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Identical sage 2010/07/08(木) 22:10:18 ID:bZeKyKXk
「やっべー!」
冬の名残がうっすらと残る歩道を全速力で駆け抜ける。
俺は春休みという長期休暇を利用して、週に5日ファミレスでバイトをしていた。
その開始時間が午後6時から。そして現在の時刻も午後6時。
完全に遅刻だ。
だが俺が焦っている理由は店長に怒鳴られるといった類のものではない。
もちろんそれもあるが、真の要因はそれではない。
「アイツ・・・ぜって~キレてるな・・・」
アイツと呼ぶ人間。俺にとっての心労の種。
山川二奈(にな)だ。
そして俺の名前は山川優二(ゆうじ)。
同じ学科で同じ年、名字も同じだ。挙句の果てには名前に『二』も入ってるところまで同じと来た。
でも特別不思議なことではない。
なぜなら俺達が双子の兄妹だからだ。顔だって同じに見えるくらい似ている。
そんな俺達の数少ない相違点が性格だ。
俺とは違い、あいつはいい加減な事が大嫌いだっだ。
小学校の頃、すでに人気者だった二奈はこれまたクラスの人気者だった男の子に告白された事がある。
しかし首を縦に振った事はなかった。
不思議に思い訊ねると、
「だってあの人、私の事全然知らない癖に好きだって言うんだよ?そんな人の事なんて好きになれるわけないじゃない」
本当に思春期の女の子か?と疑いたくなるような返事が返ってきた。
これだけならまだ良かった。自分だけだったなら。
けど二奈はこれを俺にまで強要してくるのだった。
それは数年前、顔が似ているにもかかわらず全くモテなかった俺が、中学生の時に初めて女の子から告白をされた日の夜に起きた。
「・・・え?今・・・なんて・・・?」
「ん?だから今日2組の由紀子ちゃんに告白されちゃってさ、正直どうしようか迷ってるんだよね」
「・・・迷う?特別好きでもない子なのに迷うの?」
「まぁかわいい子だったしな。それに付き合っていくうちに好きに―――」
「何考えてるのよ優二!かわいいからって好きでもない子と付き合うなんて最低だよ!」
「お、おい・・・」
「ダメ!そんなの絶対にダメだから!」
俺はこの時の二奈に完敗を喫し、人生初の彼女はお預けとなった。
二奈にとって双子の兄である俺もその対象に入るのだろう。
そんな彼女の事だ。遅刻した日には容赦のない叱咤を聞かされることになる。
多分仕事が終わってからも。
だからこそ一分一秒でも急がなくてはならない。
(あ!・・・・・・服、忘れてきた・・・・・・・・)
結局、ファミレスについた頃には7時を回っていた。
344 Identical sage 2010/07/08(木) 22:11:03 ID:bZeKyKXk
従業員専用の入り口を抜け店内に入る。
ざっと見たところそれほど忙しくはないようだった。
とりあえずほっとする。
だがそれはつかの間の安息だった。
「ちょっと!今頃来るなんて何考えてんのよ!」
声がした方向には仁王様―――曰く二奈が立っていた。
「あんたのせいで周りの人にどれだけの迷惑がかかってると思ってんの!?大体あんたはいっつも・・・」
仕事中だというのに例の説教が始まった。
確かに二奈の言う事は道理にかなっているのだが、時と場合を考えてほしい。
話半分で聞きながら視線を彷徨わせると、ふとあることに目がいった。。
「・・・なぁ、俺って今日は接客の方だったよな?なんで皿洗いのところに名前があるんだ?」
「訊いてるの!?・・・ったく、それはあんたが遅刻して接客が足りなくなったからでしょーが」
「そっか。ならもう来たんだから俺がやるよ」
ここでは基本的に接客のバイトが一番しんどい。
だからこそ率先して変わってあげると言ったにも拘らず、二奈はその申し出を断った。
「・・・いい。今日はウチが最後までやるから」
「え!?いつもなら『やった~!』とか言うくせに?」
「いいの!今日は接客をやりたい気分なの!」
その言葉を最後に二奈は持ち場へと戻って行ってしまった。
釈然としないまま、俺は更衣室に向かった。
皿を洗ってる最中、またしても二奈が俺のところにやって来た。
「何でちゃんと遅刻しないようにできないかな~?一応私と同じ血が流れているんでしょ?」
「あーもう、うっせーな!そんなこと言うためにいちいち来んなよ!」
ウザイことこの上ない。嫌な客でもいたのか?
「なによ~こんなかわいい女の子がしゃべりかけてあげてるのに何て言い草なの?」
「自分で自分の事をかわいいとか言うな!それに俺もおんなじ顔してんだぞ!」
「知ってるよ。本当に優二はイケメンだね~」
なんなんだ。ってか仕事しろよ。
「なぁ、仕事の方はいいのかよ?」
そう言った途端、二奈の表情が激変した。
「・・・あぁ・・・いいんじゃない・・・かな・・・?」
「『かな』?」
「あ、あははははは・・・!」
おかしい。真面目な二奈が仕事をさぼるなんてよっぽどの事に違いない。
ま、まさか・・・セクハラオヤジ!?
「何番のテーブルにいるんだ!俺が話し合ってくる!」
「だ、ダメだよ!いっちゃダメ!!」
いきり立った俺をそれ以上の気迫で二奈が引きとめてくる。
もしかしてヤバめな御方なの?
「・・・そ、そうだな!俺よりもまずは店長に報告だな!」
すまん、頼りない兄貴で本当にごめんなさい。
そして店長・・・ドンマイ。
「て、店長にも言わなくていいよ~!」
噂をすればなんとやら。
その店長がやってきた。
「いたいた!悪いんだけど優二君、今から1番テーブルに行ってくれないかな?」
345 Identical sage 2010/07/08(木) 22:11:53 ID:bZeKyKXk
店長は俺と二奈が仕事中にもかかわらず談笑していたことを気にも留めずにそう告げてきた。
その言葉に俺より先に二奈が反応する。
「だ、ダメです、絶対に!なんで優二をあそこに行かそうとするんですか!?」
店長に喰ってかかるその目には激しい情念が見え隠れしている。
「でもね~お客さんが是非優二君をって」
「ここはホストクラブじゃないんですよ!ただのファミレスにそんなシステムは通用しません!」
「で、でもお客さんが・・・」
店長と二奈の喧嘩(?)を尻目に
ホールを覗いてみる。
「え~っと、1番1番は・・・ん?んん!?」
そこには金髪眉無の若者が彼女らしき人物と座っていた。
店長の話だとあの客が俺を名指しで指名してきたらしい。
だがあんな奴、見覚えがまるでない。
とりあえず他のテーブルに行くふりをして脇を通る。
近くで見てもまるで分からない。
「おい、そこのお前。ちょっと注文いいか?」
だが近くに寄りすぎてしまったせいか、声をかけられた。
「は、ははははははい!」
「なんだよコイツ!俺にビビってやがるぜ!超ウケる~!」
「・・・ぐっ!」
マジでムカつく。超ムカつく。でもそれ以上に超恐い。
「あ、ははははは―――」
何かを叩いた音が聞こえた。それもとてつもない力で。
「・・・ねぇ・・・さっき言葉、誰に向かって言ったの?」
ヤンキーの彼女さんが机の上で拳を握ったまま呟いた。
顔は下を向いているせいで見ることはできなかったが、美人さんだと安易に予想がつく。
「誰に向かって言ったの?」
なんだろう?綺麗な女の人なのに、なぜかこのヤンキーよりも恐ろしく感じてしまう。
「お、おい・・・?」
ヤンキーもさすがにこの状況に気がついたらしい。
そこでようやく女性の顔が上がった。
その顔は美人の部類に入るための要素を全て兼ね備えていた。
「ねぇ、ヤンキー君。さっきからも言ってるけど、私はあなたの事が嫌いなの。日本語・・・分かるよね?」
水を一口含んだ後、満面の笑みでもう一度訊ねた。
「分かったなら・・・この後あなたがどうしなければいけないかも分かるよね?」
まるで優しい母親が子供を諭しているかのように。
ただ内容はこれっぽっちも慈愛に満ちていなかったが。
「す、すいませんでした!」
立ち去るヤンキーさん。
女性はその後ろ姿を見届けると、さっきまでとは別人のオーラを放ちながらこちらに目をやった。
「久しぶりね―――優二」
346 Identical sage 2010/07/08(木) 22:12:24 ID:bZeKyKXk
ヤンキーの彼女だと思われた女性。その正体は俺の2つ上の一葉(いちは)
姉さんだった。
「しばらく見ない内に大きくなって・・・なんだか優二が遠くに行ってしまったみたいでさびしいわ」
優雅な物腰に加えて透き通った美しい声。
ファミレスが高級フランス料理店に感じてしまう程の気品がそこにはあった。
「逆に姉さんの方はあまり変わってないね。昔のまんまだ」
「あら?それはどう解釈したらいいのかしら?」
「今も昔も美人だってこと」
「フフ、ありがと。でも褒めても何もでないわよ?」
こうして姉さんと向き合って話したのはどれくらいぶりだろう?
地元の大学に進学した姉ちゃんと違って、俺も二奈も県外の大学に進学したのだ。
だから今年のお正月以来・・・ん?そんなに久しぶりじゃなくね?
「・・・本当に・・・久しぶりね・・・」
「ところで何注文する?俺がおごるよ」
「ま、男らしい事言っちゃって。それじゃお言葉に甘えて・・・優二のオススメでもお願いしようかしら」
俺はこの時、完全にある事を忘れていた。
「そうだな~じゃあ―――」
「年増豚の丸焼なんていかがでしょう?」
突然後ろから声が聞こえた。
声からするに二奈のようだが、突然の風邪でもひいたのか声がものすごく低かった。
「当店の自慢なんですよ。いき遅れた哀れな豚をオーブンの中に閉じ込めてじわじわと焼き上げる。まさに姉さんにピッタリの料理です」
それを言うなら子豚の丸焼だろ?確かにコラーゲンたっぷりで美容に効果があるから姉さんにはぴったりだけどさ。
「それはおいしそうね。でもね?私は優二のオススメが食べたいの。悪いけどあなたのじゃないのよ」
そう言えば昔っから姉さんは俺の食べてるものを欲しがっていたよな。味覚が似ているのか?
「・・・優二、あんた今日は皿洗いでしょ?こんなところで油なんか売ってないでさっさと持ち場に戻りなさいよ」
二奈は俺を見向きもせずに淡々とそう告げた。
確かにお客1人に対して2人の接客は非効率すぎる。
それに俺は十分姉さんと話したけど、二奈はろくに話をしていないのだろう。
ここは花を持たせてやるか。
「分かったよ。それじゃあ姉さん、後で店長に俺のオススメを作ってもらうように言っておくから、ゆっくりしていってね」
そう言って帰ろうとしたが、
「待ちなさい」
できなかった。
「最初に私を接客したのは優二よね?なら最後まで勤めを果たすのがマナーってものじゃないかしら?」
「それはどこの高級レストランのマナーですか?ここはごく一般的のファミレスですよ?」
「そうだとしても、いきなりウェイターが変わるなんて、お客からしてみれば自分に何か非があったと思い、良い気分ではないわね」
「そうです。お客様に非があったからウェイターが変わるんです。分かっていられるならもうよろしいでしょうか?」
「全然よくないわ」
何だか怖い・・・
昔から姉さんと二奈は意見が合わないことが多かった。
よく行動を共にしているから仲が悪いという事はないと思うが、ときどきこうして言い合いを始める。
そして最後はいつも、
「それなら優二に決めてもらいましょう?」
「えぇ、異存はないわよ」
俺が被害者になる。
「え、えっと・・・」
347 Identical sage 2010/07/08(木) 22:13:10 ID:bZeKyKXk
「お~い、優二君電話だよ~!」
その時天の助けが現れた。
「わ、分かりました店長!そういうわけだから、ちょっと行ってくるね!」
憮然とした表情の二人に別れを告げ、奥に消える。
「た、助かりました店長!・・・それで誰からの電話ですか?」
「若い女の子からだよ」
「?」
とりあえず電話に出る。
「あ!兄ちゃん!?」
俺の事を兄ちゃんと呼ぶ女の子。山川家三女にして末っ子の三華(さんか)。現在18歳。
「あぁ俺だけど、どうかした?」
「今日のバイトって何時まで?」
「は?・・・10時までだけど」
「ふ~ん、ならその頃に行くね!」
「お、おいちょっとま―――」
プー、プー、プー
電話が切れた。
三華は超マイペースな人間で、時折周囲の人を混乱させるのだ。今みたいに。
「なんだって?」
「それが突然電話を切られて・・・なんだかこっちに来るみたいな事を言っていたんですが」
でもそのためだけにわざわざ電話をかけてきたのか?
それに直接会いに来ると言うからには、電話では言いにくいことがあるのか、はたまた何かを俺に見せたいのか?
「さすが優二君。モテモテだね~」
「はいはい、ありがとうございますね」
店長の贅語を軽くあしらった後で仕事に戻る。
ところで何か大事なことを忘れている気がしないでもないが・・・まぁ思い出せないものはしょうがない。
とにかく10時まで頑張ることにした。
仕事に集中してしばらくすると、またしても二奈がちょっかいをかけにやって来た。
「がんばってるね~。えらいえらい」
なぜかご機嫌の笑顔を振りまきながら仕事の邪魔をしてくる。
「・・・仕事しろよ」
「だってもうすぐ10時だよ?お客さんだって全然来ないじゃん」
二奈の言葉で時計を見る。短い針が10を指そうとしていた。
「やっべ!早く終わらせないと!」
「?・・・今日って何かあったっけ?」
二奈を軽く無視して、急いで皿を片づける。
その甲斐あってか、何とか10時には仕事を終えることができた。
ただその代償として二奈の機嫌が急降下してしまったが。
「帰ったら覚えときなさいよ・・・」
「はいはい覚えとき―――ん?」
その言葉を聞いて確信した。
やっぱり俺は何かを忘れている。それもとても重要なことを。
でも一体それは何だ?
三華が10時に来ることはちゃんと覚えてる。だから久しぶりに4人が揃うなって喜んでいたことも。
あれ?『4』人?
「っ!!・・・なぁ二奈・・・一つ訊いてもいいか?」
「何よ?」
「姉さんに・・・何でもいいから料理を持って行ってくれた・・・よな?」
「はぁ!?そんなもの持ってくわけないでしょ!」
その言葉を聞いた瞬間、家に帰りたくなった。
三華には悪いが、家に帰って布団に包まりたくなった。
348 Identical sage 2010/07/08(木) 22:14:52 ID:bZeKyKXk
「大変、申し訳ありませんでした。こ、心からお詫び申しあげます」
本当は家に帰りたかったが、そんなことをすれば俺の明日がなくなる。
苦渋の決断だった。
「・・・それで、優二のオススメはいつごろ持ってきてもらえるの?」
だが姉さんは俺の謝罪を聞き入れようともせずに、笑顔でそう返してきた。
怒られた方がまだマシだ。
「しょうがないんじゃない?優二にとって姉さんはそれだけの存在だったってことでしょ」
二奈が火にガソリンを注ぐ。
「・・・二奈ちゃんも随分と言うようになったわね~?いつからそんな自信がついたのかしら?」
「そうだね~、2年前からかな?この意味・・・分かる?」
「えぇ。でもそれって二奈ちゃんの単なる妄想なんじゃないの?」
「まさか」
何だろう、急にお腹が痛くなってきた。胃薬が飲みたい。
そうやって俺が原因不明の腹痛で苦しんでいるとき、入口の方に待ち望んでいた胃薬・・・ではなく三華の姿が見えた。
向こうもこっちに気付く。
「あぁ!兄ちゃんだー!」
三華はテニスで鍛えた俊足で俺に飛びついて来た。
「兄ちゃん!兄ちゃん!兄ちゃん!」
そのまま俺の胸に顔をうずめてくる。
確かに店長の言った通り俺はモテモテだ。ただし妹相手にだけど。
「兄ちゃんったら、なんで家に帰ってこないんだよ!ずっと待っていたのに!」
「あ、あぁ、すまん」
俺を抱きしめる手に力が込められる。
はっきり言ってかなり痛い。
三華は末っ子ながら、姉妹の中で一番の高身長を持ち、その力も並みの女の子を凌駕していた。
だからそろそろ離してほしい。
そして俺の願いが通じたのか、万力の力が緩まった。
「優二に何をしてるの?それにどうしてあなたがここに?」
どうやらいつの間にか三華の襟首を掴んでいた姉さんが原因だったらしい。
150cmにも満たない姉さんが170cm近くある三華を引っ張っている。
構図としては何とも奇怪だった。
「何すんだよ!姉ちゃんには関係ないだろ!?」
それでも三華はその手から逃れようともがいていたが、姉さんの手は一向に離れる気配がない。
「関係あるわ。だから早く言いなさい」
姉さんの目が座っている。
さっきから一言も発さない二奈も、なぜか真剣な目を三華に向けている。
「分かったよ!言えばいいんだろ!アタシは4月から兄ちゃんと同じ大学に通う事になったから!」
「「「・・・・・・・・・・え?」」」
三華の発言は予想だにしていないものだった。誰しもが口を大きく開けて驚いた。
「それで今日から兄ちゃんの部屋で一緒に暮らすんだ!そのためにここに来たんだ!」
ファミレスにいる客全員に宣言するかのごとく三華は叫んだ。
俺はいまだに反応できない。二奈も同じだった。
そんな中、やはり年の功とでも言うべきか、最初に反応できたのは姉さんだった。
「ふ~ん・・・まさかあなたもとは・・・ね・・・」
「どういう意味?」
姉さんがこっちに振り返る。そして―――
「私も院はこちらの大学に行く事にしたの。だからよろしくね?せ・ん・ぱ・い♪」
この時をもってして、俺の学生生活は大きく変化していくことになった。
最終更新:2010年07月12日 20:32