人の道と剣の道(前編)◆UoMwSrb28k




ほの仁 城から北西の森のはずれ

伊東甲子太郎、川添珠姫、外薗綸花、服部武雄の四人は、森のはずれで、休息をとっていた。
双方に戸惑いはあったが、ひとまず新見を弔うということだけは共通の理解を得た。
埋葬するには道具がないので、着衣を整え、手を組ませ、木の根方に横たわらせる。
墓標代わりに新見の刀を突き立てた。それぞれに刀は持っていたし、珠姫は真剣を持とうとはしなかった。
これらの作業はほとんどは御陵衛士の二人が行った。力仕事ということもあったが、女性二人にとって、新見の死はそれぞれに衝撃を与えた。
二人とも気丈に振舞ってはいるが、その表情は固いままである。

人が斬られて死ぬこと。
この場所では、人が斬られて死ぬことが日常であること。
そして、人が斬られて死ぬことが日常と思っている人がいること。

頭では理解していたつもりだったが、服部、そして伊東ですら、ある意味冷静であったことが、その現実を心身にしみこませる結果となった。
そんな二人を見て、伊東はやや場所を移動することにした。
死体の前では話もしづらいだろう。森のはずれ沿いをやや歩くと、倒れた木があったので、そこを椅子代わりに座り、休息がてら服部の方から事情の説明が始まったのだった。
伊東の方からも、自分たちをはじめ、死んだはずの者がここにいることが話された。

「…と、いうことは、新見錦と名乗ったあの者も、本物であったということですか?」
「おそらくな。」
「だとしたら俺は…。」
「服部君の話から察するに、服部君のことを近藤一派と思い込んで、殺気を放ったのだろう。
お互い様と言いたいところだが、死者の言い分を聞くわけにもいかぬ。」

そういって、伊東は未だ固い表情の二人に向き直った。
「珠姫さん、綸花さん、あなた方にも思うところはあろうが、服部君はここに来る前からの私の同志。
この殺し合いを止めるため、行動を共にしたい。よいだろうか。」
「ええ、わかります…わかってます。」

綸花がぎこちなく口を開き、珠姫も無言のままうなずく。
伊東もそれ以上答えを求めようとせず、今度は服部に向き直った。

「そういうわけだ服部君。近藤さんたちと会ったときどうするかは、その時考える。
無闇に斬りかかかることは許さん。それでいいな?」
「…」
「承服しかねる…といったところか?」
「いえ、俺は伊東さんや坂本さんを守りたい。それだけです。伊東さんがそういわれるのなら従います。」
「わかった。今はそれでいい。」

無理もないか。服部の表情から迷いが晴れぬことを察しながらも、伊東はそれ以上問わなかった。
と、その時、鐘と太鼓の音が鳴り響き、どこからともなく声が聞こえてきた。
二十三名の死者が読み上げられる中、新見錦の名を四者それぞれの表情できくこととなったが、一方で坂本龍馬の名は呼ばれることはなかった。

「龍馬殿は無事のようですね。」
「よかった…」
「あれから随分経っている。ずっと斬りあっているわけもないでしょうし、あの場は逃げおおせたのでしょう。
すぐさま探したいところですが、こちらも夜通し歩いていたことですし、少し休みましょうか。
お二人も何か腹に入れておいたほうがいい。食べられる時に食べておかないと、いざというときに動けなくなる。」

伊東の言葉に、服部は無言でうなずくと、行李を開け始めた。
先程死体を処理したばかりという酷な状況であるが、だからこそ休息と食事をとり、頭をきりかえるべきという伊東の意図は、二人にも理解できた。
綸花がやや固くはあったが、笑顔で応える。

「わかりました。珠姫さんも、水分くらいはとりましょう。」
「大丈夫です。食べます。」

こうして四人はやや早めの、だがこの島で目を覚ましてからはかなり遅めとなる食事をとることにしたのだ。
そして食事の間、ようやくではあるが、事態を把握しようと情報交換が行われ、珠姫と綸花が21世紀から来たということが確認できた。

これが思いのほか気分転換となった。

「それは一体?」
「パンです。…ええと、めりけん製の饅頭…かな?これはアンパンなので、小豆が入っています。」
「ふむ。透き通った袋も不思議なものですな。そっちのは?」
「コンビーフといって…綸花さんどう訳しましょう?」
「干し肉…としかいえないんじゃないかな。おいしいですよ。開けてみますね。」
「ふ~む。鉄の入物の中にこのように入っているとは。」

珠姫と綸花には、なぜかパンや缶詰が支給されていた。おにぎりも、伊東たちは麦入りの握り飯であるのに対し、珠姫たちはコンビニにあるようなおにぎりである。
それぞれの生きた時代にあわせた品々のようだ。おかげで時代を越えた文化交流も行われ、わずかながら緊張をほぐすことができたのだった。

だが、いざ現状把握となると、はたと止まってしまう。

珠姫も綸花も、タイムスリップだの、未来人にさらわれただのと、仮説はある程度立てられるが、脱出方法はわからない。
主催者を倒すか、交渉する方法もあるが、結局何者なのだろうか。白州にいた人は、江戸時代の装束と物言いであった。

「口論していた人、十兵衛って言われてましたね。」
「隻眼で、あの格好で、十兵衛って言ったら、やっぱり柳生十兵衛ですよね。」
「その親父殿って言ったら、柳生但馬守宗矩ですね。」
「ほう、あれだけのやりとりでそこまでわかるとは。百年後の世から来たとはいえ、お二人とも聡明であられる。」

伊東が賞賛の言葉をかけるが、二人ともやや気まずい表情になって顔を見合わせた。
自分たちが歴史的知識ではなく、漫画や時代劇で得た知識に基づいて話していることに気づいたからである。
だが、人物帖にも名があることだし、おそらくこの推測に間違いないだろう。
では本当に、柳生宗矩、あるいはその時代の将軍が主催者なのだろうか。
それとも将軍など関係なく、未来人とか宇宙人とか黒幕がいるのだろうか。
そもそも、一体どうやって接触すればいいのだろうか。
現代人であればあるほど、SFや漫画に詳しければ詳しいほど、そして考えれば考えるほど。
主催者は超のつく科学力か、魔術・妖術の類を持っているとしか考えられない。
事態の把握もおぼつかないし、ましてや脱出の方法など、なかなか見出せそうになかった。

自然と人物帖に目が移り、他に策がありそうな人を探す作業となった。
四人の知識を併せると、かなりの数の人物が名の知れた剣豪であることがわかった。
特に伊東や服部が生きた時代からは、多数の人物が名を連ねている。
主義主張が違う者も多いが、交渉次第で協力してくれるかもしれない。しかし…

「名は知れていても、妖術や機械…からくりに詳しそうな人っていないですね。当然といえば当然ですが。」
「龍馬さんはどうなんですか?何でも知っているというイメージ…印象があるんですけど。」
「さあ。いろいろなことを勉強していたようですが、妖術やからくりの話はしたことがないので、どれほど知っているかはわかりませんね。」

話しながらも、珠姫と綸花は思わず機械とかイメージとか江戸時代にはない言葉を言ってしまう自分たちに歯がゆさを感じたが、伊東は特に気にも留めていないようだった。
龍馬の話ぶりもああだったし、慣れているのかもしれない。

「と、すると、やっぱり十兵衛さんに会って、柳生宗矩と会える手段を一緒に考えるのが一番でしょうか?」
「むしろこの中で知らない人と接触した方がいいかもしれませんね。私たちたちよりさらに未来から来ている可能性もあります。」
「人を探して交渉していくのはかまいませんが、危険人物もいると思うので、注意しなくてはなりませんね。
今のところ鵜堂刃衛が死んだということは、塚原卜伝ですか。あと、名はわかりませんが、病持ちの老人ですね。」
「さっき、上泉伊勢守殿と会った。」
話の輪からはずれていた服部が、ぶっきらぼうに口をはさんだ。一同の視線がそちらに向く。

「上泉伊勢守といえば、新陰流の?」
「その時は騙りかとも思ったが、あの腕は間違いなく本物だろう。
近藤と土方を殺すと言ったら、無手でいいようにあしらわれた。
そして敵を殺す以外に友を救う方法を考えろと…。結局俺は新見殿を斬ってしまったがな。」
「…。」
「あの爺さんなら、逃げ出す方法はわからなくとも、人を生かすためには力になってくれるやもしれん。
正直、一度負けた身としてはもう会いたくないが。」
「塚原卜伝も上泉信綱も、剣聖とまで呼ばれて私たちの時代でも知れ渡っている人なのに、随分と違うんですね。」
「他にも流派創設者や道場主の人たちは健在のようですね。やっぱり強いのかな。話がわかる方ならいいんですが…」
「この中では斎藤弥九郎殿と白井亨殿が江戸でも高名だった。人物も優れていたときく。探してみる価値はあるだろう。」

三人の話をききながら、伊東がわずかに目を細めた。
さきほどから服部の目に迷いが見えるのは、新見を斬ってしまったこともあるだろうが、上泉信綱とのやりとりの中で、言葉以上の何かを諭されたようだ。
何か進むべき道筋を求めているようにも見える。女性二人も何かを感じたのか、服部に対する警戒感を少しずつ解こうとしている。
自らは、国の行く末に関する考えを指し示しことはできたが、ここでは何の意味もない。
彼らに、この戦場で進むべき道を指し示すことはできるだろうか。
考え込む伊東を尻目に、三人の会話は流派の話に及んでいた。

「江戸では三つの大きな道場があって、位は桃井、技は千葉、力は斎藤と呼ばれていた。弥九郎殿がいて周作殿や春蔵殿がいないのは不可解だが…」
「でも皆さんも相当な腕前なんでしょう?」
「そうだ。俺はまだまだ未熟だが、坂本さんは目録をとられたし、伊東さんは伊東道場の道場主を務められたのだ。」

少し元気を取り戻し、誇らしげにいう服部に、伊東は苦笑した。
「道場をたたんだ道場主が兵法勝負に選ばれるとは、皮肉なものですがね。」
「それを言ったら、私なんてただの剣道部員…そう、免許ももらってない弟子です。」

やや和みかけていたところだったが、珠姫が思い出したようにつぶやき、うつむいた。
さきほども龍馬を探しながら思案していたが、多くの名の知れた剣豪の中、どうして自身がこんなところに放り込まれてしまったのか、いくら考えてもわからない。
そんな珠姫を見て、綸花が励ますように言った。

「私も剣道部ですよ。家の方は父が剣道道場の経営を始めちゃって、私が凰爪流という流派の後継者ってことになってるんだけど…。」
「凰爪流?…きかぬ流派だが…。」
「寛永年間に興されたっていうことですけど、全国に広まってるわけじゃないです…。」

結局珠姫と同様、少し恥ずかしそうに答えてうつむく。
綸花の方は、免許皆伝といえば免許皆伝だが、それでも先刻は奥義を放ったにもかかわらず、受け止められた。
人殺しをしなかったことに安堵しつつも、自分の剣は歴史上の一流の剣士には通用しないのではないか、と少し不安にも感じている。
再び不安そうな表情を浮かべた二人に伊東が声をかけようとしたその時、ただならぬ殺気が四人を包み込んだ。

「女二人に優男二人か。このような場所で呑気なことだ。」

人の道と剣の道(後編)

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最終更新:2010年07月26日 22:42