転生恋生 第十八幕

109 転生恋生 第十八幕(1/6)  ◆.mKflUwGZk sage 2009/12/23(水) 22:37:54 ID:AYR4jcTQ
 連休最終日。俺は快適な朝を迎えた。
 姉貴はさすがにこれ以上快復が遅れるのはまずいということで、寝袋に押し込めた上で両親の寝室に寝かせられた。
 親父とお袋の布団の間に姉貴が置かれたわけで、姉貴もまさかこの歳になって「川の字」になるとは思わなかっただろう。
 ともかく、俺は姉貴に襲われる心配なしにぐっすり眠ることができた。
「おはよう」
 俺がダイニングに降りていくと、親父もお袋も眠そうな顔をしていた。昨夜はお楽しみでしたね?
「それならよかったんだがな。仁恵が寝袋に入ったまま部屋を這い出ていこうとしたんで、その度に母さんとふたりで取り押さえなければならなかった」
「まるで巨大な芋虫だったわよ」
 恐ろしいほどの執念だな。そうまでして弟を手篭めにしなけりゃ気がすまないのか。
 なんにしても、両親のおかげで俺は久しぶりに安眠できたわけだ。
「でもまあ、熱は下がってきたみたいだな。今日一日休めば、明日は学校に行けるんじゃないか」
 結局姉貴の連休は俺の看病と自分の病気で明け暮れたわけだ。自業自得とはいえ、哀れな気がしなくも……いや、まるでしないな。

 親父は有給休暇をとって、明日ゆっくり単身赴任先へ戻るというので、今日は我が家でのんびりするらしい。
 俺はどうしようか。姉貴の看病をするべきだろうか。
 迷っていると、携帯が鳴った。猿島からだった。あいつから電話がかかるのはこれで2度目だ。普段は全くかかってこないし、こちらからもかけていない。
「もしもし」
「もしもし。桃川君、おはよう」
「おはよう。風邪は治ったのか?」
「おかげさまで。ねえ、今日は暇かしら?」
 来た! 思わず歓声をあげそうなところをなんとかこらえる。努めて冷静に答えた。
「ああ、暇だ」
「じゃあ、午後から遊びに行かない?」
 デートの誘いだ。けど、デートという単語を使うのが気恥ずかしい。
「いいけど、けいちゃんとして来るのか?」
「ううん、新キャラを作ったの。だから、桃川君に見てもらいたくて」
 今度は何だろう? 本音を言えば猿島本人とデートしたいけど、どんな役作りをするのかにも興味がある。
「わかった。待ち合わせ場所は前回と同じか?」
「そうね。それがいいかしら」
 時刻も前回と同じく1時と決まった。早めに昼食を摂っておかないとな。



110 転生恋生 第十八幕(2/6)  ◆.mKflUwGZk sage 2009/12/23(水) 22:39:22 ID:AYR4jcTQ
「ひとつお願いがあるの」
「何だ?」
「間違いなく私が先に桃川君を見つけて声をかけるから、『おまえ誰だ?』なんて言わずに、そのまま話を合わせて」
 すんなり役に入るためらしい。つまり、それだけ普段の猿島からかけ離れたキャラで俺の前に現れるというわけだ。
 前回のけいちゃんもまるで別人だったからな。久しぶりに猿島の芝居が見られるだけでも1日潰す価値はある。
「わかったけど、今日はどういうキャラをやる気だ?」
「それは見てのお楽しみ」
 いつもと同じ抑揚のない淡白な話し方なのに、何故か電話の向こうで猿島が笑ったような気がした。
 電話を終えて、お袋に午後から出かけることを告げると、勘が働いたのか、ニヤニヤしだした。気持ち悪いな。
「太郎もやるじゃないの。昨日の今日でデート?」
「姉貴には内緒にしてくれよ」
「どっちみち寝込んでいるから、何もできないでしょ」
「いや、姉貴なら這ってでも邪魔しに来そうな気がする」
 前回はどうやって出し抜いたんだっけ? そうだ、姉貴がブルーデーだったからだ。
 考えてみれば、昨日雉野先輩に会ったのも姉貴に知られるとやばいな。
 柄にもなく、着るものを選んでいるうちに昼になり、俺はうきうきしながら家を出た。姉貴の部屋の前を通り過ぎるとき、「どこかへ行くの?」と弱々しい声がドアの向こうから聴こえて、どきりとした。
「ちょっと買物に行くだけだ。すぐ戻る」
 そうごまかして足早に去った。「早く戻るのよ」という声が聴こえたような気もするが、あえて記憶に残さないようにする。
 前回同様、1時ちょうどにF駅についた。猿島らしき人影は見えない。
 できれば、今回は俺が先に猿島を見つけてやりたい。柱を背にして、ホームにつながる階段に目を凝らす。多分ウィッグや化粧で外見は別人みたいになってるだろう。だから背格好で探す。
 ……さっぱりわからん。背格好だと誰も彼も怪しく見えてしまう。だけど、今のところ猿島と同じ身長の女は全員が俺の前を素通りして、改札を抜けていく。
 不意に、目の前に女の子が立った。ぱっと見たところ小学生と中学生の境界線くらい。上はTシャツにパーカー、下はハーフパンツにスニーカーという服装で、ポシェットを腰に提げている。
 実にあどけない顔で、女の子が俺に笑いかけてきた。
「お兄ちゃん、待った?」
「は?」
 思わず、間の抜けた声を出してしまった。俺に妹なんていたっけ? いや、いないはずだ。全く記憶にない。
 それとも親父の隠し子発覚か? そんなことはないだろう。そう信じたい。
 するとこの子は……?
「人違いじゃないの?」
「ひっどーい」
 女の子は可愛く頬を膨らませる。
「お兄ちゃん、けいのことを忘れたの?」
「え!?」



111 転生恋生 第十八幕(3/6)  ◆.mKflUwGZk sage 2009/12/23(水) 22:40:27 ID:AYR4jcTQ
 猿島、と言いかけて、危うくその固有名詞を飲み込んだ。声をかけられたら、そのまま話を合わせるって約束だったっけ。
 それにしても、今目の前にいるのが猿島とは信じられない。前回のけいちゃんも普段とは別人だったが、今回のけいはどちらとも違う。
 確かに、髪型はいつもと同じだ。眼鏡はしていないが、コンタクトをしているときの目はけいちゃんのときに見たことがある。
 だけど、とにかく表情が幼い。とても高校2年生には見えない。前回と違って特に化粧をしているようには見えないのに、どうなってるんだ?
「ねえ、お兄ちゃん。いつまで妹の顔をじろじろ眺めてるの?」
「ああ……すまない」
 腕を引っ張られて、俺はようやく我に返った。とにかく、今日はデートだ。相手がけいちゃんだろうがけいだろうが、俺が話を合わせるのがルールだ。
 しかし、普通の兄妹って、休日にデートするのか?
「けい……はいつの間に俺に近づいたんだ? ホームの方をずっと見てたんだけどな」
「えへへ……お兄ちゃんを驚かそうと思って、ちょっと早めに来てたんだ」
 けいは悪戯っぽく舌を出して笑った。けいちゃんのようなコケティッシュな可愛さではなくて、頭をわしゃわしゃと撫でてやりたくなるような可愛さだ。
 だからそうした。
「髪が乱れちゃう! やめてよー」
「驚かした罰だ」
 これで打ち解けた気がする。
「それじゃあ、出かけようか。どこへ行きたい?」
 結局前回と同じT駅へ向かうことになった。電車の中で、けいは買ってほしいものがあるとねだってきた。
 おいおい、本当に買わせる気か? 俺の懐はそんなに暖かくないぞ。
「だってー、カワイイの見つけたんだもん」
「自分で買えよ」
「お兄ちゃんにプレゼントしてほしいの」
 そんな他愛もない話をするうちにT駅へついた。
 前回同様ショッピングモールでウィンドウショッピングとなったが、今日はファンシーショップに入った。
「あれ買ってー」
 可愛くねだる様子は本当に子供っぽい。そういや猿島の部屋にはぬいぐるみが多かったな。
「ねえ、買ってよー」
 けいが指差しているのは体長1メートルくらいのウサギのぬいぐるみだが、値札を見ると諭吉さん1枚でカップラーメンを買える程度のおつりが返ってくる数字だ。
 ……買えるわけないだろ。
「やだやだ欲しいよー」
 駄々をこねるけいにちょっと苛っとする。店員が獲物を見つけた鷹の目で近づいてくるのを察知したので、無理矢理けいの腕を取って店から連れ出した。
「わがまま言うと、遊んでやらないぞ」
 俺にしかられたけいはしゅんとなった。しょうがないなぁ、安いもので機嫌をとってやるか。



112 転生恋生 第十八幕(4/6)  ◆.mKflUwGZk sage 2009/12/23(水) 22:42:04 ID:AYR4jcTQ
「ほら、おやつにするか」
 手近なパティスリーを指すと、けいはすぐに目を輝かせる。そのまま中へ入り、ふたりでケーキと紅茶のセットをいただいた。
 すっかり元気になっている。やっぱり女の子は甘いものが好きなんだな。
 それからアミューズメントパークへ入場し、けいの要望でカラオケに行った。俺はもっぱら最近の男性アーティストの曲を歌った。けいは女性アーティストの曲を歌ったが、低音の曲が多かった。
 ……猿島って、歌もわりとうまいのか。ミュージカルとかできるんじゃないか?
 1時間ほど歌いまくってタイムアウトとなった。今日は混んでいるということで、延長は断られた。
「ねぇ、観覧車に乗りたい」
 けいがそう言うので、俺たちは20分ほど行列に並んでから、観覧車に乗り込んだ。
 あれ? このパターンは……
「お疲れ様。今日はイマイチだったわね」
 目の前に猿島がいた。べつにウィッグを外したわけでも、眼鏡をかけたわけでもないのに、さっきまでの幼い女の子はもういない。
 普段学校で顔を合わせている猿島景以外の誰にも見えない。
「……今日もいい芝居だったと思うけど。かわいかったし」
 今気づいた。猿島は服装こそ子供っぽくしていたけど、あとはメイクも扮装もなく、表情の演技だけで実年齢より3、4歳ほど幼い女の子になりきってみせたんだ。
 これって凄い演技力じゃないか?
「ダメ。今日は桃川君をうまく引き込めなかったわ。途中で何度か、『前回はどうだった』とか考えていたでしょ」
 気づかれたか。
「役者は観客が自分の芝居に夢中になっているかどうか、わりと敏感なのよ」
「やっぱり、妹ってのが無理があったんじゃないか? この年頃の女の子って、兄と遊びたいとは思わないだろ?」
「私の場合は、兄と年が離れていたから、わりと甘えさせてもらえたんだけど、桃川君相手だとちょっと不自然だったかしら」
 なるほど、今日の女の子は過去の猿島の姿を投影していたのか。
「それとも姉の方がよかった?」
 絶対嫌だ。
「そういえば、お姉さんがいるんだっけ」
 頼むから真似してくれるな。
「だけど、こういう芝居の練習みたいなこと、女友達とかにもやるのか?」
「ううん。桃川君だけよ」
 どうして俺にだけはこんなことしてくれるんだろう。
「そうね……。自分でもわからないけど、なんか桃川君には運命的なものを感じるの」
 それって期待していいのか?
「たぶん、桃川君には役者の創作精神をかきたてるような要素があるんだと思う」
 色気のある話にならないなぁ。……でも、前に脚を触らせてくれたことがあったっけ。今、頼んでみようか。
 と思ったが、観覧車が1周してしまった。俺たちは係員の手で外へ出される。
 今日はお開きとなった。前回同様、T駅で別れた。けいちゃんのときと違って、後姿を思い浮かべようとは思わなかった。あれはおかずにできない。



113 転生恋生 第十八幕(5/6)  ◆.mKflUwGZk sage 2009/12/23(水) 22:42:56 ID:AYR4jcTQ

 家の近くまで来たとき、突然何者かが鳩尾にタックルしてきた。
「うげっ!?」
 呼吸が止まって尻餅をついた。何だ? 強盗か?
 顔面を湿った感触が走り抜ける。舐められていると気づいて、相手が誰だかわかった。
「離れろ!」
 突き飛ばすようにして引き剥がした相手は、案の定司だった。
「ご主人様、こんにちは!」
 まるで悪びれずに元気な声で挨拶する司は、初めて見る私服姿だった。カットソーにジーンズだ。
「おまえがどうしてここにいるんだよ」
「ご主人様を探しに来たの」
 俺本人というより、俺の家だな。誰に聞いたんだ?
「雉さんに教えてもらったの! ご主人様、昨日応援に来てくれたんでしょ? お礼が言いたくて来たんだよ!」
 雉野先輩の名前が出て、俺は焦った。まさか、手コキのことまでしゃべってないだろうな。
「ねぇねぇ、ボクが走ってるとこ、カッコよかった?」
 司にまとわりつかれながら歩くうちに、俺の家が見えてきた。玄関先に誰か立っている。
「たろーちゃん!」
 姉貴だった。パジャマの上にガウンを羽織っている。とりあえず裸でないのはほっとしたが、そんな格好で外に出たらまた風邪がひどくなるぞ。
「姉貴! そんな格好で外に出るな。ちゃんと寝てろよ」
「だって、たろーちゃんが夕方になっても帰ってこないんだもの。心配したのよ」
「だからって外へ出るなよ」
 姉貴を早く家へ入れよう。そう思ったのに、俺は腕を引っ張られて足を止めなければならなかった。
 司が俺を引き止めたんだとわかる。
「司? どうかしたか?」
 司は物凄い形相で睨んでいた。視線の先には姉貴がいる。
「おい、司……」
「たろーちゃん!」
 今度は姉貴が叫んだ。姉貴の方を向くと、姉貴も鬼のような顔で司を睨んでいる。
 何だ? 何が起きているんだ?
「たろーちゃん、こっちへ来なさい! 早く!」
「ご主人様、行っちゃダメ!」
 ふたりが逆方向から全く同じような要求をする。どうしろと言うんだ。
「早くそのバカ犬から離れて!」
「鬼のところへ行っちゃダメ!」
 よくわからんが、ふたりとも顔見知りなのか? とりあえず俺は司に注意することにした。
「こらこら、人の姉を鬼呼ばわりするな」



114 転生恋生 第十八幕(6/6)  ◆.mKflUwGZk sage 2009/12/23(水) 22:44:03 ID:AYR4jcTQ
「姉? あの人、ご主人様のお姉さんなの?」
 司が驚愕の表情を浮かべる。知らないで鬼呼ばわりしていたのか?
「たろーちゃんから離れろっ!」
 目を離した隙に、姉貴が突進してきた。ダッシュから、体重の乗った左ストレートを振りぬく。
「危ねぇっ!」
 俺は思わずのけぞった。いや、俺じゃない。狙いは司だ。姉貴が全力で殴りつけたら、司なんかひとたまりもない。マジで死ぬぞ。
 だが、司は素早い身のこなしで姉貴の攻撃をかわしていた。バックステップで距離を取る。やっぱり風邪のせいで姉貴も本調子じゃないんだな。
 それでも、姉貴は俺から司を引き離す目的は達したので、俺を抱き締めた。
「やめろよ、姉貴。こんな人前で……」
「このバカ犬っ!」
 姉貴は俺そっちのけで司を罵る。
「よくも顔を出したわね! ぶち殺してやる!」
 おいおい、物騒なことを言うなよ。
「こっちのセリフだよっ! 咽喉笛噛み切ってやる!」
 司も何を言ってるんだ。
「落ち着け! ふたりとも路上だぞ!」
「ええ、そうよ! コンクリートに叩きつけてやればすぐに終わるわ!」
「おまえみたいなノロマにボクが捕まるもんか!」
 聞いちゃいねぇ。
「どうしたんだよ、ふたりとも。何か俺の知らないうちに喧嘩でもしたのか?」
 するとふたりとも俺に向き直ってまくし立てた。
「こいつは千年前に私たちをひどい目に遭わせた仇なのよ!」
「そいつが千年前にご主人様を誑かしたんじゃないか!」
 ふたりとも、「忘れたの!?」と俺を責める。いや、忘れたも何も、俺には全く心当たりがない。
 ……待てよ、千年前? どうしてふたりとも同じ数字をあげるんだ? そういえばふたりとも電波女だったけど、それにしても同じ内容?
 最近、似たような話があったぞ。……そうだ、雉野先輩の話と姉貴の話が微妙に符合していた。あれも千年前?
 司も生まれ変わりがどうのとかいう話をしていた……。まさか、姉貴の話とリンクしているのか? 
 いやいや、そんなことがあるわけが……。
「たろーちゃん!」
「ご主人様!」
 ふたりに詰め寄られながら、俺は頭が混乱して、足元がぐらつくのを感じた。
「たろーちゃん! 大丈夫!?」
 姉貴が俺を肩に担ぎ上げて、家の敷地内に飛び込んだ。俺はなすすべもない。ただされるがままだ。
「ご主人様! 必ず助けてあげるからね!」
 司の絶叫が鼓膜を打つのを感じながら、俺はぐるぐると目が回って、意識が遠のいていった。 

 我に返ってみると、お袋が心配そうに姉貴を介抱していた。俺が気を失ったのはほんの一瞬で、入れ替わりに姉貴がダウンしたらしい。
「無理するなって言っただろうが」
 俺はお袋とふたりがかりで姉貴を部屋へ運んでいって寝かせたが、姉貴は上の空で「殺す……ぶっ殺す……」とうめいて、お袋を気味悪がらせた。
 いったい、何がどうなっているのか、俺にはさっぱりわからない。
 ただひとつ言えることは、姉貴と司を会わせてはいけなかったということだ。そしてそれが起こってしまった以上、事態は確実に悪い方向へ転がり始めている。


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最終更新:2010年01月07日 20:26
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