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崩壊して行く島の中央部、城下の一角で静かに木刀を削る宮本武蔵
町中にあった木の枝を太刀で削っているとは思えない程の滑らかな木刀が出来上がって行く。
「待たせたな」
短時間で工程を終え、満足の行く一本が出来たのを確認した武蔵は、傍の物陰に声を掛ける。
「いやあ、急かしてしまったようで申し訳ありませんね」
物陰から現れて剣を抜く若者……沖田総司
惚けた事を言っているが、相手が年に似合わず相当の修羅場を潜って来た事は武蔵には既に明らか。
木を削っている武蔵を発見しながら、沖田は斬り掛かろうとする素振りも見せずにただ出来上がりを待っていた。
下手に奇襲を仕掛けるよりも、己の存在で気を散らす事で木刀製作を妨げ気力を費やさせる方が得策と踏んだのだろう。
加えて、武蔵の作る木刀や木を削る手付きを観察すれば、どんな技を使うのか、ある程度まで推察する事も出来る。
悪くはない判断だ……相手は宮本武蔵でなければ。
木刀を右手に掲げた武蔵は、それではなく左手の太刀で斬り付け、更に木刀を離して抜き打ちで沖田を狙う。
素早く躱して武蔵の左側面に回り込んだ沖田は、己が早くも武蔵の罠に嵌った事を悟った。
足元の地面に微かな凹みがあり、その為にこの地点で斬り合えば踏ん張りが完全には利かなくなる事が感触からわかったのだ。
沖田がこの位置に回り込んだのは自身で選択したつもりだったが、真実はそうではない。
武蔵が二刀で攻めて来る以上、太刀を剣で受け止める選択はし辛く、ひとまず回避に回るのが順当な判断。
避ける先が右か左か、後退するか、初見の相手の動きを読み切るのは、通常ならば容易ではない事。
しかし、木刀を削っている間、武蔵は沖田に己の手付きを観察させると同時に、沖田の気配からその心を探っていた。
よく自制してはいたが、沖田の気配の奥に隠された、強敵との闘いを待ち焦がれる感情を、武蔵は戦う前に察知していたのだ。
その欲求を存分に焦らしてから闘い始めた以上、沖田が初手から後退のような消極的な戦法を採らない事は予測できる事。
加えて、武蔵の右側面では、手放したばかりの木刀が落下している最中。
木刀に何らかの細工が施されている可能性を除外していない以上、そちらに回れば木刀が落ちるまで様子見に回るしかない。
散々待たされて漸く始まった闘いで、沖田がその数瞬を待つ道を選ぶ筈もなく、故に武蔵の左側に回ったのは必然。
凹みを触覚で感知してやっと、沖田も己が武蔵に誘導されていた事に気付く。
この場に留まって撃ち合えば敗北は必至、かと言って後退しようにも、背後は大木に塞がれているのだ。
状況的に選択肢は一つ……それすらも武蔵に読まれていると悟りながら、沖田は凹みを足掛かりに前方へ突進した。

沖田の突撃は、自身で気付いていたように武蔵の計算内であり、しかも構えを見た時点でそれが多段突きである事も武蔵は見切る。
二刀で待ち構える武蔵に連続攻撃で対抗する戦術は間違いではない……相手が宮本武蔵でなければ。
沖田の微かな所作から、武蔵はその突きが素早く引き戻す事を前提とした技である事を見抜く。
連撃の第一撃という意識で放てば、どうしても渾身の一撃程の勢いを乗せるのは難しい。
その隙を衝いて渾身の力で叩き付けた武蔵の右太刀は、予想を大きく上回る突きの威力に、激しく跳ね返された。
しかも、武蔵の一撃を弾いたのは、沖田の三段突きの内、三段目。
全ては、天才という言葉ですら既に表しきれない程に増大した沖田の才によるもの。
気配の探り合いで武蔵が沖田の好戦的な性格を読み取ったのと同時に、沖田も武蔵の技をかなりの程度まで探り当てていたのだ。
その中で時空を折り曲げ連撃を同時に繰り出す要諦を掴んだ沖田は、三段突きでそれを再現してみせた。
生前の小次郎に兵法勝負の経験が無く己が技を対戦者から隠す工夫を持たなかったとはいえ、短時間でここまで盗むのは恐るべき素質。
そして、読み取った燕返しと己の三段突きの相性の良さまでも事前に悟った上での、追い込まれた状況からの突撃。
異なる軌道の攻撃を同時に放ち逃げ道をなくす燕返しに対し、三段突きは全く同じ軌道の突きを連続して放つ技。
同じ突きが三重に放たれれば密度も三倍に増し、相手が受けや迎撃に出た場合は有効だが、今の沖田の三段突きは更にその上を行く。
突きを放つ毎により適した軌道と動きを学習し、速度と鋭さを増して行くのが沖田の三段突き。
三つの突きが同時に放たれ、後の突きほど速くなるのであれば、当然、初めに相手に到達するのは三段目の突きとなる。
武蔵には相手の構えや手の内を見て突きの威力を精確に見切るだけの眼力があるが、それで見抜けるのは一段目の突きの威力。
其処へ一段目より遥かに鋭さを増した三段目の突きが襲った為、予測を超える剣勢に、さしもの武蔵も後れをとったのだ。

咄嗟に弾かれた太刀を手放して体勢の崩れを最小限に収める武蔵だが、沖田の三段突きはまだ二段残っている。
残った剣を叩き付けて抑え込もうとする武蔵だが、またも沖田の、今度は二段目の突きにより弾かれた。
今回は突きそのものの威力や鋭さを見誤った訳ではない。
二段目の突きは三段目に比べれば速度も勢いも劣っていたし、武蔵の一撃にはそれを十二分に相殺できるだけの力が籠もっていた。
だが、互いの剣が接触した瞬間、沖田が微かに刃を翻し、武蔵の力の相当部分を巧妙に逸らせた上で刀を弾いたのだ。
技量自体で沖田が優っていた訳ではないが、それでも武蔵に打ち勝った要因は、論理的推測を超えた進歩。
沖田が三段目の突きで武蔵と打ち合った瞬間にその手の内を学び、それを二度目の打ち合いに活かしたというのが事の真相。
突きの精度に関しては一段目の経験を二、三段目に活かし、撃ち合いでは三段目で学習した成果により二段目の精度を高める。
元々の燕返しからして時空の理を破っていたとはいえ、ここまで行くとは明らかに因果律を都合良く捻じ曲げ過ぎ。
剣士でしかない沖田には、物理法則を破壊する事はできても思うとおりに改変する事など出来る筈もないのに。
古来より突出した才は天に愛されるというが、世の理までもが己の本分を捨てて沖田を贔屓しているのであろうか。

一刀を捨て残る一刀も大きく弾かれた武蔵に迫る最後の、即ち一段目の突き。
だが、武蔵があっさりと一刀を捨てたのは、この展開も低い確率としてだが計算に入れていたからこそ。
戦闘開始時に手放され未だ落下中の木刀を掴むと、武蔵は沖田の突きを迎撃する。
両者の得物が激突し、今度は沖田が身体ごと弾き飛ばされ、後方の木に衝突。
今までの二合で武蔵の手筋を学んだ沖田ならば、真剣同士の打ち合いならばそうそう後れを取る事は無かっただろう。
だが武蔵にとって木刀は真剣とは全く質の異なる武器。
木刀を撓ませて沖田の突きを受け止めると、弾力を利用して投げ飛ばしたのだ。

障害を背に負って動きが制限された沖田に、武蔵は必中の燕返しで追い討ち。
逃げられない位置で回避不能の攻撃を受けた沖田は瞬時にそれを悟り決死の覚悟で反撃に出る……ここまでは完全に武蔵の読み通り。

「何!?」
それでも武蔵が驚愕したのは、燕返しに対して沖田もまた燕返しで対抗して来た為。
尤も、沖田の燕返しは武蔵と融合した元サーヴァントの技とは異なる、島で刃を交えた真の佐々木小次郎の燕返し。
二つの燕返しは表面上、回避不能の連撃という以外には全く異なる技のように見えるが、本質的にはひどく似ている。
だからこそ、聖杯戦争において名も無き剣使いが佐々木小次郎の名を冠されて召喚されたのだ。
故に沖田は武蔵の燕返しを見て即座に次元屈曲の理を学び、自身の燕返しに応用して繰り出す事が出来た。
二つの燕返しは同時に三つの剣撃を放つ点では同じだが、その種類には幾らかの差異がある。
沖田の燕返しは、斬り下げ・斬り上げ・横薙ぎにより瞬時に三羽の燕を斬り捨てる為の技。
対して、武蔵の燕返しは、楯・横・円弧の軌跡の剣を同時に放つ事で燕の逃げ道を完全に塞ぐもの。
身を小さくして突進する沖田に対して円弧の剣は当たらず、結果、武蔵は沖田の三太刀を二太刀で迎え撃つ。
だが、二人の剣が衝突した後、前回と同じく沖田の方が吹き飛ばされ、背後の木に強かに背を打ち付ける。
優劣を分けたのは、これも前回と同様に武蔵の得物が木刀であった事。
軽さや柔軟に撓む事に加えて、生体から切り出されたものである事は木刀の重要な特性。
特に武蔵の木刀は、決闘の直前に削り出されたものである為に、その組織は未だ生きていた。
生体である故に木刀は持ち手の気をよく伝える。
円弧の太刀の中を通った沖田は、武蔵の気迫を全身に浴び、消耗した状態で武蔵と撃ち合う事を強いられたのだ。
こうして再び跳ね飛ばされた沖田だが、深刻なのは体よりも気力の消耗。
元々沖田は持久力より瞬発力に偏った剣士だし、木刀を構えた武蔵は対峙しているだけで獣の如き気迫で沖田の精神を削って行く。
この辺りで勝負を賭けなければ万に一つも勝ち目はなくなると、沖田は悟っていた。
無論、沖田のこの思考も武蔵の読みの内……いや、沖田が一撃勝負に出るよう武蔵が追い込んだと言うべきか。

残った気力を奮い起こし突進突きを繰り出す沖田に対し、武蔵は上段からの切り落としで迎撃。
だが、同時に動き始めたのにも拘らず、沖田の方が圧倒的に速く武蔵の間近まで到達。
沖田が突きにより、己と武蔵の間の空間、或いは武蔵に届くまでの時間そのものを消し去り、瞬時に突きを届かせたのだ。
しかし、先手を取ったかに見えた沖田の剣尖が、武蔵を捉える直前に鈍り、木刀によって勢いを逸らされる。
沖田の突きを破ったのは、またも武蔵の凄まじい気迫。
相手の接近に機を合わせて一気に気迫を解放し気配を濃密にする事で、武蔵の互いの間合いを実際よりも近く錯覚させた。
万全の状態ならともかく、気力が損耗した沖田には、土壇場までこの詐術を見破る術はなかったのだ。
間合いを読み違え切っ先が鈍ってしまえば、如何に突きの動きが速く巧みだろうと、幾段の突きを重ねようとも無意味。
必勝の体勢から武蔵はとどめの一撃を繰り出し……
一瞬の後、胴を両断された武蔵の屍が倒れる。

沖田の片手平突きは外されれば終わりの特攻戦術ではなく、躱されても即座に横薙ぎに転じる二段構えの技。
加えて、柳生流の秘奥をも体得した今の沖田ならば拍子の転調も心の動揺もなく、突きの勢いを薙ぎに変換可能。
更に、武蔵により気力を極限まで削られた事により、沖田の場合は通常の剣士とは逆に、身体能力が向上している。
剣才に比べて頑健な身体に恵まれなかった沖田は、速度を全開より低く抑えていなければ、剣士として闘い続ける事は出来なかった。
その為に已む無く自らに課していた制限が、気力が尽きる事で取り払われ、常の限界を超える速度が発揮されたのだ。
尤も、これらの要素がすべて合わさったとしても、本来ならば必敗の形成を覆すにはまるで不足。
精々が、零であった勝率を万分の一か億分の一に上げられた程度だろうか。
故に、勝負の決め手になったのは主に武蔵の自滅。
武蔵は、己の必勝を悟った瞬間、沖田の才を惜しんだのだ。
武蔵の全力の剣で討たれれば、沖田はただ死ぬだけではなく、存在そのものが歴史の中から消滅する。
それにより、この天才が今まで身に付けた技、これから身に付ける筈の技まで全て失われる事を、武蔵は惜しいと思ってしまった。
哀惜と寂寥が武蔵の剣を毛一筋分だけ鈍らせ、為に億分の一の勝率が必勝となってしまったというのがこの勝負の結末。
ならば、勝利した沖田に笑顔がなかったのも当然だろう。
思えば、似たような事はこれまでに幾度もあったのだ。
実力では優る剣客が、沖田の圧倒的な才能と将来性に眼を眩まされ、本来の実力を発揮できぬままに敗れ去った事例は。
この御前試合のみに限定しても、沖田の才能に魅せられて本来の腕前を発揮しきらず自ら敗北した者がどれだけいた事か。
勝利よりも満足の行く闘いを求める沖田にとって、これでは才は呪いにも等しい。
しかも、この才が寿命とと引き換えに与えられた物であるらしい事を沖田自身はとうに悟っていたのだから。
沖田は武蔵に背を向けて歩き出す。
求めるのは、沖田の才に決して魅惑される事のないような剣士。
沖田と同等以上の天才剣士か、どんな天才でも決して辿り着けぬ境地に達した剣客。
既に残り僅かになっているだろうこの試合の参加者に沖田の求める剣客が果たして居るのか……
沖田には、居る事を、勝負できる事を信じて進む以外の選択肢はなかった。

【宮本武蔵@史実 死亡】
【残り三名】

【ほノ肆 城下町/一日目/真夜中】

【沖田総司@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】無限刃、新藤五郎国重@神州纐纈城
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ


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最終更新:2015年12月29日 15:12