな畑とそこに建つ工場と同じ造りの収容所らしき建物がはっきりと見える構造になっていて一見不思議な空間だった

そして原チャリは工場の中央に備え付けられた大きな機械の前に停まる

ドテッコツが2匹手慣れた様子で子タブンネ達が泣きわめきながら中で跳ね回り揺れる木箱を軽々と両側から持ち上げて四角い窪みにぴったりはめると
おばちゃんは機械を作動させまた早々に次の木箱を回収に向かう


不意に木箱の一面がバタンと開いた音に気付いた
機械に入れられた子タブンネ達が泣き腫れた青い目を瞬きながらよちよちと箱の外へ歩き出てゆくと
真っ直ぐに伸びる黒い通路が向かいの建物に続いて見える
すると1匹の子タブンネが此処に来て以来最高の歓喜を表すように親を呼び立てる甘え声を上げ
ゆるやかな傾斜の通路に飛び出し走り出した

もう会う事も叶わないと半ば諦めていた父や母達の自分達に向かって手を振る姿が向かいの建物の中に続々と入って来たからだ

子タブンネ達はそれぞれの父母を見つけると我先に黒い通路を辿って転がるように駆けていく
一番先に駆け出した子タブンネは嬉しさにまた涙しながら通路を抜けて両親の元へと飛び込もうとして

顔面からアクリルの透明なチューブの側面に派手な音を立てて追突した

向かい側では母らしきタブンネが両目を覆い哀しげに叫び声を上げ
後続を走る子タブンネ達も
驚愕の余り立ちすくむ

転倒し両手で顔を押さえしばらく悶えていた子タブンネはそれでも涙と鼻血塗れになって起き上がり
アクリルの壁を叩こうとしたが体は徐々に別の方向へと流されていく

横方向の黒い通路はベルトコンベアとなっていてゆるやかな坂の終点から暫しの再会も終わりを告げる

再会の終わりを受け入れられずに速度の上がる通路の上を短い手足で泳ぐように必死に走る子タブンネだがじきに疲れて足がもつれて流れゆく通路の上に倒れ込んでも
這いずりながら拙い抵抗を続ける姿に後続の者達は怯え出し
泣き声を上げて踵を返し木箱の中へ戻ろうとする

途端に木箱がゆっくりと傾いて自らの足で歩けずにその場に残されていた赤子タブンネが傾斜と共になすすべもなく悲鳴を上げてイヤイヤと首を振りながら勢いを付けて坂を転がり戻ろうとする子タブンネ達を巻き込んで仲良くコンベアに転がり落ちる

ちなみにこの阿鼻叫喚の有り様は親達のいる一室にスピーカーで全て流される
その先の行く末までも全て

コンベアの終焉が子タブンネ達に最期を見せ付けるように奈落の底の鋭い刃をちらつかせる


流されて来た子タブンネ達はベルトの淵にちいさな両手でぶら下がり力尽き落下していくその瞬間まで震える声を上げながら目の前に居ながら届く事のない親タブンネに助けを求め呼び続ける

子タブンネ達の断末魔に父タブンネは停止を求めて窓に拳を叩き付けながら機械に向かって虚しく威嚇の声を上げ
失神してしまう母タブンネも後を絶たないが
直ぐにエレキブルの電撃で正気に戻され現実を直視させられる

子タブンネ達の引き込まれた先は大きなフードプロセッサーとなっていて
加工後に缶詰めの姿となって彼らは初めてあれほど切望していたこの地獄の地から解放される時を迎える
そして加工が始まる前にあらかじめ回収されたタマゴ達は
此処に収容される為のトラックに乗せられた時点から親兄弟の様々な絶望の声に晒されてこの世に生を受ける前からミィアドレナリンを充分にその身に充満させたまま
また別の食品に生かされていく事となる


タブシュビッツがタブンネ達に与える絶望と恐怖の日々はまだこれが序章に過ぎないのだ

(終)
最終更新:2015年02月18日 19:07