バースデイタブンネ№33948

「マイちゃん、お誕生日おめでとう。プレゼントのバースデイタブンネよ」
「わーい!ありがとう、ジョーイさん!」

ここはポケモンセンター。誕生日を迎えた女の子に、タブンネがプレゼントされます。
その女の子マイちゃんは、自分と同じくらいの背丈のタブンネに抱きつきました。
マイちゃんは以前から、タブンネがほしくてほしくて仕方なかったのです。
「ミッミッ♪」耳に赤いリボンをつけたタブンネも、新しいご主人様との出会いにうれしそうです。

「よかったわね、マイ。さあ、帰りましょ」
「うん!タブンネちゃんもいっしょにかえろ!きょうからあたしのおうちにすむんだよ」
「ミッミッ♪」
マイちゃんとママ、そしてタブンネは仲良く手をつないで帰ろうとします。
そこをジョーイさんが呼び止めました。

「あの、お母様。このタブンネはちょっと気が強い性格ですので、気をつけてくださいね」
「わかりました。主人も昔ポケモンを飼っていたことがありますから、大丈夫だと思います」
「そうですか…何かありましたらいつでもご連絡ください」

マイちゃん親子とタブンネを見送るジョーイさんに、スタッフが声をかけます。
「ジョーイさん、あの№33948はちょっとじゃなく、だいぶ気性が激しいですよ。
 小さい女の子には手に余るんじゃないでしょうか」
「うーん…でも仕方ないわよ。私達は出荷されたタブンネを順番にプレゼントするだけだから。
 性格で配布先を選んだら差別になっちゃうわ。仲良くやってくれるのを祈るしかないわね」


そしてマイちゃんとタブンネはお家に着きました。ごく普通の家庭です。
(なんだか思ってたのより小さい家だミィ。もっとお城みたいな家がよかったミィ)
タブンネは内心で不満でした。バースデイタブンネは裕福な家庭で大切にされると思っていたので、
一般家庭であるマイちゃんの家が気に入らなかったのです。
(仕方ないミィ、美味しいもの食べさせてくれれば我慢するミィ)

そんなタブンネの心の内も知らず、マイちゃんがオボンの実を持ってきました。
「ほらタブンネちゃん、ごはんだよ。たっぷりたべてね」
「ミィミィ♪」
機嫌の直ったタブンネは、たちまちオボンの実を平らげました。
そして「ミッ!」と手を出してお代わりを催促しました。マイちゃんは困っています。
「ごめんね、ひとつしかないんだ。がまんしてね」
タブンネは「ミッミッミッ!」と怒り出しました。

(ケチだミィ!これっぽっちじゃお腹一杯にならないミィ!)
言葉はわかりませんが、見るからにご機嫌斜めになったタブンネを、マイちゃんは必死でなだめます。
「ごめんね、ごめんね、あしたママにいってもうすこしたくさんあげるからね」
マイちゃんの様子を見て、タブンネもしぶしぶ我慢することにしました。
(今日だけは許してあげるミィ。明日はたくさん食べさせるミィ)
マイちゃんはほっとしました。

「ありがとうタブンネ!じゃあきょうはもうおやすみしようね」
そしてマイちゃんは、パパが用意してくれたタブンネの寝床に案内します。
ケージで囲まれた中に、段ボールに藁を敷き詰めたベッドでした。
それを見たタブンネがまた「ミィミィミィ!」と怒り始めました。
(こんな狭いところで寝られないミィ!こんなの嫌だミィ!)

マイちゃんは困ってしまいました。オボンの実を1個しかあげられなかった引け目もあって、
これ以上タブンネの機嫌を損ねたくありませんでした。
「うーん、わかったよ。あたしのベッドでいっしょにねよ!」
タブンネの手を引き、マイちゃんは自分のベッドで一緒に寝ることにしました。
「ミッミッ♪」柔らかいベッドに、タブンネも満足そうです。
マイちゃんもうれしそうに、タブンネのふかふかの毛皮を抱きしめながら眠りにつきました。

ところが次の朝、マイちゃんはママに叱られてしまいました。
「マイ!おねしょするなんて、あなたいくつになったの!?」
「あたしじゃないよう!タブンネが、タブンネが……」
「うそおっしゃい!タブンネはそこで寝てるでしょ!ママ、嘘をつく子は嫌いよ!」
「ちがうよ、うそじゃないよ!……ママぁ…!」
マイちゃんは悲しくて泣き出してしまいました。

その様子を、タブンネはケージの中からそ知らぬ顔で眺めていました。
マイちゃんのいう通り、おねしょをしたのはタブンネだったのですが、
夜中にそれに気づいたタブンネは、ケージのベッドに逃げ帰ってしまったのでした。
(いい気味だミィ。これに懲りたらもっとタブンネちゃんを大切にするミィ)

それでもやっぱり、マイちゃんはタブンネが大好きだったので、
「きっとタブンネもわざとやったんじゃないんだ」と思って我慢することにしました。

しかし、タブンネのいたずらとわがままは日に日にひどくなっていきました。
マイちゃんの大事にしていたお人形を壊したり、オボンの実を勝手に食べたり、
パパのスリッパにおしっこをかけたりします。

パパとママも最近はタブンネの本性がわかってきて、怒ろうとしますが、
マイちゃんがタブンネをかばいます。
「おこらないで!あたしがちゃんとしつけないからだめなの!タブンネいいこだもん!」
そしてタブンネが「ごめんなさいミィ」という感じで、
首をかしげ、目をまたたかせ、可愛らしく尻尾をフリフリすると、
パパもママもそれ以上怒ることはできません。

マイちゃんは「タブンネ、もうおいたしちゃだめだよ」と言い聞かせますが、
タブンネはどこ吹く風で尻尾を振り続けています。
(人間なんてちょろいミィ。あーあ、どこかにもっと優しい飼い主はいないかミィ)
などと考えているのでした。



そして成長の早いタブンネは、いつしかマイちゃんの身長より大きくなっていました。
ご飯のオボンの実も、最近は3個あげても不満そうな顔をしています。

そんなある日、マイちゃんはお隣のおじいさんのお家に来ていました。
庭には、食べ頃になった美味しそうなオレンの実がなっています。
「おじいちゃん、おねがい。オレンのみ、ひとつでいいからちょうだい。
 タブンネにたべさせてあげたいの」
「マイちゃんは優しいねえ。よしよし、持っていきなさい」
おじいさんはニコニコしながら、マイちゃんの頭を撫でました。

するとその会話を聞いていたのか、タブンネが庭に入ってきました。
「タブンネ、よかったね!おじいちゃんがオレンのみ、くれるって!」
マイちゃんはタブンネに声をかけますが、タブンネは聞こえていないかのように
オレンの実を次から次へともぎ取り始めたではありませんか。

「だめだよ、タブンネ!おじいさんがくれるのはひとつだけなんだから!」
マイちゃんが慌てて駆け寄りますが、タブンネはマイちゃんを突き飛ばしました。
「ミッミッ!」(タブンネちゃんはお腹空いてるミィ!もう我慢なんかできないミィ!)
すっかり言う事を聞かなくなってしまったタブンネに、マイちゃんはもう泣きそうです。

「これっ!何てことを!」
おじいさんもタブンネを引き止めようとしますが、かなり力が出るようになっていたタブンネは、
簡単に振り払ってしまいます。
「あいたたた……」
尻餅をついたおじいさんを見て、遂に優しいマイちゃんも堪忍袋の緒が切れてしまいました。


「タブンネのバカバカバカ!」
泣きながらマイちゃんは、ポカポカと小さな拳でタブンネを叩きました。
「どうしていうこときかないの!?せっかくおじいちゃんがオレンのみくれるのに、
 なんでどろぼうみたいなことするの!ひどいよ!おじいちゃんにあやまって!」

タブンネにはマイちゃんの言葉は理解できませんが、怒っていることはわかります。
しかしタブンネもまた、我慢の限界に来ていたのでした。
「ミィミィミィミィミィミィ!!」
(うるさいミィ!そもそもお前が少ししかご飯をくれないのが悪いんだミィ!
 それにタブンネちゃんは少ししかオボンをくれない貧乏な家じゃなくて、
 もっとお金持ちの家に行きたかったミィ!こんなところ出て行ってやるミィ!)

そしてタブンネは、乱暴にマイちゃんをどんと突き飛ばしました。
「あっ!」
転んだマイちゃんは、庭の石に後頭部をぶつけてしまいます。
血が流れてきて、マイちゃんは気を失ってしまいました。
「た、大変だ!おーい、誰か!」
おじいさんがマイちゃんを抱きかかえるのを尻目に、タブンネは盗んだオレンの実を
ふわふわの尻尾の中にしまい、さっさと出て行ってしまいました。

(タブンネちゃんは悪くないミィ。勝手に転ぶのがいけないミィ)
もうマイちゃんの家に戻る気のないタブンネは、新しいご主人様を探すことにしました。
そうすると、耳のバースデイリボンが鬱陶しいものに思えてきました。
(こんなもので縛られないミィ。もうタブンネちゃんは自由の身なんだミィ)
タブンネはリボンをほどくと、クシャクシャに丸めて捨てました。
(優しくてタブンネちゃんに木の実を一杯くれるご主人様、早く会いたいミィ)
希望で胸を膨らませ、タブンネは歩き続けるのでした。

しかしさすがに世の中はそう甘くありません。
お金持ちの屋敷に行って、「ミィミィ~ン♪」(ご主人になってほしいミィ)
とおねだりしても、「うちではバトルの役に立たないポケモンは必要ないよ」と
追っ払われてしまいます。
しまいには、いたずらっ子の小学生に袋叩きにされ、酔っ払いのおじさんのサンドバッグにされ、
経験値狙いのトレーナーに襲われ、タブンネはボロボロになってしまいました。

本来なら、優しかったマイちゃんに謝って、もう一度飼ってもらうべきだったのでしょう。
しかしタブンネは、どうしてもあの暮らしに戻るのは嫌でした。
自分はもっといい生活をして、幸せになる資格があると思っていたのです。
(どいつもこいつもタブンネちゃんの価値がわからないミィ。
 今にきっと幸せになって見返してやるミィ!)

この街はうんざりなので、タブンネはもっと遠くを探してみようと街を離れました。
ポテポテと何日か歩きましたが新たな出会いもなく、隠し持っていたオレンの実も食べ尽くしてしまいました。
(お腹空いたミィ……)
その時、風に乗ってかすかに甘い香りが漂ってきました、オボンの実の匂いです。
「ミッミッミッ!」
タブンネは元気が出てきて、その匂いの方角に必死に走っていきます。

しばらく走ると、やがて前方に大きな森が見えてきました。
タブンネがたくさんいるようです。
余所者であるタブンネを、森のタブンネ達は興味深く眺めています。
その中から、年配のタブンネが1匹進み出てきました。
「新しいお友達、ようこそミィ。タブンネの森に仲間入りしに来たミィ?」

「ここはタブンネの森っていうミィ?」
「そうミィ。ここは我々にとって天国のような所ミィ。
 私や数名が人間から離れて住み着き、今ではたくさんのタブンネが住んでいるミィ。
 外敵も来ないから、人間や他のポケモンも知らない若い世代がたくさんいるミィ。
 おいしい木の実もたくさんあるミィ。外から来たあなたのようなタブンネも大歓迎だミィ」
「えっ、ここに住んでもいいミィ?」「もちろんミィ!」「ミィミィミィ!」

タブンネは天にも昇る心地でした。食べ物がいつでも手に入り、外敵もいないのなら、
もはやご主人様など必要ありません。タブンネは遂に理想の楽園にたどり着いたのです。

それからは夢のような毎日でした。いつでもおいしいオボンの実を食べ、
好きな時にゴロゴロ寝て、仲間と遊びたいだけ遊ぶのです。そして…………
   ・
   ・
   ・
「君こそ僕の理想のタブンネだミィ。どうか結婚してくださいミィ!」
「うれしいミィ……こちらこそ喜んでお受けしますミィ」
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「実は………赤ちゃんができたミィ」
「ほんとかいミィ!ミィミィミィ!僕達もとうとうパパとママになるんだミィ!」
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   ・
「う、生まれたミィ!ベビちゃん、僕がパパミィ!」
「私がママミィ!なんて可愛い顔ミィ、とっても幸せミィ!!」
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   ・
そこでタブンネは、はっと我に返りました。一瞬、走馬灯を見ていたようです。
タブンネを現実に引き戻したのは、お腹と、四肢に走る激痛でした。
拳銃で撃たれた手や足からは血が流れ、自由に動きません。
そして、目の前にはベビンネの真っ二つの死体が転がっていました。

「ミ……ミ……ミィ……」
タブンネは必死に這って、ベビンネのところに行こうとしますが、
さっきタブンネとベビンネを撃った2人の人間が、立ちふさがって邪魔をします。
「ひどいミィ!……パパを……この子を……返してミィ!
 やっと幸せになれたと思ったのに、こんなのってないミィ!!」
タブンネは泣きながら訴えますが、人間達は全く悪びれる様子も見せません。
それどころか、無慈悲にもベビンネの死体をタブンネの口に突っ込んだのです。
「ムゴギャアアアア!!」
そしてタブンネは全身に灼熱のような痛みを感じ、そのまま意識が遠のいていきました。

気がついた時、タブンネは自分の背中を見ていました。
ピンク色の可愛い毛皮には、無残な銃痕がいくつも空き、全身血に染まっています。
「どうして…タブンネちゃんは自分の背中が見えるミィ!?」
驚いて手を伸ばしますが、その手は体をすり抜けてしまいました。
その上、体がふわふわ浮いて、どんどんその血だらけの肉体から離れていくではありませんか。
そこでようやくタブンネは理解したのです。
「ああ……タブンネちゃんは死んじゃったんだミィ……魂だけになったんだミィ……」

タブンネはため息をつきました。
「このまま天国に行くのかミィ……はっ、ベビちゃんはどこミィ!?」
自分より一足先に殺されたベビンネ。きっと近くにいるはずだと、タブンネは辺りを探します。
「チィチィ、チィチィ」
鳴き声の方を見上げると、タブンネよりずっと上の方にベビンネの姿がありました。
タブンネと同じようにふわふわと空へ上っていきます。
「ベビちゃん、待ってミィ!ママと一緒に天国に行くミィ!」

ところが、ベビンネを追いかけようとするタブンネの魂は、逆の方向へと引っ張られていきます。
「どうしてミィ!?ベビちゃんのところに行かせてミィ!」
タブンネは必死でもがきますが、ベビンネはどんどん遠ざかっていくばかり。
そしてタブンネの魂を引き寄せていたポケモンが、姿を現わしました。ランプラーです。
タブンネはランプラーの体の中に、すっぽりと吸い込まれてしまいました。

「ミギャアアアアア!!熱い熱い熱いミィ!!出してミィ!!」
さっき銃で撃たれたのは瞬間的な痛みでしたが、今の苦痛は比べ物になりません。
ランプラーの体内で魂を焼かれ、その終わりのない苦しみにタブンネは泣き叫びます。
その耳にランプラーの声が聞こえてきました。
「うふふふ……無駄だよ、君はもうここから出られない。未来永劫、魂を焼かれ続けるんだ」

「どうしてミィ!?どうしてタブンネちゃんがこんな酷い目にあわなきゃいけないミィ!!
 タブンネちゃんは何にも悪い事してないミィ!!」
「やれやれ、自覚がないんだねえ。他人の不幸の上に築いた幸せなんてすぐ崩れ去るってことさ。
 君達の住んでいた森だって、元はと言えば他のポケモンの棲み家だった。
 それを君達がやってきて、あっという間に奪ってしまったんだ。
 何百何千という虫ポケモンや妖精ポケモンが涙を流したんだよ」
「そんなの…そんなの知らないミィ!」
「知っていようといまいと、アルセウス様は全部お見通しさ。因果応報ってやつだよ。
 そうそう、君の魂の記憶を媒介にして、懐かしいものを念写してあげるね」

ランプラーがそう言うと、炎の一部がゆらめいて映像を映し出しました。
そこに現れたのはマイちゃんです。元気そうに友達と遊ぶ姿や、
あのお隣のおじいさんとおしゃべりしている様子が、炎に浮かび上がりました。
「思い出してごらんよ、この子と暮らしていた頃は幸せじゃなかったのかい?」
「ミ、ミィ……」

ランプラーの言う通りでした。マイちゃんと暮らしていたのはたった半年前でしたが、
タブンネは遠い遠い昔のように懐かしく思えました。
「あの子は幸い、君に突き飛ばされた怪我も治って元気に暮らしているよ。
 あの時の君は不満だらけで、もっと幸せになりたいと思って逃げ出したんだよね。
 でも実は、自分で幸せを投げ捨ててしまったんだよ」

「ミィ……」
タブンネは返す言葉もありません。あの頃は不満だったけど、マイちゃんは優しい飼い主でした。
もし我慢して暮らしていれば、小さくても確かで幸せな暮らしが待っていたかもしれません。
しかしそれでは満足できなくて、マイちゃんに怪我をさせてまで飛び出して、
もっと大きな幸せをつかんだと思ったら、それは一瞬で壊れてしまいました。
自分の選択が、愛する夫も、ベビちゃんも死なせてしまったのです。
タブンネは今更ながら、自分の浅はかさを後悔しました。
同時にマイちゃんに対する申し訳なさがこみ上げてきて、タブンネは涙を流します。
「ご主人様、ごめんなさいミィ……タブンネちゃん、いや、タブンネが悪かったミィ。
 あの頃に戻りたいミィ……」

はらはらと涙を流すタブンネ。でも、もう何もかも手遅れです。

「ミッ!?ミビャアアアアアア!!」
ランプラーの火力がアップし、またもやタブンネは悶え苦しみます。
「後悔先に立たずってことだね。まあじっくり反省しなよ。時間は無限にあるからさ」

「ミィィギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

タブンネの地獄の苦痛の悲鳴を聞きながら、ランプラーはいずこかへと飛び去っていきました。

(終わり)
最終更新:2015年02月18日 19:27