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幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 20:56:13 ID:iFoMMq3I
「そういう訳で一年間あちらでじっくりと学んで欲しいと僕は思っている」
先生が緊張した面持ちで語りかける。
「折角ですが、お断りします」
けれど、兄さんは思った通り、何も迷わずに拒否した。
信じられないお誘いではありますけど、俺はここから離れたくないんです」
「私の推薦っていうのは、要は画家としての将来を約束するっていう意味と同じなんだよ?
この業界では才能以上に人脈というのが重要なんだ」
尚も先生は食い下がるが、私には分かる、
兄さんはちっともその話に心を動かされていない。
「それでも、俺はフランスに行っても無駄です。
俺が描きたい物は海外じゃなくて、ここにしかないんですから」
「描きたい物を描くか、そうだったね」
その答えを聞いて、残念そうに先生が留学届けを取り上げた。
「すいません」
「いや、良いんだよ。
私が変な欲をかこうとしてしまったのが悪わるかった。
この歳になると、どうしても自分の後を継いでくれる人が欲しくなっちゃうものだ。
私も生涯現役とは言っているんだけどね」
先生は恥ずかしそうに苦笑する。
くす、いつもの気難しそうな顔しか知らない学生が見たらなんて思うかな?
「でも、陽君はまだ絵は描き続けるんだろ?」
「ええ、俺は絵を描くのが好きですから。
っと、すいません。
実は圭達を待たせてるんです、すいませんけど失礼します」
「そうだったね、悪かったよ。
早く行ってあげなさい。
こんな話は初めから無かった、忘れてくれ」
そして、兄さんは教授室から駆け出して行った。
132 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 20:56:59 ID:iFoMMq3I
暫らく私と先生は黙っていた。
それから、沈黙を嫌がった先生がぽつりと私に尋ねる。
「しかし、困ったな。
実は留学枠を無理やり奪ってきたから、誰かしら推薦しないと拙いんだ。
雪風君、行く?」
「いいえ、私も兄さんの居る所にしか居たくないですから。
でも一応この書類は貰って行きますね?
ふふ、兄さんは気まぐれですから」
「ははは、まあ期待しないで待っておくよ。
いや、君にも悪かったな。
彼にちゃんと絵を描くように勧めて貰って、
留学の相談まで事前に聞いて貰ったのに。
ああ、そう言えば賞への応募も君のアイディアだったね。
本当にあと一歩だったんだけどね。
だというのに、全くもって私の力不足だったよ」
「いえ、良いんです。
だって大切な兄さんのためですから。
それでは、私も今夜の準備があるので失礼しますね」
つい私は少しだけ秘密を漏らしてしまった。
「うん、何か今日はあるのかい?」
「ええっと、実は」
私はとっさに思いついた嘘を言う。
「実は、念の為にお祝いの食材をたくさん買っちゃたんです。
だから、早く帰って作らないと夕飯に間に合わなくって、失礼しますね」
そう伝えて、私も部屋を出た。
あはは、いけない、いけない。
急いじゃダメなのに、つい気持ちが焦っちゃった。
でも仕方ないよね、やっと待ち続けた瞬間が来るんだよ?
さあ、最後のカードを開けようか。
そこには絶対に私の望む一枚しかありえないのだから。
133 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 20:58:12 ID:iFoMMq3I
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白い髪の幸せな少女が退出した部屋。
部屋に残された一人が幸せかは分からない。
何も喋れないし、何も描けないから。
暫くしてから、ぎぃ、と扉が開いた。
黒い髪の幸せな少女が入室した。
「ふふ、一昨日も楽しかったわ。
本当に、無力な兄さんを犯すのって楽しい」
「うん、どうしてこうなっちゃったか分からないよね?
ちゃんと今から教えてあげる」
「ふふ、簡単だよ?
私じゃ兄さんには勝てないから、シルフを狙ったの」
「兄さん、シルフと付き合ってからいつも悩んだいたよね。
どうして、シルフが辛そうだったり、泣いたりしているのかって。
あれはね、全部私がシルフをゆっくり追い詰めていたからなんだよ~。
だから、私なんて頼っても無駄だったの。
くすくす、残念でした~」
「あの子は、本当に単純だったからね~。
ちょっとだけ幸せな夢を見させてあげて、
その後に揺さぶったら簡単に思い通りになったわ。
くすくす、それにシルフって他人の事を信じないくせに、
私と兄さんの言う事なら何でも信じるんだもの。
少し兄さんに見捨てられるかもって不安を与えて、
その後に兄さんがあの時留学を選んだ、
って言ったら呆れるほど簡単に信じちゃったんだよ、馬鹿だよね~」
134 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 20:58:45 ID:iFoMMq3I
「ふふ、でもそれだけじゃ兄さんが帰ってくるまで、
シルフが心を閉しておしまいだからね。
だから、少しだけヒントをあげたの、
シルフちゃんにできる事はな~に、てね。
くす、あの子って困ったら、結局暴力に頼るしかできないでしょ?
いつもなら兄さんや私が居るのにね~。
それで、兄さんは手も声も失って、
一生ここから出られなくなったっていう事」
「あははは、シルフって本当に素直な子だよね~。
そんなに小さな頃の孤独が怖かったのかな?」
「それに、やっぱり兄さんのことが本当に大好きだったんだね~。
うんうん、
姉さんにも良く分かるよ。
絶対に兄さんから離れたくないものね、どんなに汚い手を使っても」
「あ~あ、本当にシルフには困らされっぱなしだったな~。
シルフは強くて兄さんに盲従するから、
家族としては最低でも、番犬としては最高過ぎだわ。
あの子が兄さんの側に居る所為で、
こんな回りくどい事をしないといけなかったもの」
「でも、あの子じゃないと兄さんを傷付ける事なんてできなかったから、
本当に大切な駒でもあったけどね。
それに、これから私の邪魔をする人が居ればあの子が誰でも排除してくれるわ。
ふふ、もう例え沙紀でも無理ね、きっと。
くすくす、やっぱり大切な子だね、雪風にとってのシルフは」
「あれ、シルフの気持ちを踏みにじってどうしてこんな事ができるの?
そう聞きたいのかな?」
「あはははは、ごめんね~。
兄さんと違って、私にとってのシルフは初めから、
不愉快だけど便利な、ただの道具だったんだよ~。
だから、シルフの気持ちなんて全然分からないし、
興味無いからそんなのどうでも良いの。
兄さんさえ私のモノになればそれだけで十二分だから」
135 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 20:59:11 ID:iFoMMq3I
「それに、兄さんが今までしてきた事と一緒だよ?
シルフに兄さんの事を教えるだけはして手を差し伸べずに、
全部あの子に押し付けた。
そして、あの子が苦しむのを見て、にこにこ笑ってたの。
まあ、私の場合は兄さんと違って本当に楽しかったけどね」
「ね、雪風の言ったとおりでしょ。
シルフは幸せになれました。
私は兄さんを傷つけなかった、傷つけたのはシルフ。
兄さんは自由を失って、永遠にここから出られない。
どう、これが雪風の最後の賭けだよ。
頭の良い兄さんには馬鹿らし過ぎるかな?
でも、これで私の勝ちだよね、くすくす」
「くすくす、兄さんから見れば悪いのはきっと私なんだろうね?
けど、私から見れば一番悪かったのは兄さんなんだよ?
私はあの日、兄さんに想いを曝け出してから、
ううん、もっとずっと前から準備をしていたの。
こうやって兄さんを私のモノにするために、
母さんから信頼を得て、シルフの我侭に付き合って、優等生になって、
それに兄さんから頼られるために兄さんの気持ちを理解している振りもして」
「だけど、ひょっとしたら私には予想できないような答えを、
用意してくれるんじゃないかなって兄さんに期待もしてたんだよ」
「でも、最後にあんな物を答えだなんて言っちゃうなんて、
やっぱり兄さんは雪風の事を全然分かってくれてなかったんだね」
「兄さんはどれだけ私があの時失望したか分かる?
ずっと私に夢を見させた癖に、あんなに期待させた癖に、
最後の最後には何にも有りませんでした~って意地悪したんだよ?」
「兄さん、私は、」
「くす、何でもないわ」
「あははは、でも兄さんには感謝しないとね。
だって、もしあそこで我慢していたら、
兄さんから全部を奪って嬲る楽しみなんて永遠に分からなかったもの」
「こんなに素晴らしい事を知っちゃったらもう昔の雪風には戻れないわ。
シルフが居場所を見つけてから独りになれなくなっちゃったみたいにね。
兄さんっていつもそうだよね。
何でもくれるのに、一番欲しいものは絶対にくれない」
「そういえば、私がここに来た時に何を隠そうとしたのかな?
ふふ、雪風はそんな事に騙されたりしないからね。
私は兄さんから声や手を奪ったくらいで安心なんてしてないよ。
そうやって全部投げ出した振りをして本当は諦めてないんでしょ?
そこに隠してる物、出しましょ~ね~」
136 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 21:00:21 ID:iFoMMq3I
「くすくす、足の指先に絵の具が付いてたものね。
え~と、ぐちゃぐちゃで読めないけど、これはフで、こっちはセ?
それからイとマ、ここはイにシ……それから、これがノ、レ、かな?」
「兄さん、今更何を、誰に、何のために、書こうとしていたの?
ねぇ、教えてくれないかな?」
「くす、あれ、もう喋れないんだったけ、ごめんなさい、くすくす」
「もう、兄さんは本当に器用だね。
次は足の指も一本ずつ潰さないとダメかしら?
ふふ、冗談、そんな事しても無駄だもの。
手を奪えば足、足を奪えば、……口でも使うの?
そんな事をしていたら兄さんの体が無くなっちゃうわ」
「だから兄さん、その代わり、
こんな事をもう一度しようとしたら、
シルフに素敵なお話をしてあげるからね?」
「あ、今、兄さんの顔が引きつったよ。
ふふ、今更表情を隠しても無駄なんだから」
「あ~あ、もし私のお話を聞いちゃったら、
兄さんの大切なシルフはどうなっちゃうかな~?
兄さんの本当の気持ちとか、あったはずの本当の幸せとか。
それを兄さんの体と一緒に自分の手で全部壊しちゃった事とか。
必要も無く兄さんを傷つけた事知っちゃったら、
あの子は自分自身だって許せなくなるよね。
そうしたら、きっとあの子は壊れちゃうよ、
シルフはと~っても弱い子だもの」
「自分さえ信じる事が出来なくなって。
大事な人はもう慰めてくれる事ができなくて。
それでも、兄さんの側にしかあんな奴の居場所なんて無いから、
ここに死んだように居続けるしか出来なくなるの。
それから、兄さんに触れる度に、自分のした事を後悔する。
それに兄さんが心の中で自分を憎んでいるんだって怯えるんだよ。
きっと、初めて出会ったときよりももっと酷い顔をしてくれるんだわ。
くすくす、だめね、想像するだけでも気持ち良くなっちゃう」
137 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 21:01:07 ID:iFoMMq3I
「くすくす、本当に見てみたいわ、絶望したシルフの顔。
でも、兄さんさえ言う事を聞いてくれれば我慢してあげる。
ね、兄さん、シルフには黙っていて欲しいでしょ?」
「うん、良いよ、黙ってあげる、とっても残念だけど。
それにこれからもあの気持ち悪くて無神経で不愉快なシルフの、
と~っても優しい雪風お姉ちゃんでいてあげるよ。
もちろん、その分だけ兄さんに癒してもらうけど、良いよね。
だから兄さんは私のお願いを聞いてくれるよね?」
「くすくす、じゃあお願いを言うね。
兄さんには一生、雪風の大切な玩具になって貰うわ。
もう二度と兄さんは自分の気持ちを誰かに伝えるなんて、
絶対に許さない。
私に対してだって許さないわ、私はそんなの望んでいないもの。
もちろん、ここから出る事だって認めないわ。
少しでもそんな素振りをみせたら、シルフとお話だよ?」
「あははは、うん、やっと諦めてくれたんだね~。
そう、その顔をずっと見たかったの、兄さんはそれで良いの」
「兄さんは考える必要なんて無い、
動いたりしてはいけない、感情だってもう要らない。
大丈夫だよ、ぜーんぶ雪風がしてあげるからね」
「兄さんは雪風の教えるとおりに考えて、雪風に体を玩ばれて、
雪風が兄さんは泣いてるのか、笑ってるのか、怒ってるのか理解してあげて、
兄さんは雪風に飼われていれば良いんだよ、この狭い部屋の中で一生。
だって、雪風の玩具なんだもの」
「あははは、うん、良いわ。
今までずうっと兄さんにこう言ってみたかったの。
雪風の玩具って、くすくす、最高」
「ふふふ、兄さんにいつ見破られるか、いつも気が気じゃなかったわ。
だっていつもの兄さんならシルフの悩み事とか、
私の隠し事なんて簡単に見抜いちゃうでしょ?
くすくす、けど兄さんでも幸せになると油断しちゃうものなんだね~。
まさか、シルフがああやって毎日追い詰められて、
私が毎日こそこそ動き回っていたのに、
あんなに暢気にシルフの為の絵なんて描いていたんだもの、くすくす」
「そうそう、それから私の大っ嫌いあの絵だけど、
シルフには見せていないから安心して。
もちろん、これからもずうっとシルフは見れないよ」
138 幸せな2人の話 22 sage 2011/01/14(金) 21:01:29 ID:iFoMMq3I
「ふふ、じゃあね、兄さん。
好き、大好き、愛してる。
もう抑え切れないくらい、好きで好きでしょうがないよ。
兄さんの全部を愛してる!!」
「ああもう、言葉なんかじゃ全然伝えられないよ~!!」
「だから、これからも兄さんの全てを奪い続けるわ。
だから、ずっとここに居てね、くすくす」
「くすくす、兄さんは、ずっと私だけの兄さんだよ」
ぎい、ばたん、扉が閉まった。
最終更新:2011年01月24日 22:39