「
オボロ、先に行ってくれ。坂本さん達を頼む!」
「……わかった」
オボロは喉まで出かかった反論の言葉を呑み込み、服部に頷く。
神谷薫によって仲間の危機を知らされ救援に向かっていた二人は、途中で
東郷重位がその薫らしき者を斬っている場面に出くわした。
どうして後に残して来た筈の薫がここにいるのか、重位が薫を斬ったのは何故か。
それはわからないが、オボロ達を認めるや否や殺気を放って来た重位が危険な剣士である事は二人にも一目瞭然。
本来ならば、仲間が危機に曝されているのだから、重位の事は後に回して一刻も早く救援に向かうのが正解だろう。
しかし、一度足を止め対峙する状況を作ってしまった以上、二人揃って背を向けて離脱するのは簡単ではない。
下手をすると追い掛けられ、ただでさえ苦戦しているであろう龍馬達の所へ新たな敵を連れて行く事になる。
ここは、一人がこの場に残って重位を留め、もう一人が仲間の救援に向かうというのが堅実な方策。
服部の心情としては自分が龍馬達を助けに向かいたいところだが、相手は明らかに示現流の、それも相当の遣い手だ。
オボロの腕を信用しない訳ではないが、示現流初見であれ程の達人と戦うのは危険が大きいだろう。
だから、服部は龍馬達を救うという肝心な役目をオボロに譲り、自身は重位と闘う事にした。
その苦渋の決断を、オボロも服部の声音から読み取り、跳躍して重位を迂回し、東へ向かって駆け去る。
重位は一瞬だけオボロを見遣るが、目の前の敵を捨て置く危険を思ってか、この場は見逃す。
示現流の太刀筋を見られた以上、オボロも優先的に倒すべき相手ではあるが、どうも彼等は仲間を助けに向かう途中であるらしい。
全力で駆けていた所を見ると目的地はさして遠くないようだし、近場で戦闘の気配や血の匂いを辿れば後で発見する事も可能だろう。
まずは目の前の服部を片付ける事を決めた重位は、決死の面持ちで剣を構える服部に蜻蛉の構えからの一撃を放った。
【ほノ参/城の前/一日目/午後】
【オボロ@うたわれるもの】
【状態】:左手に刀傷(治療済み)、顔を覆うホッカムリ
【装備】:打刀、オボロの刀@うたわれるもの
【所持品】:支給品一式
【思考】基本:男(宗矩)たちを討って、ハクオロの元に帰る。試合には乗らない
一:龍馬達の救援に向かう。
二:
トウカを探し出す。
三:頬被りスタイルに不満
※ゲーム版からの参戦。
※クンネカムン戦・クーヤとの対決の直後からの参戦です。
※会場が未知の異国で、ハクオロの過去と関係があるのではと考えています。
「示現流と勝負する際には初太刀を外せ」
新選組を抜け敵対するに到った服部だが、それでもそこで近藤等から学んだ剣の心得までも捨て去った訳ではない。
加えて、示現流の初太刀を真っ向から受け止める剣呑さは実体験でも理解している。
だから服部ははじめから重位の初撃を外すつもりだったし、その意味では服部の思惑通りに進んだと言えるのだが……
重位の剣先に掠られた服部の着物の袂がはらりと裂ける。
それだけ服部が紙一重で重位の剣を躱したという事だが、それは回避後の反撃を考えてすれすれで避けた結果、ではない。
むしろ今回、服部は重位が一撃を放つ際に発した気迫に押され、必要以上に早く大きく下がってしまった。
にもかかわらず紙一重だったのは、重位の剣速が服部の予想を超えて速かった事によるもの。
示現流の剣士の中では服部の知る限り最強であった人斬り半次郎をも数段上回るのではないだろうか。
少し前の服部ならば、巨大な気迫に気圧されるどころか反発して後退を小さくしようとし、雲耀の剣の餌食となっていたかもしれない。
上泉伊勢守に植え付けられた慎重さのお蔭で生きて重位の凄まじい剣腕を知る事が出来た服部。
彼は、初めよりも慎重に剣を構え、重位の気迫を受け流し、続く一撃を再び大きく間合いを開く事で躱した。
重位の気合いが辺りに響き、大地がその雲耀の剣に切り割られる。
だが、その剣は肝心の
服部武雄には届かない。
雲耀の剣自体を見切られている訳ではなく、服部が見据えているのは重位の足と体さばき。
如何に速く強烈でも、重位の剣に間合いの外の敵を斬る技はなく、間合いへの踏み込みを見切って外せば斬られずに済む。
無論、重位程の達人ともなればその踏み込みの速度も毫、即ち並の剣客の最高の一撃の百倍程の速さには達しているだろう。
しかし、さすがに踏み込む身体全体の速度は雲耀には届かず、ならば一流の剣客には見切るのは難しくないのだ。
そして、見切った後に反撃を加える事も、示現流の太刀筋を既にかなりの程度まで見知っている服部になら不可能ではない。
蜻蛉の構えから渾身の一撃、躱された刀をすぐさま逆蜻蛉に構えて第二撃、更に続いて蜻蛉からの三撃目。
必殺の連撃を繰り出す重位だが、それすらも服部に避けられ、代わりにその胸元は裂け、三筋の刀痕が刻まれていた。
一つ目は一撃目を躱された時に付けられた、皮膚を僅かに掠られただけの、傷と言うにも値しない程度の引っ掻き跡。
だが次の、第二撃を避けられた際に付けられた傷からは微かに血が滲み、最後の三つ目の傷からは血が流れ落ちる。
三つの傷の差は、服部が徐々に重位の剣の癖を読み取り、適応しつつある証。
このままでは遠からず致命傷を受ける事になるだろう。
だが、ならばどうするか。
服部は徹底して重位の剣速を無意味化する戦術を墨守し、一撃を凌がれた後の示現流の攻め手を熟知して裏を取って来る。
単に剣速を上げるだけでは打破できないのは明らかだが……
迷いの中に落ち込みそうになる重位だが、危機に委縮して動きを止めるのは示現流の正道ではない。
正面突破で事態を打開せんと、気迫を高めて大きく跳躍して一撃を放……とうとした瞬間、重位は異変に気が付いた。
踏み込みが甘い……重位は、渾身の一撃を放とうとして、己の動きのその異常に気が付いた。
といっても、負傷や疲労の影響が出た訳ではない。
戦いの中で生じた迷いを払いきれないままに一撃を放った為に、心技体が揃わず不完全な一撃になってしまったのだ。
渾身の一撃を繰り出してすら往なされる状況で、十分な踏み込みに支えられない一撃を放ったところで通用する筈もない。
そこで、重位は腕に力を込め、振り下ろした剣を大地に届く直前で止め、そのまま力を解放し、一歩踏み込みつつ切り上げる。
当然、振り切ってから構え直しての一撃よりも連撃の間が大幅に縮まり、一撃目を躱して反撃に出ようとする敵には回避不能。
その筈だったのだが……
服部は一撃目を外した直後に高く跳躍して二撃目を躱し、頭上から重位に斬り付ける。
重位の切り返しが見抜かれたのは、やはり踏み込みの甘さと剣を止めようとした事に起因する剣速の差。
無論、重位程の剣客の一撃なのだから、不完全であっても十分に雲耀と言えるだけの速度は持っていた。
だがそれでも、今回の重位の第一撃、その剣の影を、服部は微かに目で捉える事が出来たのだ。
以前ならば、これを重位の剣速に目が慣れて来たからとか、または重位の失策のせいにして、好機と見て攻勢を掛けたかもしれない。
だが、今の服部はまず罠の可能性を考える。
咄嗟に反撃に転じかけた身体を抑え、上に跳躍する事で服部は重位の第二撃を事前に無効化し、それから返しの一撃を放った。
浅く切られた重位の頭部から血が飛沫く。
もしも、服部が手にした雷切が刃渡り二尺の脇差でなければ、重位の命はなかっただろう。
窮余の一策をもあっさりと破られ、負傷した重位。
だが、血を拭ったその顔には、はっきりと笑みが浮かんでいた。
「未熟……実に未熟」
重位は自嘲する。
近年、重位の心の内には一つの、彼にとっては有り得ない、許されざる疑問が芽生え、育ち、抑えきれなくなりつつあった。
己の剣は既に師の善吉を越えているのではないかという疑問である。
無論、通常ならば弟子がいずれ師を超えるというのは決して珍しい事ではなく、むしろ弟子の義務とすら言えるかもしれない。
そもそも師は己の修練・経験を基に、より洗練された修行法を編み出して弟子に課すのが普通であり、
ならば師弟の才や熱意に大幅な差があったり、師に教授者として問題があったりしなければ、弟子がいずれ師を超えるのはむしろ当然。
善吉は己が苦難の末に会得した奥義を誠実に適切に伝授し、重位もそれに足るだけの才と熱意を持つ剣士であった。
だから重位の剣が師を凌ぐ日が来ても怪しむには足りないのだが、重位にとって善吉は超えられるような存在ではないのだ。
訪ねた日に雲耀の太刀を見せられた時の圧倒的な衝撃、その指導の通りに修行をした事による驚異的な進歩。
重位の中の善吉は一種の偶像であり、究極の剣の具現化とでも言うべき存在になっている。
薩摩の御流儀となった示現流の総帥として君臨する今ですら、善吉の教えに付け加えるべき事は何も無いと公言する程に。
頑固な薩摩隼人が一度入門したタイ捨流を捨て、また同輩や主にもそうさせるにはそれくらい堅固な偶像が必要だったとも言えるか。
だが、善吉の後を追っていた頃ならともかく、追い付き、更に先の境地に届き得るだけの力を身に付けた今、過度の崇拝はむしろ邪魔。
善吉を剣の極みとする思い込みが、重位の剣が記憶の中にある善吉の剣速を上回る事を忌避し、妨げている面があった。
しかし、今回の、雲耀の太刀を信じ切れずに奇策を弄し、あっさり見破られた有様は、そんな危惧を吹き飛ばすに十分な失態。
この程度の苦境で惑う自分が善吉を超えている筈もなく、今迄そう思えたのも未熟さからくる幻想。
ならば、未熟者らしく余計な遠慮など捨て、ただ愚直に真っ向から渾身の剣を振るうのみ。
重位はそう思う事が出来たのだ。
再び剣を蜻蛉に構え、服部に突進する重位。
服部は慎重にその動きを見切り、重位が間合いに達した瞬間に外すが、案に相違して、重位は剣を振り下ろさず、更に前に跳ぶ。
咄嗟に服部も後に跳躍して間合いを保つが、前進する重位と後退する服部では、脚力の差を抜きにしても速度が違う。
二人の間合いは近付いて行き、服部は重位がぎりぎりの間合いまで近付いてから雲耀の太刀を放つつもりだと悟った。
無論、ぎりぎりまでと言っても、服部が剣を正眼に構えている為に、重位が近付ける距離には限度がある。
それでも、二人の剣の長さの差を考えれば、重位が雲耀の太刀を発動させる前に間合いを広げきれない距離まで近付くのは可能なのだ。
間合いを保ち続ける事も、間合いの内で放たれた雲耀の太刀を見切る事も出来ない以上、服部としてはその前に攻勢に転じるしかない。
しかし、不用意に反撃に出ようとすれば、あっさりと察知されて先の先を取られる事は必定。
どうすれば気付かれずに反撃できるか……重位の様子を見極めようとした服部は、その眼光が徐々に薄れつつあるのに気付いた。
これはつまり、重位の意識が視覚から離れつつある事を意味する。
確かに、頭に傷を負い出血した状況ではいつ血によって塞がれるかわからない目に頼るのは危険だろう。
だが、視覚に頼っていないなら、重位はどうやって服部の動きや間合いを測っているのか。
気配で探るにしても、元々盲目でもなし、そこまで精密に、しかも自身が強烈な気迫を発している中で気を感じるのは難しい筈。
聴覚に頼るには音の伝搬速度は遅すぎるし、嗅覚は頭部からの流血で妨げられ得る点では視覚とそう変わらない。
となると、残るは触覚。
ぎりぎりまで間合いを詰め、正眼に構えた服部の剣尖が身体に触れた瞬間、雲耀の太刀を繰り出そうというところか。
確かに其処まで近付いて攻撃されれば避けるのは至難だが、その意図があらかじめわかっていれば対応法はある。
服部は鍔で隠しながら剣の握りを変え、袖の中で腕をそっと撓ませて行く。
この程度の偽装でも、感覚の中心を視覚から触覚に移しつつある重位にはまず見破られない筈。
相手に悟られぬ内に正眼から突きの構えに移行した服部は、間合いが近付き切っ先が重位の胸に届く寸前、必殺の突きを繰り出した。
重位は剣が体表に届いた瞬間に雲耀の太刀を放つだろうが、相手に致命傷を与えるまでに進むべき距離が圧倒的に違う。
慎重に敵の意図を見極める事で優位を得た服部は、それを勝利に結び付けるべく、剣を突き出す。
二つの気合いが迸り、一瞬の後、重位の太刀によって剣と身体を両断された服部の骸が血を噴き出しつつ倒れる。
対する重位の方は、胸部の皮膚が微かに抉られているだけで、出血すらしていなかった。
前述の服部の読みに間違いはない。
伊勢守に刻まれた迷いを自分なりに消化し昇華して、あのまま行けば、遠からず服部は剣客として一段上の境地に達していただろう。
それを無にしたのは重位の剣の圧倒的な、絶対的な、不条理なまでの速さ。
善吉への敬慕故に重位は「雲耀の更に上の段階」の名を設けなかったが、実際に彼の剣速は他の示現流皆伝者とすら一線を画す。
服部の剣が重位に接した状態から皮膚を貫くよりも早く、重位の剣が蜻蛉の構えから振り下ろされ服部を両断したのだ。
我武者羅に闘うばかりではなく一歩引いて観察する事を覚え、示現流東郷重位を相手に圧倒的に有利な状況を作ってみせた服部武雄。
だが、その進歩も工夫も、重位の余りに隔絶した速度の前に、空しく潰え去った。
最速の剣こそが最強であり小技も策略もその前では無力だという、示現流の、善吉の理念はやはり正しいのか。
少なくとも重位はそれを信じ、証明しようと生ある限り剣を振るい続けるであろう。
【服部武雄@史実 死亡】
【残り三十一名】
【東郷重位@史実】
【状態】:健康、『満』の心
【装備】:村雨丸@八犬伝、居合い刀(銘は不明)
【所持品】:なし
【思考】:この兵法勝負で優勝し、薩摩の武威を示す
1:次の相手を斬る。
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最終更新:2015年12月29日 12:51