幸せな2人の話 15

244 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:12:26 ID:AuzlL4T4
白い少女は一人で星を見上げていた。
「あれはこと座、その上にはくちょう座、下にわし座。
 あれはさそり座、まっ赤な星がある」
少女は一人で星座を数えていた。
全て昨日、少年に本で教えてもらった。
今まで全然星座を知らなかったけれど、少女は必死で覚えようとした。
今夜、ここで三人で一緒に星を見る為に。
きっと少年が一つ一つ覚えた星を指差して教えてくれる。
それから、一緒におやつも食べる。
だから、今夜ここに来るのがとても楽しみだった。
「つまらない」
少女は呟いた。
けれど、それは誰も聞いていない。
彼女は一人だったから。
「……嫌」
今までは一人で居ると誰の目にも触れないから好きだった。
でも、少年たちと暮らすようになって一人で居るのが嫌になった。
「お兄ちゃん?」
ここに居ない大事な人を呼ぶけれども、やはり返事は無い。
「あれはいて座、となりにへびつかい座……」
しばらくしてから少女はまた星座を数えだした。
寂しさを紛らわしかったから。



245 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:13:15 ID:AuzlL4T4
「しっかし、先生も強引だよな~。
 勝手に人の絵を賞なんかに出してくれやがって」
その声で私は目を覚ました。
お兄ちゃんの膝に座ったまま、うとうと眠っていたようだ。
壁に立て掛けてある絵に目を向けた。
あの廃墟で独り佇む私の絵、まるでさっき見た夢のように見える。
でも、絵の中の私は、子供の私じゃなくて今の私。
「とは言え、お蔭様で少し賞金が貰えたのはありがたいか。
 シルフ、何か欲しいものないか?」
とっても綺麗な絵だと思う。
青いような夜空に、白い少女がくっきりと浮かび上がっている、でも。
「お~い、シ~ル~フ~?」
お兄ちゃんがぽんぽんと私の頭を叩く。
「え、あ、ごめんなさい、お兄ちゃん」
「おいおい、最近ぼんやりしてる事が多いぞ。
 ま、それもシルフらしいのかな?」
「うん、気をつける」
「くす、そっちの方がシルフらしくて可愛いよ。
 その絵、気に入ってくれたか?」
「うん、とっても綺麗だと思うよ。」
すると、お兄ちゃんが少し残念そうに笑った。
「気に入ってはくれない、ってところかな?」
「ううん、私も好きだよ。
 だってお兄ちゃんが描いてくれたんだもの」
本当はお兄ちゃんには悪いけど、この絵は好きじゃない。
そこにはお兄ちゃんが居ない。
まるで私だけあの時の廃墟に取り残されて、そのまま成長したように見える。
それでは私が本物の幽霊みたいだ。
きっとあの絵の中の私は幸せじゃない、だから好きになれない。
「いいんだよ、無理しなくても」
お兄ちゃんが慰めるような優しい口調で言う。


246 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:13:36 ID:AuzlL4T4
「ううん、好きだよ……」
きっと私の気持ちをお兄ちゃんに悟られた。
お兄ちゃんはそんな答えは求めてなんていない。
求めていない答えなんて言ってはいけないのに。
「私はこの絵が本当に好きだよ」
必死にお兄ちゃんにそう訴えた。
すると、お兄ちゃんは黙って私の頭を撫でてくれた後、立ち上がった。
「え、お兄ちゃん、何処に行くの?」
「ああ、ちょっと大学にな」
「今日は日曜日だけど?」
「夕飯までには戻ってくるよ。
 ちょっとだけ絵を描きたくてさ。
 そうだな、別に賞を貰ったからとかじゃなくて、
 どうしても描きたい物が前からあったんだ。
 きっとその絵ならシルフも気に入ってくれると思う」
お兄ちゃんが照れくさそうに笑う。
「うん、楽しみにしてるね」
本当はお兄ちゃんの手を掴んで引き止めたかった。
絵なんてもう描かないでずっと私と居て、って言いたかった。


247 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:14:05 ID:AuzlL4T4
*************************************

お兄ちゃんはまだ帰ってきていない。
今、お兄ちゃんは何処で何をしているのだろう?
きっと、学校で、絵を描いている。
私をここに置いてきぼりにして。
違う、そんな訳ない。
お兄ちゃんは私の為にって言っていたのだから。
絵なんかより、私の方が大切に決まっている。
でも最近、お兄ちゃんが分からないって思う事が増えた。
お兄ちゃんの事を知れば知るほど、
お兄ちゃんが分からなくなる、そんな気がする。
決してお兄ちゃんが私を蔑ろにしている訳じゃない。
全く逆、いつもとても大切にしてくれる。
でも、私には何かが不安だ。
大切にしてもらえれば、それだけ嫌な予感がする。
だけど、いつかお父さんやお母さん達みたいに居なくなっちゃいそうで、怖い。
だから姉さんに相談する事にした。
姉さんならお兄ちゃんの事は何でも分かるから……。
お兄ちゃんの大事な妹だから。


248 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:14:38 ID:AuzlL4T4
「珍しいね、シルフちゃんからお姉ちゃんに相談だなんて」
姉さんが私にお茶を淹れてくれた。
「姉さん、私、姉さんに聞いて欲しいの……」
「良いよ、雪風お姉ちゃんに全部話して」
優しい姉さんの表情に心がほっとする。
その姉さんの優しさに勇気付けられて、
私は今まであった事を全部、姉さんに伝える事が出来た。
お兄ちゃんが私が作るよりおいしいご飯を作ってくれた事。
一緒に居てくれるってずっと昔にした約束を覚えてくれていた事。
それから、あの絵が嫌いな事。
私はお兄ちゃんに私の為の絵なんて描いて欲しくない事。
なのに、最近のお兄ちゃんは暇さえあれば私の為っていう絵ばかり描いている事。
そんな事よりももっと私と一緒に居て欲しいって事。
「ふうん、そうだったんだ。
 それでシルフちゃん、お姉ちゃんはどうすれば良いのかな?」
姉さんが微笑みながら、柔らかい声で私に問う。
「分からない、でも姉さんに聞いて欲しかったの。
 姉さんなら本当の兄妹だから、お兄ちゃんの事、何でも分かるから」
「ねえ、シルフちゃん?」
いつものように姉さんの声は暖かい。
それが不安な今の私にはとても心強く感じられる。
「うん、姉さん」
お願いだから、助けて。


249 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:15:47 ID:AuzlL4T4
「あのさ、シルフちゃんって、
 他人の気持ちが分からないんだね、
 ってよく嫌われないかなぁ~?」
時間が止まった。
姉さんはいつもみたいに優しく笑っている。
ただ、いつもと違う事を言っただけ。
たったそれだけなのに、私は動けない。
「え、ね、姉さん?」
姉さんは私の戸惑いを無視するかのように淡々と続ける。
「シルフちゃんってみんなに嫌われるのが、
 外見のせいだっていつも私達に言っているよね?
 そんな事無いわ、シルフちゃんは妖精みたいにとっても可愛いよ。
 お姉ちゃんだって本当は嫉妬するくらいだもの。
 シルフちゃんみたいに可愛かったらきっと兄さんも私に夢中になってくれるのに、
 って何回考えたか数えきれない位なんだよ。
 なのにシルフちゃんは見た目が不気味だから人から嫌われてるって言うの?
 違うよね、本当は今みたいに人の気持ちを大事に出来ないからだよね?
 だから、シルフちゃんは嫌われるんだよ」
嫌われる、姉さんにそうはっきり言われて胸がずきりと痛む。
別に他の人にならいくらでも嫌われていい。
ただ、お兄ちゃんと姉さんだけには絶対、嫌だ。
なのに姉さんがそんな事を言うなんて、どうして……?
「ふふ、シルフちゃんの言っている事ってね。
 お姉ちゃんにはこう聞こえるんだよ?
 私だけの為に兄さんが料理を覚えてくれて、
 私だけの為に兄さんが絵を描いてくれて、
 私だけの為にずっと一緒にいてくれるって、
 そんな約束を兄さんが守ってくれて幸せなんだ~。
 でも幸せすぎて不安になるから、
 もっと幸せになりたいから、姉さんは私の為に何かしてくれないのって。
 お姉ちゃんならお兄ちゃんの本当の兄妹なんだから、
 お兄ちゃんの大事なシルフちゃんを当然幸せにしてくれるんでしょ、って。
 シルフちゃんはそう言いたいのかな?」
「ち、違うの、私は……」
「いいな~、シルフちゃんはそうやって駄々を捏ねて泣き付くだけで、
 兄さんが可愛がってくれるんだもんね~」
ただ怖かっただけなのに。
姉さんならきっと助けてくれるって思っていたのに。


250 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:16:16 ID:AuzlL4T4
「シルフちゃん、お姉ちゃんが前言った事、覚えてるかな。
 お姉ちゃんね~、もう兄さんから見捨てられちゃったんだよ?」 
姉さんの笑顔は私には冷たく、暗いものに見えた。
「兄さんは、雪風よりシルフちゃんの方が大事なんだって~。
 それは覚えているよね?
 この前、シルフちゃんがちゃ~んと聞いてくれたんだもの」
姉さんの追及に胸の鼓動が止まりそうになる。
やっぱり、姉さんは見ていたんだ……。
「でも、姉、さんは見捨てられてなんて……」
「うるさいなぁ」
とても煩わしそうに姉さんが言った。
その言葉に全身がびくりと固まる。
「一つシルフちゃんに教えてあげるね。
 そうやって無神経なことをべらべら喋られると
 いくらお姉ちゃんだからって段々苛々してくるの。
 分からないわけないよね?」
私は姉さんの問い掛けに声が出せなかった。
「どうしたの?
 何か言ってくれないと、お姉ちゃんは分からないよ?」
「……ごめんなさい」
それだけしか言えない私を睨み付けて、
はぁー、と姉さんが深いため息を吐いた。
「あのさ、もう私も我慢し切れないなから、
 今からシルフちゃんに酷い事を言うけど許してね。
 良いよね、今までずっと我慢してきたんだし……」



251 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:16:47 ID:AuzlL4T4

ヒトノ気持チナンテ何モ分カラナイシルフチャンハ、
絶対ニ兄サンニ嫌ワレルヨ。
ダカラ、早ク兄サンニ見捨テラレレバ良イイノニネ。
要ラナイワタシミタイニ。

姉さんはそう吐き捨てた。
その時の姉さんの目はいつか見た夢の中の女の子と同じだった。


252 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:17:26 ID:AuzlL4T4
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姉さんと話をしてからどれくらいが経ったのだろう。
姉さんはとっくに部屋を出て行った。
お茶は冷たくなってて、外はもう暗くなり始めている。
でも私はずっとここから動けていない。
私は姉さんに嫌われたの?
姉さんは私よりも何でもできるのにいい加減で。
いつも能天気で。
良く私に抱きついてきて。
暑苦しくて。
とってもおせっかいで。
でも誰よりも優しい人で……。
私は、そんな姉さんに嫌われたのかな?
姉さんに言われた、私は嫌われるって。
どうして?
どうしてだろう、どうして私は嫌われるの?


253 :幸せな2人の話 15:2010/12/10(金) 23:18:17 ID:AuzlL4T4
気が付くと涙が止まらなくなっていた。
動けない位に、独りぼっちなのが怖くて堪らなかった。
その時にお兄ちゃんがやっと帰ってきてくれた。
だから、私はお兄ちゃんに抱きついて泣いた。
お兄ちゃんは困惑しながら、私を優しく撫でてくれた。
どうして泣いているのかを聞こうとしてくれた。
でも私は言えなかった。
きっと、姉さんに嫌われたって知られたら、
お兄ちゃんにも嫌われてしまうから。
そんなの嫌だ、絶対に嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
そんなの、嫌。

お兄ちゃんに嫌われるのだけは嫌だよぅ……。


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最終更新:2010年12月12日 21:50
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