決意と誤解のあいだ◆cg3sIEBpCI
「銀さん!銀さん、どこにいるんですか!?」
月明かりだけが照らす、小道。
そこをまだ10代と思しき少年が、知り合いの名前を呼びながらさまよっていた。
「……どう、しよう……」
少年は意識を取り戻し、この場にたどりついてからすぐ万事家の主たる男、
坂田銀時を探し始めていたのだが、5分ほど経過した今も誰にも会う気配がない。
暗闇の中、名前も正体も知らない誰かに声を聞かれるというのは、すなわち存在がばれるということ。
リスクを伴う行為だ、そうは理解していた。しかし少年・
志村新八は危険を覚悟の上で、上司を探し回っていたのだ。
「御前試合だなんて……どうすりゃいいんだよっ!」
その腕から、まだ明けてもいないディパックが滑り落ちる。
正直のところ、新八は怯えていた。
死線は何度もくぐってきている。何度死を覚悟し、重症を負ったか分からない。
また、剣を未熟とはいえ学んでいる身としては、討ち死には覚悟もしている。
しかし―――先ほどのあの少年の死に方は?
あまりに理不尽だ。
あの男の言うことによれば、どうやら少年も自分と同じような立場であったらしい。
そんな少年は死んだ。魂に従って生き、闘い殺された、のではない。
いとも簡単で単純で残酷な方法で。
あの謎の力は何なのか、検討こそつかなかったが、新八は似たような力にはいくつか心当たりがあった。
おそらくあれは、天人の能力。あの男は普通の地球人に見えたが、おそらく裏で天人と組んでいたのだろう。
今までそのような奴らはごまんといたのだから。
―――お主気づかぬか?
―――この場に呼び出された武芸者の中で、貴様が一段と劣っているという事に。
あの男は、そう言った。
それが理由で、それだけが理由で、村山という少年は殺されたのだ。
他の者なら、その理由を聞いても聞き流すことができただろう。
弱者なのだから仕方がない、と。
しかし新八は、それが他人ごととは思えなかった。
何故なら―――新八も少年と大差がないように思えてならなかったからだ。
銀時や真選組、姉の幼馴染である九兵衛に比べれば、自分の剣の腕が未熟なのは日の目を見るより明らか。
それに加え、まだ10代半ばということもあり、決して体格もいいとは言えない。
容貌も仲間からさんざんダメガネとからかわれる、冴えないオタク系。
それに納得できるかはともかく、客観的にみてとても強者には見えないだろうことは、新八も理解していた。
だから、思う。
もしかすると、あそこで妙な力で爆発させられたのは、自分だったのでは、と。
―――ただ、僕は、運がよかっただけで―――
もし、あの男と視線を合わせていれば―――
もし、今日の運勢が最低だったなら―――
自分は、既に帰らぬ人だったのかもしれないのだ。
「……いやだっ!」
あんな方法で死ぬのは嫌だ。
新八の思考を一瞬絶望と恐怖が覆う。
しかし、この会場に確実にいるであろう知り合いの顔を思い出し、
またチャイナ服の少女や、厳しくも優しい姉の顔を思い出し、否定するように首を振る。
そして決意を込めて、ディパックを握り締める。
「……っ、だめだ、こんなことじゃ……銀さんに簡単に会えるわけじゃないことは分かった。
……それなら、僕は僕にできることをするべきだ」
天道無心流道場の跡継ぎとして。
剣士として、武士として、何より、男として。
こんなところで死ぬつもりなんて、ない。
もちろん、こんな御前試合に付き合い、殺し合うなどとんでもない。
剣は人を守るものだ―――新八はそう教わって生きてきたのだから。
だから、銀時と共にこの試合から抜け出そう。
そう決めた。
方針が決まったことで少し安心し、息を吐く。
「……ふう、とりあえず落ち着こう。……そう言えば、荷物を見てなかったな。
……武器があるなら見ておくべきだよね……あと、人別帖も目を通しておかないと……」
ほどよい大きさの石を見つけ、そこに腰をおろす。
今更遅い気もしたが、辺りを見回す。人影はなく、静かな闇が広がっているだけだ。
きっと、この殺し合いに乗り気な人間もいるはずだ、新八はそう理解していた。
例えば、高杉の部下であった男、岡田似蔵。
紅桜に精神を侵された殺人狂―――あの男のような人物がまぎれているならば、喜んで人を殺して回るに違いない。
だから、用心は怠ってはならない。
まだ未完成故、抜けはあるかもしれないが、できる限りは。
肩がぶるりと震えるが、恐怖を隠すようにわざと大きめの声を出す。
「……さあて何が入ってるかなあーっと……え、この感覚はもしかして……」
ディパックをあさった新八の掌は、細い何かの間隔をとらえていた。
剣ではないか、そう期待し右手を引き抜いた彼の手に握られていたのは―――
「って、木刀かよ!僕は銀さんじゃないから無理だって!こんな武器じゃ木刀と一緒に僕もぽっきり逝っちゃうって!」
何の変哲もない、木刀だった。
殺意はないとはいえ、身を守るためにはある程度の武器が必要。
おそらく集められた中では弱者に含まれるであろう新八の武器としてはやや心もとない。
「困ったなあ…………まあ、人を殺すことはない、って前向きに考えるか……はあ……」
そう呑気なことは言ってはいられない状況ではあるが、あきらめるより仕方無い。
武器が頼りにならなそうなラバ、尚更知り合いがいるかを確かめなければ。
「……っと、あとは……人別帖は……と」
ディパックをあさり、お目当てのそれを取り出し、捲る。
一つ一つの名前を目で追っていく。
そこにはやはり、自分と、坂田銀時の名前があった。
そして―――新八は、一つの名前に目を止めた。
「……土方さん?」
自分の名前の傍に、土方という姓の人物の名前が書かれていたのである。
「……真選組もここにいるのか……あ、……沖田さんも!?」
更に続けて顔見知りの人間の名前を見つけ、新八は安堵の息を吐く。
真選組の実力者が二人もここにいる、というのは心強い。
彼らは普段こそ敵対し、(特に上司の銀時と副長、年下の夜兎の少女と一番隊隊長の相性は最悪のようだ)
因縁もあるが、いざという時には協力してくれるに違いない。
かつて姉が柳生に嫁ごうとした際にも、姉に惚れた局長のためとは言え彼らは手を貸してくれた。
例えトップがストーカーでも、副長がマヨラーでも、一番隊隊長がドSでも、……一応、本当に一応だが、彼らは武装組織だ。
無闇やたらに人を殺すことはしないだろう。……と思う。
……実は考えれば考えるほど協力してくれるのか怪しく思えてくるのだが、少なくとも自分が殺されることはないだろう。
何せ、自分は彼らの上司の想い人の弟なのだから。
まるであの男が姉と結婚することを認めているようで癪だったが、今はそんな縁にもすがった方がいい。
「……近藤さんはいないみたいだけど……」
他にも知り合いの名前がないか、さらに探す新八は、そこでふと思い出した。
「……あれ、そう言えば―――」
あの、謎の部屋にいた中年の男。
その男に、あの隻眼の少年は何と呼ばれていただろうか?
「……十、兵衛?」
そのような響きだった気がする。
それは、一人の知り合いの名前によく似ており、一瞬彼女もいるのではないか、という思考が頭をかすめた。
ここが試合……切り合いだというのなら、紛れ込んでいてもおかしくない。
「もしかして、九兵衛さんも?」
新八は閉じかけていた人別帖をもう一度開き直し、彼女の名前を探す。そして見つけたのは―――
「……柳生……あった!……ん、……あれ?」
新八は眼鏡を外して目をこする。そして掛けなおしてもう一度見る。
しかし変わらない。
「……何で十兵衛なんだろう?」
誤植、だろうか?
しかし、さっきの男は十兵衛という名前だったはず。では、これはあの男の名前なのか?
「……あの人も柳生って姓なんだ……」
珍しいこともあるものだ。柳生は剣術の名門故、珍しい姓なのだろうという先入観もあったのだろう。
彼女の兄弟、ではないだろう。九兵衛が柳生の唯一の庶子だというのは既に知っていた。
それ故に、彼女は男としての生活を余儀なくされたのだから。
やや引っかかることはあるが、きっと同姓の似た名前の別人だろう。
そう思いたかった。
姉の大切な人がここにいるとは思いたくなかったのだ。
「……よし、……こうしている間にも、銀さん達がどこに行くか分からない……。とりあえず、早く誰かと会わないと」
人別帖を閉じ、新八は故意に大きな声をあげて立ち上がった。
それは彼なりの、決意。
「銀さんや土方さんたちにすぐ会えるとは限らない……きっと僕たち以外にもこの殺し合いに反対の人はいるはずだ。
その人たちと協力し合おう」
「そして、絶対にここから出るんだ」
実力は劣っているかもしれない。
しかしこの魂だけは、誰にも折らせはしない。
新八は木刀を携え、真っ直ぐに歩きだした。
「……そういえば、土方さんの下の名前ってなんだっけ?……とうじ?としろう?……ま、いいか」
【いノ肆 山麓/一日目/深夜】
【志村新八@銀魂】
【状態】健康、決意
【装備】木刀(少なくとも銀時のものではない)
【所持品】支給品一式
【思考】:銀時や土方、沖田達と合流し、ここから脱出する
一:人殺しは絶対にしない。気を強く持つ。
二:柳生って……?
※土方、沖田を共に銀魂世界の二人と勘違いしています。
※人別帖はすべては目を通していません。
※主催の黒幕に天人が絡んでいるのではないか、と推測しています。
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最終更新:2009年03月19日 21:19