吸精之鬼 第5話

22 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/24(火) 12:45:10.35 ID:7qGQCMkx (2/6)
「わざわざ済まないな、大輝君!」
「いいですよ、何時もの事だから」
母の実家でもある福原の家、40歳近い男性が丁寧に礼を言う姿に困惑しながらも、大輝が答える。

男性は母の弟で、大輝と桜にとっては叔父に当たる人物だ。
独身だが、若い頃、それも今の大輝よりも年下の時に娘を作り、以降は一度も結婚する事なく、今まで過ごしている。

今回の用事は大した事なく、両親が小旅行に行った時の土産を届けに来ただけだ。
こうしたちょっとした用事で大輝が福原の叔父を訪ねる事は、昔から良くある事だ。

「大輝君は良く来てくれるが、桜ちゃんは久し振りだったね?」
叔父の顔が笑顔のまま桜に向けられると、桜は驚いたように、
「は、はい!お久し振りです!」
と返事をする。
そんな桜を大輝は苦笑混じりに見ていた。

別に桜は人見知りする性格ではない。むしろ人懐っこい方だ。
だがこの時は違った。
桜は福原の家に入った時から、この家が持つ独特の雰囲気に呑まれていたのだ。

福原の家は多少古風な日本家屋、かなりの規模があり、長年に渡り仕えているという使用人達までいて、一般家庭で育った大輝と桜にはそれだけでも威圧的だ。
更にそれだけでなく、やや悪趣味とも言える美術品や飾りがそこいらにある。
大輝も幼少の頃にこの家を訪れた時は、随分と怖い思いをしたものだ。
叔父の話によると、祖父(大輝から見れば曾祖父)の代に相当な財を成したらしいが、詳しい所は叔父は語らない。
また、この美術品等も祖父よりも前から伝わっている物が多いらしく、叔父曰く「せめてこれぐらいは受け継がないと」との事で、処分する気はないらしい。

「桜ちゃんもすっかり大きくなって」
「そ、そんな事ないですよ、クラスじゃ一番小さいし・・」
「そんな事は気にする事ないよ、桜ちゃん達のお母さんだって、中学ぐらいまでは随分と小柄だったんだからね」
「ほんとですか!?」
叔父と桜が、そんな親戚の会話を繰り広げていた時、勢い良く開いた障子から、「大輝!」と飛び出してきた女性の姿があった。

福原の一人娘、明日香だ。


23 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/24(火) 12:45:44.40 ID:7qGQCMkx (3/6)
部屋に飛び込むなり、明日香は大輝を抱きしめる。
「滅多に会えないから、お姉ちゃん、寂しかったんだよ!」
などと口にはしているが、基本的にはからかっているだけだ。
それは、
「は、離して!明日香姉さん!」
そう嫌がる大輝の顔を強引に自分の胸に埋もれさせると、
「テレちゃって、こうされるの好きでしょ!」
とケラケラと笑っている事からも分かる。
大輝がジタバタと暴れ、嫌がれば嫌がるほどに明日香は楽しくなつてくるのだ。

これは何時もの事、ただのじゃれ合いなのだが、その日は何時もより一人多かった。
「兄ちゃん!」
桜がそう大声を上げると、強引に明日香から大輝を引き離した。
その事でようやく明日香は桜の存在に気づいたらしく、
「あれ、ひょっとして、桜ちゃん?」
と少し目を丸くしながら聞いた。

「うん」
まだ噎せている大輝にしがみつきながら桜が、小さく頷いて返事をすると、明日香は、
「桜ちゃんだ桜ちゃん!久しぶりい!」
と喜びながらも桜を舐め回すように見ると、
「全然変わってなくて、可愛いまんまだあ!」
と荒い鼻息の中で言う。

そんな明日香に、流石の桜も怖じ気付き、懸命に大輝の背に隠れようとしたが、明日香はすかさずに桜を抱き込むと、
「久しぶりに会ったんだから、お姉ちゃんといっぱいいっぱいお話しよ!」
「お姉ちゃんが色々と、手取り足取り教えてあげるから!」
と、嫌がる桜に関係なく楽しそうに言葉を弾ませた。

「明日香姉さん、それくらいにしておいて」
ようやく呼吸が整った大輝が、明日香をそうやって宥める。
「あら、大輝、嫉妬してるの?」
大輝の言葉に、明日香は桜から身を離し、余裕の笑みを大輝に向けながら言った。
「そんな訳ないでしょう!」
「またまたテレちゃって!大輝の初恋の相手が私だって事、ちゃぁんと知ってるんだからね!」
そう得意気に言う明日香に、大輝は大きく首を振った。

大輝の初恋の相手が明日香であろうはずがない。
何故なら、明日香は大輝達の母に似すぎているからだ。


24 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/24(火) 12:48:01.64 ID:7qGQCMkx (4/6)
桜も母に似ているが、父親にも似ている。
それは大輝にも言えることだが、この両親から生まれたのだから、二人の特徴を受け継いでいるのは、当たり前と言えば、当たり前だ。
その桜より、明日香は母に似ていた。

父親似のせいか、それとも明日香の母が自分達の母に良く似た人だった為なのかは、大輝には良く分からない。
何せ大輝は、明日香の母を写真ですら見たことがないのだ。
男女の問題ではあるし複雑な事情があるだろうから、大輝はその事を叔父に詳しくは聞いた事はない。

ただ大輝に分かるのは、明日香の母が大輝の母に似ていると言うことは、叔父が姉に似た女性を選んだと言う事で、
”叔父さん、シスコンだったのかな?”と思うと、”シスコンも遺伝するのかも・・””と考えてしまい、思わず大きく首を振りながら”俺はそこまでシスコンじゃない”と懸命に否定した。

「に、兄ちゃん、どうしたの?」
大輝の異変に気づいた桜が不安そうに聞く。
「なっ何でもない!」
大輝が慌てて声を上げると、明日香が、
「教えて上げようか、桜ちゃん?大輝が何考えてたか」
と意味深な笑みを浮かべながら、桜に言う。
「え?教えて、明日香お姉ちゃん!」
桜が明日香の言葉に食いつくと、明日香は大輝を指差しながら、
「大輝はね、自分のシスコンぶりに悩んでたのよ!」
と得意気に言い放った。

「兄ちゃん、シスコン?」
「ちっ、違う!俺はそこまでシスコンじゃ・・」
大輝の目を見て言う桜に、大輝は懸命に否定しようとしたが、
「シスコンじゃない!」
ときっぱりと明日香に切り捨てられる。
「だって、今日まで桜ちゃんを私から隠してたんだから!」
「別に隠してた訳じゃ!」
「そうだったんだ、兄ちゃん…」
悪乗りする明日香を否定する間もなく、桜が呟いた。
「そうよ、大輝は桜ちゃんの身体を狙ってるわ!」
明日香が真顔を作りそう言うと、桜は頬を染めて俯き、
「兄ちゃんなら、いいよ」
と呟いた。

「ま、待て!そこは駄目だろ!駄目と言ってくれ!」
「何で?わたし、絶対に兄ちゃん以上のブラコンだもん!」
「変なとこで張り合おうとするな!」
「ダメ!ここだけは絶対に譲らない!」

大輝と桜の家に居る時と変わらないやり取りに、叔父は呆れながらも微笑ましそうに、そして明日香は暗い目を持って、二人を見ていた。


25 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/24(火) 12:48:44.84 ID:7qGQCMkx (5/6)
大輝と桜が帰った後、明日香は自室であることを決めていた。
不意に気付くと、そこに一人の女性が立っていた。
清水理沙だ。

「何だ、アンタか」
明日香は特に動揺もせず、理沙に声を掛ける。
理沙は丁寧に一礼をすると、
「どうやら昨日と違う考えに成られたようなので、確認しに来ました」
と静かな声で聞く。
「確かに変わったね、大輝とヤるつもりになったんだから」
答えた明日香の声も、何も変わらない普通の声だった。

「一応、お聞きしておきましょう。何故ですか?」
「別に、ただ気に入らないだけだよ、きょうだいで仲良くしてるってのが」
あくまで平静を装いながら答えた明日香だったが、理沙にはその言葉から滲み出る憎悪を感じる事が出来た。
それは理沙が自分の母親を知ってるからこそ、生まれたものだ。

「復讐ですか。別に構いませんが、そうしたら、貴女は大野大輝のモノとなりますよ?」
そんな理沙の言葉に明日香は口元を歪めると、
「私はアンタにだって興味があるほどだよ?そんな人間が…」
と笑い出した。
「私に興味を抱いてくれるのは光栄ですが、私がこの姿をしているのは理由がありますので」
「理由?何、それ?」
「吸精之鬼が男だから、これ以上は言えませんが」
追求しようとした明日香に対し、理沙はそれ以上は何も言わず、すぐに話を変えた。

「もし貴女が本当にその気なら、知っておくべき事が一つあります」
それは厳しく覚悟を問いただすような口調だった。
「何だよ、それ?」
明日香も流石に緊張気味に理沙の言葉を待つ。
「契約、義務と権利と言った方が分かり易いかも知れません」
「義務と権利い?」
その言葉に明日香はあからさまに嫌そうな顔をした。
「そうです。大野大輝が貴女を自分のモノとする権利を得た時、大野大輝は貴女が望む時には必ず精を供給する義務が課せられます」
「貴女は自身の望み通りに大野大輝より精を受ける権利がありますが、その為には貴女自身に貞操の義務が生じます」

「たったそれだけ?」
拍子抜けしたのか、明日香はそう言うと、
「権利だの何だのって難しい事、言う割に…」
そこまで言うと、堪えきれなくなったように笑い出した。
「ようは大輝を私に溺れさせれば、そんなの関係ないじゃん!」
明日香はそう言ってまた大きく笑った。

そんな明日香を理沙は、一抹の不安を感じながらも黙って見ていた。
今までこの契約を破ろうとした”人間”は存在しないのだから。


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最終更新:2012年02月16日 15:51
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