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幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:37:40 ID:hRMTM8Cj
私はいつも笑っていた。
「私、お兄ちゃんに見捨てられちゃうのかな?
「そんな事ないよ、兄さんは絶対にシルフちゃんを見捨てたりしないもの」
本当に、どうして兄さんはコイツを見捨ててくれないのだろう?
「私は、お兄ちゃんの側に居れれば、それだけで良いから」
「大丈夫、兄さんはいつまでも側に居てくれるよ」
”それだけ”で良い? どれだけ図々しいんだろう、コイツ?
「
姉さんはお兄ちゃんの本当の妹だから、……」
「ふふ、シルフちゃんだって大事な私達の妹だよ」
本当にむかつくなぁ、コイツ、邪魔者の癖に。
いつも笑う振りをしていた、馬鹿みたい。
301 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:38:05 ID:hRMTM8Cj
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黄色い落ち葉をさっさ、さっさと小気味良い音を立ながら箒で掃く。
偶に吹く風を受けて、針が刺さる様な寒さに小さく震える。
晴れやかな空の底深くに少しの雲。
はあ、ついこの間まではあんなに暑かったのに、もうすっかり秋なんだな~。
「さてと、それじゃあ、そろそろ焼きますか~」
アルミホイルに包んだ芋を3本取り出す。
それを落ち葉の山に混ぜて、火をつける。
「やっぱり秋と言えばこれだよね~。
あ、そうそうこれを入れるのを忘れていたわ」
そう呟いて、火の上に私は一枚の布を載せた。
それは一瞬で燃え上がってしまった。
うん、やっぱり油絵って良く燃えるんだね。
302 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:38:45 ID:hRMTM8Cj
ぱちぱちと燃え上がるそれを見ていたら、気が付いた時には笑っていた。
「くすくす、あははは、ははははは。
私の勝ちね、兄さん。
30戦29敗、1勝かな?
やっと勝てたよ、とっても無様で偶然の勝ち。
でもこれで私には十分、もう兄さんは私のものだよ。
だって兄さんはもう二度と元に戻れないもの」
笑いが止まらない、仕方がないじゃない。
だってこんなに幸せなのは初めてなんだもん。
やっと兄さんが手に入ったんだよ。
「兄さんは私だけのモノ」
兄さんを手に入れると決心してから今日までの全てを思い出す。
それらは今日までは一つ一つが苦痛の積み重ねだった。
でも、今日からはそれが幸せを彩る味付けになる。
なんて、気分が良いんだろう。
あはははは
本当に面白い。
私がちょっと力を加えてしまっただけで、
兄さんの大切なものが簡単に滅茶苦茶になるだなんて。
私のした事は家族としての雪風の役割を捨てただけなのに。
303 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:39:42 ID:hRMTM8Cj
私達は仲の良い兄妹だと思われていた。
お互いが兄妹として思いやり、支え合っている、
そんな理想的な関係。
両親もアイツや兄さんだって多分本気でそう思ってた。
全然、違うのに。
本当の三人の関係はいつだって歪んでて何一つ噛み合っていなかったじゃない。
私もアイツも兄さんというただ一つの共通点で何とか繋がっているだけ。
もし、兄さんが存在していなかったら私達は同じ場所に居る他人でしかなかった。
私はアイツの事が誰よりも嫌いだったし、憎んですらいた。
それでもアイツは兄さんを囲い込む道具として便利だった。
アイツが居るだけで兄さんは周りの人間から距離を置かれるし、
兄さん自身はアイツに掛かりっきりでその事に気付けない。
そうやって兄さんを狭い世界の中に繋ぎ留める事ができた。
だから、私は馬鹿みたいに笑いながらアイツの姉の振りをしていた。
もっとも、アイツだって私の事を心から信頼しているわけじゃない。
というよりも、アイツは兄さん以外の全てを信じていない。
姉である私だって兄さんの血の繋がった妹だから敵じゃないだけ、
そういう考えがいつも見え透いていて、私はイラつかされた。
アイツが私をどう思おうと知った事じゃない。
けど、まるで自分が兄さんの妹みたいな態度をするのが許せなかった。
アイツは、兄さんの兄妹なんかじゃないのに。
304 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:40:18 ID:hRMTM8Cj
それに私とアイツだけじゃなく、アイツと兄さんの関係だって歪んでいた。
アイツは兄さんに依存していないと何も出来ない。
でも、兄さんは何でも出来る人で本当は他人なんて必要としていない。
だから、兄さんはそういうアイツの歪なあり方をどうしても理解できていなかった。
そのせいで二人はあんなに一緒だったのに、
アイツの望む兄さんと兄さんの思うアイツの姿はずっと噛み合っていなかった。
もしも私が何もしなければ、
そのすれ違いに耐えられなくなったアイツが、
兄さんを力ずくで自分のモノにしようとして失敗する。
そして、私達の関係はとっくに崩壊していたはずだ。
けれど、私が優しい姉としてアイツの不安を抑えて、
兄さんには信頼できる妹としてアイツの気持ちに答える方法を教える事で、
何とかアイツは兄さんの側に居られた。
そういう危うい関係で私達三人は成り立っていた。
けっして、アイツの為にそんな事していた訳じゃない。
私達の
歪な関係を私の手で終わらせる為だ。
それが兄さんを手に入れるための切り札になるって私は直観的に感じ取っていた。
そして、母さんからあの電話を貰った時に、
私が積み重ねてきた全てがカチリ、って噛み合った。
306 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:41:14 ID:hRMTM8Cj
私は二人に知らされる半年前に、母さんから二人について相談されていた。
笑える話だけれど彼女の目から見た私は、
兄妹思いの信頼できる次女に写っていたようだ。
二人の関係を尋ねる母の質問に、
私は二人は無理にでも早く結ばれるべきだと迷わずに答えた。
本当は兄さんが正しくて、アイツ自身の告白を待つべきだったのだけれど。
だって、アイツと兄さんの距離は確実に近づいていたのだから。
アイツの中には初めから兄さん以外なんて存在していなくて、
認めたくないけど、兄さんだってアイツに惹かれていた。
だから、いつかはアイツは自分の想いを兄さんに自分で告白し、
兄さんに受け入れられて結ばれていたはずだっただろう。
そして、それはゆっくりと時間を掛けないといけなかった。
そうしなければアイツの中の不安や葛藤を消す事が出来ない。
けれど、私は二人の距離を無理やり縮めた。
そのせいでアイツは突然の幸せに対応できず、より不安定になった。
その幸せの後で、アイツの心にいつも沈んでいた兄さんから見捨てられる事への恐怖を思い出させた。
だから、アイツは兄さんにより依存するようになった。
それからのアイツは兄さんに必要とされようと今まで以上に必死になった。
そうすればする程に兄さんに必要な物なんて無いんだと気付いて、焦る。
兄さんはそのアイツの焦りに気付けなかった。
307 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:41:44 ID:hRMTM8Cj
一方で、私は兄さんにはそんな事は教えずに当たり障りの無いアドバイスをした。
私の言った事はどれも一般的には間違ってはいないし、兄さんは私を信用している。
だから、兄さんは私の嘘に気付かなかった。
本当のアイツは兄さんに側に居てほしいとしか思っていない。
それから、自分以外の事になんて興味を持って欲しくないし、
兄さんは何もできない人でいて欲しいと本気で思っている。
……不愉快だけど、アイツと私の理想の兄さんはとても似ていた。
だから、兄さんが何かをする度にアイツの心は逆に不安定になる。
そして、そんなアイツを見て兄さんは、
アイツを喜ばせるためにもっと何かをしようとする。
しっかりと歯車の噛み合った悪循環だ。
最後にアイツが壊れるタイミングを計ってやれば良い。
一つは私という家族に嫌われる事で、
家族を失うっていうアイツのトラウマを思い出させてやる。
その後で兄さんに見捨てられるという、
アイツがいつも怯えていた最悪の結果を垣間見せてやる。
308 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:42:11 ID:hRMTM8Cj
その為に私は兄さんの才能を利用した。
以前から先生には兄さんに本気で絵を描かせて欲しいと相談されていたから、
その通りに兄さんを仕向けた。
そして、やっぱり兄さんは私の信じていた通りの成果を出してくれた。
兄さんがアイツ以外の物に興味を惹かれている姿を見せた後で、
もう一つ前々から先生に相談されていた留学の話をアイツに伝えた。
いつもだったら、優しい姉が慰めて落ち着かせてくれるだろう。
でも、そんな都合の良い家族なんてアイツには居ない。
もちろん、何よりも大事な兄さんも側に寄り添ってくれるだろう。
でも、今回居なくなるのはその兄さんだ。
そしたら私の目論見通り、つまらない位にあっさりとアイツは壊れた。
後は壊れたアイツが勝手に始末を付けてくれる。
もちろん、どうするかはアイツ次第だった。
もしも、兄さんと恋人になる前のアイツだったら何も言わずに、
兄さん以外の全てから心を閉ざしてお終いだっただろう。
そして兄さんはアイツの為に無理にでも側に居ようとするだろう。
309 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:42:52 ID:hRMTM8Cj
それでは今までと何も変わらない。
それでは私の願う結末は待っていない。
だから、私はアイツに自分の気持ちを兄さんに伝える事の大切さを教えてあげた。
そうしたらアイツは不器用だけれども、
自分から兄さんに近づくことや、自分のしたい事を言葉に出すようになった。
そして、兄さんがちゃんと応えてくれるという事を実感できるようになった。
そういう事を学んだから、アイツは自分から離れる兄さんを黙って見送る事が出来なくなった。
けれど、アイツのする事なんて単純だ。
アイツは信じられない位に暴力を振うのが上手い。
もし自分の思い通りにならなくなれば、結局それに頼らざるを得なくなる。
まあ、それでも躊躇っているようだったら、
もう2、3言付け足してやれば良かっただけの話だ。
アイツのお膳立てはこれでお終い。
310 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:44:01 ID:hRMTM8Cj
けれど、もう一つ、兄さんという最大の問題が残っていた。
そして、それはアイツに私が止めを刺さなかった、いや、刺せなかった理由だ。
私がアイツを庇ったのは奇妙に見えるだろう。
アイツが兄さんにした事をバラせば、アイツは兄さんの側から引き離される。
後には私と体の自由を失った兄さんだけが残り、私は兄さんを独占できる。
当然、それが叶うならば私は喜んでそうしただろう。
けれど、それは御空路 陽を誰よりも知っている私には無謀すぎる判断としか言えない。
兄さんは腕を失って、声を失ったくらいでは簡単に立ち直れる人だ。
少なくとも私の力ではどうやっても兄さんの心を折る事も繋ぎ留め続ける事も出来ない。
悔しいけれど、私には分かる。
アイツを追放すれば兄さんは絶対にアイツを迎えに行く。
そして、私は兄さんを失う。
それは私が絶対に避けなければならない最悪の結果だ。
だから、最後にアイツをもう一度利用する事にした。
どれだけ兄さんが強くても、アイツの心は弱い。
それは兄さんだって知っている事だ。
そして、もしも兄さんが何か余分な事をすれば、私はアイツを完全に壊せる。
ただ一言、そう兄さんに脅迫しただけで兄さんは何もできなくなった。
もう兄さんはアイツが側に居る限り私の手から離れる事は出来ない。
あんな事をされた今でも兄さんはアイツの幸せを心から願っているのだから。
311 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:44:39 ID:hRMTM8Cj
これで私の勝ち。
こうやって思い返して見るとまるで手品みたいに見えるから不思議ね。
けど、実際は私の計画なんてその場しのぎの取り繕いと、
子供騙しな思いつきの積み重ねだったんだから。
もし、兄さんが天才でなかったら
もし、私が兄さんの為にずっと尽くしていなかったら
もし、兄さんがアイツを受け入れていなかったら
もし、兄さんがアイツのことを本当に大事に思っていなければ
もし、母さんがアイツを本当の娘のように思っていなければ
もし、アイツが壊れた人間でなかったら
もし、アイツが、自分で言った通りに本当に兄さんを信じていたならば
もし、兄さんが、最後の最後に決心が揺らいでしまった私の背中を押してくれなかったら。
一つの要素でも欠けていたら、いや、ほんの僅かでもタイミングがずれていたら、
兄さんはきっとアイツだけのモノになって、私は兄さんを永遠に失っていた。
そうだ、これは初めから可能性なんてない賭けだったんだ。
賭けのチップは今まで積み上げてきた兄さんからの信頼。
それを失えば私の全ては破滅する。
そして、こんな下らない賭けは絶対に兄さんに見抜かれたはず。
私には一本の道しか初めから無くて、その先にはきっと破滅が待っていた。
可能性の無い賭け、それは狂気。
けれど、私は狂っていた。
可能性が無くても、それでも兄さんを自分のモノにしたかった。
だから私は、その狂った駒に私の持つすべてのチップを賭けた。
私は狂っていた、だから私は勝てた。
私の全ては兄さんに狂わされていた、だから私は幸せになれた。
312 幸せな2人の話 23 sage 2011/01/30(日) 01:45:12 ID:hRMTM8Cj
ちらちらと火が落ち葉を舐める。
その中でぱちぱちと布切れが楽しげな音を奏でる。
兄さんはこれを私への答えだと言っていた。
「兄さんは、ずっと私達と普通の家族でいられるって本気で思っていたんだね?」
その答えを受け取った時、私はやっと心から兄さんを壊す決心が出来た。
「違うよ、兄さんは私の玩具、だよ」
あの時言った言葉をもう一度、声に出してみる。
背筋にぞくりとした感覚が這い伝う。
それが言葉では表せられない位に、気持ち良い。
「くす、感謝しているわ。
あの時、私の背中を押してくれてありがとう、兄さん」
あはははは。
私は笑う、何もかもが面白い。
今までは何一つ思い通りになってくれなかったのが、
手の平を返した用に何もかもが思いのままになってしまうのだから。
最終更新:2011年01月31日 20:26