幸せな2人の話 14

201 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:07:56 ID:ElSf0nW+
「どうして、シルフはいつも悲しそうなの?」
黒い髪の少年が白い少女に問いかける。
その顔は寂しそうだった。
「だって、みんな好きな人がいなくなるの。
 嫌な人しか残らない」
「じゃあ、ぼくも嫌な人なの?」
「ううん、お兄ちゃんは嫌いじゃない。
 だから、きっと居なくなる」
それが少女にとっては悲しかった。
きっとこの人も自分の側からいなくなるって思ったから。
こんなに大好きな人なのに、そんなの嫌だ。
「ぼくは居なくならないよ、シルフのお兄ちゃんだもの」
泣目になった少女の頭を撫でながら少年が言った。
「居なくならないの?
 お兄ちゃんは、本当に居なくならないの?」
「うん」
「約束してくれる?」
「いいよ、ぼくは絶対にシルフの側を離れない」
少女はとても嬉しかった。
だから飛付いて、そのまま少年を抱きしめた。
「本当だ、お兄ちゃんはここに、居る」
「いるよ、絶対にシルフの側に」
少年は嬉しそうに笑っていた。
少女は涙を浮かべながら抱きしめた。
悲しかったからじゃなくて嬉しかったから。


202 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:08:19 ID:ElSf0nW+
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「……お兄ちゃん?」
眼が覚めたときには外は暗くなっていた。
時計を見る、もう夜の8時。
起き上がってみる、ちょっと体が重いけど熱も下がっている。
部屋にはお兄ちゃんが居なかった。 
しぃんとした部屋、それがとても嫌に思える。
お兄ちゃん、どこに居るのかな?
お兄ちゃん?
あ、そうだ、お兄ちゃんに早くご飯を作ってあげないと。
お兄ちゃんはご飯は作れないから、きっとお腹が空いてる筈だもの。


203 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:08:41 ID:ElSf0nW+
私は居間へ向かって歩く。
その方向から卵の焼けるおいしそうな匂いがする。
あれ、変だよね?
姉さんはまだ帰っていていないのに。
「ん、熱はもう引いたのか?」
「え、うん、もう大丈夫」
そこには黄色のエプロンをしてオムレツの載ったお皿を持つお兄ちゃんが居た。
「それじゃあ、これを食べてくれないか?
 ちょうど持って行こうと思ったところなんだ」
とん、とお皿を私の前に置く。
「あれ、兄さんは料理できないんじゃなかったの?」
「ほらちょっと前に雪風に怒られただろ、朝飯ぐらいまともに作ったらどうだってさ。
 流石に何もしないままだと、また雪風に怒られちまうからな。
 それからこっそり練習したんだよ、圭の所で飯とか作ったりしたんだ。
 ただ、雪風にはどうもバレてたみたいなんだけどな。
 ったく、本当にあいつは何処で情報を仕入れてくるんだか。
 まあいいだろそんな事、それより熱いうちに食ってくれよ。
 最近はやっとまともになってきたんだ」
兄さんが照れ臭そうに笑いながら私にフォークを渡す。
お兄ちゃんが私の為に作ってくれた料理。
どきどきしながらオムレツを口に運んだ。
「どうだ?」
兄さんが落ち着かない様子でそわそわと聞いてくる。
「……とってもおいしい」



204 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:09:15 ID:ElSf0nW+
ぱあ、と兄さんの顔が明るくなる。
それとは対照的に私の気持ちは暗くなった。
だって、それは私が作るより、
ううん、姉さんが作るよりも遥かにおいしかったのだから。
卵料理は焼き方が難しいのに、その火加減が完璧。
こんなにおいしいオムレツが作れるならきっと、
すぐにお兄ちゃんはおいしい料理を何でも作れるようになる。
お兄ちゃんは私のご飯なんて食べてくれなくなってしまう。
そうしたら私はお兄ちゃんの為にご飯が作れなくなる、嫌だ。
「まあ、今はそんなに難しいものは作れないけど、これからは俺も時々は夕飯を作るよ」
嫌だ、私はそんな事をお兄ちゃんにして欲しくなんてない。
「大丈夫、私が作るから」
「いいんだよ、シルフはそんなに気を使わなくても。
 俺にだって料理が出来るようになれば便利だぞ。
 そうしたら、シルフだって毎日三食作る必要も……」
「いいから!!
 お兄ちゃんは何もしないで!!
 全部私が作る!!」
私の叫ぶ声が壁で反響する。
お兄ちゃんは困惑していた。
私は急いで最後の一切れを口に入れる。
「ごめんなさい、大きな声を立てちゃって。
 でも、お兄ちゃんのご飯は私が作るの。
 だから、お兄ちゃんは何も作らないで、お願いだから」
「シルフ?」
「歩いたら調子が悪くなっちゃった。
 ごめんなさい、今日はもう寝かせて」
私は部屋を出た。
姉さんが言っていた、もうお兄ちゃんには必要ないって。
違う、お兄ちゃんはそんな事なんてしない。
信じてる、私はお兄ちゃんを信じてる。
これは違うの。
体が震えるのは、まだ風邪が治ってないからなのだから。
だから早く治さないと。


205 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:10:06 ID:ElSf0nW+
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「……塩と砂糖を間違えたとか?」
よく分からなかった、何で俺も食事を作るって言った時にあんなに怒っていたのだろう?
実は美味しくなかったのを我慢していたのか?
皿に残っていた卵の欠片を摘んでみる、うん旨い、よな。
何十回もシルフの為に練習したんだ、まずくなんてないよな?
じゃあどうしてシルフはあんなに怒っていたんだ?
雪風だって上手くいくと保証してくれたはずなのに。
「兄さん、居るの!?」
ばたばたという足音と共に雪風が新聞片手に慌しく部屋に入ってきた。
「あれ、思ったより早かったな?」
「そんなことどうでも良いからこれ見て!!」
そう言って新聞を突き出す。
雪風が見せた新聞には×××賞の入賞作が載っていた。
名前ぐらいは知っている、確か若手画家の登竜門とか言われているやつか?
「で、それがどうしたんだ?」
「兄さん、いい? 
 しっかりと落ち着いてここを良く見て。」
落ち着いていない様子の雪風が入選作品一覧を指差す。
そこには俺の名前と、廃墟で星を見つめるシルフの絵が小さく載っていた。


206 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:10:34 ID:ElSf0nW+
絵の中のシルフは遠い昔を思い出すように丸い空を眺めている。
それは俺が息を呑むほど綺麗だと思った光景で、
そして、初めて自分の手でそれを残して置きたいと必死で描きあげた絵だ。
「凄いよ!!
 兄さん、兄さんの才能が認められたんだよ!!」
雪風は興奮した声で俺に話しかける。
けれど、俺には何が何だか分からない。
なんで俺が新聞に載るような賞を貰っているんだ。
それにこの絵は描き上げてから誰にも見せていない。
シルフにだってまだ見せずにしまっていたはずだ。
「あれ、どうしたの?
 あんまり嬉しそうじゃないね?」
「どうしたの、じゃないだろ。
 何で俺が賞なんて貰ってるんだ?
 大体どうして、この絵が応募されているんだよ?」
「先生がね、応募したの。
 兄さんの才能が評価されるチャンスだからどうしてもって。
 本当は兄さんが今描いている方を出したかったみたいなんだけど、
 まだ出来てないからこっちにしたんだよ」
「ちょっと待て、どうして雪風がそのことを知ってるんだよ?」
そうだ、大体、あれを描いていたことを先生は知らないはず。
知ってるのは俺いつも一緒に居たと雪風だけなんだ。
「お前が持ち出したのか?」
「うん、先生が探しても見つからなかったから、私が場所を教えてあげたの」
「どうしてだ!?」
「え、え~っと」
小さく体を震わせてから雪風は困ったような顔をして曖昧に笑った。
その笑い方が責任逃れをしているように見えて不愉快になった。
まるで、どうして怒られているのか分からないという様に。
けれど、雪風なら俺の気持ちはちゃんと分かるはずだ。
この絵はシルフだけに見せたかったのに。



207 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:11:25 ID:ElSf0nW+
「これは知らない誰かに見せるために描いたわけじゃないんだぞ。
 雪風だって知ってただろ、どうしてこんな勝手なことをしたんだ?
 俺の邪魔がしたいのか!?」
「い、痛いよ、兄さん」
思わず雪風の両肩を掴んだ腕には思っていた以上に力が籠っていた。
苦しげに呻く雪風の言葉に我に返って手を離した。
「あ、ご、ごめん」
雪風は俺に掴まれた右の方の肩に手を当てて何回か摩った。
それから、自分を落ち着かせるように、一息入れて喋り出す。
「お願いだから私の言うことを聞いて欲しいの、兄さん。
 ごめんなさい。
 私も分かってたわ、これはシルフちゃんに見せたいんだって。
 だから、きっと兄さんは嫌がると思って、ダメって初めは先生に言ったんだよ。
 でも、先生の話を聞いて、きっと兄さんの為になるって思ったから」
「俺の為に?」
「そうだよ。
 兄さんは今までと違って、絵を描く事が好きになれたからね、
 いつか、兄さんはもっと上手くなりたいって思うようになるわ。
 その時の為にこうやって人から評価を受けることが可能性を拡げるからって。
 ……全部、先生の受け売りだけどね」
雪風はそう付け加えて表情を和らげる。
「確かに俺は絵を描くのが楽しいって思うよ。
 けど、どれはあくまで趣味の範囲の事だ」
「でも、いつかきっと趣味以上になると思うよ。
 私は兄さんの側に居るから分かるわ。
 自分では気付いてないかもしれないけど、
 今の兄さんは絵を描いてる時に本当に楽しそうなんだよ。
 あんな風に何かに熱中している兄さんなんて今まで見た事が無いもの。
 兄さんって昔から何でも出来たのに、それが兄さんにとっての当たり前で、
 何をやってても楽しそうじゃなかったじゃない」
「雪風はそう思っていたのか?」
「うん、だからいつも不安だったわ。
 何でも出来るから、そのうち何にも興味が持てなくなるんじゃないかって思えて。
 それに、母さんだって同じ心配をしていたんだよ」
「母さんもか……」
あのいつも能天気な母さんが心配していた、か。


208 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:18:13 ID:ElSf0nW+
「うん、それから私も凄く不安だったんだよ」
雪風がもう一度繰り返す。
けれど、口調は諭すような穏やかさで、そこに咎める意図は無いのが分かった
その雪風の姿を見て疑問に思う。
さっきまで何で俺はあんなに感情的だったんだろう。
雪風が俺にマイナスとなるようなことなんてするはずがないのに。
ただ、それでも雪風には一つ言っておかないと。
「確かに、雪風が俺のことを思ってこうやってくれたのは分かったよ。
 けど、俺にとっては絵を描くよりもシルフが喜んでくれる方がずっと……」
雪風はその言葉にむっ、という様に顔を強張らせた。
そして、反則、とでもいうかの様に俺の前に人差し指を向ける。
「兄さん、そんな風にシルフちゃんを理由にして、
 自分の可能性を閉じようとするのはシルフちゃんにだって失礼じゃないかな?
 今言ってることって、シルフちゃんが兄さんの重荷だって言ってるようなものだよ。
 そんな扱いをされてシルフちゃんは本当に嬉しいの?」
「あ……」 
言葉を詰まらせた。
今、俺は知らず知らずにシルフを傷付けるだろうことを言ったんだ。
俺の表情を見て取った雪風はまた優しく微笑む。
そして、それ以上責めようとはしなかった。
「兄さんの言うとおりシルフちゃんの事は大事だよ。
 でも、兄さんが自分のやりたい事を見つけるのはそれと相反する事じゃないわ。
 だから、真剣に考えてみて欲しいな、兄さんは絵を描く事も大好きなんだって事も」
それから、ちょっとだけ気落ちをした笑顔になる。
「ふふ、それにシルフちゃん以外の人のこともね。
 兄さんは知ってるでしょ、私も絵が大好きなんだよ。
 本当の事を言うと、それを評価されたいって思っているわ。
 だから、私はずっと前から真剣に書いていた絵を出したの。
 でも、当選どころか相手にもされなかったみたいね、ほら」
雪風が新聞を俺の前に突きつける。
当然のように彼女の名前はそこに無かった。
「これが雪風みたいな普通の人の結果。
 私だけじゃなくて数えきれないくらいの人が応募してて、
 その中で兄さんの絵は選ばれて、評価されたの。
 兄さんは自分では分かってないだろうけど凄い人なんだよ。
 自分が好きなことがあって、それを実現できる力を持っている。
 それがどれだけ素晴らしいことか、私はもっと真剣に考えて欲しいな?」


209 幸せな2人の話 14 sage 2010/12/03(金) 02:18:45 ID:ElSf0nW+
「ごめん」
俺は雪風に、俯くようにして頭を下げた。
謝罪の為というよりも恥ずかしくて雪風に顔を見せられなかったからだ。
雪風は俺のことを良く知っていたから、
俺の為に俺自身でも気付かなかった最良の選択をしてくれていたんだ。
それなのに、俺の視野はとても狭くなっていて、
その上、シルフと上手くいかなかったイライラを雪風にぶつけてしまった。
でも、雪風は怒らずに、優しく俺に分からせてくれた。
これではまるで自分自身が我慢の出来ない子供のように見える。
「ごめん、雪風」
「くす、良いよ。
 許してあげるわ」
それから、そっと俺の手を掴んで雪風の頭の上に載せる。
「でもね、女の子に触れる時はもっと優しくないとダメだからね?
 ふふ、シルフちゃんを撫でる時みたいにしてくれると嬉しいな」
「こういう風にか?」
シルフにいつもしているように雪風の頭を撫でる。
雪風の黒髪はしっとりとしていて、
一枚の上等な布のような触り心地だった。
「ん、すごく気持ち良いよ、兄さん」
雪風が気持ち良さそうに目を細める。
「俺もだ、撫でてて気持ち良い髪だよ」
「ふふ、シルフちゃんとどっちが良いかな?」
シルフの髪は細くてしなやかで、
毛並みの良い犬を思わせる位に良いさわり心地だ。
けれど、それでも雪風には敵わないだろう。
「シルフも良い撫で心地だけど、雪風の方が良いと俺は思うよ」

それを聞いた雪風は、くすくすと嬉しそうに笑った。


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最終更新:2010年12月05日 18:41
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