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三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:03:37 ID:GbsLJTLi
三つの鎖 27
まだ午前中というのに、日照りが容赦ない。
特に今の俺はフルフェイスのヘルメットをつけとる。日差しが熱うてしゃあない。
バイクで走っとる時はええ。風が気持ちええし。でも、今みたいに信号待ちの時は汗だくになる。
今日は一人でツーリング。バイクで遠出しようと思っとる。
気分転換しようと思ってや。最近、俺の周りでは気が滅入る事が多い。
親友の幸一も、その妹の梓ちゃんも、恋人の夏美ちゃんも、幼馴染の村田も様子がおかしい。
特に夏美ちゃんが可哀そうで仕方がない。父親を殺され未だ犯人は逮捕されていない。学校では教師が夏美ちゃんに悪意を持って接する。
あんなにいい子やのに、何であんなに辛い目にあわなあかんのやろ。
幸一も大変や。恋人の事に加え、警察に疑われとる。
昨日の警察とのやり取りは幸一に伝えとらへん。伝えてもしゃあない。変に警戒した行動をとると、余計に怪しまれるだけや。知らん方がええ。
そんな事を信号待ちで考えとると、歩道を見知った顔が歩いている。
長身の若い女の子。歩くたびに背中まである艶のある長い髪が揺れる。
俺はバイクのエンジンを切って降りた。
フルフェイスのヘルメットを外し、声をあげる。
「村田!」
村田は俺の方を見てニッコリ笑った。
「耕平君じゃない!今からどこか行くの?」
村田は俺の方に駆け寄ってきた。
薄手のワンピースに薄手のカーディガン。ワンピースの下はくるぶしに近い長さやけど、夏らしい薄手の生地のせいか涼しげに見える。スカートの裾から覗く可愛らしいサンダルと白い素足。
肌の露出が少ないけど、夏らしい涼しげな装い。
すごく綺麗で可愛い。
「耕平君?」
村田の声に俺は我に返った。
「ごめんごめん。暑うてぼんやりしとった」
「バイク乗ってるのに危ないよ」
くすくす笑う村田。その笑顔に頬が熱くなる。
「村田はどこ行くん?」
「隣町のショッピングセンター」
「買い物やったら荷物持ちで付き合おか?」
「ありがとう。でもいいよ」
村田はえへへと笑った。
輝くような幸せそうな笑顔。魅力あふれる笑顔に頬が熱くなると同時に寂しさを覚える。
きっと、村田にとって大切な人と行くんやろう。
胸が痛んだ。
「さよか。気いつけてな」
「耕平君もね。ばいばい」
村田は手を振って離れて行った。
後ろ姿が徐々に小さくなる。足取りが軽やかでウキウキしているのが見て分かる。
俺はかぶりを振って飲み物を取り出した。ペットボトルのウーロン茶。
喉を潤しため息をつく。ツーリングに行く気はとっくに失せていた。
どないしよう。ぼんやりしとると、聞き覚えのある声。
「耕平」
振り向くと、幸一がおった。
昨日とは少し違う、のんびりとした表情。
「ぼんやりしてどうしたの」
「バイクで遠出しようと思っとってんけど、何かやる気が出なくなってきた」
そうなんだと笑う幸一。
「僕、もう行くよ。また来週」
「じゃあな」
そう言って幸一は歩いて行った。
俺は眉をひそめた。
幸一の後ろ姿が徐々に小さくなる。その後ろを不審な人影が追跡している。
背の低い女の子。夏らしい薄手にチュニックにレギンス。微かに茶色のショートヘア。多分地毛。歳は高校生ぐらいか。
誰やあれ。見覚えがあるような無いような。
何で幸一をつけてるんや。
俺はバイクをロックし、その子に近づいた。
「ちょっとええ?」
俺の声を無視して幸一をつける女の子。いや、聞こえてへんのか?
545 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:05:07 ID:GbsLJTLi
「あー、ちょとええかな」
俺は女の子の肩をたたいた。
振り向く女の子。小さい。多分、夏美ちゃんや梓ちゃんと同じぐらい。
顔はまあまあ。俺の好みやないけど。
女の子は不審そうに俺を見上げた。
「ナンパなら後にしてください。忙しいので」
そう言って背を向けて歩き出す女の子。
「ちゃうちゃう。何で加原幸一をつけてるん?」
俺の言葉に女の子は再び振り返った。
「思い出しました。どこかで見た事あると思ったら、田中先輩ですね。加原先輩と同じクラスで親友って噂の」
「…俺も思い出したわ。自分、確か堀田美奈子ちゃんやろ?夏美ちゃんや梓ちゃんと同じクラスの」
道理で見た事がある気がするわけや。
気味悪そうに俺を見上げる美奈子ちゃん。
「何で私の名前を知っているのですか。やっぱり噂通り女たらしなんですね」
美奈子ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
いやさ、確かに女の子は好きやし、色々チェックしとるで。でも話した事ない子にいきなりこんな事言われたらやっぱショックや。
「まあいいです。それよりも見てください」
俺が何か言う前に道路の先を指差す美奈子ちゃん。えらいマイペースな子や。
美奈子ちゃんが指差したのは村田と幸一が歩いた先。
確か、隣町に行くバス停がある。
そこに村田と幸一がおった。
村田は楽しそうに幸一と腕を組んでいた。
幸せに溢れた嬉しそうな笑顔。
その光景に胸の奥底に微かな痛みが走る。
二人はやってきたバスに乗っていく。
「…村田と幸一がどうかしたん」
「何であの二人デートしているのですか。加原先輩って夏美と付き合ってるんじゃないですか」
言われてみればそうかもしれない。
「自分、知らへんのか?幸一と村田は幼馴染やねん」
「知ってます。加原先輩には自分の事をお姉ちゃんって言うちょっと変な人ですよね」
うおっ。この子きつい事言うな。
美奈子ちゃんを見ると平然としていた。きつい事を言った自覚がないみたい。
「幸一は誠実な奴や。浮気とかやないやろ。多分、どっちかが買い物に付き合って欲しいって言ったんやろ」
「知っています。加原先輩と言えば紳士的で誠実という事で一年生にまで有名です。でも、もし加原先輩が噂通りの人なら、夏美がいるのに他の女の子と二人で出掛けるなんて絶対にしませんよ」
言われてみればそうかもしれない。
いくら村田が幸一の幼馴染でも、夏美ちゃんがいるのに二人で出掛けるなんてあるんやろうか。
「しかも加原先輩、結構楽しそうでした」
「そうなん?」
「…田中先輩、村田先輩しか見ていないんですね」
呆れたように俺を見上げる美奈子ちゃん。
俺は慌てて話を逸らした。
「で、美奈子ちゃんは何で幸一をつけてたん?」
「初対面なのにちゃんづけですか。まあいいですけど。後で話します。とりあえず乗せてください」
そう言って美奈子ちゃんは俺のバイクの後部座席に座った。
予備のヘルメットを勝手に外し、かぶる。
「ちょいちょい。何やってるん」
「バスを追跡してください。わけは後で話します」
前を見ると、バスは発進したとこやった。
俺はため息をついてヘルメットをかぶりなおし、バイクのエンジンをかけた。
バイクの後部座席に座っている美奈子ちゃんのヘルメットの紐を調整する。しっかり固定せんと危ない。
「ヘルメットはブカブカやない?」
「大丈夫です」
「飛ばすからしっかりつかまっときや」
俺はサイドスタンドをあげた。
俺と美奈子ちゃんはショッピングセンター近くのバス停が見えるカフェで冷たい飲み物を飲んでいた。
バスとバイクなら当然バイクの方が速い。俺らは先回りしてあの二人が降りるのを待っていた。
「で、何で幸一をつけてたん?」
俺は美奈子ちゃんに尋ねた。まさかこの子、幸一のストーカーやないやろな。
美奈子ちゃんは行儀悪くアイスカフェオレをすすりながら口を開いた。
546 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:08:45 ID:GbsLJTLi
「歩いていたら、村田先輩とすれ違ったんです。次に加原先輩。もしかしたら待ち合わせしてどこかに行くのかと思いまして」
「二人が待ち合わせしてどっかに行くのに何でそんなに興味あるん?」
「田中先輩、知らないんですか?」
美奈子ちゃんは暗い顔で言った。
「夏美が大変なのは知っていますよね?」
「それなりに」
まさか昨日大変な現場にいたなんて言われへん。
「夏美、クラスでも孤立しています。しかも化学の中本とトラブルがあったらしいじゃないでか。詳しい内容は知りませんけど、どうせあの変態教師が変な事しようとしたんでしょう」
もう噂になっとるんか。
「私、本当に馬鹿な事をしました」
暗い顔でうつむく美奈子ちゃん。そう言えば、化学の中本に呼ばれているってのを夏美ちゃんに伝えたんは美奈子ちゃんや。
「気にせんとき。美奈子ちゃんは悪くないで」
いくら何でもあの変態教師がここまでするなんて予想つかへんやろ。
「最近の夏美、様子がおかしいんです。あれだけ明るくて元気な子なのに、最近は暗くて元気がないです。それにちょっと怖いです」
「怖いって?」
「…上手く言えませんけど、加原先輩にすごく依存しているような気がします。状況が大変なのは分かりますけど、普通じゃないです」
「ある程度はしゃあないと思うで」
親父が殺され、しかも犯人は捕まっていなくて、クラスでも孤立となれば幸一に頼るのも仕方がないやろ。
「で、心配になって幸一と村田をつけた訳かいな」
「そうです」
真剣な表情で頷く美奈子ちゃん。
この子、あんまり頭よくないみたいや。
つけて、幸一と村田が一緒に買い物してるんを知って、どないするつもりやねん。
二人に頼むんかいな。夏美ちゃんが心配するから、二人っきりになるのをやめてって。
あほらし。
美奈子ちゃんの心配している事は、あの三人の問題や。
誰かから相談されたならともかく、そうでもないのにこんな事するんはお節介を超えた干渉や。
「美奈子ちゃん。自分がやってるんは誰も望まへんお節介やで」
美奈子ちゃんは何も言わずに俯いた。
「そんな事をして誰が喜ぶねん。もしかしたらただの買い物かもしれへんやろ。それをつけてなんになるん。アホな事して幸一と夏美ちゃんの仲をかき回すんやったら、俺は止めるで」
「…分かっています。でも心配なんです」
美奈子ちゃんは顔をあげた。悲しそうな表情。
「最近、夏美が本当につらそうで見てられないです。夏美の心の支えは梓のお兄ちゃんだけです。それなのに夏美をほったらかしにして他の女の人と出かけるなんて、心配です。しかも村田先輩とです。夏美、余計に辛い思いをします」
あの噂か。夏美ちゃんを中傷する内容。
夏美ちゃんより村田の方が幸一に相応しいだとか、幸一は夏美ちゃんをうっとおしく思ってるとかいうあれかいな。
あほらし。
「幸一は噂にあるような男やないで。あいつは夏美ちゃんに首ったけや」
「でも、今は村田先輩と一緒にいますよ」
美奈子ちゃんが言い終わると同時にバスがバス停にやってきた。
バス停の窓から、幸一と村田が見えた。
「私、行きます」
千円札を机に置いて美奈子ちゃんは立ち上がった。
俺はため息をついて立ち上がった。
「俺も一緒に行くわ」
「何でですか?」
「勘違いせんといて。美奈子ちゃんのためやないで」
俺は美奈子ちゃんに千円札を返した。
「幸一と夏美ちゃんのためや。美奈子ちゃんが変な事せえへんか心配やねん。あの二人はただの買い物に来たって分かったら納得するやろ?どうせ夏美ちゃんに何か
プレゼントするんを村田にアドバイスもらってるだけやで」
びっくりしたように俺を見上げる美奈子ちゃん。
俺は歩き出した。手早く二人分の会計を済ませ、美奈子ちゃんに声をかける。
「行くで。二人を見失ってまう」
美奈子ちゃんはついてきた。とことこと子犬のように俺の後ろをついてくる。
「先輩」
「なんや」
「先輩っていい人ですね」
無邪気な笑顔を俺に向ける美奈子ちゃん。
俺はため息をついた。この子、単純すぎやろ。
ショッピングセンターの仲は人が多い。
家族連れ、友達グループと思わしき子供達、恋人らしき男女。
547 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:10:52 ID:GbsLJTLi
幸一と村田は、どう見ても恋人にしか見えない。
楽しそうに幸一の手を引き歩きまわる村田。
幸せそうな横顔。微かに染まった頬。眩しい笑顔。
村田の事は昔から知っとったけど、話すようになったのは高二になってからや。
その村田が、今までに見た事のない幸せそうな笑顔を見せている。。
その笑顔は、きっと好きな男にだけ見せる笑顔。
「先輩?」
美奈子ちゃんの声に我に帰る。
「大丈夫ですか?」
心配そうに俺を見上げる美奈子ちゃん。
「何がや?」
「先輩、顔色悪いですよ」
「別に。大丈夫やで」
俺は視線を逸らした。
窓に映る俺の顔。しけた顔をしとる。
「あの二人、何しに来たんでしょうね。うろうろしていますけど、何も買っていませんし」
楽しそうに幸一を連れまわす村田。
綺麗な横顔が、子供のようにはしゃいでいる。
何も言わない俺を不審そうに見上げる美奈子ちゃん。
「先輩。何でそんなに苦しそうな顔しているんですか」
「大丈夫や」
「もしかして、村田先輩の事好きなんですか?」
美奈子ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
村田の幸せそうな横顔。他の奴といる時は、絶対にしない嬉しそうな笑顔。
その笑顔を向けるんは、俺やない。
視界がにじむ。目頭が熱い。
「え?ええっ?せ、先輩?」
焦ったような美奈子ちゃんの声が、どこか遠い。
「ちょ、ちょっとちょっと!どうしたんですか?」
村田の姿が徐々に小さくなる。人ごみにまぎれて遠くに行く。
でも、その方がええ。
今の幸せそうな村田を見るのは、つらい。
「先輩!聞いていますか?」
俺は声の方を振り向いた。
「突然どうしたんですか?」
美奈子ちゃんはハンカチを片手に俺の顔を拭う。
「本当にどうしたのですか?何でいきなり泣き出すのですか?」
俺は驚いて頬に触れた。
手に触れる涙。自分が泣いていることにようやく気がつく。
「ああもう!とりあえずこっちに来てください!」
美奈子ちゃんは俺の手を引っ張って歩き出した。
村田の後ろ姿が見えなくなる。
もう、つらい光景を見なくてええ。
それなのに涙は止まらなかった。
俺はぼんやりと天井を見上げていた。
周りはそれほど人がいない。ショッピングセンターの端にある休憩所は、休日にもかかわらず寂れている。
堅そうなベンチが数個あるだけな殺風景な場所。自販機すらない。
美奈子ちゃんは俺をここに座らせた後、どこかに消えた。村田と幸一を追っているのかもしれない。
もう、どうでもええ。今日は、疲れた。
自分でも信じられへんぐらいショックやった。
村田の他には見せない幸せそうな笑顔を見るんが、本当につらかった。
そんな事を考えていると、頬にひんやりとした感触。
いや、ひんやりって言うか、ホンマに冷たい何かが押しあてられる。
「うおっ!?」
俺は思わず飛び上がった。
「きゃっ!?」
驚いたように尻もちをつく人影。
美奈子ちゃんは痛そうにお尻をさすっていた。
「も、もー!何するんですか!?」
548 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:12:07 ID:GbsLJTLi
ぷりぷりと怒る美奈子ちゃん。
「す、すまん」
俺は慌てて手を差し伸べた。美奈子ちゃんの手を握り、引き起こす。
びっくりするぐらい軽い美奈子ちゃん。
俺は美奈子ちゃんの足元にあるコーラとカフェオレの缶を拾った。
「はい」
差し出す二つの缶ジュースのうち、美奈子ちゃんはカフェオレだけ受け取った。
「そっちは私のおごりです。どうぞ」
そう言って美奈子ちゃんはベンチに腰をおろした。
「…ありがとう」
礼を言って俺も美奈子ちゃんの隣に座った。
微妙な距離。
「その、先輩」
「なんや」
「ごめんなさい」
美奈子ちゃんは申し訳なさそうに言った。
「私、マイペースで無神経な所があるんです。だから先輩が傷つく事言ってしまったみたいで、本当にすいません」
頭を下げる美奈子ちゃん。
「頭をあげて。俺は気にしてへんで」
美奈子ちゃんは頭をあげた。視線が合う。
…気まずい。
「それより、村田と幸一を追わなくてええん?」
「見たところ、二人が付き合っていないのは本当そうでした。梓のお兄ちゃん、村田先輩に腕を組まれて困っていましたし」
村田と幸一が腕を組んでいる光景が脳裏に浮かぶ。
きっと、村田は幸せそうに笑っていたのだろう。
視界がにじむ。
「え、ええっ、あっ、その、…ごめんなさい」
慌てたように俺の目元をハンカチでぬぐう美奈子ちゃん。
「あー、ええよ。気にせんといて」
俺は美奈子ちゃんの手をそっと遮った。美奈子ちゃんの手つきは結構乱暴で、ぶっちゃけ目が痛い。
泣きそうな顔で俺を見る美奈子ちゃん。さらに気まずい。
「あ、あの、先輩」
「なんや」
「先輩って、その、村田先輩の事好きだったんですか?」
何でこの場面でそれを聞くねん。
「その、もし先輩が村田先輩の事好きだったら、私、その、先輩にとんでもない事を手伝わせて」
美奈子ちゃんが必死に喋る。
言いたい事は大体分かる。
俺が村田の事を好きやのに、その村田が男とデートしているのをつけまわすのを手伝わせたと思っとるんやろう。
正直、これ以上聞かれたくない。
「気にせんといて。俺が勝手についてきただけや」
俺は美奈子ちゃんからもらったコーラのプルタブを開けた。
コーラが盛大に噴き出す。
噴き出したコーラは俺の顔と服を濡らした。
甘ったるいコーラの香りが鼻につく。
呆然と俺を見上げる美奈子ちゃん。
俺は思わず笑ってしまった。
あかん。何か泣きたくなってきた。
美奈子ちゃんは申し訳なさそうに俺の顔を拭く。
ひとしきり笑った後、俺は美奈子ちゃんに向き合った。
「ごめんなー。何か笑ってもうて」
心配そうに俺を見上げる美奈子ちゃん。
「あの、先輩」
やああって美奈子ちゃんは口を開いた。
「私でよければ、お話を聞きますよ」
正直言うで。俺は噴き出しそうになったわ。
こんだけ空気読めなくてマイペースで無神経な女の子に、こんな事言われたら、そら笑いそうになるやろ。
「ずっとため込んでいても、体に悪いですよ。私でよければ話してくれませんか」
自分やったらアカンやろ。そう言おうとして俺は止めた。
美奈子ちゃんの表情が真剣やったから。真剣に俺の事を心配していた。
549 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:13:12 ID:GbsLJTLi
この子は確かにマイペースで無神経や。でも、悪い子やない。
話してもええかなと思った。正直、これ以上ため込んでいるのは耐えられない気がした。
幸一や村田には話せない内容。ある意味、美奈子ちゃんはこの話を聞くのに相応しいのかもしれない。村田とも幸一とも俺とも何の関係もない彼女は、最も中立な立場やから。
「じゃあ聞いてくれる。俺の情けない話」
「はい。じゃんじゃん聞きます」
じゃんじゃん聞くんかい。
「俺は村田の事が好きやった」
びっくりしたように俺を見上げる美奈子ちゃん。
「いや、今でも好きや。今日、その事を嫌というほど思い知ったわ」
村田の幸せそうな眩しい笑顔。俺とおるときは絶対にしない表情が脳裏に浮かぶ。
「村田の事は小学生の時から知っとった。俺は幸一とは小学校からの付き合いや。柔道の教室も一緒やった。
せやけど、村田と話すようになったのは中学三年生の時からや。村田と一緒のクラスやなかったし、俺は幸一と村田が付き合っていると思ってたから、二人が一緒にいる時は遠慮して話しかけんかった」
あの二人はよく一緒にいた。それだけやなくて、村田はいつも幸一の手を引いていた。
俺だけやなくて、他の連中も二人は恋人同士やと思ってた。
「幸一はお調子者やった。せやけど、中二のある日を境に別人のように変わった。あれだけお調子者で柔道好きやったのに、退部した。理由を聞いても教えてくれへんかった。
あれだけ激変したらみんな戸惑う。それだけやなくて幸一は勉強をがんばる様になった。あれだけ赤点取ってたのにや。突然真面目くんになった幸一から友達は離れていった」
俺はため息をついた。あの変わりようは本当に驚いた。
何で変わったのかを幸一は話さなかった。それでも、おおよその察しはついとる。
妹の梓ちゃん関係。それ以外は分からないし、知ろうとも思わへん。
「離れていったんは俺もや。元々柔道が一番の接点やったから、柔道を止めた幸一と接点は無くなった。
俺と幸一は柔道部のライバルみたいな関係やった。幸一の方が上手やったけど、いつか勝ったるって思ってた。それだけに幸一の行動が分からんかった。
そんな幸一を心配するようになったのか、村田はちょくちょくクラスに来た。そんな村田を見て、気がついたら村田を好きになっていた。
俺は根性無しやから、村田に告白するなんてできへんかった。幸一に紹介して欲しいって頼むのもできへんかった。
村田は相変わらずちょくちょく教室に来た。幸一の事が心配やったんやろ。いきなりクラスで孤立したら、そら心配や。俺はそんな心配そうな村田を見るんがつらかった。せやから、幸一と友達付き合いを再開した」
俺は笑った。
「あほやろ?そんな理由で一方的に離れていった幸一ともう一回友達になってんで。別に幸一のためやない。村田のためですらない。自分のためや。好きな女の子に告白する勇気もない根性無しのおれが、村田にできる唯一の事やと思ってた。アホやろ」
美奈子ちゃんは痛ましそうに俺を見つめている。
「せやけど、幸一はええ奴や。できた男や。もともと仲良かったし、俺らは親友と言ってええ関係になった。今のクラスになって、村田と同じクラスになった。話す機会も増えた。
俺は村田の事を忘れようと色んな女の子と付き合ったわ。自分では村田に惚れてたんは過去の話やと思ってた。せやけど、やっぱしあかんかったみたいや。付き合う女の子にはすぐにふられるし」
きっと、俺と付き合っていた女の子も見抜いていたんやろう。俺が本気やないって。
「俺な、幸一より成績悪かってん。勉強せえって言う両親に嫌気がさしててん。アホな理由や。せやけど、真面目に勉強に励む幸一を見てると、何か悔しくなってん。俺は幸一に柔道で勝ち逃げされた。せやから、勉強ぐらいは勝ちたいって。
もしかしたら村田と仲がええのに対する嫉妬もあったかもしれへん。とにかく、幸一に勝ちたかった。せやから勉強した。今では幸一より成績がええぐらいや。大した差はないけど」
「…先輩は、つらくないのですか?」
美奈子ちゃんは心配そうに言った。
「好きな女の人が、ライバルと思っている男の人といて、つらく感じないのですか?」
胸に走る微かな痛み。
俺はどこかで知っていた。村田が、幸一に恋しているって。
村田は幸一の事を振るわ女の子を紹介するわで、幸一に恋しているとは思えない行動をとる。
それでも、村田は幸一に恋しているってどこかで分かっていた。
せやから村田に気持ちを伝えなかった。可能性が零って分かっていたから。
どれだけ可能性が低くても、零でないんなら挑戦する。
550 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:14:54 ID:GbsLJTLi
でも、俺は挑戦すらできんかった。いや、せんかった。
「別につらくは無かったで」
美奈子ちゃんは立ち上がった。俺の目の前に立ち、俺の顔を上から覗きこむ。
落ち着いた光を放つ綺麗な瞳。子供っぽくて空気を読めない普段の様子は無い。包容力のある女性の表情が俺の目の前にある。
「どないしたん?」
俺の質問に答えず、美奈子ちゃんは座っている俺を抱きしめた。
美奈子ちゃんの腕が俺の後頭部と背中に添えられる。
「ちょっ!何すんねん!」
慌てて立ち上がろうとする俺を美奈子ちゃんはそっと押さえた。
「つらい時はつらいって言えないと駄目です」
ちょ!この子何言ってんねん!
私でよければ話を聞くって言って、今度は俺を抱きしめて、訳が分からへん。
「つらくないはずないです。だって、村田先輩を見て泣いていたじゃないですか」
「別に何でもないわ」
嘘や。つらい。
めっちゃつらい。
好きな女の子が、俺以外の男に、幸せそうな笑顔を見せるのがつらい。
好きな女の子が、俺にその笑顔を見せてくれないのがつらい。
好きな女の子が、俺の事を好きになる可能性が零なのがつらい。
でも、そんな事、認められへん。
「つらくない」
俺の声は震えていた。
「嘘言わなくていいです」
美奈子ちゃんは優しく俺を抱きしめた。まるで子供をあやすように俺の頭を撫でる。
温かくて柔らかい感触に涙が出そうになる。
「つらいんでしょう?」
「…うっさいわ」
視界がにじむ。涙がこぼれる。
今日は泣いてばかりや。
「つらくなんか、ない」
俺の声は嫌になるぐらい震えていた。
自分で認めているようなもんや。
つらいって。
「村田先輩が他の男の人と腕を組んでいてもですか?」
脳裏に村田が幸一と腕を組んでいる姿が浮かぶ。
幸せそうに笑う村田の笑顔も。
「もうやめてえな!!」
俺はたまらず叫んでいた。
胸が、痛い。
「つらいに決まっとるやろ!!惚れた女が他の男と幸せそうにしているねんで!!俺はアホな男や!!女が幸せやったらそれでええなんて格好ええ事思われへん!!」
美奈子ちゃんがあやすように俺の背中を撫でる。
「自分の気持ちを伝えたら、村田が断るのを分かっとる!!それが分かっていて玉砕する勇気もないんや!!」
惨めな自分。
せめて玉砕すれば、村田にふられたら、こんな惨めな気持から解放されるのに、その勇気もない。
涙がとめどなく溢れ頬を伝う。
気がつけば俺は美奈子ちゃんの背中に腕をまわして抱きしめていた。
美奈子ちゃんは俺の背中をあやすように撫でてくれた。
温かくて柔らかい感触に、気持ちが落ち着いてくる。
「…ありがとう。もう大丈夫や」
俺は美奈子ちゃんの腕をすり抜けて立ち上がった。
自前のハンカチで涙をぬぐう。
「…何か少しすっきりしたわ」
これだけ大泣きしたからか、少し気持ちが落ち着いた。
自分でも信じられへんぐらい穏やかな気持ち。
「よかったです」
そう言って美奈子ちゃんは俺の頭を撫でた。
「いや、もう大丈夫やで。ありがとう」
正直、年下の女の子に頭を撫でられるんは恥ずかしい。
「遠慮しなくてもいいですよ。弟や妹もいつもそう言いますけど、頭を撫でられると嬉しそうですし」
「余計に遠慮するわ!」
551 三つの鎖 27 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2010/09/04(土) 23:17:45 ID:GbsLJTLi
俺は慌てて離れた。この子、俺の事を年下と勘違いしてるんちゃうんか。
そんな俺を見て、美奈子ちゃんはにっこりと笑った。
「元気が出たみたいでよかったです」
俺はため息をついた。
何か、今日は本当に疲れた。
俺は何で隣町のショッピングセンターまで来て初対面のこの子の前で大泣きしてもうたんやろ。
そう言えば、元々の目的は幸一と村田がショッピングセンターに何しに来たかを確かめるためや。
「ごめんな。美奈子ちゃんの目的、果たされへんかった」
「いえ、目的は果たせました」
断言する美奈子ちゃん。
「梓のお兄ちゃん、村田先輩に浮気するつもりは無いみたいです」
「見て分かるん?」
言いにくそうな美奈子ちゃん。
「どないしたん?遠慮せんでええよ」
「その、梓のお兄ちゃん、村田先輩に手を握られたり腕を組まれたりしても、嬉しいというより困っていました」
変な所で気を使うねんなこの子。
「ま、納得してくれたんならそれでええわ」
幸一は夏美ちゃん一筋や。それは間違いない。
結局、二人は何をしにここに来たんやろう。
どっちかの買い物に付き合って欲しいんやとは思う。
もし幸一の買い物なら、多分夏美ちゃんへのプレゼント。
もし村田の買い物なら、なんなんやろう。
村田は幸一に恋している。
その村田が幸一を買い物に誘うなら、幸一を諦めていない証拠。
嫌な予感がした。
村田かて幸一が夏美ちゃんにべた惚れなんを知っているはず。
それなのに、幸一を諦めてへんのか。
「先輩」
美奈子ちゃんの声に俺は思考を止めた。
「どないしたん」
「ケーキ食べたいです」
いきなり話が変わったな!
「ケーキを食べ放題のお店があります。食べに行きましょう」
そう言って美奈子ちゃんは俺の手を掴んで引っ張る様に歩き出した。
この子はいったい何なんや!もう訳が分からへん!
心配してくれたと思ったら、今度はケーキかいな!マイペースすぎやろ!
「おいしい食べ物でお腹いっぱいになったら、幸せな気持ちになれますよ」
そう言って笑う美奈子ちゃん。
俺は、自分を恥じた。
やけ食いすれば気持ちがすっきりするって言っているんや。
要するに、俺の事を心配してくれてるんや。
「よっしゃ。それもそうやな。腹いっぱい食べよか」
「ご馳走になります」
「奢らせる気かいな!」
まあええわ。お礼やと思ってそれぐらい奢っても。
あの二人、いや三人の事はきっと大丈夫やろう。
幸一は出来た男やし、村田も幸一を不幸にするような事はせえへんやろう。
夏美ちゃんに何があっても、幸一は傍で支える。
村田かてその幸一の力になる。
俺が心配するような事やない。
きっと、大丈夫や。
最終更新:2010年09月05日 21:30