198 名前:
Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/04/19(火) 18:05:11.66 ID:DWhvMG8x
2話 賽は投げられた
寝起きの、夢現がはっきりしない中、頭を誰かに撫でられた。
壊れ物でも扱うような優しい手付きが心地良い。
こんな事をするのは、この家には一人しかいない。
「
姉さん……」
「佑ちゃん、起きたの?」
目を開けると、悪びれた様子のない、姉がそこにあった。
「姉さん、タイマーをセットしてるんだから、起こしにこなくても……」
「今日は佑ちゃんを起こしに来るついでに、一つ聞きたい事があるの」
そう言って、姉が取り出したのは、僕の携帯だった。
「この聖って、誰?」
背筋が震えた。だって、目の前の姉が、僕を虐めていた頃の目をしていたから。
まるで死んだ魚の目のような、そんな目をして。
「ひっ……人の携帯を勝手に見たの?」
「質問に答えてくれないかな、祐ちゃん」
ずいっと、姉が顔を寄せてきた。濁った目が、僕を見つめて離さない。
「私はね、心配なの。佑ちゃんは真面目で素直な良い子なんだけど、
流されやすい所があるから、どこぞの下種に誑かされて、
酷い目に遭うんじゃないかって。
……そうなってからだと遅いから、こうやって聞いてるの。
分かるよね、お姉ちゃんの言ってる意味、佑ちゃん分かるよね?」
ねぇ、ねぇ、ねぇ、とまるで壊れたオルゴールみたいに言葉を継がれる。
水の様に澄み切った声だから、余計に怖い。思わず目を背けてしまった。
「それは……、友達の名前だよ。昨日アドレスを交換したんだ」
「男、女?」
「男だよ」
「そう。……あまり変な場所には行かないでね」
ゆっくりと、姉が離れていった。それにつれてプレッシャーも引いていった。
「佑ちゃん、朝御飯の用意が出来てるから早く下りてきて。今日は出し巻き卵だよ。
自信作だから、お弁当にも入れちゃった」
向き直ってみると、姉は笑っていた。その笑顔のまま、部屋から出て行った。
怖かった。本当に怖かった。最近優しくなったと思ったけれど、
やはり姉は変わっていなかった。早く下りないと、また姉を怒らせてしまいそうだ。
ベッドから降り、服に手を掛けた。
「言い忘れるところだったわ」
突如、少しドアが開いた。隙間から姉の目が覗いた。
「これからは、どんな些細な事でも、ちゃんとお姉ちゃんに知らせてね。
……約束だよ、佑ちゃん」
そう言って、姉は階段を下りていった。
199 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/04/19(火) 18:06:24.23 ID:DWhvMG8x
三時限目の授業が終わった。この授業は必修ではないので、隣に姉がいる。
昨日の就寝前に、尊から待ち合わせ場所の指定があったので、後はそこに行くだけだ。
鞄を手に取ったところで、姉に声を掛けられた。
「佑ちゃん、私も付いていっていいかしら」
「別にいいけど」
別に断る理由はない。姉を連れて外に出た。
姉がなにを考えてるのか、朝の言葉を思い出せば容易に分かる。
思い出しついでに、いい事を思い付いた。姉に尊が下種であると、認めてもらうのだ。
そうすれば、今日尊と遊ぶ話も流れるし、それ以降も付き合う必要はなくなる。
尊の形を見れば、大抵の人が不良崩れと勘違いするだろう。勝算は十分にある。
「聖尊……。どんな奴かしら。……ふふふふふふっ……」
隣で姉がなにか言っている。怖いので無視した。
ぱっと思い付いた作戦なんて、役に立たないという事を僕は身をもって知りました。
待ち合わせ場所である大学正門前にいた尊を見た姉が、
「なんだ、男か」
と、急に興味をなくして帰ってしまったのだ。
そりゃあんまりだよ、姉さん。
尊はどう見たって下種な部類に入る服装をしてるでしょう。
心の中でそう絶叫しても、姉には届かない。
隣で、ポケーと姉の後ろ姿に見惚れてる尊をこちら側に呼び戻した。
時間が惜しいので、内容は自転車を漕ぎながら聞いた。
「最初はボーリングに行くぞ」
ボーリング、地質でも調べるのであろうか。
それを遊びというのかは分からないが、それはそれで楽しそうだ。
200 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/04/19(火) 18:07:09.34 ID:DWhvMG8x
こんなのボーリングじゃない。
目の前で行なわれているのは、どう見ても地面に穴を開ける作業ではなく、
ピンに向かって球を投げているようにしか見えなかった。
「騙したな、尊!」
「はぁ?騙すって、なにを?」
「地質を調べるんじゃなかったのか!?なんだよここは!
タバコ臭いし、うるさいし、まるで吹き溜まりじゃないか!」
「ちょっ……、まさか、ボーリング知らないのか!?」
どうやら、意思の疎通が出来ていなかったらしい。
尊の言っていたボーリングは、遊戯のボーリングであって、
僕の思っていた地質調査のボーリングとは違うものらしい。
物凄く帰りたくなったが、既にお金が払われているので、
仕方なく一ゲームだけする事になった。
球をピンに当てて倒せばいいのだろ、なんだ、簡単じゃん。
なんだろうか、この敗北感は。
スクリーンに映っている僕の名前の横に、FとGの行列が出来ている。
対する尊の横には、蝶ネクタイと三角形の行列。
ボーリングをやった事のない僕でも分かる。このゲーム、僕の完全敗北だと。
「いや、あそこまで芸術的にガーターを決められるなんて、ある意味才能だな、これは」
「尊、うるさい」
こいつ、わざわざ自慢するためにここに来たのではないか。そう勘繰ってしまう。
「もう一ゲームやるか?」
「あたりき!」
だったら、その鼻をへし折ってやるまでだ。
今度はこっちが蝶ネクタイと三角形の行列を作ってやる。
「なぁ、佑。そう落ち込むなよ。目が死んでるぞ」
「うるさい、馬鹿」
六ゲームもやって、一つもピンを倒す事が出来なければ、そんな目にもなるさ。
こっちはピンの直前でボールが右に曲がって溝に落ちてしまうから、
あえて左側に立って投げるという工夫をしたのに、今度は左に曲がって溝に落ちたのだ。
きっとあの床下には、誰かが潜んでいて、
ピンの直前で床を微妙に傾けているに違いない。
流石は吹き溜まり、汚い。こんな場所、さっさと出て行ってやる。
201 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/04/19(火) 18:08:03.37 ID:DWhvMG8x
ボーリング場から飛び出し、自転車に跨った辺りで、尊に追いつかれた。
「待てよ、佑。まだ帰るには早すぎるぜ」
「こんなのが続くんだったら、家に帰って寝てる方が遥かにましだよ」
「そんなこと言うなよ。……こっちも考えが足りずに悪かったよ。
次は絶対に大丈夫だから、付いて来てくれ」
尊に腕を掴まれる。次はどこの吹き溜まりに連れて行かれるのか。
帰りたい気持ちは変わらないが、どうせ言っても聞いてくれないのだ。
ならば最後まで付いて行って、失望して帰ってくればいいか。
それで尊との縁も切れる。
「……分かったよ」
吹き溜まりでもなんでも、どこにでも連れて行くがいいさ。
次に連れて来られた吹き溜まりも、相変らずタバコ臭いし、
うるさいし、それに目がチカチカした。
「ここは……?」
「ゲーセンだよ」
「臭い、うるさい、目が痛い、帰りたい」
「……お前の言った苦情はすぐになれるから、とりあえずやろうぜ」
尊に急かされ、とりあえず店の中を見て回る事にした。
格闘ゲーム。僕は殴り合うのは嫌いだから駄目。
UFOキャッチャー。あれは店の貯金箱でしょ。
ダンスゲーム。僕を殺す気。
クイズ。今更感があってやる気にならない。
プリクラ。舐めてんの、尊。
マージャン。やり方知らない。
メダルゲーム。地味。
店内のゲーム機の説明は尊がしてくれた。
それに意見を言ったら、段々尊の語気が弱くなった。
本当の事を言っているだけなのに。どうしたんだろう。
最後に説明されたのが、音ゲーだった。
音楽に合わせて、落ちてくる物体の色に対応するボタンを押すという、
実にシンプルなゲームだ。これだったら僕にも出来そうだ。
じーと見ていたら、尊に察せられてしまった。
「あれやりたいのか、やりたいんだな。よし、やろう」
などと言って、無理やり並ばされた。
その子供に接するような態度にイラッと来たが、黙っておいた。
ボーリングでの件もある。とりあえずはこのゲームをしよう。
今は先にやっている人のやり方を見て覚える事が先決だ。
順番が回ってきた。
尊が、初めてだからボタンは五つでいいよな、と言ってきたが、
それでは意味がないので、最大の九つにした。
モード選択画面が出てきたが、多すぎて訳が分からない。
適当にボタンを押していたら、勝手に始まってしまった。
「ハイスピード、ステルス、ノーミス……。ちょ、上級者でも絶対無理だ、これ!」
尊が後ろで騒いでいるが、もう気にはならなかった。
全神経を、目の前の落ちてくる物体に向けた。
202 名前:Rescue me ◆hA93AQ5l82 [sage] 投稿日:2011/04/19(火) 18:08:36.36 ID:DWhvMG8x
携帯を見ると、既に二十三時になっていた。
僕はボタンの叩きすぎで真っ赤になった手を振りながら、店の外に出た。
その後ろを尊が興奮冷めやらぬ表情で付いてきた。
「いや~、奇跡ってあるもんだなぁ~」
「……」
「まさか十三回目、それもあんなにノルマつぎ込んでパーフェクトを出すなんて」
「少し……、黙っててくれないか、尊」
柄にもなく自棄になってしまった。明日は筋肉痛確定だ。
「とにかく、二度とゲームはやりたくない。もう誘わないでくれよ」
「ほら、また嘘を吐いてる」
「はぁ……?」
また訳の分からない事を尊が言い出した。僕は思わず尊を見つめてしまった。
「ゲームをやっていた時の佑、本当に楽しそうだったぞ。
ミスした時なんか、露骨に悔しがってたし、
パーフェクトを出した時なんか、身体を震わして喜んでたじゃないか」
そんな顔をしていたのだろうか。だとしたらかなり恥かしい。
気が付いたら、駐輪場まで来ていた。
自分の自転車に鍵を差し込んだ辺りで、尊に声を掛けられた。
「お前はもう少し、自分に素直になった方がいいと思うぜ。じゃあな」
一足早く自転車に跨った尊は、その言葉を残して、先に帰ってしまった。
尊の言葉が、妙に引っ掛かった。それがどういう意味かはよく分からなかったが。
でも、分かった事もある。それは、これから先も尊との関係は続くだろうという事だ。
そうなると、またお金が掛かりそうだ。いつまでも尊に借りを作るのもよろしくない。
「少し、お金を稼がなきゃならないか。……アルバイト、面倒臭いなぁ……」
僕は自転車に跨り、ゲーセンを後にした。
最終更新:2011年05月08日 04:42