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「上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/side by side/Part18」(2010/05/16 (日) 14:31:33) の最新版変更点
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/side by side)
同日15時頃、とある高校正門前
「とりあえず学校終わったわけだけど…今日は何して過ごそうかしら…」
4月7日、栄えある高校生活の第1日目の日程は一通り終わった。
説明が終わり、放課となった後にはクラス中の男子だけに留まらず、女子にも声をかけられ、質問攻めやこれからどこかに行かないかなどの誘いにあったが、全て相手に悪い印象を与えないよう用事があるなどと適当な理由をつけてあしらった。
もちろん、美琴にはそんな用事はなく、これからの時間はぽっかりと空いている。
そういう経緯もあって美琴が今いる場所は高校の正門前なわけだが、クラスの説明が長引いていたのか、今から帰宅の人は幾分少ない。
美琴は結局終始思考にふけり、小萌先生の説明は話半分程度でほとんど真剣には聞かなかった。
別に資料があるから何かわからないことがあれば、それを見ればいい。
全く困らないと言えばそうでもないのだが、とにかくあまり考え事以外のことを考えたくはなかったのだ。
(考えてても仕方ないってのはわかってるんだけど……ってか今から本当にどうしよう。適当な理由言って抜け出したけど特にやることないのよね。時間も微妙だしなぁ…)
美琴は仕方ないので正門をでて、学生寮にさっさと帰ろうかと歩を進めようとしたが、数歩進んで歩を止める。
別に彼女の前に何かいるわけでも、妨害するようなものがあるわけでもない。
歩を止めたのは彼女の意思。
(でもこのまま帰るのもなんだか気が引けるし、やることはないけどどこか適当にぶらつくかなぁ…)
ぶらつくと言っても、目的地は特に定めずに街を散策するだけ。
一人で街をぶらつくこと自体は上条と出会う以前からよくあったことなので、特に抵抗などはない。
そういう時は大抵適当な店に数軒寄った後、最終的にゲーセン辺りに行き着く。
ただ上条に出会ってから、付き合ってからはこういうことはなくなっている。
時には彼を一日中追いかけ、時には彼とともに幸せな時間を過ごし、いつしか一人で街を歩くということはなくなっていた。
彼がいない一年間は、4月の時点で一応この高校は余裕で受かるレベルだったが、周りのこともあり、あまり外には繰り出さずに基本的には部屋で大人しくしていた。
さらに春休みの間は中学から馴染みの四人組で遊んでいた。
だから一人で出歩くのはかなり久しぶりと言える。
過ごす人にもよるものの、一人よりも大人数と過ごした方が楽しいことを知ってしまったから、できればもうこんなことはあってほしくなったが、仕方ない。
色々と思うところもあったが、今はどうしようもない美琴は向きを反転させ、市街地のある方へと向かう。
同日17時頃、????
「―――で、なんでここに行き着いちゃうのかしら…」
今美琴がいる場所はとある自販機のある公園。
そこは今の上条と出会い、少しずつ親睦を深め、そして最終的に彼と晴れて結ばれることになった場所。
美琴にとってはかけがえのない思い出の場所。
「……今ここにきてもやることはないどころか、アイツだって来ないのに……」
上条と付き合う以前の時、連絡を取るのをためらい、彼と会う約束をとりつけてないのに会いたい時はほとんどはここで彼を待ち伏せしていた。
今でこそまともに接してくれるし接することもできるが、待ち伏せしていた時は、羞恥が先行したりスルーされたりと、上手くいかないことに対してストレスがたまる毎日であった。
だがそれも今となってはいい思い出。
逆に全く上手くいっていないように見えていたあの毎日がなければ、彼といい関係になることもなかったかもしれない。
どんな形の成功であれ、始めの一発から成功した例は極めて少ない。
どんな形の、どんな種類の成功にもほとんどは失敗の過程がある。
だから空回りしたり、素直になれなかったりで上手くいなかった失敗の日々があるからこそ、いつか成功する時がきた。
今ではそう考えるようにしているし、別にその考えに対して違和感はないと思っている。
事実、これまでの数々の偉大な先人達もそうであり、今超能力者の地位にある自分もそうだったから。
だからあの日々はある意味自然な日々であって、無駄な日々ではなかった。
それに何より、あの日々はストレスもたまったが、楽しかった。
一日を通して自分が最も自分でいられる時間。
それは貴重で、大切な時間だった。
「……ジュースでも飲もうかな」
美琴はすぐ近くに置いてある自動販売機の前に行き、"普通に"お金を入れて目当ての飲み物を買った。
以前は回し蹴りをいれて飲み物を手に入れていたが、この変化も上条からの一言によるもの。
彼女が今回買った飲み物は彼女の大好物のヤシの実サイダー……ではなく、巷では苦さに定評にあるとあるメーカーのブラックコーヒー。
そして自販機の下から出てくるコーヒーを取り出し、プルタブを開けて黒い液体を口に含む。
「苦いわね…」
その液体は少し口に含んだだけでもわかる程の苦さだった。
美琴はこのコーヒーの噂は聞いていたものの、実際に飲んだことはない。
今回もただ今の気分的に苦いものが飲みたかったからである。
だが美琴は今まで炭酸などの清涼飲料水を主に飲んできており、苦いものや大人な味の飲み物に対する耐性はほとんどない。
コーヒー自体は寮の食堂などで飲んだことは何度となくあるのだが、いずれも砂糖をいれて甘くする。
だからブラックは実質これが初めてだったりする。
「……これは流石に全部飲むのはちょっときついかも……でも捨てるのはもったいないし…」
そう言って二口目を飲むために、また口元へ持っていく。
そしてそれを飲み込むと同時に持っていた缶を傾けた。
彼女の本能がこれ以上は無理だと判断したのだ。
もったいないとは思うが、飲めないのでは仕方ない。
「どうせコーヒー飲むのなら微糖にすればよかった……ってか同じブラックでもさらにブラックなやつを買うんじゃなかった……」
気分で飲み物を買うもんじゃないわね、と美琴は心の中で呟き、缶の中にコーヒーが残っていないのを確認すると、近くにいた清掃用ロボットに向かって空き缶を投げた。
それをロボットが取り込み、近くにまだゴミが残っていないかと辺りを少しうろちょろした後、ロボットは公園を去っていった。
公園に残されたのは美琴のみ。
「一人、かぁ……前はこんなのしょっちゅうで、慣れっこだったのに、アイツのおかげですっかり耐性がなくなっちゃったなぁ……ホント、いい迷惑ね」
とは言うが、だからと言って何にも知らない人達とも遊ぼうとは思わない。
彼らが自分に対してどんな視線を向けているかはわからない。
しかし自分で言うのもなんだが、あまり悪い視線は向けられていないだろう。
今や学園都市では自分の名は良い成功例としてどの学校でも挙げられているのだから。
でも違う、本当の自分はもっと別の場所にある。
その情報は紛れもない事実なのだが、それでも本当の自分には常識では測れない深い闇がある。
その闇を知らない人達には干渉してほしくはない。
そういう人達とは一定の距離を保って、それ以上の接近を許さないようにすればいい。
それに自分は超能力者。
自分からは人の輪にははいれない。
となれば、行き着く道は…
(今の時間なら黒子の風紀委員の仕事終わってるかな…)
時間は17時をまわっている。
最近事件という事件はあまり聞かないので、恐らく仕事の量は少ないだろう。
ならば時間的にそろそろ仕事が終わっていてもおかしくはないはず。
そう推測して、美琴はポケットの中からカエルをモチーフにした携帯電話を取り出す。
そしてアドレス帳の中から目的の人物のところにカーソルを合わせ、電話発信のキーを押そうとした、
「ちょっとお時間よろしいですか?」
「はぃ…?」
―――が、そこで背後から不意に誰かに声をかけられた。
声のした方へと身体を向けると、そこには男が一人立っていた。
歳は20代後半から30代前半といったところ。
身長は大体170センチメートルを越えるくらいで、多少整っていると言える容姿に、髪の長さはショートくらいの金髪で碧眼の男。
そしてもう四月の初頭で、春らしい陽気が続く最近だと言うのに、服装は上が厚手の黒のコートに下は一般的なジーンズ。
美琴には全くもって見覚えのない男だった。
「あの…どちら様ですか?」
「御坂、美琴さんでよろしいですね?」
見るからに日本人ではないのに、声だけを聞けばほぼ間違いなく日本人と間違えそうなほどの流暢な日本語。
丁寧な、実に紳士的と言える口調から発せられたその人の声は聞いていて落ち着くような、優しい声だった。
そして同時にその男の問いに対して疑問を覚えた。
「そうですけど……どうして私の名を?私達は初対面ですよね?」
「えぇもちろん。それにあなたは学園都市の超能力者、それも第三位ともなれば、もう有名人ですから」
有名人だから、金髪碧眼の男は落ち着いた物腰でそう答えた。
特にそのことについては否定はしないが、アイドルじゃあるまいし、やはり赤の他人に一方的に知られるのはあまりいい気はしない。
それもここの学生ではなく、ざっと見た感じ"外"の人間に。
自分の性格上、強度を上げることに余念がなく、血の滲むような努力を重ねて今この地位にいる。
だから決して地位や名誉のため、まして有名人になりたくて強度を上げてきたわけではなかった。
初めは達成感から嬉しくも思っていたが、気づいてみれば、周りの人達は常に自分を一歩引いて見るようになった。
誰も自分を対等に見てくれず、人の輪にはれなくなっていた。
そんな風になりたくてなったわけじゃないのに…
なのでわかってはいたが、そう言われると少し嫌な気分になる。
「あの…大丈夫ですか?あまり顔色が優れないようですけど…?」
「……大丈夫です、気にしないでください。……ところで、私に話かけてきて何か用でもあるんですか?」
「もちろん、そのために今まであなたを探していたのですから」
正直今は一人でいたい気分で、できることならこの男もさっさと追っ払ってしまいたかった。
だが無礼極まりない不良達が相手ならともかく、非常に礼儀をわきまえていると言える人に対して、ぞんざいな態度を示すのは流石に気が引ける。
ここはせめて用くらいをちゃんと聞くのが人としての当然のマナー。
その上で、さっさとこの男を追っ払えばいい。
「ならできるだけ手短にお願いします。今私は一人でいたい気分なので」
「そうですね、あまり機嫌もよくないようですし、手短に済ませましょう。……私のあなたに対するお話というのは他でもありません。あなたのよく知る人物、上条当麻についてです」
「……え?」
上条当麻というワードに対して、聞き流すつもりでいた態勢でいたのにかかわらず、正面から男の方を見ていなかった頭が思わず反応して男の方を向いてしまう。
まさかこの見ず知らずの男の口から自分の最愛の人の名が出てくるとはとても思えなくて、意外だったから。
そのワードは美琴にとって、聞くつもりがなかった注意のベクトルが、全てその男に向いてしまうほどの破壊力があったから。
「な、なんでアイツのことを…?」
その美琴の一連の反応を見てか、金髪碧眼の男は口元に薄い笑みを浮かべ、
「私の話を真剣に聞く気になりましたか?」
そのやはり食いついてきたかといいたげな男の態度は、美琴は正直気に入らなかった。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
いつもならすぐにキレてしまうようなことを言われても、今はさらっと流せそうに思える。
それほどまでに男の話の内容が気になった。
今はそばにいない自分の恋人、上条当麻についての話が。
「えぇ、今は聞く気満々ですよ。あと前言撤回させてもらうわ。このお話はどうやら大切な話らしいから、じーーっくりお願いしますね」
「ふふっ、聞いていた通り勝手な人ですね。とは言っても、話す内容はそこまで長くはないのですがね」
「御託はいいから早く言いなさい」
「やれやれ、じっくり話せと言ったかと思えば早く話せ、ですか。せっかちな方ですね。……彼、上条当麻がある理由でイギリスにいることは知っていますね?」
「えぇ、もちろん」
彼が今イギリスへ行っている理由。
それは以前彼の部屋に居候していた銀髪シスター、インデックスを救うため。
出発前日の彼の話によると、どうやら彼女は魔術の世界において、非常に重要な存在らしい。
それも、彼女の存在がどうあるかによっては、魔術世界全体を大きく揺るがしかねないほどの。
だから彼女の誘拐は、彼をわざわざイギリスから招集がかけるほどの価値もあるし、大事なのだということも聞いた。
「では知っての通り、上条当麻は禁書目録、つまりインデックスさんを救うためにイギリスへ向かいました。そして、彼はその任務を見事成し遂げました」
「成し遂げたって…そ、それは本当なの!?」
「おや、これはご存知ありませんでしたか。でもこれはれっきとした事実ですよ」
自分と彼との連絡が途絶えたのは大体一ヶ月前。
少なくともそれまでの連絡を聞く限りではそんな話はでてこなかった。
ならばそれは最近のこと…?
とにかくこの男の話が本当なら近い内に彼が帰ってくる可能性は大いにあり得る。
それは今の美琴にとって希望に満ちた話。
だから美琴には色々と思うところや考えたいところもあるが、目の前の男の話はまだ終わっていないらしい。
「……ですが、彼はその後、別の仕事でまだ学園都市には帰れないでいました」
「……なるほどね」
一瞬前の自分の希望に満ちた想像はどこぞへと消えてなくなる。
そしてなんなんとなくわかった。
彼の帰りがこんなにも遅い理由。
恐らくその仕事のせいで帰りが長引いているのだろう。
そう考えたら、それを何でかはわからないが、携帯が使えなくても他の何かしらの手段で伝えてほしかった。
そんなことにも頭がまわらない彼に腹が立つ。
帰ってきて姿見せたら即刻電撃決定ねと、美琴は心の中で一つの小さな決意をした。
「はぁ……それで?あのお人好しの馬鹿は今どこで何をやってるの?」
「今彼が、どこで、何をしているか、ですか」
金髪碧眼の男は、薄くせせら笑うように口元を歪め、
「……彼、上条当麻が今どこで何をしているかは私はわかりません」
「はぁ?ちょっとそれどういう―――」
「何故なら」
美琴の言葉を、途中男が遮る。
男は依然として口元を歪めたまま、
「彼は、その任務の途中で死んだのですから」
「…………ぇ?」
その言葉に優しさや慈愛の念は一切なく、ただ冷たく、ただ冷酷に告げられる。
美琴は告げられた言葉は耳にははいっていたが、頭にははいっていかなかった。
右から左に、ただ言葉だけが、通りすぎていった。
「そ、それは……嘘、よね…?」
「いいえ?本当ですよ」
「嘘だと…嘘だと言いなさい!!」
「別に実は嘘でしたと私が言っても、事実は何も変わらないと思うのですがね。……それに、私が嘘を言うメリットはないですし」
美琴だってそんなことはわかっていた。
赤の他人、それも今日会ったばかりの初対面の人が自分にそんな嘘を言っても、なんのメリットもない。
それでも、そんな事実は受け入れたくない。
あれだけ生きて帰ってくるって約束しておいて、あれだけ大層な誓約をしておいて、こんな結果は、ない。
「それでも、それでも…わ、私は信じないわよ!ちゃんとした証拠もないのに、信じられるわけがないじゃない!」
「……では、ここ最近彼からの連絡はありましたか?」
「っ!!」
確かに、彼からの連絡はここ一ヶ月で突然なくなっている。
そしてこのタイミングでのこの報告。
これらのことから導き出されることは…
「じゃ、じゃあ……ほ、本当に…?」
「残念ですが」
それを聞いて、自分がちゃんと立っているのかもわからなくなった。
足に力をいれているつもりでも、はいっている気がしない。
今美琴を襲っているのは壮絶な虚無感。
今まで御坂美琴という人間を支えてきた最も重要な柱を無くしたような気分である。
それこそ、一つの家から大黒柱が突然抜けたような。
いつまで立っていられるかわからない。
今は一年前のある日から待ち焦がれていた希望なんか、何も見えない。
目の前にあるのは、美琴の全てを打ち砕いてしまいそうなほどの絶望。
かつて彼女を襲った絶望と同等、若しくはそれの上をいってしまいそうなほどの。
気づけば、立っていたはずなのに地面に座り込んでいた。
がっくりと俯いた顔の目からはポロポロと涙が零れ落ちていた。
それを止められ気もしない、突きつけられた事実に抗える気もしない。
「あなたの悲しみは相当なものでしょう。私も似たような経験をしたことがあるのでよくわかります。そんな悲しみという苦痛に暮れるあなたに私ができることは一つ」
金髪碧眼の男は優しげな口調でそう言ったが、目まで優しげとは決して言い難い。
氷のような目で俯いたままの美琴を睨み、先ほどまでとは違い、口元を大きく歪め、
「あなたを彼の下へ送ってさし上げることです!!」
急に声量を上げて言葉を放った男に驚き、美琴は泣いたままの顔を上げた。
すると男は恐らくコートの中から出したのであろう刃渡り40センチほどの刃物を美琴に向かって振り上げている。
防ごうと思えば防げた。
能力で刃物の動きを制御することだって、今なら単純に横に飛んでかわすことだってできる。
だが、美琴はそうしなかった。
今の彼女には迫りくる死に抗う気さえもない。
この人に殺されることで、この苦痛から解放されるなら、彼に会えるなら…
どの道、このまま彼に会えない苦しみに耐えるのは、もう疲れた。
刃物が寸前にまできたとき、美琴の目の前は真っ暗になった。
「っ!!」
視界が突然変わり、声にならない悲鳴をあげる。
視界が暗くなっても、刃物で斬られた痛みはやってこない。
あぁ苦しむ間もなく死ぬというのはこういうことなのか、即死だったのかな、などと考えてもみた。
しかしそれだと説明がつかない点がいくつかある。
まず本当に死んだのなら、なんで考えることができるのだろうか。
そしてどうして目の前に人のぬくもりを感じることができるのだろうか。
それはとても懐かしくて、安心できるぬくもり。
さらにこの感じは少なからず覚えのある。
「つぅ…!!」
斬られたのは自分のはずなのに、目の前の誰かから痛々しい声が漏れる。
なんでなのかと考えればなんとなく答えはでた。
恐らくは目の前の誰かに庇われたのだ。
それもその誰かは横からすごい勢いで飛び込んできたのだろう、自分の身体がその勢いで横に転がっていくのがわかる。
この誰かはアイツみたいな呆れるほどのお人好しの通行人だろうか。
見ず知らずの他人の命の危機を命懸けで助けようとする。
そんな世界中探し回っても一握りしかいないような人が、自分を庇ったのだろうか。
それかもしかすると、死んだアイツが誰かに乗り移って自分を守ってくれたのかもしれない。
そうだったらいいな、なんてことを考えるがそんなことは有り得ない。
そしてそれらを考えているのと同時に、こんなことして命の危険をさらすくらいならやらないでほしいと思った。
生き残っても、もう彼がいないのなら生きてても疲れるだけだし、仕方ない。
彼以外に自分の支えとなるような人はいないのだ。
どうしようもない悲しみと戦うくらいなら、いっそあのまま…
「っ!?…な、なんでお前が!!」
先ほどまで自分に刃物を向けていた男がそんなことを言った。
恐らく自分を今も強く抱きしめている人に言っているのだろうが、この人が誰なのかはまだ顔がこの人の胸に押し付けられているのでわからない。
でも確信はもてないが、何故だかこの人のことを自分は知っているような気がする。
触れている部分の感触から恐らくこの人は男。
抱きしめられても嫌悪感どころか、安心感と居心地のよさを与えてくれるような人は一人しか思い当たる人はいない。
だがその一人はもう…
「くっ…!あ、危なかったな…」
斬られた傷が痛むのかもしれない。
自分を庇った人が少し震えた声でそう言うと、ゆっくりと抱きしめる力を弱くする。
この人の声も覚えがあったが、誰かかは顔を見ればわかる。
力が弱まるのに従って徐々に解放されてゆき、今まで自分の下になっていた人の顔を覗きこむ。
「…………ぇ?」
―――自分を庇ったその人は、
「怪我、なかったか?」
―――ツンツン頭で、呆れるくらいのお人好しで、
「ったく、お前なら避けられただろうに、なにぼーっとしてたんだよ」
「ぁ、あ……」
―――もう会えないと思っていた、
「…?どうした?」
―――自分の最愛の人、さっき自分が考えていた男の中で唯一条件に当てはまる人、
「おい、美琴…?」
―――上条当麻、その人だった。
「ってうおっ!痛い痛い!せ、背中少し斬られてる、斬られてるから!!」
思考よりも先に体はまっすぐ横たわっている彼へと勝手に動いていた。
そして美琴は彼の声を無視して強く、強く抱きしめた。
「くそ!ならば二人まとめて…っ!?」
「おっと、もうお前の好き勝手にはさせないぜ?」
金髪碧眼の男は再度刃物を振り上げようとしたが、その振り上げた腕を同じく金髪で、こちらはサングラスの日本人の男、土御門元春によって掴まれる。
「なっ…!もう追っ手がきたというのですか…!?」
「あまり必要悪の教会をなめるもんじゃないぜよ?お前が使っていた霊装は全部こちらの手中にある。それに、直にお前もよくご存知の聖人がやってくる。そろそろ年貢の納め時だ」
「っ!!くそっ…!!」
「うおっと」
金髪碧眼の男は土御門によって掴まれていた腕を強引に振りほどき、何処へか走り去っていった。
それを土御門はすぐには追おうとはせず、少し呆れたような顔で、小さくなるその背中を見ていた。
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/side by side)
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#navi(上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/side by side)
― 制約と誓約 ―
同日15時頃、とある高校正門前
「とりあえず学校終わったわけだけど…今日は何して過ごそうかしら…」
4月7日、栄えある高校生活の第1日目の日程は一通り終わった。
説明が終わり、放課となった後にはクラス中の男子だけに留まらず、女子にも声をかけられ、質問攻めやこれからどこかに行かないかなどの誘いにあったが、全て相手に悪い印象を与えないよう用事があるなどと適当な理由をつけてあしらった。
もちろん、美琴にはそんな用事はなく、これからの時間はぽっかりと空いている。
そういう経緯もあって美琴が今いる場所は高校の正門前なわけだが、クラスの説明が長引いていたのか、今から帰宅の人は幾分少ない。
美琴は結局終始思考にふけり、小萌先生の説明は話半分程度でほとんど真剣には聞かなかった。
別に資料があるから何かわからないことがあれば、それを見ればいい。
全く困らないと言えばそうでもないのだが、とにかくあまり考え事以外のことを考えたくはなかったのだ。
(考えてても仕方ないってのはわかってるんだけど……ってか今から本当にどうしよう。適当な理由言って抜け出したけど特にやることないのよね。時間も微妙だしなぁ…)
美琴は仕方ないので正門をでて、学生寮にさっさと帰ろうかと歩を進めようとしたが、数歩進んで歩を止める。
別に彼女の前に何かいるわけでも、妨害するようなものがあるわけでもない。
歩を止めたのは彼女の意思。
(でもこのまま帰るのもなんだか気が引けるし、やることはないけどどこか適当にぶらつくかなぁ…)
ぶらつくと言っても、目的地は特に定めずに街を散策するだけ。
一人で街をぶらつくこと自体は上条と出会う以前からよくあったことなので、特に抵抗などはない。
そういう時は大抵適当な店に数軒寄った後、最終的にゲーセン辺りに行き着く。
ただ上条に出会ってから、付き合ってからはこういうことはなくなっている。
時には彼を一日中追いかけ、時には彼とともに幸せな時間を過ごし、いつしか一人で街を歩くということはなくなっていた。
彼がいない一年間は、4月の時点で一応この高校は余裕で受かるレベルだったが、周りのこともあり、あまり外には繰り出さずに基本的には部屋で大人しくしていた。
さらに春休みの間は中学から馴染みの四人組で遊んでいた。
だから一人で出歩くのはかなり久しぶりと言える。
過ごす人にもよるものの、一人よりも大人数と過ごした方が楽しいことを知ってしまったから、できればもうこんなことはあってほしくなったが、仕方ない。
色々と思うところもあったが、今はどうしようもない美琴は向きを反転させ、市街地のある方へと向かう。
同日17時頃、????
「―――で、なんでここに行き着いちゃうのかしら…」
今美琴がいる場所はとある自販機のある公園。
そこは今の上条と出会い、少しずつ親睦を深め、そして最終的に彼と晴れて結ばれることになった場所。
美琴にとってはかけがえのない思い出の場所。
「……今ここにきてもやることはないどころか、アイツだって来ないのに……」
上条と付き合う以前の時、連絡を取るのをためらい、彼と会う約束をとりつけてないのに会いたい時はほとんどはここで彼を待ち伏せしていた。
今でこそまともに接してくれるし接することもできるが、待ち伏せしていた時は、羞恥が先行したりスルーされたりと、上手くいかないことに対してストレスがたまる毎日であった。
だがそれも今となってはいい思い出。
逆に全く上手くいっていないように見えていたあの毎日がなければ、彼といい関係になることもなかったかもしれない。
どんな形の成功であれ、始めの一発から成功した例は極めて少ない。
どんな形の、どんな種類の成功にもほとんどは失敗の過程がある。
だから空回りしたり、素直になれなかったりで上手くいなかった失敗の日々があるからこそ、いつか成功する時がきた。
今ではそう考えるようにしているし、別にその考えに対して違和感はないと思っている。
事実、これまでの数々の偉大な先人達もそうであり、今超能力者の地位にある自分もそうだったから。
だからあの日々はある意味自然な日々であって、無駄な日々ではなかった。
それに何より、あの日々はストレスもたまったが、楽しかった。
一日を通して自分が最も自分でいられる時間。
それは貴重で、大切な時間だった。
「……ジュースでも飲もうかな」
美琴はすぐ近くに置いてある自動販売機の前に行き、"普通に"お金を入れて目当ての飲み物を買った。
以前は回し蹴りをいれて飲み物を手に入れていたが、この変化も上条からの一言によるもの。
彼女が今回買った飲み物は彼女の大好物のヤシの実サイダー……ではなく、巷では苦さに定評にあるとあるメーカーのブラックコーヒー。
そして自販機の下から出てくるコーヒーを取り出し、プルタブを開けて黒い液体を口に含む。
「苦いわね…」
その液体は少し口に含んだだけでもわかる程の苦さだった。
美琴はこのコーヒーの噂は聞いていたものの、実際に飲んだことはない。
今回もただ今の気分的に苦いものが飲みたかったからである。
だが美琴は今まで炭酸などの清涼飲料水を主に飲んできており、苦いものや大人な味の飲み物に対する耐性はほとんどない。
コーヒー自体は寮の食堂などで飲んだことは何度となくあるのだが、いずれも砂糖をいれて甘くする。
だからブラックは実質これが初めてだったりする。
「……これは流石に全部飲むのはちょっときついかも……でも捨てるのはもったいないし…」
そう言って二口目を飲むために、また口元へ持っていく。
そしてそれを飲み込むと同時に持っていた缶を傾けた。
彼女の本能がこれ以上は無理だと判断したのだ。
もったいないとは思うが、飲めないのでは仕方ない。
「どうせコーヒー飲むのなら微糖にすればよかった……ってか同じブラックでもさらにブラックなやつを買うんじゃなかった……」
気分で飲み物を買うもんじゃないわね、と美琴は心の中で呟き、缶の中にコーヒーが残っていないのを確認すると、近くにいた清掃用ロボットに向かって空き缶を投げた。
それをロボットが取り込み、近くにまだゴミが残っていないかと辺りを少しうろちょろした後、ロボットは公園を去っていった。
公園に残されたのは美琴のみ。
「一人、かぁ……前はこんなのしょっちゅうで、慣れっこだったのに、アイツのおかげですっかり耐性がなくなっちゃったなぁ……ホント、いい迷惑ね」
とは言うが、だからと言って何にも知らない人達とも遊ぼうとは思わない。
彼らが自分に対してどんな視線を向けているかはわからない。
しかし自分で言うのもなんだが、あまり悪い視線は向けられていないだろう。
今や学園都市では自分の名は良い成功例としてどの学校でも挙げられているのだから。
でも違う、本当の自分はもっと別の場所にある。
その情報は紛れもない事実なのだが、それでも本当の自分には常識では測れない深い闇がある。
その闇を知らない人達には干渉してほしくはない。
そういう人達とは一定の距離を保って、それ以上の接近を許さないようにすればいい。
それに自分は超能力者。
自分からは人の輪にははいれない。
となれば、行き着く道は…
(今の時間なら黒子の風紀委員の仕事終わってるかな…)
時間は17時をまわっている。
最近事件という事件はあまり聞かないので、恐らく仕事の量は少ないだろう。
ならば時間的にそろそろ仕事が終わっていてもおかしくはないはず。
そう推測して、美琴はポケットの中からカエルをモチーフにした携帯電話を取り出す。
そしてアドレス帳の中から目的の人物のところにカーソルを合わせ、電話発信のキーを押そうとした、
「ちょっとお時間よろしいですか?」
「はぃ…?」
―――が、そこで背後から不意に誰かに声をかけられた。
声のした方へと身体を向けると、そこには男が一人立っていた。
歳は20代後半から30代前半といったところ。
身長は大体170センチメートルを越えるくらいで、多少整っていると言える容姿に、髪の長さはショートくらいの金髪で碧眼の男。
そしてもう四月の初頭で、春らしい陽気が続く最近だと言うのに、服装は上が厚手の黒のコートに下は一般的なジーンズ。
美琴には全くもって見覚えのない男だった。
「あの…どちら様ですか?」
「御坂、美琴さんでよろしいですね?」
見るからに日本人ではないのに、声だけを聞けばほぼ間違いなく日本人と間違えそうなほどの流暢な日本語。
丁寧な、実に紳士的と言える口調から発せられたその人の声は聞いていて落ち着くような、優しい声だった。
そして同時にその男の問いに対して疑問を覚えた。
「そうですけど……どうして私の名を?私達は初対面ですよね?」
「えぇもちろん。それにあなたは学園都市の超能力者、それも第三位ともなれば、もう有名人ですから」
有名人だから、金髪碧眼の男は落ち着いた物腰でそう答えた。
特にそのことについては否定はしないが、アイドルじゃあるまいし、やはり赤の他人に一方的に知られるのはあまりいい気はしない。
それもここの学生ではなく、ざっと見た感じ"外"の人間に。
自分の性格上、強度を上げることに余念がなく、血の滲むような努力を重ねて今この地位にいる。
だから決して地位や名誉のため、まして有名人になりたくて強度を上げてきたわけではなかった。
初めは達成感から嬉しくも思っていたが、気づいてみれば、周りの人達は常に自分を一歩引いて見るようになった。
誰も自分を対等に見てくれず、人の輪にはれなくなっていた。
そんな風になりたくてなったわけじゃないのに…
なのでわかってはいたが、そう言われると少し嫌な気分になる。
「あの…大丈夫ですか?あまり顔色が優れないようですけど…?」
「……大丈夫です、気にしないでください。……ところで、私に話かけてきて何か用でもあるんですか?」
「もちろん、そのために今まであなたを探していたのですから」
正直今は一人でいたい気分で、できることならこの男もさっさと追っ払ってしまいたかった。
だが無礼極まりない不良達が相手ならともかく、非常に礼儀をわきまえていると言える人に対して、ぞんざいな態度を示すのは流石に気が引ける。
ここはせめて用くらいをちゃんと聞くのが人としての当然のマナー。
その上で、さっさとこの男を追っ払えばいい。
「ならできるだけ手短にお願いします。今私は一人でいたい気分なので」
「そうですね、あまり機嫌もよくないようですし、手短に済ませましょう。……私のあなたに対するお話というのは他でもありません。あなたのよく知る人物、上条当麻についてです」
「……え?」
上条当麻というワードに対して、聞き流すつもりでいた態勢でいたのにかかわらず、正面から男の方を見ていなかった頭が思わず反応して男の方を向いてしまう。
まさかこの見ず知らずの男の口から自分の最愛の人の名が出てくるとはとても思えなくて、意外だったから。
そのワードは美琴にとって、聞くつもりがなかった注意のベクトルが、全てその男に向いてしまうほどの破壊力があったから。
「な、なんでアイツのことを…?」
その美琴の一連の反応を見てか、金髪碧眼の男は口元に薄い笑みを浮かべ、
「私の話を真剣に聞く気になりましたか?」
そのやはり食いついてきたかといいたげな男の態度は、美琴は正直気に入らなかった。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
いつもならすぐにキレてしまうようなことを言われても、今はさらっと流せそうに思える。
それほどまでに男の話の内容が気になった。
今はそばにいない自分の恋人、上条当麻についての話が。
「えぇ、今は聞く気満々ですよ。あと前言撤回させてもらうわ。このお話はどうやら大切な話らしいから、じーーっくりお願いしますね」
「ふふっ、聞いていた通り勝手な人ですね。とは言っても、話す内容はそこまで長くはないのですがね」
「御託はいいから早く言いなさい」
「やれやれ、じっくり話せと言ったかと思えば早く話せ、ですか。せっかちな方ですね。……彼、上条当麻がある理由でイギリスにいることは知っていますね?」
「えぇ、もちろん」
彼が今イギリスへ行っている理由。
それは以前彼の部屋に居候していた銀髪シスター、インデックスを救うため。
出発前日の彼の話によると、どうやら彼女は魔術の世界において、非常に重要な存在らしい。
それも、彼女の存在がどうあるかによっては、魔術世界全体を大きく揺るがしかねないほどの。
だから彼女の誘拐は、彼をわざわざイギリスから招集がかけるほどの価値もあるし、大事なのだということも聞いた。
「では知っての通り、上条当麻は禁書目録、つまりインデックスさんを救うためにイギリスへ向かいました。そして、彼はその任務を見事成し遂げました」
「成し遂げたって…そ、それは本当なの!?」
「おや、これはご存知ありませんでしたか。でもこれはれっきとした事実ですよ」
自分と彼との連絡が途絶えたのは大体一ヶ月前。
少なくともそれまでの連絡を聞く限りではそんな話はでてこなかった。
ならばそれは最近のこと…?
とにかくこの男の話が本当なら近い内に彼が帰ってくる可能性は大いにあり得る。
それは今の美琴にとって希望に満ちた話。
だから美琴には色々と思うところや考えたいところもあるが、目の前の男の話はまだ終わっていないらしい。
「……ですが、彼はその後、別の仕事でまだ学園都市には帰れないでいました」
「……なるほどね」
一瞬前の自分の希望に満ちた想像はどこぞへと消えてなくなる。
そしてなんなんとなくわかった。
彼の帰りがこんなにも遅い理由。
恐らくその仕事のせいで帰りが長引いているのだろう。
そう考えたら、それを何でかはわからないが、携帯が使えなくても他の何かしらの手段で伝えてほしかった。
そんなことにも頭がまわらない彼に腹が立つ。
帰ってきて姿見せたら即刻電撃決定ねと、美琴は心の中で一つの小さな決意をした。
「はぁ……それで?あのお人好しの馬鹿は今どこで何をやってるの?」
「今彼が、どこで、何をしているか、ですか」
金髪碧眼の男は、薄くせせら笑うように口元を歪め、
「……彼、上条当麻が今どこで何をしているかは私はわかりません」
「はぁ?ちょっとそれどういう―――」
「何故なら」
美琴の言葉を、途中男が遮る。
男は依然として口元を歪めたまま、
「彼は、その任務の途中で死んだのですから」
「…………ぇ?」
その言葉に優しさや慈愛の念は一切なく、ただ冷たく、ただ冷酷に告げられる。
美琴は告げられた言葉は耳にははいっていたが、頭にははいっていかなかった。
右から左に、ただ言葉だけが、通りすぎていった。
「そ、それは……嘘、よね…?」
「いいえ?本当ですよ」
「嘘だと…嘘だと言いなさい!!」
「別に実は嘘でしたと私が言っても、事実は何も変わらないと思うのですがね。……それに、私が嘘を言うメリットはないですし」
美琴だってそんなことはわかっていた。
赤の他人、それも今日会ったばかりの初対面の人が自分にそんな嘘を言っても、なんのメリットもない。
それでも、そんな事実は受け入れたくない。
あれだけ生きて帰ってくるって約束しておいて、あれだけ大層な誓約をしておいて、こんな結果は、ない。
「それでも、それでも…わ、私は信じないわよ!ちゃんとした証拠もないのに、信じられるわけがないじゃない!」
「……では、ここ最近彼からの連絡はありましたか?」
「っ!!」
確かに、彼からの連絡はここ一ヶ月で突然なくなっている。
そしてこのタイミングでのこの報告。
これらのことから導き出されることは…
「じゃ、じゃあ……ほ、本当に…?」
「残念ですが」
それを聞いて、自分がちゃんと立っているのかもわからなくなった。
足に力をいれているつもりでも、はいっている気がしない。
今美琴を襲っているのは壮絶な虚無感。
今まで御坂美琴という人間を支えてきた最も重要な柱を無くしたような気分である。
それこそ、一つの家から大黒柱が突然抜けたような。
いつまで立っていられるかわからない。
今は一年前のある日から待ち焦がれていた希望なんか、何も見えない。
目の前にあるのは、美琴の全てを打ち砕いてしまいそうなほどの絶望。
かつて彼女を襲った絶望と同等、若しくはそれの上をいってしまいそうなほどの。
気づけば、立っていたはずなのに地面に座り込んでいた。
がっくりと俯いた顔の目からはポロポロと涙が零れ落ちていた。
それを止められ気もしない、突きつけられた事実に抗える気もしない。
「あなたの悲しみは相当なものでしょう。私も似たような経験をしたことがあるのでよくわかります。そんな悲しみという苦痛に暮れるあなたに私ができることは一つ」
金髪碧眼の男は優しげな口調でそう言ったが、目まで優しげとは決して言い難い。
氷のような目で俯いたままの美琴を睨み、先ほどまでとは違い、口元を大きく歪め、
「あなたを彼の下へ送ってさし上げることです!!」
急に声量を上げて言葉を放った男に驚き、美琴は泣いたままの顔を上げた。
すると男は恐らくコートの中から出したのであろう刃渡り40センチほどの刃物を美琴に向かって振り上げている。
防ごうと思えば防げた。
能力で刃物の動きを制御することだって、今なら単純に横に飛んでかわすことだってできる。
だが、美琴はそうしなかった。
今の彼女には迫りくる死に抗う気さえもない。
この人に殺されることで、この苦痛から解放されるなら、彼に会えるなら…
どの道、このまま彼に会えない苦しみに耐えるのは、もう疲れた。
刃物が寸前にまできたとき、美琴の目の前は真っ暗になった。
「っ!!」
視界が突然変わり、声にならない悲鳴をあげる。
視界が暗くなっても、刃物で斬られた痛みはやってこない。
あぁ苦しむ間もなく死ぬというのはこういうことなのか、即死だったのかな、などと考えてもみた。
しかしそれだと説明がつかない点がいくつかある。
まず本当に死んだのなら、なんで考えることができるのだろうか。
そしてどうして目の前に人のぬくもりを感じることができるのだろうか。
それはとても懐かしくて、安心できるぬくもり。
さらにこの感じは少なからず覚えのある。
「つぅ…!!」
斬られたのは自分のはずなのに、目の前の誰かから痛々しい声が漏れる。
なんでなのかと考えればなんとなく答えはでた。
恐らくは目の前の誰かに庇われたのだ。
それもその誰かは横からすごい勢いで飛び込んできたのだろう、自分の身体がその勢いで横に転がっていくのがわかる。
この誰かはアイツみたいな呆れるほどのお人好しの通行人だろうか。
見ず知らずの他人の命の危機を命懸けで助けようとする。
そんな世界中探し回っても一握りしかいないような人が、自分を庇ったのだろうか。
それかもしかすると、死んだアイツが誰かに乗り移って自分を守ってくれたのかもしれない。
そうだったらいいな、なんてことを考えるがそんなことは有り得ない。
そしてそれらを考えているのと同時に、こんなことして命の危険をさらすくらいならやらないでほしいと思った。
生き残っても、もう彼がいないのなら生きてても疲れるだけだし、仕方ない。
彼以外に自分の支えとなるような人はいないのだ。
どうしようもない悲しみと戦うくらいなら、いっそあのまま…
「っ!?…な、なんでお前が!!」
先ほどまで自分に刃物を向けていた男がそんなことを言った。
恐らく自分を今も強く抱きしめている人に言っているのだろうが、この人が誰なのかはまだ顔がこの人の胸に押し付けられているのでわからない。
でも確信はもてないが、何故だかこの人のことを自分は知っているような気がする。
触れている部分の感触から恐らくこの人は男。
抱きしめられても嫌悪感どころか、安心感と居心地のよさを与えてくれるような人は一人しか思い当たる人はいない。
だがその一人はもう…
「くっ…!あ、危なかったな…」
斬られた傷が痛むのかもしれない。
自分を庇った人が少し震えた声でそう言うと、ゆっくりと抱きしめる力を弱くする。
この人の声も覚えがあったが、誰かかは顔を見ればわかる。
力が弱まるのに従って徐々に解放されてゆき、今まで自分の下になっていた人の顔を覗きこむ。
「…………ぇ?」
―――自分を庇ったその人は、
「怪我、なかったか?」
―――ツンツン頭で、呆れるくらいのお人好しで、
「ったく、お前なら避けられただろうに、なにぼーっとしてたんだよ」
「ぁ、あ……」
―――もう会えないと思っていた、
「…?どうした?」
―――自分の最愛の人、さっき自分が考えていた男の中で唯一条件に当てはまる人、
「おい、美琴…?」
―――上条当麻、その人だった。
「ってうおっ!痛い痛い!せ、背中少し斬られてる、斬られてるから!!」
思考よりも先に体はまっすぐ横たわっている彼へと勝手に動いていた。
そして美琴は彼の声を無視して強く、強く抱きしめた。
「くそ!ならば二人まとめて…っ!?」
「おっと、もうお前の好き勝手にはさせないぜ?」
金髪碧眼の男は再度刃物を振り上げようとしたが、その振り上げた腕を同じく金髪で、こちらはサングラスの日本人の男、土御門元春によって掴まれる。
「なっ…!もう追っ手がきたというのですか…!?」
「あまり必要悪の教会をなめるもんじゃないぜよ?お前が使っていた霊装は全部こちらの手中にある。それに、直にお前もよくご存知の聖人がやってくる。そろそろ年貢の納め時だ」
「っ!!くそっ…!!」
「うおっと」
金髪碧眼の男は土御門によって掴まれていた腕を強引に振りほどき、何処へか走り去っていった。
それを土御門はすぐには追おうとはせず、少し呆れたような顔で、小さくなるその背中を見ていた。
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