名前:
幸せな2人の話 20[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:52:22 ID:dq8suubU [11/15]
ばたり、どたどた。
この大きめの足音は間違いなくお兄ちゃんだ。
どきどきと心臓が高鳴る。
どたどた、がらり。
お兄ちゃんが慌てて居間に入ってくる。
私はそっと立ち上がってお兄ちゃんに近寄る。
「お帰り」
気付かれないようにいつもの様に近づく。
お兄ちゃんがいつもの様に笑って、
私を抱き留めようといつもの様に手を拡げてくれた。
私はいつもの様にお兄ちゃんに近づく。
けれど、いつもと違って、兄さんの喉元を指でつまんで力を入れて、
「シルフ、聞いてく『ぐ、ちゅ……』
私はお兄ちゃんの言うその先をきっと知っていた。
私の指先にとても嫌な感触が残った。
私は指を離す、何が起きたのかも分からないままお兄ちゃんが首を押さえる。
「安心して、喉を潰しただけだから、死んだりはしないよ」
その言葉に驚いた表情でこちらを見る。
大丈夫、お兄ちゃんは私を要らないなんて絶対に"言わ"ない。
お兄ちゃんを抱いて、恐くない様にできるだけ優しい声を作る。
姉さんみたいに上手くは出来ないけど。
「あ、あのね、私、姉さんから聞いたんだ。
お兄ちゃんが絵の為に留学するんだって」
ひゅー、ひゅーという音が壊れた喉から抜ける。
お兄ちゃんが声の出ない声で何かを言おうとしている音。
444 名前:幸せな2人の話 20[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:52:57 ID:dq8suubU [12/15]
「大丈夫だよ。
別に私は怒っていたりなんてしていないの。
お兄ちゃんは何も悪くないんだから、恐がらないで」
お兄ちゃんの体をぎゅうって強く抱きしめる。
いつもお兄ちゃんには抱っこされっぱなしだった。
本当はこうやってみたかった、お兄ちゃんの体の感触がとても暖かくてうれしい。
お兄ちゃんがここに居るんだって、とても心が落ち着く。
「大丈夫だから、お兄ちゃんは何も喋らなくて良いよ。
だって、お兄ちゃんの気持ちは私にもよく分かるもの。
姉さんが教えてくれたの、私はいつもお兄ちゃんにとって邪魔だったんだって。
だから、お兄ちゃんは今までずっと自分の夢になるものを持ってなかったんだよね?
でも、お兄ちゃんは今になってやっと自分の夢を見つけ出せた。
その事は私もお兄ちゃんの妹として、恋人として、とても嬉しいの」
どうして、こんな簡単なことに気付かなかっのだろう?
私が抱き締めておけば、お兄ちゃんは何処にも行かないし、行けないのに。
445 名前:幸せな2人の話 20[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:53:17 ID:dq8suubU [13/15]
「だから、その夢を叶えるのは何も悪い事なんて無いよ。
お兄ちゃんには、夢も、能力も、才能も全部ある。
きっとお兄ちゃんなら何処にでも行けるし、何でもできるって私は思うの。
それに、お兄ちゃんにとって必要な人は私なんかじゃないっていう事も」
ひゅー、ひゅー、ひゅー、さっきよりも強く聞こえた。
お兄ちゃんが必死に声を出そうとするたびに漏れる苦しそうな音、かわいそう。
「でも、私にはお兄ちゃんだけしか居ないから。
私を大切にしてくれる人も、家族になってくれる人も、
愛してくれる人も、私の生きる意味になってくれる人も、夢も。
全部、絶対にお兄ちゃんじゃないと私は駄目なの。
だから、お兄ちゃんに要らないって言われちゃったら、
もう私はどこにも居られなくなる。
私はそんなの嫌なの、だから……」
そっと、右手を握る。
あったかい、お兄ちゃんの手。
この手ならきっとどんな事だってできる。
でも、もうそんな必要なんてないから、要らない。
「だから、お兄ちゃんが私を必要としてくれるようにするんだ」
ただ骨を真ん中で折るだけでは駄目、それではいつか元に戻ってしまう。
「これはただの私の我侭だから。
人を傷付けないって約束を破ってごめんなさい。
でも、あの頃に戻るって思ったら、もう耐えられなくなっちゃったの。
その為だったら約束を破ったって、
例え大好きなお兄ちゃんだって傷つけても構わないって、
私、本気で思っちゃってるんだ。
あはは、ごめんなさい……。
ごめんなさい、本当にお兄ちゃんは何も悪くないの」
顔をお兄ちゃんから背ける。
今お兄ちゃんの顔を見ちゃったら決心が鈍りそうだったから。
指先を掴み、手を捻る。
「あのね、ずうっとお兄ちゃんに言いたかった事があるんだよ」
……顔を隠すなんて卑怯な事はいけないんだ。
これは私が自分で決めた事だもの、ちゃんと向き合わないと。
そして、私は全てを背負おう。
446 名前:幸せな2人の話 20[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:54:18 ID:dq8suubU [14/15]
「今まで怖くてどうしても言えなかったの。
でも、今の私ならちゃんと言えるよ。
だから聞いて、お願いだから」
勇気を振り絞ってお兄ちゃんを見据える。
「私、お兄ちゃんと出会えてからとても幸せだったよ。
ありがとう、私はお兄ちゃんの事を愛してる。
これからも絶対にお兄ちゃんを離さない。
だから、ずっとシルフと一緒にいようね」
二度と治りませんように、
壊れてしまいますように、
お兄ちゃんがどこにも行けなくなりますように、
そう祈りながら力を入れる。
指と腕の中から物が壊れる時にする音がした。
空気が震える、音の無い叫び声が聞こえたんだと思う。
その声を聞いて、私はきっと笑っていた。
最終更新:2011年01月05日 20:05