おのれ、セイゲン!我敗れたり◆F0cKheEiqE



中条流という流派がある。
流祖は中条兵庫助長秀(兵庫頭とも)という南北朝時代の人物である。
彼は歌人としても名高く、室町幕府の評定衆を務めたともいうから、
歴史的にも家格的にも非常に由緒ある流派である。

その門下には有名人も多く、
例えば「名人越後」と名高い富田重政、
伊藤一刀斎の師匠として著名な鐘巻自斎、
巌流島の決闘で有名な佐々木小次郎などがおり、
大石内蔵助が使い手だったことで有名な東軍流の流祖、
川崎鑰之助も一説によれば中条流の門下だった言う。

しかし、一般に中条流の使い手として最も有名な人物の名前を挙げれば、
やはりそれは富田勢源であろう。

富田勢源は上記の富田重政の叔父にあたる人物で、
勢源は法名であり、俗名を五郎左衛門と言った。

元は越前朝倉家の家臣であったが、
眼病を患って出仕が難しくなり、
跡目を弟の富田景政に譲って隠居し、
頭を丸めて入道した。

戦国時代の兵法使いらしく、
様々な武芸に長じていたというが、
特に小太刀の名人として知られている。

試合は生涯二度のみ。
故に逸話は少ないが、長さ三尺四、五寸の八角棒を使う梅津という神道流の達人を
皮を巻いた一尺二、三寸の薪で倒したという話はあまりに有名だ。

この兵法勝負には、
上泉伊勢守、塚原卜伝、伊藤一刀斎、斉藤弥九郎、土方歳三と、
古今の著名な剣客たちが呼び出されたが、
勢源もまたその例に漏れることは無かった。
彼が呼び出されたのは、上記の梅津戦後、越前に帰った直後であった。


とノ伍。
稲が青々と茂る水田の傍らを走る道を、
一人の男が歩いている。
柳色の小袖に半袴を着た、坊主頭の中年男である。
撫で肩の猫背で、隠居老人みたいな穏やかで枯れた雰囲気を醸し出している。

背中には行李を背負い、
右手に長刀を鞘に入れたまま持ち、
鞘を前にして、こじりを地面擦れ擦れの場所に置き、
ひゅひゅっと左右に振りながら歩いている。

まるで盲人の杖のような動きだが、
はたして男はほとんど目が見えていなかった。
男の双眸は、どちらも白くにごっている。
眼病であった。

男は悠々と道を進んでいたが、
不意に立ち止まって、
道の真ん中に生えている「枯木」に見えぬ眼をやった。

否、それは枯木ではない。
出現したのか 始めからそこに居たのか。
一人の男が立っていた。

長い艶のある髪をした総髪の男である。
暗い事もあり、その髪に隠された顔は見えない。
白い振袖を着て、道の真ん中で杖をついて静止している

「・・・・・・」
少し歩む速さを緩めながらも、
僧形の男は枯木男へと足を進める。

「・・・・・貴様・・・・“めしい”か?」

枯木が不意に口をきいた。
闇と長い髪に隠された、
顔が月光に照らされる。

美しい顔であった。
市中を歩けば、すれ違う女の十中八九は振り返り溜息をつくであろう稀有の美貌である。
しかし・・・・

「目明きならば使い道もあるが・・・・“めしい”ならば用はない・・・」

男の顔、両の瞼の上に真一文字、
一筋の切り傷がある。
男もまた盲目であった。

「ここで死ね」

そう言うと薄く笑った。
この時僧形の男―富田勢源―は、
初めてある事実に気が付いた。

(杖ではない・・・)
ほとんど見えぬ双眸が、杖から反射する月光を捉えた。
杖が反射?
否、杖にあらず。
抜き身の刀である。

さらに驚くべき事実。
男はただ立っているのではない。
すでにかまえているのだ。

それはおよそ一切の流派に、
聞いた事も見た事もない奇怪な構えであった。

「何者か」
勢源が問うた。
枯木は答えた。
「中山峠の鎌鼬なり」

怪しく笑った男は、名を伊良子清玄と言う。


伊良子清玄という男の来歴はよく解らない。
本人は江戸の裕福な染物屋の子と嘯いていたが事実でない。
恐ろしく賤しい生まれらしく、夜鷹の子とも言う。
掛川の虎眼流道場に彼が初めて姿を現した時には、
その時点でかなりの使い手であったというが、
清玄が何処でどのようにしてそのような剣の腕を身に付けたのかすら、
今となっては解らないのだ。
江戸牛込榎町、由比民部之助正雪の道場に、
伊良子という剣士がいたとも言うが、
それが清玄であるという確証はない。

とにかく彼の来歴が記録に正確に残っているのは、
虎眼流道場に入門してからである。

虎眼流に入門してからの清玄の剣技の上達は目まぐるしく、
あっという間に『一虎双竜』と称せられる
虎眼流上位三剣士に数えられるまでになった。
虎眼流流祖、岩本虎眼の一粒種、三重の覚えも良く、
ゆくゆくは岩本家の跡取りになるとも、
まことしやかに囁かれていた。

彼は野心家であり、
岩本家の頭首を手始めに、
剣才で成り上ろうとも考えていたという。

しかし若き野心故か、彼は触れてはいけない物に触れてしまう。
岩本虎眼が愛妾、いくに手を付けたのだ。
しかもこれがすぐに虎眼に知られてしまったのである。
虎眼の嫉妬深さと、敵対者への徹底した残虐さは常軌を逸していた。

騙されて人気の無い神社に呼び出された清玄は、
虎眼流高弟達によってたかって滅多打ちにされ、
その上で、虎眼自身の奥義「流れ星」にてその双眸を切り裂かれたのだ。

もしこれが清玄でなければ、
剣の人生は終わったも同然だったろう。

しかし清玄は尋常の人ではなかった。
その後如何なる修練を積んだか、
虎眼流を放逐されて三年後、
彼は掛川に帰ってきた。

そして、虎眼流の高弟四人、
そして彼の怨敵、濃尾無双岩本虎眼を凶刃にかけたのである。

彼は、虎眼の「流れ星」すら破った自らの剣技をこう号した。

『無明逆流れ』と。


「おやめなさい」
勢源は清玄に諭すように言った。
恐れ故ではない。
中条流の剣の本質はその流祖中条長秀が述べているように、

『平らかに一生事なきを以って第一とする也。
戦を好むは道にあらず。
止事(やむこと)を得ず時の太刀の手たるべき也。
この教えを知らずして此手(このて)にほこらば命を捨る本たるべし』

である。刀を抜くのは最後の手段なのだ。

「これは異なことを言う。
これは兵法勝負、敵を斬るのに何のためらいあらん」
そう言うと清玄は
う ふ ふ ふ ふ 

と、怪しく笑った。

「我が剣は人をすすんで斬るためのものではない。
あくまでその本義は護身である」
勢源は清玄の笑いを意にも介さず、
あくまで静かに諭すように言う。

しかし清玄はそれを聞いても妖しく笑うばかりである。

(止むをえず)
逃がしてくれる相手ではない。
立ち合わねばならぬ。
勢源はそう判断すると、
長太刀に手を掛けた。
しかし勢源が最も得意としたのは小太刀である。
はたして慣れぬ得物ではたしてこの怪剣士に抗し得るか?

勢源は太刀を抜いた。

(ようやく抜いたか・・・)
音より清玄はそう判断した。
ここで、妙な事実に気が付いた。

(鞘走る音が二つ・・・?)
地面に、鞘が落ちる音が響く。

「む、面妖な・・・・」
「左様」
勢源は『両手』に小太刀を構えた。

「左様、小太刀二刀流」
一つの鞘に二つの小太刀。
奇怪な刀である。
御庭番式小太刀二刀流、四乃森蒼紫の愛刀であった。


勢源は撫で肩の脱力姿勢で、
二刀小太刀の切っ先を交差すようにして、
だらんと下げている。
そのままじりじりと清玄に接近する。

対する清玄は、
例の杖を突くような奇怪な構え、
『無明逆流れ』の体勢である。
そのままで、まるで地蔵の様に不動である。
射程内に勢源が入って来るのを待っているのだ。

(来い!来れば、貴様は下から真っ二つ!)
清玄の脳内に、一太刀に上下に斬られた坊主頭の姿がありありと浮かんだ。

静かな死闘であった。
ただ勢源の足が、砂利を踏みしめる音のみが、
暫くの間響いた。

勝負は一瞬であった。

勢源が射程内に入った!
そう判断するや否や、清玄必殺の一撃が下方より発射される。
同時に勢源も動いた。
それまでだらんと下がっていた二つの切っ先が、
電光のように跳ねあがる。
ただ、右の小太刀よりも、左の小太刀の方が高く跳ね上がった。

下方より襲い掛かるは清玄の、電光の如き龍の牙。
上方より迎え撃つのは勢源の、紫電の如き鷹の爪。

二つはガッと組み合い、そして・・

「馬鹿な・・・っ!?」
清玄が呻いた。

濃尾の虎すら屠った清玄の『無明逆流れ』の一撃が、

「そんな馬鹿なっ!?」

鷹の爪に捕獲されていた。


『陰陽交叉』
奇しくもこの時勢源が取った刃の動きは、
この二刀小太刀の本来の使い手、
四乃森蒼紫の上記の技によく似ていた。

本来の『陰陽交叉』は、
1本目の小太刀の峯に2本目の小太刀を直角に叩き付け、
勢いを付けて斬り付ける技である。

しかし、これを勢源は防御に用いた。

清玄の『逆流れ』の一撃と、
勢源の右の小太刀が交差した瞬間、
高くあげられていた左の小太刀が刹那に、
清玄の刀と、勢源の小太刀がちょうど交叉している点へと振りおろされたのだ。

果たして、清玄の刀は、
勢源の二つの小太刀と絡み合うようにして
空中で静止していた。

僅かでもタイミングを誤れば、
小太刀は二つとも跳ね飛ばされ、
勢源の顔は縦に割られていたであろう。

正に神業であった。

「ぐうっ!」
清玄は三度呻くと、
絡みつく二つの小太刀をふりほどいて、
後方へ飛んだ。

そして、来るべき敵の反撃に備えた。

(来い!今度は「流れ」の一閃で仕留めてやる!)
清玄は太刀を担いでいた。
虎眼流必勝の構えである。
しかし・・・・

待てど暮らせど追撃は来ない。

二つの鍔鳴りが鳴った。
勢源が二刀小太刀を鞘に戻したのだ。

「き、貴様ぁっ!」
清玄が叫ぶ。
まさかここまで来て勝負を捨てるつもりかっ!
清玄は言外にそう問うた。

「我が中条流は他流試合を禁じられております」
勢源はそう言うと踵を返して、
「しからば御免」
すたすたその場から立ち去り始めたのである。

「ふ、ふざけるなぁっ!」
清玄は顔を紅潮させながら、
白刃を閃かせ勢源の後を追おうとするが、

「うっ!」

清玄はこの時、巨大な鷹を幻視した。
恐ろしく鋭い爪を、巧みに隠す鷹であった。

結局、清玄は勢源が闇の奥へ消え去るまで、
追いかける事は無かった。


「未熟だ」
勢源は、ようやく垂れてきた額の冷や汗を拭ってそう呟いた。
恐ろしい相手だった。
たまたま支給品がこの二刀小太刀で、
とっさにあの男の奇剣を防ぐ案が浮かんだからいいとしても、
今もこうして生きているのは半分は運だ。

「私が欲する護身剣にはまだ遠い」
彼が殊更、小太刀を好むのも、
彼が中条流の護身の剣を極めんと欲するからである。
事実彼は、
『殿中で烏帽子長袴の礼装をしているときでも、
白刃をもって襲われるかもしれない。
その時は小刀しか帯びておらぬ。
それを抜いて長大な剣と撃ち合い、
打ち勝ってこそ真の武芸者である』
と、言っている。
殿中であの男に襲われれば死んでいただろう。

「これはいい機会かもしれん」
恐らく、ここで自分は様々な剣士に出会うだろう。
それら全てを自ら仕掛けず、仕掛けられれば話術と小太刀をもって制す、
それを全て為し得た時、初めて護身完成と言えるのではないか。

「それにしても、めしいの一人旅とはすこし辛い。
誰か心ある目明きの助けが欲しいものよ」

取り敢えず目明きを求めて、
勢源、夜の道を一人行く。



【とノ陸 道/一日目/深夜】

【富田勢源@史実】
【状態】健康、
【装備】蒼紫の二刀小太刀
【所持品】支給品一式
【思考】:護身剣を完成させる
一:目明きを探す


一方、清玄は、白刃を煌めかせたまま、
しばし呆然としていた。

野心家の清玄は直ちにこの殺し合いに乗ったが、
まさか出鼻で自慢の『無明逆流れ』を破られるとは、
思ってもみなかった事である。

彼が光を失ってから身を捨てるようにして習得した
この秘剣があっさりと・・・・・
その衝撃は計り知れない。

ただの秀才剣士ならここで心が折れて終わりであったろう。
しかし・・・

く ふ ふ ふ ふ ふ ふ ふ

清玄の哄笑が夜に響いた。
これは天才剣士の心の挫折を示す物か?

否、これは産声。

新たなる怪物の産声・・・・・



【とノ伍 道/一日目/深夜】

【伊良子清玄@シグルイ】
【状態】健康、強い復讐心
【装備】打刀
【所持品】支給品一式
【思考】:『無明逆流れ』を進化させ、あの老人(勢源)を斬る
一:とにかく修練する。


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試合開始 富田勢源 偽りの再会
試合開始 伊良子清玄 一期一会は世の常なれど―

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最終更新:2009年09月22日 15:26