Heartspeaks 友と書いて「とも」と読む

286 名前:Heartspeaks 友と書いて「とも」と読む(1/2)[sage] 投稿日:2011/04/28(木) 02:00:51.36 ID:Q0D0y2CU
入学式の翌日はもう通常授業の時間割である。
とはいえ新入生相手の最初の授業ということで、どの教師も今日は軽いガイダンスを行うのみだった。
授業の合間の休憩時間、使わなかった教科書を鳩子は黙々と片付ける。

(同じ中学の子は私入れて3人でクラスもばらばら。孤独なスタートになっちゃった。
 でもお兄ちゃんの残り香を追うために入学したようなもんだから全然平気!
 いやーお兄ちゃんがいた頃は周りを何百回うろついたかわかんないし校舎は超ホーム感覚なんだけどね。
 制服姿のJCでなかったら絶対通報されてたよ。実はされてる? 私が気付いてないだけ? どきどき)

そのとき前の席に座っていた少女が、椅子ごと体を回して振り返った。
「あんまり授業らしい授業、しないんだね」
「そう……だね。最初だからかな」
「あたし予習までしてきたのにー。拍子抜けだよ」
「ふふっ。緊張して損したよね」
入学式の後の自己紹介で、少女が八坂鈴芽と名乗ったのは覚えていたが、まじまじと顔を見るのは初めてだった。

「へー、長峰さんのお兄さんも寺高なんだ」
「うん。去年卒業しちゃったけど」
「あれれ? なんか残念そう? ひょっとして一緒に通いたかった?」
「そっそんなことは……。ただ、居たら心強いし、便利だったりするかなって……」

(うっわ! やべっうっわ! 顔に出てましたかデュフフ! 出るよねそりゃ出ますよねオホフ!
 別に隠す必要もないんスけどねブヒヒ! 一応まあ公共の場でのマナー的なアレといいますかねウピョ!)

「え、えーと。八坂さんは兄弟はいる?」
「うちも兄貴がいるけど、長峰さんとこみたいに仲良くないから。あ、それと鈴芽でいいよ」
「じゃ、私も鳩子で。……お兄さんと、うまくいってないの?」
「あー、なんかもうね。長いことロクな会話もないしさ。いてもいなくても一緒、みたいな」
「そんな……」

(ちょっとちょっと待ってよ八坂さん! あ、鈴芽ちゃんでいいんだっけ……。鈴公貴様!! このたわけ者!!
 兄がいるという至福に恵まれながら、その兄と仲違いするとは何という神への叛逆!!
 私なんか毎朝毎晩寝る前と起きた後、自分が妹である事に感謝して天地万物へ祈りを捧げてるのに!
 だいたい兄に欲情しないって何なの? 血が繋がってないの!? おかしいでしょ倫理的にも生物的にも!!
 はぁ……おばちゃんまだ若いつもりでいたけれど、最近の子のモラルにはついていけないわ……)

「その……、兄妹は、ずっと兄妹だから……。少しずつでも、仲直りしていった方がいい、と思う、よ。
 ごめんね、きっと鈴芽ちゃんには鈴芽ちゃんの事情があるし、余計なお世話なのはわかってるんだけど」
「ううん。ありがと。……そうだね、機会があれば、ね」


287 名前:Heartspeaks 友と書いて「とも」と読む(2/2)[sage] 投稿日:2011/04/28(木) 02:02:50.37 ID:Q0D0y2CU
昼休み。一緒に昼食を食べる相手のいない鳩子と鈴芽は、二人で机をくっつける。
(十二時かぁ。お兄ちゃんはまだ講義中かな)
窓の外にぼんやり目をやると、鳩子の隣、窓際の席の男子生徒が、ちょうど弁当箱を開けるところだった。
両手を添えて蓋を持ち上げた───その瞬間、彼はさっと顔色を変え、素早く元通りに箱を閉じてしまった。
そろそろと慎重に周囲をうかがい、そして鳩子と目が合う。

「……見た?」
「見た」
御飯の上一杯に海苔と錦糸卵で書かれた文字は、『入学 おめ!』と読み取れた。桜でんぶのハートもついていた。
「うう……参ったなもう」
自己紹介で小林鵜之介と名乗った彼は、弱弱しい声を上げて頭を抱えた。
「入学早々何すんのさ姉さん……」
「お姉さん?」
「なんか今朝、妙に張り切って作ってくれたんだよ。そしたら……」
「弁当テロだったと」
鈴芽がニヤニヤしながら言った。
「テロってそんな、大袈裟だよ。いいお姉さんじゃないの」
「……うん」

(お?)

「ありゃ、意外。よくねーよバカ姉貴だよーとか言うかと思った」
鳩子と同じ感想を、鈴芽が口に出す。
「言わないよ」
鵜之介は笑った。
「祝ってくれてるのは本当だし。それに、話聞いてたら、きょうだいと仲良くやれてるのはいい事だと思ってさ」
「え、さっきの話聞いてたの?」
「ごめん、耳に入ってきちゃって」

(おおお……!?)

「でもやっぱり照れるねこういうの。身内の良さを人に言うって、どうもみっともないというか」
困ったように鵜之介は頭に手をやった。

(こ、これは! ひょっとして見所のある若者!? 性別は違えどインセストの覇道を共に歩む同志キタ!?
 この世紀末を生き延びる為には見逃すわけにいかない邂逅かも! 世紀末までまだだいぶあるけど!)

「そんなことないよ」
鳩子は言った。
「みっともなくないよ。お姉さんを好きって気持ち……私は、とてもいいと思う」
身を乗り出し、瞳をじっと見つめる。鵜之介は魂を奪われたような表情で、呆然と鳩子を見返した。
「そう、かな」
「そうだよ」
鳩子は笑顔を見せた。
鵜之介の頬がみるみるうちに紅潮し、彼は慌てて弁当箱に向き直った。
「ほほう……」
キラリと眼を輝かせて鈴芽が呟いたが、それはもう鳩子の耳には届いていなかった。

(小林君だっけ。見つけたよ魂の同志よ! 共に世紀末を征こうじゃないか! だいぶあるけど!
 こんな近くに仲間がいたとはね。ただのクラスメイトだと思ってた。ごめん! 君は今日からクラス盟徒だ!!
 お姉さんへの恋の悩みや性の悩み、何でも相談に乗るからね! 私の悩みはかなり自己完結してるから別にいい!
 拝啓お兄ちゃん、鳩子はぼっち脱出に成功しました! 正直ダメかと思ってました! ちょっと泣きそう!!)



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最終更新:2011年05月06日 22:09
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