「上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Time enough for Love/Part08」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Time enough for Love/Part08 - (2011/05/24 (火) 23:12:01) のソース

----
#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Time enough for Love)

第3章 謀略と別離


8. 「A Dreigroschenoper」


 インデックスの学園都市への来訪日が決定した。
 それがこの「三文オペラ」公演初日。
 演出家の筋書き通りに物語は進む……かどうかはわからない。

「使節団の中に、反対派の重鎮らがいるんだぜい。
お前さんら2人は、派手にやらかして、せいぜい連中の関心を引いてもらうんだにゃー。
カミやんには、おそらくこれから、監視やらなんやらついてくると思うぜい。
痴話喧嘩だろうが修羅場だろうが、台本通りなら、好きにやってくれればいいんだにゃー」

 これが最後のリハーサル。
 演出家土御門元春の手腕や如何に。

「でもよ、俺がイギリス留学ってどうしてこうなったんだ?」

 上条がこめかみを押さえて言った。

「しょうがないじゃない。
あっちへ渡る大義名分がいるわけだし、昔の女に会いに行くってだけではこの街は出られないでしょ」

 美琴が隣で口を尖らせている。

「アンタがちゃんと理解してもらわないと、こっちも困るんだからね」

 ――まったく…、と言いながら、その表情は決して明るいものではなかった。

「私と当麻が一緒にいられるのも、あとわずかな時間なのだから……」
「――そう……だったな……」
「……」

 恋人たちが醸す重苦しい雰囲気を振り払うように、魔術師たちが、わざとおちゃらける。

「いちゃつくのは、巣に帰ってからにしてほしいぜい」
「見せ付けられるこちらの身にもなってほしいものです。上条当麻に御坂美琴」

 美琴は2人の心遣いに感謝をしつつ、確認作業に入った。

「いい?もう一度言うけど、アンタは私を捨てて、あの子を追っかけて、イギリスの大学に留学すんのよ。
留学期間は3年間。状況によって変わるからそのつもりで。
詳細は現地で確認してね。
今の大学は休学扱いになるけど、向こうの単位はそのまま有効になるから、ちゃんと勉強してたら大学卒業は大丈夫なはずよ。
あと、住むところは「必要悪の教会(ネセサリウス)」が手配してるから。
防御魔術や結界も用意されると思うから、その右手には気をつけること……」

 上条は、一体お前はどこの少佐殿ですかと言いそうになったが、口に出さずにいた。

「それから以後、任務終了まで私とは一切の連絡を断たなきゃダメよ。手紙もメールも電話もダメなんだからね。
携帯もこちらのは解約しないと……。向こうで新しいのを手配してね。
エシュロンじゃないけれど、どこで傍受されるか分からないから。
敵は魔術だけじゃなくて、こちらにもいるってことを忘れちゃダメよ。
緊急時は『必要悪の教会』経由でね。
まぁ……そうね。どうしてもというのであれば、刀夜さんがイギリス出張時に、手紙を預けてもらうのなら問題ないかな。
でも証拠を残すわけに行かないから、読んだあとは必ず焼却処分すること」

――俺に00番号はあるんですかと聞いてみたいがやめておこう。
――ま、土御門も横で頷いているから問題は無いのだろう。
――あと何か質問は?と言われたが、特に思いつくことも無い。
――あったとしても、臨機応変で解決できるんじゃないかと感じている。
――むしろ問題は美琴とのことだけだ。

「なら後は開演を待つだけか……」

 最後に残ったのは沈黙だけだった。


 魔術師らと別れた後、上条と美琴は無言のまま歩いていく。
 上条は抱きかかえるように、その手を美琴の腰に回し、美琴は上条にもたれる様に彼女の身体を密着させる。
 そこに恋人特有の甘さはなく、悲劇を感じさせるような重く切ない空気が漂う。
 先に口を開いたのは美琴だった。

「ね……今日は……帰りたくないな……」

――ずっと一緒に……

「どこか……泊まるか?」

――ずっと一緒に……

「このまま……2人で……どこかへ……」

――遠くへ……誰も知らないところへ……

「美琴……泣いてるのか?」

――言えない……

「ごめん……涙……止まらなくて……」

 上条はその胸に美琴を強く抱き締めた。

「美琴……、泣くなら今のうちに全て泣いてくれ……
せめて別れる時は……お前の笑顔を見ていたいんだ……」
「当麻……当麻も……泣いてるの……」

 上条の顔が赤くなる。

「違う……汗だ……」
「目から……汗……」
「黙れ……口……塞ぐぞ……」
「塞いでみなさいよ……」

 2人は涙を流しながら、深く、思いを籠めて口付けを交わした。

「少しは気が晴れたか?美琴……」
「当麻の方こそどうなの?」
「少し……はな……」
「嘘つき。スッキリしたって顔してるわよ」
「――最近、泣いてなかったからな……」

――誰も知らない……私しか知らない当麻の秘密……
――本当は泣き虫だってこと……
――だよね……
――私だって泣き虫だもの……
――当麻しか知らない私の秘密……
――ね、私の知らない当麻の秘密。
――当麻の知らない私の秘密。

「どちらが多いかな……」

――呟いてみた。

「え――?」
「ね、どう思う?」
「何が?」
「秘密……」
「?」

 当麻が何を言ってんだ?って顔をしてる。
 私しか知らない私の秘密。
 当麻にも教えてあげない。

「帰りましょ……」
「どこへ?」
「当麻の部屋」
「――狼の巣へようこそ」

――狼って……一夫一妻なのよ。知ってる?

「優しくしてね、狼さん……」

 もう一度口付けた。


 部屋に戻ると、美琴が黙って抱きついてきた。
 背中に回した手に力を込めて。
 俺は美琴の頬に手を添えて、唇を貪る。
 舌を絡ませる。
 美琴も激しく求めてくる。
 息が上がる。
 こんなに……どきどきするのは……
 なぜだ……
 気持ちが焦って……
 欲しい……たまらなく……我慢できない……
 いますぐ……刻み付けたい……

「美琴……欲しい……」
「当麻……来て……抱いて……強く……お願いだから……」

 あの時の美琴の涙が脳裏に蘇える。

「お願い……激しくして……刻み付けて……」

 ああ、本当に不安なんだよ……
 俺はどこへも行かない……
 お前もどこにも行くな……

「刻み付けてやる……お前の身体に……俺の印を……」
「刻んで……めちゃくちゃに……傷をつけて……貴方の印を……」
「忘れないように……忘れられないように……」
「当麻……とうま……とお……まぁ……」
「美琴……みこと……みこ……とぉ……」

 お互いの名前を呼びながら、俺たちはずっと求め合った。
 狂ったように……傷つけあうように……何度も何度も……。
 一晩中……朝も……昼も……夜も……そしてまた朝も……
 眠り、食べ、求め合った。
 ただひたすら本能のままに、欲望のままに。
 お互いの、飢えた心が、悲鳴をあげる間ずっと……
 救いを求めて、ただ求め合った。
 忘れるためには……獣になろう……
 人でいるには……つらすぎるから……


 そんな中、ふっと気持ちが醒めた……。
 あの時のことがなぜか思い出された。
 こんな時に……。
 こんな時なのに……。
 それでも思い出すと、胸の奥がまだ痛い。
 あれから3ヶ月たって…え?3ヶ月しかたっていない?
 なのに美琴とはすっかり馴染んで……心も……身体も……。
 いつの間に俺達はこうなっていたのか?
 そうか……あの時、俺は全てをアイツに、インデックスにぶちまけたんだ。
 だから俺の中に何も思い残すことは無かったんだ。
 何もかも全て出してしまったんだ……。
 もしあの時、何も言えなかったら……
 俺は今も未練を残したまま、思いを残したまま、苦しんでいただろうな。
 そこに誰も入れることも出来ないまま。
 美琴さえも入れることは無かったんだ。
 もし……



「当麻……何を見てるの?誰を見てるの?」

 俺は美琴の声で気が付いた。

「あ、いや……すまん……」
「あの子のことでしょ」
「いや、ま、そうだ……」
「まだ……痛むの?」

  美琴の顔に、不安が浮かんでいる。

「ん、前ほどじゃないよ。それに……
今は美琴がいるから」
「私はまだあの子の……代わり……かな?」

 美琴がまた泣きそうな顔をしていた。
 俺はその顔を見て、自分の中で何かが弾けた。

「違う!それは絶対に違う!
俺の中に、あの時の思いは残っていない。
あの時、俺は全てを吐き出したんだ。
全ての思いを、インデックスにぶつけたんだ。
だから今の俺には、もう何も残っていない……」
「当麻……」
「だから俺も、インデックスも、そして美琴も救われたんだと思う。
もし俺があのまま、何も言わずにインデックスと別れていたら、
俺はここにいなかっただろうし、お前もここにいなかったと思う。
だから、これでよかったんだ。
今の胸の痛みは、失ったものの痛みなんだ。
だから時がたてばいつかはきれいになる。
だけどもし思いを残していたら、今頃俺は、その重さに潰れていたかもしれない。
あの時、俺に勇気が無かったら……自分の生き方を貫けなかったら……」
「当麻は強いもの……」
「そんなことないさ。
俺は美琴がいたから、こうして早くに立ち直れたんだ。
俺がこうして美琴だけを見ていられるのはお前のおかげなんだ。
ありがとうな。……愛してるよ、美琴……」

 俺の言葉に、美琴は顔を赤くして、涙を流していた。

「私もよ。愛してるわ……当麻……」
「美琴、聞いてくれ……。
俺はさ、未来はいずれにせよ、過去に優ると思う。
だから、真直ぐ突き進めるんだと思っている。
記憶喪失だからって、それが進まない言い訳になるわけでもない。
昔の俺がそうだからといって、今の俺も同じでないといけない理由は無いって、思えるようになったんだ。
不幸だってことも、足を止める理由にはならないんだ。
失ったなら、また掴めばいいって思えるようになったんだ。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は、それに取り付かれて、前に進むことが出来ないヤツを救うためのものなんだろうな。
だからこそ、俺はこの右手を使って、歯を食いしばって前に進むしかないんだと思う。
なぁ、こんな俺でも、お前は付いてきてくれるか?
こんな俺でも、お前は支えてくれるか?
この俺と、お前は一緒に戦ってくれるか?」

 美琴の顔が輝いたと思ったら泣き出した。

「――バカ……馬鹿……バカバカバカぁ!!
なによ!いまさらこんな時に言い出すなんて!!
もっとちゃんとしたときに言いなさいよ!!
もう……ホントに馬鹿なんだからぁ……。
いい!私の返事、耳かっぽじってよく聞きなさい!!
YES-YES-YESよ!!
アンタとなら地獄の底でもついていってやるわよ!
アンタなら、死んでも支えてやるわよ!
アンタを守るためなら、私は剣にも盾にもなってやるわよ!!
このド馬鹿!馬鹿当麻!!」

 美琴は俺に抱きつき、ただただ泣いていた。


 ついにその日がやってきた。
 私、御坂美琴は、使節団を迎えるため、学園都市側の歓迎セレモニーに出席している。
 当麻には参加の問合せさえすらない。
 当麻がインデックスの保護者であったことは、公然と語られることではなかったからなのだろうか。
 一方で私の学園都市第3位の超能力者という肩書きは、こういう式典にも引っ張り出されることを意味している。
 そのために日頃からいろいろな便宜も図られているのだ。
 もしかすると恋愛さえも制限があるのかもしれないが、相手が『幻想殺し(イマジンブレイカー)』だからなのか、特に何か言われることも無い。
 むしろスキャンダラスな「あんなこと」や「そんなこと」さえ、もみ消してくれているのかもしれない。
 それはさておき、久しぶりに歓迎式典で会った、インデックスの印象は変わっていた。
 立場が人を変えるのか、気持ちが人を変えるのか、すっかり落ち着いて、大人びた雰囲気を醸し出していた。
 握手の時に聞いた「ひさしぶりだね、みこと」の声が懐かしかった。
 でもその後に「とうまとはうまくやってる?」と聞かれたときに、動揺してしまった。
 これからのことがなければ、良い返事が出来るのだけれど、とりあえず曖昧に誤魔化すしかない。
 インデックスは怪訝な顔をしていたけれど、彼女にはまだ何も言っていないのだから。
 この式典前後から、あちこちで、当麻が私と別れてインデックスとよりを戻したがっているとの噂を流している。
 当然、私と当麻への注目や監視は厳しくなるはず。
 この後、修羅場を演じてきれいさっぱり別れなければならない。
 連中に見せてやるために。
 そして、私はもう1つ隠し玉を用意している。
 私なりの対策。
 これは土御門にも神裂にも内緒。
 特に土御門のことは信頼しているが、信用はしていない。
 味方のはずが敵でしたというのは本当に洒落にならない。
 そのために保険を用意しておいて損はないと思う。
 実際、彼にその手が通用するかは別にして、こちらの意図が伝われば良い。



 その夜、私と当麻は彼の部屋にいた。
 ここなら盗聴器や監視の魔術もかけやすいから。
 むしろそうしてもらわないと困る。
 しかし、誰かが聞いている、もしかすると見ている中で、濡れ場を演じるのは初めて。
 というか普通なら絶対にしたくない。
 でも今日だけは別。
 さあ、腹を括って演じて見せましょう。
 ポルノ女優って、こんな感じなのかな。
 当麻もそれを感じているのか、ぎこちない。
 意識をしてしまうと、余計にどぎまぎしてしまう。
 当麻の顔が真っ赤になって、久しぶりに可愛く思えてしまった。
 意識の半分で演じて、残り半分で冷静に観察する。
 素人芝居なのは仕方が無いか。
 いつもなら喘がされるのに、意識して喘ぐ。
 女がするこういう演技って、意外と簡単なんだと知った。
 もしかして、AV女優も出来たり……ってダメダメダメ。
 私のこの顔は、当麻だけのものだから。

――そう思いながら、当麻の動きに応じていたら、クライマックス近くであの「言葉」が聞こえた。

 あの馬鹿……やりやがった。
 多分何も考えず、その場のノリでしたアドリブなんだろうけど。

「――インデックス……」


 私の記憶は初体験のあの日に帰っていた。
 あの時も、確かにアイツはそう呟いた。
 痛みをこらえた私の上で。
 それを望んだのは私だけれど、決して納得づくではなかった。
 私の初めてを、アイツは違う女を思いながら奪っていった。
 忘れた振りを……許した振りをしてるけど、ほんとは今でも……。
 私の名前を呼んで欲しかった。
 せめて誰の名前も出さずにいて欲しかった。
 当麻の身体の初めては私だけれど、心の初めては私じゃなかった。
 どうしようもない嫉妬に、いまでも私は苦しめられる。
 ならば、せめて、ここで、アンタに……復讐を……。

「ねえ、当麻。まだインデックスのこと……」

 私の『お返し』に、アイツは気が付いた。

「――悪りぃ、美琴……」

 その意味、分かってる……?

「ううん、いいの、気にしないで。私、それを承知でこうして当麻の側にいるんだもの」

 許さない……今だけは……。

「……悪りぃ」

 もっと苦しんで……。

「悪りぃ、美琴。やっぱり俺……」

 半分は本気……、残り半分は狂気……。

「うん、わかってた。当麻の心の中には、やっぱり今でもあの子がいるのよね」

 私の我侭なのは分かっているのよ……

「……悪りぃ。あの約束……今の俺は……守れねぇんだ……」

 そうね、そうよね……。
 なら手加減はしないわよ……。

――「もう俺には、『御坂美琴と彼女の周りの世界を守る』って約束、守れねぇ……」

 当麻がニヤリと笑った気がした。
 いいわ、思い知らせてあげるから。

「いいのよ、そんなもの……。
ね、だったらその代わりに、1つだけ約束して。
もし当麻が、あの子のことを思い出に出来る時が来たなら、その時、当麻の隣に私を呼んで欲しいの。
別に一緒になれなくてもいいから。
ただ当麻の笑った顔が見たいから。
それまで、私、当麻のこと、いつまでも待ってるから」

 アイツが最後に言った言葉を、私は聞き漏らさなかった。

「――わかった。その時が来たら、必ず連絡する。それまで、待っててくれるか?」

 勝ったのは私……なんだろうけど。
 もう勝敗なんてどうでもよかった。
 演技とか、本音とか、そんなものなんてどうでもよかった。
 当麻の言いたかったこと。
 当麻の別れの挨拶。

「ええ、いつまでも待ってるから……」

――私が言いたかったのは、『そう』じゃない。

 打ち合わせどおりに、黙って当麻の部屋を出た。
 どこか途中で、「あの人」に連絡しなくては。
 当麻に伝えて欲しいことが出来たのだから……。


 美琴が出て行った部屋で、俺は荷造りを始めた。
 俺は最後の最後まで、お前の世話になりっぱなしだなと呟いた。
 多分、一生勝てないんだと覚悟した方が良いのかもしれない。
 今から3年間、そんな美琴の顔を見ることが出来ないと思うと、自分がどうしようもなくなり、涙が出てきた。
 あの失恋した時のように、ぽっかりと穴が空いた気持ちがする。
 いやいや、失恋なんてしてないんだが……と思い返すも、それでもやっぱり寂しい。
 いつから俺はこんなに寂しがり屋で泣き虫になったのだろう。
 ちょっとした海外赴任だと思えばいいのだろうけど、今の俺には見送ってくれる人がいない。
 せめて美琴に『あの言葉』さえもらっていれば違うのだろうか。

 静かな部屋に、ドアを開ける音が響いた。
 敵か?
 いや、そんなはずはと思い、玄関に視線を向けた。
 ドアを開けたソイツは、ゆっくりと部屋に入ってきた。

「よォ……三下ァ……」
「なんだ、一方通行か。びっくりさせるなよ」

 コツコツと杖を突く音と共に、近付くや、ソイツはいきなり俺の胸倉をつかんだ。

「見送りにきたぜェ……」

 そう言うと、小さな声で囁いた。

「話は聞いてるぜェ。てめェの留守中は任せときなァ」
「なんだ……と?」

 一瞬俺は、その意味が分からなかった。

「オリジナルから……頼まれたンだよォ」
「美琴にか?」
「声がでけェぞ……」
「――すまん」

 一方通行は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、芝居気たっぷりに声を大きくした。

「わざわざ俺のところへ来てなァ……頭下げンだぜェ……。
こンな俺の前でよォ……。
てめェを助けてやってくれってなァ……。
そンな出来た女を捨てて、てめェはあのシスターの下へ走ろうってンなら、俺は一発ぶっ飛ばしとくかァってなァ」
「おい……」
「あン時の借りを返すぜェ……クズ野郎」

――ゴンッ

 鈍い衝撃を頬に受け、目の前が揺れた。
 頭がくらくらして、床に座り込んだ。

「俺からの餞別だァ。
死なねェ程度におまけしといてやるぜェ」

――ガキッ

 顎に衝撃を受けて、後ろへ倒れこんだ。
 床に打ち付けた後頭部が痺れるように痛い。
 ヤツは、倒れた俺の胸倉をもう一度つかみ、顔の前に引き寄せた。
 赤く、夕陽のような瞳が、俺にはなぜか無性に優しく感じられた。
 そして再び小さく聞こえた。

「クソ芝居は終りだ……。
ヒーローは生きて必ず帰えッてくるンだぜェ……。
勝手にくたばッちまッたら、俺が引きずり戻してやるから覚悟しなァ。
あとオリジナルからの伝言だ。
『いってらっしゃい』……だとよォ……」

 それだけ言われて、俺はもう一度後頭部を床に打ち付けられた。
 倒れたまま、じっと天井を見ていた。

「一方通行……」

 声にならない呟き。

――美琴を頼んだぜ。

 チッと舌打ちが聞こえた気がした。
 やがてコツコツと杖の音が遠ざかり、ドアの開閉音がした。
 残ったのは俺の呼吸とあちこちの痛み。
 ただどこか、肩の力が抜けたように感じている。
 ソイツに任せておけば心配ないという安心感。
 そして一番聞きたかった言葉……

『いってらっしゃい』

 美琴の声が確かにそう聞こえた。

――いってくるよ、美琴……。

----
#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/Time enough for Love)
目安箱バナー