Heartspeaks 疾病妹の疾走

384 名前:Heartspeaks 疾病妹の疾走(1/2)[sage] 投稿日:2011/05/05(木) 03:25:40.08 ID:yb8XSaNV
「あれ、鳩子?」
「お兄……ちゃん?」

休日の街角でばったり顔を合わせたのは、兄と妹と、そしてもう一人。

「『お兄ちゃん』って……え、ながみーの妹さん?」

その日の鷹司の隣には、女性がいた。
同じ店の紙袋をそれぞれ手に持って、親しげに言葉を交わしながら歩いてきた二人連れ。

(警告! 警告! 異常事態発生中!! 何これ!? 一体何が起こってるの!?
 私ともあろう者が、こんなに距離が詰まるまでお兄ちゃんの存在を感知できなかった!!
 隣にこの人がいたせい!? 女連れのお兄ちゃんを認識することを、私の脳が拒絶したというの!?)

「あ、えーと。紹介する。妹の鳩子。
 こっちは、大学のサークル仲間の、小林」
「小林美鷺です。はじめまして」
女性は笑って軽くお辞儀した。Tシャツを押し上げている胸の曲線が、否応なく鳩子の目を吸い寄せた。

(サム、これは何ですか? いいえハトコ、それは彼女ではありません。
 本当なのサム! 彼女じゃないなら何なの? おっぱいなの!? ついでに貴方も誰なのよサム!!
 信じていいのね!? ヘイ黙らないでよサム! 昔みたいに『米軍は君が欲しい』って言ってよ!!)

「長峰鳩子です。兄がいつもお世話になってます」
混乱をおくびにも出さず、鳩子は如才なく挨拶を返した。
「二人で……買い物?」
「ん? ああ」
鷹司は手にした紙袋に目をやる。
「次の連休に、サークルの有志でプチ合宿やるって話しただろ。その買い出し」
「一通り終わって大学へ置きに行くとこなの」
「そうなんですか。お兄ちゃん、今日は遅い?」
「いや。晩飯までには帰るよ」
「分かった。……それじゃ、失礼します」
ぺこりと頭を下げると、鳩子は二人の脇を抜け、歩き去って行った。

「ちょっとながみー! あんな眼鏡美少女どこに隠してたのよ!!」
「いてーよ叩くな! 別に隠してないっつーの」
「やーん妹さん可愛い! 礼儀正しくておとなしそうで。似てない兄妹っているものねえ」
「ああまったくだ。サークルの誰かさんとの比較で余計そう思えるわ」
べしっ、と美鷺の手の甲が鷹司の額に直撃した。
「っっ……言ってる傍からお前は……」
「あら失礼。手が当たりまして?」
美鷺は両手を広げ、くるくる回りながら少し先を歩いている。
額をさする手の陰からその姿を眺めて、鷹司は小さく微笑んだ。


385 名前:Heartspeaks 疾病妹の疾走(2/2)[sage] 投稿日:2011/05/05(木) 03:26:21.69 ID:yb8XSaNV
ふらつく足で角を曲がり、やや人通りの少ない閑静な道に出る。

(二人で買い出し。合宿の買い出し。合宿って何だっけ? 買い出しって何だっけ?
 合宿だから宿を合わせるんだよね。同じ宿だよね。浴衣の君は鈴木の桟橋♪ってやつだよね。
 それから買い出しは買って出すことだよね。出してもいいように被せるものを買うんだよね。
 お相手のあの人は美鷺さんって言ったっけ。さすがお兄ちゃん、見立ても確かです。
 おっぱい大きいし美人だしおっぱいだし。お兄ちゃんくらいになればもうよりどりみどりなんだ)

震える膝が、体を支え切れなくなったように折れ曲がり、鳩子は歩道にしゃがみこんだ。
上半身が前のめりに崩れ折れ、とっさに両手をつく。

(お兄ちゃん……)

片足を引きつけ、膝に力をこめると、腰が高くなる。
掌を浮かせて指先で体を支える。力強く顔を上げれば、人影もまばらな一直線の歩道が続いていた。

(破ッッッ!!!)

鳩子は全身のバネでクラウチングスタートを切った。つむじ風が逆巻き、砂埃を舞い上げた。

(認めない! 認めらんない!! 何よ何よ何よ、何なのよーーーっ!!!
 サークル!? 合宿!? 買い出し!? サークルならさっさと記憶消されて戦闘から抜けなさい!
 合宿といえばお兄ちゃんどいてそいつ○せないの本場でしょ! マジでころころしちゃうよ!?
 買い出しは……か、貝くらい出すよお兄ちゃんの前でなら! あの人のより綺麗だよ! 多分!!)

風を巻き起こしながら、弾丸のように鳩子は駆ける。暗い怒りが膨らむほどにスピードも上がっていく。

(お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ!! 実の妹を差し置いて他の女と浮気ってどういう了見!?
 本当はお兄ちゃんの部屋にエロ本やエロDVDがあるのも嫌なのに百歩譲って見逃してるんだよ!?
 本棚の裏とクローゼットの隅とPCの空き箱の梱包材の下ね! 幼い系が好きそうで安心してた!
 なのに大学生と同伴! 一貫性欠けてます! 気さくなお姉さんタイプとか! それに胸とか胸とか!!
 妹の貧乳より他人の豊乳を選ぶの!? 私の胸がFカップになるまで待てないっていうの!?
 お兄ちゃんのバカ! 哺乳動物! 豆腐の角で転校生とぶつかって死んじゃえ!!)

店から出てきた鵜之介の前を、謎の影が猛然と走り抜けて行った。
「ぐあっ」
風圧で首が吹き倒される。うなじをさすりながら、鵜之介は影の後ろ姿を目で追った。
「今の……長峰さん!?」

(泣いてた……?)

駆け出そうとして、思い留まる。

(いや、僕が追いかけてどうするんだよ。長峰さんにとっちゃただの同級生だぞ。
 それに何があったかも分からないのに、首を突っ込む勇気があるのか……?)

一瞬の逡巡の後、鵜之介はぐっと拳を握りしめ、鳩子の後を追って走り出した。



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最終更新:2011年08月17日 23:04
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