名前:
幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:44:22 ID:dq8suubU [2/15]
「留学、画家、え、どういう事?」
「これを見て。」
姉さんが嬉々としながら側にあった紙を私に手渡す。
これは、学校の交換留学届と、先生の推薦状?
「実はね、私達の学校の交換留学先にフランスの学校があって、
兄さんがそこへ留学する事になったの。
でもね、ふふ、その近くに先生と一緒に学んだ人のアトリエがあって、本命はそっち。
その人もね、この前の絵を見て兄さんの事をとても気に入ったんだって。
だから、学校なんて行かずに一年間そこで学ぶんだって話なんだよ」
「フランス……」
フランスって、外国だよね?
じゃあ、お兄ちゃんがここから出て行くの?
私を見捨てるの?
そんな訳は無い。
だって一緒に居てくれるって言ってくれたもの。
「こんなの、嘘……だよ、有り得ないよ」
「あれ、シルフちゃんはお姉ちゃんが嘘をついてるって思うの?」
「だって、お兄ちゃんは言ってたんだよ。
私と結婚してくれるって、ずっと一緒に居てくれるって!!」
「ふふ、そうだったよね~。
確かに、兄さんは先生の前でずっと悩んでいたわ。
でも、最後に兄さんは留学を選ぶんだって、はっきり私達に言ったんだよ。
くす、どうしてかな~?」
「そんなの、知らない」
「それはね~。
シルフちゃんが見捨てられちゃったからじゃないかな~?」
姉さんはとても楽しそうに言った。
さあ、と体中が冷え切る。
「そんな事、絶対にお兄ちゃんはしない!!
するはず無い!!」
私は即座に否定した。
「ふうん、それならシルフちゃんは兄さんを信じればいいんじゃないかな?
どうしてそんな風に怒鳴るのかなぁ~?
お姉ちゃん、不思議だなぁ~?」
「どうしてそんな事を言うの、姉さんだって本当は嫌なんでしょ?
一緒にお兄ちゃんを説得しようよ、留学なんて止めて一緒に居てって。
その方が絶対に良いよ!!」
「シルフちゃん、確かに兄さんがいないのは凄く寂しいけど、それでも一年間離れるだけだよ。
兄さんを信じているんだから、一年くらい大丈夫なはずだってお姉ちゃんは思うの。
当然、お姉ちゃんは兄さんを信じているから大丈夫だよ。
それに、ちょっとシルフちゃんは我侭すぎると思わないかなぁ?」
「だって!!」
434 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:45:15 ID:dq8suubU [3/15]
「だって、何?
シルフちゃんは兄さんが折角見つけた夢を潰してまで、一緒に居て欲しいって言ってるんだよね?
ただ、兄さんと離れていると不安になるから、それだけの理由で?
兄さんに好きって言われたのに信じられないんだ?」
「私はお兄ちゃんを信じてるけど、それでも、こんなの嫌だよ」
「だ~か~ら~、それを我侭って言うんじゃないかな?」
姉さんがうんざりした様子で言った。
「私はね、ずっと兄さんと一緒だから分かるよ。
兄さんって何でもやればできる癖に、いつも面倒くさがって中途半端にしちゃうの。
その兄さんがこんなに何か一つに打ち込もうとするなんて初めてなんだよ?
それをシルフちゃんは止めて欲しいんだ?
そうなんだよね?
はっきり言って今のシルフちゃんは兄さんにとって邪魔なだけじゃないのかな?」
「私が、邪魔……?」
「うん、それ以外にどう言えばいいのか分かるならお姉ちゃんに教えて欲しいな~?」
「私はお兄ちゃんの邪魔なんかじゃ……」
姉さんは言い返そうとする私に、
黙れ、というように苛立たしげに目を向ける。
「ふぅん、まだ喋ろうとするの?
シルフちゃんってやっぱり厚かましい子なんだね。
ああ、もう、兄さんは内緒にしてって言ってたんだけど……。
あのさ、シルフちゃんが今まで誰かを傷付けても、
誰にも訴えられたり、学校からペナルティを受けたりしなかったよね。
どうしてか分かる?」
「え?」
私は姉さんが何を言いたいのか分からなかった。
けれど、姉さんはその私の態度が気に入らないみたいで、
苛々とした様子で腰に手を当てた。
そして、軽蔑の視線を私に向ける。
「ああ、やっぱり考えたこともなかったんだ……。
あのさ、兄さんがいつも必死に頭を下げて、償ってきたからなんだよ。
その度にシルフちゃんが言われた以上に罵られて、馬鹿にされてね。
もちろん、兄さんの評判だって地に落ちて行ったわ。
兄さんは何にも悪い事なんてしていないのに、
あの御空路 シルフの兄なんだって、それだけでのせいでね。
兄さんの今までって、そんな風にずっとシルフちゃんの後始末ばっかり。
それなのに、シルフちゃんは兄さんに縋ってばっかり。
どれだけ兄さんがシルフちゃんの為に時間を使って、神経をすり減らしてきたか分かる?
シルフちゃんのせいで兄さんは自分の事を構う暇なんてなかったんだよ。
その兄さんがやっと自分の夢を見つけられて、チャンスを掴んだの。
そんな兄さんをどうしてシルフちゃんが責められるの?
邪魔する権利がシルフちゃんのどこにあるって言えるの?」
「でも、私は……」
「何、兄さんを邪魔する権利があるって言う気?」
「……無い、けど」
その、けど、の先に私は何を言えばいいのかも分からない。
姉さんはくすくすと私を見ながら笑う、とても楽しそうだった。
435 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:45:47 ID:dq8suubU [4/15]
「くすくす、そうだよね、ある訳なんて無いよね~。
あ、そうだ。
もう一つ、ついでに教えて欲しい事があるんだけど良いかな?
前に聞いたよね、どうしてシルフちゃんなんかが兄さんに必要なの、って。
くすくす、ねえ、今ここでお姉ちゃんに教えてよ?」
「分からない」
「そうなんだ、くすくす。
それじゃあ、お姉ちゃんが一緒に確認してあげるね。
シルフちゃんは兄さんみたいに上手に絵が描ける?」
「できない」
「シルフちゃんは兄さんの気持ちが分かる?」
「分からない」
「兄さんっていつも笑っている明るい子が好みなんだよ。
シルフちゃんってそんな子だっけ?」
「違う」
「シルフちゃんの作るご飯で兄さんは本当に満足してる?」
「してない」
「ふふ、じゃあ兄さんの為にしてあげてる家事ってシルフちゃんじゃなきゃ駄目な事?」
「私じゃなくてもいい」
「シルフちゃんは兄さんを虜にできるくらいに可愛い?」
「可愛くない」
「私とシルフちゃん、どっちが兄さんにとって大切な妹だと思う?」
「……姉さん」
「そういえば、シルフちゃんって兄さんに好きって言えたんだ?」
「まだ、ちゃんと言ってない……」
「じゃあ、もう一度聞くね。
シルフちゃんの為に何でもしてくれた兄さんに、
兄さんの為にシルフちゃんだけができる事って何なのかな?」
「……ない」
喉の奥からかすれ声を搾り出して答える。
「くす、じゃあこれで最後の質問だよ。
シルフちゃんは兄さんにとって要る子、要らない子?」
「私は……要らない……子…なの?」
436 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:46:19 ID:dq8suubU [5/15]
「くすくす、違うわ。
あはは、シルフちゃんは頭の悪い子だね~。
どうして要らない子程度で済むって思えるのかな?
どう考えても、兄さんにとって居ない方が良い子だよね?」
姉さんがぽんぽんと私の頭を撫でる。
やめて欲しい、私は姉さんにこんな酷い事されたくない。
「やっぱり、シルフちゃんは、
兄さんに見捨てられたんじゃないのかな~?
ふふ、これで私達お揃いだね。
お揃いの、要らない姉妹だよ。
くすくす、もう私達は兄さんの側に居られなくなるね~」
姉さんが満足そうな顔で言った。
「けど、シルフちゃんは、兄さんの”居ちゃいけない”子だよ」
「っ、うるさい!! 黙れ!!」
どん、という重い音が鳴る。
「何が居ちゃいけないの、何がお揃いなの、ふざけないでよ!!
自分だけは絶対にお兄ちゃんの側に居られるって知ってくる癖に!!」
「あ……ぐ…」
「どうして姉さんは本当の妹っていうだけで何でも分かるの!?
分かるだけで私にそんな態度が取れるっていうの!?」
「……ぐ……う…あ……」
「ふざけるな!!
私にはお兄ちゃんの事なんて何も分からない!!
それなのに、姉さんに私の何が分かる!?
そんなに何が面白いんだ!?
にやにや笑ってないで、言え!!」
そこまで言った時、弱々しく私の手を握る何かの感触に気付いた。
目の前の姉さんは苦しげに呻いていて、
私は右手で姉さんの胸元を掴んで持ち上げて、
満足に息もできないくらい強く壁に押し付けている。
やっと、気が付いた。
今、私は家族を、姉さんを、傷付けようとしている……。
その途端に、さっきまであれだけ昇っていたはずの血の気が一瞬で引いた。
私の腕から力が抜けて、解放された姉さんの体が崩れそうになる。
慌てて手を貸そうとした私の腕を姉さんは弾き飛ばした。
はあ、はあ、という荒い呼吸の音が聞こえる。
姉さんはよろめきながらも自分の足で立った。
437 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:47:08 ID:dq8suubU [6/15]
「あ、あの、ねえ、さん……?」
姉さんの表情は前髪のせいで見えなかった。
ただ黙って私の横を通り過ぎようとする。
そして、私とすれ違いざまに私へ吐き捨てた。
「いったいなぁ、……怖かった、本当に死ぬかと思ったわ。
こういう事を家族の姉さんにだってシルフはできるんだ?
本当に、人を傷つけるぐらいしかできることが無いんだね。
そんな子の何を私に分かれっていうの?
前から思っていたんだけどさ、アンタって馬鹿なんじゃない?」
それから、私を見下すような声で言った。
「そんなに兄さんが居なくなるのが嫌なら、
今私にしたみたいに大事な兄さんにも暴力を振るえば?
できるよね、そんなのアンタには簡単な事じゃない?
腕でも折っちゃえば絵だって描けないよ?
この前私にやろうとしたみたいに喉を潰す?
それとも、今みたいに壁に叩き付けて、息も出来ない位に締め上げる!?」
姉さんはもう、私の方を見ようともしなかった。
「……はぁ、嫌になっちゃった、本当に馬鹿みたい。
なんでこんな奴の家族なんてやってるんだろう……?
いい、今からお姉ちゃん、外に出てくるからもう付いて来ないでね」
シルフなんかとは二度と一緒に居たくないから、
最後にそう付け加えてから姉さんはふらふらと部屋から出て行った。
体から力が抜けて、壁に寄りかかるようにしてしゃがみこむ。
これで、全部おしまいになっちゃった。
くすくす、ははは、あははは。
どうしたんだろう、面白くなんて無いのに自然に笑いが零れてきちゃう。
あははは、姉さんは私を本当に嫌いになっちゃった。
もう家族としてだって見てくれない。
お兄ちゃんも私を置いて、私より大切な絵の為に外国へ行っちゃう。
もう私はお兄ちゃんの側には居られなくなる。
これで、私は独りだ。
438 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:48:06 ID:dq8suubU [7/15]
最悪。
私は居場所を失って、お兄ちゃんにも姉さんにも見捨てられる。
ううん、大丈夫、だってあの頃の私に戻るだけだもの。
これからは独りでご飯を食べて、独りで眠って、独りで……。
うん、なにも変わってない。
あの時のとても辛かった私に戻るだけだよね。
ふふ、でもおかしいな、たった何日か前までは私は幸せだったんだよ?
優しい姉さんが居て、大好きなお兄ちゃんが恋人で。
結婚しようって約束までしてくれて……
まるで夢のようだって思っていた、あはは、なんだ本当に夢だったんだ。
そうだよね、夢ならいつか覚めちゃうんだから、これで良いんだよね。
だって、夢の中だけでも私はずっと幸せでいられたんだから。
別にもう戻れなくたって仕方ないよね。
あはははははは
あれ、さっきまはあんなに笑えたのにもう声が出ないの?
やっぱり涙、流れてる、よね……。
439 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:48:32 ID:dq8suubU [8/15]
だってこんな終わり方、嫌だもの。
私は、こんなの嫌。
もう一度あの時に戻れって言うの?
また、薄暗い廃墟の中で泣き続けなきゃいけないの?
今度は誰ももう来てくれないのに。
嫌だよ、そんな事出来ないよ。
大好きな人と一緒に居られるのって、抱きしめられるのって、それだけであんなに幸せなんだよ。
そんな事分かっちゃったら、どうしてまた独りになれるの?
嫌だ、私はもう独りになんて絶対になりたくない……。
私はお兄ちゃんと一緒に居たい。
お兄ちゃんと幸せになりたい。
その為なら、お兄ちゃんの重荷になったって良い。
私が幸せになれるのならもう他の事なんてどうなっても構わない。
その為なら、どんな事だってするのに、どうして?
「どうして? どんな事だって?
ふふ、馬鹿らしい、私にできる事なんて無いのに」
姉さんが言っていた事は本当。
そう、私にできることなんて何もない。
お兄ちゃんは何でもできるのに。
私にできる事なんて、もう人を傷つける事だけ。
だから、姉さんにも嫌われた。
そんな妹、お兄ちゃんには要らない。
でも、そんなの、嫌だ。
私はお兄ちゃんと居たい、私を見捨てるなんて絶対に嘘だ。
440 名前:幸せな2人の話 19[sage] 投稿日:2010/12/29(水) 02:50:46 ID:dq8suubU [9/15]
どんな形でもいい、私はお兄ちゃんの中に居場所が欲しい。
どんな?
ああ、そうだ一つだけある。
さっき姉さんにやったみたいにすれば良いんだ。
私にしかできない最低な、本当に最低なのやり方。
そうだよね、お兄ちゃんが何でもできるなら、私が要らないのなら。
「じゃあ、お兄ちゃんが何にもできなくなっちゃえばいいんだ。
もう、それで良いや、あはははははは」
私は姉さんの真似をして無理に楽しそうな声で笑った。
今度は笑い声も、涙みたいに止まらなくなった。
あははははははははは
最終更新:2011年01月05日 20:04