24 名前:
Heartspeaks ドック・オブ・ザ・ベイ(1/2)[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 23:24:34.14 ID:5qHN06Sa
「とにかく……ちょっと休もう」
「うん……」
鵜之介が喫茶店の扉を開ける。カラコロとドアベルが鳴った。
全力疾走で汗ばんだ肌を、冷房の効いた空気が撫でていく。
二人は呼吸を整えながらよろよろ歩き、ボックス席にへたりこんだ。
「いらっしゃいませ~……って、鳩子? と小林君?」
「あ、八坂さん?」
「やーやー奇遇だねぇ。バイト先なのよん」
テーブルにお冷を置きながら鈴芽が言った。
「おふたりさんは、なぜおふたりさん? あれあれうふふー?」
「そこで偶然会ったんだよ」
鵜之介は苦笑した。鈴芽はぐったりうなだれたままの鳩子に目を移す。
「そういえば鳩子、なんか顔色良くないけど……」
「外で気分悪くなっちゃったみたいでさ。日差し強いから暑さに当たったのかも」
そう言ってお冷を鳩子の目の前まで押しやる。鳩子は両手でコップをつかみ、のろのろと口をつけた。
「大丈夫なの?」
「少し休んで様子見てみるよ。悪いけど、注文は後でもっかい聞きに来てくれる?」
「了解……じゃなくて、かしこまりました。鳩子、平気? ごゆっくりね」
(ソツのない受け答え。頼りになるなあ小林君……。さすが私の見込んだクラス盟徒だよ……。
私もとにかく回復しなきゃ……。でも熱中症じゃなくて兄中症なんだよね。そう簡単に上向かない予感……。
お兄ちゃんと買ったり出したり合わせたり宿ったりするあの人にどう対処すればいいんだろう……。
妹としては猟奇的に扱うのが相場なの? 拷問はまだできないけれどきっと覚えます……。これ母さんです……。
でも私にできるかな……。はてさてフムー……。だって鳩子はハト派なのです……。豆食系女子なのです……。
だめだめ弱気は厳禁だ……。お兄ちゃんは必ず私のところへ帰ってくるよ……。そう、男は船で女は港……。
港といえばドックの中で戦艦が出来ていくの萌え……。収納感がたまらないの……。完成したら空母やばい……)
黙ったままの鳩子を前に、鵜之介はお冷を一口あおった。ええと、と唸って目を泳がせる。
「その、思わず捕まえて連れてきちゃったけど……余計な事したかな」
「ううん。……ありがとう。ちょっと落ち着いた」
「それならよかった」
次の言葉のきっかけを探して、二人の間にしばし沈黙が落ちる。先に口を開いたのはまた鵜之介だった。
「余計なお世話ついでに……何で走ってたのか聞いていい?」
「………」
「お兄さんと、ケンカでもした?」
「!!」
(テ、テレパシー!? テレパシーなの!? 私のクラス盟徒はそこまで厨性能なの!?
もしかしてこの思考も読まれてるのかっ!? 貴様見ているなッ!! 見ないでくださいこの通りです!
お兄ちゃん好きはバレたって全然いいけど小学生男子の半ズボン好きとかバレるとちょっと困るし!!)
「あ、当たりかな」
驚く鳩子の顔を見て鵜之介は笑う。
「どうして分かるの……?」
「うちもケンカ中に
姉さんがダッシュで飛び出した事あって」
姉の行き先として鵜之介は、どう考えても電車距離にある隣町の名を挙げた。
「力尽きて倒れてたとこを通報されちゃって、もう大騒ぎ」
「………」
「やー、女のきょうだいってケンカすると走るんだね。うちだけかと思ってたけど余所も同じなんだ」
「そ、それは……どうだろう……」
25 名前:Heartspeaks ドック・オブ・ザ・ベイ(2/2)[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 23:25:34.39 ID:5qHN06Sa
そのとき再び、カラコロとドアベルの音がした。
「うわぁ涼しー! 重労働で疲れた体にしみるわー」
「荷物全部俺に持たせてるけどな」
聞き慣れた声に、鳩子と鵜之介は同時に店の入口を振り向いた。
「ん? ……おっ、よう鳩子」
鷹司だった。軽く手を上げ、二人のいるボックス席へ近付いてくる。
「うーちゃん!」
「あれ、姉さん」
連れの女性、小林美鷺も鵜之介と言葉を交わす。
(え、え、姉さんって小林君のお姉さん!? じゃこの人がテロ弁当とか隣町ダッシュの?)
「あら、さっきの……」
美鷺は鳩子に目を止めてそう言うと───いきなり強烈な目力をこめてその顔を睨みつけた。
(ひっ!?)
鳩子は竦み上がった。手にしていたお冷を危うくこぼしそうになる。
(睨まれてる!? すっごい睨まれてるっ!! ひいぃ!!
違うよねこれ違うよね!? 私があの人を睨むのが本来の姿だよね? どういうことなの! なんて理不尽な!!
ま、負けるもんか! 踏ん張れ私! 男は波平で女はフネだ!! ピンチの時は2コンに向かって叫ぶんだ!!
そもそも私が何したっていうのよこのおっぱい! どうしてあんたに親のカタキの如く睨まれなきゃいけないの!!
あんたこそ兄のカタキでしょ! お兄ちゃんそこで生きてるけどね! やったね!!)
「うーちゃん……何でその子と一緒にいるの……?」
「ああ、えっと、同じクラスの長峰さん。外でばったり会ってさ」
不穏な空気にまったく気付くことなく鵜之介は答えた。
「姉さんこそ男の人と一緒なんて珍しいね。ひょっとして彼氏?」
「ほへっ!?」
美鷺は素っ頓狂な声を上げた。
「やっ、ち、ち、ちちち違うのよ!? コレは、こんなのは彼氏とか全然そんなのじゃなくてね!?
そうサークル! 同じサークルなの、それだけ! 私とは縁もゆかりも血も涙も夢も希望もない男だよ!!」
「失礼な! 全部あるわ」
「あんたは黙ってて!」
(ありゃ? この人、もしや……)
いきなり取り乱し始めた美鷺を眺めながら、鳩子が感じた疑念はすぐに確信に変わっていく。
「ども。全然そんなのじゃないコレこと長峰です」
黙っているよう言われた鷹司は、お構いなしに鵜之介に話しかけた。
「鳩子の同級生なんだね。妹がお世話になってます」
「は、はいっ、こちらこそ……って、お兄さん!?」
今度は鵜之介が声を上擦らせた。鳩子のほうを振り返る。その表情は緊張にこわばっていた。
「な……長峰さん! とりあえず落ち着いて、ね?」
「?」
「お兄さんとはその、色々あるだろうけど、まずは冷静になろう?」
(あー。小林君の中では私、お兄ちゃんと大ゲンカして隣町までフルスロットル中なのか)
とっくに冷静になっている頭で、鳩子は思った。
「あ、あのねうーちゃん? これは絶対ほんとに彼氏とかじゃなくてね? むしろ血縁者以外は守備範囲外でね?」
「長峰さん……だいじょぶだから、ほ、ほら、お互い落ち着いて話せばきっと。短気はだめだよ」
「今日はよく外で鳩子と会うなぁ」
「えへへー」
「……何このカオス」
注文を取るタイミングを逸した鈴芽が、離れた場所で呟いた。
終
最終更新:2011年08月17日 23:03