とあるカラオケでの幻想殺し
「ふわ~あ」
放課後、公園のベンチに座った上条当麻は人目も憚らず大きな欠伸をしていた。
そこへ一人の少女が声を掛ける。
「でっかい欠伸してるわね」
「ん?何だ御坂か。よっ」
今日も上条に会えないかといつもの公園に来たその少女、御坂美琴はベンチに座った上条を発見し、声を掛けたという次第である。
実はその1分ほど前には見つけていたのだが、どうやって話し掛けようなどと考えた時間が存在する。
「よっ」
上条からの軽い挨拶に美琴も片手を上げて応える。
ただこんな何気ない行動でも美琴の心臓はバクバクと拍動し、頬が赤くなって無いか美琴は気が気では無かった。
「それにしても、何だ、とはご挨拶ね」
「悪い悪い。言葉の綾だから怒るなって。で、どうしたんだ?何か用か?」
「いや別に用って訳じゃ無いけど。アンタは何してんの?」
「タイムセールまでの時間潰しですよ。上条さんの家計は常に火の車なもので」
「いつも大変ね、アンタ」
それにしてもおかしな話だと美琴は思う。
学園都市の生徒は親からの仕送りなど無くても奨学金で全て賄えるくらいは貰えているハズだ。
レベルが低い場合は奨学金が少ないとは聞くが、少なくとも初春飾利や佐天涙子がお金に困っているのは見たことが無い。
この少年は一体何にそんなにお金を費やしているのだろう?と考えても答えは出ない。
まさか大半が大食いシスターの食費に消えているなど美琴は想像だにしない。
「もうちょっと計画的にお金遣えないの?」
「十分計画的なんだけどな。たまにトラブルで財布落とす以外は」
「普通はそんなに財布なんて落とさないわよ」
全くです、と上条は項垂れる。
それを見て、不幸体質とやらのせいで落とすことが多いのだろうと美琴は少し同情する。
「タイムセールってまたお一人様何個限定とか?」
「おう。……もしかして手伝ってくれるのか?」
「ま、まあアンタが手伝って欲しいって言うなら」
「そっかあ助かるぜ。でもまだ1時間以上あるんだよ。家に一度戻るのも面倒だからここで待ってるんだけど、それでもいいのか?」
出来るだけ上条と一緒の時間を過ごしたい美琴としては願ったり叶ったりである。
「し、仕方ないわね。1時間くらいなら待ってあげるわよ」
「お前ホント暇人だな」
「暇人じゃ無いわよ!」
「冗談だって。ありがとうな」
笑顔で応える上条に、美琴は心拍数が再び急激に上昇した気がした。同時に頬も赤くなっている気がする。
赤くなったことを誤魔化す為に視線を上条の顔からズラしたところ、上条のポケットからはみ出している物に美琴は気付いた。
「アンタそれ何持ってんの?」
「ん?ああさっきポケットティッシュ貰ったんだよ。カラオケ屋の奴だな」
「カラオケ……」
上条は少し大きめのポケットティッシュを取り出し、美琴にひらひらと見せる。
「カラオケ行きましょう!」
「はあ!?」
唐突な美琴の提案に上条は面食らう。
「カラオケよ、カラオケ。1時間潰したいなら好都合でしょ?」
「いやお金が無いからタイムセール待ってるんですけど!?」
「私が出してあげるわよ」
「いやそれは悪いって」
奢ってあげると言ってるのだから素直に来ればいいものを、と思いつつも美琴は同時に理由を考える。
「別にアンタの為だけじゃないわよ。今度友達とカラオケ行くんだけど、最近行って無いから練習したいのよ。ヒトカラはさすがにアレだし」
我ながら即興にしてはいい理由だと美琴は思う。
実際のところファミレスだろうが一人でもお構いなしに入るので、ヒトカラなど全く気にしない訳だが。
「う~ん」
プライドの高い美琴のことだから、友達に隠れて練習しておきたいのだろうと上条は推理する。
それならば奢りだろうと付き合ってあげた方がいいのだろうとも考える。
「はあ、分かったよ。1時間だけだからな」
「よし。んじゃ、ちゃっちゃと行きましょう」
そう言って美琴はベンチから立ち上がり上条の手を引っ張る。
我ながら自然に手が繋げたと美琴はご満悦であった。
「せっかくだから勝負しましょう!」
カラオケルームに入って鞄を置いた美琴が振り向きざまに上条に提案する。
「何で?」
「何か問題あんの?」
「いやお前、練習に来たんだろ?俺は聴いてるだけのつもりだったんだけど」
「アンタ音痴なの?」
「違う」
「じゃあいいじゃない」
何がいいじゃないのか上条には全く分からない。採点+1時間では二人で10曲歌えるか怪しいところだが、美琴的にはOKらしい。
特に断る理由も無いので、上条は仕方無いなと端末を操作し、歌い易そうな曲を探す。
「負けたら買い物の荷物持ちね」
「…………は?」
「何よ?」
「お前に得ねえじゃん。買い物の荷物は当然上条さんが持ちますよ?」
もし負けても上条の家まで行けるという考えで美琴は提案したのだが、言われればそうだ。
美琴はしまったと思うが、他にいい罰ゲームが思いつかない。
「大体女の子に荷物持たせるとか男としてアウトだろ」
「女の子……」
上条が女の子としては認識してくれていることに、美琴は頬が緩むのを感じる。
「とりあえず時間も無いし後で決めようぜ。練習なんだろ?早く入れないと一人5曲も歌えなくなるぞ」
「う、うん。え~っと、同点の場合は先にその点出した人の勝ちね」
「よっしゃ」
美琴が選曲した曲の前奏が流れて来る。数ヶ月前のオリコン1位の曲だ。
美琴は一度深呼吸をしてから歌い始めた。
「85点か~」
「まあまあだな」
「今のは軽い練習よ、練習」
美琴は少し納得が行かなかったが、久しぶりだしこんなものかとも思う。
上条の前と言うことで少し緊張していて、いつも通りといかなかったことも大きい。
「どうよ、上条さんの歌は?」
「やるじゃない……」
上条が歌ったのは数年前に流行った男性グループの曲。
学生ばかりの学園都市なら9割方は知っている超有名な曲だ。
ちなみに美琴は真剣な顔で歌う上条の横顔に見惚れていて、ほとんど歌は耳に入っていなかった。
なので上手いのかどうかは美琴にはよく分からないが、89点なら上手いで問題無いだろうと判断する。
「97点~。私の勝ちね」
7曲目、美琴の歌が今までで最高の点を取った。
ようやく上条がいても自然な感じで歌えるようになったと美琴は思う。
「くっ!まだ終わってねえぞ!」
出せない点では無いと上条は思うが、97点はなかなかにハードルが高い。
壁に備え付けられた時計に目をやり、残り時間を確認する。
(15分か……)
上条の最初の予想通り、美琴があと1回、自分があと2回の計10曲歌えば終わりであろう。
1回早いが上条は切り札の曲を投入することにする。
「切り札を使うぜ」
「それで勝てるといいけどね」
美琴はあくまで余裕で返して来る。それだけ自信があるのだろうと上条は思うが、この曲には自信があった。
「これでどうだ!?」
曲が終わると同時に上条が叫ぶ。上条自身の採点ではなかなかの出来だったと思うが、機械のする採点など人間に分かるハズが無い。
しばらくして画面には97点という文字が出た。
「あっ……」
「危なかったけど、97点じゃ私の方が先だったからアンタの負けね。残念でした~」
「うぐっ……」
先に切り札を出しておけば良かった、と上条は思うが後の祭りである。
そして更にその後、切り札も関係ない点数が出されることとなる。
「99点…だと…?」
「これが私の切り札よ。これで決まったも同然ね」
「…………………………」
「ん?どうしちゃった?降参?」
参ったか?という感じで俯いた上条の顔を美琴が覗き込む。
「んな訳ねぇだろ」
ゆらりと上条は立ち上がり、美琴に向き直る。
「いいぜ……お前が100点は出ないと思ってるなら、まずはそのふざけた幻想をぶち壊す!」
上条はマイクを持った右手を強く握り締める。「カッコイイ」と思わず呟きそうになった美琴は慌てて両手で口を塞いだ。
部屋の中は薄暗い為上条は気付いていないようだが、美琴は自分の顔が耳まで真っ赤になっているのを感じていた。
その次の瞬間、部屋に備え付けられている電話が鳴り響き、美琴はビクッと身体を震わせる。
「はい。延長は無しで」
フロントからの電話を受け取った上条は延長しない旨を告げて、美琴に向き直る。
「こうなりゃ奥の手だ。コード3343-56でキーを二つ下げてくれ!」
「う、うん」
コードを暗記するほど得意な曲なのか?と思いつつも、上条に命じられるまま美琴は手元の端末を操作する。
「えっ!?こ、この曲って!?」
画面に表示された曲名を見て美琴の顔が驚愕に染まる。
「そう、お前のテーマソングだ」
「あ、う」
「only my railgun!」
超電磁砲のテーマソングを作ったので発売したいとオファーが来て、最初は恥ずかしいと美琴は断ったのだが、試聴してみるといい曲だったので許可したという経緯がある。
そして発売した結果オリコンでは3位を獲得。一時期はルームメイトである白井黒子が毎日のように聴いていた。
何度も聴いた前奏が流れて来る。
(めちゃくちゃ上手いし!)
女の人が歌っている歌なのに、キーを下げたせいか上条の声がピッタリとハマっている気がした。
今まで上条が歌った歌の中でも一番上手いと思う。
それにしても……
(私の超電磁砲だけが撃つことが出来るって意味なんだけど……)
歌詞の途中にある英語の部分を美琴は考える。
だがタイトルだけ訳すとまた別の意味になる。
only my railgun
↓
私だけの超電磁砲
↓
私だけの御坂美琴
↓
俺だけの美琴
「どうだ!」
歌い終わった上条が美琴の方を振り返る。
「ふ……」
「ふ?」
「ふにゃー」
頭の中に完成した日本語訳を上条の声が脳内再生し、美琴は漏電していた。
「ええっ!?ちょっ!なんで漏電してるんですか、御坂さん!?」
慌てて上条はマイクを手放し、美琴の頭に右手を置くと漏れ出していた電撃が消える。
それと同時に曲が終わり、採点が始まった。
よくよく観察するとどうやら美琴は気を失っているようだった。
「……よっしゃ!100点!……なんだけど、どうすんだよ、このお姫様?」
画面に表示された100点を確認し、気を失った美琴を見て上条は溜息をつく。
「不幸だ……」
結局この日、上条は気絶した美琴を背負って公園まで戻り、目を覚ますまで待っていたせいでタイムセールには間に合わなかった。
だが幸せそうな顔で眠る美琴を見て、カラオケに付き合って良かったかなとも思えた。